トレーナーズスクール ハチマン   作:八橋夏目

6 / 7
長いです。

いつもの1・5倍くらいあります。


6話 ユイ篇 結

 卒業試験当日。

 いつものようにスクールに行くと今日も今日とてオーダイルは朝から俺を待っていたようだ。

 昨日は午後一にれいとうパンチを完成させ、りゅうのまいもモノにしたからな。疲れているかもしれないが、今日を乗り切れば俺もこいつも、ついでにあの黒長髪も何かが変わるかもしれない。そんな予想が今の俺の中にはあったりする。

 だが、相手は六体。出来る子二体でも勝てるかは怪しいところである。しかもあの口ぶりからして奇襲は授業中。

 旅に出れば何が起きるかわからないため、咄嗟の対応力を見ようという魂胆なのだろうが、些か危険ではないだろうか。主にあのお団子頭。…………そういやもう一人危なっかしいのがいたな。

 

「今日は頼むぞ」

 

 オーダイルと拳を合わせて挨拶をすませると、重たい足で教室へと向かった。

 教室では昨日俺がいなかったからといって何かが変わるわけでもなく、相変わらずあのリザードン使いは囲われていた。

 オーダイルの様子から窺える黒長髪のあいつとは違い、あの男子生徒は笑顔を浮かべてたわいもない話に花を咲かせている。

 よくわからん関係だなという感想を抱いて席に着くとヒラツカ先生が入ってきた。

 それから一時間目をぼけーっと聞き流し、ようやく二時間目。

 意外と時間経つの遅いな。

 ……………なんかそわそわしてくるし。

 緊張、してるのだろうか。

 武者震い………、ではないな。

 

「………どうした、ヒキガヤ」

 

 あ、先生にバレた。

 さて、どう言い訳しようか。事情の知っている先生だからこそ、悟られたくはない。もう遅いかもだけど。

 

『ウーッ!! ウーッ!! 訓練! 訓練! 不審者が校内に進入しました』

 

 とか考えていたら、突然放送が入った。

 避難訓練。

 本来、今日の予定には組み込まれていなかったはず。

 ということはこれが校長の合図というわけか。

 

「きゃあっ!?」

 

 理解した時にはすでに後ろから女子生徒の悲鳴が聞こえてきた後だった。

 

「チッ、まずはゲンガーか」

 

 女子生徒の方を見るとゲンガーがスカートをまくろうとしている。

 何してんだよっ!

 お前、一応校長のポケモンだろ!?

 その近くではリザードン使いの男子生徒がモンスターボールを出したが、室内でリザードンを出すには狭いことを察したのだろう。少し焦りを見せている。女子生徒、金髪の少女は「ハヤト…………」とあいつに助けを求めている。

 

「先生、ちょっと借りますよ」

 

 ここで俺もリザードンを出すわけにはいかないので、近くにいた先生の腰に巻いたモンスターボールを一つ拝借する。

 中は………サワムラーか。

 だったら、これだな。

 

「サワムラー、ゲンガーにブレイズキック」

 

 女子生徒から離れて天井に登ったゲンガーまで距離はあるが、こいつの脚力ならば一蹴りでいける。

 技は何を覚えているのか知らないが、この前見た限りではメガトンキックにとびひざげり、それとブレイズキックは使えたはず。前者二つはゴーストタイプのゲンガーに効果はないが炎の一蹴りならば何とかなる。

 

「サワッ!」

 

 先生のポケモンだけあり、生徒がピンチとあらば、命令を出すのが先生でなくとも素直にいうことを聞いてくれた。さすが先生のポケモン。

 

『ーーーーーーーーー』

 

 放送で何か言っているが、今はそれどころではない。

 とにかくあのゲンガーを外に出すのが先だ。

 

「キシシシっ」

 

 不敵な笑いをするとスッと姿を消した。

 くそっ、ゴーストタイプ特有の消える能力を使いやがったか。

 

「どうするヒキガヤ」

 

 ニヤニヤとこちらも笑みを浮かべながら先生が聞いてきた。

 なんか腹立つな、このタイミングだと。

 外に目を向けるとゲンガーか『あっかんべー』からの『おしりぺんぺん』をして俺を挑発してくる。

 うぜぇ。

 なんか考えてたのと違って、あいつすげぇむかつく。

 だが、ここで追いかけて行ってはあの校長の思う壺なのだろう。

 そもそもは俺が狙われているのだ。

 だったら、やることは一つだろ。

 

「狙いは俺なんですから別行動しますよ。ボールは返します」

 

 サワムラーのボールを先生に返し、悲鳴をあげた女子を見るとちょっと涙目であった。まあ、いきなりあんなことされたら怖いよな。

 俺もいろんな意味であいつが怖いわ。

 

「んじゃ、後は避難誘導の方は任せます」

「それが仕事だからな。行って来い!」

 

 先生に激励され教室を出た。

 まず向かうのは屋上だな。

 あそこからなら全体を見渡せる。

 

「ヒッキーッ!」

 

 走り出そうとしたら、呼び止められた。無視すればよかったものの知ってる声だったのでつい足を止めてしまった。

 振り返るとお団子女子が廊下に出てきている。

 その遥か後方には九本の尻尾を持つ狐の姿がーーー。

 

「こん、のバカッ!」

 

 全く自分のピンチに気がついていないバカに向けて切り返して走り出す。

 キュウコンが口を開く。

 この距離ならばかえんほうしゃがくるのだろう。

 だとするとあのバカが丸焼けになってしまうのか。バカにはいい薬になるかもしれんが、女の子に火傷はダメだよな。

 

「きゃあっ!?」

 

 驚いたような悲鳴をあげるが、そんなの知ったことか。

 俺は覆いかぶさるように突進し、頭を下げさせる。

 ジジっと背中に高熱を感じた。火傷してないといいけどな。

 

「くそっ!」

 

 炎が収まったのを見計らって顔を上げると燃える狐が走り迫ってきている。

 慌てて女子生徒の腕を掴み、駆け出した。

 こんな狭いところでバトルが出来るはずもないし、それよりもこのバカをどうにかしなければ………………。

 

「ヒ、ヒッキー………」

「あーもう、お前のせいで色々と算段が狂ったじゃねぇか。くそっ」

「ご、ごめん………」

 

 もうどこへ向かっているのか自分でもわからない。

 ただただ、足の赴くままに階段を駆け下り、廊下を走っていく。

 一向にキュウコンを撒ける気配もなく、ずっと炎を纏って追いかけてくる。

 これ、トラウマとかになる奴も出てくるんじゃねぇの?

