バイドを連れて地底を侵略しようとした犯人と間違われ「水橋パルスィ」と交戦することになったアズマとジェイド・ロス艦隊。
その戦闘の最中、超巨大バイド「グリーン・インフェルノ」が地底目指して落下するかのように進撃。新しい兵装を手にしたり、途中で加勢した聖輦船に乗ったムラサ船長の助けもあってこれを撃破するも、聖輦船もアールバイパーも大破してしまった。
修理が済むまで地底を探索して情報を集めることにしたのだが……。
プスプスと黒煙を上げていたアールバイパーはにとりの手によって今も修理を受けている。ムラサ船長が乗っていた空飛ぶ船「聖輦船」も同じく。それに加えてジェイド・ロス提督もまっさかさまに落ちて地面に頭をぶつけたので今も本調子ではないという。
「うう、随分強烈にぶつかったからな。私がバイドでなければ即死だった。とはいえ、私の都合に合わせてもらって申し訳ない……」
今もふらつく赤い巨体は白蓮やゲインズの手によって支えられている。誰もが満身創痍、そんな感じだ。
「俺の都合もあるし、みんなも迂闊に進軍できないんだよ。提督が悪いわけじゃない。それだけあのグリーン・インフェルノは強大な敵だったって事さ」
生身ではまともな戦闘など出来ない俺を置いて進むことは出来ない。俺もいずれ始まるであろう激闘に備え、体を休めておきたいところだ。しかし俺はある異変に気が付く。
「あれ、パルスィは?」
先程まで共に銀翼に搭乗していた嫉妬妖怪の姿が見えないのだ。まさかあの「勇儀」とかいう友人に会いに行っているのではないだろうか? この市街地だって既にバイドが潜んでいる筈。どこで凶暴なバイドに襲われるかわからないような場所だ。
まともに動けるのは俺だけだな……。彼女だって手負いの筈だ。危険ではあるが連れ戻さなくては。俺は旧地獄市街地を探索する準備を始めた。
「ヒトリ、アブナイ。イッショニ、イコ」
「……(こくこく)」
出発しようとした矢先、バイパーのオプションであるネメシスとコンパクが申し出る。そうだった、俺はバイドどころか元々ここに住んでいる妖怪に出くわしても危ないのだ。
一礼すると、ネメシスを肩に乗せ、反対側にコンパクを従え、俺は街に繰り出した。
案の定、しばらく歩いて間もなく柄の悪そうなチンピラに絡まれる。辛うじて人の形はしていたが、品性の欠片もない妖怪どもだろう。皆ガッチリとしており、とても俺では太刀打ちできなさそうな相手である。
「なんだぁ、ヘンテコなお人形さんを連れてる野郎がいるぞぉ」
「オウオウ、食材のくせして今こっちにガンたれたろぉ?」
「こんなところに丸腰で人間が紛れ込んでくるたぁ、襲ってくれって言っているようなもんだぜ」
わらわらと寄ってくると、逃げられないように取り囲んでくる。思わず「ヒッ!」と小さい悲鳴を上げてしまった。
「でもよぉ、野郎なのが勿体ねぇなぁ。これが女だったら
「いいじゃねえか。躊躇なく腹を満たせられるぜ」
そうやって飛び掛かった一人のチンピラに俺の後ろで控えていた真っ白い霊魂が体当たりを仕掛ける。
「ごふっ!? なんだ、今どこから……?」
「……!」
しゅるしゅると回転しながら、俺を守るようにコンパクは居座る。今も威嚇するように体を大きく震わせている。
「なんじゃい、このわらび餅は?」
次の瞬間、訝しむチンピラの顔面が大きくめり込んだ。コンパクの突撃によって。
「こいつまさかただの人間じゃない……? 妙な霊魂が傍にいるってことは……分かったぞ、こいつは半人半霊だ!」
顔面を殴られて吹っ飛んだ仲間を目の当たりにした他のチンピラがなんか都合のいい勘違いをしてくれている。
「なにぃ、半人半霊だぁ? あの武芸に秀でると言われているあの?」
「つつつ……。それじゃあ『テメーらは3人まとめても半人前以下だから、半霊だけで十分だ』ってか? 舐めやがって!」
鼻血をボタボタと垂らしながら今も顔を大きな片手で抑えているチンピラ妖怪は今も鋭い眼光をこちらに向けてくる。こっちの勘違いはちょっと厄介である。
「こンのぉ、わらび餅野郎っ!」
再び拳を突き出し突っ込んでくるチンピラだが、同じくコンパクが顔面に体当たりで迎撃。綺麗に決まったらしく、吹っ飛ばされたまま起き上がらない。醜かった顔が更に醜くなってしまっており、それを晒したままノックアウトしてしまったようだ。
「あっ、アニキ! ちくしょう、よくも……」
「おい、あいつヤベェよ! 俺達までやられちまう」
なおも激昂する仲間のチンピラ相手にコンパクは大きく体を震わせて威嚇する。その挙動にすっかりビビってしまった二人の妖怪は揃って尻もちをついてしまった。腰が抜けてしまったらしく逃げ出す気配はない。
