東方銀翼伝 ~超時空戦闘機が幻想入り~   作:命人

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はぐれ半霊の謎を明かすべく、冥界の扉を目指すアズマと相棒の銀翼「アールバイパー」。
しかしここは妖怪の跋扈する幻想郷。人間を餌とする恐ろしい妖怪もそこら中にいるわけで……。


第3話 ~常闇の脅威~

 命蓮寺を飛び出し、ひたすらに高度を上げていく。我が相棒たる銀翼「アールバイパー」の操縦にも慣れてきたようであり、今では自らの手足のように自由に動かせる。……たまにバランス崩すけど。

 

 そのバイパーの後ろを健気についていくのが半霊である。本当は中に入れようとしたのだが、なにせあの形状なので、上手く座席に座らせることが出来なかったのだ。

 

 それにしてもこれだけ目立つと珍しいもの好きな妖精が寄ってくる。ぶつかってはまずいので錐揉み回転しつつ間を縫って飛ぶ。……って、待て! 今弾を放った奴がいたぞ。妖怪どころか妖精にまで弾を撃たれるとは……。幸い弾幕と呼べるほどのものでもなかったのでスピードを上げてスルーすることにした。

 

 雑魚どもをスルーして先に進んでいくうちに、随分と高いところまで飛んできたことが分かった。眼下に広がる地上の風景もまるでジオラマのように小さく見えている。そしてそれは俺が鉛色の雲に近づきつつあるということも意味していた。

 

 ううむ、さすがに暗くなってくるな。早く雲の上に上がりたい。だが、どんどん周囲は暗くなる一方だ。周囲が見えなくなるほどの……、って待て! いくら悪天候だからとはいえ真昼間に周囲が見えなくなるほど真っ暗になるだなんてあり得ないだろう。まるで夜の空と間違えるほど周囲は暗黒に包まれているのだ。

 

 これは雲のせいじゃない。これは誰かが人為的に暗くしているんだ。でも誰が何の為に?

 

 

 

「……のかー。……のかー」

 

 暗闇の中、不意に少女の声がかすかに聞こえた気がする。声の出どころを探して周囲をキョロキョロと見渡す中、ボウっと浮かび上がったのは黒い服を着た金髪の小さな女の子であった。頭にかわいらしい赤いリボンをつけているのも特徴的。

 

 その少女があどけない表情をしながら、アールバイパーの目の前でフワフワと浮遊しているのだ。何故か両手を横に大きく広げている。誰なのか知らないが、ただの人間でないことは明らか。まさかこの暗黒空間を生み出している張本人ではないのか?

 

「お腹すいたなー。私ルーミア、今とってもお腹すいてるの」

 

 ルーミアと名乗った幼い少女は不意に空腹を訴えてくる。お腹に両手を当てて小声で「くーくー」と言いながら。可愛らしい仕草に思わず笑みがこぼれる。……彼女がただの小さな女の子ではないということも忘れて。

 

「悪いけれど食べ物は持っていないんだ。ゴメンね」

 

 これまた可愛らしく「えー!」とブーイングする少女。だが、彼女はあきらめない。

 

「ううん。匂いで分かるよ? 銀色の鳥さん、食べ物を隠し持ってるでしょ? 私、とーってもお腹すいてるの。鳥さんの持ってる人間、食べさせて」

 

 いや、食べ物を隠し持ってなんか……えっ、今なんて言った? 聞き間違いでなければ「人間食べさせて」と言っていたはず。あどけない顔のまま。

 

 思わず全身に鳥肌が立つ。そうだ、妖怪だらけの寺で寝泊まりしていたからすっかり危機感覚がマヒしていたが、この幻想郷の妖怪の中には、当然人間の肉を主食とするタイプだって存在するはずだ。それにあのルーミアという妖怪、周囲を真っ暗闇にするというなんともスケールの大きい能力を持っているらしい。

 

「久しぶりの食べてもいい人間。ごちそう、ごちそう頂戴!」

 

 スペルカードを掲げ、アールバイパーに宣戦布告してきた常闇妖怪。俺は思わずアールバイパーを鳥の妖怪だと勘違いされていることにツッコミを入れる余裕もなく、応戦を余儀なくされるのであった。

 

 この勝負、負けたら喰い殺される……。なんとしても勝利しなくては!

