東方銀翼伝 ~超時空戦闘機が幻想入り~   作:命人

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迷子の半霊を持ち主に返すべく冥界へ人里へと奔走する貴方とアールバイパー。
しかし半霊の持ち主である半人半霊の少女「魂魄妖夢」は何らかの原因で暴走し、人里で辻斬り行為を続けているようだ。まずは彼女を止めることが先決であると判断した貴方。

慧音先生や「藤原妹紅」率いる人里自警団と協力し、人里に潜伏する妖夢を追いつめるが、先に彼女を見つけた妹紅達は妖夢に倒されてしまっていた。

弾幕を放つと刀で斬り落とされ、近接戦闘に持ち込むと刃の錆となる強敵に苦戦する貴方であったが、白蓮の「スターソードの護法」の弾をアールバイパーの剣「レイディアントソード」に乗せて斬りつける新スペル「銀星『レイディアント・スターソード』」を繰り出し妖夢を撃破、彼女の暴走を食い止めることに成功する。

だが、妖夢は暴走を止めた途端に気を失ってしまった。幻想郷一の診療所である永遠亭に連れて行こうとするが、妹紅によると数日前から診療所は休業しているらしい。
仕方なく気絶した妖夢を命蓮寺で介抱する事となったのだ……。


第8話 ~本当の敵~

 長い長い死闘の末に真っ暗だった夜は次第に明るさを取り戻し、また新たな一日が始まろうとしていた。

 

 とうに意識も失っているというのに、スウスウと寝息を立てつつ、刀の柄をギュッと握りしめたままの少女。半霊と協力し彼女を抱き抱えるとアールバイパーのコクピットに乗せる(複座式なのだ。もちろん操縦するのは俺の役割)。彼女は先程まで脅威的だった様が嘘のように華奢であった。こんなに強くとも女の子なのだなと改めて認識する。そして彼女の半霊は相変わらず機体の外で俺を追いかけるつもりらしい。

 

 俺もコクピットに乗り込もうとした矢先、まだやり残したことがあることを脳裏によぎり、踵を返す。その先にいたのは白黒のドレスに身をまとった俺の恩人。そう、またも助けられてしまったのだからお礼の一つは言わないと。

 

「また……助けられたな。ありがとう、白蓮」

 

 懐からいい紙材で出来た煌びやかなスペルカードを取り出し差し出す。 この「スターソードの護法」は俺の手に余るシロモノだ。返しておこうと思ったのだ。

 

「それは……?」

「これは返そうと思う。白蓮さんのスペルだし俺にはまともに使えないようだ」

 

 腕をまっすぐに突出しカードを差し出す。しかしそのカードを受け取る手はいつまでも出ない。顔を見上げると白蓮はふんわりとした笑顔でこう続けた。

 

「いいえ、それはアズマさんのスペルカードです。私だけでは絶対に成し得なかった技ですから。必死に足掻いて足掻いて、その末に得た紛れもない貴方のスペルなんですよ」

 

 ほんのり熱を持っていた「スターソードの護法」のスペルカードが急に熱くなる。虹色の炎でいきなり燃え盛ったかと思うと一瞬で炎は消える。リアクションを取る間もなく元に戻ったカードをよく見ると……

 

「銀星『レイディアント・スターソード』」

 

 こう書かれていた。イラストも巨大な二振りの剣というそれらしいものに変わっている。

 

「ほら、これならハッキリとわかるでしょう? 私のカードはまた作ってもらうので……。アズマさんもメモ帳の切れ端ではなくてちゃんとした紙のカードのほうがいいでしょう」

 

「さあさあ、怪我人をずっと放っておいては駄目ですよ」と白蓮に背中を押されたので俺は改めて白蓮から授けてもらったスペルカードを懐にしまい、アールバイパーに乗り込んだ。

 

 

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 命蓮寺の一室に妖夢を運び込んで数日が過ぎた。

 

 彼女は今もスウスウと寝息を立てて眠りについている。もっとも寝息も顔に近づいてやっとわずかに聞こえる程度なのだが。そして彼女に何をしても目を覚ますような素振りは見せない。大きい音を立てても揺すってもまるで反応がないのだ。目を覚ましてから事情を聴こうとしたのだが、本人があんな状態では聞くに聞けない。