丁度いい、あまりに情報が少なすぎる。ちょっとコイツらに聞いてみるか。ここにはパルスィの友人であるらしい「勇儀」ってのが居るはずで、あの時の彼女の狼狽えぶりからその勇儀ってのを訪ねている可能性が高いのだ。
「おい、人を探している。パルスィってやつの友人に勇儀ってのがいるらしいが何処にいるか知らないか?」
こちらもハッタリで相手をビビらせているだけ。それがバレないようにとなるべく気丈に振舞う。ツカツカとコンパクを従えながら聞き込む。
「し、知るわけないだろ! 彼女は『鬼の四天王』の一員なんだぞ。なんでまたそんな方を……?」
「わ、分かったぞ。お前、勇儀さんに試合を申し込みに来たんだな。そんな奴に俺らが敵う訳ないって!」
最初のドスの利いた声からは想像出来ない程の上ずった声。あの狼狽えぶりから嘘をついている可能性は低いだろう。
「チッ、もういい目障りだ。そこで伸びてる奴を連れて俺の視界から消えろ」
コンパクが再び体を大きく震わせて威嚇すると、いまだ起き上がらないチンピラを背負って何処かへと逃げてしまった。
3人のチンピラ妖怪が立ち去ったのを確認すると、恐怖から解放されたことから俺の体中がガクガクと震え、立っていられなくなりその場で崩れ落ちてしまった。その様子を見てコンパクが慌てて俺の目線の高さまで高度を下げてくる。
「あ、ありがとうコンパク。助かったよ」
「~~♪」
優しく抱きしめながらハンカチで彼女についてしまった汚れをふき取る。そして彼女に支えられるように俺は再び立ち上がった。
なるほど、傍にコンパクを連れていると半人半霊と認識されるようだ。これなら無暗に襲われることもないだろう。安心した反面、アールバイパーやこの可愛いオプション達なしだと本当に自分は無力なんだなぁという事を思い知らされたのであった。
ちょっとしたトラブルに巻き込まれたものの、ただの人間ではないことが周りの妖怪達にも認識されたのか、無暗に絡んでくるような輩はいなくなった。
そんな折に小さな酒場を見つける。鬼と言えば居酒屋なのかな……? とにかく予備知識のない俺にとっては雲を掴むような話。情報収集といえば酒場というファンタジーものの作品の常識にすがって探していかなければならない。
もちろんそんな簡単に上手くいく筈もなく、何軒も回るが芳しい結果は得られない。今度こそと目をつけた少し年季の入った酒場に入る。
暖簾をくぐると喧騒が一斉に俺を出迎えてくれた。ここの妖怪は皆飲んだくれなのだろうか? しかしこれだけ客であふれ返っているが人間は一人もいないのだろう。
適当な酒を頼むと人ごみを掻き分け、店内を見て回……ろうとしたが、その必要はなさそうであった。探し回るまでもない程に目立つ存在と俺は目が合ってしまったのだから。
額に見事な一本角を生やし、豪快に酒瓶の中身をグビグビと飲み干す。水色の着物は少しはだけているのか、胸の谷間が覗いており、目のやり場に困ってしまう。
「もしや鬼の四天王……?」
角の生えた酒豪の妖怪といえば地上ではめったにお目にかかれない「鬼」で間違いないだろう。
それらしい角の生えた人なら何人か見かけたが、何というか威圧感が全然違う。傍にいるコンパクも今度は恐怖で小刻みに震えているようだ。
先程絡んできたチンピラどもは勇儀は「鬼の四天王」の一人であるらしいことを口走っていたし、もしかしたらあの一本角の彼女がそうなのかもしれない。
そしてその金髪の鬼と同じ卓で飲んでいるのがこれまた金髪の少女。いつの間にかアールバイパーから抜け出した嫉妬妖怪がそこにいたのだ。泣きながら何かを喚いているようであり、泣き上戸なのだろうがと思ったが、案外先程のバイドの巨大戦艦が怖かったと愚痴っているだけかもしれない。
そうして二人の様子をまじまじと見つめていたら鬼と目が合ってしまった。フウと酒臭い息を大きく吐き出すと、無言で手招きし始めた。これは、大人しく従った方がいいな。俺は警戒しつつ鬼のいる卓へ向かった。
(その頃白蓮達は……)
貴方が抜け出したことに気が付き、白蓮さんが探し回るものの、見つかる気配がない。
「ハッ! 今とてつもなく嫌な予感が……。アズマさんっ、アズマさーん! いったいどこへ行っちゃったんでしょう?」
恐らくこの後に出てくる言葉は「探しに行かなくちゃ!」であろう。それを遮るのは幾分か気分の良くなったジェイド・ロス提督であった。
