めの前に現れた女神は鍵山雛であった。
いい子いい子と頭を撫でられつつ眠ると気分も落ち着く。
じかんがない! アールバイパーと瓜二つの銀翼「バイオレントバイパー」が
この幻想郷で本物になり変わろうと各地で工作をしているらしいのだ。
いかに目立たずに幻想郷各地で数少ない味方を集め繋がれるか。
しんじつを幻想郷全土に知らしめるにはそれしかない!
そうしてアズマ達は円陣を組み、4本の腕を重ね合わせたのだ……!
いかに目立たずに各地で味方を、4つ目のオプションとなる存在を、そしてバイオレントバイパーに対抗するための強化する手段を見つけなくてはならない。非常に困難な計画だが、やらないことには俺に明日はない。
今から俺達は苦楽を共にするチームである。その結束を高めるべく俺達は円陣を組んだ。
4つの腕が円陣の中心へ延び、オーと一斉に掛け声を上げる。
とはいえ隠密行動なので実際に動くのは夜になってから。しばし体を休める。
(そして夕方……)
「4つ目のオプションか。実は心当たりがあるんだ。人里にろくろ首が住んでいる筈だ、彼女とコンタクトが取れれば……」
俺は休息を取っている間に無縁塚で一緒にバクテリアン残党の「グレイブ」と戦った後で知り合った赤蛮奇のことを思い出していた。恩があるし頼み込めば彼女なら協力してくれる……かも。
「人里だって!? 無茶だ、あそこはバイオレントバイパーが特に集中して攻撃した場所。人間達の憎悪の念も高いし、自警団達も銀色の鳥の妖怪を見かけたら本気でとっちめようと考えている。本物のバイオレントバイパーもそうそう近寄らない場所だぞ?」
ううむ「本物のバイオレントバイパー」か。なんだかヤヤコシイ表現だが、それを聞いて俺は逆にニンマリと笑みを浮かべ、にとりの方を振り向いた。
「なるほど、なおさら次の目的地は人里に決定だな。好都合じゃないか、要はあのニセモノ野郎の邪魔を受けにくいってことだろう?」
俺は再び前を向くと銀翼に乗り込もうとする。その際に通信機を受け取った。
「宝塔型通信機、直せるところまでは直したよ。相変わらず寺の皆とは通信できないようだけど、私達と通信できるように改造を施しておいた。私達まで一緒に行動するわけにはいかないからね」
そのまま俺は銀翼に乗り込む。目的地は人里、そのどこかにあるゆっくり達の楽園「赤蛮奇」の家!
俺と雛とにとりで円陣組んだんだ。重なる4つの右手を思い出し、俺は結束を胸に……。
ちょっと待て、どうして手が4つもある? 今のレジスタンスは俺、雛、にとり、この3人である。当然差し出される右手も全部で3つの筈だ。俺は左右を見渡す。雛もにとりもいた。その後、俺は恐る恐る後ろを、アールバイパーの後ろ側の座席のある方向を振り向くと……
「にぶーい! いくらなんでもお兄さん、鈍すぎー!」
見知らぬ少女が勝手にアールバイパーに乗り込んでいるではないか。口をとがらせて不平を募らせているらしいが、誰だコイツ?
大きな黒い帽子、灰色がかった緑髪は癖毛、華奢な胴体を包むのは黄色いブラウスに緑色のスカート。その体の中心にある青い球体はまるで瞼のような模様が……ってこれ「第三の目」じゃないか。こいつ、まさか……。さ、サトリ妖怪っ!?
「ぎぃやああああああ!? サトリ、サトリ妖怪がいるっ? ナンデ? ドウシテ??」
どういうわけかその眼は閉じているものの、その気になればこちらの心など簡単に見透かしてしまう恐ろしい妖怪が目の前に迫っていたのだ。
「ちょっとアズマっ、どうしたの?」
「まさか既に刺客があのコクピットの中に!? ただの人間に過ぎない中身を襲われちゃかなわないよ!」
いきなり大声を上げるものだからキャノピーが開かれる。
「さとりじゃないよ、私は妹の『こいし』! もしかして全然気が付いてなかったの?」
自らを「古明地こいし」と名乗る小柄な少女はなんと俺が命蓮寺の跡地に訪れた時に既に銀翼に乗り込んでいたらしい。今思うと不可解な現象は他にもあったことを思い出す。何故か差し出されたハンカチや饅頭はこいしの仕業だったのか。
「ひどーい! ちょっとはおかしいなって思ってよぉ。ああ分かった、アズマお兄さんってば大きい胸にデレデレしちゃって私のことなんかこれっぽっちも意識せずあんなに甘えちゃって……」
大声で「わーわーわー!」叫んで必死に遮る。っていうか、コイツは「厄払いの『儀式(ここ強調しておく)』」の際もずっと見ていたというのか!?
