幻想郷では初めての人間の友達も出来、大団円に終わろうとした矢先、激しい地震と共に黒い隕石が神奈子を襲った!
どうにか無事ではあったものの、神奈子の様子がどこかおかしい……?
米粒のような弾幕をばら撒きながら赤く焼けた御柱を撃ち出してくる。神奈子さんの豹変ぶりは明らかに異常である。
「神奈子様……、神奈子様……。お願いやめて!」
親しいものが狂気に満ちた瞳で睨み付けて襲い掛かってくる。すがるように正気に戻ってくれと懇願するも今の神奈子さんの耳にその言葉が響くことはない。
そんな早苗さんは
「気をしっかり持て早苗! 原因はハッキリしているだろう。さっきの黒い隕石だ」
黒い隕石の直撃から人が変わったかのようになってしまった神奈子さん。さっきの隕石に何か秘密がある筈なのだ。思い出せ、ここ最近頻発してきた事件、まるで意志を乗っ取られたかのように勝手に動き出すモノたち……。
無縁塚に打ち捨てられたバクテリアンの残骸、天狗の里の削岩機、そして今回の神奈子さん……。
「そうか、付喪神だ! あの隕石の正体はモノに取り付いてそれを乗っ取る付喪神のコアなんだよ!」
何故そんなものが空から降り注ぐのか、理由は分からない。分からないが、今は原因を解明することよりも成さねばならぬことがある。
「それじゃあ神奈子様は付喪神に乗っ取られたってこと!? 道具じゃなくて神様に取り付く付喪神っていったい……?」
「あるいは本人ではなく、背負っている注連縄かもしれない。とにかく大人しくさせるのが先決だ!」
現人神、そして後ろでまごつく祟り神を庇うようにアールバイパーを前進させ、レイディアントソードを掲げる。ひっきりなしにばら撒かれる米粒型弾幕を切り捨てると、こちらを狙わんというばかりに数本の赤く焼けた御柱が突っ込んでくる。隙間ない柱に銀翼は一度距離を取り再び接近の機会をうかがう。
「なんて物量の御柱だ。まるで隕石群だぞ!」
「あれは『メテオリックオンバシラ』。神奈子さんは何としても接近させまいと必死です」
先程神奈子さんと対峙した時に発動しようとしていたスペルだ。まさかここまで強力なものだったとは……。あんなに重い上に速く動く物体はリフレックスリングでも掴めない。捕えることはできるだろうが、そんなことをしたら自分自身が御柱に引っ張られてしまうのは明白である。
「しまっ……」
考え事をしていた隙を突かれ、銀翼は熱された御柱の直撃を受けてしまう。思い切り地面に叩きつけられ、小さなクレーターを形成してしまう。いまだにチカチカする視界。銀翼はほどなくして息を吹き返していた。……まだ俺までは潰れていない。
朦朧とした意識の中、再びアールバイパーは飛翔。今度こそと言わんばかりに今度は遠方からツインレーザーを発射する。避ける動作を見せない神奈子さんに青い光の針が突き刺さっていくものの、さほどダメージも入っていないのだろう。勢いが全然衰える気配を見せないのだ。
今度は御柱など比べ物にならないほどの米粒弾が迫ってくる。とっさに俺は菊一文字を放った……が、先ほどのダメージでアールバイパーの出力が低下しているのか、ポッドが力なく落ちていって地面でバリアを展開していた。
完全に防御に頼っていた俺は弾幕をもろに受け、機体がグラグラと揺れる。ダメだ、本気になった神奈子さんは格が違い過ぎる。
