東方銀翼伝 ~超時空戦闘機が幻想入り~   作:命人

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 バイドを倒して地上に戻った。その筈だというのにムラサに敵視されてしまうアズマ。

 更に白蓮の身に何かが起きたようであり、そちらも心配である。

 幻想郷でいったい何が起きたのか?


東方銀翼伝ep5 V.G.(Grow the GreenGlowingGale for Glory)
第1話 ~怒れるシンカーゴースト~


 夏の終わりの夕暮れ。俺の意識は混乱していた。

 

 見覚えのある場所、見覚えのある仲間。

 

 だけど……

 

 だけど……なぜ?

 

 

 

 柄杓からばら撒かれた弾幕をレイディアントソードで斬り伏せながら俺は対話を試みた。状況が全く読めない。どうしてこんなことになっているんだ?

 

「聖から話は聞いている。君はバイドの親玉に取り込まれたそうじゃないか。その時にバイド化してしまった。そうでなければ合点がいかない!」

 

 ぐっ……、あの「漆黒の瞳孔」のことか。俺とジェイド・ロス提督は奴に取り込まれている。提督は中で朽ち果てていたが俺はどうにか息を吹き返して幻想郷に戻ってきた。その時に……。

 

「待ってくれ、俺はバイドになってしまったのか。しかしこの通り理性は残っている。ジェイド・ロス提督のように受け入れれば……」

 

 全てを言いきらぬうちに再びアンカーで銀翼を殴打してきた。

 

「それが理性なら君は完全に悪意に染まってしまったんだ。命蓮寺を襲撃し火を放ち、人里をもその毒牙にかけようとしたではないか! 新聞の記事にもなっている。私の知っているアズマはそんなことしない。君はバイドの本能……あらゆるものを攻撃し、破壊し、喰らい、同化する本能に支配されてしまったんだ!」

 

 命蓮寺を? 人里を!? 違う、俺はそんなことしていない! していない……筈だ。

 

 いや、本当にしていないのだろうか? あの「漆黒の瞳孔」に取り込まれてからの俺は度々意識を失っていた。もしもその間に無意識にこれらの凶行に走っていたとすれば……。

 

「そんな……。俺は、俺は……!」

 

 バイドだというのか? 答える声はない。再びアンカーが銀翼を潰さんと迫ってきたのだ。あの速度で直撃などしたら銀翼ごと俺の脳天は潰れてしまうだろう。仮に自らがバイドとなっていたとしても、まともに受ければ致命傷だ。

 

 俺は確かにバイド異変を解決させ、バイドは幻想郷には残っていない筈だ。ただ一人俺を除いて。ならばここで大人しく仕留められれば幻想郷はまた平和になるのだ。でも俺は本当にバイドなのか? しかしあのムラサの憎悪の表情、確かに俺はそれだけのことをやってきたのかもしれない。

 

 俺一人の命と幻想郷全土の平穏。どちらが大切か、んなことは分かっている。

 

 だけど初めから選択肢などないのだ。仮に俺が生体兵器たるバイドであったとしても生き物であることには変わりない。

 

 生き物である以上、死ぬのは怖くて当然で、それを回避しようと体が動くのもごくごく自然な反応である。白蓮でさえ克服できなかった恐怖なのだ。

 

 それに、幻想郷に何が起きているのかなんて分からないんだ。俺は本当にバイド化してしまったのか、果たしてムラサの言っていた悪行は本当に俺によるものなのか。

 

 分からないことが多すぎて死んでも死にきれない!

 

 ここで死を受け入れるのは目の前の脅威から眼を逸らして逃げることに他ならない。

 

 俺は一度も瞬きをせずに迫る鉄の塊を目で追いかけ、そして機体をひねらせる。

 

 アンカーは直撃することなく空を切った。そして、それを避けるということはムラサへの宣戦布告を意味した。

 

「訳も分からず『お前はバイドだから死ね』と言われて死ぬ奴があるか! それは俺が真実を確かめてからだ! 邪魔をするというのなら……たとえ相手が命蓮寺の、俺の第二の故郷の仲間であろうとも本気を出させてもらうぞ!」

 

 もはや後には引けない。ふわりとムラサがゆっくりと跳躍するとアールバイパーの真上に陣取る。そこから柄杓を手に水をブチ撒ける。夕日に輝く水の弾幕は広範囲かつ密集しており避けるのは困難。

 

 スッと取り出すは豪華なスペルカード、構えるは蒼き弾幕殺しの剣。

 

「銀星『レイディアント・スターソード』!」

 

 錐もみ回転しつつ巨大な剣で弾幕の密集地帯ごと切り裂いてやる。そう目論んでいた。

 

 しかし……。

 

