腰抜けハンター奮闘記   作:重さん

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第17話

 押して、引く。

 太刀において最も重要な動作だ。

 叩ききるのではなく、あくまでも刃で斬る。

 大剣のように重量を活かすのではなく、片手剣のように汎用性を重視するのではなく、双剣のように手数を稼ぐのでもなく、ランスのように突き崩すでもなく、ガンランスのように吹き飛ばすわけでもない。

 包丁で切るように穏やかに、撫でるように柔らかく斬り捨てる。それに重点を置く武器こそが太刀だった。

 すうっ、と息を吸い込み、ふっと吐き出す。

 袈裟切りからの左薙ぎ、左薙ぎからの右切り上げ、そして振り下ろし。

 ワンフレーズの中に、いくつもの太刀筋、青い火花を残していく。

「■■■■■■■■■■■ッ!?」

 身体を切られたゴア・マガラの呻き声が聞こえる。すぐさま当てずっぽうな、身体を大きく回転させるような動作を繰り出した。

 マキリはそれに合わせて後ろに下がり、若干上がった息を整える。その攻防は目で追えないというほどに高速ではないが、一瞬のミスも許されないものではある。

 

 マキリは自分の武器を手に入れたことで、少しだけ落ち着きを取り戻していた。

 余裕はない。けれど、焦らない。

 基本中の基本だが、余裕のない状況になればなるほどそれを為すのは難しい。

 けれど、何度となく臆病者と向き合ってきたマキリには出来る。

 無意識に傷つくことを避け、ひたすらに『怪我をしてはならない緊張感』と戦ってきたマキリにはある意味、慣れ親しんだものと言っても良い。

 無駄な二年間ではなかった。

 緊張感と常に向き合うしかなかった二年間は、確かに、マキリの中に息づいている。

 

 マキリは再び地面を蹴る。

 重心を揺らさず、無駄な力をそぎ落とす。刃の揺れは最低限。足の動きは最大限。

 回転を終えたゴア・マガラが振り向かぬうち、刃を足に向けて振り下ろす。刃にかかる負荷は減らし、武器の鋭さのみで斬りつける。

 そうでなければ、大剣よりも遥かに細いこの刃は驚くほど簡単に折られてしまう。

 幸いにも、マキリの太刀はゴア・マガラの鱗を断ち、肉を抉った。武器に掛かる負荷は限りなく小さい。

 しかし、ゴア・マガラもやられるばかりではない。尻尾を振り回し、翼を羽搏かせ、マキリを間合いの外に出そうとする。マキリはそれに逆らい、ひたすらゴア・マガラに密着する。時折身体を掠めていく鱗はマキリの肌を切り裂き、若干の切り傷となる。

 だが、それでも、ゴア・マガラに余裕を与えてはならない。

 飛び立つ余裕があってはならない。

 だからこそ、マキリは狭い場所で振るいにくい太刀の性質に逆らって、至近距離で攻撃を加える。

 鱗一枚一枚の、頭の動き一つ一つに、翼の筋肉の脈動に、脚運びのパターンに、噴き出される粒子の多少に気を配る。

 一つたりとも見逃してはならない。見逃しては死ぬ。その確信。臆病な精神を持つがゆえに。

 頭を休ませてはならない。足を止めてはならない。武器の扱いを粗末にしてはならない。腕を振るい続けなくてはならない。

 

 相手に、己の脅威を刻みこまなくてはならない。

 

「ーーーっ!」

 息を吐く音。切り捨てられる音。鱗が擦れる音。互いの足遣い。時折漏れ出るうめき声。空気が切り裂かれる音。地面が潰される感覚。

 全てを感じ、全力で本能を働かせる。

 

 太刀の特徴は数あれど、最も重要なことは『脆い』ということ。

 大剣と比肩する長さ、恐らく全武器中最も薄く細い刀身。

 速度、鋭さ、間合い、そのすべてを得ようとした結果無くした強度。それは容易に太刀の刃を破壊する。

 大剣ならば耐えられるような負荷にも耐えられない。片手剣で受け止められる攻撃も止められない。避けようにもリーチ故にとれる回避行動は限られる。

 最悪だ。

 マキリにとって、『臆病者』にとって、太刀は最も手にしたくない武器の一つだった。

 それでも、マキリはこの武器を己の一番に据える鍛錬を繰り返した。

 偏に、父に追いつく。そのためだけに。

 

 

 一閃。

 ゴア・マガラの右後ろ脚を、マキリの太刀が足の半分ほどまで切れ込みを入れた。

 間欠泉のごとく血が噴き出る。

 流石のモンスターもそれには耐えきれずに身体を横たわらせる。いま、この瞬間にもゴア・マガラの足は修復していっているが、傷がふさがるまでまではあと三秒ほどかかる。マキリはそう見た。