 

 起こそうと躍起になっていたら「怪我人を無理に起こすんじゃありません!」と白蓮に叱られ部屋から追い出されてしまった。体を拭いてあげたり白蓮なりの彼女の体調を探ろうとしているのだろう。それならば俺は出て行ったほうがいい。少々寂しい気もするが俺は部屋を後にする。

 

 そういえばこの後、俺は薪割りを頼まれているのであった。外の世界では斧を振るうことなどなかったのでまるで扱えなかったが、ここに来てからはそれなりに機会もあるのである程度は慣れたつもり……。

 

「くっ……」

 

 すまない、今の発言は撤回しよう。御覧の通りまだまだ慣れていないもので、傍から見たら危なっかしいことこの上ない。いくつか叩き割って汗も噴き出たので休憩していると、今ではすっかりこの場に馴染んでいる半霊がふよふよと寄ってきた。手を差し伸べるとスリスリと頬ずりしてくる。火照った体にひんやり気持ちがいい。

 

 と、薪割りの途中であることに気が付いたのか、斧の前で漂い始める。

 

「何だ、お前も薪割りやるのか?」

 

 答える声はないが、霊魂のような姿がみるみる姿を変え、妖夢と同じ姿になった。そういえばそんな事も出来たなコイツ。でも相変わらずちょっと白っぽい。

 

「……(フンスッ!)」

 

 見るからにやる気満々だ。だが、まるで刀を扱うように斧を構える。うーん、ちょっと不安になってきたぞ。そのまま薪を一つ手に取ると何を思ったのかポーンと放り投げ始めた。おまっ、まさか……!?

 

 その「まさか」であった。妖夢の姿をした半霊はすぐに高く飛翔、斧を振り回し始めた。すぐさま着地する半霊、遅れてバラバラと落ちてくる薪。半霊はなおもフンと鼻を鳴らして自慢げな顔をしている。と同時にクイックィッと指を動かし催促してきた。なるほど、もっと投げろってことだな。

 

 面白いのでガンガン投げ込む。それをまるで刀を扱うようにスパスパと真っ二つに叩き割っていくのだ。しかし少し透き通っている半霊を認識するのは難しく、遠目に見ると斧がひとりでに振り回されているようにも見えなくもない。軽くホラーである。

 

「ひぇ~、斧がひとりでに飛び回ってる~! 怖いよー!」

 

 視界の端のほうで傘の中に隠れてそそくさと逃げていく小傘の姿が見えた気がした。さて、これが最後の薪だ。いつもよりも高く放り投げる。すかさず追いかける半霊。やたらせわしなく動く刃の軌跡。落ちてきた薪は……何故か妖夢の姿にカットされていた。なんか知らないがスゲェ。

 

 元のお餅のような姿に戻った半霊を抱き寄せる。ありがとうと言いながら。

 

「……♪」

 

 こんな感じで半霊のいる日常、いつまでもとは言わないがもっと長く続くものだと思っていた。あの時は……。

 

 

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 あの衝撃的な薪割りからさらに数日後……。俺は白蓮と談笑しながら廊下を歩む。傍には何かと一緒に仕事をする機会の多い半霊が付き添うように飛び回っている。

 

「それにしても、半霊がアズマさんの傍にベッタリいると、まるでアズマさんが半人半霊になったみたいですね」

「ハハハ……、よしてくださいよ。俺は100%人間ですって……ん、どうした半霊?」

 

 その半霊の動きが妙にせわしない。ここ数日の付き合いで俺は言葉を発さないこの不思議な生命体の意思を、ある程度くみ取れるようになっていた。そしてこの全身を使ったジェスチャーで何かしらのSOSを訴えているらしいこともわかる。もう少し見ていると……。

 

「何、妖夢が目を覚ましそう!?」

 

 俺は制止する白蓮を振り切り、ただただ急いだ。何日も眠りについていた彼女から今回の異変の真相が聞けるのだから。

 何の異変が起きているのか、なぜ半霊と離ればなれになってしまったのか、なぜ異変解決のために白玉楼を飛び出したのに人里で辻斬りなどしていたのか……?

