東方銀翼伝 ~超時空戦闘機が幻想入り~   作:命人

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ここまでのあらすじ

 霊烏路空の体を操っていたのはバイド汚染を引き起こしていた胸の八咫烏であったことを見抜いた神奈子とさとり。そして地上へ逃げようとする八咫烏を追いかけてお空の体から切り離して見事破壊したアールバイパー

 落ちていく八咫烏の破片を急降下して追いかけ、追撃を行うことで粉々に破壊し尽した。

 ところが、バイドはまだ滅びていなかったのだ。地底の最奥を琥珀色の宇宙空間のような幻で包みこむ。この宇宙空間で「自らこそ太陽である」と言わんばかりに鎮座していたのが「琥珀色の瞳孔」。あれこそ八咫烏に宿っていたバイドの本体である。

 ジェイド・ロス提督にはこの光景に見覚えがあるらしく、何があっても油断するなときつく注意した。

 ゆけ、アールバイパー。琥珀色の邪悪を最後の舞踏にて打ち砕け!


第16話 ~アノ太陽(ホシ)ヲ、コワスタメ~

 それは琥珀色をした太陽系そのものであった。太陽にあたる場所で真っ黒な瞳孔がこちらを今も睨み付けている。しかし瞳孔だけでは相手の感情は伺えない。いや、そもそも感情なんてあるのだろうか?

 

 太陽系を模しているだけあって、その周囲をたくさんの球体が回っている。確か惑星の順番は「すい、きん、ち、か、もく、どっ、てん、かい」と続いて最後に準惑星である冥王星だったはずだ。

 

「この惑星の模型で防壁のつもりなのかねぇ? 進撃の邪魔だし壊していったほうが……」

「ダメだ、惑星を壊すことは許可しない!」

 

 反射的に声を荒げて反対するのは提督のもの。その大きな声は奇妙に反射して響く。得も言われぬような感覚を覚えたが、そんなのお構いなしに言い返す神奈子。

 

「あァん、指図するのかい? いつから私はアンタの部下になった?」

 

 この緊急時だというのにそんな些細なことで声を荒げている神奈子。食って掛かる戦神を白蓮が取り押さえた。

 

「こんなことで言い争いをしている場合ではありませんっ! 私達は敵の術中にはまっているのですよ!」

 

 尼僧の必死の説得でいくらか冷静さを取り戻した神奈子であったがまだ不満げであった。

 

「でもなんでこんな邪魔なのに放っておかないといけないのさ? これはあくまで幻であって本物の星ではないんだろう?」

「あの……神奈子様、私もこの惑星の模型に手を出すことには反対です。理由は分かりませんが、手を出しちゃいけない。そう思うんです。そうでしょう、提督?」

 

 悠々と巡りゆく惑星の模型に目をやる早苗。提督もただ静かにウムと頷くのみであった。確かに惑星の模型を壊して進むという事はいずれ地球の模型も吹き飛ばすことになる。そう考えるとあまり気分のいいものではないな。

 

 神奈子さんはまだ不服そうであったが、俺も早苗と同じ意見だと口にしたので、それ以上何かを言ってくることはなかった。

 

「ありがとう、私のわがままを聞いてくれて」

 

 静かにそう口にすると提督は俺達を太陽の元まで誘導する。

 

 琥珀色なところを除けば本当に精巧な宇宙空間の幻。その美しさに思わず俺は息をのんだ。そう、景色を楽しむ余裕があったのだ。というのも奴は「琥珀色の瞳孔」は何も攻撃を仕掛けてこないのだから。ただただその恐ろしげなドス黒い眼光をこちらに向けるだけで。

 

「もしかして私達が近づいてくるのを待っているのでしょうか?」

 

 天王星、土星、木星と難なく通過していきそこから戦神を彷彿させる火星、そして水の惑星を通り抜ける。

 

 あと2つの惑星を経てそして最後には太陽、つまり瞳孔の目の前までたどり着ける。だが突然周囲で霞がかかったように視界が悪くなる。さっきまでは遠くまでよく見えていたというのに。

 

「これは……バイドの精神攻撃か!?」

 

 霞はさらに濃く立ち込め……いや、何かの形に映りこんでいる。それはヒトの形をしていた。それがどこかへ駆け寄っているのだ。

 

