東方銀翼伝 ~超時空戦闘機が幻想入り~   作:命人

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26世紀の人類が生み出した「厄災」は幻想郷でも容赦なく悪夢を見せる……


東方銀翼伝ep4 A.X.E.(Abyssal Xanadu Eroded)
第1話 ~散るのは花弁か鮮血か~


 命蓮寺で匿ってもらうことになったバイド達は真っ先に風呂場へと向かった。心配になって後をつけてみると……。

 

脱衣所は無数の小型バイドでひしめき合っていた。一際グロテスクな肉塊のバイドが大はしゃぎしている。確かあいつらはバイド化したR戦闘機「バイドシステムα」とナマコのようなバイド「ノーザリー」だ。

 

「ヒャッハー、水だよ水! 久方ぶりの『地球の水』じゃねーか!」

「もう我慢できねぇ! 思いっきり浸かろうぜ」

 

 そんな騒がしい二人を叱責するのは深緑色のロボットの姿をしたバイド「ゲインズ」。手にしているのはシャワーだろうか。

 

「体を流さずに浴槽に飛び込む奴があるか!」

 

「冷たっ! まだ温まってないじゃないかよ!」

「先っぽはらめぇ!」

 

 入浴の心得なきバイドどもには無慈悲な冷水シャワー。その冷たさと水勢に悶絶する二人。

 

 正直異様な光景であった。そこにいたのはただ標的を攻撃して破壊しつくす生体兵器ではなく、普通に生活をしようとする……そうだな、幻想入りした妖怪と言ったところだろうか?

 

「しばらく風呂には入れそうにないな……」

 

 何処か和む光景ではあるものの、バイド汚染したら非常に困る。俺は黙って脱衣所を後にするとアールバイパーの眠る格納庫へと足を運んだ。

 

 俺の翼は照明に照らされて白金色に輝いていた。特に異常はなさそうであると分かると胸をなでおろす。バイドとはどうも難儀な種族である。愛機が無事なのを確認していると、隣で不意に声がする。

 

「アールバイパーは特に異常なしだ。それより隣の部屋ででっかいのが寂しそうにしていたよ。話し相手になってあげてはどう?」

 

 でっかいの……? ああ、ジェイド・ロス提督だ。あの巨体じゃお風呂にも入れないからな。

 

 にとりが指さす大部屋に入ってみると、その部屋いっぱいに窮屈そうに「提督」が収まっているのだ。軽く挨拶をすると返事をしてくれたが、頭の中に響くような声ではなくなっていた。

 

「この巨体だと風呂にも入れない。河童の娘がメンテだけでもと言ってくれたが、機械の体とはいえバイドなんだからそんなものはいらないし……」

 

 確かにコンバイラの体では移動するのも一苦労だろう。

 

「分離とかできないの? その姿は3つに分裂できたはずだけど」

「残念ながら、私の体はそれが出来るようには作られていないようだ。他のコンバイラタイプのバイドはどうだか知らないけどな」

 

 それきり会話が途切れてしまう。仕方ないので「提督」の武勇伝なんかを聞いて時間を潰すことにした。その声は何処か嬉しそうではあったが空虚にも感じた。

 

 そう話していると遠くからかすかに笑い声と白蓮が「南無三っ!」と叱りつける声が聞こえてくる。

 

あいつら、何かやらかしたな? 様子を見てきてくれ。私は……もう少し星空でも眺めているよ」

 

 何処か哀愁漂うジェイド・ロス提督。今も降り注ぐバイドの種子が心配で仕方ないのだろう。俺は「提督」に別れを告げると声のした方へと走った。

 

(青年移動中……)

 

「よりにもよってお風呂を覗くだなんて……南無三っ!」

「ひぃ! 魔が差して……。もう許してー!」

 

 お互いに順応するの早すぎるだろっ!? この皮被りのイチモツは何覗いてるんだよ! んで、白蓮は白蓮でいきなり南無三とか容赦ないだろっ! 俺は唖然とした。

 

 なお、思い切りノーザリーの先っぽに鉄拳を喰らわせた白蓮がこの後バイド化したということはなく、結構ディープな触れ合いをしてもバイド化しなそうであることが判明した。

 

 このようにイタズラも絶えないバイド達だが、基本的には礼儀正しい集団であるらしい。風呂場を使ったら綺麗に掃除するし、誰かが深夜まで騒ぎ立てていると提督やゲインズが注意して回ったり……。

 