 

 聞きたいことは山ほどある。真実を確かめるために俺は少し乱暴に戸を開いた。

 

 布団の中に一人の少女がウンウンとうなされている。悪い夢でも見ているのだろうか。

 

「おいっ、大丈夫か!」

 

 額からものすごい汗が噴き出ている。俺はそれを拭ってやった。と、次の瞬間うっすらと彼女のまぶたが開かれる。その瞳の色は辻斬りだった時の紅色ではなかった。

 

「あ……。っ!?」

 

 彼女にしてみれば目覚めて最初に見たものが見知らぬ男の顔、それもどアップなのだ。驚きの色を隠せないのは仕方のないこと。あれ、今の俺(+半霊)ってかなり迂闊なことしてる……? だってよく考えたら俺ってば寝ている女の子の部屋になだれ込むように入って、顔をものすごく近づけているじゃん。

 

「ちょっとアズマさ……お、遅かった」

「~~~~~~//////」

 

 言葉にならない悲鳴を上げられながら俺は病み上がりの少女とは思えないほどの腕力で突き飛ばされた。

 

「まったく……。いきなり『半霊がそう言っている』だなんて変なこと言いながら寝ている女の子を襲おうとは何事ですかっ!」

 

 うぅ、こっぴどく叱られた……。二人の少女にそう言われてしまえば俺は正座しながら、塩をかけられた青菜の如くしおれるしかない。だが、本当に半霊が身を挺して教えてくれたんだ。

 

「それだけじゃないですっ! 事あるごとに私の体を触ってきたりそそそその……一緒にお風呂に入れられたり……///」

「まあ! 私の知らないところでアズマさんってばそんなことまで……!」

 

 待て待て待て! 俺は妖夢と入浴なんてした覚えはないぞっ。

 

 そもそも辻斬りとして暴れていた時、気絶した後でアールバイパーに乗せた時、そして先ほどの額の汗をぬぐった時くらいしか俺は妖夢と接触していない。

 

「デタラメ言うな! さっきまで寝ていた奴とどうやって入浴するんだよ! まあ半霊とは何度かハダカのお付き合いをしたが……」

「半霊も私の体の一部ですっ///」

 

 なるほど、汚れた半霊をお風呂に入れてキレイにしようとしたら散々嫌がられたことがあったが、そういう事だったのか。てっきり別の人格があるものだと思っていた。それ以降は一緒に入っても特に嫌がる素振りを見せていなかったので、俺もすっかり忘れていた。

 

 その後も散々油を搾られ続け、日も落ちる頃にようやく解放された。当然半霊は元の持ち主である妖夢の元へと帰って行った。とはいえもう日が落ちたということなので妖夢はもう1泊ここにいるようだ。

 

 だが釈然としない。最初こそ半霊とはギクシャクとしていたというのに、今では向こうからすり寄ってくるくらいに俺に懐いていたのだ。白蓮に「まるで半人半霊だ」と言わしめるほどに。

 

 体を撫でた時もハダカのお付き合いをしていた時も嫌がる素振りは見せていなかった。絶対に妖夢本人とは違う人格が宿っているとしか思えないのだ。

 

 ……とはいえ、妖夢の部屋に飛び込んだときはすっかり忘れていたが、半霊の持ち主が見つかったということは半霊との別れを意味する。こんな形でサヨナラは嫌だ。せめてちゃんと仲直りしてからサヨナラしたい。

 

 その思いを胸にどうにか妖夢に話しかけようとするが、プイッとそっぽを向かれてしまう。

 

「ハァ……。『半霊も私の体の一部ですっ///』か……」

 

 俺には心は別々にあるようにしか見えない。いや、見えなかった。妖夢と一緒にいる状態の半霊はまるで俺のことなど覚えていないようかのように態度が冷たい。ああ、後味が悪いがこれでお別れするしかないのだな……。さみしい。

 

 夕飯の味は忘れた。あんな事があった直後なので頭が混濁しているのだ。今日はもう寝てしまおう。俺が聞きたかったことは白蓮が代わりに聞いてくれるだろう。

 

 明かりを消し布団に入り込む。意識が遠のき始めたころ……。

 