「ひじりん、貴女はいわばこの艦隊の総司令官。そう軽々と出歩くべきではない。それにひじりんをよく思わない妖怪も少なからずいるだろう。あの土蜘蛛のように」
そうやってコンバイラタイプのバイドに窘められてしまい、しゅんとしょげかえる住職サマ。しかしどうにかして貴方の様子を確認したいという気持ちが崩れることはなかった。
「ここはゲインズに向かわせよう。あの機械の体ではそう簡単にバイドだとは分からないだろうし、彼もこちらに来てからロクに手柄を立てていないのですぐに役立ちたいと息巻いているんだ」
呼ばれてもいないのに緑色の機械の体を持ったバイドがジェイド・ロスの目の前に躍り出ると膝をついた。
「ひじりん、そしてジェイド殿、ここは某にお任せ下され! アズマ殿の捜索及び救出の任、必ず成し遂げましょう!」
「で、ではお願いしますね」
「御意!」
それだけ告げると踵を返し、飛んで行ってしまった。後に残るのは超時空戦闘機と空飛ぶ船の修繕作業の音のみだ。
「……行っちゃいましたね。彼、大丈夫なんでしょうか?」
「私はゲインズを信じている。ちゃんとやってくれるさ。そして、ひじりんのところのアズマも。銀翼がなくとも何か役立とうと奮起したのだろうな」
遠くで揺らめく街の明かりを眺める司令官二人。今も黒い隕石がぽつりぽつりと降り注ぐ様を見、それでも慌てても良い結果は得られぬと自らをさとす白蓮なのであった。
(その頃旧地獄市街地……)
いきなりの俺の登場にパルスィは目を丸くして驚いている様子だった。一本角の鬼の方は何やら機嫌よさそうに笑っている。
「なるほど、こいつが噂の人間だな?」
大声で人間と言い出すものだから俺は焦った。周囲の妖怪たちの視線が一斉にこちらに向いたのを肌で感じ取れたくらいだ。
こんな妖怪だらけの場所に人間がいるなんてわかれば大騒ぎになるのは火を見るよりも明らか。俺は反射的にこう返した。
「ち、違う。俺は人間じゃなくて……半人半霊だ!」
傍を浮遊していたコンパクを両手で掴むと前に差し出してあたかも近くに半霊を漂わせている人間とは別の種族になりすます。
「ほぉ……」
感心したかのようなため息が漏れ出たと思った矢先、信じられないことが起きた。次の瞬間にはその鬼が俺の目の前にいたのだ。そして思い切り胸ぐらを掴まれる。
「あ……が……」
「そんな人間と幽霊がチグハグな動きをする半人半霊がどこにいる? 覚えておけ、鬼ってのは嘘つきが大嫌いなんだ」
獲物が来たとギラつく妖怪どもの視線は一気に恐怖にひきつったものに変わっていた。屈強な妖怪どももこの怪力の鬼には歯向かえないのだろう。やっぱり俺って鬼の四天王とやらに絡まれてる……?
「パルスィがやたらと褒めちぎるから、少しは骨のある人間だと思っていたが、結局はその程度の……」
「勇儀、こんな人食い妖怪だらけの場所で人間だってカミングアウトするなんて不可能よ!」
わずかに絞め上げる手の力が弱まる。勇儀と呼ばれた鬼ではあるが、どうやらパルスィとは親しい仲であるようだ。
「む、それもそうだな。安心するといい、私の目が黒いうちは無暗に襲わせないよ。ではもう一度聞こうか。お前の種族は人間で間違いないな?」
無言で「そうだ」と意思表示するべく首をカクカク動かすと、ようやく解放されたのか降ろしてくれた。それもゆっくり優しくと。
「やはりそうか、こいつが今地上を沸かしている妖獣使いの轟アズマ」
よ、妖獣使いだって!? 俺はそんなものになった覚えはないぞ。
「なんだ、違うのかい? 今だって妙な幽霊を従えているし、いつもはノッペリとした変な鳥の妖怪を使って異変解決してるんだろう? 天狗の新聞で何度か見かけたし」
どうやら地底では俺のことが随分と歪められて伝わっているらしい。とりあえず一番間違えて欲しくないところは修正しないとな。
「だからアールバイパーは変な鳥の妖怪じゃなくて超時空戦闘機っていう乗り物であって……」
「もう忘れたのか? 鬼は嘘つきが大嫌いだと……」
「本当のことだよ! もう……」
勇儀は「これだこれだ」と言いながら、どこかから新聞紙を持ち出してきた。パルスィと一緒に見てみるとなるほど、我が銀翼が妖怪の山で「クレイジーコア」と戦闘をしている様子が記事になっているようであった。写真多めでとても読みやすい。
犬走椛との一騎打ち(どこで撮ったんだ……?)、高速でクレイジーコアを捕捉する銀翼、新スペル発動でクレイジーコアを仕留める瞬間、そしてへたり込むはたてに手を差し伸べ、そして手を取り合う瞬間……っておい! あンの鴉天狗、よりにもよってあの写真を記事に使いやがったな!
