東方銀翼伝 ~超時空戦闘機が幻想入り~   作:命人

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アズマがチルノとゴーレムと出会っていたその頃、人里では……。


第9話 ~反撃の狼煙~

(その頃人里では……)

 

 もうじき陽が落ちる。琥珀色の光に照らされながら、神子はただ空に目をやり続ける。ぼんやりしていると彼女の前に一輪が降り立った。

 

「神子……様、講演会は無事に終了しました」

 

 その名を口にする度、一輪は苦虫を噛み潰したような表情になってしまう。当然である、かつての商売敵の軍門に下った屈辱は計り知れない。それでいて、自らの手で商売敵の宗教を推し進める活動をしている。これほど残酷なことはないだろう。

 

 これだけ血反吐を吐くような思いをしている一輪。だというのに肝心の神子は風にマントをなびかせながら空を憂い気に見つめたままである。まるで反応しない。心ここにあらずといったところか。

 

「太子様は日々の(まつりごと)に追われてお疲れである。代わりに我が聞こうぞ」

 

 仕方なく一輪は布都に状況を報告する。より一層嫌悪感をその表情に出しながら。

 

「うむご苦労であった。今日はもう休んでよいぞ」

 

 それに気づいているのかいないのか、ふんぞり返りながら布都は上機嫌に一輪を送り出した。そんな童顔の仙人を尻目に、屈辱にその表情を歪めつつ、一輪は下がっていく。これだけ空気がピリピリしていたのに神子は相変わらず空を見つめたままである。

 

「太子様の提案した『かつての商売敵に我々の宗教を説かせる』ってのが思いのほか効いているようですよ。民衆に力関係をはっきりとさせることで我ら道教の勢いは増すばかり。さっすが太子様!」

 

 これだけ褒めちぎっても神子の反応は薄い。が、あまりに騒ぎ立てるので神子はついに空から視界を地上に移した。

 

「ああ、しかし上手くいき過ぎだとは思わないかい? まるで誰かに用意された線路の上を走っているかのように事が上手く運びすぎている。私はそれが逆に怖い」

 

 それだけ言うと神子は再び空を見上げてしまう。

 

「それにあの英雄気取りの魔住職の使い魔、確か『轟アズマ』といったか。奴が静かすぎる」

 

 つぶやくように口にするとどこからか甘ったるい声が響く。

 

「豊聡耳様、その為のわたくしではなくて?」

「その声は、青娥か。貴女も戻っていたのですね」

 

 大きく二つの輪っかのようにまとめた特徴的な髪形、その根元には一本の大きなかんざし。全体的に薄青色の服装に身を包んだ女性は羽衣らしきものを羽織っており、仙人にも天女にも見えた。しかし彼女こそ邪仙と呼ばれるあの「霍青娥」である。

 

 そんな不吉なあだ名など似合わぬ程に彼女はニコニコと屈託のない笑顔を浮かべて神子の顔をのぞき込んでいた。

 

「使い魔だなんて、違いますわ豊聡耳様。あれは超時空戦闘機『アールバイパー』。乗り物なの」

「そのええっと、『あーるばいぱー』だったかな? その偽物は青娥が用意してくれたんだったね」

 

 低空を浮遊しながらクスクスと笑うのは青娥。

 

「よくできているでしょう? わたくし、頑張っちゃいましたから♪ 豊聡耳様も欲しいならもう1機作りますよ?」

「い、いやいらないよ。空を飛べて弾幕が撃てるようになる乗り物だろう? 私には必要のないものだ」

 

 こうもアッサリと否定されてしまうと子供っぽくしょげかえる邪仙。

 

「え~! アールバイパー、結構カッコイイと思うのですが……。とにかく、本物がこの偽物の存在に気が付いたようです。あとはこちらの偽物がさらに信頼を集めたうえで本物を屠れば……。ふふっ、こっちが本物ですわ♪」

 

 アツく語る青娥にタジタジになる神子。

 

「そ、そうだな。では引き続き偽銀翼の作戦は青娥に任せましょう」

「はーい。こっち関連は全部わたくしに任せてくれてよいのですわ。豊聡耳様は幻想郷の民衆を導くという立派なお仕事があるのですからクリーンでなくてはなりません。こういった汚れたお仕事は全部わたくしにお任せくださいな♪ では私は今から豊聡耳様が封じた悪い魔女の様子を見てきますので」

 

 何処か後ろ髪をひかれがちな神子を尻目にランランと鼻歌を口ずさみながら青娥は去っていった。

 

 一人、ポツンと取り残された神子はまた空を見上げる。陽は既に落ちて星空が瞬きつつある。

 