 ………つまり、極力人に会うなということなのか?

 もうすでに一人巻き込まれてるけど。

 

「どこ向かってるの?」

「知らん」

「ええっ!?」

「取りあえずバトルできそうなところまで逃げるしかないだろ。建物壊すわけにもいかないし」

「そっか………だったら! 体育館は?」

「ふっ、バカにしちゃいい案じゃねぇか」

「バカってなんだし! バカじゃないもん! バカって言った方がバカなんだから!」

「その発言がもうバカっぽいな」

「ううー、ヒッキーのバカ!」

 

 今日はよくバカバカ言うな。

 つい何日か前に初めて会話したってのになんなんだ、このグイグイくる感じは。

 

「ってか、お前。この状況怖くないのかよ。後ろから炎を纏った狐が迫ってきてるんだぞ。なんなら火まで吐いてくるし」

「分かんない。けど、今はヒッキーがいるから怖くない!」

「俺、危なくなったら遠慮なくお前のこと置いていくつもりなんだけど」

「ええっ!? そんな、一人にしないでよ!」

「状況を知ってるくせに自分から巻き込まれに来たバカが言うセリフか、それ」

 

 タタタッと靴が乱れて床を蹴りつける音が駆け抜ける。

 段々と息が上がってきたんですけど。

 意外と体育館まで距離あったんだな。

 

「やっと、ついた………」

 

 はあ、はあ……と二人して肩で息をしながら足を止める。

 だが、後ろから獣の走る音がしたので、すばやく近くの用具室へと身を潜めた。

 

「ヒッキー、痛い…………」

 

 さっきの勢いは何処へやら、しおらしく囁く。

 そしてようやく俺も自覚した。

 

「わ、悪い……」

 

 なに、どさくさに紛れて女子と手なんか繋いじゃってんの!?

 自分の顔がみるみる赤くなるのが嫌でもわかる。

 

「せんぱい………?」

 

 黒歴史を更新してると、これまた聞き覚えのある少女の声がした。

 

「お前………」

 

 頭の中で描いた顔と一致した少女が、ウレタンマットの陰に隠れている。

 

「イロハちゃん!?」

 

 お団子女子の知り合いなのか。

 なら、会話はこいつに任せよう。

 

「なんでこんなところにいるの?」

「いやー、私こんな性格じゃないですかー。さっきまでヤドキングに追いかけ回されてここまで逃げてきたんですよー」

「体操服……ってことは体育だったの?」

「ですです」

 

 こいつ、このあざとい性格が裏目に出て、ポケモンに追いかけ回されるとか。

 人間版メロメロってやつか………?

 

「くくくっ」

「なんですかー、せんぱーい」

「いやすまん。お前のあざとさがまさかポケモンにまで効くという事実につい笑いがくくくっ」

 

 あざとさ全開の甘い声にさらに笑いがこみ上げてくる。

 ここまでくると一種の能力だよな。

 五年後くらいにはどうなっているのやら。

 

『キュウ』

 

 きた。

 

「しっ」

 

 口に人差し指を当てて、静寂を促す。

 

「ど、どうしたの?」

 

 小声でお団子の方が聞いてくる。

 

「キュウコンがきた」

「ヤドキングじゃないんですか?」

 

 あざとい後輩は自分を追いかけてきたヤドキングを気にしてる様子。

 つーか、ヤドキング。持ち場とかあったんじゃねーの?

 何勝手に女の子を追いかけてんだよ。

 

『ヤードン』

『キュウ、キュウ』

 

 ヤバい、噂をすれば二体が合流したようだ。

 キュウコンの方は鼻が利くし、見つかるのも時間の問題か。

 

「おい、お前らはここにいろ。今からバトルしてくる」

「え? 行っちゃうの?」

「お前、本来の目的忘れてるだろ。これは俺の卒業がかかってるんだぞ。あいつらを倒さん限りは卒業できねぇんだよ」

「先輩、卒業するんですか!?」

 

 おおう、小声で大きく驚くってすごい芸当だな。

 

「ああ、今はその試験の真っ最中。なんなら、お前を追っかけてきたとかいうヤドキングは校長のポケモンだ」

『キュウ、キュウキュウ』

『ヤードン! ヤドヤドッ!』

 

 うわー、これ絶対見つかったやつだ。

 ヤドキングが喜んでるよ。

 たぶん、こいつの方を見つけてだろうけど。

 

「……ん? 先輩、これ落ちましたよ」

「あん? ああ、それか」

 

 あざとい後輩が俺のポケットから落ちた虹色に輝く綺麗な石を拾って見せてきた。

 

「前になんか拾ったんだけど、制服のズボンのポケットに入れたまんまだったんだな。やるよ、それ。綺麗だったから拾っただけで別に必要ないし」

「うぇ!? い、いいんですか。ありがとう、ございます」

 

 わはー、と丸っこい石を眺める後輩。

 それを見たお団子頭が頬を膨らませて「むー」と不貞腐れている。

 

「な、なんだよ」

「あたしもなんか欲しい」

「おま、この状況でよくそんなこと言うな。やれるもんとかーーー」

 

 ピシャーッ!