だが、思わぬ収穫も得た。菊一文字を出力を落として発射すると縦長の爆風を残す対地ミサイルとして機能するのだ。まさかこんな形で「バーティカルマイン」(※1)を再現するとは。
もっとも今の戦闘で空対地ミサイルはそう役に立ちそうにない。これだけの強敵、俺一人で手に負える代物ではないのだ。
「早苗っ。お願いだ、援護してくれぇー!」
気持ちは分からないではないが、早苗さんがまるで戦えないでいる。銃口をそちらに向けるまではいいのだが、その先が動かないようだ。
「……出来ません。だって神奈子様を……。それに、嫌な予感がするんです。だって人に取り付く付喪神だなんて絶対におかしいですよ。アレは本当に付喪神なんですか?」
もう夕暮れ時なのか、琥珀色に染まりつつある守矢神社、その上空で暴走を続ける神奈子さんの瞳の色も琥珀色。確かにただの付喪神と片付けるのは早計かもしれない。実は思い当たる節がないわけではないが、俺はそれを認めたくはない。それを認めてしまうということは俺の手で神奈子さんを……葬らなければいけなくなる。
ぞわと俺の背筋が震える。これが狩るか狩られるかということか、おそらく早苗さんも同じものを想像しているのだろう。俺の腕が鈍る。
しかも早苗さんの場合は俺の場合と更に事情が違ってくる。今の今まで親しくしていた、傍にいるのが当たり前だったそんな人を殺さないといけないということになるのだ。
そんなの戦いを生業とする軍人でさえ即決はできないだろう。ましてや遊びで弾幕ごっこを興じるだけの少女に課する荷にしてはあまりに重すぎる。
だが誰かがやらねば。ならば俺が、たとえ刺し違えてでも……!
葛藤のさなか、再び銀翼が大きく揺れた。しまった、スキを突かれてまた攻撃を受けたのかと思ったが、そうではなかった。大きく跳躍した諏訪子の頭突きを喰らったのだ。
機体が大きく跳ね上げられる。その直後、熱された御柱がさっきまでアールバイパーのいた場所を突き抜けていったのだ。諏訪子さんに助けられたらしい。冷や汗が頬を伝う。
「アズマ、大事な時なのにボーっとしすぎ! 早苗ももっとシャンとしなよ!」
ただ一人、事情を知る由もない祟り神が俺達を叱り飛ばす。早苗さんは「神奈子様がー!」と叫びながら泣き崩れてしまう。ここで俺まで折れるわけにはいかない。
「付喪神なんでしょ? 多分神奈子本人じゃなくて後ろの注連縄に取り付いているんだ」
そうか、あくまで黒い隕石は神奈子本人ではなくて後ろの注連縄や御柱に命中していた。付喪神化するならまずはそっちの筈だ。
「でもまあ持ち主まで操るだなんて随分と厚かましいヤツだね。というわけで……」
彼女の手には鉄でできた輪っかが握られている。その淵は鋭利に研ぎ澄まされており、扱い方を間違えれば手を切ってしまいそうなものであった。
「生意気な付喪神はぶっ壊すに限るけど、まずは暴れている神奈子と切り離さないといけない。アズマは神奈子の気を引いて動きを鈍らせるんだ。そしたら私がこの輪っかで神奈子としめ縄を分断するわ!」
なるほど、あくまで変異したのは道具の方であり、神奈子はその瘴気にあてられているだけ。随分と理にかなっている。俺はその仮説を信じようと思った。もしも本当に最悪の事態が起きていた場合は……その時はその時だ。今はもう少し希望を持とう!
