腰抜けハンター奮闘記   作:重さん

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第19話

 大剣が頭を打つ。

 若干足りないリーチ、重量ではあったが、ホイレンは欠けた大剣で目の前のモンスターを相手に奮闘していた。

「おおおおおらあああああああ!!!」

 頭を打ち付けた勢いそのままに、再び一撃、アッパー、フック、怯んだところに振り下ろし。

 足りない威力は手数で補う。

 そう言わんばかりの乱打に、マキリは目を見張る。

 マキリ自身、自分がそこまで弱いとは思ってない。

 臆病者さえ出なければ、中堅あたりの実力はあると自負している。

 そのマキリから見て、やはり目の前の人物の実力は卓越していた。

「ご主人、武器持ってきたにゃ。あと道具屋にあった回復薬も」

 傍らのコジロウが、重かっただろう太刀をもって佇んでいた。マキリは頷いて、それを手に取る。しかし、やはり体力の消耗は激しかった。まともに歩くことも難しい。

 仕方がない。マキリはそう考え、持ってきてもらった回復薬を一気に口に含んだ。

「・・・はあ、ちょっと楽になった」

 体が若干熱くなったが、その程度で済むのなら安いものだ。

 残念ながら、身体の過剰反応は止まる様子を見せない。

 ただ、体力が戻れば、心にも余裕が出来る。

 もっと言えば、今はホイレンが敵を引き付けているのだ。その間に休めるというだけでも、マキリには度を超えた贅沢に思えた。

 そして、時間さえあれば、マキリでも学習する。

「・・・よし、もういいかな」

 マキリは立ち上がり、軽く太刀を振った。

 時間さえあれば、慣れることは出来る。

 過剰反応するのなら、その過剰反応を計算に入れて身体を動かせばいいだけのこと。

 息を吸い、吐いた。

 一呼吸の間に、マキリはホイレンとは逆の、尾の側に回り込み、尾を斬りつけた。

「・・・あれ?」

 そして、マキリの疑問の声と共に、斬りつけた尻尾が宙を舞った。

『■■■ッ!?』

 尾を斬られたゴア・マガラは、小さくうめき声をあげた。しかし、倒れこむことはしない。ここで倒れこめば、今度こそ終わりだということを本能で知っていたのだろう。

 そして、尾を斬ったマキリはと言えば、不思議そうに自分の太刀を見つめていた。

「・・・僕、こんなに強かったっけ?」

 モンスターの尾、という何度も斬りつけてようやく切り落とせるような代物を切り落とす。しかも一撃で。

 それほどに技術が成熟している自覚はなかったのだが、マキリがそう思っていると、ホイレンは笑った。攻撃をしながら。

「ははは!そういうこともある!とりあえず切れ!ほれ斬れ!正直俺、もう限界!一晩氷漬けの川に流されて死にそう!」

「の、割には元気そうだけど」

「そうでもしなきゃやってらんねえんだよ!ちょっとでいいから回復薬飲ませろこんちきしょう!」

 確かに、ホイレンの外套の下はほぼインナーだけだった。防具もほとんど役に立たないような戦闘を繰り返したのなら、体力をかなり消耗していても可笑しくはない。

「―――よし、じゃあ、今度は僕が時間稼ぎするよ」

 マキリの口角が上がり、少し獰猛な、臆病者には不釣り合いな笑みを浮かべた。

 すっと吸い、ふっと吐く。

 太刀を振るい、ゴア・マガラの後ろ脚から血液が噴き出る。

 それを見て、マキリは笑みを濃くした。

 不思議な感覚だった。

 マキリの身体は異常だ。先ほどまでは身体を動かすのにも難儀していたような有様だった。

 だというのに、今、この瞬間、マキリは思う。

 この上ないほど、好調だ。

 太刀筋がいつもよりも鋭い。面白いくらいに切れ味が良い。先ほどまで表面を切り裂くのがやっとだったのに、今では鱗ごと肉まで切り裂くことが出来る。

 振るい、当て、引いて、断つ。

 時折、翼が、爪が、マキリ目がけて振るわれるが、それを食らうこともない。

「・・・くっ」

 口から、歓喜の声が漏れ出る。

 ああ、いい心地だ。

 こんな気分は何年ぶりだろうか。

 一撃一撃に命を乗せる感覚。一瞬の命のやり取り。自分の人生すべてを、いまここにぶつけている高揚感。

 そうだ、この感覚だ。

 父親がどうこうじゃない。

 村の為なんかじゃない。

 これがあるから、マキリは何を置いても狩りを忘れられない。

 トマリが心配しているという事実を知っていても、湧きたつ衝動を抑えきれない。

 この感覚があるから。

「狩りがやめられないっ!」

 逆袈裟にゴア・マガラの腹を切り裂き、傷から血が流れた。

 ゴア・マガラは溜まらず、といった様子でマキリから距離を置いた。その際の風圧で、マキリは少しの間身動きが取れなくなった。

 そして、マキリは初めて気が付く。

 ゴア・マガラの体色が、最初の紫色から若干、赤みを帯びていた。

 何かの前兆か。マキリは身構え、ゴア・マガラは大きく頭をもたげ、息を吸った。

 そして、マキリは見た。

 その瞬間、能面のようだった頭から、紫色に光る角が現れるのを。

「ふっかああああああああああああっつ!!!!」

 そして、その角に向けて、ホイレンの大剣が叩き込まれた瞬間を。

『■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!???』

 恐らく咆哮の為に吸っていただろう空気は、大きなうめき声となり、今まさに展開されようとしていた角は、哀れ元の黒い丸頭に戻っていく。

 マキリは唖然として、口を大きく開けてしまった。

