A.X.E.エピローグ ~ほのかな光~
幻想郷にバイドの種子が降り注ぐバイド異変は「霊烏路空」という地獄鴉が体内に宿していた「八咫烏」が何らかの原因でバイド化したことにより引き起こされたものでした。
銀翼はそのバイドの温床を少女から切り離し、そして知恵と勇気でこれを滅ぼしました。そう、幾多もの犠牲を支払いながらも幻想郷をバイドの脅威から守り切ったのです。
戦闘でボロボロになった地霊殿は主とペット達で力を合わせて急ピッチで復興しています。原始バイド達は今回の異変とは本当に無関係だったらしく、今も罪袋達とあの里を守り続けているそうです。
今回の異変での最初の被害者だったリリーホワイトはいわゆる「1回休み」を終えて復活、今は次の春に備えて体力を温存しているところだそうです。
河童の集落も地底から噴き出たマグマに相当荒らされたようですが、彼女たちの技術力は凄まじく、今ではすっかり元通りだそうで、これには神奈子さんも驚いていたのだとか。妖怪の山は安泰ですね。
そして、ジェイド・ロス提督とバイドの艦隊は今回の戦いで全滅。そして轟アズマさん、銀翼の乗り手である彼もあれ以降戻ってきません……。
漆黒色をした瞳孔は二人を吸い込んだ後に完全消滅したのですが……。
「アズマさん……帰ってきて下さい……」
未だ名前の刻まれていない御影石の前で、私は何度も涙を流しました。そう、きっと帰ってくる。そう約束したのですから。
(その頃、白蓮から遠く遠く離れたとある場所……)
……………………
…………
……
……アズマ。そうだ、俺は轟アズマ。
俺は一体どうしちゃったんだ? 真っ暗な中で俺は一人ぼっちだ、心細い。ここには何もないし誰もいない。
そうだ白蓮、白蓮はどこ? それにアールバイパーは?
寂しさに心折れそうになる。すると不意に声を耳にした気がした。俺の名前を呼んでいる。誰だろう? 聞き覚えはないものの、心の穏やかになる優しげで儚い声であった。
優しげな声の主は白蓮によく似た髪の色をした男性であった。頭は丸めていなかったが、その服装からすると僧侶なのだろうか?
「確か……アズマ君だね。姉上が君のことをよく話してくれるから、すぐに分かったよ」
姉上……? あの髪の色、優しげな眼差し、こちらの心に安らぎをもたらす声。どことなく白蓮を彷彿させる。確かに白蓮には弟がいたらしいし、もしや白蓮の弟? 確か「命蓮」っていったかな? そのように思えば思うほど白蓮に似ているように感じる。
あれ、でも命蓮は1000年以上前に寿命でこの世を去っている筈だ。こうやって会って話が出来る筈はない。と、ということは……俺、死んでる?
「そう、僕は命蓮。遠い昔の僧侶さ。いつも危なっかしい姉上を見ていてくれて感謝してもしきれないよ」
「だけど、それももう出来なくなっちまった。命蓮と、遠い昔に死んでしまった僧侶の幽霊と会話している。つまり俺の命も……」
切迫した口調で、でも事実を知る恐怖に駆られ、口ごもりながらも、俺は命蓮に尋ねた。
「そうだね、確かに今の君は生死の間をさまよっている状態だ。だからこそ僕の姿をここまで鮮明に認識できる。だけど……」
真っ暗の空間の中、ぼんやりと浮かび上がるのはボロボロになった銀翼の姿。いや、そのコクピットの中に俺の姿が影となって見える。その俺の姿をした影は今も苦しげにゼエゼエと抗っていた。俺は、まだ生きているのか?
