アングリー・ニンジャ・アンド・アングラー・タンク   作:ターキーX

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アングリー・ニンジャ・アンド・アングラー・タンク#2

【アングリー・ニンジャ・アンド・アングラー・タンク #2】

 

(これまでのあらすじ)戦車を用いた模擬戦闘スポーツ、センシャドー。学生を中心に知名度を上げつつあるこの競技は今危機に晒されていた。突如としてセンシャドーを新設させたデンエンチョーフ女学園が周辺の名門校に次々と勝負を仕掛けてきたのである。

 

初心者の挑戦を逃げたとなれば名門校の名声は地に落ちる。受けざるを得なかった各校は素人であるはずの敵高の練度の高さに次々と撃破されてゆき、最強のクロモリミネさえも不自然な砲弾の爆発インシデントによって敗北を喫した。そこには、ニンジャの存在があった。写真の謎の影と、現場に残っていたスリケン。

 

それに気付いたオオアライ生徒会長、カドタニ・アンズは秘密裏に一人の暗黒非合法探偵イチロー・モリタと接触を持つ。ネオサイタマで唯一ニンジャを殺せる探偵。その噂に一縷の望みを賭けて。

 

 

私立デンエンチョーフ女学園。学費だけでも莫大な予算を必要とし、カチグミでも容易に入る事はできない。しかしそこを卒業できれば、それだけでその後のカチグミ生活は約束されるとまで言われる。かつてのスナリマヤ女学院と並び称された名門校である。

 

最高級耐重金属酸性雨コーティングが施された白磁の校門を抜けると、広大な校庭とその一部を利用したオーガニック自然庭園。そしてやはり不自然なほど白く輝く校舎が燦然とそびえ立っている。表面の対塵光沢塗装は、その維持費だけでマケグミ労働者の数年分の年収に匹敵するだろう。

 

無論、校舎内も通常の学生が通うハイスクールとは環境も設備も別次元だ。空調完備、カドー、チャドー(ここで言うチャドーはニンジャのそれでなく、形骸化された現代のチャドーを示す)、センドー等の専用練習場、トイレにしてもウォシュレット、電熱器、デリケートなシシオドシ音発生機まで完備されている。

 

そのトイレから一人の女生徒がひょっこりと顔を出した。廊下の左右を見回し、誰もいない事を確認してから手にしたハンディ型録画装置をONにする。どことなく違和感を感じさせる女生徒である。着ている制服こそデンエンの最高級縫製のそれだが、犬めいたふわふわした癖毛や活力に満ちた瞳は市井のモータルのそれだ。

 

「ドーモ、アキヤマ・ユカリです。これよりデンエンチョーフ女学園のセンシャドー チーム偵察を行いたいと思います」小声で録音するとブレ防止をオートに設定し、装置を隠しながら廊下を早足で、しかし決して下品な歩き方にならないよう注意しつつ進み始めた。目標の場所はまずセンシャドーの訓練場、次に戦車のガレージ。

 

彼女の名はアキヤマ・ユカリ。読者諸氏の中にはお気づきの方もおられようが、彼女はデンエンチョーフの女生徒ではない。オオアライ女子学園の生徒にして、同校の隊長のニシズミ・ミホが率いるアンコウ・チームにおいて装填手を務める重要メンバーである。

 

また、彼女はチーム内において偵察・斥候・サバイバル能力において図抜けた才能を持っていた。かつてのセンシャドー全国大会においてサンダース戦・アンツィオ戦での事前偵察やプラウダ戦での雪中偵察など、そこで彼女が持ち帰った情報はミホにとって大いに助けとなり、またミホを満足させる事にユカリも大きな喜びを感じていた。

 

今回の相手は今まで以上に未知にして危険。戦力不明、メンバーの略歴不明。しかしその相手にオオアライが苦戦した強豪校が次々と撃破されているという不気味な状況。何としても情報を持ち帰らなければという使命感にユカリは背筋を伸ばし、顔を上げる。その瞬間、ユカリは角から出てきた用務員と危うくぶつかりかけた。

 

「わっ!?」「……!」寸前で双方は止まり、バランスを崩したユカリは用務員に肩を支えられてどうにか転倒を免れた。「ド、ドーモ、スミマセン」「大丈夫ですか?」長身の用務員が尋ねる。「だ、大丈夫です!」慌ててユカリは答えると、ぺこりと頭を下げて小走りに走り去った。まだ心配そうな用務員に、走りつつもう一度礼をする。

