しかし巨大バイド「モリッツG」が2機も投下され、2人はそちらの対応に追われてしまう。
狂ったように突き進む兵器をどうにか無力化出来たアズマ達は、他のバイドが既に人里に到達していないかと案じつつ、飛翔する……。
※本エピソードが正史となります。
人里に到達した。長い長い夏の夕暮れ。いまだ日の入りを迎えず夕陽射すこの場所は……未だバイドの脅威は達しておらず特に破壊された形跡は見られない。
「ここは危険だから妹紅……自警団の指示に従って避難するんだ!」
人々は空中から降りてくるバイドの艦隊を指差して騒ぎ立てたり恐怖におののいたりしつつも、自警団によって誘導されていく。奴らの攻撃対象は人里で間違いないだろう。
逃げ惑う人間達の真上には暴走戦艦「コンバイラ(※1)」や暴走巡洋艦「ボルド」がひしめいている。その気になれば彼らを手にかけることなど造作もない筈だ。だというのに人間達には目もくれずといった感じだ。あのバイド、いったい何が目的なんだ……?
「何かあってからでは遅いです。ここはこちらから仕掛けて……」
「いや、まだ避難している人間がいる。それが済んでからだ。コンバイラの奴、その気になればこんな木造だらけの建物なぞ簡単に破壊しつくせる筈なのに、何もしてこないのも気になるし」
バイド艦隊は更に高度を下げ、建物スレスレのところまで降りてきた。それでもサーチライトであちこちを照らすだけで攻撃の気配は感じられない。夕陽に照らされた大人しいバイドはどこか美しくすらあった。
相変わらず警戒しながらいつでも攻撃できるように追随するが、人里上空を一通り飛び回るだけで遂に何もしてこなかった。
「あちこちをサーチライトで照らして……何かを探しているんでしょうか?」
睨み合いが続く中、誰もいない人里に新たな影が下りてくる。妖怪が跋扈する幻想郷に置いて人間の安全が保障されるはずの人里を蹂躙せんとする外敵を排除するべくやって来たのは博麗の巫女。そして彼女と共にいるのはスキマの入り口に腰掛ける妖怪賢者。
彼女らはただバイド艦隊のみを睨みつけていた。
「あれが侵略者ね。気持ち悪い見た目だけど、要は異変を起こしている妖怪みたいなもんでしょ? さっさと退治するわよ!」
「待ってくれ、あいつら様子がおかしい!」
コンバイラを庇うように俺は二人の前に立ちふさがる。早苗さんは困惑の表情を浮かべてその場から動けないでいた。
「侵略者を庇うのかしら?」
すぐに憎悪の対象はコンバイラから俺に移る。ものすごい形相で睨みつけられるがこちらも怯むわけにはいかない。
「そういう訳じゃない。バイドの侵略は許されざるものだ。だけど、様子がおかしい。こいつは戦いに来たようには見えないんだ。それにアンタ達だってこんな場所でドンパチやりたくない筈だ」
ただ攻撃するのみ。その本能に忠実に従いあらゆるものを破壊し同化する生体兵器、それがバイドの筈だ。だが奴らの行動はバイドの本能によるものではない。本能に抵抗してまで突き動かされている。理性だ。
「本能にあらがえるのは人類だけ……それじゃああの艦隊はっ!?」
人間、そうだ! あれはもともと人間であったものがバイドに変異した存在。自らがバイドに変じたことに気が付かずに地球に帰還したとある艦隊の悲劇を思い出した。
「『ジェイド・ロス少将(※2)』……。あれは『提督』だというのか!?」
人としての理性が残っているのであれば説得して追い返すことが出来るのではないか?
