東方銀翼伝 ~超時空戦闘機が幻想入り~   作:命人

68 / 102
ここまでのあらすじ


地底に住む変態紳士「罪袋」達や彼らのソウルフレンド(バラカス)から、バイドの種子と思われる黒い隕石が「地霊殿」という大きな屋敷に入り込んでいくのを目撃したという情報を得たアズマ。

ジェイド・ロス艦隊や白蓮と共に地霊殿に屋根から突入し、地霊殿の主である「古明地さとり」を発見。
隕石の被害を最も受けているであろう彼女にバイドの親玉について聞きこもうとするが、何故か彼女はバイドの親玉を倒すことを良しとせずに情報の提供を拒む。

これはバイド異変に関与していると踏んだ提督は艦隊を率いてさとりと戦闘を行う。

彼女は心を読むというとんでもない能力を持っていたものの、肝心の戦闘はあまり得手ではなく、ジェイド艦隊は順調にさとり追い詰めていく。

ところが急に得意げになるさとり。彼女が「トラウマが見えた」と口にしてから突然提督達が何かに怯えて動かなくなってしまったのだ。どうやら「夏の夕暮れ」というとんでもないトラウマを引き出されているようだが……。


第8話 ~うろおぼえの「夏の夕暮れ」~

 提督達バイド艦隊は相変わらず何かに怯えて小刻みに震えるのみ。白蓮も同じく冷や汗を垂らしながら、恐怖に顔を歪めているようだ。

 

「何をした? 一体何をしたというんだ!?」

 

 訳が分からない。勝利は目前にまで迫っていた筈だ。だというのに……。

 

「むむ、どうやら貴方のトラウマは『夏の夕暮れ』とは違うようですね。てっきりこいつらの仲間だと思いましたが、さすがに数が多かったので間違えてしまったのでしょう。まあもう一度貴方の心の中を覗き込むまで」

 

 こいつ、心の中に潜むトラウマを見つけてなにか妙な術を使っているらしい。そんなことさせるかっ! 今の彼女は手負いの筈。心の中を悟られる前に一気に攻撃を叩き込めば決着がつく。

 

「この程度の距離、アールバイパーの機動力なら一気に……」

「詰められるでしょうね」

 

 ステンドグラスの暗く色づいた光が照らす中、俺は蒼い刃「レイディアントソード」を掲げ、一気に間合いを詰めたがあまりに直線的な動きだったのが災いだったか、ふわりと回避されてしまう。彼女の胸で赤い目玉「第三の眼」がキラリと光る。

 

「でも、何人たりとも光の速さには追いつけないわ」

 

 次の瞬間、目玉から赤い光線が薙ぎ払うように発せられた。先程のようにレーザー攻撃を仕掛けてくる前兆なのだろうが、捉われる前に機体を回転させてそのまま最接近。ニードルクラッカーを発射する。青い針は的確にさとりを追いかけ、そして突き刺さっていく。

 

 俺は確かに攻撃を当てた。そして確実に効いているはずだというのに、不敵な笑みを崩さない。

 

「見えたわ、貴方の新鮮で特大級のヤツが。さあ、これからが本番よ! 眠りを覚ます恐怖の記憶(トラウマ)で眠るがいい!」

 

 次の瞬間、俺の目の前に現れたのはリリーホワイトであった。いや、普通のリリーではない。琥珀色の瞳をしたバイドに取り込まれた……

 

「はルでスよー、ハるですヨー!」

 

 うっ、こいつは確か幻想風穴の傍にいた……。なるほど、俺のここ最近のトラウマといえばコイツと一戦交えた時であった。

 

 予備知識がなければ驚いていただろう。しかし俺はこの仕掛けのタネを知っている。

 

「はんっ! トラウマを呼び覚ますというから何かと思ったら、要は対象のトラウマとなりえる幻を見せているだけじゃないか!」

 

 ジェイド・ロス提督も白蓮も何かに怯えてはいたものの、目の前には何もなかった。彼らの抱くトラウマは俺なんかの比ではないほど大きいものだし、ここまでの余裕もなかったのだろう。何より相手の手の内が分からなかったという事もあるし。

 

「残念だったな、俺は白蓮や提督ほどの大きなトラウマは持っていないんだ」

 

 黒ずんだ桜の花びらを弾幕として投げつけてくる。幻だと高をくくっていたが、被弾すると激しい衝撃と共に機体が大きく揺さぶられる。一応攻撃は本物という事か。この程度で機能停止することはないだろうが、何とかこの奇妙な術から抜け出さなくてはならないという事は分かった。

