東方銀翼伝 ~超時空戦闘機が幻想入り~   作:命人

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ここまでのあらすじ

「バイオレントバイパー」もとい「イボルブバイパー」を利用していたのは道教勢であった。イボルブバイパーを撃破したのち、その無念を晴らすべく「豊郷耳神子」に勝負を挑む「轟アズマ」と相棒「アールバイパー」。

守谷神社と協力して神子を追い詰めるものの、あろうことか神子はハリセンボン型の決戦兵器「ミラージュキャッスル」と「ファントムキャッスル」を呼び出し、これを人里で暴れさせることで恐怖心を植え付け、この畏怖の念をもって信仰を得るという暴挙に出始める。

黒い信仰心に包まれて魔王のような風貌になった神子はどうやら心を読む能力を持っているうえに10人同時に心を読むというとんでもない能力の持ち主であった。

オプション達の、そして古明地こいしの必死の抵抗により心を聞き取っていることを見抜いたアズマは耳当てを外した瞬間に響子に大声を出させることで怯ませ、最後はαビームで神子を覆った邪気ごと焼き払う。

かくして完全に降参した神子を連れてアズマは白蓮の封印を解いてもらおうとしたのだが……。

どういうわけか、白蓮は既に封印を解かれており(あるいは自力で抜け出していた?)、アズマに敵意をむき出しにしているのであった……。


第16話 ~古きユアンシェン~

 な、何故だ……? なぜ俺は侵略者扱いをよりにもよって白蓮にされているんだ……?

 

「貴方は、アールバイパーは幻想郷を侵略する存在。おそらくは命蓮寺へのスパイ行為が任務だったのでしょう。確かに貴方が来てからです。見覚えのない妖怪が幻想郷を襲うようになったのは」

 

 それは……確かに否定できない。俺が幻想入りしてからバクテリアンもバイドも幻想郷にやって来たのだ。……ん? 何か引っかかるぞ。この条件に引っかからないSTG世界の住民が居た筈だ。

 

 それは確か……原始バイド達だ。アイツらはバイド異変とは関係なしに地底に住んでいて罪袋や勇儀と交友関係があった筈だ。

 

「原始バイドだよ。忘れたのかい? あいつは別に侵略者じゃない」

「うっ、確かに……。ですがそれは私達が最初に出会った時の話であって、元々は侵略者だったのかもしれませんよ? それに貴方が幻想入りした後に彼らも幻想入りしたと仮定したら……」

 

 いや、それは有り得ない。奴らが幻想入りした理由は別にあった筈だ。

 

 それは……忘れもしない、バイドの設定が大きく変わったことで、元の設定を持つバイド達が忘れ去られて幻想入りしたんだ。

 

「バラカス神は俺が幻想入りするもっと前から幻想入りしている。外の世界でバイドの設定が大きく変わってしまったのはずっと昔の話だった」

 

「わ、分かりました。例外もいるということですね。ですが大多数は貴方の幻想入りが関係しているのです! ああいけない、あと少しで騙されるところでした」

 

 完全に論破するのは無理だったか。だけどな、白蓮。あんたはもう既に俺の罠にかかっているんだぜ。

 

 そう、色々と屁理屈を並べている隙にこっそりと距離を取っていたのだ。

 

「逃げるっ!」

 

 一気に機体をターンさせると入口の上の方をショットで砕く。間もなく瓦礫が落ちてきて白蓮を閉じこめる形となった。

 

 外で待機していた神子にすぐに命じる。

 

「もう一度封印を! 早く!」

「さっきから封印を解けだの封印しろだの人使いの荒い……」

「こっちに迫ってきてるんだ! 急いで。巻き込まれるぞ!」

 

 神子によって白蓮の洞窟は再び封印される。脱出に成功した俺はさっそく神子を問い詰めることにした。

 

「聖様に何か変なことを吹き込んだな! 俺が侵略者のスパイだと? ふざけた発言するのも大概にしろ!」

 

 かなり語調を強めて詰め寄るが、当の神子本人は困惑しながらオロオロしている。

 

