だが、アズマにも知りえない逆転の一手が今まさに発動された……!
「なっ、馬鹿な!」
神子は手にする剣を巨大化させ、俺を串刺しにしようとしたのだ。だが、結果的に俺はそれを回避して今は空を舞っている。
「避けられただと? レーザーを放つと見せかけての斬撃は完全な不意打ちだった筈。なのに、かわした……」
ああ、俺はとどめの一撃をかわしたんだ。そう、またしても俺は助けられたのだ……。
「なぜかわせた!?」
渾身の一撃を綺麗に回避されて困惑しているのが目に見えて分かる。そして次の一手も……だ。俺の移動を阻むようにレーザー2発、翻るのを予測してそこに接近しての斬撃。それで間違いないな?
まず俺は最大限に加速してレーザーをかわすと、神子が俺のすぐそばにワープしたと思い込んでいる神子が出てくるタイミングを見計らいフォトントーピードを放つ。
「このっ、このっ!」
更にマントから炎を出したり再びこちらを仙界へ迷い込ませようとしてくるが、俺は事前にサクサクと回避してしまうのだ。
「ゼエゼエ、ば、馬鹿な。どうしてそんなに簡単に見切れるの?」
疲弊しきったところを今度は逆回転リフレックスリングで捕える。
「知りたいか? ならば聖徳太子サマお得意の心の声を聴く能力を使ってみな」
そう、答えはすぐそこにあるのだ。神子はそれに気づいて愕然としていた。だがもう遅い!
「そ……んな馬鹿な! 確かに銀翼に乗っていたのは一人だった筈。だというのに、どうして二人目の声が聞こえる!?」
ふふ、その「二人目」が全ての答えだ。さあ、もっとよーく見てみろ!
「む、無意識を操る古明地こいし! だけど、今は第三の目を……開いている!」
「そう、アールバイパーには俺の他にサトリ妖怪が乗っていたのさ。それもただのサトリ妖怪じゃない。普段は心の目を閉ざして誰もその心を読めないという特別なサトリ妖怪がな!」
このタイミングで実に奇跡的だ。第三の目を閉ざしていたこいしが俺の服の裾を震える手でキュっと握りながら神子を睨みつけていたのだ。
すかさず俺はリングの回転方向を反転させて神子を投げ飛ばした。
「怖いけど、怖いけど……。コンパクちゃんやゆっくりちゃんも勇気を振り絞って頑張ってるのに、私だけ仲間はずれなんて嫌だもん!」
あの時、俺はアールバイパーを通じてこいしと繋がる感覚を覚えたのだ。これまでも何度か勝手に発動していた少女達の能力の間借り、真に心が通じた証。それも本来のサトリ妖怪として。
おかげで俺には数秒先の未来が見える。こんな強力な力を得られるのは後にも先にもこれ一度っきりであろう。が、この窮地を抜けられさえすれば、それでいい!
「こうなれば……」
耳当てを外す。本格的に心を読む作戦だ。恐らくはこいしのトラウマを引きずり出し再び第三の目を閉ざそうという試み。だが、その耳当てを外すという行為が命取りとなるのだ。なぜなら、俺は耳当てを外すことをとっくに読み取っている。
「響子っ、今だっ! ありったけの大声を浴びせかけろ!」
ミラージュキャッスルと神子、どちらとも戦えそうになくオロオロしていた響子は急に呼ばれてピクンと体を震わせていた。そんな彼女をリフレックスリングで掴むと耳当てを外した神子に接近する。
「えっ、えっと……YAHOO!!」
至近距離での大声。普段はセーブしていた聴力を解放した直後の山彦の本気の声。さぞひとたまりもない筈だ。
「ぎぃやぁぁぁ! 耳が、耳がー!!」
両手で耳を塞ぎ悶絶している。さあ次は……あれ、見えない。
どうやらこいしは再び瞳を閉じてしまったようだ。
「ごめん、やっぱりこれ以上は無理よ……」
いや、よく頑張ってくれた。俺はこいしの頭を撫でてやると再び神子に向き直る。いいじゃないか、これでおあいこだ。お互いに心の読めない状態なのだから。いや、心を読めない状態が普通の俺の方が少しだけ有利か。
「おのれ、おのれ、おのれェーー!」
ドス黒い気が一気に収束してくる。策を練れない以上、力に訴えかけるほかない。だが……
「この瞬間を待っていたぞ、神子ぉぉぉぉ!!」
こちらもすぐさまオプションを全て展開し、ローリングのフォーメーションを取る。そして乱れていた呼吸をゆっくりと整え始める。
落ち着くように、でも闘志は失わないように……。
間もなく神子は自分がデタラメに集めてきた黒い信仰心を直接撃ち出してきた。思った通りだ。
俺も魔力を収束させて……。
「
アールバイパー全体が青白い閃光に包まれゆく。神子からあふれ出る邪悪な念が迫ってくる。俺は焦らずに自らに溜められた魔力を解放した。
「『αビーム』!」