 

 ええい、忌々しい。とっととその幻とやらを打ち砕いてやればいいんだ。冷静にバイド化リリーの幻をロックオンサイトに捉えると、そのままニードルクラッカーを放った。

 

 青白い光の針が幻を引き裂いていく。黒ずんだ桜の花びらを散らしながらまがい物のリリーは消えていった。

 

 とはいうものの、まるで意志を持ったかのように黒ずんだ桜の花びらが執拗にこちらに絡みついてくる。

 

 銀翼全体にまとわりつく桜の花びらを振りきろうと加速するもどこまでも迫ってくる。

 

「ええい邪魔だ!」

 

 これ以上しつこいのは御免だ。俺はレイディアントソードを取り出すと、思い切り一閃する。ポトリポトリと花弁は落ちていった。まったく、往生際の悪い幻だ。

 

「白蓮、これは幻だ! 恐れるものは何もない!」

 

 タネが分かってしまえばこんな能力はこけおどしにすらならない。今もトラウマを抉られて頭を抱えている白蓮に声をかけた。

 

 呼びかけて俺は妙な悪寒を感じた。白蓮の様子が変だ。

 

「白蓮、俺だよ、轟アズマ。あいつの能力の正体が分かった……」

「幻想の地を脅かすバイドは徹底的に駆逐します!」

 

 この俺がバイドだと!? いったいどんな幻を見せられているんだ。どうにか白蓮を落ち着かせようと宥めようとするが、大小様々な弾幕を張ってきて、とても対話できるような状態ではない。

 

 不意に突き出された拳。俺は咄嗟に防ぐべく、レイディアントソードの腹で受け止めた。ガチンと重たい衝撃と鋭い激突音。ギチギチとつばぜり合いになるが、やはりというか何というか、俺が押されている。

 

「まだわからないのか! 俺は轟……」

「アズマさんはそんな醜い姿ではありません! 私の大切な仲間の名前まで使って……許せない!!」

 

 蒼き刃の光沢が、琥珀色の光に反射してこちらの姿を映し出す。バイドだった、そこに銀翼の姿はなく、醜い肉塊がただただ尼僧と対峙していただけだったのだ。

 

「ああ……あ……!?」

 

 操縦桿を握るその腕も恐ろしい程に隆起しており、元の人の体ではないものになっていた。

 

 そんな、あり得ない! どうして……。しかし白蓮は止まらない。俺が驚愕しているのをいいことにつばぜり合いを制すると、追撃をかけるべく蓮の花の形をしたオプションを展開してきた。まずい、本気だ。あんなのまともに食らったら……!

 

 いやいや落ち着け、これは幻。全部幻なんだ。バイド化したリリーなんてこんなところにいるはずないし、俺が何の脈絡もなくバイド化なんてする筈がない。

 

 恐れることは何もない。何もないんだが……突破口も見えない。

 

 幻とはいえ白蓮と戦うつもりは毛頭ない(というか勝ち目がないだろう)し、ではどうやってこの妙な空間を抜け出せばいいのかというとすぐに答えが出てこない。

 

 答えは出てこないが攻撃にさらされていることはハッキリしているので、俺は集中を途切れさせないように白蓮の動きに注視する。

 

 特に対処法も思いつかぬまま白蓮の幻がオプションから赤いレーザーを照射してきた。あんなの喰らってはひとたまりもないと回避行動に出る。

 

 踵を返し、バーニアを思い切り吹かして出来るだけ距離を取ろうとするが、押し寄せる弾幕の方が圧倒的に早く、俺はすぐさま退路を塞がれてしまった。

 

 錐揉み回転しつつ、強引に包囲網を抜け出すが、やはり完全に避けきることが出来ず片翼に被弾。バランスを崩し、動けなくなったところに再び白蓮が近寄ってきた。もはやこれまでか?

 

「幻想の地に仇なすバイドバイドばいばいばいばばばばば……」

 

 琥珀色の視界にノイズが走る。視覚と聴覚にザザザと砂嵐が吹きすさんでいく。そしてドスンと衝撃が襲ってきた。

 

 いつの間にか琥珀色に染まっていた世界は、元の薄暗いステンドグラスの心許ない光だけの世界に戻っていた。どうやらさとりの見せたトラウマ世界から抜け出せたようだが、現実世界は現実世界でてんやわんやのようであった。

 

「地震っ!?」

 

 そう、今まさに地霊殿全体を揺るがしている。今まではバイドの種子が激突した際の大きな揺れを地震と誤認することもあったが、この地表を力強く揺さぶり続けるこの感覚は紛れもなく地震そのものである。

