出会い
壁に、何かが叩きつけられる音を聞いた。
叩きつけ、転がり、また叩きつけ――――その音は、一定の間隔を置いて鳴り響いていた。
音は、どうやら河川を繋いだ橋の下から聞こえてきているようだ。
「-------」
その方向を歩くと、そこには所々ほつれた衣服を着込んだ小柄な少年が一人、壁にボールを投げ込む姿があった。
土手の裏側から見えるその少年の表情は見えない。そこでは、ただただ淡々と壁に向かってボールを投げ込んでいる様子だけが垣間見えるだけだ。
それでも―――少年が、この投げ込みに何ら楽しさを見出していない事だけは何となく理解できた。ロボットの様に定間隔に投げ込むその姿からは、何も見出すことなぞ出来ない。
それを見て、感じたモノは憐れみだろうか、怒りだろうか、はたまた全く別の感情なのか、それは解らなかったけれど―――思う所はあったのかもしれない。
だから、こんな言葉をかけてしまったのだろう。
「ねえ」
少年は、振り返る。始めて見たその少年の顔は、何処までも見事な仏頂面で、実に話しかけにくそうな雰囲気を醸し出していた。一瞬、たじろぐ。それでも、喉奥まで出かかった言葉を飲み込むことは出来なくて、
「――――俺はパワプロ。皆からそう呼ばれているんだ。お前の球を打ってみたいんだ」
その口上ならぬ申し出を聞き、怪訝そうに表情を歪めて、
―――何だよ、お前。
そう、吐き捨てる様に眼前の少年は言ったのであった。
★
鋳車和観。彼はただ一言、そう名乗った。
彼は申し出を断るでもなくだが歓迎している風でもなく、パワプロとの打席勝負を行った。
―――日が暮れるまで投げ続けてきた鋳車が放つボールは、同年代のものとはかけ離れた代物だった。手が振り下ろされる瞬間には、ボールはパワプロの背後の壁へと吸い込まれていった。バットを振る事すら叶わなかった。今までに、見た事すらないボールを、鋳車は平然と投げ込んだ。
その後も、最早スイングが間に合わなかった。ゾーンに投げ込まれるだけでバットに掠りすらしない。それ程、鋳車のボールは別格であった。結果は、見事なまでの三球三振。きっちりど真ん中にだけ投げ込んできたそのボールに、手も足も出なかった。
くそぅ、と一言呟いた。
久方ぶりに覚えた敗北感だ。悔しくって仕方がない。だから、思わずパワプロはこう言ってしまったのだろう。
「次こそは打つ!絶対だぞ!」
―――そんな、格好悪い捨て台詞。鼻で笑われる事すら思わず想定してしまう程、コテコテの負け犬の遠吠え。けれど、そんな台詞に、まるで豆鉄砲でも喰らったかのような表情を、鋳車は浮かべていた。
―――次も、またやるのか。
もう二度と会う事は無いと思っていたのだろうか。鋳車は呆けたようにそんな台詞を吐いた。信じられない、といった体だ。
こいつは、ナチュラルに勝ち逃げしようとしていたのか―――パワプロは、この態度をそう判断した。
カチンときた。
「当たり前だ!勝ち逃げなんて許さないからな!次は特大のホームランを打ってやる!絶対にだ!」
かくして、そんなパワプロの宣言の下、―――この対決は日々の日課となった。
鋳車和観とパワプロの物語は、そんな小さな土手の小さな橋の下から、始まったのであった。