気付けば八雲紫との決闘の時間まであとわずかとなっていた。
久方ぶりの命蓮寺だ。ようやく我が家(……じゃないけど)に戻ってこれたのだ。
朝日が輝き、美しい。アールバイパーの帰還を察知したか、ムラサとにとりがこちらに向かって手を振っている。まるでこっちに来いと言っているように見えた。
俺は呼びかけに応え、高度を下げた。
「っ!?」
俺たちは大いに驚いた。アールバイパーをひとまず置いていた場所、つまりにとりが思い切り穴をあけてしまった部屋なのだが、穴は見事に……あいたままだったのだから。
そればかりか、穴から部屋に入って分かったのだが、この場所だけお寺と呼ぶには程遠い仕上がりになっている。金属の質感、不思議な模様が光の線となり描かれている壁(白蓮は「法界」みたいだと言っていた)などなど……。どこから調達したのか機械めいた部屋になっていたのだ。悪戯っぽく修理したんだよと宣うのは恐らくこうなった元凶である河童。
「部屋なら……この通り完全に修理したよ。穴はシャッターで閉まるし」
まるでこの区間だけSFの世界になったかのような奇妙な風景。よく見ると所々木造であったりお寺のような装飾があったりと本当の意味で「奇妙な」ことになっていた。とにかく幻想郷ではイレギュラーな存在であるアールバイパーにとっては非常になじむ光景が目の前に広がっていたのだ。
「それにアールバイパーはしばらくここに置くんだろう? それならばそれっぽい部屋にしてあげないとね」
隅っこで涙目になっている星が縮こまっていた。
「あの……、何度も『やめよう』って言ったんですよ? それなのに……」
「ああ、部屋の雰囲気のことだよね? ムラサがねぇ、アズマの持ち物物色してたんだけど……」
ちょ、ちょっと待て! 人の荷物を勝手に漁るとは何事だ。
「ムフフ……。アズマ君も男の子だねぇ。男の子はみーんな『ああいうの』が好きなんだよねぇ。なーに、恥ずかしがることじゃないよ? くすくす……」
「誤解を生むから、普通に喋ってくれよぅ」
にとりのツッコミを受けて咳払いすると改めて状況を説明してくれた船長。
「たまたまね、アズマのバッグの中から本がはみ出てたんだけど……」
彼女が手にしていたのは一冊の本。別にいかがわしいものではなく、ただのゲーム雑誌。いや、ただのではないな……。昔や今のシューティングゲームばかりを取り扱った内容という今のご時世ではなかなか見られないものである。幻想入りする前に本屋に立ち寄って買ってきたものだ。
そしてムラサが見せてくれたページには、格納庫で静かに出撃の時を待つ銀翼「アールバイパー」のイラストが描かれていたのだ。
「外の世界では、この手の乗り物をこうやって保管するみたいだね。そして母艦から颯爽と出撃していくんだろう?」
彼女達にとって今の外の世界の事情など知る由もない。なのでアールバイパーの世界が外の世界だと認識しているようである。
「カッコイイじゃないの。そういうの、私も大好きよ。それでね、私も気に入っちゃったから、早速にとりにお願いしたら……今までとは比べ物にならないスピードで部屋の修復を始めてくれたんだ。すごくノリノリで」
「地下核センターよりも凄い見た目になっちゃった……」
なんというかこいつらは……。だが、俺の抱く感情は肯定的なものであった。いやむしろ一緒になって喜んでいた。
「凄いやっ! まるで夢みたい!」
俺にしてみればこの区間だけとはいえ、何度も思いを馳せてきた銀翼だけでなく、その銀翼が存在するにふさわしい場所まで用意されたのだ。俺はただただムラサとにとりの手を取り何度も握手する。
「いやはや、作ったモノをこう思いっきり喜ばれるのは何度経験してもこそばゆいなぁ」
「アズマの好みは私とも合いそうだね。アンタとはいい酒が飲めそうだ」
後ろで白蓮が呆れた表情をしているが、特に止めようとしないあたり、どうにか受け入れてくれたようである。
俄然やる気が出てきた。二人にアールバイパーの整備と装備の換装(アーマーピアッシングからノーマルレーザーへ)を頼むと、俺自身も整備……じゃなかった体を休めようと思い、部屋に入る。そう、いくらアールバイパーが強くなろうとも、それを操っているのは俺。俺がしっかりしないとバイパーだってまともに動くことは出来ない。
他にすることもないしな。迷惑をかけてしまった紅魔館の人たちには改めて謝罪したいところだったが、今はそれすらかなわない。白蓮も少なからず紅魔館で暴れていた為に悪いと思ったのか、少し前に白蓮が人里で菓子折を買いに行くとか言っていた。
