東方銀翼伝 ~超時空戦闘機が幻想入り~   作:命人

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熟睡しているアズマの夢の中に割って入ってくる存在は……


第9話 ~瘴気の森~

「起きなさい、アズマ。そう、目を開いて……」

 

 不思議な声の中、俺は目を覚ます。しかし見慣れた自分の部屋ではない。体を起こそうとするも、まるで金縛りにあったかのように体が動かないのだ。薄紫色のモヤがかかっており、ここがどこなのかは皆目見当もつかない。

 

「目を覚ましたわね。さて、私に聞きたいことが多そうなお顔……」

 

 どこからか響く声は穏やかではあるものの、どこか俺の心をかき乱すようなものであった。怖い、言いようのない恐怖が襲い掛かってくる。だけど体はまるで動かない。そんな俺の状況など無視して声は勝手に続けてくる。

 

「フフッ、当ててあげる。『ここは何処だ?』、『お前は何者だ?』、『何の用件だ?』。こんなところかしら?」

 

 紫色のモヤが少し晴れる。そこにいたのは日傘をさした金髪の女性。こいつはっ……!

 

「…………っ!」

 

 妖艶な雰囲気を持つ、そして俺の命を狙っているという大妖怪「八雲紫」ではないか! とうとうスキマを使って俺の目の前にやってきた。今度こそ殺されるっ! 聖さんっ、助けてッ! 助けてッ……!

 

 こんな絶体絶命の状態なのに、悲鳴を上げようにも声がまるで出ない。

 

「随分な怯え様ね。あーあー、情けない顔。そんな心意気で本当に私を倒そうだなんて思っていたの? くすくす……。でも安心なさい。私は貴方の夢の中に入り込んだだけ。いくら私でも夢の中の貴方を殺すことは出来ないわ」

 

 今は敵意がないと知り、少し安堵する。それじゃあ何しに来たんだ?

 

「質問には大体答えたわよ。それじゃあ用件を話すわ。3日後の日没、マヨヒガ上空に来なさい。アレを、超時空戦闘機『アールバイパー』を使って私と決闘したかったのでしょう? その時に相手してあげる」

 

 ビシとこちらに指差す紫。指が俺の喉元数センチ前まで迫る。

 

「新聞を使っての宣戦布告だなんて随分大きく出たわね。こんな噂、狭い幻想郷では瞬く間に広がって興味を持った人や妖が集まるでしょうね」

 

 そのまま爪の先っぽで首元をツツツーとなぞり始める。ゾクリとした。妖怪とはこうも恐ろしい存在なのか。

 

「轟アズマはあと3日の命よ。多くの人や妖怪に無様に敗れるところを見られながら貴方は死にゆくの。散々晒し者にされてね、くすくす……。さあ、貴方はどこまでもがけるのかしらね? すぐに殺されちゃ嫌よ? それじゃあつまらないもの」

 

 そのまま爪で頸動脈のあたりを少し強くグリグリと指を押し込んでいく。

 

「もちろん、逃げるだなんて許さないわ。こんなに楽しいこと、貴方が拒むようなら、すぐにでも殺してアゲルから……」

 

 恐ろしいことを最後に口にしながら、紫はスッと俺の首をかき切るようなしぐさを見せる。出血こそしなかったものの、首に引っかかれた跡が出来てしまった。怯え切った俺の姿を見ると、紫は満足げな表情を浮かべてスキマの中へと消えて行った。

 

 紫色のモヤの中、誰もいなくなると強烈な睡魔が襲いかかり、俺は再び瞼を閉じた……。

 

 

 そして気が付くと俺の布団が汗でびっしょりと濡れていた。とんでもない悪夢を見た。そうさ、今のは夢。紫だってそう言っていたじゃないか。だからあのまま取り殺される筈なんか……っ!

 

 それではこの首筋に走る痛みは何だ? そしてうっすらと残る首の赤い跡は?

