東方銀翼伝 ~超時空戦闘機が幻想入り~   作:命人

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ここまでのあらすじ


 旧地獄市街地に向かう途中にバイドの超巨大戦艦「グリーン・インフェルノ」に遭遇し、これを撃破したアズマと聖輦船、そしてジェイド・ロス艦隊。

 しかしこちら側も相当の痛手を負ってしまい聖輦船もアールバイパーも大破。修理の為にしばらく足止めを食らう羽目となった。

 そんな折にアズマは先程まで一緒にいたパルスィが居なくなっていることに気が付き、彼女が心配になりコンパクを連れて市街地へと入っていく。

 途中でチンピラ妖怪に絡まれるなどのアクシデントはあったものの、アズマはパルスィが友人である勇儀と一緒に飲んでいるのを発見。しかし勇儀からとんでもない情報を引き出す。

 なんとバイドは今回の異変が起きる前から既に地底に住み着いているというのだ。

 どうやらこのバラカスはバイドが今の設定にリファインされる前のバイド「原始バイド」であるようで、とっくの昔に幻想入りして普通に幻想郷ライフを楽しんでいるだけのようなのだ。

 つまりあの悪名高い侵略者としてのバイドとはまた別の存在。そんなバラカスから「地霊殿」と呼ばれる屋敷にバイドの種子が流れ込んでいるのを目撃したという情報を得る。

 なんでもこの館の主は恐ろしい能力を使いこなすらしいが……


第7話 ~誰からも好かれない恐怖の目~

(地霊殿最深部……)

 

 薄暗い地底に構える屋敷「地霊殿」はその場所柄からあまり明るくなく、かの紅魔館にも劣らない陰鬱な雰囲気を醸し出している。

 

 とはいえ地霊殿は日の光を忌み嫌う吸血鬼の館ではない。そんな現状はこの屋敷の主にとっても不服なのだろう、窓という窓は色とりどりのステンドグラスで出来ており、わずかに入り込む光を上手に活用して彩を与えているのだ。

 

 その主はというと特に外出の予定もないのか、スリッパを履きながら大きな椅子に腰かけている。そしてその周囲には無数の小動物たちが放し飼いにされているのだ。どうやら彼女はペット好きであるらしい。

 

 そんなペットたちの中に、1匹の黒猫が紛れ込んできた。威勢よく「にゃーん」と声を上げると主の膝に飛び乗り、ゴロゴロと寝転がる。動物、特に猫好きな人にとってはこれ以上ない至福の時であろうが、当の主本人の表情は晴れない。

 

「そう、そんなことが……ね。大丈夫よ(なでなで)、これ以上は奴らに好き勝手なことはさせないわ。それにしても危険だったし、何より怖かったでしょう? とにかくご苦労様。少し休んでくるといいわ。あとは私に任せない」

 

 動物の言葉でもわかるのか、この黒猫が何を言いたいのかしっかり手に取るように分かるようである。

 

 黒猫は大あくびをしながら再び「にゃーん」と声を上げると、バッと床にジャンプして部屋の隅っこで丸くなった。対する主は椅子から立ち上がり、扉を険しい表情で睨みつける。

 

「地上は地上で侵入者もいるようね。土足で入り込んで平穏な日常を破壊する侵略者にこれ以上好き勝手なことはさせない! 撃退してやるわ……」

 

 

__________________________________________

 

 

 

(その頃旧地獄市街地……)

 

 

 コンバイラに格納されてどれくらいの時間が過ぎたのだろうか? わずかに機体が揺れると提督の声がどこからか響いてきた。

 

「お待たせ。君の相棒の場所まで到着したよ。河童の娘がしっかりと修理してくれたようだ」

「アズマ殿、こちらが出口である」

 

 ゲインズに連れられて開いたハッチから地上に降り立った俺。前を見えるとピカピカに磨かれたアールバイパーと白蓮が出迎えてくれている。後ろには同じくバッチリと修繕された聖輦船が控えており、見事に体勢を立て直したことが分かる。

 

