アングリー・ニンジャ・アンド・アングラー・タンク   作:ターキーX

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アングリー・ニンジャ・アンド・アングラー・タンク#7

アングリー・ニンジャ・アンド・アングラー・タンク#7

 

KABOOM! KABOOM! 荒廃した大地に、荒々しい砲声が響く。空は青く、上空には黄金立方体が浮かぶ。『よし、次に移る。パターン34からの挟撃を2番から6番で行え』「はい、教官」無機質な指示と簡素な返答が繰り返される。デンエンチョーフ女学園の電子演習場。待機を命じられたニシズミ・マホはその光景を無感動に見ていた。

 

「………?」何か声が聞こえた気がした。上を見る。聞いた声。だが思い出せない。ふとパンツァージャケットの胸ポケットに違和感。探ると、そこから出てきたのは全身を包帯で巻かれ、眼帯を付けた痛々しいクマの小さなヌイグルミだった。それはマホ本人が無意識に作り上げた、眠らされた記憶の残滓のコピー。

 

マホは無言でヌイグルミを乗せた手を上に掲げた。浮き上がり、ゆっくりと上空へ向かうヌイグルミ。「……ミホ」それを見つつ呟きが漏れる。ミホ? ミホとは一体誰だったか? 『次、パターン8からの渓谷を抜けての単騎での強行突破。1番』「……はい、教官」マホは指示に従い、背後の黒いⅣ号戦車に向かった。

 

 

ニシズミ・ミホとフジキド・ケンジは無限のタタミが敷かれたドージョーにいた。無論、ここは現実世界ではない。オオアライ側のコトダマ空間に構築された演習場において、フジキドがミホと話をするためにナンシーに用意してもらった場所だ。ジュー・ウェアを着た二人は、座したまま正面から向かい合っている。

 

既に試合は明後日まで迫っていた。明日の夜には現地へ向かわねばならない。場所はネオサイタマ郊外のイバラギ学園都市跡地。無謀な開発計画によって一時期大量に作られ、そして破棄された地方都市の一つ。高層建築物が立ち並ぶ市街地は遮蔽も多く、建物を優先して後から組まれた道路は迷路のように複雑に入り組んでいる。視認での連携は難しい、通信による連携と個々の能力が物を言う地形だ。

 

そのため、実質的にコトダマ空間で訓練が出来るのは明日の夕方までである。そして、未だアンコウ・チームはフジキドとの演習で一度も勝てていない。既に彼女たちの練度は飛躍的に上がり、実際フジキドをあと一手の所まで追い込む場面も少なからずあった。だが、その最後のひと押しが足りない。

 

「……迷いを捨てきれないようだな」「……はい」実際、一人のハイティーンの少女が背負うには余りに酷な話である。操られた肉親と戦わねばならず、負ければ今度は自分も今の仲間たちと引き離され、戦うための人形として朽ちるまで戦いを強制される存在になってしまうのだ。そのプレッシャーは如何程のものか。

 

「ニシズミ=サン、このままではオヌシの迷いがオヌシ自身を殺す事になる」「……はい」ミホの表情は重い。それは当然ミホ自身も分かっているのだ。だが、それを克服できない現実があり、そんな自分に嫌悪し更に悪い方に行ってしまう。

 

その一方でフジキドも、己の至らなさを痛感していた。これが普通のイクサであればチョップ一つで首を刎ねれば解決するところである。それに比べ、人ひとりの心を支えるイクサの何と困難であることか。

 

「………」「………」俯いたままのミホと、言葉を見つける事の出来ぬフジキド。静謐とは言い難い沈黙が両者の間に流れる。「オイオイ! オッサン、その娘に何か言ってやれよ!」その沈黙を破ったのは、二人の間に突如出現した包帯で全身を巻かれ、眼帯を付けたクマのヌイグルミだった。「イヤーッ!」咄嗟にフジキドは座した姿勢からそのまま跳躍し、迎撃の蹴りを繰り出した! 「グワーッ!?」

 

吹き飛び、タタミに叩き付けられるヌイグルミ! 「え、ボ、ボコ!?」驚くミホを庇うようにして立ち、フジキドはナンシーに通信を送った。(ナンシー=サン! これは侵入者か!?)(違うわ! 外部からのアクセス痕跡なし。誰かの認識が形になったか、あるいは……)「ちょ、ちょっと待ってください!」ミホは精一杯の声を出してフジキドを制し、ボコと呼んだぬいぐるみに近づいた。

 

「イテテテ……や、やるじゃねーかオッサン。今のはちょっと効いたぜ」ふらつきながら立ち上がるヌイグルミ。その動きはまるで人間のそれだ。「ボコ……ど、どうして?」ミホは屈み、ボコと視線を――ヌイグルミに視線があるかはさておき――合わせた。このヌイグルミをミホはオオアライの誰より知っていた。ボコ。ボコられクマのボコ。

