東方銀翼伝 ~超時空戦闘機が幻想入り~   作:命人

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八雲紫から告げられたタイムリミットはあと3日。
それまでに少しでもアールバイパーを強化しなくてはならない。
アズマは失われた攻撃支援ポッド「オプション」に代わるものを探すべく、魔法の森へ向かったが……。


第10話 ~復讐の女神~

 次に目が覚めるとそこはベッドの上であった。もうせき込むことはない。ゆっくりと体を起こし周りを見渡す。無数の生首が棚に整列しており何だか気味が悪い。よく見るとそれは作りかけの人形の頭部であることが分かる。ここの家の主は人形職人なのだろうか?

 

「(ペコリ)」

 

 そしてどういうわけか勝手に動く人形がふよふよと飛んできて飲み物を手渡す。ブロンドヘアーの眩しい可愛らしい人形である。服はメイド服風だろうか? 俺は飲み物を受け取るが、得体のしれない液体にいきなり口をつける勇気はなかった。そうやってカップをじっと見つめていると……。

 

「瘴気にあてられた人用の薬よ。私も昔はお世話になったわね」

 

 それを聞き、液体に口をつけた。苦い……が、体は幾分楽になった。その様子を見て安堵の表情を浮かべるは金髪蒼眼の少女。自動で動く人形に、金髪の少女。この人はもしや……!

 

 どうやら俺は森で迷って気を失っていたところをアリスに助けられたらしい。となるとここは彼女の家だろうか。色々あったが目的の場所に辿り着けたのだから。何という幸運だ!

 

「貴方は確か白蓮さんと一緒にいた人間ね。ええと、アズマだっけ?」

 

「ああ、人里で会って以来だな。俺は確かに轟アズマだ。アリスに会いにここまで来たぜ」

 

 それだけ言ってのけると、アリスはやれやれとため息をつき、額に手をやり俯く。

 

「なんと命知らずな……。魔法の森は瘴気に溢れていて普通の人間には……いえ、そこら辺の妖怪にとっても対策なしでは長くいられる場所じゃないの。さあ、今日はもう遅いからここで朝が来るのを待った方が……」

 

 待て待て、それでは命懸けでここに向かった意味がない。俺は慌てて用件を口にした。

 

「無理を承知で頼みたいことがあり、ここに来たんです。人形を、動く人形をください」

 

「はい?」

 

 キョトンとした目でこちらを見る。その表情からは明らかに渡すつもりなど毛頭ないことが伺える。

 

「ええと……俺の、俺専用の動く人形が欲しいんです! 渡すのが無理なら作ってもらえると……」

 

「無理よ。あれは私の能力で操っているだけに過ぎないわ。確かにこの子みたいに自分で動ける子もいるけれど、長い間は動けないし、その度に命令をし直さないといけないの。それに……これは『私の』能力。他の人にはそうそう教えたくないの」

 

 やはり角が立ってしまったか。言われた方からすれば、苦労して得た能力を何の対価もなしに「くれ」と言われているようなものなので、気を悪くするのも当然だろう。だが、俺には猶予がない。土下座してでも何かを得て見せる!

 

「猶予がないんです。とある大妖怪につけ狙われていて、その妖怪に弾幕ごっこで勝てないと俺には明日がないんですよ! この通り、この通りだから人助けだと思って……」

 

「その妖怪ってのはまさか紫のこと? あの新聞の記事、本当だったのね……。まったくもって非常識だわ。どんだけ命知らずなのよ!」

 

 どうやら怒りを通り越して呆れている様子だ。額に手を当てて空を仰ぐアリス。俺は人形を使うことで失われていた能力が目覚めるかもしれない旨も伝えてみた。

 

「ああもうっ! 分かった、分かったわ。何か手伝いましょう! アズマはわざわざここまで訪ねた人間だものね。それも死にかけながら。そんな人間を追い払って、次に出会うは無縁塚じゃ、なんだか私が悪いことしたみたいで、後味が悪すぎるし……」

 

 なんと、力になってくれるという。無理を言ってみるものだな。初対面の人間のお願いを聞き入れてくれるなんて、魔法使いはいい人ばかりだ。思わずアリスの手をギュッと握り感謝の意を伝える。

 

「うわわ……。本当に人形が必要だったのね。でもね、人形を作るのは貴方よ。だって『貴方の』お人形さんなのよ?」

 

 それは構わない。それでも我が愛機が本来の力を取り戻せるなら、オプションを展開できるようになるのならばその程度のこと何ら気になることはない。

 

「OK。さっそく取り掛かろう。実はある程度案が出ている。こういう感じだ」

 

 スラスラと書きこむはオプションの丸い形。

 

「……はい?」

 

 ああ、そうか。球体の中心にオプションの本体があって……。よし、確かこんな形だった。これでどうだっ!

