翌日。
保健室によってから教室に入ると祭り気分がまだ残っているのか昨日の話題で持ちきりだった。
席に着くと昨日の女子生徒が来ているのが目に映った。
「あいつ、マジで同じクラスだったんだな」
ぽつりと独り言をこぼして机に突っ伏す。
リア充どもは今日も元気に活動しています。
でもその中には彼女はいない。だからと言って俺と同じような空気をまとっているわけでもない。どちらかと言うとそのリア充どもの中に加わりたいような様子である。
確かにリア充どもはガチの方でリア充感満載であった。
何、あの金髪縦ロールの女子。まるで女王様じゃねーか。そのグループにはあのリザードン使いの男子までいるし。あいつ、黒長髪の女子生徒とベタベタしてるんじゃなかったのかよ。
あと、なんかべーべーうるさい奴とあのグループの中では地味な感じのメガネの女子生徒がいるが、まあ教室の空気はあのグループに持って行かれている始末。
さすがに俺にはハードル高いわ。あの中には加われない。
そう考えると、あの女子生徒もなかなか勇気あるように思えてくるわ。
「おら、みんな席に着けー。出席とるぞー」
しばらくして入ってきたのはヒラツカ先生だった。
今日の一限目って先生の授業だっけ?
「先生、昨日の男子生徒って誰だかわかりますかー?」
どっかそこら辺にいる女子生徒が先生に聞き出した。
それにつられて周りもみんな釘付けになってしまった。
「昨日の男子生徒というのは噂になっている奴のことか?」
「そうです、それです!」
先生の言葉に今日もお団子な女子生徒が肩を上下させたのは気のせいではないだろう。
「まあ教師だからな。その話は今朝の職員会議でも取り上げられもしたし知ってるぞ。だが、本人たっての希望で教師の中での秘密ということで落ち着いた。だから済まないが、君たちに正体を明かすことは出来ない」
言葉にひっかかりを覚えたため顔を上げると、先生は一瞬だけ俺を見てニヤリと笑った。なんかムカついたのでそのまま突っ伏してやった。
退屈な授業も午前の部は終わり、昼食の時間。
俺はまた渡り廊下のベストプレイスに来ていた。
未だ、肩が痛むため購買で買ったパンを頬張る。
ベストプレイスから見えるテニスコートでは今日も天使がニョロゾとテニスをしていた。
「……………」
そんなところに音もなく現れたのは水色の体の持ち主。頑丈そうな顎と腕っ節が特徴のポケモン。
「どうしたんだ、オーダイル」
黒長髪女子のポケモン、オーダイルだった。
奴は何かするわけでもなく、俺の横に座った。
ただ、二人で天使の舞を鑑賞する。
それからしばらくしてパンを食べ終わると、ふと疑問に思った。
「………お前、勝手にボールから出てきていいのかよ」
こいつはどうやってここまで来たのか。
ユキノシタはこいつがここにいることを知っているのだろうか。
「…………」
聞いても何も答えはしない。
ただ、空を仰いでいるだけ。
なんてことはない。
こいつもこいつなりに落ち込んでいるのだ。
二度の暴走とあまつさえ自分の主を襲おうとしたことに。
だからと言って俺にかけてやれる言葉は持ち合わせていない。
それと。
多分、俺のところに来たのは怪我させてしまったからだろう。
「…………」
と、そこで予鈴がなった。
俺は立ち上がり、オーダイルを見下ろす。
「………放課後、多分どっかでバトルしてるわ」
なんとなく。
オーダイルには伝えておいた。
見るも見ないもあいつの勝手だし、見たところで何かが変わるわけでもない。
だけど、特にかけてやる言葉も見つからないため。
それだけのこと。
「あんま、気負いすぎんなよ」
取り敢えず、それだけ言って遅刻しないように足早に教室に戻った。
それから放課後。
俺は言われた通りに職員室にやってきた。
「あれ? ヒキガヤ………君?」
そこには先生とお団子女子がいた。
「なんでいるんすか?」
その女子に対してか先生に対してか、俺としては答えが聞ければそれでいいので二人に聞き返す。
「私が呼んだんだよ。お前の実力というものをユイガハマには見せておきたくてな」
「え? 観客ありでやるですか?」
見られながらバトルするのかよ。
それは昨日で十分味わったんだけど。
「昨日の今日だし、別にいいだろ?」
いや、昨日の今日だから嫌なんですけど。
結構プレッシャーなんだよ。
「あとあの二人も今ツルミに連れてきてもらってる」
あの二人ってもちろんあの二人だよな。
一体、何を企んでんだか。
「はあ、もうなんでもいいですよ。バトルさえできれば」
「言ったな。それでは校庭に行こうか」
は?