「でもね、こんなスケベで泣き虫で甘えん坊で鈍感なお兄さんだけど、私もついてきちゃった♪ だってアズマお兄さんはお姉ちゃんの恩人だもの!」
酷い言われようにトホホと目から涙が零れ落ちる。だが、今は一人でも味方が多いほうがいい。涙を拭うと「ああ、頼むぞ」と俺はこいしの手をギュッと握り握手をする。
そんな二人に横からゆっくり近づくと雛が俺に向かってウインクをしてきた。
「ねっ、言ったでしょ? 貴方の行いはクルリクルリと回り巡って自分に返ってくるのよ♪」
こうして俺は雛やにとりと一時別れ、夜のとばりが降りつつある人里へ舞い戻るのであった。
だが今や銀翼は人里で平穏の中を暮らす住民にとっては脅威以外の何物でもない。裏路地の大きな廃屋を見つけると忍び込み、ここで銀翼から降りた。不安は残るがあくまでアールバイパーの姿が脅威なのであって、俺自身は普通の人間なのだ。
「おいでネメシス、コンパク」
もちろんチンピラ対策、万が一銀翼の乗り手とバレてしまった時用のボディガードも忘れない。こいつらも大丈夫の筈だ、戦闘中はオレンジ色をした魔力のオーラに包まれているからそうそう悟られまい。
だが肝心の赤蛮奇の家はどうやって探そう? 人間のテリトリーで妖怪の住処を聞き出すのは怪しいし、そもそもこんな夜に出歩く人間などそうそういない。こうなったらしらみつぶしに探していくほかないだろう。
「コンパク、お前が適任だ。赤蛮奇の住処かどうかをコッソリ確認していこう」
アテもなく建物という建物を調べさせていると……。ゾクリと背中に悪寒が走った。後ろに、何かいて俺の背中に何かを突き付けている。冷や汗を垂らしながら、恐る恐る視線だけを後ろへ向けると……。
「動くな。この裏切り者」
しまった、寅丸星だ。命蓮寺のメンバーは俺の顔をしっかりと認識しているではないか。しかも俺が思っていた以上に偽物の俺を屠るのに躍起になっているようだ。
槍を突き立てている妖怪は俺の知っている星ではなかった。白蓮のように穏やかで誰かが支えてあげないとなんだか心配になってしまうような毘沙門天の代理ではなかったのだ。ここにいるのは、本来の妖怪としての獰猛さと、白蓮を心から慕う心を併せ持った脅威そのもの。
なおも冷や汗が噴き出る中、俺は何とかして声を絞り出す。
「教えてくれ、白蓮に一体何があったんだ?」
唸り声を交えつつ、静かに、だが威圧的に返答する星。
「聖は……封印されました。アズマがアールバイパーで狼藉を働く責任を取らされて。よりにもよって商売敵の道教の連中に!」
封印だって? 俺の、いやあの憎きバイオレントバイパーのせいで……。俺の腕を掴んでいる手の圧力が強まっていく。その手は震えており怒り心頭であることがすぐに分かった。
「違う! 俺は……俺はそんなことしない! あれは俺の偽物……」
「そんな筈あるものか! アールバイパーを乗りこなせるのは幻想郷中でもアズマただ一人。君がやったんだ。君のせいで私達は富も信仰も住む場所すら失ってしまった!」
激昂した星は力任せに俺の腕を握り潰さんとする。爪が食い込んで出血し、激痛に俺は腕を払いのけた。
「銀翼は2機いる。俺のアールバイパーとその偽物。その名はバイオレント……」
「まだ訳の分からないことを言いますか! 実は道教の連中に一つ取引を持ち掛けれているのです。君の身柄を引き渡すことと引き換えに聖を解放すると。表向きには商売敵の傘下に入ることになるが、私達はそこからやり直す、君抜きのメンバーで!」
あくまで衝突は避けられないか。戦うなり逃げるなりするにはアールバイパーが必要だ。どうにか隙をついて銀翼を隠した場所まで逃げないといけない。俺は宝塔型通信機をコッソリと取り出し……。
