東方銀翼伝 ~超時空戦闘機が幻想入り~   作:命人

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地霊殿で「さとり」に敗れたアズマ達は原始バイドの「バラカス」が統治する村に身を隠す。
ところがさとりのペットである「お燐」の魔の手はここにまで伸びており、無防備なアズマに牙をむくのであった。


※こちらは正史ではないエンディングになります。


第10話A ~全面戦争~

 露天風呂で無防備になっていた俺にゆっくりと近寄ってくるのは地霊殿で見かけたあの黒猫だ。直接戦闘を仕掛けるのはあまりに無謀である。

 

 冷静になるんだ。お燐がいくら人知を超える能力を持った妖怪といえど、化け猫は化け猫。そう、所詮は猫なのだ。

 

 猫は何が嫌いか? そう、猫は濡れることを極端に嫌う。そしてこの風呂場という場所はその苦手な水がそこら中にあるではないか。

 

「こンの野郎っ!」

 

 俺は水面を思い切り横から張り手する。水しぶきとなってお燐を襲った。バシャとお湯を思い切り被ってしまったお燐は驚きの声を上げると逃げ出してしまう。

 

 よし、どうにか追い払ったぞ……。

 

 いつの間にかコンパクを縛っていた炎は消えており、改めて追い払えたことを実感する。

 

 ほどなくして騒ぎを聞きつけたのか、白蓮が風呂場に駆けつけてきた。

 

「アズマさんっ! 今恐ろしい音がこの場から……」

「お燐だ。お燐が俺が一人になる瞬間を狙って襲ってきやがった!」

 

 襲撃という事実が、地霊殿の奴らが本格的に俺達を消しにかかっていることを明白にしている。

 

「私の聞いた声は猫の声だったような気がしましたが、やはりお燐のものでしたか……」

 

 無言でコクリと頷く俺を見て白蓮は湯煙の中、伏し目がちになる。その眼差しはとても悲しげであった。

 

「彼女は死体を集める為には手段を選ばない妖怪です。墓地のご遺体目当てに命蓮寺に入門しようとしたこともありました。私はもちろん断りましたが……。おそらくバイド異変以前に我々命蓮寺の人間に恨みを持っていたのでしょう」

 

 戦争だ、戦争が始まる……。これはバイドを用いて地底を汚染せんと企むサトリ妖怪と、そのバイドを持ってバイドを制すべしと地上から殴り込みに来た俺達命蓮寺の……。そしてその火ぶたを切ったのは私怨を持つお燐……。

 

「ひとまず緊急の事態は抜けたのですから前を隠してはどうですか? その……目のやり場に困ってしまいます!」

 

 あわわわ!? 白蓮が両手で顔を覆いながら俺の下半身に顔を向けている。俺は反射的に浴槽に肩まで沈んだ。

 

 

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 風呂から上がり汗を流す筈の場所で冷や汗をかいた俺であったが、この後はとんとん拍子で事が進んでいくことになる。

 

 お燐が襲撃してきたという事は白蓮や原始バイドの拠点が地霊殿の奴らに割れてしまった事を意味する。これはもはや一刻の猶予もないことを意味しているのだ。

 

 俺は俺で地霊殿の主である古明地さとりの能力について事細かに説明した。胸に光る「第三の目」に睨まれることで心を読まれ、その相手が抱く最も怖いものを幻として再現させるというものを。

 

「ふーむ、心を読まれては作戦を考えても筒抜けか……。よし、俺にいい考えがある。しかしこの作戦を悟られてはマズいし、準備に時間がかかったりもする。事前に説明しておこう。よしお前ら、アレを持ってくるんだ」

 

 程なくして罪袋どもは厨房から胡椒の小瓶や唐辛子らしきものをいくつか持ってきた。

 

「対サトリ妖怪用秘密兵器を用意するぞ。人呼んで『トンガラシ爆弾』っ! 確かに心を読む能力は恐ろしいが、その『第三の目』とやらが見えていなければ無力化すると見た。炸裂する唐辛子と胡椒の粒子がそのサトリ妖怪の視界を奪う。能力を封じられて慌てふためくその間に生け捕りという寸法だ」

「捕虜は我々が丁重に扱うので安心してくれたまえ」

 

 うわぁ、安心できねぇ……。

 

