東方銀翼伝 ~超時空戦闘機が幻想入り~   作:命人

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ここまでのあらすじ


バイドの種子はまるで引き寄せられるように地霊殿に向かっていることを突き止めたアズマ達。さっそく地霊殿の主である「古明地さとり」に事情を聴こうとするが、なかなか口を開かない。

今回の異変の首謀者である可能性が高いということで弾幕ごっこで屈服させ、何としても情報を吐かせようとジェイド・ロス艦隊がさとりに挑む。

ところがサトリ妖怪である彼女は「心を読む程度の能力」を用いて相手のトラウマを抉りだし、その幻を見せるという恐ろしい戦法の使い手であった。
「バイドを倒して故郷である地球に戻ったものの、自分がバイド化していたためにその地球人に銃を向けられた」という大きなトラウマを抱えるジェイド・ロス艦隊は「想起『夏の夕暮れ』」を発動されてしまい、手も足も出なくなってしまった。
同じく1000年前の出来事がトラウマになっているであろう命蓮寺の少女達も機能停止。

一方のアズマも自らのトラウマを見られ、バイド化したリリーホワイトが目の前に現れる。さとりのミスでこれが幻であることを突き止めてはいたが、そのアズマも対処法が分からずじまい。

そんな折、地底で大地震が発生。さとりは揺れでバランスを崩して転倒したのか、幻が消えていく。

アズマはまたとない反撃のチャンスと思い、攻撃を仕掛ける。しかし、彼女を守るように立ちはだかった黒猫の妖怪「お燐」。

提督は「未知の妖怪に一人で(バイド艦隊も白蓮もトラウマ攻撃ですっかり精神を消耗していて戦える状態ではなかった)挑むのは危険」と判断し、全員この場から撤退することに。

どうやらさとりはさとりで、アズマ達を先に向かわせるわけにはいかない理由があるようなのだが……。


第9話 ~嫌われ者からも疎まれし者共の王国~

 激しく地底を揺るがした地震は落ち着きを取り戻し、そして地霊殿からも遠く離れた。戦闘で疲弊したアールバイパーも聖輦船が回収し、今は機体から降りている。

 

 聖輦船の中で今も白蓮さんはガタガタと震えが止まらないようであった。どうしていいか見当がつかなかったが、俺はそんな彼女の手をぎゅっと握る。少しだけ震えが収まった気がした。

 

 一方の聖輦船の傍を航行しているコンバイラ達も元気がない。みんな酷いトラウマを引き出されてその精神的ダメージが今も残っているのだ。

 

 それにしてもこれからどうしたものだろうか? 地底には居場所がない俺達。明らかに一度体勢を立て直したほうがいい感じであるが、それを可能とする安全地帯が確保できないのだ。

 

 市街地まで戻ってもそれは同じであった。船の外に目をやって何かないかと思索を巡らせていたら……。

 

「なるほど、アイツらがいたか」

 

 遠くから見ても丸分かりの真っ赤な先端を持った肉の棒を発見した。相変わらず取り巻きに罪袋を連れているあイチモツはバラカスのもので間違いないだろう。

 

「白蓮、まずは身を隠して体勢を立て直す必要がある。協力してくれるヤツに心当たりがあるんだ」

 

 それだけ告げると俺は再び銀翼に乗り込んで聖輦船から飛び出して降り立った。

 

 

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「あっ、アンタは確か……」

 

 罪袋を囲っていたイチモツの形をしたバイドは「原始バイド」のバラカスで間違いないなかった。

 

「おお、我がソウルフレンドのアズマじゃないか! あの地霊殿に突っ込んで生きて帰ってきたのか、嬉しいぞ」

 

 なんか勝手に魂の友達扱いされてる。それはつまりこの変態の罪袋どもと同じ扱いになってるってことになるのだが、うーむ……。

 

 しかし彼が心から喜んでいるのは本当のようで、さっきからピョコピョコとイチモツを揺らしていることからもそれは明白だ。

 

「アンタが言う通り、地霊殿の主は恐ろしい能力を持っていてね。それで命からがら逃げてきたんだ」

 

 その後はしばらく匿って欲しいという旨を告げる。そうすると、まるでそう答えることが当然であるかのように快諾してくれた。

 

「うちの里に来るといい。俺ら原始バイドも一時期からかなり減っちゃってすっかり寂れているけれど、広さだけは無駄にあるから」

 

 それはよかった。俺は聖輦船に向かってサムズアップすると、バラカス達についていくようにと促した。

 

