アングリー・ニンジャ・アンド・アングラー・タンク   作:ターキーX

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アングリー・ニンジャ・アンド・アングラー・タンク#5

アングリー・ニンジャ・アンド・アングラー・タンク #5

 

ローカルコトダマ空間に組み立てられた、現実を模した電子オオアライ演習場。その中で、センシャドー履修者の少女達は過酷な演習を行っていた。KABOOM!『カバ・チーム大破。現在2-3』「くそっ、負け越した!」「あっちのカエサル、こちらより装填が速くないか?」『装填速度はほぼ等速よ。もう一戦行く?』「是非も無し!」「せめて勝ち越したいぜよ」

 

KABOOM!「ウサギ・チーム勝利。現在4-2」「やったー!」「………」「よし、次はパターンC試してみよう!」「何だっけ~?」「隠蔽優先。大きい車体を、目立たないよう遮蔽を利用するパターンだね」「了解ー!」KABOOM!KABOOM!「アヒル・チーム、ドロー。現在1-1-1」「くそー、根性が足りなかったか!」「あのー、教官。入り組んだ市街地みたいなイメージって作れますか?」

 

『作れるわよ。イメージはオオアライ周辺の市街地でいい?』「ありがとうございます。入り組んだ場所でもっと速度出せないか、試させてください」『正面衝突だけはしないようにね』「はい!」KABOOM!『アリクイ・チーム勝利。現在4-0』「四連勝ナリ!」「フフフ、リアルより体が軽い……!」『貴女たちの場合、決勝戦データでは少なすぎたみたいね。次から、少し数値を変更して強化してみるわ』「了解だっちゃ!」

 

(流石は初心者から短期間の、しかも専属教官のいない状況から決勝進出できるまで練度を上げた娘たちだけはあるわね。こちらの想定以上に吸収して、自分の欠点を理解して改善してくる。これなら間に合うかしら)ナンシーは空間を安定させるためのコントロール、彼女たちの演習の管理とフォロー、外部侵入の警戒をマルチタスクで行いつつ、彼女たちの適応力と吸収力に感心していた。

 

カバ・チームは突撃砲という性質上、待ち構えての迎撃や連携でのアンブッシュを得意とする戦車で、もともと近接戦が得意な車両ではない。それでもなお個人戦を組ませたのはアンツィオ戦で見せたセモヴェンテとの一騎打ち。通常の実践では簡単には起こらないし、演習も難しい戦闘。それを経験させてその練度を上げさせるためだ。

 

ウサギ・チームはこの空間に早くも適応して、通常の演習では修繕が必要な行動や作戦を色々と試そうとしている。アヒル・チームの八九式はエンジン周りをレストアした結果、オオアライチーム随一の機動力を持っている。その機動力を、自分と同じ動きができる相手を用意する事で更に強化しようという狙いだ。

 

アリクイ・チームについては、参入したての全国大会決勝戦データのみを参照にしたナンシーのウカツと言うべきかもしれない。短期間ながら、動かすのもままならなかった状態から別物と言うべき所まで改善されている。彼女らには別プログラムが必要だろう。

 

ここまではさほど悪くない。ただその一方、ナンシーには二つの不安要素があった。一つは、予想通りとはいえ全員が適応できた訳ではない事。『外』のエーリアスからのメッセージによると、適応できなかった数名は体調の悪化こそ無かったものの、認識には至っていないようだ。それは同時に、数チームが訓練に参加できない事を意味する。

 

まあこれは、アンズの言っていた「対応策」に期待するしかない。そしてもう一つの問題は……KABOOM!KABOOM!『アンコウ・チーム大破!0-15!』「………」ナンシーは額に手を当てて、赤黒戦車のフジキドに通信を送る。「そろそろ泣き出すわよ、彼女たち」「……イクサで接待をするつもりは無い」「貴方、教官に向いてないわ」

 

「やだもー! 何で同じ戦車でこんなに負けるのよォー!?」実際、サオリは半泣きで通信席で悲鳴を上げていた。「教官、本当に同じスペックで動かしてるの? あっちだけ何かチートしてない!?」「それは無いな。最高速度も転回の速度もこっちと同じだ」操縦席のマコが眉をハの字にして答える。それだけに悔しさが先に来ているようだ。

 

