トレーナーズスクール ハチマン   作:八橋夏目

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5話 ユイ篇 転

 翌朝。

 憂鬱な気持ちで保健室の扉を開くと…………誰もいない。

 カバンを机に置き、ソファーにダイブ。

 低反発の奴で痛くはない。むしろ気持ちいい。

 

「……………」

 

 教室に行きたくない。

 不登校のような発言だが、ここに来るだけでも噂はさらに広まっていた。しかもクラスまで特定され出してるからな。バレるのも時間の問題だろう。

 

「明後日、か…………」

 

 校長とのバトルは明後日。

 多分、授業中に奇襲をかけてくるだろう。

 そうなると他の生徒の安全の問題とかあるように思われるが、事前に職員会議でも開いて対策を立てるんじゃないか? まあ、それでもアホは逃げ遅れるんだろうけど。

 それも込みでの試験なのかね。勝てばいいんだろうがフルパーティーに一体で挑むバカがどこにいるんだよ。

 というかコマチが危険なんじゃないだろうか。未だコマチには知られていないが三年生だ。一昨日のイベントには来なかったが噂ぐらいは耳にしてるだろうし、心当たりもないこともないかもしれない。それでも何も言ってこないということはまだなのだろう。だけど、それも今日が限界なような気がする。昨日あれだけやったのだ。三年ともなれば誰かしらは見てるだろうし、それがコマチに伝われば俺だと特定されてしまうだろう。

 もう一度言おう。教室に行きたくない。

 

「というかコマチも二週間後には四年になるんだな…………」

「ですです。私も五年生に格上げです」

 

 はっ?

 えっ? なに、今の声。

 

「ていうか、急に声出さないでくださいよー。ぶーぶー」

 

 驚いて声のする方に首だけ動かして向けると、亜麻色の髪の可愛い女子生徒がいた。

 きゃは☆ とポーズを取っても違和感を感じさせないような女の子。

 思わず見とれてしまった。

 

「……………」

「そ、そんなじっと見つめられると恥ずかしいですよ~」

 

 椅子に座りながら体をくねくねさせている。しかも両手は頰に添えられている。

 

「…………き、聞いてたのか?」

「体育で怪我したんで手当てしてもらおうと思ったら、先生いないんですもん。まったくー、どこいっちゃったんだろ」

 

 ぷんぷんです、と怒っているかのように頰を膨らませる。

 仕草素一つ一つがかわいい。

 なのに、なんだろうこの違和感。

 

「てか、え? 体育?」

「そうです、一時間目から体育です」

 

 ……………やべー、一時間目サボっちまった。

 担当誰だっけ? ヒラツカ先生だった殺されるな。

 

「一時間目から体育とかヤんなっちゃう」

 

 怪我というからには血でも出たのだろう。

 仕方ない、さすがにバイ菌でも入ったらやばいしな。

 

「怪我、どこだ?」

 

 体を起こして改めてその子を見る。

 体操着姿の彼女は左足の膝を指差している。

 白い足には一箇所だけ血が出て赤くなっているため、すごく目立つ。

 にしても綺麗な足してんなー。ガキのくせに。

 

「擦りむいたのか………ちょっと待ってろ」

 

 そう言って、ソファーから立ち上がり、棚を漁って消毒液と脱脂綿と絆創膏を取り出す。それらを持ち合わせて、ソファーのところへと戻る。

 

「………ほら、見せてみろ」

「ふぇ?」

 

 一々可愛い反応するな。この子のクラスの男子どもはすでに落とされてるんじゃないだろうか?

 

「怪我、手当てしてやるから」

「え? でも、そんな……………」

「遠慮とかなら気にするな。素人の俺にできるのか疑ってんなら、そもそもできない奴はこんなこと言いださないだろう?」

「た、確かに……………」

 

 俺の言い分に一理あると思ったのか、「うーん」を胸の前で腕を組む。

 

「放っておいたら悪化するだけだぞ」

 

 怪我の跡が残ったら綺麗な脚がかわいそうだろ」

 

「わ、わかりましたっ。そ、そこまで言うのなら手当てさせてあげなくもないです」

 

 あ、意外とツンデレさんだったりするのかね。

 プイッとそっぽを向いて俺に左足を突き出してくる。

 

「……なんていうか、今の方が自然体って感じだな」

 

 消毒液を脱脂綿に垂らし、傷口に当てる。

 

「な、何いってんでしゅわぁひゃっ!」

 

 結構沁みるようで涙目になっている。

 