 

 

 

 ルーミアに弾幕勝負を仕掛けられた俺であったが、周囲は暗闇のまま。すぐに彼女を見失ってしまった。

 

 しかしこちらは最新鋭戦闘機。たとえ標的が目視できなかったとしてもレーダーでエネルギー反応を調べれば筒抜けなのだ。ルーミアよ、相手が悪かったな。余裕をかましてレーダーに目をやる。

 

 あ、あれ……? おかしい、そこら中で反応が出ている。故障したのか? これではルーミアがどこに隠れているのかわからない。いや、この暗闇のフィールド全体がルーミアそのものだというのか? ただ一つ確かなのは、その言動から頭は弱そうではあるものの、かなり強力な妖怪であるということ。

 

 不意にレーダーに歪みが発生する。その歪みがまっすぐにこちらに向かっていた。何か弾を発射したのだろうか? 幸いあまり速いものではなかったので、容易に避けることができた。移動を終えた直後に弾らしきものがかすめていたので、俺の推測は当たっていたことになる。

 

 しかしこれはルーミア側からはこちらの場所が丸わかりであることも意味していた。どの方向から仕掛けられるのかも分からないうちに延々と弾幕にさらされるのだ。これではじり貧である。

 

「レーザー装備……」

 

 少しでも明るいものということで光学兵器に切り替える。機械的なシステムボイスが装備した武装名を復唱した。が、どこに狙いを定めればわからない。

 

と、久々に機械的なシステムボイスがバイパーの中に響いた。

 

「You got a new weapon!」

 

 ディスプレイを確認すると大声を出す響子の姿が一瞬見えた。次の瞬間には青いイカリングのような輪っか型レーザーを発射するアールバイパーの姿に変わった。そして刻まれた武装の名前は……「RIPPLE LASER」。

 

 来た、リップルレーザーだ。若干の火力不足感は否めないものの「波紋(リップル)」の名の通り、距離が進むほど輪っかの広がる使い勝手のいいレーザーであった。その火力不足は連射力で補える。

 

 また、レーザーの名前を冠していながら、実はダブル系の兵装であることにも気をつけなければならない。つまりこの戦いで上書きされた兵装はノーマルレーザーではなくてショットガンのほう。もっともこんな暗闇の中では役に立たない兵装なのでどうでもいいのだが。よし、攻撃範囲を広めれば少しくらいはかするかもしれない。淡い希望を抱きつつ発射。

 

 ……駄目だ、全然手ごたえがない。リップルレーザーによって一瞬だけ周囲が明るくなるものの、しっかりと索敵できるレベルとは程遠い。うわっ、今少し奴の弾にかすった。的にされないように動き回りながらレーダーの歪みの出所めがけて攻撃を続ける。

 

 相変わらずの手応えのなさに俺は暗闇という名の大きな掌の上で右往左往している錯覚さえ覚えた。また攻撃が来る。これも避けて……っ!? なんて弾速だ! まずい、喰らうっ……!操縦桿を限界まで倒し、フルスピードで回避行動をとる。

 

 咄嗟の回避行動の結果、どうにか直撃は免れた。だが、急な移動と直撃は免れたとはいえ被弾した機体に襲ったダメージは凄まじいもので、俺はアールバイパーの中で激しく揺られていた。歯を食いしばりその衝撃に耐える。

 

「あっ、半霊……」

 

 自らを襲う衝撃が和らいだ頃、大変なことに気が付く。迂闊だった。自らの安全を最優先するあまり、半霊を置いてきてしまったのだ。この暗闇の中で迷子になったらいよいよ再会できなくなってしまう。

 

 だが、すぐにそれが杞憂であることが分かった。真白い霊体はこの暗闇の中でもわずかに発光しており、場所がわかりやすい。すぐにそばに行ってあげて……いや、またルーミアの攻撃だ。来る弾幕に備え、回避の体勢を取る。

 

 しかし弾幕は見当はずれの方向へ飛んで行った。それは半霊。自らに矛先が向けられていることを察知した真白い霊体はビクンと体を震わせて、とっさにそれらを回避していく。アールバイパーなんかよりもずっと無駄な動きのないスマートな身のこなしであった。攻撃が止んだのを見計らい俺は半霊に近づく。もう危害を加えさせたりはしない!

 

 近づくと半霊が心なしか怒っているように見える。半霊から見れば自分を見捨てて一人で逃げたようなものだ。怒り心頭なのは仕方ない。いや、怒りの矛先は俺に向いているようには見えない。俺ではなくて外側に向けて怒りを露わにしている(ように見える。半霊に顔などないからどっちを向いているのかなんて本当はわからないのだ)。

 

 となると、いきなり攻撃を仕掛けたルーミアに向けての感情……?