俺は今も弾幕まき散らす荒ぶる神への接近を試みた。
「操術『オーバーウェポン』!」
使用武器をツインレーザーからハンターに変えると、オプションを3体呼び寄せてオーバーウェポンを発動する。青白い球体は針のような形状を取り一目散に神奈子に突っ込んでいく。先ほどのツインレーザーなど比にならないほどの物量。一度御柱のラッシュを止めると、神奈子は守矢神社から逃走しようとする。
俺の背後で輪を構える諏訪子に気が付いたようである。神奈子はさらに上昇すると妖怪の山山頂の湖上空まで逃げ込んだ。キラキラと夕陽を受けて水面が光っている。
再びメテオリックオンバシラが発動され、無数の柱が横殴りに降り注いでくる。湖に突っ込むたびに水しぶきを引き起こし、その威力に肝を冷やした。今度はレイディアントソードを前に構えてエネルギーをため始める。
オプションから魔力が流れ始める。バチバチとレイディアントソードが帯電を始めた。
「重銀符『サンダーソード』!」
そのまま上昇し、神奈子に接近。だが、目前に御柱が迫っている。柱が着弾するその前に、俺はスペルカードを発動。レイディアントソードが一気にエネルギーを解放、巨大な剣となりオンバシラを逆に貫いてやった。
「甘いわっ!」
そのまま神奈子にもダメージを与えられたと思ったものの、背負っていた御柱を取り出すととっさに防御。そのままつばぜり合いが始まる。
なんて力だ。こっちは振り回すことすらできないサンダーソードを片手で軽々と持ち上げた御柱によって防がれているのだ。加えて俺はオーバーウェポンを使っている身。このつば競り合いが長時間維持できるとはとても思えない。
追い打ちをかけるように、こちら側が押され気味なのだ。まずい、もうオーバーウェポンの魔力が持たないっ!
まさにオーバーウェポンが途切れんとするその時、助け船がやって来た。
「よくやったアズマ! 隙だらけだよ神奈子っ、これが洩矢の鉄の輪だぁー!」
側面から諏訪子が鉄の輪を投げつける。唸りをあげて神奈子の背後をかすめるように切り付けて、貫通した。
見事に注連縄と神奈子を分断することに成功。神奈子はスイッチが切れたかのように急に動きを止めて湖へ吸い込まれるように落ちていく。付喪神化したであろう注連縄と共に……。
「落とさせませんっ!」
神奈子を受け止めるように飛翔したのはガントレットの戦闘騎、つまり早苗さんであった。ドスンと一瞬高度を落とした早苗さんであったが、持ちこたえて湖のほとりまで運んでいく。一方の注連縄はボチャンと池に落ちていった。飛ばしていた御柱も湖へと落ちていき、次々と水柱を上げている。
「神奈子さんっ! 大丈夫ですか!」
付喪神に取り付かれていた神奈子が元に戻ったのか、その身を案じて俺と諏訪子も早苗を追いかける。俺はアールバイパーから降りた。
湖のほとりでは仰向けに横たわる神奈子さんの横で、早苗さんがこれでもかと号泣していた。助からなかったのか……?
「何にも知らないだなんて! 心配で心配で私は……うぇーん!!」
今も神奈子のスカートに顔をうずめて涙を拭いている。おそらく早苗さんの顔は涙でぐしゃぐしゃになっているだろう。そんな様子をボンヤリと眺める神奈子はまるで二日酔いでもしたかのように頭を抱えて周囲を見回していた。
「早苗はなんで泣いてるんだ? 確か早苗とアズマを隕石から庇って……ダメだ、その後が全然思い出せない。それにしても背負ってた注連縄がないし、全身の疲労感がすさまじいし、なんでそもそも私は湖に……?」
すっかり元の色の瞳に戻った神奈子さん。彼女はどうやら隕石がぶつかった後の記憶がないようである。なるほど、これなら俺の想定していた「最悪の事態」は起きていなかったことが分かる。早苗さんもそうであることが分かり、こうやって甘えながらも泣きじゃくっているのだろう。
「とにかく冷えるな。体に良くないし神社に戻ろう」