「爆弾の量産と投擲は我がソウルフレンド達に任せるとして、俺達はそれまでの時間稼ぎをしないといけないな。ギリギリまで爆弾の存在を悟られぬように、一瞬の隙をついて炸裂させるのだ!」

「うぉぉ!」

 

 こうなった以上やるところまでやらなければいけない。相手は本気で俺を殺しにかかってきた。こちらも真剣に取り組まなければ惨劇は免れないだろう。

 

 

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(バラカス達が材料を作業場に運び込んだ頃……)

 

 水をかぶって一度は逃げたお燐であったが、再び猫の姿になるとバラカスの根城に忍び込んでいたのだ。

 

「(あれは目潰しに使うものね。あれでさとり様の目を……。なんとしても止めないと。でもあたい一人じゃ多勢に無勢。隙が出来た瞬間を見計らって……)」

 

 早くも地霊殿攻略作戦に暗雲が立ち込めていた……。

 

 

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 今度は忍び込むなんて回りくどいことはしない。白蓮とジェイド・ロス提督を引き連れて高速で進撃する。今まさに地霊殿に到達。頑丈そうな大きな扉で入口は閉ざされているが、こんなものは……。

 

「白蓮っ、提督っ。あのでかい扉を吹き飛ばすぞ!」

 

 そして正面から突破。だが、待ち構えている筈のバイドが全然いない。不気味なまでに広々とした広間にポツンと一人立っているのは異変の首謀者、古明地さとり。

 

 ヤツが、白蓮さんや提督に、俺の大切な人達に大きな心の傷をつけたのだ。こいつは、絶対に許せない!

 

 このような言いようのない怒りがこみ上げたからか、二人をトラウマから庇う為か、俺は食って掛かるように二人の前に躍り出た。

 

「古明地……さとりィッ!」

 

 両目でギンとサトリ妖怪を睨みつける。バイドを集め、何をしようとしていたのかは俺には分からない。だが、真実を語ろうとせずバイドを庇うような言動までしていた。追い返すためにトラウマを抉り出し、それが大して効かなかった俺にはお燐をけしかけて抹殺しようとした。

 

 もう十分だ、もう十分に分かった。こいつは俺達の敵、バイド異変の首謀者だ!

 

「どうしても、私を倒すつもりですか?」

 

 そんな俺の心情を読み取ったのか取ってないのか、途切れ途切れにこちらに問うてくるサトリ妖怪。胸の第三の目が今も怪しく光っている。

 

「余裕こきやがって……。それはお前が一番分かっているんじゃないか?」

「しかしですね、貴方が倒したいのは本当に私なのですか? 本当に倒すべきは……バイドではないのですか?」

 

 何故か悲しげな眼差しを向ける。こいつ、この期に及んでバイドとは無関係だというつもりか。構うものか、こいつは幻想郷を、かけがえのない友人達を蹂躙した悪玉!

 

「ならば何故バイドを庇うような真似をする? 俺にはそれが分からない」

「そ、それは……」

「これ以上何を話しても無駄のようだな。貴様は俺だけでなく、聖様や提督の恐ろしいトラウマを抉りだし、さらに俺には化け猫けしかけて消そうとした。バイド討伐に向かう俺達へ明確に攻撃を加えている。火を見るよりも明らか、お前は敵だ。それも卑劣な手も辞さない悪党ッ! 許さねぇ……許さねぇぞ、この腐れ外道がァァァ!!」

 

 理詰めで追い詰めるうちにふつふつと湧き上がり抑えようもなくなった怒りの感情。バイド異変のこともあったが、何よりも白蓮や提督をあそこまで怯えさせたことに憤りを覚えたのだ。次の瞬間にはレイディアントソードを取り出して直進していた。

 

「……そうですか、では私も貴方達の排除を全力でしなくてはいけません。私もただやられるだけってのはゴメンですので。眠りを覚ます恐怖の記憶(トラウマ)で眠るがいい!」

 

 既に提督も白蓮も再びトラウマを見せつけられているようで動けないでいる、二人はさとりの配下であるバイド達の相手をお願いしようとしたのだが、どうやらその必要はないようである。くそっ、元々さとり一人であると分かっていたら連れて行かなかったのに!