恐らく紅魔館に送るものなのだろう。俺もついていこうとしたが「アズマさんは休んでいて下さいな。紫さんには万全の状態で挑まなくては」と断られてしまった。
「ネメシス人形」のメンテナンスでもするかな。埃を払うとか髪を梳かすくらいしか思いつかないが。
膝の上に人形を乗せると櫛で梳いてやる。少しくすぐったそうに身をよじっているようにも見えた。レミリア戦では酷使したからな、精一杯ねぎらっておこう。
俺はこの1体だけだが、アリスは何十体もの人形を弾幕ごっこに使用している。当然それだけの数の世話(?)をしているはずだ。よく飽きないな……。それに人形操術の腕もバリエーションも圧倒的に上。さすが自らの能力であると豪語しているだけのことはある。
ただ守らせる、攻めさせるとかだけでなく、一言に守るといっても布陣に色々なパターンがあったりするし、攻めるにしても遠方からショットで援護させたり、突撃させて爆発したりと多種多様だ。
パチュリーとアリスとの戦闘を思い出し、どんな作戦で行こうかとイメトレしてみる。人形を使ったスペルカードも悪くないかもしれない……。
「ごうがーい、ごうがーい! 号外だよー!」
そうやってネメシスを膝の上に乗せて頭を撫でていると、あの失礼極まりない鴉天狗が外で大声で喚きながら空を飛んでいるらしく、こっちに近づいてきた。
声がしたかと思うと窓から薄い新聞が投げ込まれた。メチャクチャな記事を作ったことに対して一言文句を言ってやろうと窓から顔を出すが、既に文の姿はどこにもなかった。魔理沙もかなりすばしこかったが、あのブン屋は彼女以上に素早いのだろう。風か何かか、あの天狗は。
後で一輪に聞いてみたが、新聞を取っていなくても号外はあらゆる場所に投げ込まれるものなのだと言う。下手すると同じ場所に投げ込むケースもあるらしい。やれやれとため息をつくと、新聞の内容に目をやる。
「文々。新聞 号外」
銀翼の外来人アズマVSスキマ妖怪八雲紫
今日の日没、マヨヒガ上空で遂に激突!
皆さんの誘いの上、こぞってご観戦下さい。
こっちは命懸けだというのに、まるで何かの試合のようなノリである。読み進めるとどちらが勝つか賭けている妖怪の話まで出てきている。紫の強さは折り紙つきだが、あの銀翼とやらもここ最近急激に力をつけたから分からない……のような内容。
とにかくやるしかない。相手が大妖怪だろうと何だろうと俺の潔白、生き様を見せつけなくてはならないのだ。その為には勝たなくてはいけない。またも新しい戦法が必要だ……。
「そこで聖輦船の主砲とやらを……」
「いやいや、そんなものないでしょ!」
そう思索を巡らせようとした矢先、にとりと談笑するムラサが俺の部屋に近づいてくる。その時俺は何かひらめいた気がした。
「ムラサ、少し弾幕に付き合ってくれ。いいスペルが思い付きそうなんだ」
忘れないうちに形にする必要がある。若干強引だが俺はこうやって弾幕ごっこの練習に誘った。
「わ、私!? でもちゃんと休んでいないと……」
「ウォーミングアップだ。それなら文句あるまい。お前のアンカー、よく見せてくれよ?」
若干強引にセーラー服の少女の手を引くとバイパーの格納庫へと走った。
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(その頃マヨヒガ上空……)
まだ日没までには時間があるものの、八雲紫とその式神である藍は既にマヨヒガまで移動していた。
「いよいよ……ですね紫様。ところで彼は本当に来るのでしょうか?」
九尾の狐が人里の方向に目をやる。
「ええ、きっと来る筈よ? 逃げれば確実に死んでしまうけれど、ここに来て弾幕をすればもしかしたら……ってこともあるし」
空中に浮かぶスキマに腰かけて、そして強烈な日光をピンク色の日傘で防いでいる。
「それに文々。新聞がやたらと食いついてくれているし。あれでは引くに引けなくなる筈よ。ほら、号外に誘われて騒ぎ事の大好きな人妖どもが集まってくる……」
迷い家のはずなのだが、わらわらと妖怪や人間がやってくる。弾幕ごっこの観戦、それは幻想郷における娯楽の一つであり、退屈な時間を長く生きてきた妖怪はもちろんのこと、外の世界ほど娯楽に満ちていない人里の人間にとっても十分に楽しめるものであった。
現に今もわらわらと観戦目的の人妖が集まっていき、橙が地上で対応に追われている。特に弾幕ごっこでは屈指の強さを持つ大妖怪「八雲紫」と、外の世界から銀翼に乗って弾幕を繰り広げる男性の対決という触れ込みで宣伝されている。相当魅力的な対戦カードであろう。
