さあ、異変が終われば幻想郷ではある催しが行われますよね。
というわけで異変の後の宴会回です!
F.I.エピローグ ~ようこそ幻想郷へ!~
決闘の熱狂は冷め、紫とのシンミリとしたやり取りも終わって久しいというのに、どういうわけかスキマに潜り込んだ紫(あと藍もいなかったような……)を除いて誰一人この場を離れようとしない。何事かと訝しんでいると、その答えの方からやってきた。
そう、紫と藍が再びスキマから現れたのだ。二人の手に握られているのは多くの酒瓶。藍の方がより多く持たされているようで少しげんなりした表情を見せている。というかなんでお酒を?
「こんなもの持って何をするのかですって? お酒は飲んで楽しむに決まっているじゃない?」
キョトンとする俺にさぞ当たり前のことを言い放つスキマ妖怪。いや、確かにお酒は飲むものだけれど……。
改めて周囲を見渡すと先程の決闘を観戦していた吸血鬼や慧音先生、あと魔理沙がいることも確認できた。いずれもグラスを手にしている。まるで今から飲み会でも始めるような空気だ。現に2本の角を持った小柄な娘が「あつまれー!」とか叫びながら紫色のヒョウタンを振りまわしていたりする度に、どういう原理かお酒とおつまみが集まってくるのだ。あれ、俺ってば雰囲気だけで酔っぱらっちゃったのかしら……。
「『始めるような空気』じゃないわ。アズマ、今から宴会が始まるのよ」
せわしなく周囲をキョロキョロする俺に紫が俺の肩にポンと手を乗せてそう告げる。それにしても宴会だって? いやまあいつの間にか机の上に料理とか並べられているし、確かにそんな空気だが、随分と唐突な……。あと何故宴会?
俺が呆気に取られているうちに配置された簡易的なテーブル。さらに驚いているうちにすっかり軽食と無数の酒瓶で辺りが埋め尽くされてしまった。
「ようこそ幻想郷へ。轟アズマ、貴方を歓迎するわ! お近づきのしるしに今夜は飲み明かしましょう!」
お、俺を歓迎する宴会だって!? 先程までと随分待遇が違うじゃないか。これが幻想郷に受け入れられたってことなのか?
「お前さんも幻想郷の住民だって認められたんだよ。異変の後はみんなで仲良く宴会開いて酒を飲む。そして仲良くなる。これが幻想郷の常識だぜ。お前のところの住職だってこうやって宴会を開いて貰っていたんだ。おうい、アリスおかわりー!」
固まっている俺に今度は魔理沙が近づいてきた。吐き出す息は既に酒臭く、顔をかなり赤らめている。コイツ、既に出来上がっている。見たところ二十歳を迎えていないように見える彼女だが……。
「そして魔理沙は飲み過ぎて酔い潰れるのも恒例よね。まったく、誰が介抱してるのかって……ブツブツ」
文句言いながらも新しい酒をつぐアリス。どうやら幻想郷に飲酒の年齢制限はないらしい。
「ちょっと紫さん。唐突過ぎてアズマさんが困惑していますよ?」
「飲めば皆仲間さー!」
聖さんの制止など焼け石に水。何とか俺を落ち着かせようとした聖さんは横から魔理沙に絡まれてしまう。もはや収拾がつかない。これは……もう深いことは考えずに楽しんじゃおうか。それが一番正解な気がする。
「よーし、俺も飲んで飲んで飲みまくるぞー!」
グラス片手に俺は混沌の中心へと歩みを進めた……。
チルノの姿が見えたので挨拶でもしておこうと近づく。周囲にいるのはやはりチルノと同じく低い身長の女の子ばかり。
「アーりゅバイパーはわしが育てた!」
「そーなのかー」
「チルノちゃんも結構やられていたじゃないの……。あと飲み過ぎよ。一人称も変わってるし……」
周囲を見るともうすでに出来上がっていた。こんな子達が酒をガブガブ飲んで酔っ払っているなんて光景は幻想郷でしか見られないだろう。
「その時だった。あじゅまの激しい爆弾を華麗に凍らせると……」
先程、紫を倒したアールバイパーを自分は倒したことがあるから、自分は紫以上に最強だと豪語しているらしい。緑髪の大人しそうな妖精の女の子が苦笑しながら耳を傾けている。にこやかに「そーなのかー」と肯定する声も聞こえてくるが、あの子はさっきからそれしか言っていないような気がする。さて、他の場所に移るか。
