青娥の協力もあり、雛たちと一緒に魔界へ突入した轟アズマと彼の相棒である銀翼「アールバイパー」。
途中でバクテリアンのテトランが経営する食事処に招かれたり、氷雪世界で「ブリザードクロウラー」の群れに襲撃されたところを一度死んだ後、幻想郷に帰るべく善行を積む「ジェイド・ロス提督」に助けられたりしつつを挟んでアリスの母親の住まう巨大な館「パンデモニウム」に到達する。
やっとの思いでアリスの母「神綺」に会う。なんと神綺は魔界のあらゆるものを創造したという「魔界神」であることが判明。
アズマはそんな魔界神な神綺に真っ二つになったネメシスを見せる。復活する手段はない訳ではないようだが、随分と厄介なようで、しばらく時間がかかる上に、そのための材料も足りないらしく、アリスがその調達へ向かうことになった。
かくして魔界の最奥で待ちぼうけのアズマであったが……
やはり眼が冴えてしまって眠れない。この短い期間に俺の身には色々なことが起き過ぎたのだ。
少し思い起こしただけでも「偽銀翼異変」のこと、「神子」を利用した上に「白蓮」との絆や「ネメシス」の体を断ち切ったあの憎き邪仙「青娥」のこと、そして人形職人としての側面もあるアリスの母親であり、魔界を統治する魔界神である「神綺」のこと……色々と浮かんでくる。
原因は分かっているとはいえ誰よりも大切な白蓮がああなってしまったこと、そしてこんな俺を色々とサポートしてくれたネメシスを失ってしまったことによる精神的ダメージは特に深刻である。
こんな精神状態なのだ。寝室としては十分な広さを持つこの客室は異様に静かであったが、渦巻く様々な感情に翻弄されてとても眠るどころではない。
少し出歩こう。パンデモニウムの敷地内ならそうそう危険はないだろうし。俺は寝室を出ると、薄暗い廊下をフラフラと歩みを進めていく。そうしていると神綺の部屋の照明が扉の隙間から漏れているのを見つけた。どうしたのだろうと俺が覗き込もうとすると彼女と目が合った。
俺の姿を認識した神綺さんはにこやかに笑い「おいで」と手招きしてくる。何故だろうか、俺にはその申し出を断るという選択肢が最初からなかった。手招きに応じて俺は神綺さんの部屋へ入る。
部屋では神綺さんが切り裂かれたネメシスをじっと見ていた。どうやって直すべきかと考え込んでいたのだろう。そうして顔を合わせて開口一番コレである。
「わわわっ、酷くやつれた顔。早く休んだ方が……いいえ、眠れないのね。気持ちは分かるわ」
余程俺は酷い面持ちだったのだろうか、魔界神に本気で心配されてしまった。部屋を見回すと神綺さんと小さい頃のアリスと思われる金髪の幼い女の子の写真が飾られているのを見つけた。
「無理もないわ。ネメシスちゃんはアズマちゃんとアリスちゃんの娘のような存在だものね」
「確かに二人で創ったから間違ってないけど、その表現はちょっと……」
うろたえる姿を見てクスっと微笑む神綺さん。
「ごめんね、ちょっとからかい過ぎたわ。貴方には白蓮ちゃんがいたわね」
そう、俺の一番のパートナーは白蓮だ。命の恩人で、彼女の為なら全力で力を振るおうと思えて。だけど今は……。
「白蓮ちゃんと何かあったの? なんだかただ動けないだけじゃないみたいね。もしかして白蓮ちゃんも頑固なところがあるから、喧嘩でもしたの?」
喧嘩ならどれだけよかったか。もはやそういう次元を超えているのだ。よりにもよって一番大切な人に敵対視されている。よほど上手に丸め込まれたのだろう、あの青娥の言う事を完全に信用してしまっているのだ。彼女の性格を考えると普通に説得するのは無理だ。だが、どうすればいい? どうすれば……
更に険しい表情をして俯くものだから、神綺さんもただ事ではないと感じたのだろう。その口調が落ち着いたものに変わる。
「アズマちゃん、本当のことを教えて頂戴な。決して悪いようにはしないわ。私にとっても白蓮ちゃんは大事な友達だもの。何か私に出来ることないかな?」