「戻るべき体がある、そしてやるべきことも残しているのではないかな? 今の姉上はとても弱っている。支えとなる存在が必要だ」
白蓮が……。それにあの迫る「死」から抗うあの姿。白蓮が困っているのなら俺は彼女の力になりたい。絶望に打ちひしがれているのなら俺が彼女の希望になりたい。そして命蓮が言うにはそれが可能だという。
「何も言わなくていい。君の答えは分かり切っている。アズマ君、生きていくということは様々な試練に立ち向かうことを意味する。決して平坦な道ではないだろう。それでも行くんだよね?」
俺は真っ暗異空間でただただ前を見つめる。その先に待つのは銀翼。俺の、白蓮の希望の象徴。
「今や幻想郷は大いなる脅威に晒されている。それが何なのかは僕にもわからない。でも、感じるんだ。何かとてつもなく大きな存在が迫っていることが。姉上一人では僕も心配だ。でも、君なら出来る。僕も信じている。姉上の……いや、幻想郷の希望に……」
ならば尚更こんな場所でくすぶっている場合ではない。コクピットに乗り込むとアールバイパーを起動させる。俺の記憶では大破していたはずだが、エンジンは正常に作動した。これなら飛べる、飛べるぞ!
「幻想郷を、そして姉上のこと、頼んだよ……」
エンジンの轟音響く中、その優しげな声は何度も脳内をこだました……。
気が付くと俺はまた暗黒の中にいた。だが、先ほどのようなフワフワする不思議な感覚はない。それに俺は銀翼に乗っていた。もう夢の世界でも三途の川でもない。現世だ……多分。
こういう時は落ち着いて周囲の様子を見てみよう。真っ暗闇と思っていたが、前方にほのかな光が見える。ゆっくりとバイパーを進める。駄目だ暗くてよく分からない。こういう時は「宝塔型通信機」の出番だ。これで光を照らして……。
「あれ……?」
なんてこった、壊れている。後でにとりに修理してもらおう。仕方ない、当面の照明は……。
「ネメシス、出てこい」
オプションの光で代用しよう。どうやらこの光が漏れている場所は何かが出入りする扉らしいことが分かった。扉といってもかなりの大きさ。リデュースしていないアールバイパーでも楽々と通り抜けられそうなくらい大きい。
だが錆びているのか、びくともしない。押しても引いても開かないので少し乱暴だが、ショットを撃って扉を破壊することにした。あっけないほどに簡単に扉は破壊され、外の景色が見えた。
「な、なんじゃこりゃ!?」
正直、そんな感想しか出てこなかった。青い、何もかもが青いのだ。青いゲルのような流体金属のようなそんなもので形成された森林のような光景であった。例えるなら「ケミカルガーデン」の中にいるって感じだろうか?
ケミカルガーデンというのは理科の実験で俺も作ったことがある。「水ガラス」と呼ばれる水溶液に硫酸コバルトや塩化クロムのような結晶を入れると、まるで植物が成長したかのように上へ上へと膜が伸びていくというものである。
だが、塩化クロムのようなチャチなものではない。ここで渦巻いているのはおそらくバイド体だ。そう、俺はあの時「瞳孔」に吸い込まれてバイドに取り込まれてしまったのだ。
俺が眠っていた場所には青いバイド体はなかったが、目覚めるのが遅かったら俺もバイド体に完全に取り込まれていただろう。
それよりも先程まで俺のいた場所を確認して驚愕した。赤かったのだ。この青の森林に似つかわしくないほどの赤色、それが風船状に膨張しており、青いバイド体も完全には覆いきれていない。
「て、提督? 提督なのか!?」
赤くて風船状に膨らんだ超巨大バイド。あれは「コンバイラリリル」と呼ばれるバイドのものだ。そう、コンバイラタイプのバイドの最終進化系。ウニのように伸びた針は朽ちているのか、所々が腐食しており、折れてしまったものもある。それがこのバイドはもはや生命活動を行っていないことを意味していた。故に答える声もない。
「くっ……」
あれだけ地球に帰りたがっていたというのに結局はこんな最期。いたたまれなくなり、俺は涙を流した。
外は、幻想郷はどうなったんだ? 見上げるとブラックホールのように空が渦巻いていた。よく見ると渦に巻かれながら柔らかな光が、幻想郷の懐かしい香りがそこから流れている気がする。
出口……なのだろうか? 意を決して飛び込んでみた。
俺は渦に吸い寄せられ弾き飛ばされ、その銀翼はどこまでも跳躍していく。それと同時に俺の意識も飛んでいく……。
………………
…………
……
…
再び意識が戻ると俺は森林地帯にいた。文字通りの木々の生い茂った森である。そこにバイド体などなかった。
遠くでキャイキャイと甲高い笑い声が聞こえた。声の出どころに目をやると虫の羽のようなものを背中に生やした妖精たちが遊んでいる姿を確認できた。ああよかった、ここは幻想郷だ。
高度を上げると俺は「魔法の森」に出てきたことがはっきりと分かった。そしてレーダーが俺の向かうべき場所を記してくれていた。うむ、命蓮寺はあっちか。
俺はレーダーが指し示す方向へ向けてブースターを吹かし、全速力で突き進んだ。
さあ、戻ろう。俺の帰るべき場所「命蓮寺」へ!