 

「半霊……、お前も戦ってくれるのか?」

 

 そこに言葉はなかった。ただ、半霊は常闇妖怪を探すべく、まっすぐに飛び出していった。それが半霊の下した答えであったのだ。

 

 

 

 思えば半霊を追従させていたときはアールバイパーに攻撃が向けられ、離れてからはバイパーではなくて標的は半霊であった。となるとルーミアが標的にしていたのは最初から半霊……? いや、その線はないと断言できる。彼女は人食い妖怪なのだ。弾幕ごっこを始める前に俺を食べてやるみたいなことを言っていたのだからそれは間違いないだろう。それなら俺を狙ったほうがいいに決まっている。だが、彼女は半霊に執拗に攻撃を続けていた。これはどういうことなのか?

 

「違う、半霊に()()()()()()()()()()()んだ!」

 

 実は暗闇の中ではルーミアも前が見えておらず、暗闇の中で光を発する半霊めがけて攻撃していただけなのでは? 確かに半霊はアールバイパーの傍を飛んでいたので目印にしていたとも考えられる。だとしたらこのルーミアという妖怪、強大な能力を持っていながら、その能力をまともに使えていないということになる。あるいは極端に頭が弱いか。俺がそう思考を巡らせているうちに半霊はルーミアを発見、その周囲にまとわりついていた。

 

「うわわ、動けないよ!」

 

 半霊がまとわりつくことにより、ルーミアの居場所が丸わかりになり、さらに動きまで鈍くさせてしまったようだ。こうなってしまえばあとは攻撃を仕掛けるのみ。

 

「俺が喰われるのは御免だ。代わりにレーザーをたらふく喰らえっ!」

 

 兵装をリップルからレーザーに換装しつつ俺は前の異変でアリスと一緒に作った上海人形「ネメシス」を呼び出した。彼女と共にレーザーを発射する。二本の光の槍は一直線に暗闇の中を突き進み、そして瞬く間にルーミアを貫いた。被弾の衝撃でよろけている。よし、効いているぞ。だが決定だとはならない。ならば、このまま一気に畳み掛けるっ!

 

「もっとコッテリしたものが喰いたいか? いいだろう。操術『オプションシュート』!」

 

 さらにトドメと言わんばかりにネメシスの蓄えていた魔力を一気に解放、オレンジ色の火の玉と化したネメシスはあふれ出る魔力の赴くまま、ルーミアに執拗な体当たり攻撃を仕掛ける。連続の攻撃でもはやグロッキーな状態。そのまま残っていた魔力を一気に大爆発させてフィニッシュに持ち込む。もう勝負は決しただろう。

 

 爆風が晴れると半霊とネメシスに纏わりつかれて満身創痍のルーミアがいた。墜落していきながら彼女が力なく尋ねる。

 

「た、ただの変な鳥の妖怪じゃないようね。あなたは一体……」

 

 俺は得意げに一言。

 

「変な鳥の妖怪じゃない。超時空戦闘機『アールバイパー』だ」

 

 ああ、最後の最後でようやく言えた。

 

「そうだったのか~っ!」

 

 直後凄まじい爆発を起こし、暗闇は晴れた。彼女は最後の最後まで両手を広げていた。あのポーズは何かポリシーでもあるのだろうか。

 

 

 

 さて、邪魔する奴も懲らしめたし改めて冥界の門を目指して……あっと。ネメシスを格納するのを忘れるところだった。このオプションシュート、かなり強力なのは明確なのだが、使い切ると魔力が枯渇してしまいネメシスが動けなくなるので、一々回収しに行かなければならない。それを差し引いても強力で派手なスペルだからついつい多用してしまうのだが。

 

 ええと……ネメシスは何処に行ったかと周囲を見渡すと、半霊がぐったりとしたネメシスを頭(っぽいところ)に乗せてこちらにスゥっと寄って来た。

 

「ああ、今回は助かったよ。ありがとう、半霊」

 

 無事にネメシスを回収すると半霊と共に更に高度を上げていく。

 

 鉛色の雲の真っただ中、ルーミアの能力なしでも視界が悪いがレーダーに異常な反応なし。今度こそ安全であろう。このまま雲を突っ切っていく。そして不意に光が射した。鉛色の雲を抜けさんさんと太陽の照る高空に出たのだ。眼下に広がるは雲海。蒼い空は一点の濁りもなくただただ透き通っている。

 

「うわぁ……」

 

 幻想郷は外の世界で失われつつある美しい光景をあちこちに残しているが、この雲海と蒼空は特に素晴らしく、まるでこの世のものとは思えぬ美しさに俺は思わずため息を漏らす。

 