「知らない、本当に何も知らないんだ。私はあくまで封印の術を行っただけだし、決戦兵器も偽銀翼も用意したのは青娥だ。それで封印された白蓮さんの様子を見ていたのは青娥と芳香だよ。何かしたとすればそっちの二人だ」

 

 聞いてみると神子はあくまで民衆を導く存在として人里にいたのみで、そういった汚れた仕事は全て青娥に任せっきりだったのだという。

 

 心を読む能力を持っているくせに部下の行動も把握していないのか。イラつく心をどうにか落ち着けながら彼女を睨み続ける。

 

「青娥は厳密には私の部下ではないんだ。あくまで対等な関係。お互いに深く干渉しないことを約束に仙術に始まり偽銀翼やベルサー艦の技術の提供を約束してくれたのだよ。だから青娥の心は読んだことがない」

 

 こういう時ばかり心を読みやがって。そう訝しんでいるとふわふわと俺達の上空を舞うように浮遊する存在がいるではないか。

 

「はぁーい、ご機嫌麗しゅう?」

「その声は青娥かっ?」

 

 それは天女のような姿をしていた。特徴的な大きな輪っかを二つ作った青い髪型に大きな(かんざし)。透ける羽衣を羽織り、なよっと体をくねらせた少女。なんだろう、彼女を見ていると言いようのない不安感を覚える。

 

「あらあら豊郷耳様。随分と苦戦なさっているようですわね。ええ、こんな時こそベルサー艦ですね。それでは豊郷耳様にとびっきりのベルサー艦を……」

 

 くすくすと笑いながら青娥は頭の簪を取り出すと空中に向かい円を描く。すると亜空間……いや、同じ仙人だとすると仙界だろうか、そこから巨大なシーラカンスが降ってきたのだ。くそっ、ここでまた援軍かっ!?

 

「アイアンフォスルですわよ」

 

 が、このシーラカンスはあろうことか俺達ではなく、神子を攻撃し始めた。無数の鱗を神子に向かって飛ばし始める。鋭利に磨かれているようで、あちこちに切り傷を作っていく。

 

「なっ、どういう事だ!」

「そのまんまの意味です。豊郷耳様にベルサー艦をプレゼントです。もっとも、豊郷耳様に味方する……なんてことは一言も申していませんがね。くすくす……」

 

 シーラカンス型戦艦はその尾びれを思い切り振るい、神子を横から殴打する。吹き飛んだ神子はそのまま伸びてしまった。引き続き暴れるシーラカンスは早苗が対処していた。

 

「敗者には興味ありませんってことですわぁ。あっはははは……」

 

 今のやり取りで分かった、こいつはとんでもない悪党だ。こいつが命蓮寺を、白蓮を、イボルブバイパーを、そして今まさに神子を……!

 

「おい」

 

 爆発する感情を必死に抑えるべく俺の声は限界まで低くなる。まるで唸り声をあげる獣のように。

 

「まあお顔が怖い。豊郷耳様から聞いていますわ。人間でありながらあの妖怪だらけのお寺に手を貸す変人『轟アズマ』ってのは貴方のことでしたわね。くすくす……」

「黙れ! それよりも白蓮に何を吹き込んだ? 俺が侵略者のスパイだとか訳の分からないことを言い始めている。あんたがとんでもないホラを吹いたに違いない! どうなんだ?」

 

 こちらの怒りなどお構いなしと言った感じで変わらずふわふわと浮遊している。が、その瞳の奥の眼光は鋭い。

 

 そのまま音もなく俺の背後に回る。しまった、全然気が付かなかったぞ。

 

「わたくし、あんまり嘘は好きではないの。だから、嘘なんて全然ついていないわ。ええ、確かにあの封印された尼僧とは何度かお話ししました。侵略者たる貴方の事、今までの異変で暴れ出したバクテリアンやバイドの事……」

 

 後ろでは早苗とアイアンフォスルがやり合っている。恐らく早苗が優勢だ。戦い方も知っているだろうし、あちらは心配ないだろう。

 

