貞操観念が逆転したインフィニット・ストラトス   作:コモド

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我が党は神速を尊ぶ

 

 

 夜の就寝前に部屋を出て、人気のない廊下でぼくは携帯を取り出し、着信履歴の一番上にあった母の名前をタップした。常夜灯で照らされた、薄明りの寮はやっぱりホテルに宿泊している気分になる。

 コールして間もなく母に繋がった。

 

「もしもし、お母さん? どうしたの――お母様と呼べって……ウチは家族をそんなふうに呼ぶほど立派な家柄じゃないでしょ」

 

 第一声から冗談とも本気ともつかないお叱りを受けて、辟易としながらぼくは相好を崩した。母はぼくを名門男子校に入学させた経緯から察せるとおり、息子を蝶よ花よと育てたかったようで、どうも上流階級のやりとりに憧れを抱いている節があった。

 そういう無駄に見栄っ張りなところに、環境だけを整えたらあとは真っ当に育ちさえすればいいと考えていた元の世界の父との差異を感じて、ぼくは乾いた笑いが表に出てしまうのである。

 この世界の父と元の世界の母は似たり寄ったりで、連れ合いがよく稼いで教育熱心だし、子供は手間かからないから楽で助かるわー。と、容姿で世の中イージーモードを勝ち取った人なのでぼくは全く尊敬できないのだが、専業主婦(夫)としては何も非の打ち所がないため、こういう要領の良さも良い相手を捕まえるのには重要なのだと思わされた。

 

 まぁ、両親の世界別性格の差異はさておき、問題は『この世界のぼくがどういう子供だったか』になるのだが――これまでは元の世界の妹を参考にして接していたのだけれど、どうも微妙にちがうっぽい。

 思春期と反抗期を同時に迎えた妹が父に刃向かっていたのをしばしば目にしていたから、きっとこの世界のぼくも似たようなものなんだろうと思っていたのだが、母から見たぼくはISの適性が発覚して以来、急に反抗的になったように映ったらしい。

 「あの可愛かった唯が……」と変貌ぶりにショックを受けていた。父は「年頃だしそういうものだろう」と冷めていたけれど。

 ともあれ、ぼくがIS操縦者になってからというもの、母がぼくの変わりようを嘆いたり、ぼくが世界的有名人になったり、ぼくの恥ずかしい写真が電子の海にばらまかれたりと色々なことがあったが、ぼく以外の家族には何の影響もなかった。

 何もないからこそ、取り巻く環境が急変したぼくを、女親は心配になるのは仕方ない。

 

「うん、うん……変なこと? 大丈夫、みんな良い人だから。……女はみんな狼? やだなぁ、なに言ってるの」

 

 そんなこととっくに知ってるわ。とにかく、この世界の女の子がどういう存在か身に染みているぼくには、母の気持ちが痛いほど理解できたため、頻繁な連絡を鬱陶しいとも言えず、こうして貞操は無事だと伝えているわけである。

 ぼくにも、外見は同じなのに中身がちがう両親に思うところもなくはないが、口にするだけ無駄どころか徒労になると分かっているから唯々諾々とこの世界に従っているのだ。

 元の世界ならセシリアさんのような人に、あんなに情熱的に口説かれることはなかったと思うし……当初は警戒と戸惑いで引いてしまったけど、思い返すと美少女に熱烈に迫られる経験は希少だし、後ろ髪を引かれるものがある。

 この世界のぼくみたいにちょっと育ちがよいお坊ちゃまではなく、正真正銘の貴族の令嬢みたいだし。

 

「うん……全然、辛くないよ。みんな上品で肩が凝りそうな男子校よりも気が楽……はいはい。……うん、おやすみなさい。父さんたちにも元気だって言っといて」

 

 通話を切った途端にぼくの口から盛大なため息が漏れた。思いのほか神経を使っていたらしい。肉親との電話なのに疲れるとは……妹が男子校に入学した心境になって強引に納得しているけれど、あんまり過保護だと反発したくもなる。

 なるほど、これが元の世界でしょっちゅう父と喧嘩していた妹の気持ちか。……いや、でもこの世界のぼくは反抗的ではなかったみたいだし、参考にならないか。

 

「唯さん? どうなさったんです、こんな夜更けに?」

 