 特に掃除という観点には異様なこだわりを見せている。もしかしてバイド汚染を気にしている結果なのだろうか? 艦隊にはおおよそ戦闘向けでないゴミ収集を仕事とする機械系バイド「ストロバルト」がいるくらいだし……。

 

 なぜこんなに行儀がいいのかとある日「提督」に聞いてみたら「我々は元々軍人だ」と返って来た。なるほど……。

 

 そんな奇妙で新鮮なバイドとの濃厚な日々が続く……。

 

 だが忘れてはならない。人間としての記憶を残し、友好的に接してくれるジェイド・ロス提督率いるこのバイド達が異常なのであって、本来のバイドは凶暴な生体兵器であるということを……。

 

 そしてあの日、俺はバイドの恐ろしさを改めて思い知らされることになったんだ……。

 

 

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 それから更に数日後……。

 

 すっかりこの新たな「珍客」も命蓮寺に馴染むと、俺は白蓮を連れてジェイド・ロス提督のたたずむ大きな部屋へ向かう。

 

 モリッツGを撃破し、空からやって来たジェイド・ロスとも和解したものの、バイドの種子は今も幻想郷各地に降り注いでいる。いよいよ提督に何か知っていることがないかと聞き出すことにしたのだ。

 

「ジェイドさん、貴方達が本当にこの地に降りかかる災いとは別物であると皆さんが理解しました。今こそ異変の真相を……」

 

 少し傾く「提督」。少し間を置くと重苦しい口調で語り掛けてきた。

 

「うむ、我々を信用してくれたか。では話そう。バイドはまるで『何か』に吸い寄せられるようにこの地に落下しているのだ」

 

 吸い寄せられるように!? つまり隕石は落ちてきたわけではなく幻想郷にまるで誘われたかのように引き付けられた……と。電灯に群がる虫じゃあるまいし何がバイドを引き寄せているんだ?

 

「かく言う私もその本能で再び地球に吸い寄せられた。この地に居場所がないと悟り、地球を立ち去ろうとした矢先のことだ」

 

 その後、本能に打ち勝ち我に返った「提督」はバイドを引き寄せる原因を探し回ったものの、ついに見つけることが出来なかったのだという。

 

 バイド、それも元人間である場合は自身がバイド化していることを知らずにただ地球に帰ろうとしているだなんて話をよく聞くが、それとは根本的に話が違うようである。

 

 少なくともジェイド・ロス提督は自らがバイドであることを知っていた。それにもかかわらず引き寄せられたというのだ。いったい何が「彼ら(バイド)」をこの幻想郷に縛りつけるのだろうか?

 

「貴方達を引き寄せる『何か』……? 地上を探し回っても見つからなかったってことは地底にその何かがあるのかもしれませんね」

「地底……。地面のさらに下か。なるほど、その発想はなかったな」

 

 地底と言えば幻想郷の地上での生活が肌に合わずに地上から去っていった凶悪な妖怪たちのひしめく場所であり、そこにいる妖怪の危険度も地上のそれの比ではないらしい。

 

「ということは地底はバイドの支配下に……?」

 

 あれだけの隕石が地下に浸透していったということは地底は既に……。いや、地上なんかよりも凶暴で厄介な妖怪の巣窟なのだ。そう簡単にバイドに屈するとも思えない。ああ、そう簡単には屈しない……よな?

 

「まだバイドと決まったわけではありませんが、落ちた隕石が地面に溶け込むように消えていっただなんて目撃情報もあるようです」

 

 ううむ、不安が不安を呼ぶ。いったい地底で何が起きようとしているのだろうか……?

 

「うむ、ならば地底を調査してバイドがいるようなら叩く!」

 

 準備ができ次第地底への入り口へ向かうことにした。地上と地底を繋ぐ場所と言えば間欠泉地下センター……。

 

 

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 確か場所は妖怪の山のふもと。提督、そして白蓮が先に空を舞っている中、整備を終えたばかりの銀翼を飛ばすと俺も地下へと続くエレベーターへ向かう……。

 

 どうやら神奈子が幻想郷へやって来る際に技術革新を試みようとして核融合実験を行う施設を地底に用意していたらしい。

 

 だが、肝心のその入り口であるエレベーターが見つからない。

 

「私がこの辺りを血眼になって探したが、そんなものは見つからなかった。巧妙に隠されているのだろう」

 

 そうしているうちに、山から下りてきた風祝を発見。恐らく山の上で見知った影と不審な巨大な影が見えたので様子を見に来たのだろう。

 