そうやってほろ酔い気分で席を移動していると、突然背中に冷水を流し込まれたかのような冷たい視線を感じ振り向いた。そこで金色の鋭い眼光をこちらに向けてくるのは九尾の狐、つまり藍であったのだ。
「轟アズマ、私は認めないからな。紫様に醜態を晒させた上にお前がのうのうとこの紫様の愛する幻想郷で生きながらえる? そんな馬鹿な話などあってはならないのだ」
明確に殺意を抱いた口調に視線。こんなものを向けられたら酔いもさめてしまう。
「なんだよ見苦しい。紫は俺に敗北したことを認め、俺をここに住まわせることを許したぞ。今開かれている宴会が何よりもの証拠だ」
今更クレームをつけられる筋合いはない。俺は毅然とした態度を見せた。ここで藍が俺に危害を加えるということは主である紫の意向に背くことを意味する。手出しは出来ない筈だ。
少し苦い表情を見せた藍は振り向きながら続けた。
「フン、あれで紫様を倒したと思い込んでいるのか、おめでたい奴め。ならば教えてやろう。紫様は明らかに手を抜いていた。式である私にはすぐに分かったよ」
最後により一層憎悪の眼光を光らせながら、まるで呪いのように低い声で威圧してくる。
「覚えておけ、アズマ。紫様はお前を幻想郷に住まわせたいと思っていたようだ。紫様がそう考えた理由までは分からないが……な。そして君が幻想郷で生き続けることを快く思っていない存在がいるってことも……」
それだけ告げると俺の制止も振り切り遠くまで行ってしまった。なんだよ祝いの席で空気の読めない女狐だ。そう憤っているとまたしても藍が戻ってきた。だが、先程とは明らかに様子が違う。なんか慌てているように見えるような……。少なくとも威厳は全くない。
よく見ると藍のボリュームたっぷりの9本の尻尾に、橙が不機嫌な唸り声を上げながらしがみついているようだ。時折金色の毛が飛び散る。もしかして毛をむしり取っているのか?
「分かった、分かったから尻尾の毛をむしらないでくれ橙。一緒にお願いすればいいんだろう? ……コホン。橙がね、君とあの銀翼のファンになっちゃったみたいだ。お前だってサインくらいは書けるだろう? それをササっと書いてとっとと橙に渡して……あだだだだ!!」
「アズマにそんな失礼なことしちゃダメー! 人にお願いするときはちゃんと頭を下げるって藍様はいつも教えてきたじゃない!」
ぐっと言葉の詰まった藍は今もプルプル震えながらこちらを睨んでいる。先に橙から一言。
「ビューンって飛んでバババーって弾幕放ってね。とってもかっこよかったの! アズマのこと、気に入っちゃった。だからサインちょーだいっ!」
いよいよ観念したのか、ぎこちない動きでペコリと首を垂れる藍。
「アズマ、貴様ごときに頭を下げるのは癪だが、橙の為ならば……。その、うちの橙がお前のファンになってしまったらしくてな。サインが欲しい」
上から、そして下からも振り回される藍に若干の悲哀を感じつつも、渡された色紙にサインを書く。もちろんアイドルとかではないので手の込んだサインは書けないのだが、受け取った橙は大喜びしていた。
「わーい、ありがとー! さっそく皆に自慢しよーっと」
そのままタッタッタと走り去ってしまった。藍はまた不平を漏らしている。
「なんでアズマごときに私の橙が取られて……。いいかアズマ、さっきも言った通り君が幻想郷に住まう事を快く思っていない存在もいる。せいぜい寝首を掻かれないよう気を付けるんだな」
何故か藍は涙目になっていた。溺愛していた子供にそっぽを向かれて嫉妬を感じているようにも見える。九尾の狐といえば妖怪としても高位の存在であるはずだが、案外人間臭いのかもしれない。
そんなこんなでちょっとしたトラブルはあるものの、あちこちを移動しながら挨拶がてら絡んだり絡まれたり……。基本的には楽しめたが、さすがに全部に付き合ってたら体力が持たない!