「妙な動きをしない! その偽物の宝塔を激しく光らせて目くらましにでもしようとしたのでしょう? 本物を持つ私には筒抜けですよ? 私は貴方がこうなってしまった経緯を知りたいので他の方と違い問答無用で殺害することはありません。ですから大人しく捕まって……」
彼女は本物の宝塔を取り出して威嚇してくる。だが、誘いに乗っちゃ駄目だ。星は他のメンバーが俺を殺したいほど憎んでいることを公言しているではないか。
見え見えの罠に引っかかるつもりはない。だが、他にどうすればいいのだろうか? ジリジリと間合いを詰めてくる星。恐らくは宝塔から繰り出されるレーザーでこちらを攻撃するつもりであろう。あの星の掌に乗せられた宝塔……あれ、宝塔がない。
「おい、宝塔はどうした?」
「えっ、確かに私の手の中に……あれー!?」
先程までは確かに宝塔は星が持っていた。それは俺も見ていたし間違いない。だけど今はなくなっていた。いや、よく見ると宝塔が何もない空中に浮かんでフワフワと動いているではないか。
宝塔の周囲をよく見ると少女の姿が浮かび上がってくる。あれは……こいしじゃないか。勝手についてきたのか!
「あっ、それを返し……!」
「こいし、どこでもいいからそれをブン投げろ!」
割り込むようにこいしに指示を出す。すると、振り向くことなく元気に「はーい」と返事すると星を狙って投げつけたのだ。これも無意識の産物なのか、結果的に二人の指示を半分くらいずつ遂行したことになる。
「あだっ!」
そのまま大きくバウンドした宝塔は地面を転がり……道の端のドブが溜まった溝に落ちていった。
「あああっ、そんなぁ! ナズー、私の宝塔がー!」
パニックを起こして右往左往している。この暗がりではドブの中の宝塔を拾い上げるのに時間がかかるだろう。今のうちにアールバイパーに乗り込もう。
「こいし、行くぞ!」
思いがけない味方の手を引いて夜の人里を疾走する。が、今の騒ぎで俺が人里に潜伏しているのがバレてしまったらしい。不意に人里に立ち込める霧が濃くなる。いや、この桃色の霧は自然現象ではない。その証拠にみるみる煙が集まっていくと大男の姿を取り始めた。
「ついに見つけたわよアズマ!」
雲山とそれを操る一輪だ! 冗談じゃない。あんな腕に握りつぶされたらまず命はないだろう。無視を決め込んで逃走しようとするが……
「雲山からは逃げられないわ!」
反対側からも大きなヒゲ面の顔。まずい、これでは挟み撃ちだ。慌てて俺は細い路地裏へと潜り込む。
しかしそれがマズかった。入り組んだ裏路地は途中で行き止まりになっていたのだ。
「道教の連中の言いなりってのは癪だけれどね、あんたを殺すなり捕まえるなりしたら聖様も助かるのよ。私達はそこからすべてをやり直す。その為にも……」
不意に空に向かい拳を突き出す一輪。すると背後の雲山もつられるかのように思い切り拳を打ち付けてくる。幸いにも狙いが大雑把であったために直撃という最悪の事態は避けられたがそれでも衝撃はすさまじい。
「ぐはっ……」
その衝撃に吹き飛ばされ、俺は壁に叩きつけられた。ぐったりしたところを今度は桃色の張り手が迫ってきた。再びなすすべもなく吹き飛ばされる。口から血反吐を吐き地面にうずくまった。
まずい、これ以上喰らったら……。こいし、こいしは……肝心な時にいないしもはやここまでか……。
「アールバイパーが、アールバイパーさえあれば……」
戦うことも逃げることも出来た。だが、銀翼のない俺はただの人間。恐らくこれだけ大きな相手ではネメシスもコンパクも戦うことは出来ないだろう。霞む視界、雲山は狙いを定め、その拳を思い切り……!
4話と5話の前書きは縦読みすると古明地こいしにちなんだワードが出てくる仕掛けになってました。