同じように力いっぱいぶつかり合えば紫とも分かり合えるかもしれない。
そんな淡い希望を抱くアズマに黒い影が忍び寄りつつあった……。
チルノを夕焼けの中見送ると、さすがに俺の体も冷えてきたようであり、小さくくしゃみすると俺は寺の中に入ろうと振り向いた。さすがにクールダウンしすぎたか。
その直後、眩い閃光が俺の目を襲う。驚きのあまり俺は顔を覆った。何事かと指の隙間から光源を見てみる。誰だ? チルノでもなければ命蓮寺の人(妖怪ばかりだが)でもなさそう。
白いワイシャツに黒いミニスカ、手に持たれているのは手帳と旧式のカメラ。光の原因はあれか。下駄のような靴のような変な履物。妙に愛想のよい笑顔を浮かべる黒いショートボブの少女がいたのだ。背中に黒い翼が生えており、人間ではないことが伺える。カラス? ええと……、本当にこの子誰?
「あややや、突然消えたにとりさんを追いかけていたらとんでもないスクープが」
スクープ? こいつは記者なのだろうか? いぶかしむ俺を見て、慌てて彼女は名刺を差し出す。
「あ、申し遅れました。私、鴉天狗のブン屋『射命丸文』っていいます。『あや』でも『あやや』でもいいですよ。とにかく以後お見知りおきを」
手渡された名刺には「射命丸文」の文字が。名刺には「文々。新聞」とも書かれている。ぶんぶんまる……。ああ、慧音先生に見せてもらった新聞の記者だ。どうやら彼女が墜落したアールバイパーを写真に収めた張本人らしい。名刺を出してくるあたり、礼儀正しくしているつもりであることが分かる。
混乱しつつ名刺に目を通す俺の顔を下からのぞきこむように文は話しかける。
「それでー……、ええと取材とかよろしいでしょうか? ああ、名前とか身の上とかはいいですよ。知ってますんで。かの大妖怪『八雲紫』に命を狙われた外来人『轟アズマ』! うーん、カッコイイ名前。これで間違いありませんね?」
何故そこまで知っている! ずっとつけ狙われていたんだろうか。全然気がつかなかった。思わず怪訝な表情を浮かべる俺。
「いえいえ、貴方だけじゃなくていろんな人から話を聞いて回っただけですよ。情報は足で集めないと。ああ、私の場合は羽か、あはは……」
人の心を読んで勝手に話を進めるな。そう注意したら「でも貴方の顔が全てを語っていましたよ?」と涼しく答えていた。見た目はただの少女にしか見えないのに、どうも会話が成り立たない。頭の回転が速いらしいのだが、速すぎるのも問題だ。というか勝手に彼女が進めてしまう。これでは会話が成立しない……。
「取材いらないだろ?」
「あややや! 天狗といえどわからないことってのは結構あるんですよ。そんなに気を悪くしないで……ねっ」
そんな上目遣いで見られながら腕をギュッと掴まれたら断りようがない。くそう、こちらが男であると見てこんな手を使ってくるとは。しかも何かが当たってる(『当ててんのよ』とか言いだしそうなので黙っておく)し。
「わかったわかった。取材には応じるから少し離れてくれ。メモも出来ないだろう?」
上手くすれば俺が紫に敵意がないことを上手く伝えてくれて、ぶつかり合うことを避けられるようになるかもしれない。そんな淡い希望を持っていたのだ。取材に応じる旨を聞いて、ぱあっと表情が明るくなる彼女。天真爛漫という表現がぴったりくる。そんな彼女は矢継ぎ早に色々質問してきた。縁側に場所を移して。
ジャーナリストとして、真実を新聞に記してくれれば誰も覆すことは出来なくなるだろう。しかし、彼女の取材に応じたことが最大の愚行であったことを後で知ることになるのだ……。
相変わらず騒ぎ立てながら文は質問を投げかける。いや、押し付けてくる。
「それで、紫さんも言っていた幻想郷に持ち込んだ最終鬼畜兵器ってのは?」
うお、なんだその物騒過ぎる呼称は! なんか蜂っぽい言い方だけど、恐らくはアールバイパーの事なんだろう。
「蜂かよ! アールバイパーはそんな物騒なものじゃないよ」
俺は庭で鎮座する銀色の翼を指差す。我が相棒は夕陽に反射して美しく輝いている。
「あれはアールバイパー。外の世界のゲームに出てくる飛行機だったはずなんだけれど、俺が幻想郷に迷い込む時にアレも実体化していたんだ。それにしてもカッコいいだろ? この美しい銀色の翼、先端が二つに割れた独特のフォルム……」
今度は文がウンザリし始めているようだ。そうかと思うと、いきなり話をぶった切ってきた。
「えー、それでアズマさんはそのアールバイパーで実際に幻想郷をどうしようと?」