 だからこそ、そこで追い打ちを掛けなくてはならない。

 

 今、ここだ。

 恐らく、マキリの、限りなく小さな勝機があるとすれば今、この瞬間だった。

「っらああああああ!!!」

 張りつめていた感覚を更に引き伸ばす。

 極限状態まで緊張を持っていく。髪一本の動きすら気に掛けるような精密さをもって、マキリは太刀を振りかざす。

 やることは至って単純。

 ひたすらに速く、鋭く、太刀を連続的に相手に叩き込むだけ。

 しかし、武器を振るう速度が速ければ速いほど刃の制御は難しくなる。刃こぼれの率は上がっていく。

 基本をあくまでも忠実に再現しながら、極限の緊張状態で一気に相手の身体を切り刻む。

 

 その繰り返しこそが、太刀の奥義。

 気刃斬り。

 

「ーーーーーーー!」

 一振りから一振りへの接続を迷ってはいけない。

 軌道は流線型を描かなくてはならない。

 相手から流れ出る血が、太刀を赤く彩るようでなくてはならない。

 さながら、赤い気迫を纏ったかのように。

 マキリはひたすらに倒れ伏したゴア・マガラの身体を切り刻む。腹に、首に、足に翼に頭に、長い間合いであらゆる部位を一緒くたに切り裂きながら、その肉を断ち切り、血を奪っていく。

『■■■■ッ』

 ゴア・マガラは身体を捻る。

 その攻撃から身を引こうと、まだ完治していない足でも足掻きまわる。

 されどそれはマキリに見せていた腹を背中に変える程度の効果しか齎さず、そうなればマキリはその背中にターゲットを移せばいいだけのこと。

 マキリの気刃斬りは止まらない。

 自分の身体に降りかかる粒子も血液も斟酌せずに振り続ける。

 しかし、制限時間は既に終わろうとしていた。怪物の足は既に紛いなりにも回復を遂げ、足は地面を踏みしめ始めた。

 見舞うことが出来るのはあと一撃。

 たった一撃しかない。

 ならば、ここで最大の一撃を与えるしかない。

 マキリは太刀を大上段に構える。

 気刃斬りの締め。最後の一撃。

 滑らかな線に送る最高のピリオド。

「ふっ!!!」

 全身の力を込めた振り下ろしは、避ける術もないゴア・マガラの身体に吸い込まれ、

 

 その肌を切り裂くことなく、地面に落ちた。

 

「・・・は?」

 マキリは今起きたことが分からなかった。

 起きた現象ならばわかる。

 マキリの手が太刀を途中で手放し、結果的にマキリの一撃は届かずに終わった。

 けれど、その原因は。

 紫色に変色し、所々に紅い血管が浮かぶ両腕は、マキリに何も教えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘は終盤に差し掛かる。

 少なくともホイレンにとっては、自らの攻撃をちっとも意に介していなさそうな鋼龍を目の前にするホイレンにとっては、そう思いたい状況だった。

「・・・流石に、へこむな」

 鋼龍との戦闘を続けたホイレンの防具は、とても防具とは言えない有様だった。

 左腕、左足部分の防具は消失、胸部には生々しい爪痕が残る。損傷がない場所などなく、すべてのものが風が吹けば飛びそうな具合にホイレンにくっついていた。

 風の弾丸は触れなくとも体勢を崩し、氷のブレスは人間の走る速度を超えて追ってくる。巨体の攻撃など受ければお陀仏。爪の一撃もまた同じ。翼の風圧に立ち止まれば次の攻撃を避けることはほぼ不可能。

 すべての攻撃が、大鎌を持った死神に見える。

 だからと言って受け身でいてはそれこそ体力が尽きるのはホイレンの方だ。だから攻め続けるしかない。

「おおおおおおお!」

 雄叫びを上げ、鋼の甲殻を殴りつける。

 流石に鋼ともなると瞬時に再生することは難しいらしい、ホイレンの与えた傷は確かに、そのまま残っている。内側まで届いた傷に関しては言わずもがなではあるが、それは小さな希望だった。

 足に叩きつけられた大剣を一瞥する。

 鋼龍は方向を上げつつ、前足をホイレン目掛けて薙ぎ払う。しかし、その時ホイレンは鋼龍の視界から消えた。

 一瞬、鋼龍はホイレンを見失うが、胸部に与えられた衝撃で相手の位置を掴む。

 そこにいるのなら、こうすればいい。脊髄に刻み付けられた行動原理は極めて迅速に実行される。

 極めて単純な本能に従い、鋼龍は腹を地面に擦り付けた。

 しかし、それでもなお相手の手ごたえはない。

 それもそのはず、ホイレンは鋼龍の目の前に立っていた。

「おらあっ!!」

 掛け声と共に、鋼龍の頭に大剣が叩きつけられる。小さく、鋼龍はうめき声をあげる。

 およそ大剣とは思えないほどの俊敏さ。そこにマキリがいれば驚くとともに呆れただろう。大剣の重量を使った体重移動、最適な体運び、そしてモンスターの行動を予測しての回避行動、反撃行動。