バトルフィールドじゃないのか?
「何もバトルするのはフィールド上だけとは限らんからな」
まあ、確かに外でのバトルは野戦だし、自然がフィールドだけどさ。
「別に、やったことがないわけでもあるまい」
「はっ、二年弱もの間野戦してたんだ。それくらい朝飯前だっつの」
あ、今は夕飯前か。
超どうでもいいな。
「え? あ、あの……え、っと………」
おどおどして状況についていけないお団子女子。
「ほれ、ユイガハマもついてこい」
こうして三人で校庭へと向かった。
校庭についてから気づいた。
まだ帰宅途中の生徒とかいるじゃん。
「え、っと………マジでこの状況でやるんすか?」
「ああ」
俺が聞いてもただ嬉々として答えてくるだけ。
これなら聞かない方がよかったかもしれない。
マジでこの人何企んでんだよ。
「ユイガハマ、審判頼むぞ」
「え? ちょ、あたし審判なんて………」
お団子女子が言い淀む。
まあ、無理はないだろう。ポケモンも持ってない奴がいきなり審判しろだなんて無茶な要求なんだし。
「別に複雑なことを頼んでるわけじゃない。開始の合図と戦闘不能になったかどうかだけ確認してくれればそれでいい」
「え、で、でも………」
「ヒキガヤの戦ってるところを間近で見られるチャンスだぞ」
え? それどういう意味だよ。
「………分かりました。あたし、やります!」
あ、いいんだ。
もうあんたらで好きにしてくれ。
「よろしい」
フッと笑うかのようにユイガハマの頭に手を置く。
仕草の一つ一つがかっこいい。
「さて、ヒキガヤ。ルールはどうする?」
「野戦にルールなんて関係ないでしょ」
「それもそうだな」
何となくこの人が言いたいことは分かってきた。
外に出たら危険だと言いたいんだろう。
カントーには悪の大組織、ロケット団(Raid On the City,Knock out,Evil Tusks)が事件を起こしているからな。そんな奴らと出くわした時のことでも考えてこのバトルを仕掛けてきたのかもしれない。
「「ユイガハマ(お団子女子)!」」
そこまでしてくれる教師なんて普通はいない。だから俺は最初で最後の特別レッスンをありがたく受け取っておこう。周りに人がいるだとか騒ぎを聞きつけてきた教師たちが寄ってきたとかそんなことはどうだっていい。
「え? あ、はい、では、バトル始め!」
それを合図に周りの空気がガラッと変わる。
お互いポケモンを出していないが、バトルは始まっていた。
果たして、この人のこんな空気を味わったことはあっただろうか。
確かに、本気を出せばと豪語していたが、実際に目の当たりにすると気圧される感が否めない。
子供相手に大人気ない………。
『子供扱いして欲しいのか?』
この前、そんなことを言っていた気もしなくはない。
だからだろうか。他の生徒に見せるような顔を全くしていない。
やらなければやられる。
そんな空気。
段々と見物に来る生徒の空気が緊張に包まれる。
「……………ッ!?」
少し左肩に力を入れるだけで痛みが走る。
全く持って、性格の悪いシチュエーションだろ。
「来ないのか?」
試すような口調で投げかけてくる。
これが挑発なのは分かっている。
ここは冷静に、先生の様子を伺うのがベストだろう。
何せ、俺は先生がバトルしているところをまるで知らない。
対して、先生は俺のバトルを昨日の時点で嫌ってほど見ている。
それだけ、俺には情報という武器が欠けていることになる。
それは勝敗を決する最後の鍵ともなり得るのだ。
だから、知ろう。探ろう。全てを見極めよう。
「昨日のバトル見てたでしょ。俺は自分から仕掛けるようなバトルはしないんすよ」
思い返すと自分から攻撃を仕掛けた記憶がない。昨日のバトルだけでも四戦やって、四戦とも相手から仕掛けてきている。野戦も相手の出方を伺いながら戦っている。