サラサラとネタ帳にしたためる。信じられない速さだ。……というか、聞けよ! 機体美くらい語らせてよ! まあ勝手にこちらが語り始めたのであちらの方に分があるのだけれど。
「いや別に幻想郷をどうこうするって考えはない。ただせっかくの武器なんだ。この世界で色々な事件を左右してきた弾幕ごっこでも興じようかなと」
「えええっ!? ああ、スイマセン。いやはや、まさか男性の方が弾幕ごっこを興じるとは夢にも思いませんでしたよ。あのー何でしたっけ? ああ、そうそう、アールバイパーとやらに乗っている時はあまり気にならないんですけどねぇ。ちょっと不細工な鳥だなって」
顔が引きつっている。ドン引きしてるようだ。そんなにジェンダーの区切りがはっきりしているのか? 特に引くこともなく、ちゃんと応じてくれたのはチルノと慧音くらいである。あと不細工な鳥って言うな。
「それで……、さっきまで頭の弱い妖精さんと弾幕ごっこをしていた……と。どうでしたか、初めての弾幕は?」
手にはいつの間に撮ったのか、アールバイパーの死闘がおさめられた写真が数枚。チルノに撃墜された瞬間まである。逆もしかりだ。全然気がつかなかった……。
「さすが妖精最強。勝敗は五分五分くらいだったな。すんごく楽しかったけどな。でも自機の操縦に慣れてなかったし随分と大変だったよ」
ありのままの感想を述べる。
「でもそんなに目立ってしまって大丈夫なんですかねぇ? 確か紫さんが抹殺しようとしている外来人ってのは貴方のことだったような……」
まったくもってその通りだが、こうやって決闘が出来るようになった理由ともつながって来る。
「だから八雲紫を弾幕ごっこで打ち負かすんだ。勝ったら俺の命を狙うことを止めてもらう」
あれだけお喋りだった鴉天狗が黙り込む。ポカンとした表情で。数秒後、この鴉天狗は腹を抱えてどっと爆笑していた。
「なな、なんと! チルノとどっこいどっこいなのに、あのスキマ妖怪に挑もうというの? 強さは月とスッポンくらい差があるわよ」
酷い言われようだが、笑われて当然なので憤慨しない。なんか敬語までなくなってるし。
「俺は『オーバーテクノロジーの塊であるアールバイパーを幻想郷に持ち込み、幻想郷を崩壊に導こうとした』という異変を起こしたことになっている。もちろん違うんだけれど紫は聞く耳を持ってくれなくてね」
フウと一息つく。こんなに長く喋ったことなんてない。
「それで一番確実かつ平和な手段がスペルカードルールだったのさ。だから打ち負かして無理にでもあの勘違い妖怪に話を聞かせる」
今は鴉天狗の女の子ではなく、もっと遠い夕陽を見据えこう続ける。
「身の潔白を証明して『俺は生きてやる。死んでたまるか!』ってね。その心意気を見せつけるんだ」
文はすごい勢いでネタ帳に書き殴っている。含み笑いをしつつ。
「ほほほぅ、これは号外ものですよ! いやぁー、最近ネタがなくて困ってたんです。そんな折に外来人っ、しかも紫を倒す宣言までしちゃうだなんて! 新聞出来たら命蓮寺にも投げ込んでおきますんで見てくださいね。まあ、貴方が生きていればの話ですが」
うぇ、ちょっと? あまり過激な文章にはしないでと最後に添えようとしたのに、それを聞くまでもなく騒がしい天狗は風よりも早く飛び立っていた。後には呆然と立ち尽くす俺と、何やら変な機械でにとりに牽引されているアールバイパーが残るのみであった。
夜が深まりゆく中、賽は投げられたのだ。もう後には引けない。幾多もの侵略者から地球を守ってきたという伝説を持つ人類の希望、アールバイパー。銀翼はこの幻想郷でも最後の希望となりえるのか、それとも……。
翌日……。清々しい朝だ。だいぶ早起きにも慣れてきている。ちゃんと朝は起きた方が気持ちがいいものだ。さて、身支度を整えて朝食を……
「アズマさんっ!」
目の前のフスマが思い切り開かれると、凄い剣幕で怒鳴りつける聖さんの姿が見えた。
「ああ、おはよう……」
「『ああ、おはよう』じゃないですっ! 貴方は今とんでもないことになっているのですよ!」
んん? 聖さんを怒らせるような事なんかしたかなぁ……。寝起きの頭をフル回転させるが、心当たりがない。的を得ず、ヤキモキした聖の手には灰色の紙、つまり新聞が丸めて握られている。少し語気を弱め、続ける。
「新聞の取材に応じましたね? 射命丸さんの」
新聞を広げて見せる。第一面にデカデカと「アールバイパー」の姿が見えた。一面に目を引くほどに大きく太い文字でこう書かれていた。ふむふむ……なっ!?