 ちょっと考え事をしていたら声をかけられた。特徴的な口調と声だったので誰なのかすぐわかった。

 

「セシリア――」

 

 顔を向けて名前を呼ぼうとしたのだが、姿を見て声に詰まった。なにこのもんのすんごいセクシーなネグリジェ。

 ぼくは慌てて顔を背けた。薄明りのなかでも――いや、薄明りに照らされたことで、やたら淫靡に――見えた、透き通るような白い生足と大胆に開いた胸元、下着なんて隠す気が毛頭ないスケスケの意匠を凝らしたエロエロな衣装。

 細身なのに胸、腰、太ももの肉付きはやたら扇情的で、小柄なのがそれを強調していた。

 

「? ……あぁ、ごめんあそばせ。あまり男性に見せるものではありませんわね。ですがわたくし、眠るときはいつもこれなもので」

 

 ぼくが顔を背けた理由に気づいたようで、謝罪はするものの恥じらいは感じなかった。貞操観念は変わってもファッションは大して変わってないのが、この世界でぼくが納得いってないことだ。男性は胸を隠すインナーがあるのだが、それ以外は本当に大差ない。

 せめて男子の部屋着みたいにラフな格好が標準になって欲しかった。

 直視できないでいるぼくを見るセシリアさんはたいへん上機嫌だった。

 

「本当にかわいらしい方ですわ。そんな反応をされると、思わず襲ってしまいたくなります」

「し、淑女なセシリアさんはそんなことしませんよね……?」

「ええ。でも、何気なく淑女からケダモノに変貌するかもしれません。わたくしも女ですから、あまりに無防備な背中を見せられると、つい飛びかかりたくなります」

 

 この恰好のセシリアさんに襲われるならそれはそれで悪くない。……こう思うのはぼくだけではないはずだ。少なくとも元の世界の男性なら誰もが同意してくれるにちがいない。

 首から下の誘惑が凄まじいため、セシリアさんの顔に意識と視線を集めて、やっと正視できた。

 

「それで、どうしてこんなところに?」

「母から電話がかかってきたんです。元気してるかって」

「なるほど。かわいい息子さんが気になって仕方ないのでしょうね」

 

 くすくすとセシリアさんがおかしそうに笑った。たぶんぼくの母は親バカに分類される人種なのだが、過保護に扱われているのが妙に気恥ずかしくて、ぼくは続けた。

 

「でも、毎日何度もかかってくるんですよ? 変な事されてないか、気をつけろって……耳にタコができるくらい。幾ら何でも、心配性が過ぎるというか」

「わたくしはそう思いませんが。もし唯さんがわたくしの息子なら、ボディガードをつけて女を近寄らせませんもの」

 

 ぼくは頬が引き攣るのを感じた。この世界の母は母性本能が転じて、過保護になりやすいのだろうか。娘を傷物にされたら堪らない感覚に近いのかな。でも男を傷物とは言わない気がする。

 セシリアさんはどうなのだろうか。単身の海外留学だし、高校生が一人で異国の地にいると考えると相当不安になるはずだけど。

 

「セシリアさんのご両親はどうですか? 海外の娘さんが元気にしているか心配しているのではありませんか?」

「いえ、わたくしの親はすでに他界していますから。姉代わりのメイドが時折電話してくるくらいですわ」

「あ……すいません」

 

 聞いていけないことを尋ねてしまったと思い、ぼくはとっさに頭を下げた。セシリアさんは努めて明るい声で言った。

 

「いいえ、気にしていませんから大丈夫です。……質問に答えるとすれば、そうですね。母は特に心配などしないでしょう。オルコット家の令嬢として不甲斐ない結果を出したときに電話で叱り飛ばすくらいで。父は大人しい人でしたから、心配はしてくれるでしょうが、母の意思を尊重してあえて何もしないでしょうね。今と何も変わりありませんわ」

 

 肩を竦めてセシリアさんは笑っていたが、ぼくは申し訳ない気持ちになり、とても笑えなかった。両親がいない人に親が鬱陶しいという愚痴は、自分がとても幼く思えたし、本人からすれば失礼なのかもしれないが、この歳で両親を亡くすのは可哀想に思えた。

 ぼくの表情が翳るのを見たセシリアさんは少し慌てた顔で距離を詰めてきた。

 