 

 俺が言い終わる前に用具室の扉が勢いよく開かれた。

 やっべー、これヤドキングのサイコキネシスだ。

 あいつ強引に開けやがった。

 

「ああ、もう。なら上着持ってろ。ポケットの中に欲しいもんあったら取っとけ」

 

 そう言って制服の上着をお団子頭に渡すと俺は用具室から飛び出た。

 案の定そこにはキュウコンと目をハートにさせたヤドキングがいた。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「来い、オーダイル!」

 

 聞こえるかはわからないが、取りあえず叫んでみた。

 するとどこかからか重い足音が響いてくる。

 

「リザードン、まずは厄介なエスパーを倒すぞ。かみなりパンチ!」

 

 ヤドキングに向けてモンスターボールを投げる。

 ボールから出てきたリザードンはそのまま電気を纏った拳を振りかざす。

 

「ッッ!?」

 

 だが、それは声にならない声とともに体の自由を奪われ、空中で静止させられた。

 これは………念力、いやサイコキネシスか。

 ヤドキングが用具室の扉を開けるのに使っていたが、キュウコンも確か使うことはできたはず。

 どっちだ。どっちが使っている………。

 

「ヤー」

 

 ヤドキングが口を大きく開いた。

 あくび、ではないな。

 ならば技を出すモーション……?。

 ということはサイコキネシスはーーー。

 

「ドンッ!?」

 

 口から水、みずでっぽうを放とうとした時に、ズドンッ! という音とともに真っ直ぐキュウコンの方へ吹っ飛ばされた。そのままヤドキングはキュウコンとぶつかり、リザードンにかかっていたサイコキネシスも解かれた。

 

「ナイスタイミングだ、オーダイル」

 

 アクアジェットで吹っ飛ばしたオーダイルを見るとドヤ顔だった。

 どっから入ってきたんだ? と思ったがすぐにそれは分かった。

 だって、二階の窓が割れてるんだもん。

 まあ、それくらいなら許してくれるよね。言い出したの校長だし。

 

「ヤドヤドッ!」

 

 今のでヤドキングがちょっと怒ってしまったようだ。

 起き上がると地団駄を踏むように床を鳴らしてくる。

 

「ヤードン!」

 

 細かく尖った岩を作り出すとそれをリザードンにめがけて放ってきた。

 

「キュウ!」

 

 キュウコンはキュウコンでオーダイルに対してエナジーボールを放ってくる。

 ちょっとー、俺ダブルバトルとか初めてなんですけどー。

 

「仕方ない、リザードン、ドラゴンクローで全て弾き返せ! オーダイルはアクアジェットで躱せ!」

 

 パワージェムと思われる細かい岩を爪に当てて、弾き止め、翼で打ち返していく。その動きは滑らかでダンスでも踊るかのようである。

 オーダイルは水のベールを再度纏うと、エナジーボールを躱してキュウコンに突っ込んだ。

 それにしても技の選択・相手の選択が的確じゃね?

 やっぱり、どこかからか見ているのだろうか。

 けど、体育館に監視カメラはないし………。

 

「ドン!」

 

 リザードンが弾いた細かい岩をヤドキングはまもるを使うことで全て床に落とした。

 キュウコンもリフレクターを張り、オーダイルの進路を防いでいる。

 これはさすがに見てないとできないよな。

 となると……………やっぱり肝なのはフーディンかね。

 あの超能力者野郎はエスパータイプの中でも危険だしな。

 念力一つを取っても強力すぎる、俺にとっては戦いたくない奴。

 だって、面倒臭そうじゃん。

 

「ヤー」

 

 守りきったヤドキングが今度は口から水の渦を作り出していく。

 うずしお。

 渦巻き状に回転させた水で攻撃する技。

 囚われてしまえば、なかなか出られない。

 

「リザードン、りゅうのまい」

 

 何かを作り出すんだったら、こっちも作り出そうじゃないか。

 炎と水と電気を三点張りに作り出し、頭上で絡め合わせて竜の気にしていく。

 さて、その間にこっちもだな。

 

「オーダイル、ハイドロポンプ!」

 

 作り出された壁に跳ね返されて、空中でバク転をして着地したオーダイルに次の指令を出す。

 キュウコンは迷わず炎を纏って突っ込んでくる。俺たちを追いかけていた時にも使っていたフレアドライブだ。

 まさに捨て身だな。

 

「リザードン、キュウコンの進路にシャドークロー」

 

 なら、こっちも少し捨て身で行くか。

 うまくいくかは一か八か。やったこともなければ進んでやろうとも思わない。だけど、一番決定的ではある。

 窓から差し込む光でできた影を通して、キュウコンが走る直線上に影の爪を作り出させる。

 急に目の前に出てきた影の爪に一瞬怯んだキュウコンにすかさずオーダイルがハイドロポンプを当てる。

 

「ヤー、ドン!」

 

 だが、ヤドキングの攻撃は終わっていない。

 完成したうずしおをリザードンに向けて飛ばしてくる。

 さて、出来る子達ならちゃんと意識の切り替えもできるだろう。

 

「はがねのつばさでキュウコンにめがけて弾き返せ!」

 

 腕ではあの渦を飛ばすのは難しい。

 だが、リザードンには固くできる翼があるのだ。使わない理由がない。

 

「シャアッ!」

 

 竜の気を纏って翼を鋼に変えてしまえば楽勝じゃね?

 素早さも上がった今、リザードンにできないことは少ないだろう。

 渦の回転に合わせて右翼で止めて、左翼で弾き飛ばした。

 ハイドロポンプを受けて弱っているキュウコンには対抗するだけの力はなかったようで、飛んできた渦の中に呑み込まれていく。

 それを見たヤドキングは顔を青ざめている。

 というかいつの間にか目がハートではなくなってるし。

 

「わぁ、先輩強いんですねー」

 

 ズキューン!

 

 ヤドキングは心を打たれたようで再び目をハートにさせた。

 もう声だけで落ちるとかダメだろ、色々と。

 

「ヤドヤドー」

 

 バトルなんかそっちのけで、用具室から顔を覗かせるあざとい後輩のところへ走っていく。とっしんでも覚えたのだろうかと錯覚するくらいの猪突猛進っぷりを見せている。

 

「い、イロハちゃん!?」

 

 お団子頭があざとい後輩の行動に驚いているが、俺も驚いているっての。

 さっきまで嫌そうにしてたくせに、一向に扉を閉めようとしない。あのままではヤドキングに飛びつかれて、何されるか分からんぞ。

 ここで巻き込むわけにもいかないので、アイコンタクトでリザードンに追いかけさせる。

 

「ふふっ、さっきの仕返しだよ!」

 

 だが、それは杞憂だったみだいだ。

 彼女はすごくいい笑顔でヤドキングの目の前で扉を閉めた。

 ドタドタ走って勢いのついていたヤドキングはそのまま扉に衝突し、倒れた。どうやら衝撃で目を回してるらしい。

 

「え、えげつねぇ…………」

 

 なにあいつ。

 あんないい笑顔でえげつなっ!