 いや、目的地が冥界なので、現にこの世から離れようとしているのか。しばし任務の事を忘れアールバイパーをゆっくり飛ばす。雲海の傍まで近づいたり慣れない宙返りをして見せたり……。

 

 そうしているうちに傍から見ても分かるような巨大な門が見えてくる。恐らくはあれが冥界への入り口なのだろう。バイパーの傍を飛ぶ半霊もせわしなく動いている。やはり幽霊らしく、この冥界に住んでいたのだろう。

 

 門に近寄ってみたが、門番らしきものは何処にもいない。というより門はかたく閉ざされており、開く気配がない。

 

「さすがにガードは堅い……いやいやいや、俺飛べるじゃん」

 

 そう、いくら巨大な門といえど高さに限界はある。その門を飛び越えてしまえばいいだけだ。勝手に侵入するのは気が引けるが……、でも今回は迷子の半霊を助けるためだ。多少の無礼は仕方がない。そう思うことにした。

 

 冥界、そのあまりに非日常な世界へ、俺は……入りこむ。

 

 

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(アズマが冥界に突入する少し前……。人里路地裏……)

 

 ここ幻想郷でも、こんな真昼間から酒をかっくらう人間というものはいるものだ。飲み屋でどれだけアルコールを飲んだのか、泥酔しながら路地裏を歩く男の姿があった。

 

 訳の分からないことを騒ぎ立てフラつきながら路地裏をゆらりゆらりと闊歩する様ははた迷惑であり、ここが路地裏であることが唯一の幸いであった。こんなのが真昼間から表通りを占拠していたらとんだ恥さらしである。

 

 と、一人の酔っぱらいが誰かとぶつかった。そそくさと立ち去ろうとする相手を捕まえると、因縁でもつけているつもりなのか、早口でまくし立てているが、何を言っているのかさっぱり分からない。哀れ酔っぱらいの餌食になった人は困惑しつつ、時折鼻孔をくすぐる酒臭い息に顔をしかめるしかなかった。

 

 このままどうなるのかというと、その酔っぱらいは唐突にぶつかった相手を解放するとそのまま離れていってしまった。この男、相当酔ってる。

 

 こんなのに絡まれてはたまらないとたまにすれ違う人も避けるように過ぎ去っていく。そんな中、路地裏の特に寂しい場所、酔っぱらいの目の前に立ちふさがる少女がいた。

 

 少女はかなりの小柄であったが、その瞳は不気味なほど紅色にギラついている。手にしているのは少女が扱うには不格好な程の長い刀。見るとポタポタと赤黒い液体が滴っている。

 

「斬る……。斬ればこの世の真理が分かる……」

 

 流石の酔っぱらいもこんな変な少女を前にしたら酔いも一気に醒める。「ヒッ!」と上げる小さな悲鳴そして次に出るのは情けない「辻斬りだァ~!」の筈であったが、男に悲鳴を上げる機会が与えられることはなかった。

 

 無言で降り降ろされる刀。酔っぱらいだった男に血の花が咲き乱れる。ドウと肉の体が地面に突っ伏す鈍い音のみが響き、それだけでは終わらず更に容赦なく刀を突き付ける。

 

「少し外した。これじゃあ分からない。分かるまで斬る……」

 

 今度は急所に狙いを定め、刀を振り下ろす……。男、必死に逃げようとするも酔い過ぎてしまったからか、それとも恐怖のあまり腰を抜かしてしまったのか、ただただ声にならない悲鳴を上げつつ這いつくばっていた。

 

 だが、その刀がこの無抵抗な人間を殺めることはなかった。その一撃が降り降ろされる前に、この凶行を目にした人間が騒ぎ立てたのだ。「辻斬りが出た!」と。

 

 血濡れの刀に血の海を流す人間。そして集まりつつある外野。少女は何一つ取り乱すことなく刀を鞘に納めた。分が悪いと判断したか、高く跳び上がると屋根の上を走りこの場から消えていった……。

 

 後にはこの惨事に驚きおののく声、医者はまだかとどなる声、何の騒ぎだとはやし立てる声が響くのみであった。

 

 その中心では血の海を流しながらうめき声を上げる哀れな酔っぱらい……。

 

 間もなく医者が到着し、瀕死の酔っぱらいが担ぎ込まれる。他の人間に出来ることと言えばこの辻斬りの刃にかかった男が無事であることを祈るのみである……。




久しぶりの投稿になってしまいましたね。
東方銀翼伝の元作品の方を進めていて、こっちの更新がおろそかになってしまいました。
元作品の方はひとまずの完結を迎えたので、こっちに集中できそうです。

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