「反対側にも同じような影がっ」

 

 お燐が指さす方向へ視線を向けると、確かにもう一つヒトの形をした影。よく見るとそれが男女のペアであることが分かる。

 

「ま、まさかっ……」

 

 そして駆け寄る二人は抱き合うと、絡み合い愛し合った……。

 

「えっ、えっ? なんで……?」

 

 何が起こるのか、あらかじめ察していた早苗はゆっくりと手で顔面を覆う。それとは対照的なのが白蓮だった。反射的に顔を伏せていた。

 

 赤面する少女達を一瞥しながら、神奈子はフムと顔をしかめながら考え込む。

 

「なんだい、子作りのシルエットなんて出してさ。人間の赤子みたいにバイドも人が生み出したとか言いたいのかい? バカらしい!」

 

 今も夜の営みを続ける男女のシルエット。その中心に感情のまま御柱をブチ込むのは神奈子。ブンと低いうなりを上げて突っ込んでいった御柱はまるで水面に波紋を立てたかのように空間をゆがめていった。「男女の愛の確かめ合い」を映していた霞もそれに伴い大きく揺らめくと、最後には消えてしまった。

 

「これは……!」

 

 そして真の姿を現したのだ。琥珀色をした全ての元凶が……!

 

 太陽が……いや、太陽だと思っていたものは宇宙空間に繋がっていたのだ。いや、この宇宙空間すら幻なのだった。太い2本の管が繋がっており、今もエネルギーを吸い取っているかのようにドクンドクンと躍動していた。

 

「こいつは……バイド、バイドそのものだ」

 

 次から次へと姿を変えていくバイド。俺も何が本物なのか分からなくなってくる。ただただ忌々しい琥珀色に光を放つそれは不気味でありながらもどこか美しくすらあった。

 

「とにかく、こいつを破壊すれば……」

 

 全てに決着をつけるべく、白蓮さんがゆっくりと近づいていく。小さく鼓動していたバイド本体が一層小さく収縮した。

 

「いけないっ! ひじりんっ、離れるんだ!」

 

 次の瞬間には大きく膨張したバイドはバラバラと何かを吐き出していた。このオレンジ色の球体は……フォース! フォースを文字通り大量にばら撒いているのだ。提督の怒声で咄嗟に飛びのいた白蓮は無事であるが、フォースは留まる事を知らないと言わんばかりにばら撒かれ続ける。

 

「これは……困りました。鉄拳制裁と思ったのですが、これでは近寄れません」

「弾幕もフォースの前では無力ですし波動砲を使うR戦闘機は全滅……」

 

 一応コンバイラが「フラガラッハ砲」という波動兵器を持ってはいるが、このようにひっきりなしにフォースがばら撒かれる空間では満足にエネルギーのチャージも出来ないだろう。小回りの利く戦闘機ならともかく、コンバイラは巨大な体を持った戦艦。あれだけのフォース弾幕を避け切るなんてのは不可能だろう。

 

 ならばどうするべきか? 庇うんだ、ジェイド・ロス提督をフォースの魔の手から。

 

「有効打を与えるのはコンバイラのフラガラッハ砲しかない。みんな、提督をフォースから守るんだ」

 

 どこまで出来るか、とにかく集中して守るべきはその波動砲を放つ砲門と、コンバイラの脆弱部である「腰」のような部位だろう。ここはフォースシュートの影響をモロに受けてしまう場所だ。

 

 俺はリフレックススリングを用いてフォースを掴んでは投げ返す。その下では早苗がショットの連射で迫るフォースを何とか押し返そうと試みていたが、押されている。

 

「早苗、協力するよっ!」

「私も……何か出来ることが!」

 

 一丸となり、大いなる脅威に立ち向かう決意を固めた年長者二人。神奈子は流星の如く御柱を飛ばし、フォースを吹き飛ばす。白蓮はアールバイパーの機体にしがみつき、直接魔力を送り込む。

 

「なるほど、オーバーウェポンか。いくぜっ、禁術『アンカーフォース』!」

 

 特にフォースの集中する場所めがけ、俺は逆回転リフレックスリングを飛ばした。フォースもバイド体。こうすれば迫るフォースをこちらに集中させることが出来る。

 