「本当にこれで、いいのでしょうか……? 確かに我々の教えを幻想郷に広めたいという欲望はあるし、信仰の力に応じて力も増してきた気がする。しかし、こんなやり方で本当に……?」

 

 答えるものはどこにもいない。弱弱しい星の光が微かに神子を照らすのみであった。

 

 

 

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 そう、全部全部わたくしに任せてくれていいのです、豊聡耳様。

決して悪いようにはしませんから……ね。

 

 

 

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(神子と別れた一輪は……)

 

 

「うっ、うわぁーん! こんなのもう嫌だー!」

 

 神子達が人間達を導くための人里の拠点は道教の信者達によってしっかりと作られているも、元々白蓮の弟子であった一輪達の詰所は神子の拠点の隣にあるなんともオンボロの小屋なのである。

 

 神子に報告を済ませて詰所まで戻ると中にいたムラサと星の前で一輪はついに我慢の限界が来たのか、大泣きしてしまった。一輪の体を支えながらムラサは正義感に燃える。

 

「そうね。これ以上アイツらにいい顔させておくこともない。これは私達の戦い。こんなことになってしまった元凶である裏切り者のアズマを葬り、全てをやり直すのが目的だった筈。あんな奴らに頼らずに私達だけで……」

 

 そんな二人をやや語調を強めて止めるのが星。白蓮のいない今、このメンバーを取り仕切るのは彼女の役目である。

 

「なりません! 聖もいないし、信用も失墜した私達です。それに彼女たちの気を悪くしてはいつまでも私達の聖は封印されたまま。まずは聖の封印を解いてもらうのが先決。辛いでしょうが今は立ち上がる時ではありません」

 

 そう言いながら彫刻刀片手に何かを彫っている。手の平にスッポリ収まるような小さな人形のようなものであった。

 

「どうです? 粗末なものですが木彫りの仏像を作ってみました。今だって仏の救いを求めている方はいらっしゃいます。これはそんな方に渡していくのです」

 

昼間は道教の布教活動をやらされており、そんな暇はないので、コッソリと仏の教えを夜に説く。これをやると徹夜になってしまうので、今いる3人が交代でやってきたのだが……。

 

「今日は私の番ね。仏像配りと、もしも途中で裏切り者のアズマを見つけたら……」

 

 その後は無言で親指を立てて首元を切るジェスチャーを行う。やたらと好戦的なムラサに星が再び釘をさす。

 

「できれば生け捕りにするように。彼が聖を裏切ってまでどうしてこんなことをしてしまったのか、その理由を私は聞きた……ちょっと、話は最後まで聞いてください!」

 

 その悲鳴はキャプテンに届くことはなかった。隙間風の吹く中、星はやれやれと首を振るのであった。

 

 

 

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(その頃、アールバイパー達は……)

 

 にとりのテントで休息をとっていたが、まだ空も白む前に俺は起こされてしまった。

 

「命蓮寺のメンバーが人里から出ていくのを見かけた。きっとアールバイパーを探しているんだ。ここに留まっていては危ない!」

 

 見上げると大きなアンカーを手にした影が横切るのを俺は確認した。ムラサのもので間違いないだろう。幸いにもムラサは妖怪の山方面、つまり俺達の目的地と真逆へ向かっている

 

 急いでにとりのテントを収納すると、いそいそと人里に入り込まないように迂回しつつ抜けていく。が、その途中で……

 

「さっきのアンカー持った子が戻ってきたわ。その銀翼の姿は目立ちすぎる! 見つかっては厄介ね。どこかに身を隠さないと」

 

 暗闇の中、やむなく高度を低くして息を潜めていると小さな洞穴を見つける。俺達は一度そこで身を隠すことにした。

 

「なんだろうここ、自然の洞窟って感じじゃないな」

 

 明らかに何者かに掘られた跡、あまりに直線的すぎる道、怪しいと思い探索することにしたのだが、その奥にあるものを目にして俺は驚愕した。

 

「白蓮さんっ!?」

 

 そう、無数の鎖でがんじがらめに縛られた白蓮の姿があったのだ。魔法使いとしての力を封じるものであろうお札もあちこちに貼り付けられている。

 

「も、もしかしなくても命蓮寺の住職サマ……だよね?」

「ああ、間違いない。バイオレントバイパーのせいで封印されてしまった白蓮、彼女さえ救い出せれば一輪達もあの道教の奴らの言いなりになる理由もなくなる」

 

 ブンと音をたて、レイディアントソードを取り出す。あの憎き鎖を断ち切って白蓮さんを元に戻せば……。

 

「待って、彼女に触らない方がいいわよ。ちょっと見てみたけれど、これはかなり厳重に封印されているわ。恐らく実際に封印を施した術者以外が触れると……」

 

