東方銀翼伝 ~超時空戦闘機が幻想入り~   作:命人

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命蓮寺は人も妖も受け入れる。そして外来人でさえも……。
迫害される者に広く開かれた駆け込み寺、それが命蓮寺である。


第2話 ~駆け込み寺~

 がむしゃらに走り続けた。つまずき、転んでもまた起き上がり足を進める。日は傾き始め、辺りから光が消えていく。しかし怖くはない。不思議な模様の光る道が俺を導いてくれているから。

 

 そして遂に森を抜けた。ここまで来れば大丈夫だろうか? いや、光る道はまだ先に続いている。まだ油断できないようである。

 

 さらに道を進むこと数十分。道は巨大な建物のところで終っていた。なんとも神々しい。これはお寺なのか? そういえば聖さんはお寺の住職だとか言われていたな。住職だっていうから頭を丸めたおじさんを連想したけれど聖さんは綺麗だったな……。そう感慨に浸りながらも、俺はその門をくぐった。これでひとまずは……あの妖怪に追いかけ回される事はなくなっただろう。

 

 道の左右に灯篭がいくつも並ぶ。小さな女の子が自らの身長と同じくらいのホウキを振り回しているが……あれは掃除のつもりなのだろうか。と、その子がこちらに気がついたようだ。テコテコと歩み寄って来るがその姿にギョっとした。

 

 背丈は低いのだが、髪の色は緑色、そしてなによりも気になったのが犬のような耳が生えていること。彼女がくわっと大きな口を開いた。俺は思わず身構えた。何か仕掛けてくる!?

 

「こんにちはッ!!」

 

 予想外の大声に思わず尻もちをつく。悲鳴を上げながら。嘘、人じゃない。変な耳にあり得ない大声。まさか、この娘も……?

 

「ななな、何っ……妖怪っ!」

 

 さっきまで妖怪「八雲紫」に追い回されていたのだ。彼女は人間の女性にしか見えなかった。今挨拶をした娘も犬耳を除けばまったくもって人間の姿である。でも見た目に惑わされてはいけない。それはさっき嫌というほど思い知った。が、大声妖怪は尻もちをついた俺に襲いかかることはなく、首をかしげていた。

 

「あれれ? ああ、もしかして『こんばんは』だったかな?」

 

 彼女からは敵意は感じない。なんだ、挨拶をしたかっただけなのか。いや、油断するな。昔話では名前を呼ばれて返事をしただけで瓢箪に閉じ込められるだなんてものもあったぞ。きっと挨拶を返したら良くないことが……。

 

 どうするべきだ? 俺は聖さんに誘われ、ここにやって来た。だからこの場は安全であり、この緑髪の妖怪も俺に危害を加えてくるような奴ではない筈だ。これから長い付き合いになるのなら、嫌な奴だとは思われたくない。やっぱり信用して挨拶を交わし、親睦を深めるべきか……?

 

「響子さん、参拝客があまりの大声に驚いて腰を抜かしていますよ。元気がいいのは結構ですが、声が大き過ぎです。ほら、怖くないから君も挨拶されたら挨拶を返して下さいな」

 

 皮を剥いたみかん……いや、蓮の花を咲かせた頭。黄色い髪に黒色の混じった髪、赤い服装に虎柄の前掛け、そして手には槍。この人も人間ではないのだろう。虎……なのかな? 二人とも本当に危険はない様だし、せっかく元気な挨拶をされたんだ。返さないのは失礼だろう。慌てて立ち上がると二人にペコリとお辞儀して挨拶の言葉を発した。

 

 虎のような妖怪はお辞儀し返すと自らの名を名乗った。その物腰は柔らかく、とてもこちらに危害を加えてくるような様子は見られない。

 

「ようこそ『命蓮寺』へ。私は毘沙門天の使い『寅丸星』、そしてこの子は山彦妖怪の『幽谷響子』。命蓮寺は人も妖怪も受け入れる。だから私たちを怖がらないで」

 

 よほど俺の顔が引きつっていたのだろう。笑うようにと促す星。何とか笑顔(のつもり)で名乗ることは出来た。「アールバイパー」に乗り込んでから異常事態の連続なのだ。怖いとかそういうもの以前にどっと心に疲れが押し寄せている。とても笑えるような状態ではなかった。

 

「む、そう言えば珍しい服装ですね。もしかして外の世界からやって来たのでしょうか? 余程のことがあったのでしょう。よろしかったら少しずつでもいいのでお話を聞かせてください」

 

 金髪の少女(中性的な見た目をしていたので性別は定かではないが、そのしぐさから恐らく女の子なのだろうと勝手に推測した)は本堂に目を向けると俺をそちらに招いてきた。響子は「ぎゃーてーぎゃーてー」と連呼しながら掃除の続きを始めている。

 

 ここは素直に厚意に甘えておこう。これから行くアテもないし、日も傾ききっており夕陽が目に刺さるのだから。それにあの恐ろしい亜空間妖怪「八雲紫」がいつ襲ってくるかも分からない。

 

 縁側に腰かけると丸くて大きな耳を持った少女がお茶を差し出していた。星が虎の妖怪ならば、この子は……ネズミの妖怪? 命蓮寺に人間はいないのだろうか? ちょっと素っ気ないお茶の出し方だが、俺が外来人であるということで少し警戒しているのかもしれない。なんだ、妖怪だって怖がったり警戒したりすることがあるのか。

 

 俺は今までの経緯を話した。分かる範囲で。

 