 

 だから俺が前に出た。恐怖に震える二人から注意を逸らす為。あらん限りの速度で一気に間合いを詰めて剣を振るう。その切っ先がさとりに一直線に向かい……いや、斬りつける直前に彼女の体がゆらりと揺れて刃はすり抜けてしまった。

 

「貴方のような単細胞に精神攻撃は通用しにくいようですね。ならばいいでしょう。単純に力で、貴方が決して敵わない脅威を読み、それを再現させましょう……。想起『夢想封印』!」

 

 不敵な笑みを浮かべたサトリ妖怪はグニャリと歪み、そしてあの紅白の巫女そっくりの姿へと変わった。

 

「何するかと思ったら、ただのコスプレじゃないか!」

 

 口ではそう余裕ぶっていたが、何か仕掛けてくるのは明白。案の定、巫女服姿のさとりは七色の光球を携え、自らを中心に高速回転させた。間違いない、あれは夢想封印だ。一度放たれるとまるで意志を持ったかのように追いかけまわす弾。それでいて威力は俺の「ハンター」を大きく凌駕する……。

 

 回転する光弾はさらに大きさを増して今にも飛び出さんという勢いであった。ぐっ……いつ来るんだ?

 

…………

 

……

 

 おかしい、いつまでも弾が飛んでこない。最初はこちらを徹底的に震え上がらせるためと思ったが、震え上がっているのは逆にさとりの方であったのだ。

 

「おかしいわ、この先が見えない! 恐らくはホーミングさせるのでしょうが、その詳細な姿が分からない。どうして途中までしか心を読めないの!?」

 

 途中まで……? そうか分かったぞ! この霊夢はあくまで俺の記憶の中に生きる霊夢。確かにとんでもなく強い。だがあまりに強すぎて俺には具体的に何をされて何を喰らって霊夢に敗れたのか、それを詳しく知らないのだ。

 

「あいにく霊夢とやり合っているとき、その続きの記憶が俺にはなくてね。彼女はあまりにも強すぎて俺も何が起きているのか『分からない』うちに負けてしまったのだ。強そうだからって欲張りすぎたな!」

 

 それを聞いてさとりは纏っていた弾をばら撒く。見た目こそ夢想封印そのものだが、ほとんど追いかけてこない。それに速度も遅い。

 

 が、そのうちの一つが機体をかすめた。喰らっていないのにこの威圧感、圧迫感。かすっただけでとんでもない威力であることだけは分かった。こんなの喰らっていたらひとたまりもないだろう。だがしかし……

 

「当たるわけないよなぁ! ホーミング武器はこうやって使うんだよっ。喰らえっ、ニードルクラッカー!」

 

 咄嗟に避けようとしていたらしいが、全弾命中。さとりの巫女服が消えうせると再び第三の目でこちらを睨みつけてきた。

 

「ならばこっちはどう? 幾度となく貴方と対峙したライバルの記憶よ。想起『マスタースパーク』!」

 

 なんとなく予想はついていたが、今度は魔理沙の衣装に着替えていた。ご丁寧にホウキまで用意している。なるほど、魔理沙とは2度戦っているがどちらも圧倒的パワーに押されて敗れている。十分トラウマとなり得る相手だ。

 

「同じように追い詰めてやるのみ。ニードルクラッカー!」

 

 こちらの狙いを軽々と避けると、あろうことか背後に回られてしまった。しまった、魔理沙ならではの素早さとこちらを読むサトリ妖怪ならではの能力が可能にしたんだ。ダメだ、全然振り切れない!

 

 急いで武装をハンターに換装。なんとか反撃に出ようとするが、ピッタリ背後にくっつかれてしまい、ハンターの無駄に大回りしてしまう弾道ではほとんどダメージを与えられない。

 

 一方のさとりはどこから取り出したのか、八卦炉をこちらに向けていた。まずい、こんな無防備な状態でマスタースパークなど喰らったら……。

 

 最後にさとりの勝ち誇った顔が見えた気がした。気がしたというのは一瞬しか見ていないからである。なぜなら、俺がそれを認知した直後には真っ白い光が周囲を照らしたのだから。

 

「がぁぁぁぁっ!」

 

 背後からマスタースパークをもろに受けてしまったのだ。黒煙を上げて銀翼はついに墜落してしまう。今コクピットに映るのは八卦炉を抱えた……。

 

「あっけないものね。でも、貴方は消さなくては」

 

 別に負けても構わない。こいつのトラウマ抉りだす能力さえ封じれば白蓮も提督も動けるようになる筈。バラカス達が対サトリ妖怪用の秘密兵器を用意しているはずだ。それが届くまで時間を稼がなくてはならないが……。