ぶつかり合うビームとビーム。拮抗していたそれは少しずつαビームが勢いを増すことで神子を押しのけていく。
「押されている! この私が、この私が人間ごときにィー!」
うおぉぉぉぉぉ! その邪悪な信仰心とやらごと焼き尽くしてくれる! 神子の力を吸い取ったαビームがそのまま本人に返ってくる。
「ギエェェェェェ!?」
空中でのけぞりながら小刻みに痙攣している神子から黒いオーラが分散していく。そしてαビームの照射が終わった頃にはすっかり元の神子の姿に戻り、そしてドサリと地面に落ちた。慌てて介抱しに走る布都達。
振り向くと、雲山がファントムキャッスルを圧倒している様子を目にすることが出来た。雲山が直接ベルサー艦のパーツを掴んでは無理矢理引っぺがしているのは俺もさすがに驚いた。
一方の守矢神社の二人もミラージュキャッスル相手に優勢である。神奈子の火力がその装甲を打ち破ると、たまらず残った装甲をパージしながら逃げようとする。このハリセンボン型の本体を早苗が狙いを定めハンターを発射した。
「オーバーウェポンの火力を甘く見ないことです!」
針のように尖った蒼き狩人はハリセンボンに突き刺さり続け、そしてこれを撃破した。
「ふっ、アズマも一輪も上手くやったようだな」
上空で腕を組む神奈子さんに俺はサムズアップした。ああ、誰か一人でも欠けていてはなし得なかった。これは皆でもぎ取った勝利だ。早苗から、響子から、そしてこの戦いに参加していた皆で……。
「ふう、いっちょあがり。中身の方ならムラサがキッチリ沈めてくれたわ。さて……と」
命蓮寺のメンバーに取り囲まれ、ガックリと膝をつく神子に神奈子は手を差し伸べる。
「一気に大きな力を得たことで己を制御できずに散々振り回されたな。明らかに様子がおかしかったが、私は同じ神霊だから何が起きたのかすぐに分かった。
君は神霊としてはあまりに若すぎるのよ。一気にみなぎった己の力に魅入られて、そして暴走してしまったのだろう」
その手を弱弱しくつかむと神子はよいしょと立ち上がる。
「誰に貰ったのかは知らないが、あの魚のような戦艦……早苗は『ベルサー艦』とか言っていたが、ああいった未知の力はもう少し慎重に使うべきだ」
ボロボロになった里を見てガクリと肩を落とす神子。
「私もどうかしていました。もはや、これまでですね……」
「そんなことないですぞ、太子様! 我は地獄の底までついていきます!」
「また、やり直そう」
そんな彼女に寄り添うは二人の側近。あんな事になりながらも神子への忠誠が揺らぐことなどあり得なかったのだ。これも豊郷耳神子本人の求心力の賜物だろう。
ひとまずは壊したものの復興をしたいところであるが、コイツらにはもう一つやって貰わないといけないことがある。
「おっと、まだゼロから再スタートするには早すぎるぜ? さあ、お前らが封印した聖様を解放するんだ」
いつの間にか俺の後ろにいた一輪達が「そうだそうだ」と頷いている。
そう、今回の戦い最大の目標は白蓮さんを取り戻すことである。俺は神子に封印を解かせることにした。
というわけで俺と神子、早苗の他に、最初から最後まで俺を様々な手段でサポートしてくれた雛とにとりが白蓮の元へ、神奈子と布都達、そして命蓮寺のメンバーは人里の復興を手伝うことに。
実は白蓮の封印された場所というのは俺も知っている。神子は俺が思っていた通り人里のハズレの方へと歩いていく。そして人通りもまばらになる程の里の外側に不自然に大きく開いた洞窟があった。
「この奥に封印されて……むっ!?」
地面を揺るがす爆発音が響いたではないか。何事と身構えるが、それ以来再び物音がしなくなった。
「何か隠しているんじゃないだろうな? 罠があったりとか」
「ないですって! 白蓮さんの様子は定期的に青娥が見ていました。罠なんてしかけたら青娥がその餌食になっちゃいますよ」
ふむ、それもそうか。だが、何か引っかかる。うーん……。
「罠はないけどガーディアンはいますってオチじゃないだろうな?」
「少なくとも私は知りませんよ。もしかしたら青娥が自分で行くのを面倒くさがって使い魔にでも向かわせたとかならあるでしょうが、それなら芳香に向かわせるのが……」
これ以上問い詰めてもらちが明かない。
「もういい、この洞窟は神子が先導して進め。出来るよな? 罠なんてないんだろう?」
逃げようとする神子を捕まえると、彼女を突き出しながらさっそく洞窟へと入っていく。
かくして神子を先頭に白蓮の眠る洞窟を奥へ奥へと進んでいく。