「ごはぁ!?」

 

 見得を切ってカードを掲げるも何も起こらないのだ。白蓮との絆の象徴たるレイディアント・スターソードが使えない! それは彼女との絆が切れてしまったことを意味する。あるいは何らかの原因で魔法が使えないか、最悪死んでしまったという可能性も……。とにかく今の俺にこの圧倒的物量をいなすことは出来なかった。

 

「そんな、白蓮……さんとの合体技が」

 

 きりきり舞いになりながら高度を下げる。精神的ショックが大きく、しばらく立ち直れずにいたが、地表スレスレでどうにかバランスを取る。

 

「そうだよ、君は自分から聖との絆を断ち切ったんだ! あの時の聖の絶望に打ちひしがれた顔を思い出すと……」

 

 再びアンカーを構え、こちらに向けてきた。彼女も大粒の涙を流しながら戦っているのか、声がこもっていた。

 

(はらわた)が煮えくり返るわ!」

 

 アンカーが撃ち出される。避けるか、いや、手負いのバイパーの機動力ではあの速度を交わすことは不可能。仕方あるまい。真正面から……!

 

「リフレックスリング!」

 

 受け止めるっ! 俺は逆回転するリングを突き出し、アンカーを掴もうとした。しかし重すぎる上にこの速度。う、受け止めきれないっ。

 

 だが、ここで諦めるわけにはいかない。ネメシス達を呼び出してローリングフォーメーションを取ると、魔力を銀翼に収束させる。

 

「操術『オーバーウェポン』!」

 

 回転の速度が段違いに上昇する。迫るアンカーを受け止めきった。更にここからハンマー投げの要領で振り回し、他の弾幕を薙ぎ払った後でこいつをそっくりムラサに返す。俺はグルングルンとリフレックスリングを振り回し始めた。

 

「陰陽『アンカーシュート』かしら?」

 

 いかん、ムラサに手を読まれているっ。ムラサは大きな錨で身を守るように担ぐと、もう一つのアンカーでこちらの掴んでいた鉄の塊を真っ二つに割ってしまった。しまった、他に手はないのか、今はオーバーウェポンを発動している。何かいい案は……。

 

 見ると薄緑色の煙がリングに集まっているのが分かる。そして霜のようにアンカーにこびりつき始めた。あれは何だ? もしや周囲の空気を濃縮して固めているのだろうか?

 

 確かに周囲に充満する粒子となったバイド体を固めることでバイド兵器たるフォースを生成するというスペル禁術「アンカーフォース」ってのは存在した。しかしここ幻想郷にはもはやバイドはいない。では何が集まっているのか?

 

「あれは空気中の魔力? 一体何を……?」

 

 魔力だと? 魔力の煙ってのは緑色なのか? よく分からないがその緑色がさらにアンカーにくっついていき、球体の形へと変貌していた。透き通った緑色の球体。この形はフォースだ。しかしバイド体などもはや幻想郷には……。

 

「いや、一つだけあった。バイド体を使わない完全人工のフォースが」

 

 そうか、こいつは……。いいだろう、さすがにアンカーフォースほどの強靭さや火力は期待できないだろうが、そこで驚く水兵に教えてやろう。声高々とスペル名を口にする。

 

「重陰妖『シャドウフォース(※1)』!」

 

 早速透き通った緑色の美しい角ばった球体をムラサめがけてシュートした。撃ち出し方は簡単、狙いをつけて逆回転しているリフレックスリングを本来の回転方向に戻してやればいい。

 

 よし、効いているようだ。まとわりついてダメージを与えている。シャドウフォースならバイド化の心配も皆無。再びアンカーで叩き落とそうと振り下ろしてきたので、慌てて俺はフォースを呼び戻す。

 

「戻ってこい!」

 

 前方に展開したままのリフレックスリングの回転方向を反転させる。どこぞのアンカーフォースと違い、暴走していないフォースはクイっと機敏な動きで元の鞘……というかリングに収まる。

 

 もう一度フォースシュートを行おうと思ったが、ドロリと溶けて消えてしまった。やはり長時間の運用は不可能か……。だがムラサは怯んでいる。今のうちに命蓮寺に戻ってみよう。

 

 

 

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 愕然とした。あれだけ立派だった命蓮寺の門はひどく荒らされており周囲の建物も軒並み壊されていたのだ。不自然な更地があることから聖輦船となっている場所はどこかに避難したのだろうが、いったい本当に何が起きたのかが不可解過ぎる。

 

 どうしてムラサはあんなに敵意むき出しなんだ? 白蓮はどこに行ってしまったんだ? 命蓮寺は何故荒れ果てているんだ?