「確か命蓮寺ってのは『人間と妖怪が歩み寄る社会』ってのを目指しているんだったな? ちゃんと住職サマの教えを守っていて感心できるぞ。これぞ人間と妖怪の友情、もしやそれ以上の関係かもわからない。とにかくいい画だな」
同じような感想を持たれてるし。
「その時の戦いであの子が負傷したから手を差し伸べたんだよ。それ以上の意味は……」
「忘れたのか? 鬼は嘘つきが大嫌いだと……」
「それ乱用し過ぎでしょ! だから本当だってばぁ!」
「ぱるぱる……」
「そっちも事実無根の噂で妬まないっ!」
ようやくパルスィを見つけたと思ったらこんなに精神的に疲労する羽目になるとは……。キリがないので本題に移ろう。
「それで、だ。俺がパルスィを探していたのはわざわざ鴉天狗の一件で赤面しに来たわけではなくてだな……」
「そうよ勇儀、その地上から恐ろしい化け物がどんどん流れ込んでいるの。最初はこの人間が送り込んでいると思ったんだけれど、なんか違うみたい……っていうか他のでっかい化け物を退治したりして……」
わたわたと事情を説明するパルスィだが、当の勇儀はゆっくりと酒瓶を傾けてのんびりと聞いている。
「あいつら、『バイド』っていうんだ。有機物無機物問わずにあらゆる物体に取り付いて暴走させるというグロテスクな化け物。この旧地獄市街地にもバイドが沢山入り込んでいる筈で、そんなのがウヨウヨいる中でこの子とはぐれたから……」
「バイドねぇ……」
うーむと口元に指を当てながら虚空を見上げる一本角の鬼。これだけ恐ろしげな侵略者、さしもの鬼の四天王だって状況がちゃんとわかれば慌てふためくはずだ。しかしこの直後、逆に俺が慌てふためくことになる。
「バイドならとっくに住み着いているじゃないか。よく力比べとかしてるよ。うん、確かにあいつらはバイドとか名乗っていた」
「えええっ!?」
バイドが地底の住民として受け入れられているだって!? 俺もパルスィも素っ頓狂な声で叫んでしまった。でもバイドの種子として幻想郷を汚染しながら降り注いでるのは確かにバイドなのであって……。
訳が分からない。バイドは既に地底に住み着いているだなんて、いったいどういう事なんだ!?
予想だにしていなかった情報に俺が混乱していると……
「轟アズマ、パルスィ! 伏せろっ!」
後頭部からものすごい力で押されると卓の下に潜り込まされた。その直後にガラスの割れる音と銃声……。
かなりの弾幕を張っているらしく、銃声で耳がおかしくなりそうだった。
「出たな、性懲りもなくバイドのお出まし……おや、見ない顔だね。まあいいさ、不意打ちなんざ仕掛けてくれる性悪にはキツーいのをお見舞いしてやるからね」
テーブルの下から覗き込むと勇儀も襲撃したバイドも既に酒場の外に出ているようであり、荒らされた店内で両者の姿を見ることはなかった。外からはバーニアで空を駆ける甲高い音と、空気を震わせるほどの重低音で放たれる銃器のけたたましい音が鳴り響いていた。
「あのバイド、最初から勇儀を狙っていたわね」
俺も割れた窓から覗き込む。形成は勇儀が有利なようで、今も勇儀の放つ大玉が襲撃してきたバイドを蹴散らしているところだった。だが、俺はそのバイドの姿を見て愕然とする。
「ゲインズじゃん!」
何度も被弾し、地面を転がるゲインズであるが、そのまま俺の傍まで転がり込むとまるで俺を庇うように勇儀の前に立ちはだかっていた。
「くっ、何という強さ! さりとて、この際勝敗などは無意味。某はアズマ殿救出という任を受けていたのみ。成し遂げた今、もはやこの場には用はない。早々に……」
事態がややこしくなる前に俺はゲインズに話を聞くようにと促す。
「あの妖怪は悪い奴じゃないよ。勇儀といって誇り高い鬼の四天王なんだ。それよりも彼女は重大な情報を掴んでいる。バイドは今回の異変が起きる前から既に地底に住んでいたらしい……!」
「面妖な、それは真か!?」
どうにか臨戦態勢の両者をなだめると、他に落ち着ける場所をということでこの場を後にした。ゲインズに壊したものを弁償させて。