「ひっ、あっ、だめ、………やぁ………」

 

 撫でるように傷口を拭き取り、絆創膏を貼ってやる。

 

「ほれ、終わったぞ………って、お前な…………」

 

 我慢するのに何かを掴みたかったのか、俺の頭が彼女の両手で固定されていた。

 首が固定されてて彼女の顔を見ることができない。

 

「おい、手…………」

 

 ブルブルと体が震えていて、まるで俺の声が届いていないようだった。

 はあ…………、これでもまだ十歳の女の子なんだったな。

 ちょっと強引にやりすぎたかもしれない。

 

「ったく………」

 

 ため息を吐いてから、俺は彼女の手に手を重ねて静かに下ろし、すっくと立ち上がって頭に手をやった。それは妹のコマチをあやすために日頃培われてきたお兄ちゃんスキルの一芸。

 

「ふぇ………?」

 

 手の熱を感じたのか次第に震えが治まっていく。体の力も抜けていき、だらしない顔になっている。。

 

「あ、あの…………」

「悪かった。お前が意外と刺激に弱いのを見抜けなくて」

 

 優しく撫でながら俺は謝った。

 俺はもう少しこの子に気を配るべきだったのだろう。そうすれば、保険医でもない俺にでもこの子が刺激に弱いことも見抜けたはずだ。全てが俺やコマチを基準にして考えていたのが裏目に出たんだ。だから、これは俺の失態だ。

 

「いえ、ありがとう………………ございます」

 

 俯いたまま、お礼を言ってきた。その声は安心し切ったようなもので改めて年下であることを実感させられる。

 

「へー、ヒキガヤ君もやるねー」

 

 彼女の頭を撫で続けていると扉の方から女性の声がした。それはよく聞く声で、今のこの状況では一番いて欲しくない人物だった。

 

「…………どこ行ってたんですか、ツルミ先生」

 

 保険医兼家庭科教諭のツルミ先生のお出ましであった。

 

「校長室よ、校長室。誰かさんのことでね」

 

 あ、それ俺のことなのね。

 

「そりゃ、どうもすみませんね。俺のせいで仕事を増やしてしまって」

「いいって、いいって。あなたのおかげでこれ以上の仕事は増えなかったんだし。さて、今日も怪我の方を見せてもらおうかしらね」

「分かりま…………おい、何見てんだよ」

 

 じーっと俺を見つめてくる亜麻色髪の女子。口に人差指を当てるのはやめなさい。可愛いから、可愛いのは分かったから。

 

「ツルミ先生に診てもらうような怪我してるんですか?」

 

 こてんと小首を傾げる。

 こいつも将来が心配になってきた。

 そのうち、悪い男にでも連れ去られてしまうんじゃないだろうか。

 

「………」

 

 無言で破れた制服の肩を指差す。

 

「肩?」

「あーもう、分かったよ。見せればいいんだろ」

「わーい」

 

 うわっ、こいつ心にもないことを平気で言っちゃってるよ。

 もう、何なの。

 片方の肩が上がらないため、脱ぐのに手間取っていると、女子生徒の方が上着を持ってくれた。

 あ、そういうところは気が回るのね。

 

「……悪りぃ」

「いえいえ、これも見せてもらうためですから」

 

 前言撤回。

 こいつ打算でしか動いてねーや。

 

「なあ、マジで見るの? そんないいもんじゃねーよ」

「いやー、酷いようならしばらく学校生活の面倒を見てあげようかと思って……」

「いいよ、別に。明後日でどうせいなくなるし」

「へ? 引っ越すんですか?」

「んーまあそんなとこだな」

 

 さすがに本当のことは言えない。本当に卒業できるのかもわからないところだし。ただ、あの校長は一癖も二癖もありそうなのは間違いない。リザードン一体であの六体を倒すことができるのかも怪しいところではある。

 だが、ルール無用の野戦であることが最後の救いかもしれない。なんせ、何でもありなんだからな。

 

「それは残念です。お友達になれたかもしれませんのに」

「少しも思っていないくせに、よく言うわ」

 

 ぶー、と頬を膨らませるあたり、図星ととってもいいのかもしれない。

 

「ほら」

 

 肌着を抜いて包帯でぐるぐる巻きになった肩がようやく姿を見せる。

 

「それじゃ、包帯とるわねー」

 

 軽い口調でツルミ先生が包帯を解いていく。

 まあ、これくらいしないとどうしても動かしてしまう肩が痛んで仕方無いんだよなー。

 

「うっ、わ…………」

 