 わずかにふすまの開かれる音がした。消えかかった意識は急覚醒。体を起きあげて侵入者が何者か見据える。

 

 ふすまを開いたのは妖夢……? いや、違う。

 

「お前……半霊か?」

 

 妖夢の姿をした彼女は無言でコクリとうなずく。なるほど。暗くてよく分からんが、これだけ人懐っこいのは半人のほうではなく紛れもなく半霊のほうだ。よしよしと頭を撫でてやる。気持ちよさそうに身をよじると俺に身を預けてきた。

 

「おいおい、こんなところ見られたら俺の命がいくつあっても……」

 

 だが彼女は離れようとしなかった。そうなのだ、俺は最初はともかく半霊を無理に俺の傍に置いていたわけではない。妖夢本人がいくら俺に嫌悪感を募らせても、この愛らしい真白な生命体は俺のことを避けたりはしない。

 

 それは妖夢が見つかった後も変わらない。最初は本来のパートナーが行方不明であることによる不安感から来たものだと思っていたが、妖夢が見つかった後もこの様子である。確かに半霊は妖夢の体の一部ではあるのだろうが、心は別に存在する。そんな気がしてきた。

 

「ありがとう……」

 

 不意に少女の声でこう聞こえた気がした。誰か他にいるのか? 今までも言葉をまるで発していなかった半霊が喋っているとは考え辛いし他に誰かが……!? 声の主を探しキョロキョロとあたりを見回す。

 

 と、いきなり妖夢……もとい半霊の顔がすぐ近くにまで迫っていた。俺がそれを認識するかしないかの瀬戸際で……。

 

 

(ちゅっ)

 

 

 限りなく口元に近い場所の頬に柔らかな唇の感触。紛れもなくキスであった。そうか、さっきの感謝の言葉の主は……。そしてこの行為もありがとうって気持ちをダイレクトに伝えるための……。

 

 って、そんなことはどうでもいい。呆然としつつ血の気が引いてくる俺。理由はどうあれ、相手から迫ってきたとはいえ、こんな事がバレたら間違いなく殺される……!

 

「そうか、『ありがとう』って言いに来たんだな。ちゃんと伝わったぞ。さあ、妖夢が心配するからもう帰るんだ。お前は妖夢の半霊。俺の傍じゃなくて、そっちにいるべきなんだ。最後にちゃんと挨拶できて俺は嬉しいよ。半霊、俺からもありがとう。そして、さような……」

 

 しかし妖夢の姿をした半霊は小さく欠伸をすると元のお餅のような姿に戻ってしまっていた。その姿のまま勝手に俺の布団にもぐりこむ。オイオイ、正気かよ……。

 

 いくら呼んでも揺らしても布団から出てくる気配はない。替えの布団もないし、まして半霊を妖夢の元に送り届けるなど自殺行為だ。布団から追い出すのも可哀そうだし……。そうなると残された選択肢は一つ。

 

「添い寝……か」

 

 十二分に危険度が高いが送り届けるよりはマシだろう。姿が妖夢ではなく元のお餅のような姿に戻っていたのは不幸中の幸いだ。俺は意を決して布団の中に潜り込んだ。待ってましたとばかりにすり寄ってくる霊魂。ふふ、涼しげでいい感じの抱き枕だ。

 

 俺はこの不思議な不思議な半霊と同じ布団の中で一夜を明かした……。

 

 

____________________________________________

 

 

 

 翌朝……

 

「……(ジトー)」

「……(ジトー)」

 

 やっぱりこうなったか。半霊との添い寝はアッサリとバレてしまい、こうやって白蓮と妖夢に詰問されている。全部半霊が仕掛けてきたことだと言ってやりたかったが、半霊が弁解してくれるとは到底思えない。死人に口なし半霊に口なし。

 

「こともあろうに添い寝だなんて……」

「汚らわしいです! ケダモノです!」

 

 くそぅ、全くもって言い返せねぇ。と、俺はあることに気が付いた。今日の半霊、なんかデカくね? うん、俺の目に狂いがなければ二回りくらい大きい気がする。ま、まさか妊娠したなんてオチはないだろうな……。俺はあくまで添い寝しただけ。そのようなこと起こる筈はない。

 