慎重と言えば聞こえはいいが、実際はやったことがないだけの臆病者である。
全く、嫌になるね。仕掛けてこないという相手は。
「確かに、言われてみればどれもお前から仕掛けている様子はなかったな。だが、悪いが私も自分から仕掛ける方ではないのでね。事ヒキガヤに関しては特にだな。お前のバトルセンスは私の予想を遥かに上回っていた」
「そりゃ、どーも。確認しておきますけど、これ野戦なんですよね?」
「ああ、何でも有りだ。…………例え、二体同時でもな」
ほーん。
なるほどね。そっちがそのつもりでくるのなら、俺も好きにさせてもらおうじゃねーの。
ポケットの中を探り、モンスターボールに手をかける。
風が凪いで髪が落ち着く。
「仕事だ、リザードン!」
赤いボールを投げ、先生に向けてリザードンを呼び出す。
「ドラゴンクロー!」
ボールを投げた勢いのまま先生に向けて突っ込んでいく。
「カイリキー、捕まえろ!」
ようやく先生も動き出し、ポケモンを出してくる。呼び出したポケモンはカイリキー。ゴーリキーを通信交換する事で進化するちょっと変わったポケモン。タイプはかくとうで腕が四本あるのが特徴である。しかもその四本の腕が曲者なのだとか。二本の腕で相手の動きを封じ残り二本で攻撃を仕掛けてくるらしい。実際にバトルするのは初めてだが、やりづらい事には変わりないだろう。
「ばくれつパンチ! サワムラー、メガトンキック!」
カイリキーは出てきたタイミングでリザードンの両腕を掴み、勢いを殺し尚且つ空いている二本の腕でばくれつパンチの体制に入る。さらに先生はもう一つボールを投げ、サワムラーを繰り出してきた。しかもメガトンキックのおまけ付き。
どちらも当たればダメージが大きい。だが、勢いを付けて出す技なので外しやすいのが難点だ。それをカイリキーで固定する事で回避しようという事か。
「リザードン、えんまく」
リザードンが黒い煙を吐き、それを吸い込んだカイリキーは咽せて技を中断してしまった。
「からの上昇!」
カイリキーを引き連れたまま空へとギリギリの回避。
目標を失ったサワムラーが勢いを殺すために砂の上を滑っていく音が聞こえる。
「サワムラー、とびひざげり! カイリキー、どくづき!」
まあ、これで攻撃の手を止めるわけがないのは分かっている。
「リザードン、かえんほうしゃ!」
そう命令しながら、俺はモンスターボールを一つ煙の中に静かに放り込む。
それと同時にサワムラーが脚のバネを生かして煙の中から抜け出した。
サワムラーも同じくかくとうタイプで手足がバネのように伸び縮みするのが特徴だ。その伸縮性は空にいる相手にだって届くのだとか。本当かどうかは怪しいが可能性としては軽視できない。
そんな奴が下から飛んできているのだ。やることは決まっているだろ。
「振り降ろせ!」
かえんほうしゃで視界を奪われたカイリキーはどくづきを当てながら、他の腕の力が弱まったところでリザードンに振り落とされた。振り落とされた先はもちろんサワムラーの軌道上。
「まずい! サワムラー、躱せ!」
先生が喚起するが、その声は虚しくサワムラーはカイリキーに巻き込まれ、一緒に黒い煙がようやく晴れた地面に叩きつけられる。
「カイリキー、サワムラー!」
サワムラーはとびひざげりを外した反動、カイリキーはリザードンのかえんほうしゃとサワムラーのとびひざげりを直で受け、相当のダメージを負っている。奴の方は後一発与えれば戦闘不能に追いやれるかもしれない。
「………グッ!?」
「リザードン?」
俺の前に着地したリザードンの様子がおかしい。
………まさか、さっきのどくづきで毒を浴びたのか?
だとしたら、急いでモモンの実か毒消をやらねーと…………!?
まずい、カバンを持ってねー。職員室からそのまま来たから、カバン教室じゃねーか。
どうする?
どうするべきだ?