 

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 市街地から離れると灯りも減って薄暗く陰気くさい地区が増えてくる。そして更に進むと、遠くにまた別の明かりが灯っているのがボンヤリと見えてきた。

 

「お、見えてきた見えてきた。あれこそが我ら原始バイドの里なのさ。あと少しだから頑張ってね」

 

 遠くの光がどんどんと大きさを増していき、そして入口まで向かうとその大きさに俺は圧倒されてしまった。本当に村になっているのだから。

 

「地底にこんな場所が……。私も知りませんでした……」

 

 あんぐりと開けた口を、押さえてなおも漏れ出た白蓮の第一声。

 

 路面も舗装されておらず、市街地程に文明レベルが進んでいるとは思えない有様ではあったが、確かにそこには様々な住民は息づいており、バラカスが謙遜するほどに寂れているといった感じではなかった。

 

 だが、少し不思議な面もある。まず結構バイドではない住民が目立つことだ。明らかに人型をした妖怪……というか罪袋がいっぱいいたり、さっきはバクテリアン戦艦ともすれ違った気もした。そして何よりも気になったのが、俺達がここを通るたびに住民たちは何故かひれ伏していくことであった。

 

 そうやってこの里の中を歩いていると石造りの大きな建造物が見えてきた。

 

「ここが俺ん家。何にもないところだけど上がって上がって」

 

 見るからに分厚そうな荒削りの壁面で囲われたその建物は、塔のようにそびえ立つモニュメントが特徴的であった。まるでバラカスの頭部のような見た目の……。

 

「な、なんて破廉恥なっ!」

 

 あだぁ!? 赤面した白蓮に何故か八つ当たり気味に叩かれてしまった。モロにイチモツだしなぁ、あのデザイン。

 

 ところでこのモニュメント、実は溜池の中心にそびえ立っており、時折その「先っぽ」から噴水のように水が噴き出ていく。そしてその水が石造りの壁を伝って滝のように落ちていくとお堀へと流れ落ちていく仕組みになっているようだ。なんか無駄にスゴイ。

 

「な、なんだよコレ? 里っていうかお城じゃん」

 

 城の内部もやはりイチモツそのものやバラカスを模した像が至る所に飾られている。この手のものが苦手な人なら発狂するレベルだろう。現に白蓮は眩暈でもしてるのか、フラフラしながら一言。

 

「もしかして、貴方はここの王様なのですか? だとしたら里の人々がひれ伏すのも分かりますが……」

 

 そして最後に通された部屋はひときわ大きかった。相変わらず鈍色(にびいろ)の壁に天井と変わり映えがしない風景ではあったものの、どこか王室的な上品な風格が漂った空間であった。いや、結局はイチモツだから下品ではあるんだけど。

 

「いや、そんなものじゃないけどね。アイツら(そう言って取り巻きの罪袋達を指さす)が言うには、俺はこの里の神様なんだって。このでっかい石造りの家も勝手にここにあった大岩を削ってアイツらがこさえてくれたんだ」

 

 自然な流れで「さあさあ」と俺はやはり石を削って造られていたソファに座らされる。うむ、やっぱり硬い。

 

 バラカス自身も自らの体のサイズに合った玉座のような形をした椅子のようなものに腰掛け、チョコンと部屋の真ん中に収まっている。

 

「某にはますますバイドという存在が不可解に思えてきた……ううむ」

 

 自らの、いや厳密には自らと同じような姿をした別の存在に対して苦悩するゲインズ。

 

「でも、バラカスさんはどうしてこんなに慕われているのですか? 普通は神様って呼ばれるほどの功績なんて中々あげられないものですよ」

 

 さすがの白蓮もこの状況に慣れてきたのか、疑問点をぶつけて見せる。

 

「ああ、それね。俺がこっち来てからこの辺りは荒れ放題だったんだけど、それだとお肌も乾燥しちゃうじゃん。だからね、ここに水源引っ張ってきたの。そしたらさ、なんか知らないけれど同じ境遇の原始バイドや、あの『罪』って覆面被った奴らが水を求めてやってくるようになっちゃってさ」

 

 そうやって話していると罪袋の一人が天井からぶら下がったロープを引っ張っている。するとバラカスの上部から水が流れ落ちてきて水上に浮かんでいるような形になった。この水の上に浮かぶ状態こそが俺も見覚えのあるバラカスであった。

 

「まあ水なんていっぱいあるから独り占めすることもないよなーって。だから水を分けることにしたんだ。あー、やっぱ風呂はいいよね、風呂は」

 