 やりそうかやら無さそうか言われたら、そりゃ、やりそうなタイプだとは思ってたけどよ。まさかここでやるとは…………。

 

「ほっほ。まさかキュウコンを戦闘不能にし、ヤドキングを混乱させるとは。しかもそのオーダイル。お主のではなかろう?」

 

 すると、どこかからか歳を食った声が聞こえてくる。振り返ってみるとワタッコに乗った老人がキュウコンをボールに戻している。

 

「やっと校長のお出ましか」

「まさかこの三日間の内にユキノシタユキノのオーダイルを手懐けるとは。これもトレーナーの資質と云うものよ。さて、儂もお主を倒す準備をせねば」

 

 そう言って、ヤドキングをボールに入れるとさっさと体育館から出て行ってしまった。

 くそっ、今ここで見失ってはまた見つけ出さねばならない。それは面倒だ。けど、深追いは禁物なのも確か。さて、どうするべきか。

 

「ヒッキー、行かないの?」

 

 静かに用具室の扉を開いた二人の女子生徒が俺を見てくる。

 はは、そんな顔するなよ。

 

「オーダイル、お前はりゅうのまいを二回してからアクアジェットで追いかけてこい」

 

 深追いは危険であるが、追わなければこのバトルも終わらないだろう。

 ならば、さっきのように時間差をつけた方がいいのかもしれない。

 

「リザードン、いくぞ」

 

 俺はリザードンの背中に乗り、校長を追いかけることにした。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 オーダイルが割って入ってきた窓を通り抜け、ワタッコに乗った老人を追いかけると校庭にいた。

 

「キシシシッ」

 

 だが、追いつくことはなかった。

 影からぬっと現れたゲンガーに道を阻まれたのだ。

 ゲンガーの出現に驚いていると後ろからはバサバサとでかいコウモリがやってくる。

 クロバットか。

 

「リザードン、スピードをあげろ!」

 

 ゲンガーとクロバットがシャドーボールを放ってきたので、躱しながらとにかく校長に追いつくことを選択。ここでバトルさせることで見失わせようという魂胆があるように思えたからだ。あるいは強引に突破してくることを想定してるか。

 空気を蹴って加速し、校庭に降り立つ校長を追いかける。ゲンガーは再び影に潜り、クロバットが四枚の翼をフルに動かし、高速で追いかけてきた。

 

「リザードン、急停止!」

 

 完成の働きによって体が前のめりになるがなんとか踏ん張る。

 高速で追いかけてきたクロバットは急な停止に追いつけず、通り過ぎていく。

 

「かえんほうしゃ」

 

 クロバットの真後ろからかえんほうしゃで追撃する。

 だが、そこは素早いポケモン。

 身を翻し直撃を避けた。後ろの右翼が焦げているが、ダメージはその程度。

 

「リザードン、降りるぞ」

 

 後ろの様子を見るとキランと光の屈折が起きたので、俺たちは地面に降りることにした。後はあいつに奇襲をかけてもらおう。

 

「ほっほ、きたか」

 

 リザードンから降りると、校長が待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべてくる。

 

「あの避難訓練。今日は予定に組み込まれてなかったと思うんですけど?」

「然り。お主とのバトルで無用な被害を出さないよう他の先生方に首尾についてもらったのだ」

「それで、バトルはここでしようってか」

「左様。今までのはお主の人となりを見せてもらっただけじゃ。ヒラツカ先生があそこまで言い切れる実力というものを見せてもらった。………確かに、お主の判断はしっかりと守れておる。ヤドキングの件については少し予想外ではあったが、それもまた一興」

 

 ゆっくりとした口調で話しながらすべてのポケモンを出していく。

 ヤドキング、フーディン、すでにでているワタッコ、空を飛ぶクロバット、校長の影に潜むゲンガー。

 

「いやはや、キュウコンを倒されたのは予定外じゃった。あそこで煽るだけ煽ってこっちに呼び込むつもりだったんじゃが、よもや倒されるとは………。しかして、それがバトルというもの」

「なら、これもバトルってもんだろ。オーダイル! れいとうパンチ!」

 

 ゴォーとすごい勢いで後方から飛んでくるオーダイルに命令を出す。

 りゅうのまいを言いつけ通り二回やったのだろう。素早さが群を抜いて上がっている。

 

「ウォガァっ!」

 

 空を飛んでいるクロバットに対してれいとうパンチを打ち付けた。圧倒的な素早さになったオーダイルを躱すこともできず、クロバットは地面に打ち付けられる。

 

「ほっほっほ。これはしてやられた。なるほど、これも一興。天晴れじゃ。ならばとて、儂も本気で行くとしよう」

 

 そう言うと老人はフーディンに目配せる。

 すると、四体のポケモンが一斉に迫ってきた。

 ちっ、今のでクロバットは倒れなかったか。

 

「オーダイル、まずはクロバットを潰せ! アクアジェット!! リザードンはワタッコにかえんほうしゃ!」

 

 しかしなぜ四体だけなのだろうか。

 フーディンは一向に動こうとしない。

 それはあの目配せと何か関係があるのだろうか。

 オーダイルのアクアジェットに対して、クロバットはクロスポイズンで受け止めてくる。その後ろからゲンガーが影からでてきてシャドーパンチをぶつけてきた。

 

「ウォダァッ!?」

 

 シャドーパンチの勢いにより前のめりにバランスを崩した。

 

「オーダイル、アクアテール」

 

 ならば、尻尾でたたんでしまおう。

 そのままくるっと前宙をして水のベールに包まれた尻尾でクロバットを地に落とした。

 それを見た校長は再びフーディンに目配せをする。

 すると今度はゲンガーが電気を帯び始める。

 一方でリザードンも苦戦していた。

 ワタッコに正確にかえんほうしゃを放つも大量の綿胞子を飛ばされ、錯乱されている。綿胞子は一定の動きをしたり、普通ではあり得ない動きをしたりしているため、どうやらそれを操作しているのはヤドキングらしい。

 こっちはこっちで足止めして、まずはオーダイルを潰しにかかってきたのか。

 

「シャドークロー!」

 

 できるかどうかはわからない。

 すでに10まんボルトがオーダイルの目と鼻の先まで来ている。

 だが、打たれながらでも命令があればそれをこなそうとするかもしれない。まずはそこに賭けた。

 

「ウォダァッッッ!?」

 