 これは好機とエレベーターの場所を聞き出すべく俺は彼女に近づいた。が、彼女の視点は俺ではなくてその更に後ろに行っている。

 

「わわっ、すっかり仲間になったんですね♪ 提督さん、後でサインください」

 

 サインかぁ。それは俺も欲しいな……って、違うっ! 空から飛来するバイドの種子がどうやら地底に集まっているらしいことを告げると、間欠泉地下センターの入り口の場所を聞き出す。

 

「ええ、こちらですが……今は封鎖されているんで利用できませんよ?」

 

 一応案内をして貰ったが、ここで驚愕の事実。

 

 封鎖だって!? 詳しく早苗に事情を聴くと、バイドの地下や地上への出入りを容易にするこのエレベーターは、神奈子の手によって封鎖されてしまったのだという。現にバイドがここから飛び出たこともあるようで、無暗にこのエレベーターを動かすのは危険であると何度も強調していた。

 

 次にここを開いたら大量のバイドが噴き出してくることだってあり得る。確かにここを開くのは愚行と言えるだろう。

 

「それでは地底に突入できないではないか!」

 

 驚愕しながらも提督は色紙にサラサラと自分の名前を書いている。それを手渡すと早苗は嬉しそうに掲げていた。

 

「後で俺にもサインを……じゃなくって誰か地底に詳しそうな人に入り口を聞き出さないと」

 

 と、ここで俺は白蓮と目が合った気がした。そうか、かつて地下の奥底の魔界に封印されていた彼女なら何か知っている筈……。

 

「えーと……。私も封印されていた時なので詳しくわかりませんが、地底に通じる穴に『幻想風穴』という自然の洞窟があるらしいと。詳しい場所は私よりも先に地上に出て私を救出しようとした一輪やムラサのほうが詳しいと思います」

 

 そうか、では一度命蓮寺に戻って情報を集めようとした矢先、見知った影が猛スピードで俺に近づいてきた。青いワンピース姿の背の低い少女。あれは氷精じゃないか。

 

「チルノちゃん、どうしたのです? 顔が真っ青ですよ!?」

 

 誰かと思えばチルノではないか。見間違うはずもない。初めての弾幕ごっこの相手であり、彼女曰く俺は「あたいのマナデシかつ、えーえんのライバル」なんだそうだ。

 

 そんな彼女が髪の毛や身に着けている服だけでなく、顔までも真っ青にしている。白蓮さんが落ち着かせるように促すと、どうにか事情を口に出来る程度に落ち着きを取り戻したようだ。

 

「どうしたんだ? 『喧嘩したからアールバイパーの力を貸してくれ』ってのはナシだぞ?」

「そんなじゃないんだよ! 春でもないのにリリーホワイトが荒ぶってるの。こんなの変でしょ!? あたいだって季節くらいわかるし」

 

 リリーホワイト、またの名を「春告精」ともいう彼女は、その名の通り春の妖精である。主に春先に大きな力を持つようになり、毎年冬の終わりに「春ですよー!」と大声を張り上げながら群れて飛行するのだ。

 

 春の到来を告げながら、桜の花びらや弾幕を伴ってたくさん飛行する様は圧巻であるし、近づくと危険である。

 

 とはいえこれは彼女が最も力をつけている春先での話。普段は力の弱い妖精ゆえに大人しくしているはずだ。こんな残暑に元気になるとは考えにくい。確かにおかしな話である。

 

「暴れ出しちゃって手が付けられないんだ。というわけでアズマ、援護を命ず!」

 

 とにかくチルノの言ってることが本当ならこれは明確な異変だし、暴れ出している以上、被害が出ないように止めなくてはならない。

 

「確かに野放しには出来ないな。アールバイパー、出撃する!」

 

 銀翼をくるりとターンさせると、一気にバーニアを吹かす。チルノと共にリリーが暴れている場所まで向かう為に。

 

「春を告げる妖精がこんな晩夏に活発な活動……か。嫌な予感がする」

「私はこの件を神奈子様にお知らせします。本格的に動かなくてはいけないのではと提言して」

 

 遅れて提督と白蓮が続き、俺たちとは別の方向へ早苗は向かう。

 

 

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 しばらく移動を続けていると、照り付ける暑い日差しの中、この季節に相応しくないものが目の前に現れた。そいつは甲高い声でキャイキャイ騒ぎながら「何か」をばら撒いているのだ。

 