 傍らに立っていたコジロウもまた、同じような表情をしていた。

「―――よし、チャンスだマキリ!畳みかけるぞおおおらああああ!!!」

 しかし、ホイレンはそんなことをお構いなしに、倒れこんだゴア・マガラに追撃。

 ゴア・マガラも体を捩って抵抗しているが、その抵抗も計算したホイレンの攻撃は悉く命中していく。

「・・・でたらめ過ぎる」

 マキリは呆れ、ため息を吐き、走り出す。

 再びホイレンとは逆側に回り込み、太刀を振るう。

 ひたすらに、本能の赴くままに。

 切り刻み、叩き込み、断ち、砕く。

 赤い血はゴア・マガラのものだ。自分たちの血など一滴も流れていない。

 ひたすらに蹂躙している。

 悉く逆転している。

『■■■■ッ』

 咆哮と共に、ゴア・マガラは後ろに下がる。そして足を若干震わせながら、大きく翼を羽搏かせた。

「っ!逃げるつもりか!?」

 不味い。飛ばれてしまってはこちらからは手の出しようがない。村の連中を襲われてしまえば一巻の終わりだ。

 マキリは焦り、地面を強く蹴ろうとした。しかし、ホイレンはそんなマキリを押しとどめる。

「まあ待て、マキリ。焦るな」

「どうして!」

「よく考えろ。らしくねえ。コジロウがここに居るんだぞ?」

 マキリにはホイレンの言っていることは分からない。考えるつもりもない。今、ここでやらなくちゃならないことは一つ。敵を飛び立たせないことのはずだ。コジロウが居るからと言って、どうこうできるような敵ではない。

 いよいよ、ゴア・マガラは地面から体を浮かせ、村の上空へと進路を取ろうとする。

 しかし、ホイレンはため息を吐いて首を振った。

「コジロウが居るんだ。他のアイルーに声をかけてねえわけがねえだろうが」

 瞬間、ゴア・マガラの背中が大きな爆炎に包まれた。

「やってやったにゃー!!」

「我らがキッチンの仇にゃー!」

「にゃー!」

 目を向ければ、まだ壊れていない屋根に乗っかっていたアイルーたちが快哉を叫んでいる。

 一瞬何が起こったのか理解が遅れたが、アイルーたちの姿を見て、やっとマキリは悟った。

 ホイレンは、マキリの身体が動くためだけに時間稼ぎをしていた訳ではない。

 ゴア・マガラが逃走を図ったときのために、予めアイルーたちに爆弾を持たせて配置していたのだ。

「・・・そんなのありか」

「狩場以外での戦闘だ。ルール無用。相手を殺した方の勝ちってな」

 恐らく、時間をかけてもマキリはホイレンと同じやり方は思いつかなかっただろう。

 マキリにとって村民とは守るものであり、戦うものではない。一緒に居られても守らなくてはならないだけで、足手纏いにしかならない。

 しかし、ホイレンにとっては違うのだ。

 利用できるものは利用する。そういった考え方なのだろう。

 マキリは自分の中に、苛立ちが生まれるのを感じた。

「・・・ちっ」

「あ?お前いま、舌打ちした?」

「・・・別に」

 マキリは言葉少なに否定して、ゴア・マガラに向けて走り出す。

 最早体の動きに不自然なところは見られない。

 跳ぶように走る。全身傷だらけ、肉がむき出しの敵に対して武器を振りかぶる。

 この勝利は、自分の勝利ではない。

 心の中で苛立ちが強くなる。

 この勝利は、あくまでもホイレンの作戦勝ちだ。

 苛立ちが、太刀を握る力を強めていく。

 ゴア・マガラは目の前の敵に対して最後の抵抗を試みる。口の中に黒い靄が見える。

 しかし、遅い。

 体力の限界に達した生物の速度が万全の状態よりも早くなることなどあり得ない。

 相手の動きを学習したマキリにとって、そんなものは障害になり得ない。

 脚と上半身のわずかな動きだけでそのブレスを躱す。紙一重、それに恐怖は感じない。

 ゴア・マガラには視覚が存在しない。

 しかし、それでもマキリにはその表情が驚きに彩られたように感じられた。

 ただ、もはやそれは、どうでもいい。

 首に太刀を叩き込まれ、噴水のように血を噴き出したゴア・マガラは、地面に伏し、小さく呻き、動きを止めた。

 マキリはその様子を見届け、太刀を鞘に納刀すると、小さく深呼吸をして、これまた小さく呟いた。

「・・・次は負けない」

 その目、闘争心に彩られた目を向けられた相手は、軽く、陽気に笑って見せた。

「そうかそうか。お前、負けず嫌いだったんだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイルーたちの連絡により、避難していた村人たちは村に帰還。

 二人の狩人は村の調合師の作った薬を飲まされ、温泉に入りたいと要望した一人の願い虚しく、ベッドに叩き込まれた。

 それから二日後、村では温泉を堪能する一人のハンターの姿が見られた。

 しかし、もう一人のハンターは、幼馴染の調合師によって、一週間はベッドに括りつけられたまま過ごすことになる。

 画して、臆病者のお話は。

 彼の数日間に及ぶ奮闘記は、これにて終わり。

 彼が果たして勇敢な狩人になったのか、優しき農民となったのか、それは彼の心次第である。





















とりあえず完結となります。
若干投げっぱなしっぽかったかもしれませんが、このまま続けるとやはりぐだってしまいそうなので完結としました。
途中色々と見落としがあったりでグダグダになってしまいましたが、読んでくださった皆様に深く感謝を。
では。

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