そう現人神を諭すとスックと神奈子が立ち上がるが、俺は吹き出してしまった。なんたって、神奈子さんと注連縄を分離するのに余分に服の後ろ側も切り裂いたらしく、背中からお尻からひざ裏まで肌が色々とあらわになっていたのだから。神奈子さん、冷える理由はそれですよ。
そんなこと気も付かずに振り向く神奈子さん。
「あのっ……」
そのことを教えようとした矢先、涼しい風が吹き付ける。はらり、と前側だけの服が剥がれ落ちそうになる。
「っ……!?」
すんでのところで抑えたからよかったものの、よりによって俺の目の前でやらかした。頬を紅潮させる神様。
「~~~~~! 忘れろっ! 忘れろぉっ!!」
この後、諏訪子さんや早苗さんに止められるまで俺が理不尽な暴力に襲われたのは言うまでもない。
どうにか彼女を落ち着かせると、今度こそ帰ろうとするが、不意に湖が揺れた気がする。
周囲がグラグラと揺れ始めるとこれは明らかに異常だと言わんばかりに湖が盛り上がる。俺は慌ててアールバイパーに転がり込むと、そのまま飛翔。早苗さんもガントレットに跨りつつ俺の後を追う。
湖の水が限界まで盛り上がると、ザバーという派手な音を立ててその異形の姿があらわとなった。
「ミシャグジ様!? いや、こんな奴知らないよ?」
頑丈そうな甲羅で頭部を守る蛇のような怪物が湖から現れたのだ。その胴体は球体を数珠つなぎにしたような見た目をしており、その中心では醜い肉塊がブヨブヨとうごめいていた。醜悪、その一言が何よりもの特徴である。
どうやら飛行能力を有しているようで、こちらを見つけると蛇のような化け物は体当たりを仕掛けてくる。しかし途中で飽きたのか、湖の中に戻ってしまった。
何事かと互いに顔を合わせていると、同じ怪物が再び湖から浮上。再度突撃を試みるもまたも湖に帰っていく。
「あいつ、何がやりたいんだ……?」
そう訝しんでいると再び湖の水が盛り上がる。しかも先ほどの比にならない程の規模。さっきの蛇の親玉だろうか。俺は身構えてその姿を凝視した。
そして露わになる怪物たちの親玉に俺は驚愕した。早苗さんも目の色を変えて、だが声を失いつつ叫んだ。
「こいつは……!」
それは心臓のようなグロテスクな見た目をしていた。あちこちに無数に開いた穴から数珠つなぎの蛇の怪物が出たり入ったりしており、まるで奴らの住処のようになっている。
親玉の上部には青色の瞳が瞬きしており、それが俺たちを捉えた。出たり入ったりを繰り返していた蛇は一斉にこちらに襲い掛かる。
「早苗、こいつって……もしかして……いや、もしかしなくても……」
早苗「『インスルー』と『ゴマンダー』(※2)……。そんな、バイドが幻想郷にやってくるだなんて……」
一度は回避したと思った最悪の事態。だが、結局奴らはこうやって肉塊を蠢かせながら、俺たちの前に現れた。
バイド、それは26世紀の人類が生み出した惑星級の星系内生態系破壊用兵器のなれの果て。
あらゆるものに取り付き、同化するという恐ろしい能力を持った奴らだ。さっきまで乗っ取られかけていた神様はその脅威を知らないのか、キョトンとしながら聞いてくる。
「ばいど? バイドってこの前に早苗がやってた『アールなんちゃら』ってゲームに出てた?」
無言で頷く早苗さん。恐らく付喪神のコアだと思っていた隕石の正体は「バイドの種子」。神奈子さんの注連縄と衝突することで注連縄と御柱がバイド化してしまったのだ。
しめ縄に取り付いたバイド体が神奈子さんを完全に侵食する前に切り離されたのが幸いしたのか、彼女は辛うじてバイド汚染を免れたのだろう。
しかし相手がバイドと判明した以上、猶予はない。こんな山頂の湖に居座られては下流、つまり河童の里はもちろん山のふもと、ひいては人里までがバイド汚染を受けてしまう。
先んじて行動に移ったのは諏訪子。俺達を庇うように躍り出ると先ほどバイド化した注連縄と神奈子を分断した鉄の輪を投げつける。するとゴマンダーを庇うようにうねるインスルーが接近し、その体で受け止めようとするが、それよりも速く鉄の輪はゴマンダーの一部を斬りつけた。