 効果抜群の電気技を受け、黒焦げになる。

 クロバットを尻尾で倒した体は地面にドサッと落ちた。

 だが、まだ終わってはいない。地面を斬りつけるように影で爪を作り出す。それをゲンガーの真下から出現させ、伸ばした。

 さすがのゲンガーもこれは避けられなかったのか下から突き飛ばされていく。

 

「キシシシッ」

 

 それでもなお笑っているあいつの頭はどうかしてるのかもしれない。

 

「リザードン、えんまく!」

 

 身動きが取れなくなっているリザードンに黒い煙を吐かせ、逃げる隙を作り出す。

 

「ワタッコにつばめがえし!」

 

 くるっと宙で一回転するゲンガーを視界に入れながら、煙の中のリザードンに命令を出す。すると煙の中から光が見え、次の瞬間には黒煙の中からワタッコが吹っ飛ばされてきていた。

 

「オダッ!?」

 

 オーダイルが何かを喚起してくる。その姿はまるで焦っているようだ。

 

「リザードン、ヤドキングにかみなりパンチ!」

 

 俺は次の命令を出しながら、オーダイルの目線を追う。するとそこは俺の背後であり、ゲンガーが「キシシシッ」と不敵な笑みを浮かべながら、拳を振り上げてきていた。

 技はなんだろうか、なんて冷静に考えてる俺の方がゲンガーよりも異常かもしれない。

 

「ウォォガァァァァアアアアアアアアアアアッッッ!?!」

「うおっ!?」

 

 いつの間にか俺の足元に黒い穴ができていた。

 俺のピンチに頭に血が上ったオーダイルが再三に渡り暴走を始めたのを目にして穴に吸い込まれていった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「………ここは……?」

 

 見たことのある黒い空間。感じたことのある禍々しい空間。

 中には案の定、一昨日出会った頭が白く目が青い黒いポケモン、ダークライがいた。

 まさか助けられたのか………。

 

「お前………」

 

 ポウッとあの時と同じようにおにびで火の玉を作り出す。

 そこにはこう刻まれていた。

 

『危険 感じた』

 

 まあ、ピンチだったことには変わりない。あのどくづき(元々拳が紫色な為すぐにはわからなかった)を受けていたら、そのまま負けていただろう。

 トレーナーを狙ってくるとかちょっと驚いてはいるがこれもあの老人の言う「一興」なのだろう。外に出たらポケモンではなく、トレーナーを狙われる可能性もあると示唆したかったのだと思われる。

 

「………なあ、ダークライ、手を貸してくれ。お前もポケモンならば技を使えるだろ」

 

 だが、返ってきたのは首を横に振るだけのシンプルなもの。

 

「理由は?」

 

 質問を投げ返すとまたポウッと火の玉が現れた。

 そこに文字が映し出されてくる。

 

「……力が、ない…………? どういうことだ?」

 

 聞くともう一つ、火の玉が現れる。

 

「力を使うには夢が必要………つまり夢喰いか。…………そうか?! だからお前は悪夢を見せてしまうのか! 力を使うために悪夢を見せ、それを力の基とする。体がそういう作りになってしまったのはそこが原因か」

 

 厄介な体の作りしてんな。

 そりゃ、力の源が夢、とりわけ好物は悪夢なのだろう。だから、人やポケモンに勝手に悪夢を見せてしまう体になってしまったのか。

 

「だったら、俺のを食え。家族やポケモンに関すること以外だったら、食っても問題はない」

「ライ………?」

「食った夢はなくなるんだろ。ということは記憶からもなくなるんじゃねーの? 記憶に関しちゃ、前に人間の脳には三つに分類される記憶脳があるってのを読んだことがある。お前がもし夢を自在に作り出せるのならエピソード記憶、思い出を使え。家族やリザードンたちに関すること以外なら構わん。好きに使え」

「ライ……」

「だから、ピンチの時だけでいい。お前の力を貸してくれ」

「ライ!」

 

 それからは早かった。ダークライが俺の頭に手を置くとスッと眠ってしまい、次に目が覚めると何かしらが抜けたような感覚があった。

 時間にして一分経ったかどうか。

 今はそれでいいということなのだろうか。

 まあいい。

 

「とりあえず、オーダイルの暴走を止める」

 

 こうして、正式に三体目のポケモンの力をちょっとではあるが使えることになった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ダークライとの会談を終えると、オーダイルの横に穴から出された。

 自我を失いかけているオーダイル。

 ゲンガーが俺の姿を見て、目の前を見て、何度も交互に見渡してくる。

 どうやら、目の前で消えた俺がオーダイルの横にいることに驚いているようだ。

 ………てことは何か?

 あの穴の中では時間が止まっているのか?

 

「落ち着け、オーダイル」

「ウォォォダァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 聞こえてないか。

 ならばと、今度は背中をさすってみる。

 

「落ち着けオーダイル。俺は生きてる」

 

 ようやく俺の声が聞こえたようで、こちらを見てくる。

 そして、やっと理解したのだろう。体は暴走したままだが、意識を落ち直した。

 

「悪かったな、心配かけて。だが、もう暴走はこれでおしまいだ。その暴走、全て技にしてしまえ」

 

 ずっと考えていた。

 次に暴走したらどうすればいいか。

 そもそも暴走するのは内から湧き上がる力に体が耐えられず、精神世界にまで害を及ぼしてくるからだ。一度陥ると大ダメージを受けて弱ったからだに怒りや悲しみなどの感情の起伏が合わさることで再発する、なんてことも書かれていた。

 ならば、その怒りや悲しみなどの感情を全てポケモンの技にしてしまえばいいのではないだろうか。俺はそう結論づけた。

 

「げきりん!」

 

 丁度オーダイルも覚えられるとされる技の中にいい技があった。それがげきりん。その名の通り逆鱗に触れた奴に怒りをぶつけて攻撃する高威力のドラゴンタイプの技。

 

「ウォダァァアアアアアアッッ!!」

 

 ドンっと地面を蹴ってゲンガーに飛び込んでいく。

 だが、それは上手くいかなかった。

 かっちりと。

 固まったかのようにオーダイルの身体が静止した。

 竜の気を帯びたオーダイルのげきりんを止められるようなポケモンは一体しかいない。

 

「フーディン…………」

 

 校長の方を見るとフーディンがスプーンで方向を合わせていた。

 オーダイルはもがくように身体を強引に動かして、サイコキネシスからの脱出を目論んでいる。それを見るゲンガーはハッとなり電気を作り出す。

 