 そのまま流れ落ちる水に打たれるバラカスはシャワーでも浴びるように主に先端部分を中心に洗い流していた。本人は大したものではないとサラリと語っているが、普通に慕われるレベルだ。

 

「ふー、やっぱここが一番落ち着くな。んでね、あいつらは俺のことをやれ『神様』だの『ご立派様』だのって祭り上げるんだ。んで、こんな風に俺の家を作ってくれたり、周りを里っぽくしてくれたりってね。俺は俺でアイツらが居場所がないって嘆いているのを聞いていたから『じゃあここに住んじゃう?』って流れになってさ」

 

 そうやって話しながら、時折体をグルンと回転させると赤黒い先っぽを水に漬けてまた元の体勢に戻るのを繰り返していた。元々は自分一人の為にやっていたことが周囲の共感を呼び、バラカス本人も彼らを拒絶することなく受け入れ、そして気が付いたらみんなのリーダーである。なんて凄い奴なんだ、見た目はモロにチ○コなのに。

 

「この方、こんな見た目でこんな言動なのですが、実は周囲を思いやれる優しい方だったのですね。貴方のような方が大多数のバイドだったらこんな異変も起きなかったのに……」

 

 そりゃ無理ってものだ。というかコイツもコイツで群れていたら侵略者になっていただろう。忘れてはいけない。バイドとは破壊の権化。たとえ原子バイドだったとしても侵略者としての過去は拭えない……。

 

「さて、俺の過去はこんなもんでいいだろう。それよりもさ、地底にはこんな感じで地下水が結構出てくるんだ。それらがマグマで熱せられると、どうなると思う? ふふーん……そう、温泉だ! 心と体が疲れた時は温泉に限る。さあさあ旅の方々、随分と疲れ切っていると見受けられる。是非是非、我が里自慢の温泉に。特に白黒の麗しきご婦人なんかはっ!」

 

 その鶴の一声を引き金に罪袋達は半ば強制的に白蓮さんの背中を押して風呂場まで案内していってしまった。何故か号令を出しておきながらバラカスもその後に続く。

 

「我々は『紳士』だからな、レディーファーストなのだよ。君も紳士の端くれなら待つことは苦痛ではない筈だな? では、私も準備の手伝いがありますゆえ……失礼」

 

 最後に一人残った罪袋もこれだけ言い終えるとそそくさと立ち去ってしまった。

 

「うーむ。『紳士』……ねぇ。何やら嫌な予感がする」

 

 一人、ジェイド・ロス提督だけが「紳士」という言葉を噛み締め、訝しんでいた。

 

 

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(そして風呂場まで連れてこられた白蓮は……)

 

 いきなりのことで困惑していた白蓮であったが、とうとう脱衣所まで連れてこられてしまった。ここまで来たのだし、罪袋達も退出してしまったしで、折角だからと彼女はゆっくりと服を脱ぎ始める。

 

「確かに地底に来てからゆっくりと息をつくこともありませんでした。私も疲れているのかもしれませんね……」

 

 

(同じ頃、案内を終えたバラカス達は……)

 

 

「よし、服の擦れる音を確認。俺の勘だと今は生まれたままの姿っ!」

「うっひょー。バラカス神様、今すぐにでもあのたわわな胸に飛び込みたいですっ!」

 

 バラカス達の去り際にジェイド・ロス提督が抱いた嫌な予感は(ある意味)的中、コイツらはこんなことを企んでいたのだ。

 

「だが慌てるなよ? 下手に仕掛けて見つかったらオシマイだ。ここは地の利を活用すべし。水中からゆっくりと近づいてだな……」

 

 

(そんな企みなど露知らず、湯船を前に白蓮は……)

 

 

 岩場を掘って作ったであろう風呂場は天井が突き抜けておりいわゆる露天風呂という形式であった。風は止んでおり、時折流れ落ちる温泉の他に波を立たせるものもない。

 

 白蓮はつま先をゆっくりと湯気立つ水面に近づけ、ピトと一つの波紋を広げる。続いて膝、太もも、腰、そのたわわな二つの果実と続いていき、最後には肩が湯に浸かった。そのたびに水面が揺れ、まっさらな水面のキャンパスに円状の波紋を広げていく。

 

「はふー……」

 

 その「果実」は完全に水に沈まないのか、若干浮かんでいるようにも見える。しかし風呂を借りているのは白蓮一人だ。ゆっくりと息を吐くと湯船の中で大きく伸びをした。

 