 外の世界でゲーム機(彼女らにはゲーム機が何なのか分からなかったようなので外の世界の遊び道具と説明した)で遊んでいたら幻想郷に入り込んでしまったこと。ゲーム機が幻想入りするはずだったのにゲーム機は武器(戦闘機と説明しても理解してもらえないだろうと思ってそのように表現した)に変じており、自分自身も幻想入りしてしまったこと。そして危険なものを持ちこんだイレギュラーな存在ということで八雲紫に狙われていること、そこをたまたま居合わせていた聖さんに助けてもらったこと。

 

 力説する俺、その言葉ひとつひとつをじっと聞いてくれている星。妖怪といっても色々なものがいるようで、皆が皆問答無用で襲いかかるような奴ではないらしい。少なくとも彼女は良識を持ち合わせているようだ。

 

「そうだ、聖さん! あの後紫の気をそらす為に決闘……ええと『弾幕ごっこ』だっけ? それを始めたんだ。押されていたようだけど大丈夫なのかなぁ?」

 

「ご安心を、聖はそう簡単には屈しませんっ……と言いたいところですが、紫さんですか。ちょっと相手が悪すぎますね。私の読みが正しければ貴方の安全を確認し次第適当に撒くとは思いますが……あっ、聖!」

 

 夕陽をバックにその白黒は見事なまでに映えていた。だが、彼女は勝利の凱旋を上げるわけではなく、どうにか逃げ切ったといった様子。服はボロボロで、あちこちに切り傷が見られる。辛うじて空を飛んではいたが、ヨロヨロとしていた。

 

 聖さんは地上に降り立つや否や、膝からガクリと崩れ落ちそうになる。

 

 自分でも信じられなかったが、真っ先に俺が崩れ落ちる彼女を支えに前に出ていた。肩を抱く形になる。そしてその体のあまりの華奢さに俺は驚きを隠せなかった。あんなに力強く見えていたのに、その体はあまりにも軽く、脆そうであった。でも俺の命を助けてくれた恩人である。実は自分がとんでもないことをしでかしていることに気付き始めて、顔が紅潮するが、でもこれだけは言いたかった。「ありがとう、助けてくれてありがとう」と。

 

 支えるのは何も俺だけじゃない。彼女をよほど慕っているのだろう、星も彼女を支えていた。少しは持ち直したのか、俺たちに「もう大丈夫」と告げてまた立ちあがった。恐らく決闘で勝つことが出来なかったのだろう。だが紫は来ていない。あちらもそれなりの痛手を負っており、深追いが出来ない状態になっているのだろうことが想像できる。

 

 それにしても凛々しいお方だ。グラデーションするロングヘアが風になびきながら、夕陽を受けてキラキラと光っていた。傷を負っているはずなのに直立し、でもその表情は柔らか。

 

「どうやら無事にここまで来られたようですね。改めて自己紹介します。私はこの『命蓮寺』を預かっている『聖白蓮』と申します」

 

 こちらも自らの名前「轟アズマ」を名乗る。だが、彼女は苦悶の表情を浮かべていた。よほど大きな傷を負っているのだろうか。それならば病院に行った方が……。

 

「大丈夫……です。これでも今の私は人ではない……ですから。ですが今日はもう休みます。アズマ君ももう、お休みになって。明日色々と決めなくてはならないことがありますので」

 

 そう言い残すと星と共に部屋に入って行ってしまっていた。さすがにそこまで付いて行くのはまずいだろう。後に残ったのは未だにお経っぽい何かを唱えて箒を振り回す響子と、一連の会話に口を挟むことなく傍観を決め込んでいたネズミの妖怪だけである。

 

「ふーん、これは……アレだね。君に空き部屋を提供しなくてはいけないということだ。まあ能力を使って探すまでもないがね。使っていない部屋などいくらでもある。こっちだ、さあ来たまえ客人」

 

 相変わらず素っ気ないネズミ妖怪の少女。そう言えば彼女はまるで名乗っていないなと彼女をジロジロ見ていたら当然相手にも気付かれるわけで

 

「どうしたんだい、そんなにこっちをジロジロと見て? ああ、そういえばまだ名乗っていなかったな。私は『ナズーリン』、ダウザーだ。君は……ええとアズマだっけ? さて、着いたぞ客人」

 

 あくまで名前で呼ぼうとしない。まだ警戒されているようだ。ナズーリンの手により、ふすまが開かれる。ほこり臭い質素な部屋だったが文句を言う資格は自分にないことは重々承知している。

 

「今日はもう休みたまえ。あと、変な気を起して人の部屋に忍び込まないように」

 

 しないよそんなこと! と反論する間もなくピシャリとふすまは閉じられてしまった。愛想のない奴だな。良くも悪くも仕事人間なのだろう。いよいよ暗くなってきたようだ。晩飯がないのは仕方がないが、今は眠ろう。今日は色々なことがありすぎた。

 

 気がつくと見知らぬ世界に謎の戦闘機で迷い込み、この世界の管理者を敵に回した所を僧侶に助けられる。文字通りの「駆け込み寺」ってやつだな。

 

 いつまでここで匿ってもらえるだろう? いつまでこんな危険な目にあうのだろう? そもそもどうして「アールバイパー」が実体化して幻想入りしたのだろう……? 考えていても仕方がない。

 

ああ、まぶたが重いし、本当に寝よう……。




今回は命蓮寺メンバーの顔出しがメインとなりましたね。

まだまだお話し的にはプロローグ的な存在なのかもしれません。それにしてもアールバイパー、どこ行っちゃったんでしょう……?

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