とはいえ死人が出るかもしれず、賭け事の対象にもなりやすいという理由もある為、小さい人間の子供がここに現れることはない。なので寺子屋の先生がここに来る事も本来ならばあり得ないのだが……。
「考えを……改めるつもりはないのだな?」
青白い長髪、慧音が今も武力衝突を避けられないかと申し出ていた。
「当然でしょう? みんな私の弾幕を見たがっているわよ。それに、あの銀翼は幻想郷にあってはならないもの。それを持ち込んで幻想郷を崩壊させようとした不埒な人間にはその命をもって謝罪してもらうわ」
「だがアイツは自らの意思とは関係なく、事故で……」
反論に出る慧音をほぼ一瞬でピシャリと切り捨ててしまった紫。
「黙りなさい。『妖怪は人を襲うもの』。それはスペルカードルールが発案されてからも幻想郷にあり続ける暗黙のルールよ。幻想郷が平和過ぎて忘れていたのかしら? いい機会だしそれをあの外来人と、ここにいる皆に思い出させる」
扇子を突き出し慧音を制止する。幻想郷の大前提を突きつけられ、グウの音も出ないワーハクタク。
「すまないアズマ、私では何も力になれないようだ……」
太陽が沈み始め、いよいよ時間が迫ってくる。しかしアールバイパーの姿が見えない。
「あら、やっぱり怖気づいてしまったのかしら?」
沈みゆく夕陽を眺め、ニヤリと笑みを浮かべる紫。
「いいや、あの男はお前程度では怯んだりしないわ」
その長身の女性に何故か自慢げに話しかける紅い悪魔。傍には日傘をさしている咲夜の姿もある。
「あら、あなたは私よりもあっちの銀翼を応援すると言うの、負け犬さん?」
「あの外来人がどこまでアンタに喰いつけるのかが興味あるだけ。そしてテングになっている貴女へ釘を刺しに来ただけよ。アイツは外来人、私達の予想しえない手段を持っているわよ。ククク……」
まるで自分の手柄のようにニヤつきながら話している。
「ご忠告感謝するわ。さっ、あなたも席に戻りなさい」
用事も済んでレミリアは紫の元を離れる。離れつつ従者に一言添える。
「咲夜、もう日傘は大丈夫よ。しまって頂戴」
太陽が今まさに山の中に隠れようとして、最後の輝きを放っていた。夜が降りてくる……。
「そろそろ……時間切れ。やはり、怖気づいたと見えるか」
「藍様っ! 何か来ますっ!」
最後の陽光に照らされてその銀翼は黄金色に輝きを放っている。先端が二つに割れたフォルム、銀色の翼、アールバイパーがマヨヒガの上空に辿り着いたのだ。
「待たせたな……八雲紫!」
今俺は大妖怪前に凄んでいる。怖いのか怖くないのかと聞かれたら、間違いなく怖いと答えるであろう。
「時間ぎりぎりね。巌流島の剣豪気取り? 残念ながらストレスは感じていない。私は平静よ」
別に怖気づいたわけではない。ちょっとムラサとウォーミングアップしていただけである。アールバイパーの後ろには白蓮や星、ムラサ等の命蓮寺の住民がバイパーを見届けている。
「聖、アズマさんなら何とかしてくれますよ」
心配そうに俺を見つめる聖さんを星が落ち着かせようと励ましている。
「……だといいのですが」
眼下に広がるのはこの決闘を一目見ようと集まってきた人や妖怪。おそらく「文々。新聞」の号外で集まってきたのだろう。
「とにかく……逃げずに来たわねアズマ。わざわざ死にに」
「死にに来たんじゃない。俺の潔白を、俺の意地を、俺の生き様を見せつけに来た。こちらが勝てば俺を狙う事はもうやめて貰うぞ……」
こちらも負けじと返す。ここで圧倒されては屈服してしまう。虚勢だが、とりあえず強気な態度を見せる。
「あは、あはははは! 人間風情が何を言い出すかと思えば……。お前はただの人間。妖怪とは明確に境界で隔てられているわ。超技術に腰かけながら吸血鬼を倒して鼻高々……ってところかしら?」
煙のようなオーラのような紫色の気を纏い始める紫。地上ではざわざわしているものの、そんな雑音など耳に入らない。
「あとは貴方を妖怪たらしめるその銀翼を貴方ごとへし折ってやれば全ては終わる。そのおごりも含めて全てを無に帰してあげるわ……!」
相も変わらずの威圧感だ。しかしここまで来たのだ。今更引くものか! 止まっていた風が再び吹きすさぶ。そしてピリピリした空気の流れが変わった。攻撃が来るっ! アールバイパーのリデュースを発動させ、自分は2メートル程に縮む。
ムラサとの弾幕で新しいスペルカードを思い付いた。まだ俺とムラサしか知らない隠し玉だ。奴が最も油断した時にアレを使えれば……。
最後は言葉などない。俺は大妖怪に挑み、そしてその大妖怪たる八雲紫は無数のクナイ型の弾幕を放つだけだ。
決戦の火ぶたは今まさに落とされたっ……!