「紫、霊夢。俺に1度だけチャンスをくれ。誰も血を流さずに異変を解決できるかもしれない」
「デタラメなこと言うんじゃないわよ! こんなのとっとと退治して……」
「……いいでしょう。やって御覧なさい。さて、今回はどんな奇術が飛び出るのかしらね? それとも化けの皮が剥がれるのかしら? くすくす……」
扇子を取り出い口元を隠す紫に掴みかかる霊夢。
「なっ……!? 紫、いいの?」
「あの子、何かあのバイドとやらの正体を知っているそうよ。情報を引き出すまで待ってあげてもいいじゃない。それにいざ戦いになったとしてもあの程度の敵なら楽勝でしょ?」
決まりだな。俺は再びコンバイラに向きなおるとコンタクトを試みる。
「提督、ジェイド・ロス提督……。聞こえますか? 私の声が聞こえますか? 今の我々に交戦の意思はない。ここにやって来た理由を問いたい……」
しかし反応は見られない。人違いなのか、そもそも元人間で間違いなかったのか? 確証がなかった故に俺は焦燥する。やはりコンタクトはとれないか……。
テレパシーの類だろうか、ふいに周囲に声が響いた。会話が通じたぞ。やっぱり「提督」だ。このコンバイラは元々人間だったんだ!
正体不明の……? もしやゼロス要塞のことだろうか。俺たちの活躍を見ていたんだ。まずはこちらの素性を明かしておこう。少しでも警戒心を緩めなくては無用な衝突が起きかねない。
「提督。ここは地球です。『幻想郷』と呼ばれる地です。ここには決まった軍隊はいませんが、あえて答えるなら俺は命蓮寺所属のアズマ、轟アズマです」
いささか、いやかなり困惑している様子だがこのまま話を進めてしまおう。
「提督、貴方の武勇はこの幻想の地にも知れ渡っています」
「知れ渡っとらん!」
「もぉ霊夢さんっ! ここは話を合わせておきましょうよ? 後で細かいところ教えますから……」
ここまでのやり取りで、早苗もようやく真実に気が付いたのだろう。そんな早苗に茶々を入れた霊夢は注意されてわざとらしく「すごーい」とか口にしている。紫はそんな俺やコンバイラ、二人の巫女を少し距離を取って扇子で口元を隠しながら様子を伺っている。無言なのが、そして表情が読めないのが逆に怖い。
「提督、おかえりなさい。しかし貴方は既に……」
この後の言葉がなかなか出ない。だが、これは絶対に告げなければならないことだ。意を決すると俺は喉元まで飛び出た言葉を租借し、綺麗にまとめた上で発言を行った。
「貴方は既にバイド化しています。恐らくは交戦中にバイド汚染を受けたのでしょう」
静寂が辺りを包む。あまりにショッキングな一言の筈。コンバイラもぴたりと動きを止めてしまった。
自らがバイドであることを通告される、それはつまり彼にとって帰るべき場所である地球には迎え入れる人も居場所もないから出ていけと言い放っているようなものなのだ。
だが、俺にはこれ以上オブラートに包んだ物言いが出来なかった。恐る恐るコンバイラに目をやる。
だが、提督はあまりにも意外なことを口にしたのだ。バイドであることを知っている。自らがバイドであることを知りながら地球に戻って来たのだ。
「ほら見なさい。帰る場所だか何だか知らないけれど、ここに居座ろうって魂胆が丸見えじゃないの! 妖怪は、侵略者は、バイドは、異変の犯人はっ! 徹底的に退治するに限るわ!」
懐からお札を取り出し、コンバイラに投げつける。奴に戦意を向けたら収拾がつかなくなる! 慌てて俺はレイディアントソードを取り出すとお札を切り刻んだ。
「無暗に危害を加えてバイドの本能を呼び覚ましたら、『提督』が俺達を敵と認識して説得できなくなるぞ!」
「だって敵じゃないの」
そこを穏便に済ますための交渉だというのに……。今ので交渉に影響が出たのではないかと狼狽する俺。だが、コンバイラは穏やかなままである。
確かに……。だが、そこまで分かっていてどうして「提督」は再び地球に戻ってきたのだろうか?