 すべてが一級品だ。

 しかし、先ほどから似た様な一撃を何度か入れても、目の前のモンスターが倒れる様子はない。

 効いてはいるはずだ。でなければ、うめき声など上げはしない。

 しかし、体力の何割を削っているのか、それに関してホイレンは考えたくもないが、精々が一割程度だろう、頭の冷静な部分は冷酷な結論を下した。

 血は流れていない。元から体は傷ついている。体力も消耗しているはずだ。

 

 しかしそれでも、古龍であることに変わりはない。

 

 一撃を入れたホイレンは、その場から離れる。

 すると、鋼龍は一時的に、周囲に風の鎧を纏った。それはすぐに霧散したものの、自分の周囲に風を起こす程度、こいつにとっては朝飯前なのだろう。それは制御装置であろう角が壊れていても変わらない。一瞬だけならば風を起こせる。そして、その一瞬が取られれば人間は死ぬ。

 不公平だ。

 しかし、それが現実だった。

「・・・だから、知恵、絞らねえとな」

 ホイレンは少し口角を上げて、鋼龍の胸元を見る。

 先ほど腹を地面に擦りつけられた時は血の気が引いたが、今なおそれは健在だった。

 鋼龍もまた、何かに気が付いたように上を向いた。

 流石は天候すら変える龍。これもきちんと察知できるらしい。

 だが、無意味だ。

 察知できたということは、既に発動したということ。

 いくら古龍ともいえど、所詮は生物。

 生物では、雷の速度は避けられない。

 はるか上空から、閃光が吶喊する。

「万が一、ってな。持ってきといてよかったぜ」

 準備するのは手間だったが、そんな声は容易にかき消された。

 爆音。

 雪が解け、蒸発し、強烈な閃光が周囲に突き刺さる。

 空気の温度は急激に上昇し、少し離れていたホイレンにもその熱が伝わってくる。

 避雷針を応用し、雨天時のみ、大自然の力を人為的に発生させることができる武器。

 爆雷針。

 もちろん、いつでも使えるようなものではない。あくまでも上空にある雨雲がいまにも雷を落としそうなほどに静電気をため込んでいなくては使うことができない。

 だから今。

 ここまで耐えた。

 その成果は、目の前にある。

 

 風は止んでいた。

 絶え間なく続いていた地吹雪はゆらりと揺れるカーテンのように、ただ虚空を漂っている。

 悲鳴を上げる暇もなく、鋼龍はその体から黒い煙と吐き出していた。

 その痛み、ホイレンには想像することすらできない。

 人間では雷に耐えることなどできない。雷を操る古龍や雷を操る古龍級生物の防具であれば別かもしれないが、そもそも自然の力をどうこうすることなどできない。

 もしも爆雷針を裸一環で受け止め切れた人間がいたなら、それはもはや人間でもハンターでもなくただの化物だろう。

 

 なにはともあれ、今、目の前に居る生物がどれほどの痛みを受けているかは想像すらできず、よってホイレンは緊張を解くことも出来ない。

 例え鋼龍の鋼が解け、その体をヘドロのような模様にしようと、露出した肌が焼けただれ、見るも無残な姿になろうと、威風堂々とした姿が見る影もなく、地に臥せっていようと、油断できない。

 それが目の前の存在だった。

『・・・■■■』

 小さな声。

 しかし、声は声だった。

 瞬間、風が再び起こる。

「っ!!」

 ホイレンは咄嗟に距離を取る。

 まさか、と、やはり。

 その二つがホイレンの中にはあった。

 鋼龍を囲むように、風が渦巻いている。

 雪を空に巻き上げるかのように、白い竜巻が鋼龍を覆いつくす。

 ホイレンは怪訝な顔をする。いったい何の意味があるのかがわからなかった。だが、すぐに気が付いた。

 これでは、モーションを見ることが出来ない。

『■■■■■■■■■ッ!!!!!』

 今までの何よりも大きな咆哮と共に、竜巻が崩れた。

 否、破けた。

 不可視の弾丸が、竜巻の内部から放たれる。

 風を巻き込み、雪を削りながら、ホイレンに向けて。

 地面がバキバキという音を立て、崩れていく。

 その時既に射線上にいたホイレンにはそれを避けることは出来ない。

 その瞬間、骨も地面も何もかもをごちゃごちゃに叩き潰したかのようなグロテスクな音が周囲に響き渡る。

『■■■■■■■ッ』

 鋼龍は苛立ったかのような声をあげ、真っ二つに折れた大剣の刃先を、更に踏みつぶした。


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