 

 全然わからない……。黄昏色に染まる廃墟を前に呆然と立ち尽くす事しかできなかった。ただ一つ分かったことは俺の帰還を喜ばないものがいること、そして帰る場所を失ったという事。

 

 まさかこの惨状も俺の仕業なのか? 記憶がないからこそ恐ろしい。俺は現状をもっと理解しないといけない。どの道ムラサはこの俺を追いかけるだろうし、命蓮寺の跡地に向かっていることも予測済みだろう。もはやこの場所に用事はない。人里に向かおう。慧音先生に何が起きているのかを教えてもらうんだ。

 

 絶対にここに命蓮寺を戻して再び笑いあえる日常を取り戻して見せる。俺は決意を固く結び飛び立った。琥珀色の日差しが眩しい。

 

 

 

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 人間の里。ここは妖怪も無暗な行動は起こせないし、アールバイパーもようやく人間の味方であるという認識が広まり始めている。

 

 大丈夫、今までのは何かの間違いなんだ。俺が眠っていた間にきっと他の恐ろしい侵略者が命蓮寺を襲ったに違いない。

 

 だがどういうわけだろうか、やはり人々に避けられている気がする。というか明らかに逃げられている。おい、どうしてそんなにパニックを起こす?

 

 俺を見るや否や悲鳴を上げて逃げ惑う人間達。その声に釣られたのか一人の少女が近寄って来た。慧音先生か? いや違う、彼女は確か自警団のリーダー「藤原妹紅」だ……。

 

「また懲りずに襲い、壊し、奪うというのかいアズマ?」

 

 今彼女は「また」と言っていたな? 俺は地上に帰ってから人里に立ち寄ったのはこれが初めてだ。やはり俺の記憶が飛んでいた間の出来事か?

 

「待ってくれ、いったい俺が何をしたというのだ?」

 

 チッと舌打ちをすると地面に唾を吐きかける。やれやれと言わん限りに彼女は説明をしてくれた。

 

「とぼけるのも大概にしたらどうだ? この人間の居住地でお前は暴れたんだ、建物を壊して回ったんだ、人を襲ったんだ。私がこの目で見たから間違いない。そしてお前が本来そんなことをする奴ではないことも知っている」

 

 俺が……。やはり眠っていた間に? まさか……!

 

「でも実際は違った。お前は地底での戦いでバイド化してしまったんだ。そうでなければバイド異変の後のお前の奇妙な行動に説明がつかない。そう慧音が言っていた」

 

 恐れていたことを宣告された。そうか、俺はあの時「漆黒の瞳孔」に吸い込まれて、バイドに取り込まれてしまったんだ。そうして俺の意識が覚醒する前にバイドとしての本能が先に目覚めてあのようなことを……。

 

 だが、悲しむ暇も後悔する猶予もない。バイド化してしまった、それが意味することは……。

 

「バイドの性質については慧音から聞いている。その肉体を滅ぼさない限り君をバイドの呪縛から解放する事は出来ないらしい。悲しいが私は君を始末しなければいけない」

 

 彼女の両手から炎が漏れ出る。交戦は避けられないか?

 

「私が適任だ、仮に私が着様と戦い傷ついてバイド化しても、蓬莱人ゆえに一度肉体を破壊すれば元に戻るからな。轟アズマ、その呪われた肉体を炎で焼き尽くして解放してくれるっ!」

 

 冗談じゃない、妹紅と戦って勝てる道理などない。何度も返り討ちにしてあちらが疲労するまで戦わなくてはいけないのだ。

 

「逃げるっ!」

 

 踵を返し最高速度で人里から離れた。

 

 妹紅の目的はあくまで人里を守り抜くこと。深追いはしてこないと読んだ。だが、思っていたよりも事態は深刻だ。幻想郷の住民達が言うには俺は「漆黒の瞳孔」に取り込まれた後にバイドとして幻想郷に戻りあちこちで暴れ回ったという。

 

 この調子だとプロの異変解決屋も動いている可能性が高い。もしも途中で鉢合わせしてしまったら……まず助からないだろう。それまでに俺がするべきことは本当にバイド化してしまったのかを確認すること、幻想郷でいったい何が起きているかを見極めること、そしてそれを可能にするための人も妖怪も立ち寄らないような安全な場所を確保すること。

 

 追われている身ではゆっくりと鏡を見ることも出来ない。ならば自然の鏡を使おう。自然の鏡というのは大きな水面だ。そして幻想郷でそのような場所と言えば……

 

「霧の湖だ。霧の湖に向かう」




(※1)シャドウフォース
R-TYPE IIIに登場したフォース。
バイド体を用いないフォースであり、強度に若干の課題は残るものの、素早く呼び戻せるという特徴がある。

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