 この俺達の必死の抵抗もむなしく、それでもフォースはばら撒かれ続ける。それらがコンバイラにも何度か命中していた。致命的な被弾こそないものの、そのたびに苦しげな声をあげるのが辛かった。

 

「だ、大丈夫だ。もう少しでチャージが完了する。あと少しだけ、私に力を貸してくれ……」

 

 俺は集めたフォースをまとめながら前方に躍り出るとジャイアントスイングの要領で振り回していく。周囲のフォースがトリモチのようにくっついていく。その死角から迫ってきたフォースは神奈子さんが吹き飛ばした。

 

「数が増えてきたな。さすがにヤバいか」

「いや、よくやってくれた。フラガラッハ砲、チャージが完了した。みんな、射線上から離れるんだ」

 

 俺は掴んでいたフォースを全部あの憎きバイド野郎に投げつけながら高速で離れていった。他の少女達も既に避難を済ませている。

 

「よし、フラガラッハ砲……発射!」

 

 赤い波動の槍が無数のフォースごと、バイドを串刺しにした。それと同時にコンバイラの砲門も爆発。波動エネルギーに砲身が耐えられなかったのだろう。

 

「やったな。確かな手ごたえを感じた。バイドは滅びたのだ。これで、これで……何も思い残すことは……ない」

 

 琥珀色をした宇宙空間はその光を失い、だんだんと闇に包まれていく……。バイドは本当に滅びたのだ。この美しい琥珀色の幻影が消えたのだから。

 

 度重なる戦闘でその肉体は傷つき、多くの仲間を失いその心も傷つき、それでもジェイド・ロス提督は本人の掲げる「けじめ」を遂につけることを果たした。

 

「ゲインズ、見ているか? 私はやったぞ。アーヴァンク、君の機転は何度も我が艦隊に勝利をもたらしてくれた。アルファ、最期までこんな私を慕ってくれて感謝してもしきれな……」

 

 えっ、提督……! 今の一撃で、全身全霊をかけた最期の波動砲でまさか事切れて……?

 

「大丈夫、提督は眠っているだけです。ほら、寝息が聞こえる」

 

 俺はほっとした。よかった……。早苗もナイスだ。ならばこんな場所にもう用はない。

 

「ちょっとコンバイラの体は重たいけれど、皆で運べば大丈夫だろう。さあ、地上へ帰ろう! 光と希望あふれた地上へ……」

 

 バイドの鎮座していた場所をじっと見る。この結末を迎えるために散っていった多くの命に思いを馳せながら……。そして俺は地上に帰るべくその身をひるがえした……。

 

 白蓮がこわばった顔で俺の名を叫んでいた……!

 

「どうしたんだ、白れ……」

 

 直後俺の視界は緑色に染まった。なんだ!? 何が起きている? 振り向いて俺はゾっとした。アールバイパー全身がゲル状の物体に包まれているようなのだ。

 

「アズマさんっ! アズマさぁんっ!!」

「そんなっ、こんなこと全く予想できなかった……」

 

 俺を捕えたゲルは少しずつバイドのいた場所へ引きずり込もうとしていた。そして俺は目が合ってしまった。真っ黒い色をした瞳孔に。そんなっ! 俺達はこれだけ死力を尽くして戦ってきたのに、ヤツはまだ生きているというのか!

 

 この騒ぎで目を覚ましたジェイド・ロス提督。寝ぼけながらも今の状況を察知すると俺に叫んだ。

 

「死ぬ気でもがけ、抜け出せ! バイドに、その漆黒色に染まった瞳孔に取り込まれるぞ!」

 

 んなことは分かっている。最大速度でこの緑色のゲルから抜け出そうと今も俺は必死に機体を揺らしながら抗っている。そんな俺を包むゲルはまるでアールバイパーをスキャンでもするかのように光を照らしてくる。

 

「もしかしてアールバイパーのデータを読み込んでいるのでは……? しかし心苦しいです。助けてあげたいけれど下手に手を出してはアズマさんにまで危害が及んでしまいます」

 

 そうだ、バイドは自らへの脅威の象徴としてさっきまでフォースをばら撒いていた。つまり奴がばら撒くものは奴自らが最も恐れている存在。よく見るとバイドの親玉は薄気味悪く緑色に発光した粒子をばら撒き始めていた。