 

 ガタガタと震えが止まらなくなる。断じて夢ではなかった。俺は半狂乱になりつつ聖さんの名前を叫び、部屋を飛び出した。

 

 野生のカンか、はたまた子が親を求める本能のようなものか、俺は聖さんの部屋に正確に飛び込んでいた。

 

「むにゃ? こんな夜遅くに、一体どうしたのですかアズマさん?」

 

 眠そうにしながらも、俺の姿を見るや否や柔和な表情を浮かべる彼女。俺は返答することなくその胸に飛び込んだ。声にならない悲痛な叫びを上げながら。

 

「あらあらまあまあ、一人で眠れなくなっちゃったのですか? 怖い夢を見たから?」

 

 夢なんかじゃないんだ。今俺のすぐ目の前に紫が現れたんだ。そう訴えかけようとするも、すっかりパニック状態に陥っている俺は上手に説明できない。聖さんはそんな俺を優しく抱き留めると片手で頭を撫で、もう片方の手で背中をポンポンと優しく叩いてくれる。

 

「安心なさいな。私がいる限り、誰にもアズマさんを殺させはしません。こうやってギュっとしながら守り通して見せます。だから、今はおやすみなさい」

 

 そのまま一緒の布団にくるまる。守ってくれるという安心感から、そして彼女の温もりから、俺は次第に平静さを取り戻し、そして再び眠りに落ちていった。

 

 そして俺は聖さんと一緒に朝を迎えた。改めて自分はとんでもないことをしていることに気が付く。慌てふためきながらもお礼を口にして、足早に部屋から立ち去った。

 

 

 

 そんな波乱の夜、そして朝を過ぎてしばらく落ち着いて……。俺は縁側にて幻想郷で初めて空を飛んだ、そして戦闘を行ったアールバイパーについて考察を進めていた。チルノとの弾幕ごっこでやはり気になっていた事。それは「毒蛇(バイパー)」の名を持つ戦闘機だというのに、攻撃支援ユニット「オプション」がまるで出てこなかったことである。

 

「ねぇ、聖さん。オプションってどうやったら出ると思います?」

 

 朝食の後のお茶をすすりながら、俺は聖さんが蓮の花のようなオプションを展開しているところを思い出し、聞いてみる。

 

「ふぇっ、おぷしょん? あ、ああ。後ろで展開しているアレのことですね。あれは法力と魔力の絶妙なバランスの元……つらつら……」

 

 最初こそ驚いてはいたものの、驚くほど冷静に原理を説明しているが……駄目だ、別格過ぎて参考にならない。グイっと湯呑に残ったお茶を全て飲み干すと、そんな聖さんに礼を言い、彼女から視線を逸らした。うぅ、やっぱり昨夜のことを思い出してしまい恥ずかしい。

 

 それよりも考察だ。今のアールバイパーでは紫にはとても太刀打ちできないだろう。オプションが必要だ。ああ、自分が動かさなくても勝手に浮遊して勝手に援護射撃してくれる。そんな技術は幻想郷にはないのかなぁ? 絶望に打ちひしがれ、大の字になって横たわる。

 

 ん、待てよ……。見たじゃないか! 人里で。人里でお団子を買っていたあの子。確かアリスって子だった。あの子の人形「上海」はふよふよ自分で飛んだり、挨拶したり、しかも言葉まで発していた。弾幕ごっこでも彼女が人形達を操って戦わせている様が容易に想像できる。

 

 ならば善は急げ。思い切り飛び起きると「アールバイパー」の格納庫へと急ぐ……前に聖さんに一言声をかけておこう。

 

「この前団子屋であった人形遣いの娘と仲良くなりたい」

 

「あら、アリスさんと? ふふっ、あの子もきっと喜ぶでしょうね。ほら、魔法の森は結構寂しいところですから。でも、どうしてまた?」

 