 

「秘密兵器ですって? 無駄よ。何せ貴方達の本拠地にはお燐をスパイとして放っているのだから」

 

 お燐がスパイ……。しまった、水をかけて撃退したと思っていたが、アイツはまだバラカスの城に潜んでいたのか。

 

「最後の策も潰されて万事休すってところかしら? それでは、今度こそサヨナラね……」

 

 

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(その頃バラカス達は……)

 

「ひぃっ、化け猫がっ! 化け猫が迫ってくるぞォー!」

 

 さとりが言うようにバラカスの根城に潜んでいたお燐は秘密兵器「トンガラシ爆弾」を破壊するべく罪袋達に襲い掛かる。当然彼らでは対処できない。猫の姿、妖怪の姿を使いこなし、神出鬼没の地霊殿からの刺客に翻弄されっぱなしであった。

 

「まとまっていては危険だ。散るぞ!」

「バラカス神様。我々では歯が立たないのです。どうしましょう?」

 

 右肩に秘密兵器を、左肩に秘密兵器の材料を手に震え上がる罪袋を連れてバラカスは回廊を疾走する。

 

「俺もヤツには勝てないだろう。だからそもそも戦わん! 相手はネコミミの女の子だぞ。丁重におもてなししよう。俺の部屋に誘い込むんだ」

「そんなっ、それでは我々もバラカス神様もあの化け猫の奴隷に……」

 

 タッタッタッとその回廊でバラカスを追いかけるはお燐。的確にリーダーを叩こうとしたのだろう。その距離をどんどんと詰めていく。

 

「ふむ、奴隷はゴメンだな。だが俺には策がある。その作戦には君の力が必要だ。やってくれるね?」

「バラカス神様ぁ……、一生ついていきますっ!」

 

 そして根城の最奥。バラカスの部屋までたどり着く。

 

「ドア閉めるのは後でいいからさぁ。それよりも俺、走りすぎて先っぽが乾いちゃったよ(チラッ)」

「(なるほど、この部屋に誘い込んだのは……)そぉい!」

 

 薔薇の花を股間に携えた変態紳士はイチモツのバイドから大きく跳躍。天井からぶら下がっていたロープに手を伸ばし、自らの体重をかけて思い切り引っ張った。

 

 直後、ドドドドと水が流れ込んでくる。

 

「っ!?」

 

 激しい水流に晒されたお燐はそのまま根城の外まで流されていった。流され際にバラカスがそのイチモツを見せつけて凄みをかけている。

 

「へへん、大成功♪ まんまと罠に引っかかったな。おたくとはココが違うのよ、ココがさ!」

 

 水も引いた頃、卵の入ったバスケットを抱える罪袋と合流した。

 

「バラカス神様、トンガラシ爆弾、完成しました!」

 

 散り散りになって逃げ惑った罪袋達だが、秘密兵器を守らんと奮起したのだろう。

 

「よォし、先に地霊殿に向かったアズマ達を援護するぞぉー! 我がソウルフレンド達よ、この光の下に集えェい!」

 

 雄々しく黒光りするバラカスのイチモツ。雄たけびを上げながら隠れていた罪袋達がバラカスに乗っかる。

 

 罪袋どもはバラカスを称える歌を口々に歌い始めて非常に喧しく、地霊殿へと向かっていった。

 

「あー、テンション上がるのはいいけど、地霊殿近くなったら静かにしような?」

 

 

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(その頃地霊殿……)

 

「それはどうかな?」

 

 俺は不敵な笑みを浮かべて地霊殿の入り口に目をやる。大丈夫だ、バラカスだってバイドだし、その気になれば相手は少女だし罪袋どもが抑えにかかるだろう。しかし無情にも何の気配もしない。

 

「ただのハッタリでしょ? このまま貴方にとどめを刺すことは可能。でも心もズタボロにしないと納得がいかないわ。何も考えられなくなるような恐ろしいトラウマを……。ところで、お仲間はどうなったと思うかしら?」

 

 む、そういえば白蓮と提督の姿が……。頬を冷たい汗が流れる。二人は過去のトラウマを見せられて動けないでいる筈。なのに元いた場所にいない……嫌な予感がする!