「ちょっとアズマ>さんっ、聞いているんですかっ!」

「あら、今日の半霊ちゃん、ちょっと大きくない?」

 

 白蓮が気が付いたか。うん、完全に詰んだ。

 

「まさか……やるところまでやってしまったのではないでしょうね!?」

「んなワケあるかいっ! 一日って早すぎるでしょうに!」

 

 うん、詰んだら困る。と、半霊が何か苦しそうにじたばたしている。おいおい、お前まで俺に味方してくれないのか? もともと大きめだった真っ白い体がさらに膨張する。今では妖夢と同じくらいの大きさにまで膨れ上がって……。

 

 弾け飛んだ。まるで風船が割れるかのような破裂音とともに。いや、よく見ると大きな半霊から小さなやはり霊魂の形をした物体が飛び出したのだ。

 

「み゛ょんっ!?」

 

 気が付くと半霊が2つに増えていたのだ。驚くの無理はない。片方はそのまま本来の持ち主の元を離れない。もう片方は待っていましたとばかりに俺にすり寄ってきた。間違いない、ここ数日の間俺と一緒にいた半霊だ。嬉しさのあまり頭をナデナデしてあげる。

 

 ……あれ? 何か違和感。試しに妖夢の傍にいる半霊に触れる。ビクンと嫌がるように体を震わせる半霊と妖夢。なるほど、半霊も体の一部とか言っていたくらいだし、感覚を共有しているのかもしれないな。ちなみにその間に平手打ちをくらったのは言うまでもない。

 

 そう、人懐っこいほうの半霊は触れても特に妖夢と感覚を共有している節は見られないのだ。となると全く別の存在……?

 

「ほ、本当に赤ちゃんが……」

「だからそんなわけないでしょーに!」

 

 こんな事あり得ないので再度弁解をしていると……。

 

「ええ、その子は妖夢の赤ちゃんとかじゃないわよ~♪」

 

 突然の可愛らしい声に驚く。周囲を見回すと幽々子が命蓮寺の一室に姿を現していたのだ。フワフワと浮かんでいるのは幽霊っぽい。

 

「暴走していた妖夢が落ち着いたというのに、いつまでも白玉楼に戻ってこないから迎えに来たのよー♪」

 

 これまでの緊縛していた空気が一気に緩むほどのホンワカした口調。俺の傍に付き添う半霊を抱き抱えると頭(と思われる場所)を撫でる。

 

「ゆ、幽々子様……。それじゃあそれじゃあっ! この私の半霊ソックリな生き物は何者なんですか?」

「ううん……。この子は半霊だともいえるし、そうでもないとも言えるわね。アズマ君と長く行動していたために半霊に独立した人格が形成されたみたい。私と弾幕した時も半霊はアズマ君をよくサポートしていたわ。あ、あら、そんな気を使わなくてもいいのに」

 

 気がつくと白蓮がお茶とお茶菓子を持っていた。急な客人にあまりにも早い対応、さすがである。お茶をすすりながら幽々子は続ける。

 

「アズマ君を慕う『想い』が半霊から飛び出して同じ姿を取ったってことね。霊魂は気持ちや意思の集合体とも言えるの。それに妖夢だって半霊を4つにまで増やしたことあったじゃない。何も半霊が増えることはおかしなことではないわ♪」

 

 なんとまあ滅茶苦茶な理論だ。というか半霊って増えるんだ……。4つになったら半霊どころか八分の一霊……? ゴロが悪い。とにかくこの新しく出来た半霊は妖夢との因果関係はないらしいとのこと。いくら触っても妖夢に反応が見られない。

 

「それならその子にも名前を付けてあげては? いつまでも『半霊』ではこんがらがってしまうでしょう? 貴方のオプションとして使う時も」

 

 名前か……。確かにずっと半霊って呼び続けるのはペットに名前を付けずに「犬」と呼び続けているようなものだ。幽々子の提案は的を得ている。さて、どういう名前にしようか……。そういえばオリジナルの半霊よりも一回り小さいようだ。

 

「名前は決めた。ちょっと小さいからコンパクトオプション。縮めて『コンパク』」

「って、それ私の苗字じゃないですか!」

 