モミクチャになりながらも、ようやく命蓮寺の皆さんが集まっている場所へと戻ってこれた。
「まさかあの土壇場でスペルカード使うだなんてねぇ! あれはそうそう真似できないわ」
真っ先に絡んできたのはムラサ船長。こうやって仲間たちと酒をかわす。何と心地よい。
「あれは流石にハラハラしましたよ。本当に、アズマさんが無事で何よりです……グスッ」
心配掛けてごめんなーと言いつつ星の黒髪混じりの金髪をワシャワシャと撫でる。そういえば聖さんの姿が見えない。
「姐さんなら風に当たるとか言ってあっちに一人で……」
誰よりも心配をかけてくれた彼女にお礼の一つでも言わなくてはな。一輪に教えられた場所に俺は急ぐ。
宴会の喧噪から少し離れた場所、白蓮は一人たたずんでいた。俺は彼女の肩をたたき呼びかける。
「ふぇ……? ああ、アズマさんでしたか。ちょっと調子に乗って呑み過ぎちゃってね。それで今は休憩中ですよ。アズマさんは気にせずに楽しんでいらっしゃいな。貴方の為の宴会なのですから」
なるほど、一理ある。主役不在では折角の催し物も意味をなさなくなるからな。でも、これを言わないと。
「聖さん、ありがとう。そして、これからもよろしく。そしていつか俺は聖さんを……」
遠くの音だった喧騒が突然背後すぐ後ろに迫る。騒動の元凶がこちらに急速接近しているのだろうか。俺は音のする方向を振り向く。
「アズマー! 今からリベンジするのかー。どっからでもかかって来いなんだぜー!」
「アズマが困っているでしょう。やめなさい!」
泥酔した魔理沙があちこちで絡み回っているらしい。引きずり回されているアリスが不憫だ。
「ヒャッハー、マスパ最高ー!」
次の瞬間何か口走ったかと思うとバタンと倒れてスースーと寝息を立て始めた。
「アリスが魔理沙の寝込みを……」
その場で倒れて眠り始めた魔理沙を追ってパチュリーまでもがやってきた。酔っているのかどうかは顔を見ても分からないが、言動がいつになくおかしい。あれ、元々だっけ?
「襲おうとしているわけないでしょう? アンタも運ぶの手伝って」
「今魔理沙のやわ肌に触った……///」
「ああもうっ! いちいち喧しいっ!」
喧騒の中心が二人の魔法使いによって運ばれていく。その様子を遠くで見て苦笑いするのはもう一人の魔法使い。
「随分とはっちゃけているようですね。やっぱり楽しそう……。さあアズマさん、宴会はまだ始まったばかりですよ。これを機に皆さんといっぱい仲良くなっていきましょう!」
俺は聖さんに手を引かれながら、再びカオスじみた宴会会場へと足を踏み込んでいった……。
目を覚ますと俺は布団の中にいた。どうやらマヨヒガで酔い潰れた後ずっとここで寝ていたらしい。橙によると大破したアールバイパーはスキマによって命蓮寺に送り届けられ、他の宴会に参加した人は既に聖さんを除き帰ってしまったという。
「あまり待たせたら悪いよ?」
無垢な表情をのぞかせる橙。おっしゃる通りで……。俺は急ぎ橙に礼を言うと、外に飛び出していった。
「凄く楽しそうにしていたからね……。でもちょっと飲みすぎですよ?」
すまなそうに頭をかく俺。随分と羽目を外していたらしい。そりゃそうだ。生命の危機から解き放たれた後の宴会だったのだから。
「さあ、皆がアズマさんを待っていますよ。行きましょう、貴方の帰るべき場所『命蓮寺』へ!」
生身では飛べない俺は聖さんにおぶられる形で空を飛ぶことになる。ぶっちゃけ生身の空はちょっと怖いが、そうそう経験できるものでもないだろう。本来弾幕ごっこを行う少女たちはこの感覚に慣れ親しんでいるのだ。
さあ、短い空中散歩も終わりの時が近付いている。命蓮寺が見えてきた。
まだまだ俺とて幻想郷に慣れきったわけではない。これからも困惑する事はあるだろう。しかし、その1つ1つが俺を大きくする、充実した日々となることは約束されている。
だって、俺は一人じゃない。俺みたいな見ず知らずの外来人にも分け隔てなく接してくれる、芯は強いけれど可愛らしい一面もある素敵な住職サマが傍にいるのだから!
東方銀翼伝 ep1 First Ignition END
しかし、轟アズマの幻想郷ライフはまだまだ続く……!
というわけで20話近くに及んで東方×歴代のSTGという題材で主人公の幻想入りまでのエピソードを執筆しきりました。
これにて「東方銀翼伝」の第一部「First Ignition」は完結です。
第二部である「東方銀翼伝 ep2 S.S.」でお会いしましょう!