「あぁ、そんな顔しないでください。本当に大丈夫ですから。気持ちの整理もとっくについていますし、経済的にも問題はありませんから特に困っているわけでは……」

「あ、はい。わかりまし、た……」

 

 距離を詰められると、必然的にぼくは背の低いセシリアさんを見下ろすことになるのだが、そうすると角度的に上目遣いのセシリアさんとそのさらに下にある真っ白な胸の谷間が目に入るわけで。

 ぼくの声はどんどん尻すぼみになり、最後の方は詰まって再び目を背けてしまった。風呂から上がって時間が経っていないのか、湯上りの熱と薔薇の香料の芳しさに少しあてられる。そんなぼくを見て、セシリアさんがにんまり口角をつり上げたのが視界の端に映った。

 

「ふふ、でも偶に、優しかった父を思い出して寂しくなる夜がありますの。唯さんのせいで在りし日の父を思い出して、今夜は一人で眠れそうにありませんわ。責任をとって慰めてくださいます?」

「あの、そういう冗談は……」

「ええ、こういう冗談を言える程度には、もう平気ということですわ」

 

 晴れやかな笑顔でそう言うと、パッと距離をとった。案外、本当に気にしてないのかもしれない。もちろん、異性の前で弱弱しい姿を見せたくなくて強がっただけなのかもしれないが。

 踵を返す前にセシリアさんは茶目っ気を含んだ澄まし顔でぼくに言った。

 

「そうそう、明日のクラス代表決定戦、応援よろしくお願いしますね。必ずわたくしが勝ちますから」

「はい。あ、でも油断しないでください。自信満々の人って、よくそれで足元掬われて負けちゃうじゃないですか」

「あら、信用されてませんのね。では、宣言します。明日はあなたのために勝ちますわ。あなたを護ると言った騎士の力、見逃さないでくださいね?」

 

 振り返る前にウィンクして、綺麗な姿勢でセシリアさんは去っていった。

 おー、なんか顔熱い。ぼくがこの世界の男なら惚れてたね。たぶん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日のクラスはピリピリしているセシリアさんと鈴さんの影響もあって、前日より静かだったが、それでも寄って来る女子生徒は後を絶たなかった。

 今日は上級生が声をかけてきたが、ディフェンスに定評がある一夏の鉄壁を前にすごすごと立ち去った。一夏のブロックはすごい。きっとスティールもすごいにちがいない。

 冗談はさておき、一夏の女嫌いがこのIS学園で過ごしていくうえで女子との隔たりを生むのはまちがいなく、これが原因で女子、あるいは一夏との仲がこじれるのはぼくの学園生活においても支障をきたすのは時間の問題だと思えた。

 今のところ、織斑先生という絶大な防波堤が機能しているから、一夏を狙っているのは幼馴染コンビの他には特になく、代わりに美少女に囲まれ、オタサーの姫ならぬIS学園の王子状態で浮かれ気味のぼくが集中砲火されているからいいものの、仮にぼくに彼女ができたら一夏はどのような目に合うのだろうと考えてしまう。

 ぼく狙いのコが一夏に流れたら、その内キレるじゃないかとか、彼女ができたら女嫌いの一夏はぼくを軽蔑しないかとか。

 だいぶ仲良くなったとは思うのだけど、ぼくにはどうしていいか分からなかった。

 身も心も男同士ならともかく、一夏は元の世界の女性にあたるから、その辺がややこしいし気の使い方もよく分からないし話の切り出し方も分からない。

 もし彼女云々の話をして、恋バナ大好きな女の子みたいな反応を一夏にされたら、ぼくはこの世界の男と上手く付き合える自信がなくなってしまう。

 何というか、ぼくはこの世界の男子校の空気に馴染めなかったように、女が男のように振る舞うのは許容できるが、男が女のような言動をするのはオカマっぽくてちょっと……うん。

 

 まだ会って一週間も経ってないのに考えすぎなのかもしれない。というより、この世界を深く考えると頭が痛くなるので、そういうものなんだと納得するしかないのかな。

 

 

 

 

 

 放課後、数千人が収容できそうなアリーナがバトルフィールドと化す。

 これから競技場くらいの広さの空間でどんな兵器よりも強いIS同士がガチンコ対決を繰り広げるらしい。

 ……狭くない? 近代兵器を遥かに凌ぐパワードスーツでロボットアニメばりのレーザーとか撃ち合う戦いするんでしょ? 観客と設備吹っ飛ぶんじゃないの?