外来人、妖怪賢者に挑む!
「そろそろ……御老体には隠居してもらおうか?」
その後も、弾幕ごっこで紫を打ち倒し、つけ狙うのを止めさせる旨の文章が書かれていたのだが、いちいち文章が過激である。
「どこのゴシップ新聞の煽りだよ……」
「文さんはそういう人なんですよ。真実よりも、より面白いネタを記事にすることに重きを置いているんです。こうやってある事ないこと肉付けして。タチが悪いのはベースにしている情報は間違っていないってところですね」
力なく俺は膝から崩れ落ちると頭を抱える。これで紫と和解という道は完全に断たれてしまった。だが、宣戦布告が出来たともいえる。ある意味吹っ切れたと感じれば、そこまで悪くはない。
「それに『アールバイパー』は、そして俺だってもっと強くなれる。聖さん、俺の生き様を、俺のガッツを……見ていて欲しい」
今のアールバイパーは丸腰に近い状態。装備が充実しさえすれば……もっと強くなれる。そう確信したのだ。だが、その真っ直ぐなまなざしを遮って聖さんがもう一言。
「それに、紫さんのことを『御老体』だなんて失礼すぎますよっ」
「その冒頭の台詞は絶対に発言していない。誓ってもいい」
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(同じ日の朝、紫の屋敷……)
「ゆかりさま、ゆかりさま! 起きて下さい。大変です!」
子猫の妖怪が紫の部屋に入り込む。もう陽も高く昇っているのにまだ布団の中で包まっているのは橙の主のそのまた主である。
「うふふ……可愛い幽々子。これがいいの? もっとシてあげるから、いっぱい可愛い声を聞かせて頂戴……」
夢の中では彼女の古くからの友人「幽々子」とお楽しみ中のようだ。
「どんな寝言ですかっ! 早く起きてくださーい!」
無理矢理布団を引っぺがす橙。外気に晒された紫はブルッと身震いした後、肩目をこすりながら起床した。
「(もう、折角いいところだったのに……)橙が起こしに来るなんて珍しいわね。ところで何が大変なんですって?」
橙は無言で今日の「文々。新聞」を見せる。寝ぼけ眼だった紫は目を見開き、プルプルと手を震わせる。
「だれが御老体よっ!」
「怒る所そこですかっ!」
今のですっかり目を覚ましたらしく、冷静にあしらう紫。
「だって『文々。新聞』でしょう? いちいち書いてある文字を真に受けていてはキリがないわよ? 主旨と肉付の境界を見極めなさい」
「???」
この幼い黒猫には少し難しい話だったようである。
「あの銀色の鳥さんがね、私と弾幕ごっこしたいんですって。チルノとどっこいどっこいなのに、随分と大きく出たわね」
スキマを開いて大妖怪がその中に腰かける。
「橙、少しお留守番しててね。私行かなくてはいけないところがあるから」
そのままスキマを閉じてどこかへ行ってしまった。
「ゆかりさまー、せめて着替えて下さーい!」
直後、小さなスキマから手が出てきて、タンスを開く。そして適当な着替えを手にし、着替えごと手は隙間の中へと消えていった……。