 

「ボコ?」(何年か前にティーンの間で流行したヌイグルミね。弱いのに喧嘩早く、敗けてボコボコにされても諦めないというキャラらしいわ)一瞬で情報検索を行ったナンシーが伝える。無論、本物のボコは単なるヌイグルミであり喋れる筈はない。ではこのヌイグルミは何者か? 警戒する二人を他所に、ボコとミホはアイサツを交わした。

 

「おっと、アイサツがまだだったな。ドーモ、ニシズミ・ミホ=サン。ボコです」「え?ど、ドーモ、ボコ=サン。ニシズミ・ミホです……何で私の事を?」「そりゃ知ってるさ。オイラの事をいつも応援してくれてるだろ?」「うん……」「だから、今度はオイラがミホ=サンを応援しに来てやったんだ」「私を?」「ああ! 随分参ってるじゃねえか!」

 

「……うん」ミホは、ボコにゆっくりと語りかけた「お姉ちゃんが……お姉ちゃんが、悪いニンジャに連れて行かれて、他の隊長さんたちも、みんな今は、相手の学校で、楽しくないセンシャドーをやらされていて……助けなくちゃって気持ちだけ先に来て、体が付いてこなくて、それで余計に焦っちゃって……」「酷えな。ボコボコだ」

 

「うん……」俯くミホ。「でもよ、オイラはそこで諦めねえぜ」「!」「いつもミホ=サンはオイラが頑張って、負けて、それでも頑張ろうって時に言ってくれるよな。『それがボコだから!』……ってよ」「……うん!」「……ヤーッテヤール、ヤーッテヤール、ヤーアッテ、ヤールゼ」「……イーヤナ、アーイツヲ、ボーコボーコニー……」

 

ボコは奇妙な歌を歌い始めた。ミホもその歌を知っているのか、合わせて歌い始める。「ケーンカーハ、ウールモーノ、ドーウドーウトー」「カータデ、カーゼキーリ、ターンカキールー」(まさか……これはバーバヤガ?)ナンシーは広域whoisを行い、その存在を感知する。コトダマ空間に時を超えて住まう魔女。伝説的存在。

 

(ファーファーファー……半分正解。だが、アタシは只運んだだけ。妹が泣いてるのを聞きつけたお姉ちゃんからの贈り物を運んだだけ)ナンシーの認識に直接響く声。「カーモン、カーモン、カーモン、ユーキャンディス」「ボーコリ、ボーコラーレ、イーキテユケー」「……行ってこい。ボコられたら、またオイラが応援してやるよ」「うん……ありがとう、ボコ」

 

歌い終えたミホは、重みの取れた澄み切った顔に変わっていた。ボコの体が01へと変換し始める。消える前、ボコは最後にフジキドを見て言った。「女の子を泣かせてんじゃねーぞ、オッサン! 今度ミホ=サンを泣かせたら、オイラがボコボコにしてやるからな!」「……ああ」フジキドは頷き、深々とボコに頭を下げた。感謝があった。深い感謝が。

 

「………」ボコが消え、再び沈黙が場を支配する。しかしその静けさに先ほどまでの重苦しさは無くなっていた。「……ニシズミ=サン」「はい」「明日の夕方、最後の演習を行う……全力で来い。マホ=サンを救うためにも」「……はい!」ミホは頷いた。力強く。

 

―――1時間後、現実に戻ったミホは他のアンコウ・チームと共に戦車のガレージにいた。戦意は戻った。やるべき事も見定めた……では、どうすればモリタ教官に勝てるか。今までの緒戦で思いつく限りの不意打ちや奇襲戦法は行ったつもりだ。おそらく同じ戦法は二度通じないだろう。実直で不器用な人だ。間違いなく最後まで手加減は無い。

 

そこで、皆で作戦会議を行っていたのだが……今のところ、良案は出ていない。今までの発想の枠を超える発想や作戦が必要だ。センシャドーの定石すら超える何かが。「そんな事言ったって、ぽんぽん出てこないよー」サオリはぼやきつつも、過去の演習データを、何かそこからヒントは得られないかと必死に読み返していた。

 

「モリタ教官の反応速度は実際スゴイです。ニン……ゴホン、軍人だけの事はあります。その意表を突こうと思ったら、その予測を上回る必要がありますね」「で、アキヤマ=サン。何か思いついたのか?」「いえ……何も」「難しいものですね……」他の三人もそれぞれ頭を捻っているが、まだ発想には至らないようだ。

 