 という疑問は、観客席に被害が及ばないようバリア張れる安心設計が施されているとの説明で解消した。それでも兵器がビュンビュン飛ぶには狭いと思うけど、日本だからね。これだけの土地を確保するだけでも大変だったんだよ、たぶん。

 現代と男女が逆転していたり、ISという謎の超兵器が存在していたり、軽く異世界にやってきた気分のぼくは、前述のとおり考えるのをやめてそういうものなんだと納得した。

 納得はしたつもりだったんだが、観客席からISスーツに着替えたセシリアさんと鈴さんを見て、「あれ現代社会ならブルマやスク水みたいに廃止されるな」とまじまじと眺めながら考え込んでしまった。

 男子のISスーツがへそ出しタンクトップにショートパンツのような布面積なのに、なぜ女子も競泳水着と変わらない露出を強いられているのだろう。普通減るよね? ここの世界観だと女子の際どい恰好なんて見たくないから露出減らすよね?

 陸上や水泳のように軽量性とか抵抗を減らす意味合いもあるのかもしれないけど、操縦経験あるぼくから言わせてもらうと、ISに衣服の抵抗は殆ど関係ないよね?

 ていうか授業でISスーツって筋肉の電気信号をISに伝える補助機能があるって習ったんだけど、なんで胴体しか覆わないの? 普通四肢を覆うよね。女子のハイソックスはむしろセックスアピールだよね。どうして布面積を減らしても機能するように設計しちゃったの?

 そんなに男女無差別エロデザインにしたかったの? そういう技術の進歩は人類に必要なの? このデザインのせいでぼくは恥ずかしい写真を世界中に拡散されたの?

 

 よみがえる羞恥心。思い出す異性に媚びるポーズを取ったぼく。そのグラビア写真を見て沸き立つ屈辱感。ぼくの痴態に興奮している女性たち。それを眺めてむず痒くなるぼくの心と背中……

 考えないようにしていても、化学反応のように感情は揺れ動く。

 ぼくの杞憂ならいいのだが、この世界の女の子、普通の男の子に比べても性欲強くない? かなり押しが強い気がする。ウチのクラスメートはチャラチャラした、元の世界のヤリチンのような人はいないのに、大学の飲み会で目当てのコを酔い潰して持ち帰ろうとする男の気迫を感じる。大学生を知らないから勝手なイメージだけど。

 

「織斑、天乃。お前たちはこっちだ」

 

 いざ試合が始まろうとしていたとき、織斑先生から呼び止められ、連れて行かれた先は管制室のような部屋だった。

 モニターの明かりだけが室内を照らしており、山田先生が全作業をこなしている。

 

「天乃はもう専用機を持っているな?」

「はい」

 

 厳粛な声で問われたから、真面目に返事をした。持っているだけでろくに使った覚えがないんだけど。ぶっちゃけ護身用だもんね。

 

「織斑はまだだが、じきに専用機持ちになる。第三世代の最新鋭機が学生のお前たちに預けられたのは、護身もあるが、各国の第三世代のテストと性能の確認が大きい。

 これは単なるクラス代表決定戦ではなく、次期代表候補の実力、第三世代の技術力を計る戦いでもある。男子とはいえ、お前たちも国家の重要機密情報で作られた機体を預けられた身だ。それを意識してこの試合を観ろ」

 

 その割にぼくの専用機が作られた経緯ってすごく雑っていうか、欲望にまみれてたと思うんですが。いや、軍事機密なのは分かってるんだけど、造るきっかけが『量産機だと見栄えが悪い』だし、機能よりデザインに凝ってた節が関係者の発言から見え隠れしてたし……

 思うところはあったが口に出せないまま、クラス代表決定戦が始まった。

 ぼくは多面モニター(マルチディスプレイ?)で様々な角度から観戦していたのだが、開始後しばらくして感動を覚えていた。

 

「すごい! ロボットアニメみたいだ!」

 

 セシリアさんはビーム出して空を高速で飛び回っているし、鈴さんは見えない衝撃波を出していた。

 まさかリアルでこんな非現実的な戦いを目にする機会が訪れるとは思っていなかったので、感動が思わず口を突いて大きな声をあげてしまった。

 そんなぼくにその場にいたみんな苦笑いを浮かべた。

 