(命蓮寺では……)
今日もアズマさんは戻ってきませんでした。私はもう随分と前から嫌な予感しかしないのです。本当にこの墓標に大切な人の名前を刻まなければいけないのか……と。
でもそれをしてしまうと、私が彼を諦めてしまったことになる。彼ほど私の考えに共感してくれて、そして一緒にいて心の安らぐ方が他にいたでしょうか?
「お願いです。どうかもう一度、彼と再び巡り合えるように……」
涙を流しながら祈りました。彼の無事を、そして再会できる日を。そんな矢先……。
「聖っ、ひじりー!」
切迫した表情で星ちゃんが私の元にやって来たのです。
「どうしたのです? まさかまた宝塔を?」
「ちっ、違いますってば!」
頬を膨らます星ちゃんは、改めて口にします。
「さっき香霖堂の上空でナズーがアールバイパーを見かけたって……」
聴くだけで心躍るその銀色の翼の名前。アールバイパーがいる、それはつまり……!
「アズマさんっ……アズマさーんっ!」
嬉しさのあまり涙が零れ落ちていきました。それはもう止どめもなく。
「何せあの恐ろしいバイド異変を解決したヒーローです。きっと凱旋して命蓮寺に向かっている筈。門の前で出迎えて……ああっ聖、待ってくださーい!」
私はいつの間にか駆けていました。アズマさんが生きて戻ってくる、また一緒にお話しできる、そのことが嬉しくて嬉しくて……。
そして夕陽に照らされながら門に近づく銀翼の影を見て、私は声を詰まらせながらも彼の名前を口にしたのです……。
「おかえりなさい……」
東方銀翼伝 ep4 Abyssal Xanadu Eroded END
しかし、轟アズマの幻想郷ライフはまだまだ続く……
この衝撃の結末に、「ああやっぱり」と納得出来た方は果たして何人いたでしょうか?
驚いた、絶望に打ちひしがれた、鬱展開過ぎる、ムラサ船長はこんな汚い言葉を口にしないよ……などの感想を抱くことが予想されます。
そう、アールバイパーが漆黒の瞳孔に取り込まれてから明らかに様子がおかしいのです。
一体何が起きたのか? まさかアールバイパーは既にバイド化してしまったのか? そもそも時系列がよくわからない? それも続きを見れば明らかになります。
ここから東方銀翼伝シリーズは急展開を迎えるのです。
四字熟語に「起承転結」というものがありますが、幻想入りと幻想郷での居場所を勝ち取るまでのep1「F.I.」が「起」にあたり、幻想入りした中での日常やSTG世界の住民とのコンタクトを描写したep2「S.S.」が「承」にあたるのです。
そしていつものようにSTG世界の侵略者との戦いを繰り広げるep3「T.F.V.」とep4「A.X.E.」はやはり「承」なのですが、「A.X.E.」の終盤でその「いつも通り」から転じて物語は新たな局面を迎える……つまりここで「転」となるようにしてあるのです。
ここから物語の核心へどのように迫っていくのか、それはまだ明かせませんが、とにかくここからクライマックスに向かってさらに加速していくことになります。
次回作のタイトルは「東方銀翼伝 ep5 V.G.(G.G.G.G.G.)」。Gで始まる単語が5つ並びます。
相変わらず重苦しい展開が続きますが、次回作でまた会いましょう!