「どうすれば……」ミホは呟きつつ、背後のⅣ号戦車を見つめた。ボコの歌のように何度もボコボコに攻撃され、窮地に陥っても最後には勝利を勝ち取った戦友を。本当に様々な目に合ってきたものだ。初戦で敗け、次戦ではファイアフライの砲撃が直撃。その後も無数の砲火に晒され、シュルツェンを吹き飛ばされ、履帯を壊し、転輪を砕けさせ、その度にリストアを経て戦った。

 

「………!」それらを思い出しつつ車体に触れていたミホが、突然動きを止めた。何かを計算するように上を向くと、今度はペタペタと車体側面に触れ始める。「ミ、ミホ=サン?」その奇行に声を上げてしまうサオリ。「どうなんだろう、でも、もし可能なら……」「ニ、ニシズミ・ドノ?」ユカリが独特の愛称でミホを呼ぶと、ミホはユカリに向かって言った。「ユカリ=サン、今すぐ自動車部の人を連れてきてくれますか?」

 

「―――――、―――。――――、――………」

 

言葉を失うユカリ、何かを考え始めるマコ、意味をあまり理解していないサオリ、厳しい表情になるハナ。そして連れてこられた、興味深そうな反応を示す自動車部のナカジマ。「……それは、また……」ユカリが言葉を失う。「面白い事を考えたもんだねー」一方、ナカジマは人懐っこい微笑みを浮かべてミホを見た。

 

「ナカジマ=サン、どうかな? これって実際には……」「そうだね……リモコン式を今から用意するのは難しいけど、有線で外側を回すパターンなら一晩あれば出来るよ。あとは、火薬の量の調整が必要かな」「良かった。マコ=サン、操縦的にはどう?」「……二つ、問題がある。どちらも深刻だ」常に眠そうなマコの表情が珍しく固い。

 

指を一本立てる。「ひとつ。クロモリミネ戦どころじゃない負担を足周りにかける事になる。履帯が切れるだけでなく、転輪も完全にダメになるだろう。多分止まった瞬間にこっちの白旗が上がる」二本目。「ふたつ。途中での停止射撃は不可能だ。相当な悪条件での移動射撃になる。下手すれば明後日の方向に砲弾が飛ぶし、装填の難易度も今までと段違いだ。イスズ=サン、アキヤマ=サン、どうだ?」

 

砲手と装填手である二人に顔を向ける。「……やれます。やってみせます」一度目を閉じ、呼吸を挟んでからハナは静かに言った。「勿論、やります!」ユカリも腹を括ったようだ。「ありがとう、みんな……」「その、良く分かんないけど、やってみようよ! その為の演習なんだし、教官をそれでギャフンと言わせられればいいし、駄目なら本番で頑張ればいいじゃん! ほら、あの、ミヤモト・マサシもそんな事言ってたし!」

 

サオリが両の手を握りしめて気合を入れる。「分かった。やろう」マコも淡々と、しかし決断的に了承した。「それじゃナカジマ=サン、急なんだけど、今夜の内にお願いできる?」「ヨロコンデー! 試合で出番来ないからね。ここで頑張らせてもらうよ!」ナカジマは早速他の自動車部メンバーを呼びに行った。

 

「……やれやれ、これが成功したら正にニンポだな」「ニンポ……そうですね」苦笑するマコにミホが答えた。「それじゃ『ニンニン作戦』、状況開始します。パンツァー・フォー!」『オー!』

 

―――翌日。オオアライ電子演習場。

 

―――小銃の空砲音めいた音が鳴った。

 

凄絶な光景がそこには広がっていた。大地を抉るような跡を残しつつ、履帯が切れ転輪が割れ、シュルツェンが四方に吹き飛び、煙を上げるⅣ号戦車が白旗を上げている。車内のミホ、ユカリ、ハナ、サオリ、マコ。いずれも力尽きたようにぐったりと戦車に体を預け、顔を上げようともしない。

 

「………」そのⅣ号戦車を赤黒Ⅳ号に乗っていたフジキドは見つめ、そして自身の車両を振り返った。この演習期間、一度も発動していなかった白旗が立つ赤黒Ⅳ号を。「見事だ」『アンコウ・チーム勝利! 無茶をやったわね。でも、おめでとう』ナンシーが優しく声をかける。「……ありがとうございました」ようやくミホは顔を上げ、二人に礼を言った。

 

すべき事は全てやった。備えられる事は全て備えた。本当のイクサが始まろうとしている。「……ミホ=サン。これで演習は終了だ。今まで苦しい思いをさせたと思う」「いえ……では、取り戻してきます。お姉ちゃんを、みんなを」「……オヌシ達は強い。それを信じろ」「……はい!」

 

アングリー・ニンジャ・アンド・アングラー・タンク#7終わり #8へ続く


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