意を決して俺は事のあらましを語った。語りながら、悲しい気持ちが胸いっぱいになり、最後の方は言葉になっていなかっただろう。涙にまみれた俺のことがいたたまれなくなったのか、神綺さんはふわりと俺の体を抱き留めた。
「分かったわ、分かった。もう無理に話さなくてもいい。白蓮ちゃんがそんなことになっているなんて……。貴方にとっては辛いことこの上ないわね。なんて可哀想な!」
よしよしと背中を撫でられながらなだめられる。スーっと嫌な気持ちが抜き取られるような不思議な感覚を覚えた。今は落ち着いたが体が動かない。
「この私が魔界神でなければ、すぐにでも幻想郷に出向いて悪い仙人を懲らしめたいところだけど……」
神綺さんが言うには魔界の住民は無暗に幻想郷のいざこざに直接干渉するべきではないという考えのようだ。過去に魔界の住民が勝手に幻想郷ツアーを行ったことが原因で(そういえばアリスが昔はそんなことがあったと言っていたな……)、幻想郷に魔界の魔物が入り込んできたからと逆に魔界に乗り込んできた霊夢にコテンパンにやられたことがあるそうだ。
「ならば神綺さんを頼ることは出来ないな。白蓮も何とかしないといけないけれど、今はまずネメシスのことがあるし……」
落ち着きを取り戻した俺は神綺さんから離れ、床に座る。白蓮をどう説得するかを話し合うも、言語での説得はまず無理だろうと断言されてしまった。
「白蓮ちゃんの性格を考えると、無謀ね。どうにか真実につながる証拠を見せればいいのだけど、アテもないのでしょう? あーん、魔界神の私がひとたび力を振るえば、この私の魔力にモノを言わせて悪い仙人を一ひねりにすることも、白蓮ちゃんの目を覚まさせるのも思いのままなのに~……あっ、いいこと思い付いちゃった♪」
悪戯っぽく笑う神綺さん。なんか嫌な予感がするけど……。
「アズマちゃんが私くらい強くなればいいのよ! みっちり鍛えれば多分大丈夫。うん、そうしよう!」
待て待て待て~ぃ! そんな無茶苦茶なこと出来るか! 確かにここ最近は強くなってきたとはいえ、幽香さんのような妖怪には普通には勝てないし、そもそも人間である霊夢に勝てる道理がないのだ(加えて神綺さんの力をもってしても霊夢に敗れているじゃないか)。そんな俺が魔界の神様に並ぶ強さを持つだなんて無謀なことこの上ない。
「だけどこれは白蓮ちゃんとアズマちゃんの問題。私も彼女の友達だからある程度は説得できるけれど、貴方がやった方が上手く行く筈よ?」
「無理だって? そんなことないわ。だってアズマちゃんは白蓮ちゃんを取り戻したいのよね?」
「それはそうだけど……」
それだけ聞くとニッコリと笑みを浮かべてポンと手を叩く。
「じゃあ出来る! 弾幕に貴方の思いのたけをガツンとぶつけて、その心を見せつけるのよ。ほら、河川敷で不良二人が殴り合いの末に固い友情で結ばれるっていうアレ、分かるかな?」
白蓮と正面から殴り合う様子を想像する。俺が原形をとどめなくなる様子が容易に想像できた。もちろん弾幕勝負でも同じような結果が出るのは明白である。
「さあさあ、そうと決まれば明日は早いわ。もう寝なさい。いえ、無理矢理にでも眠らせるわ」
それだけ言うと俺の額に神綺さんの指が触れ、そして意識が深い闇へと一瞬で落ちていった……。
薄れゆく意識の中、俺が思ったのは「こんな相手を一瞬で昏倒させる魔法を使う神様と肩を並べるだなんて無謀にも程がある」というものであった。
そして次の日……。あの後俺は元のベッドまで運び込まれたようで、最初に招かれた客室で目を覚ました。なんだか久しぶりにぐっすり眠った気がする。気だるさなどまるで感じられない。これもあの魔法の影響なのかもしれないな。
いや、恐らくはそれだけではないだろう。俺はずっと何者かに追われるような生活をしてきた。それだけここ最近の俺の心も体も荒んで満足に休息が取れていなかったとも考えられる。