「では、何故ここまで差が出るのでしょう?」「射撃精度が段違いです……さっきから教官、私たちの動きを制限する時や仕留める時に最適な個所を狙撃しています」ハナの問いに流石に疲弊した様子でユカリが言う。「うん、でも、それだけじゃなくて決断力や判断力もスゴイ。普通は判断や予測に迷う所でも一度決めたら迷わずそう動いてる」ミホが言った。

 

「モリタ=サン、ナンシー=サン、もう一度お願いします!」二人に通信を行った後、ミホは士気が上がるよう元気な声で指示を飛ばした。「私も、より早く指示を出せるようにしてみます。ハナ=サン、精度より速射を重点して下さい。1対1なら、履帯や側面でも一撃当たれば十分アドバンテージを取れます。ユカリ=サン、今回は最初から榴弾を装填してください」「分かりました」「了解であります!」

 

「マコ=サン、何とか正面勝負に持ち込みます。持ち込めたら……」「分かってる。アレだな。そろそろお返しするとしよう」マコが淡々と答える。「ねえミホ=サン、私には何か出来る事無いかな?」「サオリ=サン、ここまでの15戦、モリタ=サンはスタート地点から右回りで攻めてくるパターンが多いです。少しだけ通信席から顔を出して、履帯音が聞こえたり車両が見えたりしたら、すぐ閉めて教えてください」「了解!」

 

「それでは行きます。パンツァー・フォー!」ミホのかけ声を合図にしたかのように白旗が上がっていたⅣ号戦車の周囲に01のノイズが発生し、破損した箇所の修繕が高速で行われ、周辺の風景が変わる。スタート地点の再定義を行っているのだ。『5人ともかなり参ってきてる。この戦闘が今日のラストになるわね』ナンシーがフジキドに通信する。

 

『彼女たちは覚えが良い。十分だ』”車長”のフジキドが答える『貴方もよ。アナログでの多重ログインは、幾らニンジャでもそう長時間は出来ないわ』『そのようだな』そう答え、”操縦手”のフジキドは操縦桿を握った。ミホ達が各々の位置で戦車を動かしているのに対して、フジキドは多重ログインする事で複数のフジキドを作り、動かしていたのだ。

 

「では行くぞ! イヤーッ!」車長のフジキドがシャウトする。「イヤーッ!」操縦手のフジキドがレバーを押し、赤黒のⅣ号戦車が走り始める。「イヤーッ!」砲手のフジキドがトリガーを引き、開始の合図である空砲を放つ。KABOOM!無論フジキドにはLAN端子サイバネも無い。非適応者の空いたUNIXを使い、タイピングで接続しているのだ!

 

双方のスタート地点は知らされない。学内をイメージした演習場のどこかに転送され、そこから互いの位置を探り合う所から始まる。フジキドはハッチを開け、身を乗り出した。士官服の襟が風に揺れる。相手の音は聞こえない。まだ距離があるか、身を潜めているか。フジキドの初期位置は体育館正面、遮蔽物が無く、あまり良い位置とは言えない。

 

体育館側面の並木道に入り、ゆっくりと中庭へと移動する。「そのまま前進だ」「イヤーッ!」操縦手フジキドに指示しつつ、舗装されたタイルに亀裂を加えながら進む。(今回は待ちで来るか……!?)「後退!」「イヤーッ!」KABOOM!瞬間、側面の体育館の窓ガラスが全て破砕! 硝子の破片が赤黒の戦車に降り注ぐ!(体育館内で榴弾を使ったか!)

 

硝子の破片がフジキドの体にも降り注ぐ。裂傷は生まれないが、一時的に視界と音が塞がれる。BDOOOM! 次の瞬間、体育館の薄壁を貫いて赤黒Ⅳ号の正面に出現するⅣ号戦車! ワザマエ! フジキドの状況判断が僅かでも遅れていれば、無防備な背面を晒していただろう! 「イヤーッ!」砲手フジキドが撃つ!

 

KABOOM! 命中! だが浅い! マコが突入時に付けた角度が作った傾斜がジュドーのウケミめいて衝撃を殺したのだ! 「このまま前進!」フジキド同様、車体から身を乗り出したミホがマコに指示を出して即座に赤黒Ⅳ号の射線から逃れる!「イヤーッ!」すかさず追う赤黒Ⅳ号! チョーチョーハッシ!