 両目を手で覆い、指の隙間から見るようにしているあざとい女の子。

 そこまでしてみたいのかよ。

 

「…………結構、すごい………ですね」

「まあポケモンに引っ掻かれたからな」

「これでもすごく治り早いんだから。最初はちょっと肉もえぐれてたんだけど、もう傷跡が残るくらいに回復するなんて若さってすごいわねー」

「それ、自分で私は歳ですって言ってるようなもんですよ」

「あ、ひっどーい。先生これでもまだ二十代半ばなんだぞ☆」

 

 きゅるんとした目でそう言い切った。

 事実、この人は二十代半ばであるから仕方無いのだが、精神年齢は何歳なんだろうな…………。

 

「ていうか、全治三日とか言ってませんでしたっけ」

「そりゃ、運び込まれた時から家に帰すまでの間に傷口が塞がっちゃうんだもん。その速さだったら単純計算で全治三日ってとこだったの」

 

 俺ってヒトデマンかなんかなのか。

 自己再生ができるとかいよいよもって人間を卒業しなければならないのだろうか。

 やだなー、俺まだ人間でいてーよ。

 

「俺って、人間なんですか?」

「若さって大事よねー」

「ババくさいですね、そのセリフ」

 

 ゴキッという音がするくらいのアッパーをくらった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 保健室で処置をしてもらった後、授業に遅れながらにして参加したがほとんど聞いてはいない。

 だって、もう既に知ってることだし。今更って感じだし………。

 なんてぼけーっと過ごしてたら、昼休みがやってきた。

 購買でパンを買って、いつもの場所へ行くと既にオーダイルがいた。

 こいつもこいつで暇なのかね。

 というかほんと勝手にボールから出てきていいのかよ。あの黒長髪の女子が今頃探してんじゃねーの?

 

「………よお、オーダイル」

「……………」

 

 俺はオーダイルの隣に腰を下ろし、パンの袋を開けた。

 ……………ポケモンってパンとか食べても大丈夫なのか?

 しかも今日のはクリームだぞ。

 

「まあ、いいか」

 

 どうせいるだろうと思って多めに買っておいて正解かな。

 俺はクリームパンを一つ、オーダオルに手渡した。あ、ちゃんと袋からは出してやったぞ。こいつの爪、鋭いから絶対開けるのに失敗するだろうからな。

 

「……オダ?」

 

 不思議そうに見てくるオーダイル。これがフシギソウだったら笑えるな。

 

「やるよ。どうせ何も食ってないんだろ」

「オダ……」

 

 意図を理解したのか素直に受け取ってくれた。

 

「お前さ、マジであいつのとこにいなくていいのかよ。別に肩の怪我なんて俺が躱しきれなかっただけのことなんだし、お前が気にするようなことじゃねーぞ」

 

 クリーブパンをむしゃむしゃ頬張りながら言ってやる。

 どうせこいつは俺の怪我を気にしてここにいるんだろうからな。

 

「怪我だって、先生曰く治りが早くてもう傷口が塞がったんだとか。傷跡は残ってるけど、それはそれでかっこいいじゃん? だからお前が気にするようなことは何もねぇよ」

 

 ほら、結構漫画とかじゃ背中の傷跡とかあったりするじゃん?

 ああいうのを意外とかっこいいと思ってたりするわけよ。

 だからと言って痛いのは嫌だったんだけど、オーダイルの所為? というかおかげ? で偶然にも傷跡ができてしまったわけだし、それはそれで儲けもんじゃね? 痛さとか麻痺してたから覚えてないし。

 

「…………………」

 

 …………………だめかー。

 

「……なあ、オーダイル。俺さ、明後日校長とバトルすることになったんだ。校長ってあの歳食ったジェントルマンな。で、あの人のポケモンがまた六体とフルバトルになるわけなんだよ。けど、俺にはリザードンしかいない。一体でどうやればいいと思う?」

 

 ピクっと。

 肩が反応を示した。

 

「…………………」

 

 じっと俺を見つめてくる。

 

「……………お前もげきりゅうに呑まれるのはもうこりごりだろ。いい加減コントロールしたいと思わないか?」

 

 もう一押しなような気がして付け加えてみる。

 すると片膝をついて頭を下げ出した。

 

「い、いや、別にそんな忠誠は誓わなくていいからな。俺が言いたいのは肩の怪我を今度のバトルに協力してくれたらチャラにしてやるってことだ。それでお互い貸し借りなし。どうせボールから出てるんだし、どうだ?」

 

 肯定とばかりに頭を深く下げてくる。

 