 

 その多数の粒子は少しずつ形を変え、アールバイパーの姿へと変わっていく。アールバイパーの形をしたモノがバラバラと無秩序にまき散らされているのだ。

 

 俺は今もスキャンをされている。これを止めたいところだが、攻撃も通用しないし逃げ出せる気配もない。もう駄目なのかと諦めかけた矢先、突然ゲルの方から俺から離れていった。助かった……いや、もしかすると最悪の事態かもしれない。

 

「さっきまでアールバイパーを包んでいたゲルが本体に取り込まれていく……まさかっ!?」

 

 今までバラバラに出てくるだけであった銀翼の形をしたものが、まっすぐと飛行を始めたのだ。緑色のホログラムのように半透明の体を持ったニセモノのアールバイパー、それが編隊を組んでこちらに迫ってくるのだ。

 

「こいつ、アールバイパーそのものじゃなくてデータが目当てだったのね! まるまるコピーじゃないの!」

 

 人のオプションを勝手に解析して技術をコピーしようとした神奈子さんは人のこと言えないと思うが……まあいい。邪魔なホログラムはこの俺がぶっ壊してやる。そう思って俺はホログラムのバイパーに接近する。しかし、俺が移動すると異常な反応で逃げていく。今度は距離を取ろうとすると逆にこちらに迫ってくる。

 

「なにっ! こっちの動きまでトレースしているのか!?」

 

 そう考えるともしも俺が何らかの攻撃をしたら、このコピーされたバイパーから一斉に……。なんてこった、これでは迂闊に動けないじゃないか! 仕方ない、こうなればもう一度提督に波動砲を依頼して……。

 

「すまない、さっきので砲門が破損してしまった。フラガラッハ砲はもう撃てない……」

 

 バチバチと漏電している砲門。そんな、バイドを屠るフォースも波動兵器もなくなってしまった。何か手はないのか、そう思考を巡らせていると早苗さんがバイドの本体に急接近していた。

 

「なるほど、こういうシチュエーション、覚えがあります。ホログラムのアールバイパーは本物のアールバイパーの動きに反応しているようです。つまりアズマさんがじっとしているとホログラムの方もただゆっくり前に進むだけ」

 

 確かに早苗の跨る戦闘騎の動きにはまるで反応していないようだ。狙われようが隣のホログラムが破壊されようが、お構いなしに前進している。その様はまるで痛覚などないゾンビの群れに迫られているようで、これはこれで気色悪いのだが。

 

「アズマさん、そこでじっとしていてください。私がオーバーウェポンで仕留めますっ!」

 

 悠々と飛行するホログラムを戦闘騎から展開されるワイヤーフレーム状のロックオンサイトで多数捉える。早苗の愛機「RVR-01ガントレット」の必殺技「フリーレンジ」である。

 

 四角錐のロックオンサイトに飛び込んだまがい物の銀翼はすぐさま撃ち落されていく。そして早苗はそのままバイド本体のすぐ目の前まで近寄った。

 

「オーバーウェポン、発動ですっ!」

 

 バチバチと電気が戦闘騎に走り、その周囲にも電撃が伝搬した。至近距離で捕捉したバイド本体を無数の雷が焼き払う。やったか!?

 

 ブスブスと黒煙を上げてジュウジュウと体液らしきものを垂らしている。だが、致命傷にまでは至っていない。みるみる傷ついた体を再生させると無数の銀翼のホログラムを投げつけるように乱暴に放って早苗を吹き飛ばす。

 

「きゃあっ!? そんなっ……」

 

 あの至近距離のフリーレンジを耐えきっただと……。だが、向こうも無傷ではなかった。バイドならではの再生力がなければ倒せていただろう。こいつは、このバイドは波動兵器やフォースでなくても倒せる。もっと火力があればいいのだ。

 

「早苗、分かったよ。奴を倒す方法が。オーバーウェポンだ、オーバーウェポンを使うんだ」

 

 正直確信はない。だが、このまま指をくわえて見ていても埒が明かない。俺は、あの方法を試すことにした。

 

 オプションを3つ回転させると白蓮が驚き叫ぶ。

 

「オーバーウェポンでは火力が足りませんっ! アズマさんっ、いったい何を考えているのですかっ!?」

 