「ロボットアニメって」

「天乃くんもアニメを観るんですか?」

 

 一夏が吹き出しそうな顔でぼくを見、山田先生は心なしか声を弾ませてぼくを見ていた。ぼくは気恥ずかしくなって顔を伏せた。

 織斑先生がコホンと咳をして話題を変えた。

 

「天乃が驚くのも無理はない。第三世代はイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵装の実装がメインの機体だ。武装の多様性が売りだった第二世代までとは方向性が異なる。天乃の感想も一般人から見た場合、真っ当な反応だ」

 

 一応フォローしてくれた。その後、二人の使っている兵器の解説を織斑先生がしてくれたのだが、ぼくにはビームと衝撃砲としか分からなかった。

 すいません、科学技術に差がありすぎて言葉だけの説明じゃ理解できません。そもそもISが何なのか未だに分からないので第二世代とか第三世代とか言われてもちんぷんかんぷんです。

 

「なぁ千冬姉、よく分かんないだけど、ISは束さんが造ったんだろ? 第三世代だか何だか知らないけど、束さんならもっとすごいの造れるんじゃないのか?」

 

 ぼくと同じくよく分かってない一夏が尋ねた。束とはISを造った篠ノ之束博士のことだろう。篠ノ之さんの姉らしいから面識があったようだ。

 弟の質問に織斑先生は眉間にしわを寄せて、肩を震わせたかと思うと大きくため息をついた。

 

「さぁな。造れるのだろうが、あの馬鹿はISを現存する数、千機目を作り終えた後に『こんなブラックな職場やってられるかー! 辞めてやるぅぅぅ!』と言い残して失踪したからな。私は知らん。アイツのことは私に聞くな」

 

 どうやら怒りで震えていたようで、ぼくたちはその怒気にあてられて黙り込んだ。MIPが突然行方不明になり、世界中が震撼した事件の原因がブラックな労働環境とは、日本らしいというかなんというか。

 昔を思い出した織斑先生が噴出する篠ノ之博士に振り回された過去のあまりの多さに機能停止したため、山田先生の解説を交えて観戦する。

 セシリアさんと鈴さんはしばらく互角に戦っていたが、次第に鈴さん優位に形勢が傾いていった。

 

『――何よ、人のISにケチつけてたくせに、アンタの機体こそ試作機の未完成品じゃない!』

『!? くっ……!』

 

 中~遠距離が得意のセシリアさんの機体に比べて、鈴さんの機体は近距離向きの機体らしく、またセシリアさん自身が近接戦闘が苦手なのを見抜いた鈴さんは強引に格闘戦に持ち込んでいった。

 セシリアさんも距離を取ってビームを放つが、鈴さんは上手いこと躱して距離を詰める。

 

「どうやらオルコットさんはまだ兵装を使いこなせていないようです。使用するのに多大な集中力を要するのか、隙も大きいですね。鳳さんの攻撃を凌いでいますが、このままではジリ貧。エネルギー切れで鳳さんの勝ちでしょう」

 

 山田先生の解説によると、もう鳳さんの勝ちはほぼ揺るぎないらしかった。確かに、セシリアさんの顔は苦渋に満ちていて、苦戦しているのが見て取れる。

 負けてしまうのか……どちらか片方に肩入れしてるわけではないけど、昨日のやりとりがあったから、セシリアさんを応援したくはなってしまう。

 追い詰められていたセシリアさんだが、覚悟を決めた面持ちになると、ファンネルっぽいのを鈴さんに向けて射出した。

 

『それを使っているあいだ、本体のアンタが隙だらけなのは分かってんのよ!』

 

 ビームの雨を完璧に回避した鈴さんは、一気に距離を詰める。この後セシリアさんの取る行動は、今までは回避か離脱だった。

 鈴さんは追撃の為に次の攻撃の用意をしていて、振り上げた青竜刀は逃げ道を限定させる牽制の手段だった。

 だから、これまでろくに近接戦をしなかったセシリアさんが、ライフルを犠牲に受け止めるのは想定していなかった。

 

『はぁっ!?』

 

 ついでに、受け止めた直後の硬直を狙って、鈴さんの背後にビームを撃つのも。直撃を受けた鈴さんは、ある程度の距離を保って苦々しくセシリアさんを睨みつけた。

 