 

 そしてその答えは頭上にあった。俺は思わず声を失ってしまったのだ。まさか、こんなことが……。

 

 コンバイラの脆弱部に鉄拳を撃ち込んだ白蓮。そこから光の粒子が漏れ出ていたのだ。あれはまさかっ……。やめろっ、やめるんだっ……! だめだ、これ以上見ていられないっ!

 

「ちょいと二人の見ている幻に細工をしたのよ。お互いが敵に見えるように……ね」

「汚いぞ! そんな……白蓮が……提督がッ!」

 

 考えうる最悪の事態だ。提督が死に絶え、白蓮さんは度重なるバイドとの交戦でついに肉体をバイドに乗っ取られている。白蓮の琥珀色の瞳がこちらを捉えた。

 

「肉体をバイドに乗っ取られても本人は気が付けないらしいわね。教えてあげては?」

 

 ふらりふらりと最愛の仲間が寄ってくる。

 

「アズマさん、お顔真っ青でスよ? イったいドうしタのですカ?」

 

 白蓮、貴女は……本当に……本当に……。

 

 お、俺は、俺はどうすればいい……。ダメだ、考えがまとまらない……

 

「元気がアリませンね。怖いノですか? デもソんな時こそ勇気凛凛デすよ、ゆウきりんりん」

 

 やだ……やだ……こんなのって……白蓮……。

 

「りんりん……りんりん……りんりん……」

 

 バイド化が進行しているのか、元の白蓮の声がどんどん崩れていく。もはや女性のものとは思えないほどにまで変質してしまっていたのだ。

 

 いよいよ覚悟しないといけない。もやは目の前にいるのはいつだってニコニコ笑顔でみんなを照らしていた白蓮ではないのだ。そう、白蓮では……!

 

「りん……りん……」

 

俺はトリガーに指をかけた。ああ、やっぱり駄目だ。涙でぼやけて白蓮だったものが何人にも見える……。

 

「りん……さと……りん……りん……」

 

 ん? なんか様子がおかしいような?

 

「さっとりんりん、さとりんりん♪ さっとりんりん、さとりんりん♪」

 

 何重にもブレて見えていた白蓮は奇妙な踊りを始めたかと思うとこれまた珍妙な歌を歌い始めた。

 

「!?」

 

気が付くとバイド化した白蓮の姿はなく、そこにいたのは……

 

「罪袋達っ! ということはバラカスもっ」

 

 そう、来てくれたのだ。対サトリ妖怪用秘密兵器を携えて、原始バイドとその卑猥な……もとい愉快な仲間達が。

 

「うぉおい! 俺には物を投げることが出来ないんだ。踊ってないでトンガラシ爆弾を投げろぉー!」

 

「だってバラカス神様、幼女ですよ、幼女」

「恐ろしい能力を持っているというから警戒していたけれど、いたいけな小五ロリじゃないですかーやったー!」

「ところで恐ろしい能力って何だっけ?」

「嫁にしたくさせる程度の能力じゃね?」

「さとりーん! 俺だー! 結婚してくれー!」

 

 改めて周囲を見渡すと何事かと周囲をキョロキョロしている白蓮と提督がいた。一方で頭を抱えてうずくまるのはサトリ妖怪。そうか、バイド化した白蓮は幻……。

 

「な、何なのよこの脳内は……」

 

 俺は彼女の持つ恐ろしい能力について説明した。

 

「なんだと! それじゃあこっちの妄想は全て筒抜け!?」

「ヘイブラザー、何も恐れることはないぜ? 筒抜けならば開き直るべし! さとりんにこの溢れるハートを伝えるのだー! バァーニングラァーブ!!」

 

 どうやら援護に来たのはいいものの、勇儀のような姐さんだけでなく、ロリっ子もイケてしまう罪袋達は7人まとめてさとりに一目惚れ。色々な妄想が駆け巡ったらしいが、悲しいことにさとりはそれを読んでしまい、こちらへの精神攻撃が乱れてしまったのだろう。

 

 今も7重にもなった卑猥な妄想が直にさとりの精神を蝕んでいる。彼らもこんな恐ろしい能力を持つ妖怪がこんなに可愛らしい少女だとは夢にも思っていなかったらしく、とにかくはしゃぎ回っていた。

 

「ベアード様に叱られてもいい」

「さとりは俺の嫁ー!」

「このロリコンどもめぇぇぇぇ!!」

 