さて、鍛えてもらうと約束してしまった以上、行かないわけにはいかない。朝食(赤いメイドさんが用意してくれたようだ)を済ませると俺は銀翼に乗り込んでパンデモニウム上空へと飛翔。既に「来たわね」と言わんばかりに神綺さんが待ち構えていた。
だが、いったいどんな修行を行うのだろう? そう訝しんでいると神綺さんは意外なことを口にした。
「白蓮ちゃんから聞いているわよ。それがアズマちゃんの相棒である『アールバイパー』ね。さあ、自慢の攻撃を放ってみて頂戴。まずは力量を見ないとね」
どういうわけなのか分からないが、あらん限りの高火力の技を使ってもいいという事のようだ。それならばと俺はオプションを総動員してレイディアントソードを突き出す。幽香さんに教わったように魔力の流れに集中して慎重に剣先へと流し込むのを意識する。
「うおぉぉ! 重銀符……」
バチッ、バチバチッと魔力のスパークがレイディアントソードに集まる。そしておもむろに前進し、その魔力を一度に解き放った。
「サンダーソード!」
ほとばしる閃光が神綺さんを襲う。が、恐ろしいことに彼女はそれを片手で受け止めてしまったのだ。お、俺の必殺の一撃があんなに簡単に……。
「お見事っ。やっぱりただの人間とは一味違うのね♪ だけど、君はまだまだ力を隠しているんじゃない?」
ああやって褒め称えているが、全然フォローになっていない。まあ幽香さんにもαビームなしではまともにダメージを与えられなかったんだ。ううむ、使うしかないか。
不思議なことにオプションの魔力は既に全回復していた。再びオーバーウェポンを発動させると、今度はその魔力を限界まで銀翼に溜めこみ始める。
「ならばコイツはどうだっ。全無『αビーム』!」
青白い光線が周囲の空気を歪めながらゆっくりと神綺さんに向かっていく。それすらも片手で止めようとするが、さすがにそれは無理だったらしく、思い切り押されていた。
「すごぉーい! 本当に人間なの?」
ひとしきり俺を褒めたかと思うと、彼女の背中から純白の翼が展開される。するとαビームはそちらへ流れて、そして吸収されてしまった。魔力をたくさん吸収した神綺さんの六枚の羽根は禍々しい紫色に変色していた。
次の瞬間、うろこ状の弾をこちらを囲い込むように連射する。しまった、これでは自慢の機動力が活かせない!
そこへ銀翼がスッポリと収まるのではないかというほどの巨大な紫色の弾を狙い撃つように放ってくる。俺はどうにか機体を回転させこれを回避するも、次から次へと狙い撃ちしてくるので、防戦一方になってしまう。
どうにかしのいだと思った矢先、今度はその翼から細いレーザーが4発撃ち出される。あまりの速さに俺は対応できず、クリーンヒット。大きく吹き飛ばされてしまった。墜落した銀翼から這い上がるように俺は脱出する。
「全然歯が立たない……」
フラフラになっていたところを神綺さんに手を差し伸べられる。戦闘中の鋭い表情ではなく慈愛に満ちた優しげな微笑み顔であった。
「お疲れ様。大体アズマちゃんの力量は把握できたわ。その乗り物のおかげかしら? 人間にしては破格の強さを持っているようね」
なぜ幽香さんにしろ神綺さんにしろわざわざ俺をやっつけるんだろうか? 力の差が歴然なのは戦わなくてもわかる筈だというのに。
「もしかして反撃してきたから怒ってる? 今のは私自慢の必殺技だけど、本気ではないわよ。でもあの技を使わせるってことはそれだけ君が強いってことなの。強いといえばパワーも凄まじいわね。だって私は貴方が使ってきた魔力だけを使ったんだもの」
恐らくはあの羽なのだろう。魔力という魔力を吸収して自らのものにしたのだ。
「アズマちゃん。実戦はまた後にしましょう? 他にも修行のメニューをいろいろ用意したの♪ さあさあ、次の場所に向かうから背中に掴まって」
言われるがままに俺は神綺さんの背中にしがみつくと、凄まじい速度で飛翔、何やら山の頂のようなところに案内された。アールバイパーも一緒にここまで転送されたのか、俺の傍に着陸していた。