とはいえ、いつ紫が襲ってきてもおかしくない状況にアズマはビクビクしていた。
それゆえにしっかりと住職サマの手を握る……。
さて、命蓮寺というのは人里のすぐそばにある。あまり時間がかかることなく、ガヤガヤと騒がしい人里に辿り着いた。ちなみにあの手の繋ぎ方、恋人繋ぎは……したままだったりする。
「間昼間なので人通りも多いですね。迷子にならないように気をつけましょ?」
迷子になる、あるいはこの手が離れる時、俺即スキマ行きだ。甘美な手の繋がりは同時に俺の命を繋ぐ生命線でもあるのだ。……考え過ぎか。
二重の意味でドキドキしつつ、この街並みを見て回る。江戸時代か明治時代あたりで時代が止まったかのような街並みであるが、よく見ると時代にそぐわないような道具もそこはかとなく目につく。本当に常識が通用しない世界だ。何よりもそこを歩く人を見るとたまに明らかに人間ではない姿のモノが歩いているのだから。
声を漏らしながら辺りを見回していると、不意に繋いでいた手が急にグイと引っ張られた。
「あっ、あそこのお団子屋さん美味しいんですよ? アズマさんもきっと気に入ります。さあ、行きましょう行きましょう!」
はしゃぎながら聖さんは一つのお店へと入っていく。手を繋いだままなので、もちろん俺も引きずられるように。ふむ、甘いものか……悪くない。
お店に入ると色とりどりのお団子が目に入る。聖さんは早速今日はどれにしようかと目を輝かせていた。持ち合わせがないので、自分は奢ってもらう形になるだろう。さて、俺が興味を惹かれたお団子は……よし、このとても甘そうなあん団子にしよう。お勘定を済ませて外で聖と一緒に団子を頬張っていると……。
小さい女の子(本当に小さい、手の平に乗りそうなくらい)がふよふよと目の前を飛んでいるではないか。頭に赤いリボン、ケープを羽織ったその子は小さいながらも美しい顔立ちであった。まるで人形のようである。
「シャンハーイ」
その子が振り向く先には金髪の同じくケープ姿の少女が歩いていた。真っ赤なカチューシャに目が行く。彼女もまた人形のように整った顔立ちをしていた。こちらの存在に気が付いたのか、トコトコとこちらに歩み寄ってくる。人形と一緒に。
「あれ、白蓮さん。どうしてこんなところに?」
どうやら知り合いのようである。聖さんの知り合いならば、恐らくは彼女も俺の味方になり得る。いずれお世話になるかもしれないから顔をよく覚えておこう。
「幻想郷に不慣れな外来人さんに人里を案内しているのですよ、アリスさん」
今の少女はアリス。なんでも自分と同じで人間から魔法使いに転じた少女なのだという。普段は瘴気の充満した「魔法の森」と呼ばれる森林地帯に住んでいるが、時折こうやって人里まで出てきて買い物をしたり人形劇を披露したりするのだとか。
アリスの連れているこの小さい女の子は人形であり、ちゃんと「上海」という名前がついているようだ。しかし聖にしろアリスにしろ、魔法使いという種族は人間とほとんど見分けがつかない。
「上海、あなたも挨拶なさい」
スカートの裾を持ち上げ、ペコリと挨拶をする人形。なかなか可愛らしい。アリスの命令通りに自動で動く人形か……なかなか興味深い。俺はそう思いつつ、団子を買いに行くであろう金髪の少女を見送った。
さて、腹ごしらえも済ませたし、また一人顔見知りが出来た。今はまた手を握っている。さすがに団子を食べている間くらいは手を離していた。
「これまあ聖様、この方は護衛ですかい? それとも……アレですかい?」
「あらもう、からかうのはよしてくださいな。彼はそういうのではありませんよ」
聖さんは人里でも人気があるのか、よく話しかけられる。俺は当然……面識がないのだから仕方がない。
何だか人通りを通る人に子供達の比率が高くなっているようだ。甲高い声でキャーキャー騒ぐ声が響いてくる。俺は自然と声のする方向を見ていた。
「子供達の声が気になりますか? このあたりに寺子屋があるんですよ」