 春の妖精だし桜の花びらなのだろうか? いや、そんな筈はない。もう少し近づいて様子を見てみよう。

 

「春ですよー、春ですよー!」

 

 もう夏も終わりだというのに、壊れたラジオのように騒ぎ立てながら、くすんだ桃色の弾幕をまき散らしている。いや、投げつけているという表現の方がシックリくるか。

 

「春はもう終わってるよ!」

「春ですよー、春ですよー!」

 

 駄目だ、まるで会話が成り立たない。今も友人の言葉などどこ吹く風と言わんばかりに弾幕を投げつけて周囲の妖精に攻撃を加え続けている。緑髪をした大人しそうな妖精が泣きながらその猛攻から逃げ惑っている。

 

「ううっ、ぐすっ。リリーちゃん、もうやめて……」

「大ちゃん、もう大丈夫だよ。あたいが認めたマナデシを連れてきたから」

 

 どういうわけか妖精最強のチルノですら手が付けられなくなっているというのだ。季節外れの春の妖精がチルノを凌駕する……。やっぱりこんなのおかしいよ! いや、一つだけ可能性がある。

 

 だが、それを認めてしまうということは……。そうやって思考を巡らせまいと頭を振るが、妖怪の山山頂での豹変した神奈子の姿が脳裏に浮かぶ。

 

 そんなまさか! だって神奈子さんは結局大丈夫だったじゃないか。そんなこと、そんなことあり得ない! 有り得てはいけない……!

 

「春デすよー、はルでスよー!」

 

 古ぼけて音が所々飛んでしまうレコードのように同じ言葉を復唱する。それはどう見ても狂っているようにしか見えない。そしてついに彼女と目が合ってしまった。琥珀色をした彼女の目と……。

 

「この感じ、私に似ている。これはつまり……『そういうこと』だ。恐らく放つ弾幕はバイド物質だろう。アズマ、覚悟を決めるんだ。奴を放置するわけにはいかない」

 

 バイドだ。彼女はバイド化しているんだ……。この忌まわしき呪いから彼女を救うためには……!

 

「殺す……。バイド汚染から解放するにはその肉体を滅ぼすしかない!」

 

 頭では分かっていた。だが、体が動かない。操縦桿を握る手がガタガタと震える。な、何を今更……。

 

 俺は幾度となく幻想郷の希望として侵略者どもに手をかけてきたではないか。今度だってそうだ。乗っ取られて、でもそのことに気が付けずにバイドの尖兵と化した彼女を屠るだけだ。

 

 やっていることは前と変わらない……だというのに動けない。

 

 人の形をしているから? いずれ愛する人を手にかけなくてはならなくなるかもしれないから?

 

 俺は……俺は……!

 

「来るぞ!」

 

 ジェイド・ロスの声で俺は我に返る。赤黒くくすんだバイド粒子がビッシリとこちらに迫ってきたいたのだ。

 

 躊躇っていては俺まで……。俺は覚悟を決めた。静かにレイディアントソードを展開するとこれを一閃。迫るバイド粒子を斬り落とした。粒子が剣に残らないようにもう一度空を振るう。よし、反撃の時だ。やるしか……ない!

 

「ちっくしょぉーーー!」

 

 バイド化したリリーホワイトめがけて俺は錐もみ回転しながらツインレーザーを浴びせかける。ぐんぐん縮まる間合い。このあともう一度至近距離からのレイディアントソードで……。

 

「!?」

 

 だが、リリーは消えた。そう、忽然と。むなしく空気を引き裂く蒼い刃。どこに消えた……。俺は魔力レーダーに目を通しつつ感覚を研ぎ澄ませる。

 

 …………4時の方向で魔力の増大を確認! そこかっ! くるりとターンするとリリーが出てくると思しき場所に菊一文字を撃ち出した。音もなくゆっくりと前進したポッドが、ちょうど魔力の収束する空間のど真ん中でぴたりと制止、ビーム状のバリアを展開した。

 

 案の定リリーホワイトは罠の張られた空間に姿を現し、ビームに自分から直撃。恐らく再び瞬間移動をして撹乱しようとしたのだろうが、思わぬダメージを受けて怯んでいる。

 

「このまま畳みかける! 銀符『ツインレーザー』!」

 

 オプションを限界まで呼び出すとスペーシングのフォーメーションを取らせる。そのまま俺はスペルカードを掲げながら、自分を中心に横一直線に並んだオプション編隊ごと高速回転しつつ、細く短い光線をこれでもかと撃ちまくる。

 