「オプ……ゲフンゲフン。人形、お人形さんに興味が出た!」

 

 うっかり本音が漏れるのを抑える俺。

 

「お人形さんですって? アズマさんは弾幕ごっこを始めたり、お人形さんが好きだったりと、随分と女の子らしいものに興味を持つんですね」

 

 た、確かに……。弾幕ごっこもこの幻想郷では女の子の遊びってことになっているし、お人形遊びも言わずもがなである。ううむ、否定できない。

 

 本心はさっき言いかけた「オプション」という発言でも分かる通り、アリスの「自動で動く」人形に興味があるだけなのであるが、あまりそれを言いたくはなかった。

 

「うーん……。私も行きたかったのですが、今日は命蓮寺を空けるわけにはいかないので……」

 

 口に人差し指を当てながら「んー」と唸り、宙を見る白蓮。スケジュールを思い返しているのだろうか。

 

「ごめんなさいね、しばらくは休みが取れません。ここ最近忙しくなっちゃって。アリスさんなら時折人里にやって来るのでその時に声をかければいいと思いますよ?」

 

 むう、しかしそれを待っているようでは間に合わないだろう。聖さんを頼ることは出来なそうだ。それならば他の子に同行をお願いしようとしたが結果は全滅。星とナズーリンは別件で忙しそうだし(大切なものを探しているらしい)、一輪は白蓮と同じ業務の為に席を外せず。

ムラサに至っては見つけることすら出来なかった。

 

 タイムリミットはあと3日。俺には一刻の猶予もないのだ。さりとて彼女達の仕事を妨げるわけにもいかない。

 

 こうなったら俺一人で彼女を訪ねよう。「アールバイパー」を用いれば雑魚妖怪程度なら撒くことも出来るだろうし、空から探せばアリス宅も簡単に見つかるに違いない。何も森に入ることはないんだ。ちょっと上を飛んで、見つけたらお邪魔する。見つからなかったら頃合いを見て帰る。

 

 聖さん達には悪いが、俺は「アールバイパー」を発進させることにした。

 

 

 

 人里上空を抜けると、鬱蒼とした森林地帯が見えてくる。あれが魔法の森と呼ばれる場所なのだろう。木々が隙間なく覆い茂っており、上空から目的地を目指すのは困難であろう。しまったな、これは計算外だった。

 

「リデュース、発動」

 

 そうなると狭い森林地帯の中に入り込む必要がある。木々を避けて飛行するために機体のサイズを10分の1に縮小させた。ちょっと危険だが……ここまで来たのだ、今更引き下がれない。

 

 幸い魔法の森入口の座標データは先程記録したので迷子になることはないだろう。あとは妖怪に襲われないように常に周囲に気を配るだけ。それにしても狭いからなのか、この森の中を進んでいくとどうも息苦しい。こう薄暗いと気分も滅入ってしまう。早く見つけたい……。

 

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

 

 どれくらい魔法の森をさ迷ったのだろうか。陽の光がまるで見えないので、時間さえも曖昧だ。それよりも深刻なのが、どういうわけか俺自身が疲弊していること。アールバイパーが悲鳴を上げるのならばともかく、どうして俺が疲労しないといけないのか? やれやれとため息をつこうとした矢先……

 

 俺は思い切りせき込んだ。一度や二度ではない。まるで喘息のように何度もせき込む。何かマズいものでも吸ってしまったのだろうか。せき込み過ぎて、息が苦しい! 気がおかしくなりそうだ!あまりの苦しさに、視界が白黒になり、そしてブラックアウトした……。

 

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

 

 再び目を見開くとどうやら何者かにおぶられている感覚を覚える。同時に後ろから何者かに引っ張りあげられている感覚もあった。見上げると、無数の小さな人形がいつの間にか「リデュース」の解除されたアールバイパーを担いでいる姿も見える。

 

 愛機の無事を確認すると、安堵の為再び眠りに落ちた……。


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