「俺が……侵略者?」

「ええ、私は本当のことを、今幻想郷に迫る本当の脅威について説明したの。そしたらあの尼僧サマったらどうしたと思う? 自分で豊郷耳様の封印を破ってしまったのよ。ちょっと怖かったわ~♪」

 

 そんな筈あるものか。俺は逆に幻想郷を我がものとせんとするバクテリアンやバイドを退けてきた側である。ただの一度もこの力で幻想郷を支配してやろうだなんてことは考えたこともない。ああ、誓ってもいい。

 

 やっぱり奴の言っていることはあり得ない。これで決まったな、青娥こそ白蓮に変なことを吹き込んだ張本人……。

 

「もういい、そんな妄言に付き合っている暇はない。貴様を倒して真実を吐かせる!」

 

 銀翼を起動させるとネメシスとコンパクを呼び出す。

 

「一気に勝負をつけてやる。操術『サイビット・サイファ』!」

 

 オレンジ色の光がうねりながら青娥に迫る。あんなに余裕こいているが追尾するのだよ、サイビットは。そのまま腸ぶん殴られてゲロと一緒に本音もブチ撒けちまえ!

 

「あらあら、乱暴なことは好きではないけれど……降りかかる火の粉は払わないといけませんわね」

 

 こんな状況でも笑っていられるのか、さすがに気味が悪い。とっととブチのめしてやろう。

 

「うーん、お人形遊びしたいの、ボク? お姉さんも可愛いお人形さんを持っているのよー♪」

 

 パチンと指を鳴らすと地面の一部が盛り上がる。大きなお札のついた帽子を被った女性の死体が姿を現したのだ!

 

「これがお姉さんの大事なお人形さん『宮古芳香』よ。腐ってて可愛いでしょ?」

 

 芳香と呼ばれたゾンビは肌の発色こそ悪いもののネメシスよりも圧倒的に大きい。腕を前に伸ばし、跳ねながら移動する様から奴がキョンシーであることは想像がつく。

 

 あいつめ、配下のキョンシーを盾にするつもりだな。最初にコンパクが突撃するも腕をブンと振るうことで退けると反対側から迫ってきたネメシスはその腕でガッチリと掴まれてしまった。しまった、これでは引き戻せないぞ。

 

「ネメシス、操術『オプションシュート』だ。残った魔力を爆発させて腕を吹き飛ばしてやれ!」

 

 既にバイパーの傍に戻ってきたコンパクを格納すると、俺は変則的だがネメシスに指示を出す。すぐさま爆発が起きる……が、びくともしない。魔力が足りずに大した威力にならなかったのか……?

 

 いいや違う。確かに両腕から血が噴き出しており、有効打を与えたらしいことは分かるのだが、ゾンビゆえに痛覚がないのだろう。なので今もネメシスを捕まえたまま手を離さないでいられたのだ。魔力を失い腕を引っ張られたネメシスが力なくだらりと垂れる。

 

「くっ、回収しなくては。リフレックスリング!」

「させませんわ」

 

 まるで俺の移動する場所が分かっていたかのように青娥はグラビティバレットのような黒い球体を飛ばしていたのだ。動きこそ遅いものの、俺は逆にそこに突っ込んでしまい、全身が痺れて動けなくなってしまった。

 

「があああっ!」

「私の大事なお人形さんに危害を加えようとするなんて、どれだけ野蛮なのでしょう? 芳香、分かっているわね?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべながら芳香に視線を送る青娥。ま、まさか……!

 

 しばらくぶりに感じた焦燥。サイビット・サイファを覚えてからは感じなかったもの。青娥が何を指示したのか、俺には分かってしまったのだ。

 

「マ、マスター……クルシイ」

 

 芳香がネメシスの両腕と両脚を引っ張り始める。ギチギチと関節がきしむ音。

 

「アズマのことは色々と調べさせてもらったわ。戦い方の癖、価値観、そして弱点までも。自分ではない大切な誰かが傷つくさまを見せつけられることを何よりも嫌う。君が慕っている魔住職サマと一緒でね……さあ芳香、引っ張るだけでなくねじらないと」

 

 人間だったらまず命はない程に体を捻じ曲げられる。

 