 新しい名を貰い半霊……もといコンパクは嬉しそうである。これで名実ともに俺の仲間だ。後でネメシスにも会わせてあげよう。彼女はどんな反応をするんだろうか。

 

「それで……妖夢に一体何が起きたの? ちゃんと説明して頂戴」

 

 いよいよ本題に入るわけだ。異変解決の為に白玉楼を出た妖夢が半霊とはぐれ、暴走して人里で辻斬りとなり果てた顛末を聞かなくてはならない。

 

 俺もこの件は気になるのだ。応えるように促すと妖夢は重い口を開いた。

 

「それが……よく覚えていないのです。まるで人里で暴れていたのが夢の出来事のようで……」

 

 俯きながら指を動かしつつ少しずつ記憶を紡ぎ出すように話す。

 

「もっと前の出来事は? そもそも何の異変が起きていたのか?」

「は、はい! いつぞやの『永夜異変』のような異変が起きているんです。みょんに不自然な月の調査をするべく永遠亭に潜入したまでは良かったのですが……」

 

 永遠亭が休業した時期と偽りの月が現れた時期はほぼ一致するのだと言う。昔も永遠亭は月を隠してしまうと言う異変を起こしたことがあり、それの再来なのではと言うのだ。

 

「ですが、鈴仙に見つかってしまい、彼女の『狂気の瞳』で……」

 

妖夢が言うには、「狂気の瞳」というのは、目を合わせてしまえば最後。たちまち狂気に駆られてしまうという恐ろしい紅蓮の眼なのだという。特に妖夢はこの影響を色濃く受ける体質にあるらしく、鈴仙とかいうヤツに理性を壊されて辻斬りになってしまったのだと言う。

 

「……」

 

 俺に懐く方の半霊によると、その際に半霊は狂気の瞳の影響を受けなかったので、一人彷徨い妖夢を助けてくれそうな人を探していたのだとか。

 

「その子の言葉分かるんですかっ!?」

「何となくだけどな」

「それで半霊が目を付けたのが俺だったと……」

 

 チリチリと空気が緊迫で凍りつく。こうなればやることは一つ。

 

「かつての『永夜異変』では月の光の影響を受ける妖怪達が苦しんだと聞きます。アズマさん、異変の犯人を懲らしめましょう!」

 

 同感である。理由は知らないが多くの人を困らせる異変は止めなくてはならない。俺の銀翼が何かを守る為の力を持つのならば手を貸すのは当然である。言葉には発しなかったが顔つきで白蓮は俺が承諾した旨を理解したようだ。

 

「それなら早速殴りこみに……」

「駄目よ。妖夢はまだ本調子じゃないでしょう? 休養し英気を養うのも庭師の重要な務め。私達は満月の夜に永遠亭へ赴くわ。アズマ君も白蓮さんと組んで一緒に永遠亭に向かって頂戴。二手に分かれれば相手の戦力も分割される筈よ?」

 

 確かにアールバイパーも先程の戦闘でかなり傷ついている。修理するのにも時間がかかるだろうし今すぐというのは得策ではないだろう。俺は幽々子の申し出を快諾し、来る日を待つことにした。

 

 

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(その頃、幻想郷某所……)

 

「ふふふふ……。あと少し、あと少しで究極の機械生命体を私の手で……!」

 

 相変わらず暗い部屋でグロテスクな赤黒い球体と共にほくそ笑む女性。彼女の弟子なのだろうか、少女が心配そうに話しかける。

 

「あの、お師匠様……。私達は本当に正しい事をしているのでしょうか?」

 

 おずおずと切り出す少女を一瞥するとフウとため息一つ。

 

「当たり前でしょう? 幻想郷には新たな勢力がタケノコの如く次々と現れているの。彼女達に淘汰されないように対抗する術を模索する事は何ら問題ないわ。それに……」

 

 それだけ続けると妙齢の女性は赤黒い球体を撫で回す。

 

「ある日突然っ、こんなに素晴らしい技術が降ってきたというのに、それを放っておくことのほうが罪ではないかしら? これだけ探究心を駆られたのは久しぶりなんだから。是非ともこの超技術を己のモノとして制御できるようになれば……」