「…………バトルはルール無用の野戦だ。唯一あるとすれば戦闘不能になれば退場ってことくらいだな」

「オダ」

 

 顔を上げてしっかりとした返事を返してくる。

 

「それじゃ約束だ。明後日のいつになるかはわからないが、必要になったらお前を呼ぶことにする」

「オーダ」

 

 これで一先ず戦力を一つ確保できたな。

 今の俺たちにベテラントレーナーのポケモンを六枚抜きとかどんな無理ゲーだよって話なんだし、何でもありの野戦なんだし、問題ないよな。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 午後の授業もぼーっと流してようやく放課後。

 11番道路にやってきたわけだけど。

 なんかいる。

 ザイモクザとかいうやつではなく、黒い何か。

 ポケモンなのだろうけど、見たことはない。

 いつもここでリザードンを野生のポケモンとバトルさせていたけど、あんな黒いやつを見たのは初めてだ。徐々に落ちていっている太陽を浴びて影ができているが、その影がゆらゆらとゆらめいている。

 

「なんだ、あいつ………?」

 

 怪しいといえば怪しいのだが、ポケモンだと思うし………。

 仕掛けてみるか。

 

「リザードン、あの黒いのにかえんほうしゃ」

 

 モンスターボールからリザードンを出すと、かえんほうしゃで攻撃してみた。

 

「うおっ!?」

 

 すると待っていたかのようにこっちに振り返ると、俺たちの足元に大きな黒い穴が作り出された。俺たちは足場を失い、リザードンが咄嗟に抱きかかえてくれたが、それも虚しく引きずり込まれるように穴の中に吸い込まれていった。

 穴に落ちたからといって固い何かに体を打ち付けるようなことはなく、終始宙に浮いたような感じである。

 

「ここは…………」

 

 穴の中は真っ暗で何も見えない。

 見えるのはリザードンの尻尾の炎で照らされた部分だけ。

 そこにぬっと青い目が浮き上がってきた。

 

「うぉぉぉおおおお!?」

 

 情けなくもリザードンに飛びついてしまった。

 なんならリザードンも俺に飛びついてきた。

 二人して抱き合っていると、徐々に青い目が俺たちの目線の位置へと移動した。

 

「……ライ」

 

 するとおにびだと思われる火の玉を幾つか作り出す。

 

「……ライ」

 

 今度は火の玉を見るように促された。

 左の方から順に見ていくとするか。

 

『……ライ、…………ダークライに、襲われっ!? うわぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?!』

「うおっ?!」

 

 炎にうなされる少年が映されたかと思うといきなり叫び出した。心臓に悪いからやめていただきたい。

 だが、その少年は一向に起きる気配はない。寝たままで叫ぶということは相当怖い夢でも見ているのだろう。

 だけど、これが一体なんだっていうんだろうか。

 

「ライ…………」

 

 そういやこいつの発する声も『ライ』と今の少年が口にしていたダークライとやらの語尾と同じだな。

 まさかこいつのことを言っているのだろうか。

 すっと一つ目の火の玉が消えたのでその隣へと見やる。

 

『お前なんかどっか行っちまえ! この疫病神!』

『人に悪夢を見せるような奴にここにいる資格はないわ!』

 

 次に映し出されたのはまごうことなき俺の目の前にいる奴と同じ姿のポケモン? だった。

 だが、周りに人からは疫病神扱いにされ、物を投げられたり、トレーナーに従ったポケモンに攻撃されるなど、一体に対しての仕打ちとしては最悪な物である。

 

「これはお前…………ってわけじゃないよな。明らかに中の人たちの服装が違うし………」

 

 映し出されている人たちの服装はずいぶん昔の服装だった。今ではただのコスプレ衣装としか取られないような、結構な古さ。

 

「……ライ………」

 

 寂しげに声を漏らす。

 あまり見たくないのか、そっぽを向いてるし。

 

「つまり、この映し出されている奴はお前の先祖、あるいは同種族って捉えて間違いないんだな?」

「ライ」

 

 コクコクと首を縦に振ってきた。

 そして二つ目の火の玉を消すと三つ目を俺の目の前に持ってきた。

 

『ダークライ、あんこくポケモン。深い眠りに誘い、人やポケモンに悪夢を見せるポケモンか………。全く、こんなポケモンどこか誰もいないような無人島に早く捨てて仕舞えばいいものを………』