制服(左肩が破れている)のポケットには幾つかの空のモンスターボールと財布しかない。
地味に回復薬を持ってないところが俺らしいというかなんというか………。
そこで俺に再び追い風が吹いた。
砂を巻き上げながら、石や砂を運んでいく。もちろんアレも。
「ッ!?」
ようやく、先生も気づいたようで驚いた顔を見せた。
これで罠は動き出した。
「いけっ! ドラゴンクロー!」
リザードンの背中を強く叩きながら、叫ぶ。
合図と見たリザードンはトップギアで立ち上がったカイリキーとサワムラーに突っ込んで行く。
「チッ、カイリキー、リザードンにばくれつパンチ! サワムラー、もう一体にブレイズキック!」
よし、引っかかった。
カイリキーはリザードンを迎え撃つためのタメに入る。サワムラーは俺が放り込んでおいたモンスターボールに向かってブレイズキックを当てる。ここで炎技を出したのは出てくるポケモンがゴーストタイプだったことを想定してだろう。ノーマルやかくとうタイプの技は効果がないからな。
だけど、俺にはリザードン以外のポケモンがそもそもいない。
「なっ!?」
壊れたモンスターボールを見て先生が声を詰まらせる。
そして、焦るようにカイリキーの方に視線を向ければ、丁度リザードンがばくれつパンチを躱してドラゴンクローを決めていたところだった。
「カイリキー!」
うん、多分これで戦闘不能。
………………。
「おい、お団子女子」
「え? あ、そ、そうだった! あたし審判なんだった! え、えっと…………「あーあ、これじゃカイリキーは戦闘不能ね」……これが戦闘不能の状態なんだ………ってツルミ先生!?」
判定というかそもそも戦闘不能の状態が判っていなかったお団子女子の後ろから、ひょっこり出てきたツルミ先生が判定を下した。
やっぱ限界に来てたんだな。
かく言うリザードンの方も毒が回ってきているようで苦しそうである。
さっさと決めるしかないようだな。
「くっ、カイリキーよくやった。ゆっくり休め」
先生の悔しそうな顔を初めて見た気がする。
そりゃ、まあ日頃から結婚したいとか言っているが、まだ冗談めかした部分があったりする。そんな先生がガチの悔しそうな顔をしてるんだから、今のは結構効いたんだろう。
それなら、最後の締めといくか。
「………先生も考えが甘いっすね。俺は最初から一体しか連れていないのに、そんな単純な罠に引っかかるなんて」
「ヒキガヤ…………」
「先生は数が多ければ俺が動揺するとでも思ってたんでしょうけど、生憎野生の奴らにとり囲まれたこともあるんでね。数の差なんか経験してますよ。ただ、まあ毒状態にされたのは予想外でしたけど」
「ガキが調子にのるなよ。サワムラー、とびひざげり!」
おー、怖ッ!
先生を挑発して攻撃を仕掛けさせるのはいいんだけど、終わった後が怖い。絶対なんかされそう。
でも、これで最後の舞台が完成した。
リザードンもさっきから特性が発動しているようだし。
後はタイミングだけだ。
「まだだ………」
まだ距離がある。
「もっと体内に溜め込め」
もう少し。
「3」
引きつけて。
「2」
あと少し。
「1」
…………きた。
「やれっ! かえんほうしゃ!」
勢いをつけて突っ込んできたサワムラーを目の前まで引きつけてからの爆発させるようなかえんほうしゃを放った。奴の速さよりも火炎放射の方が速く、全身で受けたまま炎と一緒に先生の方へと返されていく。
特性・もうかで強化されたかえんほうしゃは見てるだけでも恐ろしい。音が爆発音のようで耳から骨を伝って、全身が震え上がる。熱いはずなのに寒気を覚える始末である。
そんな技を受けて起き上がれるポケモンはそういないだろう。ましてや間近で受けたんだ。立ってる方がおかしいレベル。
「サワムラー!」
「ほら、ユイちゃん」
「え、あ、はい! えっと、サワムラー戦闘不能。ヒキガヤ君の勝ち…………でいいのかな………?」
ツルミ先生に諭されてお団子女子が初めての審判を務めた。
あの女子にはいい経験になっただろう
「先輩、まだやります?」
続行できるかどうかをヒラツカ先生に聞くツルミ先生。
言われて彼女は首を横に振った。
「私の負けだ」
先生が負けを宣言したことで、俺の勝利となった。
「はあ~…………」
バトルがやっと終わったかと思うと急に体の力が抜けてその場に倒れこんだ。そしたら、左肩に衝撃が走っていたかった。リザードンも毒が回っていってるのか辛そうに倒れこむ。それを見たツルミ先生が「出番だ!」とばかりに駆けつけてきて解毒薬(だと思う)を飲ませてくれた。俺もポケモンみたいに薬で回復しねーかな。
だが、そんなことがどうでもいいくらいには周りの歓喜の声がうるさい。
忘れてたけど下校中の野次馬どもが見てたんだった。
やべー、明日来たくねー。
「ヒキガヤ………君、勝っちゃった、ね………」
気づけば夕日まで沈みかけている空に、突如として顔を出したのはお団子女子だった。
「………あ、ああ…………ッ!?」
ちょ、おま、その位置はダメだろ! 今はさすがにダメだろ!