 そのたびにのけ反りながら吹っ飛んでいくリリー。バイド化しているとはいえ所詮は妖精。数々の修羅場を切り抜けた俺とアールバイパーの敵ではない。

 

「やりました、銀翼の大勝利ですっ!」

「いや、まだだ! これで終わってはいけない!」

 

 服のあちこちがボロボロになり、薄羽にも無数の穴が空いており非常に痛々しいことになっている春告精。普通の弾幕勝負なら勝負が決まっているようなもの、むしろ痛めつけすぎな部類に入る。だが、これは普通の弾幕ごっこではない。俺は操縦桿を握り直す。

 

「いけません! それ以上は本当にリリーちゃんが……。ジェイドさんっ、他に方法はないのですかっ!?」

「……」

 

 尼僧の必死の叫びに耳を傾けるも、頑なに口を閉ざしたままの提督。言葉はなくとも、その悲壮な面持ちが全てを語っていた。

 

「ちくしょう、ちくしょう……!」

 

 照準をバイド化した妖精に合わせると、俺は固く目を瞑り……!

 

 声にならない悲鳴を上げながら引き金を引く。か細く甲高いレーザーの照射音の直後、グチュと嫌な音が俺の鼓膜を襲った。

 

 最初の一撃がその胴体に風穴を開けたかと思うと、次々と着弾し、それはもはや原形を保たないほどに穴だらけとなり、割れた水風船のごとく鮮血が飛び散ったのだ。

 

 それでも幸いだったのが彼女の、バイドに取り付かれた哀れな妖精が自らの体に引火してその姿がほとんど焼け落ちてしまったこと。

 

 炎は瞬く間にその体を包み、そして何事もなかったかのように亡骸は灰となってしまった。

 

「あ……あああ……!」

 

 俺はアールバイパーを何とか軟着陸させるとコクピットから這い出すように脱出。自分で立ち上がれない程にまで精神をやられてしまったようだ。フラフラと亡骸のもとへ向かおうとするも足がもつれて自分の脚に躓いてしまう。

 

「アズマさんっ!」

 

 そんな俺を思い切り抱き寄せるのは白蓮。俺は彼女の胸の中で涙を流していた。今も震えが止まらない。その様子を遠巻きに見ていたのがコンバイラタイプのバイド。

 

「辛いことをさせてしまったな……。君の代わりに我々が手を下すことも出来た。だが、それではいけないんだ。バイド相手に躊躇いを見せるということは……」

 

 そうだ、それは最悪の結末をもたらす。どうあがいてもバイド化した機械、肉体は元には戻らない。今ここで手を下さなかったら被害はさらに大きくなっていた。だが、それでもリリーは止まらない。どこかで必ず……必ず止めなければならなかった。

 

「そんなっ! こんなことをせずに異変を止めることはできないのですか!?」

 

 涙ながらの訴えるのは白蓮。彼女とてこのような結末は耐え難いのだろう。

 

「そんな手段があれば我々も人の姿を取り戻している。つまりはそういうことだ。暴走するバイドから解放するにはその肉体を破壊する他ない……」

 

 絶望し、涙を流す住職サマ。

 

「ただ周囲を破壊するだけのバイドに容赦などいらぬ。地底に奴らの親玉がいるはずだ。これ以上の被害を出さないためにも早急に地底に向かい、そいつを破壊するんだ。奴を倒して地上に、元の楽園に戻った地上に帰ろう!」

 

 白蓮の胸に泣きすがっていた俺は再び自ら立ち上がる。そうだ、泣いているのは簡単だ。だが、それでは何も変わらない。

 

 ついに犠牲者を出してしまったが、これで終わったわけではない。むしろ始まったばかりだ。散っていったリリーホワイトの為にもここで立ち止まってはいけない。

 

「これ以上の犠牲は出さない、出したくない。だから出さないためにも……行くぞ地底に! 悪しきバイドに鉄槌を下すんだ!」

 

 リリーの暴れていたすぐ傍に暗い暗い洞窟を発見。恐らくここから漏れ出たバイド粒子に汚染されて……。

 

「これです、これこそ『幻想風穴』! ここから地底に入り込みましょう!」

 

 今日この日……。俺はバイドの本当の脅威を目の当たりにしたのだ。こんな奴らを幻想郷にのさばらせている限り、悲劇は決して終わらない……!

 

 ならば、俺はもう迷わない。バイドを倒して、異変を解決して、すべてを終わらせて地上に帰る、それだけだ。


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