『や、やるじゃない……まさか自分に向けて撃つとは思わなかったわ』

『勝つために四の五言ってる場合ではありませんもの。もし外れてわたくしに直撃して敗北したとしても、このまま何もせずに負けるよりマシですわ』

『ふふん。でも、もうメインのレーザーライフルは使えないわよ?』

『これしきのことで、わたくしより優位に立ったと思わないでくださいます? 兵装がなくなったなら、なくなったなりの戦術を組み立てればいいだけのこと。鈴さん、わたくし、こう見えて負けず嫌いですの。

だから――嘗めた戦い方したら、隙だらけの喉元に噛みついてズタズタに切り裂いてやりますわ!』

『上等ッ!』

 

 おぉ、熱いやりとりしてる。少年漫画のライバル同士のやりとりっぽい。こっちだと少女漫画だけど。

 

「んー、青春してますねー。若いなぁ。私にもあんな時代がありました」

 

 山田先生がしみじみと言う。……本当に?

 山田先生の青春は置いておいて、試合は白熱した。油断を捨て慎重に、堅実に攻める鈴さんと大胆で思い切った行動をとるセシリアさんの対決は、観ている側からすると手に汗握る展開になった。

 けれど、隙を見せず、燃費の良さを逆手にとって守勢に入った鈴さんを攻めきれず、最後はシールドエネルギー切れで鈴さんに軍配が上がった。

 

『あたしの勝ちね』

『ええ……わたくしの敗けです』

 

 勝敗が決まると、ISを待機状態に戻した二人は、歩み寄って握手をした。

 

『その……何かごめんね、昨日は頭に血がのぼってて』

『いえ、わたくしも昨日の発言は撤回します』

 

 試合が終わると、お互いの健闘を讃えあって、爽やかな風が二人のあいだに吹いていた。

 スポーツマンみたいだ。二人はいがみ合っていたのが嘘のように言葉を交わし、会場からは拍手が降り注いでいた。

 

『あれ? 一夏は?』

 

 試合後の挨拶が終わった鈴さんは会場を見渡して一夏を探していたが、セシリアさんはアリーナをあとにした。

 

「意外だな、鈴が勝つなんて。昔は泣き虫だったのに」

 

 一夏が感慨深そうにつぶやく。今の一夏って幼馴染の成長した姿に驚く女の子に相当するのかな。

 

「迎えに行って労いの言葉でもかけてやったらどうだ? 喜ぶぞ」

「それしたら際限なく調子に乗るタイプだろ、鈴は」

 

 からかうような織斑先生の言葉に一夏が苦笑する。そのやりとりを横で聞きながら……ぼくはセシリアさんが気になっていた。

 仮に、ぼくが男でセシリアさんの立場なら、あれだけ大言壮語を吐いておきながら負けたらどうなるだろう。ひどく落ち込むはずだ。しばらく立ち直れないくらいだろう。

 それにセシリアさんは、ぼくよりもプライドが高い。それがへし折れていたら……ぼくは心配になり、いても立ってもいられなくなった。

 

「あの、ぼく、行ってきます」

「へ?」

 

 そう言い残すと、管制室を飛び出して、セシリアさんを捜しに走り回った。

 どこにいるか分からなかったけど、まだ遠くには行っていないだと思い、アリーナ内の通路を闇雲に走った。途中で、ISの機能を使えばいいと気づいたけど、面倒になって結局駆けずり回った。

そして、息が切れるくらい走って、やっと見つけたセシリアさんは、人気のない通路に座り込んで泣いていた。

 

 

 

 

 

 

「セシリアさん……?」

 

 ぼくが声をかけると、嗚咽を漏らしていたセシリアさんは、ぼくが近くにいるのに気づいていなかったのか、勢いよく顔をあげた。

 

「ゆ、唯さん!? どうして……」

 

 ぼくに向けられた驚きに満ちた顔は、泣き腫らした目と涙で濡れた頬とわななく唇でぐちゃぐちゃだった。

 セシリアさんはぼくがいると分かると、強引に笑顔を作った。

 

「な……情けないところを見せてしまいました。申し訳ありません、あなたの為に勝つと、約束していたのですが……っ」

 

 が、最後まで笑顔を保てず、そこまで口にすると、涙を堪えきれなくなって顔を伏せてしまった。

 