「急にいなくなるから心配したんですよ?」

 

 少々不機嫌そうに腰に手を当てる住職サマ。

 

「すまない、俺も何かしないとって息巻いていたからね。でも色々と有益な情報を得られた」

 

 今まで俺の脚で回り見てきたことを白蓮達に話していく。

 

「地霊殿……。確かにバイドの種子は地霊殿に集まっているのですね?」

「ああ、目撃情報もある。あまり考えたくないがバイドの親玉ってのは……」

 

 脳裏にフラッシュバックする地上の惨劇。光の針で春告精(リリーホワイト)をハチの巣にしたあの記憶が……。クソッ、やはりそう簡単に克服できないよな。思わず奥歯をギリと鳴らす。

 

「地霊殿と言えば『古明地さとり』さんのお屋敷。そんなっ、さとりさんはもう……」

 

 またも幻想郷の少女がバイド化してしまったというのか? いやいや、そう決まったわけじゃない。忌まわしき思いを断ち切るように俺はブンブンと首を振った。

 

「今ハッキリしているのは、地霊殿のどこかにバイドを集めている黒幕がいるってことだけだ。俺達はその黒幕を倒して地上と地底の平和を取り戻しにここまで来たはずだ! ここまで来た……来てしまったんだ、どんな結末が待っていようとバイドを倒して進むしかない!」

 

 俺は我が相棒たる銀翼のコクピットに乗り込む。ああ、やはりこの乗り心地だ。体にしっかり馴染んで安らぎすら覚える。一息つくと俺はエンジンを動かし始めた。

 

「その意気だ轟アズマ。今更引き返せない。バイドを倒して地上に帰ろう!」

 

 今も震えが止まらない白蓮さんであったが、本当は俺だって怖い。またも少女をこの兵器で殺めなければならなくなるのかと思うと恐怖しないほうが異常であるのだ。だからこそ、俺はより大きく声を張り上げたのだ。自らを鼓舞するために。

 

「さあ……」

 

 目的地は地霊殿。ジェイド・ロスの艦隊たちも出撃の瞬間を待ちスタンバイを始めていた。そしてジェイド・ロス少将が号令をかける。

 

「……行こうか! 出撃っ!」

 

 無数のバイドが、提督が、銀翼が、轟音を響かせて地底を飛翔する。遅れて白蓮と聖輦船がその後を追う……。

 

 ぐんぐんと高度を上げていくと、旧地獄の全容が浮かび上がってくる。そしてそのずっと奥に見るからに怪しい洋館が静かに佇んでいたのだ。

 

「あれが地霊殿です」

「しかしここからでは黒幕から丸見えだ、どうにか見つからないように侵入したいところだが……」

 

 遮るもののない空中にバイド艦隊がうじゃうじゃいるのだ。隠密性は皆無である。確かにこの状態で地霊殿に殴り込みをするのはリスクが大きいだろう。うかつに動く事は出来ない。

 

 と、ここで魔力レーダーが背後に異常な魔力を観測する。振り向くとバイドの種子がなんと降り注ぐのではなく地面と平行に飛んでいたのだ。こんな動きをただの隕石がするはずない。こいつらが地霊殿の何者かに引き寄せられていることを裏付ける光景である。

 

「バラカス神が言ってた通りだ……。よし、こいつらに紛れて接近しよう」

 

 幸いにもこちらに味方するバイドも少なくない。上手くカモフラージュになってくれればいいが……。

 

「そうはいっても提督さんもこの船もそんなにスピードは出ないよ。普通にやっていたら後ろからのバイドの種子が直撃して結構なダメージになる」

 

 そこで俺の出番だ。2隻の戦艦をぶつかってくる隕石から守るべく迎撃してしまえばいい。もともと戦艦であるコンバイラなら迎撃システム自体も備えているだろう。

 

「近づいたものは弾幕やミサイルで撃ち落としてくれ。俺は周囲を飛び回ってこちらにぶつかってくる危険そうなバイドの種子を叩く」

 