『しかし、ダークライには近づくことすら難しいですよ』

『そこはなんとかなるだろ。いいから早く、そうだな…………新月島。近くの満月島にいるとされるクレセリアの側ならば、問題はないだろう』

『なるほど、新月島ですか。分かりました。早速取り掛かってみます』

 

 三つ目はどこかの研究員達の会話だった。

 周りの人から疎まれていたダークライはついに無人島へ強制送還させられることになったのだろう。

 

「なあ、お前らが悪夢を見せるってのはわかった。それで色々されてきたのもわかった。だけど、それはお前達にも問題があるんじゃないのか? ………先に確認しておくが、お前らが悪夢を見せるのは故意か?」

 

 ふと疑問に思ったことを聞いてみるとダークライと呼ばれている黒いポケモンは首を横に振った。

 そうか………。

 ということはポケモンだし、特性とかによるものなのか……………?

 

「となると主に夜は生き物が寝ているから、その時に悪夢を見せてしまうということか。けど、それは周りからしてみればお前らが悪夢を見せているという事実しかわからないと言うわけだ。お前も大変だな…………」

 

 俺がそう言うとダークライは「わかってくれるのかー」と言いたげに俺を見てくる。

 そして勝手に火の玉は消え、四つ目の火の玉が移動してきた。

 

『満月島以外にもクレセリアを確認しました』

『場所は?』

『ホウエン地方の弓形の島というところです』

『そうか………これでクレセリアの羽を、三日月の羽を手にする手段が増えたのだな。もうダークライの悪夢に悩まされることもないというわけだ』

『はい!』

『班長ご報告を。イッシュ地方のワンダーブリッジ周辺でも目撃情報が確認されてます』

『なんと!? ………よし、ではこうしよう。各自シンオウ・ホウエン・イッシュに分かれてクレセリアの捜索、及び三日月の羽の入手を命令とする! くれぐれもクレセリアを怒らせるなよ!』

『『『はいっ!』』』

 

 なるほど、だからクレセリアというポケモンの名前が出てくるのか。クレセリアというポケモンの羽にはダークライの悪夢を撥ね退けるような、神秘的な能力があるみたいだな。それを人々は手にすることによってダークライの悪夢から解放しようとしたのか。

 

「で、お前はこれを俺に見せてどうしたいわけ?」

 

 問題はやっぱりここだよな。

 こいつの、ダークライについては大まかに理解した。だけど、そもそもこいつがなぜ俺を待ち伏せるかのように現れて、こんな何もない暗闇にまで誘い込んでダークライについて教えてくるのだろうか。

 

「………ライ」

 

 シュッと出されたのは鳥ポケモンの羽のようなもの。だけど色がきれいだった。

 

「ん……? 三日月の、羽?」

 

 今しがた炎に映し出されて目にした色鮮やかな羽。

 それを俺にくれるというのだろうか。

 いや、何か代わりがあるのだろう。

 

「………この羽をどうするんだ?」

 

 ポウッと再び現れた火の玉に今度は文字が浮かび上がる。

 そこに書かれていたのはこうだった。

 

『等価交換。自分を側に置く変わりに、この羽をやる』

 

 要するに防御壁があるので側に置いて下さいということか。

 まあ、状況から見て間違いなくぼっちだろうし、人恋しくなったのかね。

 

「ま、害がないってんなら別にいいけど」

 

 差し出された羽を受け取ると、嬉しそうに青い目を細めた。

 

「なんで俺なんだよ………」

 

 ポウッと再三に渡り、火の玉が現れる。

 映し出された文字は『ぼっちだから』。

 うるさいわ!

 

「……ボール、入るか?」

 

 一応、何個か常備しているモンスターボールを見せると首を横に振ってきた。

 あ、ほんとに側にいるだけでいいのね。

 ほんとに大丈夫なんだろうな………。

 

 

 こうして、捕まえもしないで仲間? が増えた。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ただいまー」

 

 トレーナーズスクールからそのまま友達のところへ遊びに行っていたコマチが帰ってきたことで俺は目を覚ました。

 いつの間に眠っていたんだろうか。というかいつ帰ってきたんだ?

 確か、帰りに11番道路によって、黒いポケモンに出会ったような気もするがあれは夢だったのだろうか………?