 ううむ、全然攻撃する気配がないな。こいつらが変態で俺は助かったが、こいつらが変態でこの先に進めない。

 

「やむを得ないな。ああいうのはとっ捕まえてからだな……。いやなんでもない。アズマ、これが対サトリ妖怪用秘密兵器『トンガラシ爆弾』だ。代わりに君が投げてくれ。炸裂すると粒子となった唐辛子やコショウが牙をむくぞ! 第三の目に投げつければ、しばらくの間心を読むことなど出来なくなるだろう」

 

 俺は動かなくなったアールバイパーから降りるとバラカスから卵のような形をした爆弾を受け取る。そして、俺は投げつけた。モウモウとさとりの周囲に赤い煙が立ち込める。そして数秒後……

 

「ぎぃや゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーー! 目がぁ、熱いィィィ!!」

 

 第三の目とついでに普通の目に激しい痛みが襲っているのだろう。これでは心を読むどころではない。罪袋どもも巻き添えを喰らっているが、覆面があるのでダメージは小さくなるだろう、たぶん。

 

「提督、能力を無力化した今がチャンスだ! 波動砲を……」

「待ちなさい。やはり腑に落ちないのです。本当に彼女を倒して異変が収まるのでしょうか?」

 

 そう言うと白蓮は今もうずくまるサトリにゆっくりと近づき軽く屈んだ。

 

「うう、何も見えないわ。怖い、怖いよぉ……」

 

 当たり前のように心を読んでいたサトリ妖怪だが、いざそれを奪われた時の恐怖感は想像に難くない。シクシクと三つの目から大粒の涙を流している。

 

「さとりさん、私達に教えてほしいのです。どうしてバイドを、幻想郷を侵略しようとするバイドを庇うような……」

「ひじりん、離れるんだ!」

 

 鬼気迫る提督の声に反射的に白蓮は後ろに飛びのいた。何か仕掛けてくるのかっ!?

 

「怖い……コワイコワイコワイコワイ!!」

 

 一方のサトリ妖怪はそのまま空中に浮遊すると第三の目を再び開いた。恐ろしい程に血走っている。そのままそこから光の粒子が噴き出すと彼女を包み込み……。

 

「っ! その姿は……」

 

 まるで目玉だけが肥大化したような……いや、もしかしたら目玉ではないのだろうか? 少女の姿はなく、そこにはおぞましい球体が浮遊するのみである。俺はあの姿に見覚えがあったのだ。

 

「提督、こいつやっぱり……」

「ああ、間違いなくバイドだ。それもA級の強烈な奴。遂に正体を現したな『ファントム・セル(※1)』!」

 

 ファントム・セル、擬態能力を持った巨大バイドである。

 

 そう、古明地さとりは、はじめから地霊殿にいなかった。恐ろしいことにファントム・セルは本物のさとりを既に捕食して、ずっと彼女に成りすましていたのだ。そうだ、そうとしか考えられない。俺は震えが止まらないでいた。

 

「俺達が最初にたどり着いた時から地霊殿は既にバイドの温床だったってことか……」

「辛いがそう考えるのが自然だろう。何せバイドの種子がここに集中的に降り注ぎ続けていたんだしね。おそらく最初の犠牲者は……。しかし悲しんでいる時間はない。奴がまた別の姿に擬態する前に引導を渡してやろう」

 

 そう、俺達は始まったときから敗北していた。だが、今はその脅威をここで根絶やしにすることが先決! こんな奴らを地上に出すわけにはいかない。再び銀翼に乗り込んだ俺はオプションを3つ呼び出し、サンダーソードの構えを取る。

 

 殺気を感じ取ったのか、ファントム・セルはモゾモゾとうごめくと逃げ出そうとした。

 

「あっ、待てっ!」

 

 追いかけて追いかけて旧灼熱地獄の真上まで追いかけた。行き止まりでありもはや逃げる術もない。奴は再びモゾモゾ身をよじるとドブケラドプスの姿になろうとする。させないぞ!

 

「重銀符……」

「大魔法……」

「フラガラッハ砲……」

 

 狙いを定め、大技の準備。俺は他の二人と呼吸を合わせる。よし、今だっ!

 

「サンダーソード!」

「魔神復誦!」

「発射ーっ!」

 

 三方向から色とりどりの光がファントム・セルを貫く。奴の細胞はズタズタに引き裂かれ、そして眼下の灼熱地獄へと落ちていく……。そのまま地獄に落ちな!