「提督、教えてほしい。その姿で地球に向かったらこうなることは分かっていたはずだ。どうして戻って来たんだ?」
数拍置いて提督がポツリと告げる。
けじめ……? 何のことを言っているのか理解しないうちにコンバイラはゆっくりとこちらに背を向ける。
ほどなくして赤黒い夕焼け空に一筋の光がキラリと走った。
「隕石……! バイドの増援がっ!?」
ものの数秒で大量の黒い楕円形がこちらに向かって降り注いでくる。対するコンバイラはそれと真っ向から対峙して迎撃する形だ。
「えっ? ええっ!?」
「仲間割れ……かしら?」
どの道あんなデカくて堅そうなものを地上にぶつけるわけにはいかない。俺もファインモーションめがけて援護射撃を行う。早苗も続けて援護し始めた。
「少し癪だけれど、あの『提督』とかいうバイドの援護をしましょう。霊夢、ついてらっしゃい」
多数対多数。量と量のぶつかり合い。多数の弾幕や波動砲によってファインモーションの頑丈な外殻にひびが入り、1機2機と爆発四散していく。
「だから軍隊じゃないっつーの!」
口では不平不満を漏らす博麗の巫女だが、大暴れできるとあって、随分と機嫌がよさそうだ。針、お札、陰陽玉……ありとあらゆる武器で次々とバイドを潰していく。
「大方片付いたか?」
いや、もう1機いた。くっ、速い!
「霊夢さんっ、来てますっ!」
「えっ……」
錐もみ回転しながら唸りをあげて突撃する黒きバイド。彼女の足の速さではとてもかわしきれない……。俺は最高速度まで加速させるとオーバーウェポンの構えを取る。だがアールバイパーの場所から霊夢は結構離れている。間に合うか……?
「重銀符……」
しかしそれよりも早くコンバイラが強烈な波動砲をお見舞いする。光の槍がファインモーションを貫いた。
庇うようにコンバイラから放たれたフラガラッハ砲で霊夢は九死に一生を得た。
山吹色の光に照らされた「提督」はバイドと化していてもなお美しかった。やはり夕陽の見せる魔法だろう。
美しさは魔法の力によるもの。だが「提督」は姿こそバイドに変じていても、その誇りは人間であった頃と何一つ変わることもなかったのだ。これは魔法でも何でもない、正真正銘の事実。
人里を守りきると静寂に包まれる。落ち着きを取り戻したので、俺は改めて提督に問う。
「提督、教えてくれ。どうしてバイドが降り注ぐんだ?」
穏やかさを保ちつつ赤き戦艦はこう続けた。
轟アズマ、まずはこの場所を解放しようではないか。
私達が居座っていてはここに住む人間が恐怖におののいたままだ』
的確に突かれた正論に俺は言葉を詰まらせてしまう。どうしよう……。
「こっちに来ないでよ?」
我先にと拒絶する博麗の巫女。コンバイラと戦わずに和解を試みたのは他でもない俺だ。仕方ない、命蓮寺で受け入れてもらえるだろうか……?
既に日が落ちつつある人里はずれ。山吹色から紫、そして深い群青色に変わりつつある空の元、俺は早苗さん達と別れると命蓮寺の門前までたどり着く。自分で言うのもアレであるが、銀翼の後ろにバイドがぞろぞろと付いてくるという異様な光景だ。
その間にジェイド・ロス提督と他愛のない会話をつづけた。
「命蓮寺の住職サマはね、人間も妖怪も分け隔てなく受け入れる心優しい人なんだ。大人しくしていればバイドも受け入れてくれる……かもしれない」
私の常識ではそんなことはあり得ない』
ところがここは幻想郷だ。常識にとらわれていると足元をすくわれるとよく早苗が口にしていた。
間もなく俺の帰るべき場所命蓮寺に到着。門の上をそのまま飛行して中に入る。
「白蓮、ただいま」
聞き慣れた声に反応し、我らが住職サマがひょっこり顔を出す。が、あまりに珍妙な来客に目を見開いてしまっていた。
「アズマさん、おかえりなさ……まあっ!?」
当然の反応だろう。後ろにゾロゾロといるのはバイドなのだから。
「待ってくれ。こいつらは悪さしない」
だが彼女の口から出た言葉はあまりに意外なものであった。
「うちではそんな大きなペットは飼えませんよ?」
ペット……。破壊の権化であるバイドをペット呼ばわり……だと?