聖さんが指差す先には確かに大きめの建物があった。寺子屋……つまり学校のようなものか。丁度放課後とかなのだろうか。
「あまりはしゃいで人様に迷惑をかけるんじゃないぞー!」
門の前には先生らしき女性が注意を促しているが……子供たちに耳に入っているのかどうかは怪しい。聖さんはこの女性と面識があるのか、俺と一緒に彼女に歩み寄っていった。
「こんにちは、
青白く長いロングヘアに青を基調としたワンピース。手には教科書らしきものを手にしている。小箱のような形の帽子は何処か博士帽にも見える。そんな彼女はとても知的に見えた。
「ああ、聖さんか。いつも見苦しい所ばかりですまない。……して、今回は何用なんだ?」
サバサバとした口調で用件を聞く慧音先生。それに対し、聖さんは黙って俺の方に視線を向けた。慧音先生も何か心当たりがあったらしく寺子屋に招き入れる。
「なるほど、君がアズマ君だね。まあ、ここで立ち話も難だし、積もる話は中で聞こうか。幸い生徒たちもみんな帰ったしな」
寺子屋の中に案内された。寺子屋なだけあって学習机と黒板……と、学校をイメージさせる道具が揃っている。
「っ! またあいつらしょうもないラクガキしやがって……」
慧音先生が憤慨して教室に入ると、黒板の落書きを速やかに消し去り、そして俺達の元に戻って来た。
「毎度すまないな。あのラクガキだけはどうしても許せないんだ」
黒板には角の生えた彼女の絵が描かれていた気がした。おそらく普段は知的で優しい慧音先生だが、怒らせると相当怖いということを表しているのだろう。彼女も気にしているようなので、話題に出すのはやめておこう。
更に部屋の奥、居住エリアのような場所に辿り着いた。彼女の生活スペースなのだろうか? 先に席に通された俺達。慧音先生はお茶でも淹れに行ったらしい。
見覚えのない風景に俺はキョロキョロと辺りを見回していると、慧音先生が戻ってくる。その手には人数分の熱いお茶と、何故か新聞紙があった。
「前の『
机にお茶を置くと、丸めてあった新聞紙を広げ、慧音先生が指さす。ええっと『ぶんぶんまる』……? 変わった名前だが、幻想郷における新聞なのだろう。身を乗り出して記事を見てみると、黒煙を上げて墜落していくアールバイパーの姿が写真に収められていた。
【謎の銀の鳥、墜落す】
こんな見出しがデカデカと書かれていた。俺はこの銀の鳥に乗って幻想入りしたんだ。文面を見ていくと外来人が中にいたことが書かれているが、俺の写真はなく、特に物騒な事は書かれていない。
「事前に聖さんからアズマ君のことは聞いている。随分と大変な目に遭っているようだな。そして随分奇抜なことを考えている……」
うっ、聖さんってば全部話しちゃったんだな。彼女は俺にまつわる事件の内容を全て知っていた。紫に狙われている事、それを止めさせるために彼女と弾幕決闘をしようとしている事。
「向こうが滅茶苦茶な事を言ってくるんです! 前に外の世界の『核』の技術を受け入れて大変な事になったから、今回はそうなる前に超文明を使って幻想郷を壊そうとしているであろう俺を排除するって……」
「それで……話し合いは無理、生身で戦っても無理と判断し、その超文明たる銀の鳥を使って紫を負かすってことかい?」
弾幕ごっこは一種の決闘。決闘ならばちゃんとルールがあるので、大妖怪である紫にも勝てるかもしれない。俺はその淡い希望にすべてをかけているのだ。だが、そんな俺の信念を真面目に受け取ってくれる人はいない。聖さんですら困惑していたのだから。
「馬鹿げてます……よね。まだアールバイパーがどれくらいの能力を発揮できるかも分からないというのに」
どんな辛辣な答えが返ってくるか。ある程度は俺の中で覚悟出来ていた。
「全くだ。そんなこと普通の馬鹿だって思いつかないぞ。よりにもよって事の発端となった超技術を使い、
予想通り、いや予想以上に辛辣な言葉を投げかけられて俺は縮こまるしかなかった。そんな俺を気遣ってか、隣に座っていた聖さんは俺の背中を撫でてくれている。ああ、暖かい。暖かいが俺の心は未だ冷たい。