 

 見るとさとりが床にへばりついて倒れないようにと踏ん張っていた。恐らく地面の強烈な揺れでバランスを崩してしまい、こちらへの精神攻撃が緩んだのだろう。

 

 またとないチャンスを生かさない手はない! 隙だらけの異変の首謀者に狙いを定める。

 

「トラウマを抉る卑劣な妖怪は絶対に許さないっ!」

 

 カチリと思い切りトリガーを引く。とどめのニードルクラッカーだ。これで、バイド異変の真相に近づけるはずだ。しかし……。

 

「ニャーン!」

 

 鼓膜に響くけたたましい鳴き声を上げながら、2本の尻尾を持った黒猫の妖怪が庇うように躍り出る。猫の妖怪は瞬く間に赤毛の少女の姿に変わると、片手から壁を張るように炎を展開し、ニードルクラッカーを防いでしまった。

 

「あ、貴女は火焔猫……」

「だぁー、長ったらしいから『お燐』でいいっての! 悪いけれどこれ以上さとり様に危害を加えさせないよ!」

 

 お燐と名乗る猫の妖怪も白蓮と面識があるようだ。猫の姿をしていたし、おそらくはアレもペットの一員なのだろう。

 

 今も激しく揺れる地霊殿、精神的にすっかり消耗した白蓮に提督達、そして新たに現れたさとりの仲間。これは……

 

「分が悪いな。一度撤退するべきだ」

 

 確かに。俺はやはり疲れ切っている白蓮に目くばせすると、一目散に地霊殿の扉から外に脱出した。

 

 最後の扉を抜けると、わずかながらに明るくなった気がした。揺れる地霊殿から命からがら俺達は脱出したのだ。

 

「全員無事か? そうか……よかった。あそこがバイドの本拠地であると分かり、そしてバイド異変の首謀者がどんな奴なのか分かっただけでも大きな収穫だ。今は帰ろう、帰ればまた来られるから」

 

 その声はいつもの落ち着いたものではなく、焦燥しきり弱弱しく震えたものであった。無理もない、提督達を襲ったトラウマは他でもない「夏の夕暮れ」だったのだから。

 

 それにしてもとんでもない能力だ。本人の弾幕ごっこのセンスがないとはいえ、こちらの考えが筒抜けなのだ。こんなでは勝負にならないし、さっきのようにトラウマを抉りだされたらひとたまりもない。

 

 今は体勢を立て直そう。特に白蓮とジェイド・ロス提督の精神的ダメージが尋常じゃない。

 

 俺は二人に落ち着くようにと優しく励ましながら地霊殿から離れていった。

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃、地上の守矢神社……)

 

 地底を襲った大地震はその振動を地上の、そして天を貫かん勢いでそそり立つ妖怪の山頂上にまで伝搬していく。

 

 守矢神社の最奥、大きな揺れを受けて照明の光がグラグラと揺れ動く中、神奈子はただ一人渋い表情を見せ、それでも微動だにしていなかった。

 

「地底から……だな。仏教勢は、アズマ達は上手くやっているのだろうか……?」

 

 そんな折、神社に急速に接近するは蒼き翼。

 

「神奈子様っ! 河童の集落外れからマグマが……止まりません!」

 

 息を切らせた風祝が告げる。フムとわずかに首を動かし思索を巡らせる神様。

 

 豊富な水が煮えたぎる溶岩をせき止めるであろうが、居住区をやられる可能性も否めず、更にただの噴火ではなくバイド異変が関わっている可能性が極めて高い為、対策は必須である。そう神奈子は判断した。

 

「諏訪子、留守を頼んだぞ。私は早苗と一緒に河童達をどうにか指揮して被害を最小限に食い止めなければならない。早苗、マグマの他にバイドも地上に噴き出たはずだ。奴らを地上にのさばらせないよう、速やかに排除するぞ!」

 

 名前を呼ばれてどこからかピョコと飛び出る目玉付きの帽子。あまり事の重大さを分かっていないようで、どこか薄ら笑いを浮かべている。

 

「留守の間に神社を乗っ取っちゃったりして」

「言ってろ。久方ぶりに神様らしいところを見せるんだ、貰える信仰も大きいだろう。んなことしてたらパワーアップした私の力でつまみ出して……」

「もうっ! 神奈子様も諏訪子様もっ!」

 

 そう、真意かどうかも疑わしい軽口に付き合っている暇はない。河童の集落が滅茶苦茶になる前に手を打つべしと神様と風祝が頂から降りて行った……。

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃地霊殿内部……)