「やめろっ、やめてくれっ! それだけは……」

 

その悲痛な叫びを聞いて青娥はフムと考え込む。

 

「芳香、一旦ストップ。力を弱めなさい。芳香にお人形さんを引っ張るのをやめてほしければアズマ、今ここで負けを認めなさい」

 

 考える暇などない。俺はすぐに了承した。ここでの勝敗はネメシスの無事に比べればちっぽけのものだからだ。俺はアールバイパーから降りて戦意がないことをを示した。

 

「いい子ねアズマ。芳香、もうその子に危害を加えちゃいけませんわ。返してあげないと」

 

 芳香からネメシスを受け取り、青娥が近寄ってくる。これでいい、これでいいんだ。今も痛々しく関節があり得ない方向に曲がってしまったネメシスを受け取る。早く修理してあげないと。そんな彼女と一瞬目が合った。

 

「ァ……」

「(ニヤリ)」

 

 不意に青娥が手にしていた簪を振るう。ネメシスの胴体が袈裟斬りに真っ二つに割れてしまったのだ。

 

一 瞬何が起きたのかわからなかった。俺も、ネメシス本人も。大事なものが突然ポッカリと抜け落ちてその先に見えた真っ白な虚無が脳内全体に広がる感覚。

 

「くっくくく……あっははははは! まだ何が起きたのか分からないようですわね。その子は死んだのよ。胴体を真っ二つにされてね! 油断が過ぎますわ轟アズマ! その結果最も近い距離で最も残酷な方法で大切な仲間を失う瞬間を見てしまった」

 

 真っ白い虚無は怒りの炎へと変わる。一度希望を与えておいて再び絶望の底へ叩き落とす。それを故意にやってのけた。こちらの精神をズタボロに壊すために。

 

「き、きさっ……まぁぁぁぁぁ!」

 

 今も高笑いを続ける青娥はゆっくりとその高度を上げていく。俺は再びアールバイパーに乗り込むと魔力という魔力を収束させる。もはや痛みなどどうでもいい。

 

 怒りに任せ、αビームを撃ち出す。すかさず青娥はおびただしい量の暗黒弾をビームを避けるように放ち始める。まずい、こいつらは俺を追いかけてくるぞ……!

 

「オプションを1つ失っているのにこの私に勝とうなんざ……」

 

 いかん、実力の差は顕著だ。αビームの隙を突かれる……!

 

「ちゃんちゃらおかしいですわ!」

「がぁぁぁぁっ!」

 

 今度こそアールバイパーは地面に叩きつけられた。勝ち誇ってふわふわと俺の目の前で浮遊する邪仙。

 

「弱い、弱すぎますわ。もっと力を付けてから挑みなさい」

 

 憎き仙人はそれだけ言うとトドメを刺すことも無く芳香とともにいずこかへ去ってしまった。

 

 ……ああそうだ! ネメシス、ネメシスを見てやらないと!

 

 真っ二つにされたネメシスは苦しそうに声を上げていた。

 

「マスター……。ナンダカサムイノ、スゴクサムイノ。アタタメテ……」

 

 迷うことなく俺はネメシスの切れ目を出来るだけくっつけ、そこを撫で続ける。もしもまたくっつくのならと淡い希望を抱いて。

 

「エヘッ、アリガト。コンドハ、ダッコシテホシイナ……」

 

 ああ、俺もとても抱きつきたい気分だ。ギュっと俺は彼女を抱きしめる。肌と肌が触れて俺にも分かった。彼女がみるみる弱っていく様を。

 

「アッタカイ。マスター(ちゅっ)、ダイ……スキ、ダイスキ……ダ…………ヨ………………」

 

 力を失う手を優しく握り、俺は必死に語り掛ける。

 

「諦めるなネメシス! すぐにアリスの所に行って修理してもらおう。だから、だから俺を置いて逝かないでくれぇっ!」

 

 その叫びもむなしく、ネメシスの体がふっと軽くなった気がした。ああ、完全に機能を停止してしまったんだ。魂の重みだけ軽くなったんだ。

 