しかし、慧音先生はこの後意外なことを口にする。
「だが、こうなることは必然だったのかもしれない」
慧音先生の口から外界からもたらされた「核融合」の技術による事件の話が語られる。
外界からやって来た神様がとある地獄烏に「核融合」の力を与えたのだが、その地獄烏はその力を使って幻想郷を支配しようとしていたらしい。その異変は一人の巫女が地獄烏との「弾幕ごっこ」に勝利することで阻止出来たものの、その一件以来、八雲紫は外界の技術に対して警戒心を強く持つようになったそうだ。
「お前の隣にいる聖さんはこの事件があったからこそ幻想郷にいるようなものだ」
地獄烏が暴れたことであちこちに間欠泉が発生、その際に封印されていた聖白蓮も地底から押し上げられたのだという。
俺が八雲紫に襲われる理由となった事件によって日の目を見た人の元にいる俺。俺の手には地霊殿での事件の首謀者と同じく、超技術が握られている。なんとも因縁深い。
「とにかく、その超技術たる銀の鳥が復活してしまった以上、八雲紫とぶつかり合うことは避けられないだろう。アズマ君はせっかく知り合った人間だ。私は出来るだけ君のバックアップを行う。自分が信じる通りに……やってみなさい」
その言葉を最後に交わし、俺と聖は寺子屋を後にした。寺子屋を出るとかなり長く話し込んでいたのか、日は既に傾いていた。そろそろ妖怪の活動する時間だ。人里はまだ安心だとはいえ油断できない。
「今日はもう帰りましょうか。手ですか? ええ、また繋ぎましょうね」
陽が沈む中、命蓮寺へと足を進めていった。
____________________________________________
その頃、幻想郷辺境の某屋敷(マヨヒガではない)では……。
紫「
閉め切った部屋の中から紫の声が響く。藍と呼ばれた九尾の狐はその部屋の前に直立し、両手を袖に入れている。彼女の隣に開いたスキマからポトリと落ちてきたのは幼い少女の姿をした猫又。この子が橙と呼ばれる子である。
「それで紫様、要件というのは?」
「その前に、ゆかりさまー、どーしてお外に出ないんですかー?」
用件を聞こうとした藍を遮るように橙が素朴な疑問を投げかける。藍は橙を睨み付けたが、紫が橙の質問に答え始めると再び表情を柔和なものに戻す。
「それはねー橙、ワルーい人にお顔を殴られて顔が腫れちゃったからなのよー。だからゆかりん、お顔が治るまで絶対に外には出ないわよー」
二人の会話を聞いて呆れかえる藍。特に自分のことを「ゆかりん」と言い出したところに。咳払いすると、今度は藍が申し出る。
「そうでなくても引き籠りがちだというのに……。それよりお顔は大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないから貴女達を呼んだのよ、まったく……。弾幕ごっこだというのに『超人』とかいって思いっきり殴りかかって来るんだもの。まだ頬が痛むのよ、まったくもって非常識すぎるわ、あの尼っ!」
ひとしきり喚き散らすと、紫は冷静さを取り戻す。
「……まあ愚痴ばかり言っても仕方ないわね。ええっと、二人を呼んだ理由だっけ? それじゃあ端的に命じるわ。今から二人で命蓮寺に潜入して、あの外来人と彼が持ち込んだ超技術の銀翼の偵察に向かいなさい。まだ壊してはダメよ? 何が起きるか分からないのだから。頃合いを見て指示は出していくから、まずは偵察に専念して頂戴」
「はーい!」
「御意」
二人の式神はくるくる回りながら夕闇の空へと消えていった……。
かつて外の世界より持ち込まれた核の脅威は幻想郷を震え上がらせた。
しかし、その異変があったからこそ白蓮さんは封印から解き放たれた。
時を経て再び外の世界から幻想郷に降り立つは超技術の塊(アールバイパー)。
しかし、その異変が起きたからこそアズマはこの幻想郷に息づいている。
不思議な因縁、奇妙な因縁。地霊殿での異変ではかの八雲紫も動いたという。
繰り返す外界との因縁。もはやアズマと紫の衝突は回避不能なのか?