 かなりの負担を強いているのは俺にもわかっていた。だが、やらねばならぬ。俺達はバイドの種子に紛れ込み、そしてジェイド・ロス提督と聖輦船は可能な限り加速してもらいこの作戦を遂行する……。

 

 そしてそれを効率よく遂行するためには適切な武装を装備することが必要不可欠。俺は聖輦船の甲板に一度着陸した。

 

「にとり、兵装を変えよう。ダブル系を『ハンター』に換装してくれ」

 

 高速飛行しながら悠長に標的など狙えるはずがない。手動で狙いを定めないといけない「フリーウェイ」では分が悪いだろう。呼びかけに応じると背中にプロペラ付きのでっかいリュックサックを背負った河童の少女がこちらに寄ってくる。

 

「よしきた。それより背中のコレどう? 空中で安定してホバリング出来るんだ。これがあれば私の行ける場所ならいつだって武器の交換や簡易的な修理なら出来るんだ♪ 練習すれば飛んだままでも出来たりするんだよ」

「なにそれ、すっげぇイカす!」

 

 はにかむ河童の少女は次の瞬間、着艦していたアールバイパーに飛びつくとさっそく作業に入った。

 

 程なくして武装の換装は終了。遠距離から高速かつ的確に標的を追いかける「ハンター」で牽制し、間近に迫った隕石からは「菊一文字」をバリアとして展開して防衛するという作戦だ。

 

「グッドラック!」

 

 河童の少女に見送られ、銀翼は再び飛翔。さっそくハンターをばら撒きつつ、隕石群に紛れ艦隊を進めていく。

 

 戦力は俺だけではない。ゲインズをはじめとしたジェイド・ロス艦隊のメンバーはもちろん、少女達も弾幕を張り、艦が傷つかないように奮起している。俺も負けちゃいられねぇ!

 

「菊一文字発射!」

 

 展開した菊一文字をその場に置くように配置する。背後から迫る隕石群はポッドから展開されたバリアに阻まれ爆発しつつ、その数を減らしていく。

 

ぐんぐんと地霊殿と思しき建物が接近してきた。隕石の影響で穴が空いているのだが、艦隊が突入できるほどの広さは持たない。同じ小さな穴に集中して入り込んでいるのだ。このことがこの黒い隕石が意思を持っており、地霊殿に吸い寄せられているという事が分かる。

 

「屋根をフラガラッハ砲で撃ち抜いて突破口にする。ゲインズ、轟アズマ。砲台の周囲の隕石を頼む」

 

 コンバイラの波動兵器でしっかりチャージすればそれくらいは容易だろう。その邪魔にならないよう二手に分かれ付近の種子を迎撃していく。

 

「むっ、不覚!」

 

 ゲインズが隕石の迎撃に失敗する。無理もない、隕石群はゲインズを集中して狙っているように見えるのだ。同じバイドという事で引き寄せられているのだろうか?

 

「ゲインズを援護しよう! ネメシス、『ソードレーザー』の用意!」

「オッケー!」

 

 菊一文字を遠くに飛ばそう。狙いを定めつつ、スペルカードを取り出す。

 

「操術『ソードレーザー』!」

 

 射出したポッドをオプションに掴ませ、そのままオプションシュートを行う。ネメシスはオレンジ色の光の線を描きつつ、ゲインズの目の前まで躍り出るとポッドを投げる。

 

 間もなくポッドは自身を中心にバリアを展開。ゲインズに群がる隕石群を粉砕した。

 

「……かたじけない」

 

 彼の背後で砲台を薄紅色の光が収束した砲台を携えた戦艦。チャージが完了したようだ。

 

「フラガラッハ砲のチャージが完了した。巻き込まれないように私から離れるんだ」

 

 紅色の光が更に赤みを帯びる。俺は大きく後退し、白蓮と共にその様子を見届ける。

 

「3……2……1……フラガラッハ砲、発射!」

 

 紅色の粒子が二股の剣となり、絶大な力をもって地霊殿の屋根を貫く。見事に大穴をあけた俺達はバイドの親玉を探す。

 