「聖、こいつらは墓地を荒らした妖怪の一味です! ほら、後ろにいる奴なんてそっくり。アズマさん、捕まえてきたのですね」
騒ぎを聞きつけ本尊である星も出てくる。やはりというか何というか、最初の印象はさすがの命蓮寺でも芳しくない。
ああ、帰ろうとしないで提督! なんとかジェイド・ロス提督を引き留めながら今までのいきさつを話す。
「……つまりここ最近空から降ってくる妖怪はバイドという悪い種族だけど、中には善玉のバイドもいると。分かりました、異変について何か鍵を握っているようですし客人として迎え入れましょう」
後ろでどっと歓声が巻き起こる。だが、これら艦隊を率いる提督の表情はいまだ暗い。
本当にバイドを受けて入れてしまった。頼んだ俺が案ずるのも変な話だが、あまりにとんとん拍子であった。もう少し警戒してくれないとちょっと心配だ。
ですがご婦人、私としてはバイド汚染が非常に心配……』
「お風呂もありますよ。さすがに大きい方々ですので別々の時間に入ってもらいますが」
うおぉい、それでいいのかバイド対策? 減菌処理しかしていないバイドの鱗を使ったアーヴァンクもビックリだぞ?
汚染させないように厳重に注意しよう』
どう注意するのか分からないが、バイド側もその気になれば気を付けられるらしい。原理こそ分からないが、今は少しでも味方が多いほうがいい。
バイド汚染のリスクは拭えていないものの、異変を起こすバイドに屈してしまえば結局幻想郷はバイドに支配されてしまうのだ。
「『バイドを以てバイドを制す』か……。少し意味合いが違うが間違ってはいないな」
いずれ起きる大きな戦いに武者震いする俺など気にせずに、さっそくバイド達が命蓮寺に入り込んでくる。バイドシステムαにストロバルト。あちらの緑色の人型兵器はゲインズ(※4)だったか。
「お邪魔しまーす。あ、ちゃんと体を拭かないとね」
「早く食事の時間にならないかなー、地球の水飲み放題じゃん」
「異形の我々を受け入れてくれて感謝する。この恩は決して忘れぬ」
これからの命蓮寺、異変の真相、バイドとの交戦……。俺の不安は絶えないが、当事者どもは一部を除き呑気そのものである。ともあれ賽は投げられた。こうなった以上何としても異変を阻止しなくてはならない。
そんな俺たちを見守るように、紫色の雲が立ち上っていた。その紫雲を飛来してきた黒い隕石が切り裂いた……。
(※1)コンバイラ
R-TYPEに登場した暴走戦艦。4面のボスであり分離合体を繰り返して攻撃してくる。
番外編であるR-TYPE TACTICSではバイド編の主役艦のような立ち位置になっている。こちらでは分離機能はオミットされているようだが、強力な波動砲「フラガラッハ砲」を装備している。
(※2)ジェイド・ロス
R-TYPE TACTICSシリーズに登場する提督。階級は少将。
かつて艦隊を率いてバイドの中枢「漆黒の瞳孔」を撃破するも、取り込まれてしまいバイド化。本人はそのことに気付くことなく地球に戻ってきてしまう。理不尽な暴力に晒されながらも……。
(※3)ファインモーション
R-TYPE FINALに登場した大型バイド。殻を閉じている間は無敵で開いた時に露出する弱点を攻撃する必要がある。
(※4)バイドシステムα、ストロバルト、ゲインズ
いずれもR-TYPEシリーズに出てくるザコ敵や中ボス。バイド化したR-9Aがバイドシステムα、ゴミ集積機がバイド化したのがストロバルト。
ゲインズは人型ロボットのような形をしたバイドであり、波動砲や装備している剣で攻撃してくる。
ところで今回のタイトルの由来ですが、R-TYPE FINALのF-Bルートの最後のモノローグ「夏の夕暮れ、やさしく迎えてくれるのは海鳥達だけなのか?」からの引用となっています。
バイドの姿になってしまったジェイド・ロス提督を受け入れたアズマや命蓮寺の皆さんを海鳥になぞらえてみたのです。