実況パワフルプロ野球 鋳車和観編   作:丸米

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更新します。
終わっちまったGW-----と横浜。




閑話 帝王、砂の栄冠へ

地方大会決勝戦が各地で行われる中――帝王もまた、最終戦を戦っていた。

 

相手は、ダン&ジョン高校。

本格派速球投手須藤零人に、兼倉洋平とバット=円島のクリーンナップを擁するダン&ジョン高校は順調に決勝までその歩を進めていた。

 

須藤は、最速155キロの速球を投げる。

150キロを超える須藤の速球は、それだけで脅威だ。高めに放り投げているだけで、スピンするその速球は幾つもの三振を奪っていた。

大会でも屈指の奪三振数を誇るピッチャーであり、海東高校に次ぐ甲子園出場候補であった。

 

で、あったのだが。

 

――ぎぃ!ぃ――-----ん。

 

その音は、非常に耳障りの悪い音であった。

それは――石杖所在のバットから放たれた音であった。

バットとボールがぶつかり合っている音というよりも――まるでボールを金属のやすりで磨り潰したかのような、そんな音。

 

石杖のバッティングは、明らかに変化していた。

フォームそのものはそれ程の変化はない。少々左肩をベース寄りに入れている程度の変化。バットを水平に寝かせ、利き腕とは逆の左腕で拍を取り、構えている。

 

そのフォームから放たれた石杖のバッティングは、まるで小枝を振るかのように軽いものだった。

最小限の腰回転。最小限の腕の動き。最小限の軌道。

インパクトの時間も、ほんの一瞬。

霧栖弥一郎のように、ボールを押し込むような動作もしない。

 

が。

 

その一瞬のインパクトで――石杖のバットからは不協和音のような金属音が響きだす。

そして、打球は弧を描くように打ちあがり――スタンドへと入り込む。

 

それは他の強打者のような叩きこむような弾道ではなく――ふわりと浮かび、静かに落ちていくバルーンのような軌道の本塁打。

 

撫でる様な軽いスイング。そこから放たれる不協和音の如きインパクト。そして――レフトスタンドに放り込まれるボール。

 

最初はインサイドに投げ込んだ。

次の打席は、アウトサイド。

 

共に同じだ。全く同じ弾道のボールがレフトスタンドへ叩きこまれる。

中も外も、共に同じ。同じポイントで叩き打っている。

 

須藤は、大いに動揺した。

自身が磨き上げた、真っ直ぐ。

そのボールが――あんなにも軽々としたバッティングに乗せられスタンドに放り込まれたのだ。

 

あれは――バッティング自体のスピードや威力とは違う場所から得たパワーを以て行使されている。

 

第三打席。

須藤は――ここで自らの信念を曲げ、カウント球に変化球を使用した。

アウトコースからボールゾーンへ向かうカットボール。

低めのコースから落ちるスプリット。

 

振らない。

ポイントが極端に前であるのに、バットはフォローの前にピタリと止まる。

 

真っ直ぐは放り込む。

ボール球の変化球は振らない。

 

なら。

ゾーン内に投げ込まれた変化球は?

 

真ん中のコースから、アウトコースへ向かうカットボール。

それを投げ込んだ第三打席。

 

見えた。

石杖というバッターの、異常性を。

 

左肩から入り込み、行使されるバッティング。

振りに行く形は先程までと全く同様。

 

されど。

バッティングそのもののスピードに、変化が現れた。

足を上げ、接地し、バッティングを行使。

行使されたバッティングのスピードが――明らかに、真っ直ぐの時と比べて緩くなっている。

 

まるで――変化によって遅くなったボールを迎える為に、バットが意思を以て遅くしているかのよう。

 

第三打席。

変わらぬ不協和音が、グラウンドに響き渡った。

 

 

影山は、各地方の決勝戦の中で、――帝王の試合を見る事を選んだ。

彼には二つ目的があった。

一つ。スーパールーキー霧栖弥一郎のバッティングを見る為。

本日は三番に座るこの男の打棒は本日はあまり見れなかった。二つ四球を選び、残るはライト前ヒットとショートライナーという結果に終わった。

 

二つ目の目的。

それは――急激に進化を遂げたと言う、石杖所在のバッティングを見る事。

二つ目の目的は、叶った。

------まさしく、衝撃の瞬間だった。

 

力感の無い、撫でる様なバッティング。

そこから繰り出される、軽々とした円弧を描く本塁打。

 

中も外も変化球も全部引っ張り。全く同じ、前のポイントでスタンドに叩き込んだ。

 

見ると言う目的は叶った。

されど――謎は深まるばかり。

 

何故あれだけ極端な前捌きのバッティングで、あれだけ完璧にタイミングを合わせられるのか。

何故あれだけ軽いスイングで、ホームランを打つ事が出来るのか。

何故――変化球に全く身体を泳がせる事無く、バッティングを行使できるのか。

 

霧栖弥一郎のバッティングは、あらゆる全てが規格外故の強さがある。規格外のスイングスピード。規格外のバッティング技術。シンプル故に解りやすい強力さ――まさしく、強打者のバッティングだ。

ならば、石杖は?