 屋敷の主がバイド異変にかかわっている可能性もある。黒幕かもしれないし、被害者かもしれない。どの道、真実を早急に確かめなければならないのだ。これも平和の為、もしも地霊殿の主が何の関係もなかった場合は……すまない。

 

 さて、悔いることは後でいくらでもできる。砕けたステンドグラスが床に散乱するだだっ広いフロアを見回す。既にバイドが隠れている可能性もあり得る。警戒しながら進んでいると……。

 

「今何かが動いた。バイドか?」

 

 コンバイラのサーチライトの光が踊り出す。間もなく明らかにこちらに敵意をむき出しにした影が浮かび上がった。

 

「猛獣!?」

 

 素っ頓狂な叫びをあげる住職サマが言う通り猛獣。そう、猛獣なのだ。トラとかパンサーとかのようなネコ科の猛獣であり、あくまで妖獣ではないようだ。のどの奥でグルルとうなり声を上げてこちらを威嚇しているようだ。

 

 その直後、一番狙いやすそうな白蓮の喉元めがけて飛びかかっていたが、あらかじめ警戒していたこともあり、白蓮さんはスッとこれを回避。

 

 猛獣はそのまま壁に激突し、そのまま動かなくなった。

 

「ここで飼われていたペットなんでしょうか? だとしたら悪いことをしてしまい……っ!?」

 

 ぐったりしていた猛獣がムクリと立ち上がる。立ち上がったかと思ったら今度は空中を浮遊し始めた。

 

「もしや奴も既にバイドの……」

 

 今度は猛獣の唸り声ではない。キィキィと甲高い笑い声が聞こえてきたかと思うと、浮遊した猛獣はまるで投げ飛ばされるように再び床にどさりと落ちた。

 

「ああっ、お前は!?」

 

 巨大な脳味噌に大きな一つ目。先程まで猛獣と繋がっていたであろう2本の太い触手。間違いない、こいつは「バクテリアン」の「ゴーレム」だ。

 

 永遠亭での苦い思い出がよみがえる。永琳をゼロス要塞へとさらった張本人なのだから。

 

 だがおかしい。俺はあの時確かにゴーレムを倒したはず。どうしてここにいるのだ……?

 

「ゴーレム、そこをどけ。今お前に構っている暇はない」

「そうはいくか銀翼の末裔とその取り巻きめ! ここで会ったが百年目。地獄の底から蘇り、パワーアップした俺様にもはや敗北などあり得ない! 今度はオメーらが地獄に落ちる番だ!」

 

 鋭い爪のついた触手を突き出す脳味噌の怪物。負けじとこちらもニードルクラッカーを発射するが、まるでプロボクサーのように触手で一つ目を覆うと平行方向にスライドするように回避してアールバイパーにアッパーカットを仕掛けてきた。

 

「どうだっ! 地獄から蘇り、さとり様のペットとして鍛えられた俺様は」

「ぐっ……。こンの野郎っ!」

 

 大きく煽られた俺はすぐに体勢を立て直すと、今度はレイディアントソードを取り出して斬りかかる。しかしこれもスルリと回避してしまった。

 

「相変わらず逃げ足だけは早いようだな。こうなったら……」

 

 俺はオプションを3つ展開してローリングのフォーメーションを取る。こんな奴に時間を割くのは勿体ない。オーバーウェポンで一気にケリをつけよう。

 

「待つんだ轟アズマ!」

 

 グルングルンとオプションの回転速度を上げていた最中、ジェイド・ロス提督に止められてしまう。戦闘態勢を解くと、今度は小声で話しかけてくる。

 

「地霊殿の事情に通じている可能性がある。幸い相手はバイドではなさそうだし、随分とおしゃべりなようだ。君もあの程度の敵なら本気出せば楽勝だろうし、もう少し秘密を喋らせよう」

 

 こちらが動きを止めるや否や、この脳味噌は分かりやすいまでに増長し始めた。

 

「キヒヒヒ。どうしたどうした、ビビってるのか? 今になってようやく俺様の凄さに気が付いたようだな」

 