 くそっ、思い出せん。

 

「………ん?」

 

 俺の左手に何か柔らか感触がある。

 開いてみると鳥ポケモンの羽、とりわけ鮮やかできれいな羽だった。

 

「三日月の……………羽、か?」

 

 夢の中? で見たような………いや、これがあるということはアレは現実に起こったことなのだろう。

 どうやら、あの黒いポケモン(名前は確かダークライ……だったか?)は俺に取り憑いたというかどっかにいるらしい。

 特に気配は感じられないが、コマチに害が及ばないのであれば好きにしてくれて構わない。万が一にでもコマチに悪夢を見せるようであれば、この三日月の羽をもたせてやればいいみたいだしな。

 

「下………降りるか」

 

 その夜、何も起こりはしなかったので、たぶん大丈夫なのだろう。

 

 

 

 翌日。

 スクールへ行くと朝っぱらからオーダイルが待っていた。

 どうやら、今日はサボれと言っているらしい。

 

「まあ、別に出ても寝るかぼけーっとしてるくらいだし、明日のために新しく技を覚える方が今は大事なのかもな」

 

 というわけで今日は一日、リザードンとオーダイルに新技を覚えさせることになった。

 いつものベストプレイスに行き、特に中身のないカバンを放り、モンスターボールからリザードンを出す。

 オーダイルがいることに驚いてはいたが、すぐに状況を理解したのかオーダイルの横に並び立った。

 

「にしてもお前、ほんとに朝っぱらから自分のトレーナーから離れてていいのかよ」

「………」

 

 はいはい、もうそのことには触れませんよ。

 あれから、ちょっと気まずい雰囲気になっているのだろう。あの黒長髪も次もまたオーダイルを暴走させてしまうのではないか、とか考えているんだろうな。そのせいか姉貴に決められていたとかいうあの男子との日課のバトルもしてないみたいだし。

 

「ま、気の問題だとは思うけどな」

 

 軽くストレッチをしながら呟くと、「オーダ………」とちょっと悲しそうな声を漏らした。

 こいつはこいつで迷惑はかけたくないのだろう。

 今はお互いにどうすればいいのか分からないからぎこちないだけで、本質的には繋がっている、はず。

 

「そんじゃ、やりますか。まずはゲンガーとフーディン、それとヤドキング対策にシャドークローだな。最初はこの動画を見てもらう」

 

 

 

 

 午前中には二人ともシャドークローを完成させ、なおかつもう一つ、つばめがえしを一発でモノにしやがった。こいつら何なの? 出来る子達すぎない?

 

「あれ? ヒッキー? 今日は休みじゃなかったの?」

 

 購買で買ったパンをむしゃむしゃと頬張っていると後ろから聞き覚えのある声がした。

 俺のことを引きこもりのごとく呼ぶのはあいつしかいないだろう。

 

「あ? ああ、やっぱりお前か」

 

 振り返ると案の定、そこにはお団子頭の黒髪少女がいた。

 んー、やっぱ黒髪にお団子ってなんか違う気がする………。

 

「ちゃんといつもの時間に来たけど、明日のためにこいつらに技を覚えさせてんだよ」

 

 これまた購買でちょっと奮発して買ってきたポケモンフーズ(ちょっと高めの)をワシワシ食べているリザードンとオーダイルを指して質問に答えてやった。

 

「なんでオーダイルまでいるのっ!?」

 

 俺のポケモンではないオーダイルがいることに心底驚いている様子。

 だよなー、俺も最初はそんなつもりじゃなかったんだけどな。

 

「まあ、成り行きで?」

 

 ふと思ったが、なぜ俺はこいつとはこんな気軽に話せているんだろうか。

 相手がバカだからだろうか……。

 大いにあり得てしまうあたり、こいつが可哀想になってくるな………。

 

「その………大丈夫、なの?」

「それはどれを指して言ってるんだ? 暴走のことだったら、まだわからんとしか答えられんぞ」

「うん、まあそこはヒッキーだし、なんとかしてくれるだろうって思ってるけど、明日のバトル……………」

「それこそもっとわからん。どうせあの校長のことだから、マジでやりそうってことは目に見えてるけどな。お願いだから明日はちゃんと逃げてくれよ」

「う、うん…………」

 

 俺が注意すると頼りない返事が返ってきた。

 これ、フラグかな………。

 紅魔族だったら自分の活躍の場ができて嬉しそうだけど、俺は紅魔族でもないからちっとも嬉しくないからな。

 

「じゃ、じゃあ、明日頑張ってね」

 

 ひらひらと手を振ると校舎の方へと彼女は消えていった。

 食べたらまた新しく覚えさせますかね。

 何がいいかな。

 とりあえず、オーダイルにはれいとうパンチを覚えさせるとして、後はりゅうのまいでも覚えさせてみるか? 

 あれ意外と難しいとは思うけどこいつらなら………。

 


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