「リザードン、ヤドキングをフーディンに投げつけろ!」

 

 電気を帯びた拳をヤドキングの腹にめり込ませているリザードンに新しく命令を出す。リザードンはヤドキングの腕を掴み、フーディンの方へと投げ飛ばす。

 

「シャドークロー」

 

 だが、当然フーディンはそれすらもサイコキネシスで受け止めた。

 だから、リザードンには影の方から攻撃をさせる。

 フーディンは苦い顔を浮かべながら、その攻撃に耐えた。

 

「ウォダァァァアアアアアアアアッッッ!!」

 

 今ので少し力が緩まったのだろう。

 オーダイルが脱出し、ゲンガーにへと突っ込んでいく。

 だが、またしてもその攻撃はゲンガーには届かなかった。

 

「ワタッコ………!?」

 

 リザードンに突き飛ばされたワタッコが空から降ってきて、タイミングよくオーダイルとぶつかったのだ。ゲンガーが放った10まんボルトまでも受けているけど。

 飛ばされた直後にとびはねるを使い、こっちにまで帰ってきたのだろう。

 ぶつかったワタッコはまたしても突き飛ばされていった。バチバチと電気を走らせ、目がくるくると回っていたのを見ると次はもうないだろう。

 

「もう一度げきりん!」

 

 体勢を立て直し、再度驚いているゲンガーに突っ込む。

 今度はなんの妨害もされず、攻撃は当たった。

 だが、ゲンガーは戦闘不能にはならなかった。

 りゅうのまいを積んだ、しかも二回も積んだオーダイルの攻撃にゲンガーが耐えられるとは思えない。けど、ゲンガーが何かしたようには見えなかったし………………まさかこらえる? ………いやもっと何かあるはずだ。あの校長がそんな単純に事を運ばせるわけがない。何かあるはずだ。考えろ、考えるんだ。

 ………そもそもなぜあそこで、あのタイミングでワタッコが降ってきた?

 

「おき、みやげ…………?」

 

 まさかおきみやげを使うために態と降ってきたのか?

 驚きを込めて校長を睨みつけるニヤリといやらしい笑みを浮かべてくる。

 

「ヤードン!」

 

 投げ飛ばされた事への仕返しとばかりにヤドキングかリザードンに頭突きをかます。俺の命令が遅れ、リザードンはオーダイルの方へとヤドキングと一緒に吹っ飛ばされた。

 

「ゲンガー、だいばくはつ」

 

 この時初めて、校長がポケモンに命令を出した。

 

 

 ズドーンッ!

 

 

 ゲンガーを中心に爆発が起き、その場にいたオーダイル、リザードン、ヤドキングが散り散りに吹き飛ばされていく。地面にはクレーターができ、地響きがすごい。

 バタバタと倒れていくポケモンたちは戦闘不能になっていた。

 まさか自分のポケモンを犠牲にしてまで俺の出来る子達(一体は俺のじゃないけど)を叩き潰しに来たのか!?

 しかもワタッコはこれにつなげるための動きをしていたというのか!?

 

「は、はは…………やられた………」

 

 色々と驚愕に満ちた目で校長を睨みつける。うそ、今の俺の目には色なんて全くない。

 

「これで儂の勝ち、と言いたいところだが……………いるんじゃろ、もう一体」

 

 ああ、やっぱりこうなったか。

 上手く使いこなせるかわからないし、たった一分程度のゆめくいで戦える力なんてほとんどないはずだ。

 だから、できれば戦わせたくなかったが。

 全てを見透かしているであろう老人にはリザードンたちの借りを返さねぇとな。

 

「ダークライ、あくのはどう!」

 

 夢を食うついでに奴についての情報を植え付けていったらしく、何を覚えているのか聞いてはいないがパッと頭の中に浮かんできた。

 ダークライは影から出てきて黒い波導をフーディンに向けて放つ。

 

「なんと!? まさかここでダークライと巡り会うとは。お主はよほどの器という事か。フーディン、きあいだま」

 

 なっ!? まさかダークライについて知っているのか?!

 フーディンの得意とするサイコキネシスではなく、きあいだまを使ってくるのが何よりもの証拠だ。ダークライはあくタイプ。エスパー技が効かない事を知っていてなおかつ弱点であるかくとうタイプの技を使ってくるなんて、ダークライについて知っていなければできない芸当。

 エネルギーを溜めて弾丸にしていく。

 そして、その作り出した弾丸で黒い波導を受け止め、相殺する。

 

「よもやこの姿では太刀打ちできない相手。今こそ真の力を見せるのじゃ、フーディン」

 

 校長がそう言うとフーディンが白い光に包まれ始める。

 これから何が起ころうというのだ。

 これ以上に何をする気なんだ?

 

「………ッッッ!?」

 

 白い光から出てきたフーディンの姿を見て、俺は驚かずにはいられなかった。

 だって、姿が変わってるんだぞ。別のポケモンとかになったわけではなく、あくまでフーディンの面影を残した、なんというか進化とかフォルムチェンジの類の姿。

 

「きあいだま」

 

 くそっ、なんなんだよ、あのポケモンは。聞いた事ないぞ。フーディンに進化ないしフォルムチェンジとかこのスクールでは聞いた事がない。………教育不足なんじゃねぇの、このスクール。

 

「ダークライ、長期戦は危険だ。まずは影に潜れ!」

 

 あの姿のフーディンは危険だと俺の本能がそう叫んでいる。

 作り出すきあいだまの大きさがすでに二倍近くに膨れ上がり、その能力の高さをここぞとばかりに誇示してくる。

 

「ダークホール!」

 

 どこまで知っているのかは分からないが、眠らせてしまえばこっちのもんだ。

 俺が連れて行かれたあの黒くて暗い穴の中の空間。

 あれを連想させる技を持っているらしく、そこに落ちたものは眠りにつくのだとか。

 きあいだまを作り終わったフーディン? の足元に大きくて黒い穴ができ始める。

 

「サイコキネシスで身体を浮かせるのじゃ」

 

 そう校長が命令を出すが、その程度では躱せるはずもなく、フーディンはきあいだまと一緒に穴へと吸い込まれていった。

 影から出てきたダークライは空中に再度黒い穴を作り出し、そこからゆっくりとフーディンを出してくる。

 ぐっすり眠るその姿にはさっきまでの恐ろしさは全くない。

 

