石杖と、瀬倉の勝負が続く。
―――奴が待っているのは、内角へのストレートか。
先程の目付けからしてそうだろう。何の迷いも無く、内角への直球に手を出していた。かなりの際どいコースだったが、それでも―――狙いを絞っているからこそ、手を出す事が出来た。
―――ならば。
二投目、三投目を、それぞれ外角への直球とスクリューを投げ込む。
石杖はしっかりとそれを見定め、見逃す。ボールカウント二つを稼ぎ、ワンストライクツーボール。
―――成程ね。
一方の石杖も、今の所上手くいっている感覚を持っていた。
始めて感じられる「異常」な感覚も、それはそれとしてすんなり処理出来ていた。
直球よりも遅れてリリースされるスクリュー。思わず直球と同じタイミングで始動しようとする身体を、左腕が司令塔となってまったをかける。
―――なんだ、ありゃあ。
あり得ないタイミングで放たれる、異様すぎるスクリュー。その異常性は、それをある程度反応で見切っている石杖だからこそ、肌身を以て感じていた。
ジッと、タイミングを待つ。
そのスクリューの真贋を見抜かんと。
―――その姿勢は、瀬倉にとって実に気に入らないものであった。
内角の直球を投げ込んでの、外角への直球とスクリュー。石杖はしっかりと踏み込みを行った上で見逃した―――その事実が、瀬倉には気に入らなかった。
奴は、この程度の直球では恐怖を覚えないようだ。
ならば、いいだろう。
―――特段の恐怖を刻んでくれる。
四投目が、投げられる。
大きく一塁側に寄ったリリースから、鋭角に叩きこまれる内角の直球―――その軌道のズレに、気付くのが一拍遅れてしまう。
ごしゃり、と。
ヘルメット越しでは聞こえるはずの無い、頭蓋が軋む音を石杖は感じ―――視界が、ブラックアウトした。
※
「瀬倉!!」
中之島が守備位置からずんずんと駆け寄って行く。
頭部死球によって倒れ伏した石杖の光景に、頭が完全に血が上ってしまったのだ。
なぜなら―――
「テメエやりやがったな!」
「------すみません。まさか頭に行くとは思わず------」
「どの口が言いやがる、テメエ―――!」
中之島は見ていた。
通常とは異なるリリース、身体の傾き。そして、サイドゆえに解りにくかった軸足の爪先の方向―――それら全て、しっかりと石杖の方向に向かっていた事を。
その事を指摘した上で「わざとである」と激昂しようとしたその瞬間、背後から口を押えられる。
「―――中之島さん!抑えて下さい!」
その犯人は、蛇島であった。
「―――ここで貴方がそれを指摘してしまえば、下手すれば退場になってしまう!」
「------!」
高校野球における規則には「危険球」の概念が無い。
プロ野球の様に頭部へのデッドボールがあったとしても、それを理由に退場にさせるルールは無い。ただ、背中であろうが頭であろうが、「故意である」と審判が判断すれば退場となってしまう。
そのボールの危険性よりも、故意の存在が退場か否かの判断になる。
ここで中之島が大声でそう主張してしまえば―――その様子から、審判が瀬倉を退場にさせてしまう可能性がある。
だから何だ。
ここで相手を殺しにかかる様な球を投げる様な人でなしに、マウンドを立たせるのか?まだ投げさせるのか?いっそのこと退場してしまえ。こんな糞野郎の投球で勝った所で、何が残ると言うのだ。
しかし、―――その主張も、喉奥に押し込められる。
ここで負けてしまう事も―――何も残さない事を知っているから。
「-------堪えて、下さい」
ことさら申し訳なさげに、蛇島はそう耳元で呟く。
―――ふざけんな。
石杖はベンチに下がり、治療を受け―――そのまま一塁へ走って行った。
「クソが-----!」
そう吐き捨てる言葉も、何故だか空しい。
―――何でこうなっちまったんだ。何で―――
※
四番友沢が打席に入る。
―――ふざけた事をしてくれる。
あの死球が故意であると、気付いたのは中之島ばかりではない。この男も、しっかりと気付いていた。
例え気に入らない奴であろうと、石杖は仲間だ。怒りを覚えてしまうのも無理はあるまい。
―――それに、最近の石杖は変わってきていた。
何処か達観したような、悪く言えば冷めた姿勢を貫いてきたあの男が、リスク承知でこの時期にバッティングを変えた。その為に血の滲むような練習をずっと繰り返してきた事を、友沢は知っていた。
その姿勢を―――友沢は、とても好意的に思っていた。
―――絶対に、ぶっつぶす。
お前には解るまい―――そう友沢は思う。
何かを「変える」力を。その存在意義を。
石杖も、霧栖も、山口も、久遠も―――そして友沢自身も。今自らを変えようとしている。変わり続けている。
肩が壊されても。
心にトラウマを埋め込まれても。
それでも人間は、変わる事が出来る。変わる事を、自らの心に要請し続けることが出来る。
変わってないのは―――お前だけだ。
変わる事が嫌で、自分の現況が嫌で、駄々をこねて駄々をこねて、出来上がったのが今のお前だ。
さあ、来い。
お前に「変えさせられた」人間が、お前の駄々を打ち砕いてくれる。
一投目。外角への直球から入る。
ほぼ内角を張っていた友沢は、これを見逃す。ワンストライクノーボール。
―――いいか。奴の狙い目は内角だ。それしかねぇ。
そう石杖所在は言っていた。
試合三日前。友沢と霧栖を呼び出した彼は、ピッチングマシンを前にこう宣言した。
―――今日から試合までの練習時間、俺達はこれで練習するぞ。
石杖はそう言うと―――ピッチングマシンをズリズリと一塁方向へ動かし、口を斜めに向ける。
―――これが丁度、瀬倉と同じ角度か。これで、内角の直球だけ投げさせる。これを一日三百こなす。疲れてまともにバットが触れなくても、せめて打席に立って目を慣れさせろ。これはクリーンナップのみにやらせる。他の奴等にやらせても、バッティング崩してしまうだけで百害あって一利なしだろうしな。
内角への直球―――その対策は、クリーンナップ全員がある程度対策をしていた。
最初の打席での石杖の初球の大ファールも、決して偶然ではない。
二投目、―――内角への直球。
きた、と思った。
振り上げる。
キッチリと芯を食らわせた打球は三塁線を破り、レフトへと向かっていく。
レフトが返球する間に、一塁ランナー石杖は三塁を蹴る。
中之島へ中継を挟み、ボールはキャッチャーへと向かって行く。
キャッチャーの捕球と同時に石杖はその間にベース板へと足を挟み込むようにスライディングを敢行する。
間に合わない―――そうキャッチャーは判断した。
なので、行動を変える。
タッチしにいき、そのまま体勢を崩す。
ホームへと向かうその足に、ミットを近づける行為の中途で―――体勢をわざと崩しながら、脛へと肘打ちを敢行する。
もらった―――そう笑みを浮かべた瞬間。
石杖もまた、笑みを浮かべていた。
肘に―――石杖の膝が、横合いから突き刺さる様に叩きつけられていた。
「へえ、それでもボールを零さねえか。根性はあるじゃん。―――けどなあ、流石に二回はやりすぎだよ、アンタ。同じの、ビデオで見たぜ」
そうニヤリと笑みを浮かべつつ、肘への痛みで強張るキャッチャーを見据えながらベンチへと石杖は戻って行った。
1-0。
先制点は―――帝王高校が手にした。
ギルメットつおい--------。