 なおも上機嫌になるゴーレムは、触手をくの字に曲げながら腰に手を当てるような恰好でふんぞり返っていた。

 

「忘れもしねぇぞ、銀翼の末裔! テメェに目ん玉潰されて地獄に突き落とされてからだな、それこそ死に物狂いで這い上がって這い上がって……、そしたらこの地霊殿の主であるさとり様に拾われたのだ。ペットとしてな」

 

 よく分からないが、ゴーレムは俺が仕留めた後で復活したらしい。バクテリアンのしぶとさはある意味バイドを凌駕しているし、分からない話ではない。

 

 だが、この屋敷の主にとってこんな気持ち悪い脳みその妖怪もペットって扱いなのだろうか? というかゴーレム本人は犬猫と同列って扱いになるが、プライドはないのだろうか?

 

 それにしても提督の言う通り色々なことをベラベラとしゃべくってる。

 

「あの……それでは貴方は犬や猫と同じ扱いってことになるのですが……?」

 

 至極真っ当な白蓮の指摘にも怯む様子を見せない。

 

「プライドなんざとうの昔にかなぐり捨てちまったよ! 憎たらしい銀翼の末裔にキツ~いの一発ぶちかます為ならな。もっとも、俺様の真のマスターはゴーファー様ただ一人。今でこそ冴えないさとり様のペットやってるが、バクテリアン軍復興の準備が整った暁には……」

 

 次の瞬間、白蓮は身構える。もちろん俺もだ。それはゴーレムが何かを仕掛けてくる気がしたから……ではない。そんな小さなものよりもずっと強大なものが接近していたのだ。

 

「おい、後ろ……」

「なんだァ? 振り向かせてだまし討ちでも仕掛けるつもりか? バレバレなんだよっ!」

 

 俺はそんな卑怯な手を使おうとなんてしていない。コイツはしてきそうではあるが、俺は断じて使わない。そう、実際に迫っているのだ。俺達はそれを見たから身構えたのだ。

 

 大きな口と長い胴体を持った怪物がゴーレムの後ろに忍び寄るのを……。不意に怪物の口からヨダレがポタリと垂れた。

 

「水? ったく、お前らが屋根に大穴開けるから雨ざらしに……」

 

 そうボヤくゴーレムであったが、次の瞬間奴は硬直した。

 

「ひいぃっ! ば、ば、『バイター(※1)』だー!! なんでお前までさとり様のペットになってるんだよぉ!?」

 

 脳味噌が悲鳴を上げるのと、バイターと呼ばれる青いヘビのような怪物が雄たけびをあげながら突っ込むのはほぼ同時であった。

 

「バイター? こいつもバイドの一種なのですか?」

「いや、おそらくバイドじゃない。こいつはゴーレムの天敵なんだが、まさかゴーレムと一緒に幻想入りしていたとは……」

 

 とぐろを巻きながら屋敷狭しと這いずり回るバイターと必死に逃げ回るゴーレム。

 

「こんなヤバい奴がいたんなら、先に教えてくれたっていいじゃないか! 俺はコイツが大嫌いなんだ!」

 

 ちゃんと教えたんだけどなぁ……。なおも逃げ回るゴーレムであったが、ついにその鋭い牙にガブリと捕えられてしまう。

 

 パニックに陥ったゴーレムは触手をバタつかせながら脱出を試みるが、とても抜け出せそうにない。どうにか鋭いキバの間から這い出ようとすると必死に声をあげる。

 

「なぁ、助けてくれよぉ。お願いだぁ!」

 

 先程とは打って変わった口調で懇願している。だが、ずる賢いこいつを助けたところで何のメリットもないだろう。有益な情報も全部吐き出してしまったようだし。なおもゴーレムはガブガブと何度も噛みつかれている。

 

「そうか、永遠亭での出来事を根に持ってるんだな? 俺はあれから変わったんだよ、心を入れ替えたんだ。だからさ、この俺を仲間にしておくれ。そしてここから出しておくれよぉ!」

 