「ゆめくい」

 

 丁度いいのでダークライの力を戻らせることにした。完全に戻るとは思えないが、足しになればいい。

 頭に手を置き夢を食い散らすとフーディンは倒れた。

 

「勝った……………のか?」

 

 倒れるフーディンの姿を見てもよくわからない。

 だがその直後、フーディンの姿は元に戻った。

 なん………だったんだ? あれは。

 

「ほっほっほ。儂の負けじゃ。いやはや、幻と言われるポケモンまで仲間に出来るそのトレーナーとしての資質。周りへの被害を最小限に押しとどめようとする策略。どんな状況下にいても的確な判断が下せる柔軟性。見事じゃ。お主の、ヒキガヤハチマンの卒業を認めよう」

 

 驚いているのも束の間、俺は校長に卒業を認められた。

 合格、したのか………。

 

「よかったねー、ヒキガヤくん」

「うぉおおおっ!? つ、ツルミ先生!?」

 

 急に耳元で声がして情けない声を上げてしまった。泣きたい。校長に勝ったことよりもこっちに対して涙が出そうである。

 

「え? ちょ、なん、で?!」

「回復、しに来たんだけどー? あちゃー、みんな酷いことになってるね」

 

 すっと影の中に姿を隠すダークライを横目に口をパクパクさせていると、そう返してきた。

 あ、回復ですか。それはまたお世話になります。

 

「いやー、それにしても二人が保健室に来た時には驚きましたよ。避難訓練なのに逃げ遅れてる生徒がいるなんて、それも校長先生のポケモンに追いかけ回されたって聞かされたんじゃ、ちょっとやりすぎって思いますよ」

「ほっほ、それは儂の失態じゃな。ヤドキングにきつく言っておくわい」

「え? あの、二人って………?」

「ほら、あっち」

 

 指を指された方を見ると「たははー」と苦笑いを浮かべるお団子頭とあざとい後輩の姿があった。

 

「お前ら………」

「い、いやー、ほんとに勝っちゃったねー」

「先輩ってポケモンの暴走まで止められちゃうんですね。ちょっと意外です」

 

 心底驚いたような表情を見せる後輩に一言言いたくなった。

 

「俺はお前のあざとさがポケモンに通用した方が意外だわ」

「ほっほ、すまなかったな。二人を巻き込んでしまって」

「い、いえ、そのいろいろ勉強になりましたから」

「まあ、ポケモンたちの奥深さが学べたんでいい経験になりました。それに先輩が守ってくれましたしね☆」

 

 キランとウインクをしてくるがすごくあざとい。

 あ、ほら。

 今のでヤドキングの意識が戻ったじゃねぇか。

 また追いかけられるぞ。

 

「ヤー?」

 

 じっと亜麻色髮の後輩を見つめる。

 

「ヤーッ」

 

 再び目がハートになった。

 もうもらったら?

 

「ちょ、なんで………こっちこないでー!」

「ヤーッ」

 

 回復してもらってもいないのに自力で起き上がり、ドタドタと追いかけ回し始めた。俺が珍しく愛の力ってすごいんだなーと感心してしまった瞬間である。

 

「放課後、校長室へ来なさい。そこで正式に卒業を認めよう」

「はあ………了解です………」

 

 追いかけ回される後輩を見ながらようやく校長に、スクールの最強に勝ったことを実感した。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 放課後。

 校長室へ行くとヒラツカ先生もいた。

 

「やあ、無事に勝ったようだな」

「おかげさまで」

「どうだ、強かっただろ?」

 

 嬉々とした表情を浮かべて聞いてくる。本人の前でそういうこと聞かないでくれます? 恥ずかしいんですけど。

 

「あー、まあ、強いというか全てが校長の手のひらで踊らされていた気分ですね。あいつがいなかったらだいばくはつで負けてました。もう一生戦いたくない相手になりましたよ」

「ほっほ、正直な小僧め」

「だろうな。教員の採用試験の時にすでに私も戦いたくないと思ったくらいだ」

「こっちも正直じゃな」

 

 結構言いたい放題だけど、怒らないのはいい人である証拠なのかね。人は悪いけど。

 

「さて、それじゃ、卒業証書」

 

 あ、一応あるんだ。

 

「ヒキガヤハチマン。お主のトレーナーとしての実力を求め、この賞を渡すこととする」

「はあ、ありがとう………ございます?」

 

 うーん、なんか腑に落ちない。

 

「どうした? ヒキガヤ」

「あ、や、そのさっきのフーディンなんですけど………」

「ああ、フーディンか。あれは儂がここの校長になった時にこんな石を見つけてな。色のついた方をフーディンが好んで持っておって、儂がこの虹色の石を持つとなぜかあの姿になるんじゃ。力がパワーアップするようでな。姿も変わるしで、新しいフォルムかなんかじゃないかのう」

 

 この石、虹色の方、どこかで………。気のせいか。

 ま、なんにせよ校長もあの姿が変わる現象はよくわかってないということか。

 なら、とりあえず、そういう事例もあったということにしておこう。今日はもう深くは考えたくはない。

 

「それを言えばお主のリザードンも、この前の大会では似たような現象に陥ってたのではいか?」

 

 この前の大会、というのは新入生の呼び込みのために強制参加を強いられたあのバトルトーナメントだろう。

 確か、あのリザードン使いとバトルした時だったか。最後はリザードンの視界から世界を見ているようだった。いや、その前に初めてオーダイルの暴走を止めた時にも同じことがあったはずだ。

 ………ああ、思い出した。あのあざとい後輩に渡した石が虹色に輝いていたような気がする。

 ふむ、で、校長はフーディンの現象をあれと一緒だとでも言いたいのだろうか。けど、リザードンの方には石なんて持たせていないぞ。

 校長の話からするに、虹色に輝くトレーナーの石とポケモンの体色にも似た色の石を持つことで初めて成功する現象だ。片方だけがあったとしても成功するはずがない。

 

「リザードンがその石を持ってないんで一緒だとは限らないと思いますけど」

「一緒かどうかはどうでもいいことじゃ。ただ儂が言いたいのはポケモンにはまだまだ不思議なことが隠されているということじゃ。お主がこれからどうするつもりかは聞かぬが儂からは世界を見て来い、とだけは伝えておこう。必ずやお主の力が開花するはずじゃからな。期待しておるぞ、若きトレーナーよ」