「セシリアさん……あの」

「何も言わないでくださいッ! 慰めの言葉をもらったところで……敗者には惨めなだけなんです!」

 

 ぼくが言おうとした言葉を悲痛な声で拒む。ぼくは彼女の気持ちが痛いほど理解できた。

 唾をつけてた女の子に、明日の試合は君の為に勝つよ、と嘯いて置きながら、負けて落ち込んでいる所を慰められたら、惨めで当たり散らしてしまう。

 男の子の意地とプライドは、こういう時に刺々しくなるものだ。だからそっとしておいてほしい気持ちも分かった。

 

「すみません……あなたに八つ当たりすべきではないと分かっているのですが……あなたにこんな所を見られたくなかった……こんな、情けない姿……」

 

 声を荒げたと思いきや、途端に弱弱しい声音になり、膝に顔を埋めて静々と泣いた。

 

「……」

 

 ぼくは何も言えないまま、少し時間が経った。その間、泣き崩れているセシリアさんを見ながら、色々な考えが頭を駆け巡った。

 ぼくはどうするべきなのか。いま目の前で泣いている女の子は、例えるなら『試合に敗れて悔し泣きしているぼくと同い年の男の子』なのだ。こんなとき、ぼくならそっとしておいてほしいと思う。口説いていた女の子に慰めの言葉をかけられたら、情けなくてもっと泣いてしまうかもしれない。

 でも、このまま立ち去ることもできなかった。泣いている女の子を前にして、何もしないで立ち去るのは見捨てるような気分になって、その選択はとれなかった。

 何より、昨夜、彼女の身の上話を聞き、同情ではあるけれども情が湧いていた。また、これだけ綺麗な人に情熱的に言い寄られて、悪い気分になるわけがなく、何かしてあげたかった。

 

 ただ、彼女にしてあげられることとなると……思い浮かぶのは、男として躊躇するようなことばかりで。

 

「……」

 

 けれども、小さな肩を震わせて泣いているセシリアさんを見つめていたら、やはりどうにかしてあげたくなった。

 ぼくは気持ちを固めると、セシリアさんの隣に腰を下ろした。ぼくの気配を察したセシリアさんの動きが一瞬はたと止まる。

 

「お願いですから、一人にしてください」

「無理です。今のセシリアさんを放っとけませんから」

 

 顔を膝に埋めたまま、セシリアさんはくぐもった声で言う。ぼくはセシリアさんの方を見ず、前を見て語りかけた。

 セシリアさんはそれを聞いて恨みがましく言った。

 

「女心を察してくれませんのね。それじゃ良い男になれませんわよ」

「それが良い男の条件なら、ぼくは、なれなくてもいいです。ぼくはただ、泣いてるセシリアさんを見て、傍にいたくなったのと、伝えたいことがあっただけですから」

 

 前半部分は本音だったが、後半部分も紆余曲折を経ているものの事実だった。

 セシリアさんは何も言わず鼻をすすった。ぼくはほぼ密着していた状態から、肩を触れ合わせて、セシリアさんに向けて言った。

 

「かっこよかったですよ、セシリアさんは」

 

 安易すぎる慰めの言葉が癪に障ったのか、セシリアさんは顔を上げると泣き腫らした目でぼくを睨んだ。

 

「どこがですか……! わたくしは敗けたのです! あんなに大見得を切っておきながら、約束を守ることも出来ずに、敗れて……情けなくて、このまま消えてしまいたいのに……そんな手慰めの、気休めの言葉をあなたにかけられたら、わたくしは……」

「セシリアさん。ぼくは、勝ち負けのことを言ってるんじゃないですよ」

 

 ぼくはその目を見つめ返して、

 

「ぼくを護ると言って、最後まで諦めずに戦ってくれたセシリアさんの姿が、ぼくの眼にはとてもかっこよく映ったんです」

 

 そう言われたセシリアさんは、きょとんとした顔つきになって、慌てた様子で目を逸らした。

 

「そ、そんなもの、ただの詭弁ではありませんか!」

「あはは、そう言われると何も言い返せません。……でも、本当にかっこよかったですよ。……かっこよかった」

 

 優しく語りかける。セシリアさんは口を噤んで、顔も背けてしまった。でも、その表情は悲しみや怒りよりも、照れが勝っていた。触れ合った部位から伝わるセシリアさんの熱は、試合が終わったばかりで溶けるように熱い。