 そんな彼女を狙うケダモノが水中で息を潜めているとも知らず……。

 

 

(浴槽の底では……)

 

 

「(ふははは、水中水上は俺様の独壇場! 俺とていくら事情があるらしいとはいえ、タダで温泉を貸すほどお人よしじゃねぇぞ!)」

「(対価にはその美しい柔肌を堪能することを要求す!)」

 

 浴槽の底に張り付いてジリジリと白蓮に近づく影があった。もちろん、不埒な罪袋どもと彼らを率いるイチモツのものである。だが今はお湯の濁りと沸き立つ湯気がその姿を隠している。

 

「(よし、この辺りだな。おおぅ……美しすぎる。まるで彫刻のような……)」

「(な、なんという大きさだ。バラカス神様、我々には刺激が強すぎますっ!)」

「(こっちを向け、向くんだ! よし、そのまま、そのまま……)」

「(ええい、遠すぎて肝心な場所が見えないぞ! もっと近くで……)」

「(ノー! 見つかったらジ・エンド。それにセクシーなうなじはここからでも丸見え。あまり欲を出しては……)」

「(で、でも……もう我慢できねぇ!)」

「(突っ込むぞ。バラカス神様、ばんざーい!)」

 

 大きな波を立てて、二つの影が白蓮に接近する。

 

「(あっ、バカ! のぼせてまともな思考が出来ていないんだ。連れ戻さないとマズいぞ。俺が行く)」

 

 追いかけるイチモツのバイド。しかし時既に遅し。明確な異変を察知した白蓮はこの場を去ろうと振り向いたところであった。そして対面してしまったのだ。その赤黒い先っぽと……。

 

「あ、貴方は……!」

「ち、違うんだ。ご婦人を浴槽に誘った後で温度が原始バイド向けに調整されていたのを思い出してだね。ぬるすぎたり熱すぎたりしたらまずいと思って、温度の調節をしなきゃいけないと思ってこうやってだね……。えっ、それなら一人でいい筈なのになんで取り巻きもいるのって? いいい、嫌だなぁ、そんなことある筈……」

 

 

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 そのおぞましい轟音は地底中に響き渡ったのかもしれない。「南無三っ!」という恐らく白蓮の声と共に響き渡った轟音は怨念とも断末魔とも妖獣の咆哮とも取れる恐ろしげなものであった。

 

「ああやっぱり……。あいつらもバイドってことか……」

「罪袋は違うと思うけどな」

 

 提督と俺で呆れかえっていると、程なくして妙にホコホコと湯気立つ白蓮と原始バイドどもが戻ってきた。バイドと罪袋達はよほど激しく南無三されたのか、ボロボロになりながらもペコペコと今も詫びを入れていた。

 

「ほんの気の迷いだったのだよ。ご婦人があまりにも美しくてつい魔が差して……」

「えぐっ、えぐっ……」

「ほら、コイツらもこれだけ反省しているし、もうこんな馬鹿げたことやらないから、どうか許しておくれよ。コイツなんか泣いちゃってるんだよ?」

 

 そんな変態どもから顔を背けるようにして頬を膨らましているのは白蓮であった。

 

「まったくよりにもよって湯船の底からニョッキリ出てくるだなんて……卑猥にも程というものが……」

「あ、お風呂空いたからアズマも入っておいでよ」

「話を逸らそうとするんじゃありませんっ!」

「ひーん!」

 

 なんか修羅場っぽいし、俺もここを離れるか。

 

「提督、背中でも流すかい?」

「いや、君と一緒だと万が一バイド汚染とかしたら怖いからやめておく。君もゆっくりと汗を流すといい。さて、私は岩盤浴でも楽しむかな」

 

 

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 そんなわけで俺は一人で浴槽へと向かった。少し前にあの惨劇(自業自得だけど)があったとは思えない程に周囲は整頓されていた。湯加減は若干ぬるいかもしれない。大体40度をわずかに下回っているくらいだろうか。とはいえこれくらいの温度の方が長く入るにはピッタリだ。

 

 ゆっくりとその身を湯に沈め、戦いで疲弊した身と心を存分に癒す。一人になって話し相手がいなくなるといろいろな思考が脳内を交錯する。

 

 バイド異変のこと、バイドに加担するサトリ妖怪のこと、原始バイドのこと、そして俺が幻想入りしてからいつだって頭から離れることのない我が信用すべき、でも何一つその素性を知らない相棒「アールバイパー」のこと……。

 