 何度も噛みつかれることで血まみれになる脳みそ。抵抗するために激しく動かしていた触手の動きも弱まっていく。助けようとしたのか、白蓮が動こうとしたので俺は止めた。

 

「こいつは手の平返しですぐに態度を変えるような奴だぞ? 特に俺なんていつ寝首をかかれるかわかったもんじゃない。助ける必要はないさ」

「そんなぁ……。ヤダよぉ、こんな奴のエサになって死にたくないよぉ! そうだっバイド、お前らバイドをやっつけたいんだろ? 俺もさとり様も地霊殿に勝手に入り込んでくるバイドにはほとほと迷惑しているんだ。ほら、利害が一致した。だからさ……今度だけっ、今度だけでいいんだ、一時的に手を組んで……」

 

 不意にバイターが体を大きくひねらせる。ゴーレムの片方の触手がブチブチと切れて、奴の腹の中へとおさまっていった。

 

 こいつは今でこそ「さとり様さとり様」と地霊殿の主を慕っているようだが、いずれは裏切るつもりのようだった。俺達の仲間になったところで奴は同じことをするだろう。こんな奴を信用することは俺には出来ない。

 

 自分でも恐ろしくなるほどに俺の意識は冷めていた。そのまま冷たい視線を向ける。

 

「おね……がい、たす……け……」

 

 次に大きく天に向かって首を上げるともう片方の触手も引きちぎり、そして瞬く間に脳みそがバイターに飲み込まれてしまった。

 

 次にバイターが眼を付けたのは俺達。血生臭い息を吹きかけながらヨダレを垂らしつつこちらににじり寄ってくる。どうやらゴーレム1体では奴の腹は膨れないようだ。

 

「来るぞ!」

 

 しかしゴーレムの時と違って俺達は大所帯である。流石のバイターもコンバイラや命蓮寺のメンバーを一度に食べるのは無理と判断したか、口からヒルのような生き物を大量に吐き出してきた。

 

 あれはバイターの幼体か何かだろうか? あれを取りつかせて体力を奪い、動けなくなったところをゆっくりペロリって魂胆だろう。

 

「弾幕を張るんだ。1匹残らず迎撃しよう!」

 

 ウネウネとただ真っ直ぐ向かうバイターの幼体に対抗するべく、無数の弾幕が飛び交う。なすすべもなく迎撃されると、全てを喰らうのが無理と判断したのか、一人に絞って突っ込んできた。その相手は……

 

「白蓮っ! 危ない!」

 

 バイドだったり機械だったりするメンツの中で唯一の人間(厳密には魔法使いだが)となれば、真っ先に標的になる。俺は機体を平行移動させ、白蓮の目の前に躍り出た。

 

「アズマさんっ!」

 

 これが生身だったら俺は生きていないだろう。だが今は違う。銀翼が、アールバイパーがこの状況を打開する。オプションを限界まで展開し、レイディアントソードを突き出す。バチバチと青い刃が帯電を始めた。

 

 だが、まだだ。もっと引きつけて……。奴の大きな口がアールバイパー全身を飲み込んだ。このまま口を閉じれば俺はゴーレムと同じ運命をたどることになるだろう。だが、まだなんだ。もう少し……。

 

 赤黒い喉の奥が迫ってくる。あの先に待ち受けているのは「死」そのもの。その真黒な喉の奥に……見えた、あそこだっ! あの喉の奥の電球のような物体こそバイターのコア。限界まで魔力を帯びたレイディアントソードを一気に解放する。

 

「そこだっ、重銀符『サンダーソード』!」

 

 バイターの口内で雷が爆ぜた。激しい閃光を散らし驚いたバイターは大きくのけぞると、そのまま尻尾を巻いてどこかへと逃げて行ってしまった。むう、サンダーソードといえど一撃で倒すのは無理だったか。

 

 まあ奴はバイドでも何でもないし放っておいても問題ないだろう。屈強な地底の妖怪どもならただ食い意地が張っているだけのバイターくらいなら不意打ちでも食らわない限りは対処も難しくない筈だ。