 

((危ないところでした。怪しまれないようにしないと……))十分離れてから歩調を戻し、ユカリは再度校庭を目指す。だが、その歩みは思わぬ人物を見かけた事で止まった。

 

(あれは?)数メートル先の渡り廊下からゆったりとした歩調で一人の女生徒が現れた。着ている制服こそ記憶と違うが、その特徴的な金髪と豊満なバストは見間違えようもない。強豪校の一つ、サンダース大学付属高校隊長のケイである。「ケ……」ユカリは思わず声をかけそうになったが、その声は途中で止まった。

 

(……ケイ=サン?)学生でもサイバネティックが普及しているネオサイタマであるが、ユカリの知るケイはそういった物を嫌い、着脱可能なサイバーサングラスさえも機械的で好きでは無いと言っていた。だが、今の彼女の頭部には最新鋭のサイバーサングラスが装着されていた。

 

本能的に危険な予兆を感じたユカリはケイに声をかけるのを止め、咄嗟に物陰に隠れた。ケイはかつての元気で大幅な歩調とはかけ離れた、ゆったりとした、しかしどこか夢遊病者的な歩き方でユカリの真横を通り過ぎた。サイバーサングラスの隙間から、極僅かだが不快なリズムの電子音が聞こえる。そのまま先の廊下へ向かうケイ。

 

「……転校させられていたケイ=サンを発見しました。後を追おうと思います」小声で録音を行い、足音を立てずにケイを追う。幾つかの廊下を曲がり、階段を下がり、やがて一つの教室の前でケイの足は止まった。((……IRCセッションルーム?))扉に差された札を録画しつつ、ユカリは怪訝な表情を浮かべた。

 

「戻りました。教官」「入れ」中から野太い男性の声。ケイがドアを開けると中から微かな緑色のUNIX光が漏れる。入室し、ドアが閉じる。鍵はかけられていない。ユカリは息を呑むと呼吸を整え、静かにドアノブを回し、少しの隙間を作り覗き込んだ。

 

「!?」それは異様な空間だった。部屋の中は薄暗く、無数のUNIXとデスクが均等に並べられ、全ての席にケイと同様のサイバーサングラスを装着させられた女生徒が座ってぐったりとモニタに顔を向けている。「ア……ア……」言葉を失うユカリ。部屋の中の女生徒には、彼女が見知った顔が幾人もいた。

 

デスクに茶器とティーカップを置いているのは間違いなく聖グロリアーナのダージリン、その横で椅子に体の半分以上隠れているのはプラウダのカチューシャ、さらにその横で苦悶の表情を浮かべているのは……クロモリミネのニシズミ・マホ。ミホの姉。そしてその奥、教卓の位置に立ち彼女らを見下ろすのは……

 

「ア、アイエエエエ!」ユカリは気付かれると知りながらも恐怖を抑えられず絶叫し、全速力でその場から逃げ出そうとした。教卓に立っていたのは……軍服を着て、迷彩色のメンポを付けた……ニンジャ! 「ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」

 

「ドーモ、アキヤマ・ユカリ=サン。アハトアハトです。わが校にようこそ」だが、数歩進んだと思った瞬間、彼女の眼前にそのニンジャが立ちはだかっていた。「アイエエエ!」失禁だけは堪えたものの、急性のNRS(ニンジャ・リアリティ・ショック)を受け、ユカリは腰が抜けたように崩れ落ちた。足が動かない!

 

「お前の事は知っているぞ。オオアライのネズミめ。よく入り込んだものだ」嘲るように見おろすアハトアハトを、ユカリは声もなく見上げた。「アイエエエ……」「本来ならばここで貴様を殺しても良いのだが、オオアライの名装填手が試合前に失踪したとあってはこちらの確定している勝利に傷がつく。故に貴様は殺さん」

 

「な、何を……」かろうじて声が出るようになったユカリに、アハトアハトは威圧的に顔を近づけた「なに、少しここに潜入してからの記憶を消させてもらうだけだ。多少はその際にニューロンが焼けるが、それは本校の入退場料金と思うがいい!」「アイエエエ!」「それは高過ぎるのではないか?」

 