 だが、勢いは止まらない。青い刃が鎖に触れた。ガキンと金属がぶつかり合う音を響かせるが、鎖はビクともしない。

 

 そればかりか、物々しいサイレンの音が響き渡る。

 

「『一種のセキュリティが働いて報復行動に出ると思う』って言おうと思ったのにー!」

 

 遅いよっ! 重低音のサイレン音を響かせて天井から落ちてきたのは、巨大な紫色のダンゴムシであった。

 

 いや、ダンゴムシだと思ったが違う。これはダイオウグソクムシだ。あまりに異質すぎる光景。ダイオウグソクムシってのは深海に沈んだ海洋生物の死骸を食べて生きるいわば深海の掃除屋である。だが、幻想郷には海がないのでこんなのがいるはずはない。

 

 つまり、何者かによって連れてこられたことを意味している。

 

 更に付け加えるといくら大きな虫だからってここまで巨大で武装しているなんてありえない。

 

「お前、『バイオレントルーラー(※1)』だな」

 

 その巨大な体を起こして脚や触角をワシャワシャと蠢かせて威嚇してくる。なんということだ、封印を暴かれないようにベルサー艦に白蓮を守らせていただなんて。

 

 おのれ神子、自ら最大のライバルだからと厳重に封じておいたんだな。

 

「どうする? 戦うのかい?」

「いや、やめた方がいい。バイオレントルーラーは一騎当千を突き詰めた巨大戦艦。一度暴れ出したら周囲を焦土にするまで敵も味方も構わずに破壊し尽すという。『暴君』というあだ名があるくらいだからな。仮に俺達が勝てたとしても白蓮に被害が及ぶ可能性が高い」

 

 それにコイツを倒したところでやっぱり白蓮の封印の解き方なんて分からない。ここは逃げよう。二人に合図を送ると俺は銀翼をぐるりとターンさせる。

 

「なら仕方がないね。だけど場所を覚えておくだけでもかなり優位に働くと思う。アズマ、アールバイパーにここの座標軸を登録するんだ」

 

 悔しいが、俺は固く目を閉じた白蓮を置いて洞穴から出ることにした。取り戻すんだ、日常を、栄誉を、そして大切な人を……。

 

 神子達がベルサーと通じているという事、そして白蓮の居場所が分かっただけでも大収穫だ。周囲の壁に何度も衝突しながら追いかけてくるバイオレントルーラーを無視して俺達は洞穴から脱出した。

 

 その後は知性を持つ妖怪との遭遇もないまま進んでいくことが出来た。そして遠くに黄色い何かが密集しているのが確認できた頃には空が白みかけてきた。

 

 そしてはるか遠くに若干背の高い黄色い絨毯が見えてくる。

 

「あれが『太陽の畑』。向日葵畑なんだけれど、この近くに鈴蘭の花畑もあって、そこの子が私の友達なの」

 

 更に近づくとたくさんの向日葵に囲まれて憂い気に直立する女性の姿が浮かび上がった。今まさに陽が昇り逆光となっており、その表情はよく確認できない。

 

「あれ、メディちゃんじゃないわね。おはよう、風見幽香さん」

 

 どうやら雛の言っていた友達とは別の存在のようだが、この「風見幽香」と呼ばれた女性も顔見知りのようである。赤いチェックで統一した服装に白いブラウス。色こそ違えど幽々子さんの髪型を彷彿させる癖毛の目立つ緑髪を風になびかせている。

 

 向日葵畑の中心で真っ白な日傘をさしながら一人立つその姿は綺麗な花の似合う清楚な乙女を彷彿させた。だが、その瞳はとにかく赤く鋭い。その鋭さがあまりに異様であったのだ。そして一瞬、その赤い瞳と目が合ってしまう。

 

 わずかにニヤリと笑みを浮かべたようにも見えた。直後に俺の体が大きく震えあがる。

 

 今ので分かった。あのお姉さんも妖怪、それもかなりの力を持っているタイプの。俺の本能がそう訴えかけている。しきりに「危険だ」「すぐに離れろ」と。だが、そんな俺よりも酷かったのが横でガタガタと震えている河童。

 

「太陽の畑っていうから警戒していたけれど、こ、こんな近くに鬼レベルの強大な妖怪が……」

 

 恐怖のあまり泡を吹いて気絶してしまったようだ。雛との反応の差が顕著である。俺は、俺はどうすればいい?

 

 この女性は味方になってくれるのか? それとも……!




(※1)バイオレントルーラー
ダライアスバーストACに登場したベルサー艦であり、ラスボスの1体。
奴と戦うルートは「光導ルート」と呼ばれ、なんとゲームスタートからエンディングに至るまで1つのBGMが繋がっているのだ。

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