「やるなっ、諏訪子」
いつの間にか新しい着替えを持ってきたのか、元の服装に戻った神奈子が純粋にライバルを称賛していた。
だが、俺も早苗さんも表情が晴れない。あれではゴマンダーを倒せない、そんな気しかしないのだ。
案の定、切り落とされた部分からボコボコと肉塊が盛り上がると、すぐに再生してしまった。
「なっ……」
この二人には任せておけない。バイドならではの恐るべき再生速度に対抗するには、再生などさせる猶予を与えずに速やかに破壊する必要がある。その為には弱点である青い「眼」に強力な攻撃を叩き込む必要があるのだ。軽く目配せをし、早苗と連携を取ることを試みる。
「早苗、わかっているな?」
「ええ、サクっと退治しちゃいます」
バイドのことは早苗さんも知っていた。ノロノロと外敵を排除しようとするインスルーが早苗さんの背後に迫るが……。
「おらっ、お前の相手はこっちだ!」
銀翼を飛翔させ、インスルーの数珠状の胴体に攻撃を加える。ブヨブヨとした肉塊がただれ落ちるとまるで骨だけになったような姿になる。あの胴体は放っておくと弾幕のようにそのバイドの肉片をまき散らすのでその前に手を打ったというわけだ。
そうしているうちに早苗さんはゴマンダーの「眼」の真上に到達。あとは強力な一撃を叩き込むだけだ。
「武装をフリーレンジに変更……標的にロックオン!」
ワイヤーフレームが「眼」を捉えた。わずかにバチバチと帯電を始める。細かい動きを苦手とするインスルーはこんなデリケートな場所までは入り込めないのか、この弱点である「眼」のすぐ前はむしろ安全な場所になっているのだ。
「よし! オーバーウェポンを決めてやれ!」
そしてゴマンダーの「眼」に電撃が走った。バチバチとスパークの始める音、立ち込める肉の焦げる悪臭。醜悪に胎動していたゴマンダーの動きが止まった。
「やったね!」
「しかしこんなデカブツどう片づけるんだ?」
神様たちはなんか呑気に話していた。でもなぜだろう? こいつは死んでいるような気がしないのだ。
嫌な予感ばかりが的中する。機能停止に追い込まれていたゴマンダーが再びドクンドクンと胎動を始める。しかも興奮しているのか、まるで汗をかいているかのようにゴマンダー本体は体液をまき散らし始めたのだ。
「強酸だ! 早苗、すぐに離れろ!」
今度は俺が「眼」の前に向かうとレイディアントソードを振るう。だが、これも一時的に動きを止めるだけで致命傷にはならない。
「こいつは不死身なのか!?」
悪態をつきながら狼狽する神奈子。いくら神様といえ、バイドとはこれがファーストコンタクトになる。うろたえて当然だ。
だが、違和感は俺も感じていた。確かにこんなのはおかしいのだから。俺達はゴマンダーの弱点に2度も再生不可能なくらいの致命傷を与えたのだ。
いくら最強の生体兵器たるバイドだって不死ではない。形成するバイド体が死んでしまえばそれまでであり、息を吹き返すなんてありえないのだ。
「違う、ゴマンダーはそもそも死んでいないんだ。恐らくコアはもう1つある」
俺には心当たりがあった。それはゴマンダー内部に存在するもう一つのコア。あちらを同時に破壊しないとゴマンダーを撃破できない。
「アズマさん、それってどういう……はっ、まさか!?」
「『ゴマンダーさんの中あったかいナリ』。そういうことだ。俺は内側から奴のコアを叩くから早苗さんはもう一度『眼』を突くんだ!」
あの醜悪なバイド体の中に入って戦闘を行う。生身の神様たちや早苗さんではたちまちバイド汚染を受けてしまうだろう。というか女の子にとって、あんなところで任務を行うのはあまりに荷が重すぎる。
もちろん俺とてバイド汚染のリスクはあるが、アールバイパーという鎧を身にまとっている以上、ある程度は耐えられると踏んでいる。それに誰かが奴の息の根を止めなければ、幻想郷全土がバイドに支配されてしまう。それは何としても避けなくてはいけない!