 柄にもなく頭を巡らせるが、余計に疲れてしまうので考えるのはやめた。湯船で大の字になっていると真っ白い物体がフワリと飛んできた気がした。何事と目をこすりもう一度空を見てみると、何のことはない、コンパクのものである。

 

 チャプンと湯船に入ると俺の腕の中でスリスリと甘えてくる。火照った体にヒンヤリ気持ちがいい。

 

「まったく、今は男湯だぞ? この甘えん坊さんめ、うりうり」

「~♪」

 

 思わぬ来客の登場で一人風呂ではなくなったが、ここでクヨクヨ考えていても何も解決しない。こうやって心の洗濯を終えたら次なる戦いに備え、その身を存分に暖めようではないか。

 

 そうやって不思議な霊魂と湯船で戯れていると、彼女が急に体を小刻みに震わせた。何かが接近しているのか?

 

「……!」

 

 今もキョロキョロと周囲を見回しているようであり、こちらにも緊張が伝わる。そういえばコンパクは今でこそ人魂のような姿を取っているものの妖夢、つまり年頃の少女としての姿も持っている。まさか、その姿のコンパク目当てにまた罪袋どもがどこかに潜んでいるのか? まったく懲りない奴だ……。

 

 何のことはない。地底の腕っぷしの強そうな妖怪に囲まれても半霊の姿で軽くひねったくらいだ。罪袋ごときにコンパクが少女の姿になって迎撃することはないだろうし、そもそも男の体である俺が奴らのターゲットになるとは考えにくい。

 

 無用な気を張ったな。俺は再びゆっくりと息を吐きながら湯船に浸か……待て、今何か光ったぞ!?

 

「警戒を続けろコンパク! 何かいる。覗きなんて感じじゃなかった」

 

 今俺が一瞬目にした小さな点は二つ並んでいたことから眼光である可能性が高い。そしてそれが俺に向けられていたという事はその眼光は元から俺が目当て、つまり覗き目当ての罪袋どもとは別のものということになる。だ、誰だ……?

 

 湯船の温もりなど感じさせない程にゾクリと悪寒が全身を駆け抜けた。ここは原始バイドであるバラカスが神様として取り仕切っている場所とはいえ、外部と直接繋がっている露天風呂ゆえに俺を狙う何者かが襲撃しに来たとも考えられる。俺も思わず立ち上がり、いや、こういう時は身を隠すべきなのか、ダメだ、体が動かない……。

 

 コンパクも気を張って索敵をしているようだ。そしてとある箇所に視線を集中させると、コンパクは妖夢の姿へと転じ、攻勢に出る。しかし……

 

「こ、コンパクっ!」

 

 彼女の周囲で紫色の火柱が上がるとコンパクは元の半霊の姿に戻り、どす黒い電気をまといながら床に叩きつけられてしまった。

 

「……っ!」

 

 まるで地面に張り付いたように身動きが取れないでいて、苦しそうにジタバタともがいている。間違いなく敵だ、明確な殺意をこちらに向けた敵が迫っているんだ。

 

 まずい……まずいまずいまずい! 俺はアールバイパーなしでは無力。コンパクも敵の術にはまり動けないでいる。というより今の俺は裸だ。敵はこの最も無防備な瞬間を虎視眈々と狙っていたのかもしれない。

 

 そして奴が姿を現した。やたらと大きな「ニャーン!」という鳴き声を上げて、二股の尻尾を持った黒猫が浴槽のふちをゆっくりと音もなくジリジリとこちらに迫ってくるのだ……!

 

 湯気立つ地底の露天風呂。しかしそれを微塵にも感じさせない程の冷たい視線。そして今の鼓膜をつんざくようなよく通る鳴き声を発した二股の尻尾を持った黒猫。

 

 この姿、この鳴き声、そしてコンパクを縛るこの炎……。俺は知っている。お燐だ。お燐が俺を目当てにここまで追いかけてきたんだ。白蓮やジェイド・ロス提督率いるバイド艦隊と離れる瞬間を、そして俺が最大の隙を晒すその時を狙って……。

 

「ああ、あああ……!」

 

 この黒い化け猫はゆっくりゆっくりと近寄っていく。恐怖のあまり俺は悲鳴を上げることすら出来なかった。

 

 殺される……。今の俺はさとりの敵。さとりのペットはこの化け猫。この化け猫の敵は、紛れもなく俺……!

 

 落ち着け、落ち着くんだ。何とかしてこの状況を切り抜けなくては。

 

どうする……!?


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