 

 すっかり揺れの収まった地霊殿であるが、棚の上に乗っていたものが床に散乱していた。お燐は自らが引き連れていたゾンビのような姿をした妖精達を使役して周囲を片付けている。本当に私のペットはよくできている。

 

 私の能力は物言わぬ動物たちに好かれる一方で、(自分で言葉を話すことが出来るから)心を読まれる必要がなく、それゆえに心を読まれることを恐れる人間や妖怪達には忌み嫌われている。

 

 お燐は長く生きるうちに物言う妖怪へと変じたが、こんな私のことをちゃんと慕ってくれている。どんな時も、どんな状況でも……。

 

「……り様ー、さとり様ってば!」

 

 片付けるその片手間に、愛しいペットが私に語り掛けていたようだ。

 

「さとり様を狙う侵入者は逃げていきました。どうします、これ終わったら追いかけてとっちめてやりましょうか?」

 

 ぶっきらぼうに本を放り投げると、ゾンビな妖精がこれをキャッチして元の本棚へと戻していく。一見乱暴な扱いだが、あれで傷一つつかないというのだから素晴らしい。まあお行儀は悪いけれど。

 

「いいえ、それよりもお燐にはもっと重大な任務を……」

 

 確かにバイド異変を解決しようと躍起になる存在は今の私にとっては厄介なことこの上ない。だが、あの調子ではしばらく地霊殿には近寄らないだろう。特に何故か異変を解決するべく動いているバイド艦隊たちの負ったトラウマは残酷なことこの上なく、一瞬私もあのトラウマを見せるかどうかを躊躇ったくらいだ。

 

 そう、私も見てしまったのだ。バイドとはどういう奴であるのかを、バイドの本当の恐ろしさ「バイド化したものはそのことに気が付くことが出来ず、そしてもはや元の姿に戻ることはあり得ない」ということを。

 

 以前からも襲ってくるバイドと思しき個体の思念を読み取り、それらしい情報はチラホラと得てきてはいたが、今回の件でその忌まわしき仮説の信憑性が一気に高まってしまったのだ。

 

 だから、いやだからこそ……か。私は確かめなくてはならない。あの赤いバイドの抱いたトラウマが本物なのかを。バイド討伐などはその気になれば私にも可能だ。しかし、あちらの件は……。

 

「お燐、旧灼熱地獄に向かい『あの子』に会ってきなさい。どんなに小さな事でもいい、何か変化があったら私に教えて。これは貴女にしか頼めない事、分かりましたね?」

 

 本当はこんなこと無意味だ。だけれど、本当はあいつらが知らないだけで、何かいい手立てがあるに違いない。祈るように、すがるように、私は消え入りそうなその声を絞り出した。

 

「また旧灼熱地獄ですか!? ですがさとり様もよく知っているようにマグマの勢いは今も増していくばかりで、さっき向かった時も命がけだったのですよ? あの調子では最早あたいにも……」

 

 この時の私はどんな顔をしていたのだろう。きっと、とても怖い顔でお燐を睨み付けていたに違いない。愛しきペットが恐怖に身をすくめていたのに気が付くと、私は慌てて表情を緩めた。

 

「わ、分かりましたよさとり様……」

 

 しょげかえるとお燐は踵を返そうとする。私はその前に一言声をかけて引き留めた。

 

「いいですか、『あの子』が助かるかはお燐にかかっているのです。ですから、ですから……うっ……うう……」

 

 最悪の光景が脳裏によぎる。何もかもが手遅れになってしまう結末が、楽園が崩壊し、そして『あの子』が無残な最期を迎えるその時が。

 

 そしてその時は回避する猶予も与えずに近づきつつあるのだ。こんな……こんなことって!

 

「さっ、さとり様っ!?」

 

 それはそれは声を上げて泣き叫んだ。ギュッと抱きしめその胸の中に顔を埋めて。

 

「そんなに大泣きしなくても……ちゃんと行ってきますから! あたいだって何とかしたいですし。ご安心ください、全て元通りに、元通りにしましょう! 出来ますから……ねっ、信じましょう?」

 

 そのままお燐は黒猫の姿に変じると私の両腕からスルリと抜け出し、走り去って行ってしまった。

 

 私は最後までお燐に真実を伝えることが出来なかった。そして私もそれを真実として受け入れることが出来なかったのだ。何か方法がある……と根拠のない希望にすがって。

 

 だってそうしないと……あの銀翼は春告精にやってのけたように「あの子」を撃ち殺すに違いないのだから。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。