俺は引き留める早苗さんの言葉を無視し、ゴマンダーへ接近した。
今も体を震わせながら強酸をまき散らしている。確かにこれ以上の接近は困難だが何か手段があるはずだ。そうやって様子見をしていると、ゴマンダーの穴の一つが不自然に押し広げられた。
ヘビのようなバイド、インスルーが飛び出してきたのだ。その少し下、俺は細長い体を降り注ぐ酸の雨への傘代わりに、ゴマンダーの内部に突入した……!
ムワっと蒸し暑いゴマンダーの内部。汗のように外側へまき散らしていた強酸はもちろんここでもあふれ出ており、まるで胃袋の中である。外敵を排除せんと液体が降りかかる。
バイド汚染も心配だし、ここは短期決戦を心がけよう。俺はネメシスとコンパクを呼び出すとうねりながらこちらをひき殺そうとするインスルーをいなしつつ、上部からコアが垂れ下がる瞬間を待った。
……今だっ!
「操術『サイビット・サイファ』!」
まずはオプションの突撃。オレンジ色のオーラをまとい、コアを殴りつけると、まるでサンドバッグのように左右に大きく揺れた。
思わぬ反撃に驚いたゴマンダーはコアを引っ込めようとするが、それよりも速くオプションを呼び戻す。フォーメーションをローリングに変えるとレイディアントソードを取り出し、魔力を剣に収束。限界まで溜めた後、声高らかにスペルカードを掲げる。
「重銀符『サンダーソード』!」
剣からほとばしる閃光がコアをゴマンダー本体ごと切り裂いた。あちこちで爆発を起こす肉塊。引き裂かれた「眼」の裏側からキラキラとした夕陽が顔をのぞかせる。俺は空めがけて全力で飛翔。
少し離れていた早苗さんも爆発に巻き込まれまいと俺の後を追うように上昇していた。眼下ではその巨体を維持できなくなったゴマンダーが大爆発を起こしていた。宿主を失ったインスルーが必死の抵抗を見せているが、元々ゴマンダーの養分を貰って生きていたインスルーだ。先は長くないだろう。
「やりぃっ! ……で、俺の体大丈夫そうか?」
緊張がほぐれると真っ先に気になることを聞いてみる。うっすらと水面に映る俺はちゃんとした銀色の翼。特に問題はない筈……。
「ええ。私の目の前にいるのはちゃんとした超時空戦闘機、アールバイパーですし、パイロットもちゃんとアズマさんですっ♪」
それを聞いてほっと胸をなでおろす。バイドがいなくなったことで山頂の湖も汚染が止まり、ひとまずは幻想郷そのものがバイド化するという最悪の事態は回避できたことが分かった。
「でも……これで終わったわけではありません」
ここ最近幻想郷で観測された流れ星、それは物質を付喪神化させるという恐ろしい性質を持っており、さらに悪いことにその正体はバイド体だというのだから。この隕石がなくならないかぎり、バイドはまた幻想郷に入ってくるだろう。
俺はこのような事件を知っていた。バイド討伐を行ったR戦闘機を放置した結果、格納していたコロニーごとバイド化してしまい、それがまるで黒い種子のような形を取って地球に降り注ぐという事件……。
「サタニック・ラプソディー……」
「デモンシード・クライシス……」(※3)
二人の口からは違う事件名が出てきたが、これはどちらも正解である。ほぼ同じ時期に発生した「降り注ぐバイドの種子に関連する事件」という意味では共通しているのだ。
だが、どうして? 別に幻想郷はバイドに襲われたことなく、もちろんバイド化したR戦闘機を格納したコロニーが宇宙に浮かんでいるはずもない。なのにバイドの種子が降り注ぐのだ。まるで理由が分からない。
思索を巡らせてみるが、どうやら俺達にはそんな猶予すら与えられないらしい。再び地面が揺れる。また何かが衝突したのか!?