 

「今までの行いが悪いとはいえ、さすがにあの最期はちょっと可哀想……」

 

 そう思うのも無理はない。いや、普通はそう思うはずだ。俺は幻想入りして戦いに明け暮れるようになってから、いや厳密にはリリーホワイトを殺めてからその辺りの感覚がマヒし始めているのかもしれない……。

 

 だが、俺達に停滞は許されない。この地霊殿に潜むバイドの親玉を砕くまでは……。

 

 屋根から侵入したので下りの階段しか見つからない。ここは最上階のようだが、あのゴーレムが「さとり様」と言って上辺だけ慕っていた地霊殿の主はどこにいるのだろう?

 

「下のフロアも探すか」

 

 ゾロゾロと破壊された最上階から階段で降りていく。そして下に行くたびに感じる嫌な気配……。

 

「バイド反応が凄まじいな。ここの主はバクテリアンをペットとして受け入れたくらいだ。まさかバイドをも手中に収めているのでは……いや、ただバイド化したと考えた方が妥当だな」

 

 小型バイドが群がってくるが、これは主にジェイド艦隊が追い払っている。どこかに動物の面影を残したバイド達は恐らくここで飼育されていたペットで間違いないだろう。

 

 フロアを降りるたびにバイドの数が増えて増えて……そしてついに1階まで到達してしまった。

 

 そして、それらしき妖怪を発見した。身長は低く顔立ちも幼いが、胸のあたりで光る一つ目が恐ろしげでもあった。こいつが……地霊殿の主に違いない。バラカスたちが恐れ、ゴーレムが上辺だけ慕っていた……。

 

「そう『古明地さとり』。ごきげんよう、屋根から侵入するお行儀の悪い皆様」

 

 ステンドグラスの鮮やかな光に照らされたさとり。彼女のピンク色の瞳はどこまでも冷たくこちらを睨みつける。確かに屋根を壊したのは悪いことだが、俺だって不本意であった。これも……

 

「これも正義の為なんですってね。その為に上の階で暮らすペット達は雨ざらし。可哀想……」

 

 ペットといってもバイド化している奴ばかりだったし、そもそもバクテリアンが住みついていた……

 

「まああの脳みその妖怪は何処か胡散臭かったので、別に構わなかったのですがね。よからぬことも考えていたようですし」

 

 何なんだコイツは。俺は何も口にしていないのに勝手に話が進んでいくぞ。まるでこちらの心の中を見透かされているような……。うすら寒い恐怖が俺を襲う。なんなんだよこいつは、気味が悪すぎる。

 

 得体のしれない恐怖におののき後ずさりする俺に白蓮は伝えてくれる。

 

「あれがサトリ妖怪です。人の心の中をのぞき込む……ね」

 

 正体が分かったところで自由に思索できなくなることには変わりない。まごついているとジェイド・ロス提督がズイと前に出る。

 

「難航しているな。交渉事なら任せなさい。我々は地上から……」

「あ、貴方は……! 答えなさい、貴方達は地上からバイドを呼び寄せる親玉を破壊しに来た、違う?」

 

 先程とは違い少し焦ったかのような口調。提督は手ごわい相手だと分かったのだろうか?

 

「ふむ、話が早い。まったくもってその通りだ」

 

 涼しい風でも吹いたかのように飄々と答える提督。さらに続ける。

 

「ある筋から空から降り注ぐバイドの種子がこの地霊殿に集まっているという情報を得た。ここの主もさぞバイドに苦しんでいることだろう。何か今回の異変を引き起こしているバイドの親玉について……」

「うるさい! 貴方達に流せる情報なんてないわ! バイドなんてここにはいない、分かったらすぐに帰って!」

 

 うーん怪しい、あまりにも怪しすぎるぞ。これではまるでバイド異変に加担する側のような反応ではないか。いやむしろ今回の異変の首謀者とも取れる。

 

「こりゃ『黒』だな。ゲインズ、準備はいいか? 今度こそ『けじめ』をつけるぞ!」

「御意」

 

 格納庫からバイド戦闘機が多く展開される。対するサトリ妖怪もふわりと浮きあがる。こいつが本当に黒幕なのか? 違うとしても何かしらの形で関与している筈。聞き出せない以上実力行使で情報を得るほかない!