「ほ、ほら。何にもないでしょ? 大体白蓮さんの封印は私の施したものですから、私が居なければ侵入したところで何にも意味はないのです。なので……」
ベラベラと不自然に饒舌になる聖徳太子に大きな影が迫った。最初に気付いたのは早苗。甲高い悲鳴を上げ神子も遅れて見上げる。
巨大なダイオウグソクムシ「バイオレントルーラー」だ! その巨体でのしかかってくるつもりだ。皆でこれを避けると……。
「……死んでるぞ、コレ」
動かない巨体に恐る恐る近づくにとりが生命活動をしていないことを確認する。どうやら力なく倒れ込んだだけのようである。胴体にポッカリと穴が開いており何者かと交戦した形跡もあった。
「やっぱりな。実は一度だけ迷い込んでここに来ていたんだ。よくも嘘をついて俺達をバイオレントルーラーに始末させようとしたな!」
怒りに任せて神子に詰め寄るが、その反応は意外なものであった。
「知らないわよ! 本当に、何にも。後にも先にも私がベルサー艦を使用したのは先程のみです」
なんだろう、不穏だ。神子は嘘をついている感じはないし、バイオレントルーラーは何者かと戦って死んでいた。頭をもやもやさせているとついに洞窟の最奥へたどり着く。が、案の定というべきか、異変が起きていた。
「白蓮さんがいない!?」
「そ、そんな馬鹿な!」
だらりと垂れさがった鎖には何も縛られておらず、白蓮の姿は本当に消えていたのだ。
「一体全体どうなっているんだよ。どうして白れ……聖様がいないんだ!?」
「私が聞きたいくらいだ! だって封印を私以外の誰かが解いたなんてありえない」
見ると洞窟はさらに奥へ続いているのが分かる。白蓮が幻想郷で目撃されたという話は聞いていないから外に出ているとは考えにくい。となるとあの奥か……。
引き続き神子を先頭に洞窟の最奥へと突き進んでいく。
奥へ進めば進むほど息苦しさが増していく。そうやって細い道を進んでいると……。
甲高い怪物の雄たけびが聞こえてきた。ピギャーと大きな声を上げている。こっそりと奥を覗き込んでみると……。
「今度は『ゴールデンルーラー』!?」
金ピカのダイオウグソクムシが胴体を貫かれて苦悶の悲鳴を上げているのだ。誰かと戦っているのか? そもそもこのベルサー艦達は何者なのだろうか? 神子が知らないとなるとカギを握っているのは青娥なのだろうか? だが、その青娥の差し金を倒す存在がいる。
「もしかして白蓮さんじゃ?」
だとしたら助けないといけない。
「何もかもが不可解だ。まずは俺が行く。合図を出すまで皆はこっちに来るんじゃないぞ。罠かもしれないのだから」
俺はみんなを置いて最奥へ。洞窟の広くなった場所へとなだれ込むように入り込んだ。
「……」
やはり白蓮だ。ゴールデンルーラーを仕留め終えると、俺の存在に気が付いた。
「白蓮、自分で封印を解いたんだね。異変は解決したよ。俺の偽物を仕留めたんだ。だからもう外に出ても……」
やはりおかしい。白蓮の表情からまるで温かみを感じないのだ。だが、ツカツカとこちらに歩み寄って来る。
「アズマさん……。あの時を思い出しますね。右も左もわからぬままに無力な貴方を私が助けた。今回はその逆。あの時は紫さんに侵略者呼ばわりされていましたね……」
「アズマさん、私は残念でなりません。どうやら紫さんの言っていたこと、正しかったようですね」
明らかに分かる憎悪の表情。この洞窟に入ってから感じた息苦しさ、ピリピリした空気の正体はこれか。
「アズマさん、いえ幻想郷を侵略する元凶、轟アズマには消えてもらいます!」
ブワッと魔人経巻を広げ戦闘態勢に入る白蓮。
「待ってくれ! さっきも言った通りアールバイパーの偽物をけしかけた道教の連中が全部悪いんだ。誰に吹き込まれたのか知らないが騙されている!」
「いいえ、前々からおかしいとは思っていたのです。貴方が幻想郷に入ってからバクテリアンやバイドが幻想入りして悪さをしてきた。やはり貴方が原因であると考えるのが納得いくのですよ」
どうしてこんな考えに至ったのかは俺には分からない。だが、封印されている間に何か吹き込まれたんだ。誰に? いや、答えは明白だ。神子と通じており定期的に白蓮さんを見張っていたという「霍青娥」。未だに姿も見せないアイツが怪しい。
だが、どうしようか? 今は調査どころではないぞ。
「私も心苦しいのですよ。子供のように可愛がっていた門徒の中にこんな異変の首謀者がいるだなんて。とはいえ同じ釜の飯を食した仲。せめてもの情けです……」
魔人経巻の模様が白蓮の両腕に纏わりつくように光る。
「苦しむ間もなくアールバイパーごとあの世に送ります!」