 

「……馬鹿にしてるの?」

 

 描いたのは人形とはかけ離れた形状。いかん、ここで機嫌を損ねるわけにはいかない。どうにか人型にしなくてはならないようだ……。

 

「すまない。ちょっと常識に囚われな過ぎた」

 

 

 

 こうして紆余曲折あったものの、アリス監修のもと、俺オリジナルの人形を作ることになったのだ。今も厳しい「アリス先生」にビシビシ鍛えられている。その度に俺は大汗をかきながらベストを尽くしていくのだ。

 

「型を削り過ぎ!」

 

 あくせく……

 

「目玉がずれてる!」

 

 あくせくあくせく……

 

「関節に使う球体が小さすぎるっ! その部分に使うのはこれよ」

 

 あくせくあくせくあくせく……

 

「そっちは右手! 左側につけてどうするのよっ!?」

 

 あくせくあくせくあくせく、悪戦苦闘……。

 

 どれくらい時間が経ったのだろうか。人形作りとなるとアリスは相当なスパルタ方式である。人形など作ったことのない俺にとっては作業に慣れることもままならない。

 

「ちょっと、聞いてるの?」

 

 だが何故だろう。こんなにも口調は刺々しいのにちゃんと教えてくれている。むしろ何処か嬉しそうですらある。

 

「不細工な人形作られて『アリスに教わりました』なんて吹聴されたら私にまで被害が及ぶからよ。別に久しぶりの客人で、しかも人形作りに興味がある人間で嬉しいとかじゃないわよ!」

 

 もっと素直になればいいのに。

 

「ああもう、よそ見していたから穴開けちゃって……。これはやり直しね」

 

 やっぱり厳しいや……。だが、こう四苦八苦しているうちにわずかに手際が良くなっていたようだ。

 

「最初よりも動きに無駄がなくなったわね」

 

 よし、今度こそ成功させる!

 

 

 

 慣れない作業を続け、度重なるダメ出しとやり直しの末に……。

 

「出来たっ……!」

 

 渾身の一作が出来た! 達成感からか、椅子からガタっと立ち上がり両手を大きく上にあげる。窓を見ると既に白んでおり、俺が夜通し人形作りに励んでいたことが分かる。そしてアリスもこんな時間まで俺に付き合ってくれたことも。

 

「ふわわ……。ようやく出来たのね。まあまだ改良の余地はあるけれど、なかなか可愛らしいじゃないの。合格よ」

 

 当たり前だ。これだけ苦労して作ったのだ。愛着だって湧いてくる。完成したばかりの人形の頭を優しく撫でる。

 

「それじゃあ名前をつけてあげないとね」

 

 そうだ、いつまでも「俺の人形」と呼ぶわけにもいかない。さて、どんな名前にしようか……。実は作っている間にもう決めていたりする。

 

「この子の名前は『ネメシス』」

 

 この名前は確か復讐だったか天罰だったかの女神である。それと同時にアールバイパーの祖であるビックバイパーのデビュー作である「グラディウス」の海外での呼び名でもあった筈だ。

 

 これは理不尽にこちらを屠ろうとする紫への復讐、俺はここで生き続けるぞと声高らかに宣言するための人形。そして、幾多もの死闘を潜り抜けていく俺のパートナー。

 

「天罰……? まあいいわ」

 

 ここまで思いを込めて命名したが、アリスにとってはどうでもいいことだったらしく、反応は素っ気ない。まあ他人事だから仕方ないか。さて、アリスはネメシスと名付けられた人形を持ち出すとそれを床に置いた。

 

「それじゃあその子にカリソメの命を吹き込むわ。ちょっと失礼して……」

 

 俺の頭に手を伸ばすとブチっと髪の毛を数本抜いた。ちょ、一言かけてからにしてくれっ!

 

「貴方の髪の毛を媒体にして、ブツブツ……ブツブツ……」

 

 俺の人形の周囲に魔法陣が出現。何やら怪しげな呪文を唱えている辺り、彼女が人間ではなくて魔法使いであることを再認識させる。ひとりでにネメシスはふわりと浮かび上がると、紫色の雷に打たれ、そのまま元あった場所に叩きつけられた。見たところ黒焦げになっているわけではなく、今の雷が魔力的なものであることが推測できる。

 

「ふぅ、この儀式はいつやっても疲れるわね……。儀式が失敗していなければ、これで命が宿った筈よ。もっともすぐには目覚めなくて、少し時間をおくことになるけれど」

 

 額の汗をぬぐいつつ説明するアリス。ふと人形の方へ眼をやると、一瞬人形の指がカクカク動いていたような気がした。おやと思い、目を擦ってもう一度確認するが、その頃には既に元の動かぬ人形に戻っていた。

 

「さて、まだ終わりじゃないわよ。今度はお洋服を作ってあげましょうね。まさか、裸でお外に出すつもりだったわけではないでしょうし」

 