「はあ、頭の片隅にでも置いておきます。今の俺はただ強さを求めてるだけなんで」

「よろしい」

 

 ぺこりと頭を下げて校長室を、出ようと思ったがそういえば一つ聞いておきたいことがあったのを忘れていた。

 

「校長先生、一つ聞いておきたいんですけど。俺が体育館でキュウコンとヤドキング、何なら教室に来たゲンガーの動き。あれ、全て把握してましたよね」

「ほっほ、まさかそこまで気づいておったか。そうじゃ、お主の言う通りじゃ。でなければ、危険じゃろ」

「……そのためのフーディンであり、総攻撃してきたときも指示は全てフーディンを通して伝えてましたよね」

「よく見ておるのう。………お主のその観察力、きっと武器になるぞ」

「うす……」

 

 それだけ言って、俺は部屋を出た。

 さて、帰るとしますか。

 オーダイルの様子は気になるが、無事にあの黒長髪の女子生徒のところに戻ったようだし、後はあいつら次第だろう。

 今日で天使の舞も見納めか。それはちょっと寂しいな。

 そういや、このことコマチには言ってないけど、どうしようか。俺が旅に出るとしたら絶対泣くだろうからな。しばらくはリザードンで行って帰ってこれる距離を散策してみるか。

 親父たちは、まあ特に問題はないだろう。校長に勝って正式に卒業を認められたと言えば、「そうか」ぐらいで終わるだろう。

 

「後、問題なのはこいつだな」

 

 昇降口に着くとお団子頭の女子生徒の姿があった。

 

「ヒッキー………」

 

 一人でいるところを見るとどうやら俺を待っていたらしい。

 

「………帰ってなかったのか」

「うん、だって………今日でヒッキーに会えるの最後なんでしょ」

「まあな。これでようやく俺も晴れて卒業な訳だし」

 

 もじもじと手を捏ねらせている。

 なんだよ、この乙女は。

 

「ヒッキー、あ、あのねっ! 楽しかったよ! ここ数日ヒッキーといられて楽しかった。だから………ちょっと明日からが寂しいなって………」

「………そうか」

「うん、そうだ! だからね! 何か思い出に残るようなもの欲しかったんだけど………ヒッキーの上着、何も入ってなかったよ………………」

 

 ズーンと重たい空気をまとい始める。

 あ、うん、なんかごめんな。そんなこと考えてたなんて思いもしなかったわ。

 うーん、思い出になるような何か、ね。

 

「………なあ、その頭………………」

「え? あ、これ? かわいいよね。あれから先生に習ってずっとこの頭にしてるんだー。ヒッキーってば何も言わないから気付いてないのかと思ってたよ」

「い、いや、気付いてはいたんだがな………。なんか違和感を感じるんだよ」

「え?」

 

 だから、そんなこの世の終わりみたいな顔しないでくれます。

 ああもう、こんなこと言うの今回が最初で最後だからな。

 

「色! 髪の色を茶髪にした方が、そのいいと思うぞ」

「………うんっ!」

 

 何このクッソ恥ずかしいセリフ。

 まあ、喜んでいるようだし、もういいか。

 

「んじゃ、俺行くわ」

「『また』、会えるよね。いつか、会えるよね」

「ああ、そのうち会えるんじゃねーの。知らんけど」

 

 会うのかなー、あんまり会いたくないなー。

 あんな恥ずかしいセリフを言った相手に会いたくないなー。

 

「もう、あたしのこと忘れちゃやだよ………。せっかくこうしてまた話せるようになったんだから」

「ん? 俺とお前って………」

「ううん、なんでもない。………ふふっ、『またね』」

「あ、ああ、じゃあな」

 

 こうしてこの少女と、最後に色々と世話になったというか世話をさせられたスクールと別れた。

 

 

 

 あ、そういやヒラツカ先生の名前くらいしかフルネームで覚えてないや。




〜手持ちポケモン紹介〜


ヒキガヤハチマン
・リザードン ♂
 特性:もうか
 覚えてる技:かえんほうしゃ、はがねのつばさ、かみなりパンチ、えんまく、ドラゴンクロー、シャドークロー、つばめがえし、りゅうのまい

野生
・ダークライ
 覚えてる技:ダークホール、おにび、ゆめくい、あくのはどう


ユキノシタユキノ
・オーダイル ♂
 特性:げきりゅう
 覚えてる技:アクアテール、アクアジェット、ドラゴンクロー、れいとうパンチ、シャドークロー、つばめがえし、りゅうのまい、げきりん


ザイモクザヨシテル
・ポリゴン
 覚えてる技:トライアタック、でんじほう、ロックオン


???
・ニョロゾ ♂


ハヤマハヤト
・リザードン ♂
 覚えてる技:りゅうのはどう、げんしのちから


ミウラユミコ
・ギャラドス ♂
 覚えてる技:ハイドロポンプ、アクアテール


ヒラツカシズカ
・カイリキー ♂
 覚えてる技:ばくれつパンチ、どくづき

・サワムラー ♂
 覚えてる技:メガトンキック、とびひざげり、ブレイズキック


ツルミ先生
・ハピナス ♀
 覚えてる技:いやしのはどう


校長
・ゲンガー ♂
 覚えてる技:シャドーボール、シャドーパンチ、10まんボルト、どくづき、だいばくはつ

・フーディン ♂
 覚えてる技:サイコキネシス、きあいだま

・クロバット ♂
 覚えてる技:シャドーボール、クロスポイズン

・ワタッコ ♀
 覚えてる技:とびはねる、わたほうし、おきみやげ

・ヤドキング ♂
 覚えてる技:サイコキネシス、みずでっぽう、パワージェム、うずしお、ずつき、まもる

・キュウコン ♀
 覚えてる技:かえんほうしゃ、フレアドライブ、サイコキネシス、エナジーボール、リフレクター




〜お知らせ〜

一応これでトレーナーズスクール編は終わりです。
ただ、以前にハチマンとヒトカゲの出会いを見たい、という声がありましたので、構成中です。
本編の状況に合わせてこちらで投稿したいと思います。
気長にお待ちください。

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