 

 俺も標的を睨み、操縦桿を握り直す。さあ、戦闘開始だ!

 

「クロークロー及びゲインズは巡航艦『ボルド』を用いて前線へ! 奴と戦い時間を稼いでいる間に波動砲を撃てる者は後ろで波動エネルギーのチャージを! アーヴァンクとタブロックは前線の援護及び前線が撃ち漏らした弾幕の迎撃」

 

 わらわらと布陣を組むはバイドの艦隊。提督の一声であっという間に陣形が完成していた。俺はというとゲインズと共に前線での作戦に従事することとなっている。

 

「数が多いわね……」

 

 だが心を読まれている割りにはまるで苦戦しないコンバイラたち。クロークローの牙が突き刺さり、放った弾幕も俺がレイディアントソードで迎撃するか、打ち消せずに後ろに飛んで行った弾もアーヴァンクのスケイルディフェンス弾が防いでしまう。

 

 そうしているうちに後ろに控えていた提督達が砲門や銃口に光を携え始める。

 

「波動砲チャージ完了。射線上にいるものは速やかに避難せよ!」

 

 心が読めるのならこの作戦だって分かっていたはずである。だが、さとりは悔しそうに唇を嚙みしめているのみである。

 

「相手の手が分かっていても、上手く対処できない。そういうことでしょう。ジェイドさん達が少数精鋭との戦いに慣れていないように、さとりさん……いえ、私達幻想郷の少女もこのような戦い方には慣れていないのですから」

 

 背後に控えていた提督たちが波動砲を当てるべく接近する。対するさとりは弾幕による攻撃は無理と判断したか、レーザーを当てる為に狙いでも定めているのか、ガイドとなるであろう光を薙ぎ払うように照らしている。

 

「む、この光は……? なるほど、そういうことか。ライトに照らされたら避けるんだ」

 

 しかし狙いを定めて攻撃に移るまでに時間がかかりすぎており、大した被害を出すには至っていない。

 

 ついに提督たちが射程距離内に標的を捉えた。発射の号令と共にまばゆい光が地霊殿を包み込む。これだけの波動砲を喰らえばひとたまりもない筈だ。

 

 閃光と爆炎、そして煙で周囲が何も見えないが、確実に仕留めただろう。いや、若干やりすぎたか?

 

「ケホケホ……なんて威力よ。でも見えたわ。貴方達のトラウマが!」

 

 ボロボロになりながらも、したり顔を見せる地霊殿の主。さすがに手ごわいか。

 

 それにしてもトラウマだって? そんなものでどう戦うというのか? ええい、訳の分からぬことを言っているが、降参しないというのなら更に追撃を決めなければならない。

 

「提督、あいつ全然へこたれてないよ。もう一度波動砲をぶちかまそう!」

 

 しかしバイド艦隊は微動だにしない。あれだけハキハキと艦隊に指示を出していたジェイド・ロス提督も何かに恐れて小刻みに震えているように見える。

 

「おい、どうしたんだ?」

 

 一体何が起きたんだ? あれだけ勇ましく戦っていたというのに今ではすっかり怯えきってしまい、これでは完全に無力化されているようなものだ。

 

「あ、あああ……!」

「なんで……なんで……?」

 

 何か見えない脅威に恐れおののくバイド達。対するさとりは不敵な笑みを浮かべている。胸の目玉が異様に血走っていたりもした。

 

「だから言ったでしょう? 貴方達のトラウマを見つけたと。ほら、貴方にも見えないかしら、あの『夏の夕暮れ』とやらが」




(※1)バイター
沙羅曼蛇2に登場した1面ボス。大蛇のような姿をしている。弱点は口の奥だが常に口は開いているためいつでも攻撃できてしまう。
原作ではゴーレムを捕食してしまうなんて一面も見せた。

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