「!?」階段の上から飛んできた声に、アハトアハトとユカリは声の主を探した。踊り場に立つ、一人の用務員。先ほどユカリがぶつかりかけた男性だ。「貴様は……」「やはり貴様らだったか、アマクダリ・セクト!」そう言うと用務員は着ていたツナギを内側から破るようにして脱ぎ捨てた。そこから現れるのは赤黒のニンジャ装束。

 

「だがオミヤゲは貰ってゆくとしよう。オヌシの命だ。ドーモ、アハトアハト=サン、ニンジャスレイヤーです」「……ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、アハトアハトです」ユカリを挟んで、二人のニンジャがアイサツを交わす。「来ると思っていたぞ、死神。ドサンコに行ったと思ったらまたネオサイタマに里帰りか、忙しい事よ」

 

「御託はいい。ここでオヌシを殺す。彼女らも開放する」ニンジャスレイヤーは言葉を交わしながらも相手のカラテの力量を探る。委細ない。一撃で心臓を抉り、殺す。

 

「決断的だな」しかし、アハトアハトの口調にはニンジャスレイヤーと相対したという焦燥も恐怖も含まれていなかった「確かに貴様は強い。俺などまともに組み合って貴様に傷ひとつ付けるのも難しかろう……だが今俺を殺せば、オオアライの女学生たちが無念のセプクをする事になるぞ」「わ……私たちが?」

 

かろうじて立てるようになったユカリが、よろよろとニンジャスレイヤーの横に逃れる。「俺のバイタルサインが消失すれば、メディアに『オオアライは試合の負けを恐れ、デンエンチョーフの教官の殺害を依頼した』という情報が流れるようになっている。犯人役も含めてな。それが何を意味するか……幾ら殺人狂の貴様でも分かろう?」

 

「……貴様」ニンジャスレイヤーは怒りに震えた。血の滲む努力でセンシャドーの試合に勝ち、廃校を免れたオオアライが同じセンシャドーで名を落とす。ネオサイタマの腐敗したメディアはこれに喜々として飛び付き、真偽など無視して喧伝するだろう。センシャドーに関わった女生徒はセプクか、セプクより辛い人生を送る事になる。

 

「分かったのなら引き下がり、その小娘を連れ帰って試合に負ける様を見届けるがいい。その時はニンジャスレイヤー=サン、オヌシも守る者を守れなかった痛みを負うのだ!」そう言い放つとアハトアハトは悠然とニンジャスレイヤーに背を向け、部屋に戻った。無人の廊下にニンジャスレイヤーとユカリだけが残される。「……大丈夫か?」

 

怒気を自身の奥深くに収め、ニンジャスレイヤーは背後のユカリに声をかけた。「は、はい!」まだ恐怖の余韻が残っているだろうに、精一杯の元気な声を出してユカリは答えた。気丈な少女だ。(……早々に約束を守れなかったか)アンズからの願いを思い出しつつ、フジキドは言葉を続けた。

 

「……すまない、私の打つ手が遅かった」これで試合は止められない。オオアライが敗ければアンコウ・チームのメンバーは強制転校させられ、アハトアハトの配下にさせられるだろう。だが、アハトアハトを殺してもオオアライの女生徒達は助からぬ。ショーギで言うオーテ&ヒシャトリの状況……「勝てば、いいんですよね」

 

「!」フジキドは振り返り、ユカリの顔を見た。悔しさと怒りと、そしてそれ以上の決意。「……勝てば、みんなも戻ってきて、あのニンジャも、その、殺せて、全部、解決するんですよね?」「それは……」確かにそうだ。だがその勝率は恐ろしく低い。

 

幾ら大会優勝の実力とはいえ通常の練習の枠を出ない学生と、ニンジャの援護を受けたアマクダリの最新式システムで軍人同様の練度を持つ相手とでは格が違う。それこそハイスクール優勝校がメジャーリーグに挑戦するようなものだ。そしてそれはユカリ自身も理解している事だろう。だが、彼女は顔を上げた。

 

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。アキヤマ・ユカリです」手を合わせ、頭を下げ、丁寧なアイサツを行う。「……ドーモ、アキヤマ=サン。ニンジャスレイヤーです」「貴方も……ニンジャですよね」「………」「教えてください。勝ち方を……ニンジャに、ニンジャに鍛えられた人に勝って、助けられる方法を!」

 

(アングリー・ニンジャ・アンド・アングラー・タンク #2終わり #3に続く)


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