「お、お言葉ですがお師匠様、みんなソレを気色悪がっています。私が思うにきっと危ないものです! それにここ最近お師匠様だって一睡もしていないようですし……」

「うふふふ……。なーんにも分かっていないわね。危険なものだからこそ……制御するの」

 

 そこまで語ると薄暗い部屋にアラート音が響く。

 

「あら、また侵入者ね。新作の機械生命体をけしかけてやりましょう。もちろん、貴女も防衛に参加してもらうわ。あの時のようにバッチリ守って頂戴ね、ウドンゲ」

 

 尻ごみながらも「了解しました」と一声かけて立ち去る「ウドンゲ」と呼ばれた少女。一人になった女性は若干自嘲気味にぼやく。

 

「しかしまぁ……、まさかまた異変を起こすことになるとはね」

 

 しかしそれもほんの一瞬で、次の瞬間には自らが生み出した者に対して酔いしれるようになった。

 

「まあいいわ、全てが成功した暁には幻想郷の理が描き変わるのだから……。さあ、次の相手は巫女かしら、魔法使いかしら? どこからでもかかってきなさいっ!」

 

 

____________________________________________

 

 

 

(命蓮寺……)

 

 半霊とコンパクが分離して数日が過ぎた。今宵は満月になる。それはつまり、いよいよ永遠亭への調査へ向かう時が来たことを意味する。

 

 我が相棒たる銀翼は修理が施され、また自由に飛行できる状態になっている。今はにとりが最終調整を行っているところだ。

 

「しかしまあ、幽霊の類をオプションにしてしまうとはアズマ、恐るべしだね」

 

 新たに加わった半霊から飛び出したオプション「コンパク」はオプション達のリーダーを気取っているネメシスから何かしら指導を受けているようだ。

 

「さて、兵装はこのままでいいかな?」

 

 このままでよい旨を伝えておく。近距離戦で活躍するであろうレイディアントソード、距離を取ればそれだけ当てやすくなるリップルレーザー、そして目くらましにも使え、直撃させれば高威力のスプレッドボム。そして頼りになるオプションが2つ。十分だ、十分過ぎるコンディションだ。

 

 機体の中にセットされてある宝塔型通信機がビカビカと光る。相手はムラサ船長であった。心なしか胸を張っているように見える。

 

「今回の任務は永遠亭にて月に何かしらの細工を施した犯人の確保。人里を抜け、竹林から永遠亭へ突入する。アールバイパーの機動力ならではの作戦よ。なお、永遠亭内部は鈴仙の他にも人の感覚を狂わせる罠が仕掛けられている様子。くれぐれも気を付けて……」

 

 何故か楽しそうだった。宝塔型通信機から船長の姿が消える頃には整備も終わりいよいよ出撃の時が近づく。ゆっくりと格納庫から移動しあの機械的な滑走路へと向かうのだ。バイパーを牽引するリフト(といっても滑走路は真下なのでエレベーターのようなものだが)の駆動音だけが響き、いやおうなしにテンションが上昇する……!

 

 そして滑走路にまで到達。バーニアがゆっくりと起動し、徐々にその音を大きくしていく。

 

「アールバイパー、出ます!」

 

 次の瞬間、強烈なGがかかり、トンネルの中を銀色の光が駆け抜ける。そしてその先には夜空に浮かぶいびつな満月。

 

 そして同じく異変を解決しようとする妖夢とその主の姿も見えた。

 

「この前のようには行きませんっ。私たちも助太刀します!」

 

 何とも心強い味方だ。だが、彼女だけではない。この距離から俺の名前を大声で呼ぶ声。その声が白蓮のものであることはすぐに分かった。

 

「アズマさんっ! 今回の任務は相当に困難でしょう。私も精いっぱいサポートしますよ。歪な月から発せられる光は妖怪を苦しめると聞きます。黙って見ているだけなんて、出来る筈がありませんっ!」

 

 なんと白蓮自らも任務に参加するというのだ。これはしっかりとミッションをこなさなければ……!

 

 竹林めざし飛行する亡霊たち、そして住職。俺も遅れまいとアールバイパーのバーニアを思い切りふかし、一直線に銀色のラインを引きつつ飛翔した。

 

 ミッション・スタート……!


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