「……どしたの? 顔赤くして」
もうそんなこと言われたら目を逸らすしかないじゃないか。
「ピンク………」
「? ……………はっ!? ちょ、どこ見てるし! バカ、エッチ、変態、スケベ! ヒッキーのアホ!」
やっべ、声に出てたか。
でもなお団子女子よ。お前が勝手にその位置に来たんだからな。そんな短いスカートを履いて。だから、俺は悪くない。
「あらー、ヒキガヤ君もそういう年頃なんだー」
リザードンを介抱しながらニヤニヤした目で俺を見てくる。
なんかすげー楽しそう。
教師がそんなんでいいのかと思わなくもないが、この人だから仕方ない。
「あー、分かったよ。起き上がればいいんだろ」
疲れているというのに注文が多い人らだな。
「ヒキガヤ………、合格だ。今のバトル、校長にも見てもらってたから………と、本人のお出ましだな」
ヒラツカ先生に言われて向けられた視線の方に俺も目を向けると、一人の老人が歩いてきた。色々と経験をしてきたであろう貫禄を持ち合わせた顔つきが、何よりも彼の強さを物語っている。
強い………。
ヒラツカ先生が子供にすら感じてしまうほどの何かを秘めていた。
五年間見てきたはずなのに、今になってようやく彼の強さを感じられたような気がする。
「ほっほ、よもやこの制度を使用する生徒が再び出てこようとは………。三年前のユキノシタハルノ以来じゃな。いやはや、若いってのはいいのう」
そんな強さを露ほども感じさせない柔らかな声音。
というかこの制度ってんなんだよ。
「制度…………?」
未だ、状況を掴みきれていないお団子女子がそう聞き返す。
「飛び級制度のことじゃ。ま、此奴の場合は卒業ってことになるんじゃがの。三年前の彼奴もこの制度を使って、今の時期に卒業していったわい」
懐かしい、と思い出すように語ってくる。
「え? 卒業………って、どういうこと………ですか?」
対して、お団子女子は震える声で俺と校長を交互に見返している。
「そのまんまの意味じゃよ。汝等の歳で旅に出る者もたくさんいるが、せっかく貯めた単位を捨てるくらいなら特別制度を設けて、テストに合格すれば卒業資格を与えてるんじゃよ」
「え? ……ま、って………ヒッキー、旅に出る、ってことなの?」
取り敢えず、卒業ということをようやく理解したのか俺の次の行動を悟ったようだ。
「なあ、お前昨日のバトル見ててどうだった?」
「え? み、みんなすごいと思ったよ。特にヒッキーは優勝までしちゃったし………」
「………そうか。…………でもな、俺は正直物足りなかった。決勝戦でオーダイルの暴走があったからそれどころじゃなかったけど、普通にバトルしてたら確実に物足りなさを感じてるはずだ。だってそうだろ? 今のバトルでやっと満足できたんだ。もうこれ以上ここにいる理由がなくなっちまったんだよ」
暗くなった空を見上げて俺は言った。
「だから、俺は旅に出る、と思う」
「やっぱり、ヒッキーはヒッキーだ!?」
驚きと呆れを混ぜたような声を出すお団子女子。
「ほっほ、そこはお前さんの自由じゃ。好きにするがよい。じゃが、まだ試験は終わっとらん。御主は特別講習を受けてなかったからの。本当は担当の教師とのバトルで済むところなんじゃが、特別講習を受けてない分を儂が直々に相手してやろう」
糸目がこの時ばかりはカッと開いた。
この人、こんな目してるんだな。
体の線も細いし。これは関係ないな。
「ルールは?」
「今日と同じ、何でもありの野戦じゃ。ただし、三日後のいつ御主を襲うかは儂の勝手じゃ」
ニヤッと歳不相応な笑みを浮かべる。
あ、この人本当はそういう人なんですね。
やだなー、俺の周りの教師こんなのしかいねーよ。
「………つまり、授業中でも襲ってくる可能性があると?」
「その可能性も無きにしも非ずじゃな」
「避難訓練かよ」
「原因は儂らになるがな」
やだ、決まっちゃった。
これ、絶対三日後の授業中に襲ってくるパターンじゃん。
「そうじゃな、儂だけ御主のバトルを見てるのは不公平というものよ。それ、出てこいお前たち」
モンスターボールに触ることなく勝手にポケモンたちが出てきた。
ゲンガー、フーディン、クロバット、ワタッコ、ヤドキング、キュウコン。
まさかのフルパーティーだった………。
「マジか………」
やる前から負けそうな予感しかしない。
いや、だって無理だろ。
こっちはリザードン一体だぞ。
どうしろと……………。
「ほっほ、三日後まで精進するんじゃな」
言うだけ言って、校長は校舎に戻って行った。
「あの………勝てるの?」
「負ける気しかしない」
「ダメじゃん……………」
だって、授業中だぞ? そんなの予想できることがあるじゃねーか。
「さすがに誰かを守りながらバトルするのは無理だわ…………」
絶対、逃げ遅れる奴がいるんだよ。バカな奴が、ここに。