「また地震……いや、バイドの種子が落ちてくる!」
これ以上被害を出すまいと神奈子と諏訪子が空中めがけて弾幕を張る。だが、今度は少し離れた場所に着弾。ほっと胸をなでおろすが、今度はその物量に驚く。ひっきりなしにバイドの種子が着弾しているのだ。
「と、とりあえず神社に戻るぞ!」
背中に注連縄のない神奈子さんは足が速い。俺達も置いて行かれまいと歩みを早めるのだが、早苗さんが表情をこわばらせて空を指さすのだ。
「早苗さん、ここは危険だ!」
「いえ、だってアレって……」
微動だにしない早苗さん。しびれを切らし、彼女の指さす空を見ていると……。
「あっ、あれは……!?」
早苗さんの指さす空。ポツリと小さな影が浮遊しているのだ。雲一つない美しい夕暮れ。だからこそ……ハッキリ見える。影が夕陽に照らされてゆっくりと横切っているのだ。
目を凝らしてよく見ると巨大なスラスターを左右に装備した真っ赤な巨大戦艦であることが分かる。そしてその縦長の戦艦を取り巻くように大小さまざまな浮遊生命体、そして戦闘機が飛び交っていたのだ。
「あれは……『コンバイラ』?」
「他にも『ボルド』に『ゲインズ』、『バイドシステムα』まで! 間違いありませんっ、バイドの艦隊です! あいつら、幻想郷を本気で征服するつもりなんですよ!」
そしてタイミングよく俺の懐にしまわれていた宝塔型通信機が激しく光り出す。慌てて取り出すと通信機を地面に置く。ほどなくして現れたホログラムは白蓮さんのものだった。
「大変です! 正体不明の妖怪たちが命蓮寺を横断して、そして人里に向かっているようです!」
「命蓮寺を横断!? まさかバイドか? それで、被害は……?」
少なくとも白蓮は無事だったようだが、命蓮寺がバイドにやられた……?
「彼らはただひたすら目的地に向かって直進しているようで、たまたま命蓮寺の墓地がそれに被っていたらしくて……。今は雲山たちに修復作業をお願いしているところです」
墓地ならお彼岸でもない限り人が頻繁に出入りすることはないだろう。人的被害は出ていなかったようだが、今度は人里に思い切り入り込むらしい。まだバイドと確定したわけではないが、障害などものともせずに目的地まで直進するだなんてバイドならやりかねない。
もしも命蓮寺を横切った妖怪の軍勢がバイドのものだとしたら大惨事だ。
「アズマさんは先回りして妖怪たちが人里に入り込まないように足止めをお願いします!」
「了解した。俺の推測だと、その妖怪達はかなりヤバい奴らだ。すぐに出撃する!」
俺はアールバイパーに乗り込むとエンジンを起動させる。横では早苗さんがガントレットに跨っていた。
「戦力は多いほうがいいでしょう? 私も行きます!」
ありがとうと呟くと、銀色の翼と蒼い稲妻は妖怪の山を飛び立ち、一直線に人里へと向かうのだった……。
(※1)バーティカルマイン
グラディウスIVに登場したミサイル系兵装。
自然落下して縦長の爆風を残す空対地ミサイルを発射する。非常に高火力。
慣性が働いており自機の動きに合わせて落下する軌道が変わっていく。
(※2)インスルーとゴマンダー
R-TYPEに登場したボス。
心臓と女性器を組み合わせたような醜悪な見た目をした「ゴマンダー」と彼女に寄生しつつ守っている蛇型の生物「インスルー」の組み合わせ。
弱点は時折開く青い目玉なのだが、原作においてはその弱点目の前が安全地帯だったりする。
(※3)サタニック・ラプソディーとデモンシード・クライシス
それぞれ「R-TYPE⊿」と「GALLOP」での事件の名前である。