 俺はゆっくりとレイディアントソードを前に突き出しながら低速で前進する。ホログラムの方もすぐさま剣を前に突き出していた。剣先同士がぶつかると互いに弾かれて軌道がずれる。これなら安全に接近できるぞ。

 

「その構え、もしやサンダーソードを使うつもりですか? 確かに至近距離でのフリーレンジに匹敵する火力ですが、圧倒的に火力があるわけではありませんっ! きっと結果はさっきと同じです」

 

 そう、早苗が言うように俺が考えているのはオーバーウェポンで使用するレイディアントソード、つまり「重銀符『サンダーソード』」を発動することである。だが、普通に使っていたのではやはり火力が足りないだろう。そんなことは今までの戦いからも十二分に分かっている。だが、俺には一つ考えが浮かんでいた。

 

 俺の使うオーバーウェポンはオプションに貯蔵された魔力を一度アールバイパーに収束させて、その後で武装に過剰なほどに魔力を注ぐというもの。普通は安全性を考えてオプションを回転させながら均等にゆっくりと魔力を収束させていくものだ。

 

 だが、その方法では集まる魔力に限界がある。持続力こそあれど、このように魔力を集めるペースが遅いと途中で空気中に分散してしまい、一定以上に魔力が達しないのだ。

 

 そこで俺はオプション1つから一気に魔力を引き寄せる。俺の持つオプションは3つ。その工程を同時に3度行えば単純計算で普通のオーバーウェポンの3倍の魔力を武装に流すことが出来るのだ。その分持続力はなくなるであろう。いわば電池の並列つなぎと直列つなぎの違いのようなもの。

 

「俺のオプションは全部で3つ。なのでオーバーウェポンを同時に3回使う。いわばオーバーウェポンの重ね掛けだ。単純計算で通常のサンダーソードの3倍の火力になる」

「ええっ! 確かに理論上は可能ですが……そんな膨大な魔力、アールバイパーが耐えられるのでしょうか?」

「アールバイパーもそうですが、アズマさんも膨大な魔力に晒されることに……危険すぎますっ!」

 

 早苗や白蓮が言う通り、これは非常に危険な賭けだ。それは重々承知している。普通に使うオーバーウェポンでも俺の体に負担がかかるし、仮に上手くいったとしてもこのバイドを倒せる保証はどこにもないのだから。だが、今の状況を打破するには……。

 

 リリーホワイト、ゲインズ達バイド艦隊、八咫烏……。この異変の犠牲となり、散っていった皆の気持ちを無駄にしない為にも俺はやらなくてはいけない。

 

「そんな心配な顔見せないでよ。俺を信じて」

 

 遂にサンダーソードの間合いに入った。無言で俺はオプションを3つ呼び出す。ネメシス達の表情もどこか晴れない。

 

「マスター……」

「……」

 

 こいつらも心配なんだな。でも大丈夫だ。全て終わったらいっぱい頭をナデナデしてやるからな。

 

「いくぞっ……」

 

 まずは物言わぬオプションから一気に魔力を移動させる。いつもはゆっくりと訪れる違和感がズンと一気に襲ってくる。魔力の切れたオプションを回収すると次にネメシスの分。バチバチとコクピットでスパークしている。俺も血管が沸騰したかのような疼きを感じ、歯を食いしばる。

 

「ああっ、今すぐやめるのです! このままでは……」

「そんなこと言っても無駄なのは分かっているんじゃないかい。あの子なら止めてもやるってこと、本当に住職サマによく似ている」

 

 ああ、神奈子さんの言う通りだ。こんな所でで引き下がれるかっ! 来いっ、コンパクっ! 両腕に魔人経巻の模様が浮かび上がる。外から締め付けられるような、内から破裂するような強烈な痛み。よし、魔力は十二分に溜まった。今こそ渾身の一撃を……放つ。重銀符、いや、もはやこれは禁術の領域だろう。

 

「禁術『オーバーレイド・オーバーウェポン』っ!!」

 

 一気に魔力が爆ぜる。両腕から激しく出血した。その痛みに耐え、狙いを付け直す。ピシとキャノピーにヒビが入った。それでも眼光絶やさない。

 