 ぼくは緊張をひた隠しにして、語りを続けた。

 

「だから元気をだしてください。セシリアさんが落ち込んでいるのを見ると……ぼくも悲しくなります」

「……ですが」

 

 まだ気落ちした心は立ち直れないようで、声は沈んでいた。それはそうだ。簡単に立ち直れるようなら苦労はない。

 だから、こういうときは劇薬が必要だ。

 

「じゃあ、これならどうですか?」

「え?」

 

 ぼくはさらに身を寄せて、汗で張り付いた金糸の髪を掻き上げて――白い頬に触れるだけのキスをした。

 虚をつかれたセシリアさんは間近にあるぼくの顔を確認してから、唐突に顔をこわばらせたかと思うと、飛び上がって半歩分距離を取った。

 そして頬を手で押さえて、紅潮し、テンパりまくった顔でぼくに向き合った。

 

「ゆ、ゆゆゆ唯さん!? な、なななな、何を……!?」

「元気が出るおまじないです。どうです? 元気……出ましたか?」

「げ、元気も何も、こんなことされたら驚くに決まって――!」

「よかった。元気、出たみたいですね」

 

 ぼくが微笑みかけると、セシリアさんは困った表情で視線をさまよわせた。何度か唇が触れた個所に指先を滑らせ、時折ぼくの唇に目をやっては気恥ずかしそうに視線を逸らす。

 ……口説き方から、勝手にプレイガールかと思っていたのだが、意外と遊び慣れていないというか、純情っぽい反応をされて、ぼくの悪戯心が鎌首をもたげた。

 

「セシリアさん、どうしたんですか? 顔が真っ赤ですよ」

「え? あ、これは」

「セシリアさんって意外と初心で、かわいいところがあるんですね。素敵です」

「なぁ――!?」

 

 意趣返しに成功したぼくは、瞬間湯沸かし器みたいに真っ赤になったセシリアさんを確認すると、目標は達成したからさっさと立ち去ることにした。

 

「じゃあ、ぼくはこれで」

「お、お待ちなさい! 唯さん! 唯さーーーーんッ!」

 

 セシリアさんのぼくを呼び止める悲鳴のような声にも振り返ることなく、一目散に逃げだした。

 逃げに逃げて、誰も居ないところに着くと、脱力して顔を覆った。

 

 

 

「うわぁぁぁ……恥ずかしい……!」

 

 熱い顔を掌で覆い尽くし、羞恥に耐える。アニメや漫画のヒロインを意識してみたけど、女の子ってこんな恥ずかしいことしてんのか……!

 しかも無理やり元気を出させるためとはいえ、女の子にキスまで……!

……ぼくはもうダメかもしれない。いや、でも今回は落ち込んでるセシリアさんの為だったからセーフ……? いやいや……

 

 

 

今度はぼくが人気のないところで蹲って落ち込んだ。しばらくしてから、突然いなくなったぼくを探しに来た一夏に見つかって、ぼくは帰路についた。

 答えはなかなか見つからなかった。

 

 

 

 





          ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
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       ∧::::ト “        “ ノ:::/!
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         | ``ー――‐''|  ヽ、.|
         ゝ ノ     ヽ  ノ |
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   _//::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ    え?
.  | lr、! :::::::l::::::/|ハ::::::::∧::::i ::::i
    |.l1:::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:::/:::l    箒はいいからさっさとシャルを出せ?
    .|^ ):::::|V≧z !V z≦/::::/
   ノ ソ::::ト “        “ ノ:::/!
  /  イ:::::\ト ,_ ー'  ィ ̄`!
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      ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
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. | ll ! :::::::l::::::/|ハ::::::::∧::::i :::::::i   誰がメインヒロインかで
  、ヾ|:::::::::|:::/、|:::::i:::::/:::::.メj:::/:l
   `ヾ:::::::::|V≧z !V z≦ /::::/        ISを語れよ!!!!
.    ∧::::ト “  ,rェェェ、 “ ノ:::/!
.    /:::::\ト , _ |,r-r-| _ィ:/:::| i |
  /        ̄  ヽ !l ヽ i l
 (   丶- 、        しE |そ  ドンッ!!
  `ー、_ ノ         l、E ノ <
               レYVヽl

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