「うっううう……」

 

 だらりと重力に向かって力なく落ちる腕。光を失った瞳。決定的だ。ネメシスはもう……。

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

 何度も彼女の名を叫びながらその亡骸を抱えながら俺は空に向かって泣きに泣いた。ネメシスを失うことは愛する娘を失うことに近い。その喪失感は並外れたものではないのだから。

 

「お人形さんを……。酷い、なんて酷い人なのかしら!」

 

 自ら直立できなくなるほどに精神的に参ってしまった俺に、逃げていった仙人に静かな憤りを感じながらも寄り添うのは雛であった。人形をルーツとする存在としてネメシスに対してどこか親近感を持っていたからだろうか。

 

「まだ、厄が取れていないようね。貴方の名声は取り戻せても大切な人達は取り戻せなかった。でも今の様子を見て決めたわ。私は白蓮さんとネメシスちゃん、この二人を取り戻す最後の最後までアズマの味方よ」

 

 どうにかヨロヨロとコクピットに乗り込むと雛を乗せて魔法の森へと向かう。彼女の腕は切り裂かれたネメシスが抱かれていた。

 

 今も瞼を閉じるとあの瞬間がフラッシュバックする。瞼を閉じまいと意識を保とうとするものの、意識にかかる霞は濃くなるばかり。朦朧とする意識の中、俺は一人意識の闇の底へと落ちていった……。

 

 アリスなら、アリスなら直してくれるよな……。お願いだ……!

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 カチ、カチ、カチ……と、秒針が時を刻む音だけが静寂の中響いていた。

 

 俺達はネメシスが真っ二つにされたショックで意識が朦朧とした後、雛とにとりに連れられて魔法の森のアリスの家を訪問していたのだ。目的はもちろんネメシスの修理である。

 

 夜もふける中、俺は一睡もできずにアリスの工房へ続く扉をただただジッと見つめ、秒針の音をぼんやりと聞いている。

 

 心配しているのはなにも俺達だけではない。同じオプションとして後輩二人、つまりコンパクとゆっくり霊夢もその身を案じているようだ。

 

「ネメシスちゃん……」

「……」

 

 生まれたばかりでまだ制御もままならないまま、腰にロープを括り付けて紅魔館のメイド妖精達やレミリアと戦った記憶、オプションとして八雲紫を倒し幻想郷で生きていく権利を勝ち取った記憶、初めての妹分「コンパク」と出会い、何処か嬉しそうだったり姉貴分として振舞おうと頑張っている様子を横から見てなごんでいた記憶……。

 

「本来はぎこちない動きしかできなかったのに、気付いたら動きは滑らかだし気遣いまで覚えていった。どんどん成長していったあの子は俺にとっては娘同然だったんだよ……」

 

 その記憶を一瞬で引き裂いた青娥。こみ上げる怒りも尋常ではないものであったが、それよりも心に大きくのしかかっていったのは悲しみの方。そんな中、複数の上海人形が紅茶を手にやってきた。

 

「シャンハーイ……」

 

 客をもてなす為にアリスが用意したのだろう。その姿がネメシスと重なり、俺は人形のうちの1体を抱くと大泣きした。

 

「ワッ、ワッ、ワワッ!?」

 

 ひとしきり涙を流した後、我に返ると俺は上海人形を解放し、乱れてしまった髪の毛を整えてあげた。

 

「ごめんよ。でも、どうしても我慢できなくなって……」

 

 人形たちが再びアリスの部屋に戻っていくと再び静寂が訪れる。それでも規則的に音を刻む秒針。時計を見るとすでに日付をまたいでいたことが分かった。

 

 そして紅茶も冷めかけた午前2時、ようやくこもりっきりだったアリスが部屋から出てきた。

 

 彼女の表情は晴れない。手にしていたのはいまだに真っ二つのネメシスであった。

 

「ごめん、私には修理できないわ」

 

 非情にも復活は不可能であることを通告されてしまった。ああ、なんということだ……。

 

 俺はガクリと膝から崩れ落ち、娘の名を叫びながら男泣きに泣いた。


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