 鋭く輝く光の剣がバイドを貫き、そこからバイドをジュウジュウと内部からも焼いている。これで、これで最後だ。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 気合を込めた雄叫び。精神がこの技に影響してくれるのかは分からないが、それでも叫ばずにはいられなかった。

 

 ホログラムが次々と消えていく。そして憎き本体は光の大剣に貫かれ、木端微塵に爆散した。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 ズキズキと傷む両腕、俺は息を荒げながら汗が目に入りしみるのをこらえ右目を見開いた。……やった、確かに俺はバイドを倒したのだ。

 

 こうやってバイドの中枢を内部から焼き切って破壊したのだ。流石にもう復活しないだろう。

 

「まったく、無茶苦茶な奴だよ君は。さあ、君の怪我を治療しないといけないな。今度こそ地上に……む? なぜ艦が揺れるのだ?」

 

 戦慄した。俺は確かにバイドを破壊した。手応えもあったし、この目で確認もした。だというのに、なぜだろうか、この言いようのない不安感は。俺は琥珀色の消え失せたバイドの中枢があった漆黒の暗闇に目をやった。

 

 そ、そんなっ……! 俺は驚愕した。

 

 光を失った漆黒の空間が脈動していたのだ。何もかもを吸い込むかのように。

 

「あ、あれは……。逃げましょう! アレに捕まったら……」

「奴め、最期の力で我々をバイドの蠢く『異層次元』に飛ばそうとしているのだ。アレに取り込まれたら、あのバイドに取り込まれたら帰れなくなる!」

 

 振り向くことなく、少女達は一直線に逃げに入る。もちろん俺も……あれ、動かない?

 

「しまった、アールバイパーはもはや動くだけの力も残っていない!」

 

 彼女が気付き、こちらに手を伸ばす。俺もすがるようにリフレックスリングを飛ばすが、届かない。俺は煽られながら漆黒色をした穴に吸い寄せられていく。

 

「いかんっ! あのままではバイドに取り込まれて……。彼に私のような辛い思いはさせるまい! ひじりん、皆を連れて先に行くのだ!」

「ジェイドさんっ、それでは貴方が……」

「私は既にバイドだ。バイド化の心配はないよ。何があっても私も後で幻想郷に帰る。ああ、今度も帰って見せるさ。約束だ!」

 

 コンバイラタイプのバイドが旋回してこちらに近寄ってきた。

 

「提督……」

「動けないのだろう? 私が格納しよう。さあ、こっちへ」

 

 違うのだ、燃料が切れたわけでもエンジンが破壊されたわけでもない。どちらも正常に動いている。別に力負けしているって感じでもない。異常だ、まるでここだけ物理法則がないかのように、俺は吸い寄せられなくてはならないと言われているように、俺は漆黒色の瞳孔に吸い込まれていくのだ。

 

「なんということだ……。こちらもコントロールがきかない! 接近しすぎたかっ!?」

 

 その様子を見かねた白蓮が今度は近寄る。巻物を掲げ限界まで身体強化した白蓮はこの吸い込みをもものともせずに俺に手をさしのばす。

 

「この程度の吸引力、どうってことないですね。さしものバイドも死にかけていると力もこの程度なのでしょう。さあ、二人とも……あ、あれ?」

 

 白蓮の力で引っ張っているのにビクともしないのだ。やはりおかしい。おかしいが、どうしていいのかわからない!

 

「このままではひじりんも……」

「でもっ!」

 

 白蓮は吸い寄せられる気配が微塵にもない。それだけ強烈な身体強化をしているのだろうが、俺達を引きずり出せないのはやはり異常である。くっ、もはやここまでなのか。あと少しで地上に帰れたというのに……。

 

 白蓮の目の前で提督が、俺が漆黒の瞳孔に取り込まれていく。それを見ているしかなかった彼女の無念さは想像に難くない。俺も無意味と思いながらも操縦桿から手を放し、白蓮へ手を伸ばした。

 

「アズマさんっ、アズマさーん!!」

 

 悲痛な白蓮の叫びがこだまする。俺も負けじと彼女の名を叫ぶ。

 

 しかし非情にも俺も提督も瞳孔に飲み込まれてしまった……。最愛の住職サマの涙がキラリと光る様子、これが最後に俺が認識した光景であった。


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