前捌き。見た感じへなへなの力の無いバッティング。そこから弾き出されるホームラン。

解りにくく、複雑で、怪奇。

規格外、ではない。

最早規格が無いのだ。

 

前例が無い。

プロのスカウトと言えど――選手ではない影山にとって、前例のないバッティングの解析は不可能に近かった。

 

――しかし。

「-----三打席連発、か」

須藤は、非常に運が悪かった。

ここまで順調だったが故に。

 

決勝のステージで――6回ノックアウト。

被安打10の猛攻に晒され、――また本日は四番に座った石杖に三打席連発のホームランを食らい、8失点の大炎上。

あの不可解なバッティングは――景山の眼には、まるで悪魔のように映った。

 

 

15対5。

決勝戦は――帝王高校の大勝利で終わった。

 

「アリカ先輩」

「何だよ」

霧栖弥一郎は試合後――実に神妙な顔をしながら口を開いた

「いや------先輩、昨日何処かで女抱きましたか」

「-------」

真面目な顔してそんな台詞を吐く後輩の頭を、割と力を込めて殴った。

「何だって?」

拳を握りしめ、石杖は実に冷たい声音でそう聞き返した。

「いや、ほら。都市伝説。女を抱くとホームランが出やすくなるってやつ。――人生枯れているどころか、もう無毛地帯が広がっている感じな先輩がそれほどに燃え上がったからあんなイカれたバッティングしてたのかな、って」

「残念。俺はまだ何者も貫けていない無窮の矛だよ。――おい」

「なんすか先輩」

「甲子園出場決定だってのに、何だこの会話は」

「何なんすかね----」

「ほら。あっちの友沢なんか涙目で喜びを噛みしめているってのに」

「まあ、俺達二人なんか甲子園出場でギャースカ言うガラじゃないでしょ」

「一年で活躍したら間違いなくモテるぞ。気合い入れろ」

「いいっすよ。もう三人いるんで」

さらりと衝撃的な話題を提示した後輩に、今度は石杖が神妙な表情を浮かべる。

「-----カキタレか?」

「違うっす。全員真剣に付き合っているんすよ」

「いや。もういいや。お前は一度死ね」

石杖がそう吐き捨てると、霧栖はあっはっはと笑った。

笑って、また次の言葉を吐いた。

「――実際、何なんすかあのバッティング」

「さあ?俺も解らん。――まあ解ってんのは、あのポイントとあの角度でバットを入れれば、あとはボールが飛んでくれるって事だな。それ以外は知らん。だから最短でバットを出してあのポイントであのフォームでバットに当てるだけ」

「------」

「何だよ?」

「いや。------なぁ、先輩。アンタ、やっぱり色々とおかしいわ。俺、ずっと見てたぜ」

「何を」

「アンタの左手----バットがボールとインパクトした瞬間、もう訳解んねぇ動きしてたんすよ。パッ、と見た感じでも、肘を抜く、手首を捻る、返す――位の動きをインパクトの時にやってたっすよ。先輩は自覚してなさそうですけど」

「----マジ?」

「マジ。――それに、変化球のタイミングでバッティング遅らせたのも、左腕主体でしょ?構えて、打ちにいってんのに、何故か左肩だけがピクリとも動かねぇ。で曲がり始めのタイミングでようやく左手がバットを出し始めて、スイングが遅くなって、結果的に変化球とタイミングが合う。先輩がこれっぽッちもタイミング合わせる気が無いのにっすよ」

「不思議だよなぁ」

「思うに――先輩。アンタの左腕って何か別の意思でも持ってんじゃないすか?」

「そんなもんあるか馬鹿」

「解んねぇすよ。――だって左肘の関節を伸ばしてたやつだっていたんですから」

「-----」

まあ、確かに。

ああいうびっくりどっきりパンドラボックスのような奴だっていたんだ。自分にも、まあもしかすればその内の一人である可能性はなきにしもあらず。

「まあいいや。取り敢えずウチにとっては先輩のバッティング強化は何の損にもならない訳ですし。――さあて、他はどんな所が甲子園に上がって来るかな、と。――お」

霧栖はスマホから流れてきたニュースを確認する。

「-----パワフル高校対、あかつきか」

「パワ高?へー。高野連が嬉々として血祭りにあげた高校なのに、ここまで勝ち上がって来たのか。で、どっちが勝ってる?」

「えーと----おお」

霧栖弥一郎と石杖所在は、スマホの画面を見つめる。

周囲が甲子園出場に騒ぎ立てる中――次のステージを、しっかりと見据えて。

 

砂の栄冠。

彼等二人は――もうその道だけを見つめていた。

 




私の中学生の時のあだ名は五股野郎でした。
それは私が五股していたからではなく、五股していた事が週刊誌でばらされたデブの実業家に顔がそっくりだったからでした。

どうでもいい話をすみません。

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