「あっ……」

 

 人形とはいえ女の子の裸体。思わず目をそらした。

 

「いまさら何照れてるのよっ!」

 

 

 

 裁縫なんてものには慣れていないが、それでも人形のボディ作りよりかは取っつきやすいものだった。生地をジョキジョキと切り取り、縫い合わせ……。

 

「イデデっ! 針が刺さった」

 

「舐めときゃ治るわよ」

 

 そう口にすると、おもむろの俺の指をペロリと舐め始めた。思わず小さく悲鳴を上げてしまう。

 

「ただでさえ作業が遅いんだから代わりに舐めてあげる。貴方は作業に集中なさい」

 

 アリスさん、それいろんな意味で無理です。

 

 

 

 なんやかんやで服も完成。結局ボディ作りに比べて手間のかかる作業もなく、サクサクと終わらせることが出来た。そのデザインは「上海人形」のものとよく似ている。さて、いつまでも裸では可哀想だ。早速裸体の人形に着せる。

 

 しっかりと着せてあげると瞳が動き、瞬きをし始める。

 

「おおおっ……」

 

「凄いっ、本当に動くなんて……」

 

 ネメシスを誰かが操って動かしているということはないだろう。そうでなければここまでアリスが驚くことはない。どうやら本人にとっても成功するのは想定外だったようだ。たどたどしい動きでネメシスはチョコンと立ち上がる。

 

「ネ……、ネメシスやーこっちに歩いておいで」

 

 早速命じてみる。おぼつかない足取りでよちよちと前進するが、途中で転倒。

 

「がんばれー! よし、起き上がった。そーれ、アンヨが上手ー」

 

 その動きはまるで二足歩行を覚えたばかりの赤ん坊である。だが、しばらく歩いた後に再び転倒。そのまま動かなくなった。

 

「わわ……死んじまったのか?」

 

「自律人形なんて私にだって完全には出来ないの。むしろ少しでも歩こうとしていただけで驚きだわ。こまめに命令し直さないと自分では動けないものよ。それも単純な命令しか受け入れられない」

 

 そうか、頑張ったんだなネメシス。俺は倒れている彼女を抱きあげ頭を撫でてあげた。あ、今わずかに笑った気がする。そしてもう一度、今度は空を浮かぶように命じようとした。

 

 しかしその声は外から聞こえる爆音にかき消されてしまうのであった。

 

「な、何事っ? 強盗か!」

 

 扉を突き破って現れたのは見るからにステレオタイプな魔女の姿をした金髪の少女であった。とんがり帽子に黒い服。エプロンは白く、そして手には箒。まさに魔女と言えばこの風貌といった出で立ち。そんな彼女が妙になれなれしく挨拶してくるのだ。

 

「いよーう、アリスー。邪魔するぜ—」

 

「ま……魔理沙、ちゃんとドアを『開いて』入って頂戴」

 

 最初は強盗の類と思ったが、この「魔理沙」と呼ばれた少女、どうやらアリスとは知り合いのようだ。

 

 友人なのか? しかしそれにしては随分と乱暴だ。唖然とする俺達を無視すると、ゴソゴソと周囲を物色し始める。そしてその少女は信じられない行動に出た。

 

「人形をいくつか借りていくぜー。なーに、死ぬまでには返すさ」

 

 我が物顔で人形達を鷲掴みにするとそれを持って家を出て行こうとするのだ。やっぱり強盗じゃないか!

 

 しかもその中には俺が散々苦労して作り上げたネメシスの姿も……。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいっ!」

 

 アリスの声などどこ吹く風と箒に跨った魔理沙は信じられない速度でアリス宅を離れて行く。

 

「またやられたわ……。あの子すばしっこいから私じゃ追いつけないのよ……」

 

 荒らされた部屋の中、ガックリと肩を落とすアリス。あいつはネメシスを盗んでいった。放っておけるものか。壊された扉に手をやる俺。

 

「俺が取り戻す!」

 

 そのまま地面を蹴り、アリス宅の外に飛び出した。そこで銀翼が出撃の時を待ち、静かに佇んでいる。よかった、無事なようだ。

 

「待ってアズマ。外に出るならこの瘴気避けのマスクをつけて」

 

 投げ渡されたマスクをつけつつ、アールバイパーに乗り込む。こういう便利なものもあるのか。アリスもこの瘴気に悩まされていたことがあるらしい。さて、遠くへ消える前にあいつに追いつかないと。

 

「あの魔法使い、散々苦労して作った俺の『ネメシス』まで持ち出しやがった。何が何でも返してもらう!」

 

「そうは言うけれど、魔理沙は本当に速くて並の足の速さじゃ追いつけな……」

 

「心配ご無用っ! アールバイパー、フルスピードっ!!」

 

 怒りに身を任せ、最高速度で銀翼を発進させた。


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