 

 ボロボロになりながらもファントム・セルは古明地さとりの姿を取る。口をパクパクさせて何かを言っているようだがほとんど聞き取れない。

 

「ワタ……シ……サト……リ……」

 

 こんなことを言っていた気がするが、もはや確認するすべもない。あのままマグマにドロドロに溶かされるだけだろう。まったく往生際の悪い奴だ。

 

「ヲヤスミ、ケダモノ……むっ?」

 

 今の衝撃で火山活動を誘発したのか、地面を大きく揺るがした。

 

「地霊殿への道が崩れます! 脱出しましょう!」

 

 俺達は崩れゆく地霊殿を皆で脱出し、そして外で待ち構えていたムラサ達に回収された。

 

 戦いは終わったのだ……。

 

 地霊殿はもはやバイドの巣窟と化していたようであり、そこを取り仕切っていたバイド「ファントム・セル」を倒したことにより地霊殿は腐った肉片のようにグチュと崩れ去った。同時に旧灼熱地獄への道も先ほどの地震によって落ちてきた岩盤に塞がれてしまい、もはや何人たりともあの場には入れないだろう。

 

 やはり奴がさとりに成りすましてバイドの種子を集めていたようであり、あれ以来黒い隕石が幻想郷に降り注ぐこともなくなった。

 

 本物のさとりを救えなかったことが今も悔やんでも悔やみきれない。それにお燐も行方をくらましてしまった。まさかあっちもバイド化していたのだろうか?

 

 ジェイド・ロス提督と彼が率いる仲間たちは原始バイドであるバラカスに引き取られ地底で第二の……いや第三のだろうか? とにかく楽しく人生を謳歌しているという。

 

 そして俺はというと……。

 

「ぬえぇぇ! また手の込んだイタズラをしてっ! お客さんの前で大恥をかいたではありませんか。アズマさんっ、私の代わりに捕まえてきてください」

 

 騒がしくも充実した幻想郷ライフを堪能していた。俺もだいぶ命蓮寺に馴染んだな。きっとある日俺がまた居なくなったら、きっとしっくりと来なくなるだろう。

 

 さて、イタズラ妖怪を捕まえて来るか。俺は銀翼「アールバイパー」に乗り、大空を飛翔した……。

 

 

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 音もなく溶岩が流れる。それが赤々と地底を照らす。それ以外に光源はない。塞がれてしまったから。

 

 ひらり、ひらりと布切れが舞っている。一つの手がそれを掴み取る。わずかな光でそれが淡い青色であることが分かる。ズタズタに引き裂かれはしていたものの、彼女にはそれが何なのか理解できた。

 

 ポタリと水が落ちる。それは涙。そう、布切れが意味すること。そして先程聞いた「何か」が溶岩に落ちる音。再び水が落ちる三度、四度……。

 

 彼女は布切れを鼻に埋めさせ、泣いた。泣き叫んだ。かつての主の名前を叫び。

 

 それでも胸の目玉は動じない。不気味に蠢き涙を流さない。

 

「さとり様はもういない。さとり様は……サとリサまは……

 

サトリサマサトリサマサトリサマサトリサマサトリサ

マサトリサマサトリサマサトリサマサトリサマサトリ

サマサトリサマサトリサマサトリサマサトリサマサト

リサマサトリサマサトリサマサトリサマサトリ……」

 

 怒りと悲しみで顔を歪めつつ、主の名前を念仏のように何度も唱える。そうしているうちにいつしか涙も乾いてしまった。

 

 そう、いくら悔やんでも彼女は戻ってこない。そのことを知ってしまったのだ。その顔はどこまでも空虚であった。瞳は虚ろで今も(くう)を見ている。

 

「じゃア、こンな世界もういラナい」

 

 直後、火柱が上がった。自らも焼き尽くさん勢いで。火柱はあらゆるものを突き刺し地底のみならず地上、そして空までもを焼く。

 

 そして幻想郷は炎に包まれた……。

 

 

 

東方銀翼伝 ep.4 AXE

BYDO END...




(※1)ファントム・セル
R-TYPE IIIに登場したボス級バイド。
様々なバイドの姿に擬態できる巨大な細胞である。
原作ではドブケラドプス、ライオス、ゴマンダー、ゴンドランの姿になった

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