 

体育館の側面を抜ければ、そこはある程度の広さの中庭となる。そこまでに仕留めるべし! 「イヤーッ!」KABOOM!「……揺れるぞ」マコが瞬間的に右へのフェイントを入れ、更に左へのフェイントを入れ、また右に入れる。BDOOM!「ンアーッ!」サオリの悲鳴!

 

左側のシュルツェンが吹き飛んだ。(更にフェイントを一枚入れるようになったか)その動きにフジキドは内心で舌を巻いた。やはり彼女たちの吸収は早い。間もなく並木道が途切れる。Ⅳ号が右へ逃れる。フジキドもそれを追う……「イヤーッ!」急ブレーキ!

 

中庭に出る寸前で停止する赤黒戦車! BDOOOM! 眼前を横切る砲弾! 中庭のⅣ号は既に方向転回を終え、赤黒Ⅳ号に砲身を向けていた。超信地旋回だ!「今のも駄目……!」「諦めないでください! 次弾装填!」「装填完了です!」苦渋の表情を浮かべるハナにミホが叫ぶ。そのまま後退しつつ、侵入してくる赤黒Ⅳ号の正面に回る。

 

「………」「………」フジキドとミホの視線がぶつかる。(ここで決めるつもりか)「……前進!」唸りを上げてⅣ号が進む。フジキドは絶好の位置を待つ。ニンジャでも、装填速度を速めるのには暴発を招くため限界がある。そしてミホはその隙を間違いなく狙ってくる。「……イヤーッ!」KABOOM! 発射! 「……!」マコの指が動く!極僅かにスライドするⅣ号。車体数ミリ横を通過するフジキドの砲弾! ゴウランガ!

 

「次弾装填!」「回り込んで!」「イイイヤァーーーッ!」Ⅳ号が赤黒Ⅳ号背面に回り込む! 赤黒Ⅳ号の次弾装填完了! 止まるⅣ号! 「撃て!」「………!」KABOOM!放たれるⅣ号の砲弾!「……え!?」だが、そこに赤黒Ⅳ号の姿は無い!KABOOM!「ンアーッ!?」側面からの衝撃。Ⅳ号の側面に移動している赤黒Ⅳ号。

 

シュパ。Ⅳ号から白旗が上がる。『アンコウ・チーム大破。0-16』「あーもー!今度こそいけると思ったのにー! 何、今のワープ!?」「いえ、あれは……」ミホはフジキドの動きを見ていた。赤黒Ⅳ号は停止射撃を捨て、一撃の賭けに出たのだ。

 

戦車の砲というのは、映画やカトゥーンのように百発百中という訳では決してない。当然相手は必死に回避しようとするし、照準の僅かなズレや天候、地形、様々な要素が命中を阻害する。当然こちらも動きながら相手に命中させるのは難しい。例えば歩きながらキャッチボールをするのが難しいようなものだ。

 

必然的に、戦車戦において命中させようとすれば停止射撃が定石となる。それが外せない一撃ならなおの事だ。だが、その為にはどうしてもブレーキをかけ停止させねばならない。フジキドはそこで停止射撃で迎え撃つ選択肢を捨て、回避しながら打つ方を選んだのだ。無論、外していれば負けていたのはフジキドだったろう。

 

『……そろそろここまでね。皆、今日の訓練はここまでにします。全員で帰るためのナビゲートが必要だから、校庭に集まって』「……分かりました」憔悴した顔でミホが答えた。一同もそれに続く。降りようとした時、再びフジキドと視線が合った。「……あ、あの、ありがとうございました」「大丈夫か?」「は、はい……」大丈夫とはとても言えない。今の自分たちの全力でも勝てなかったのだ。

 

「………」「………」無言の間。フジキドは何か言葉を探そうとしているようだ。やがて、フジキドはミホに言った。「……私のかつてのセンセイの言葉だ」「はい?」「『百発のスリケンが効かぬからといって、一撃に頼ってはならぬ。千発のスリケンを投げるのだ』」「は、はい……?」きょとんとするミホ。『……貴方、やっぱり教官に向いてないわ』

 

アングリー・ニンジャ・アンド・アングラー・タンク#5終わり #6へ続く


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