トレーナーズスクール ハチマン   作:八橋夏目

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2話 ユキノ篇 後編

 そして、翌週。

 イベント開催当日。

 一試合目にして俺の出番だった。

 朝っぱらから面倒くせぇ。

 つーか、眠い。

 あくびが途切れ途切れで出てくるからか、段々顎が痛くなってきた。

 

『さぁー、メインイベントの生徒によるポケモンバトル! 第一試合目! まずはこの人! スクールの女王、ミウラユミコ! そしてもう一人はヒキガヤハチマン! はっきり言って私自身が誰だか知りません。バトル戦績の情報もないので実力はいかほどか!? では、バトル始め!!』

 

 そして、鬱としいアナウンス。

 テンション高すぎでしょ。

 おかげで目が覚めたけど。

 

「行きな、ギャラドス」

「はあ、仕事だリザードン」

 

『おおっと、両者繰り出したのはギャラドスとリザードン! 相性ではミウラ選手の方に分があるが果たして!』

 

「ギャラドス、ハイドロポンプ」

「躱せ」

 

 あんな一単調な攻撃当たるかよ。

 

『ああーと、先手を打ったミウラ選手ですが惜しくもハイドロポンプは躱されました!』

 

「まずはトップギアで奴の懐に潜り込め」

 

『ああっと、早い早い! リザードンが一瞬の隙をついてギャラドスの懐に飛び込んだぁー! しかし、この間合いではギャラドスの攻撃を躱せるのかぁー!』

 

「アクアテール!」

「遅い、かみなりパンチ」

 

『両者、ともに技を繰り出したが当たったのはどっちだー!』

 

 さっきから、アナウンスうるさいんだけど。

 もう少し黙って見てられないのかよ。

 それか音量下げろ。

 

『ああっとー、立っているのはリザードン。ギャラドス、かみなりパンチの一撃で戦闘不能だぁぁああああー!』

 

「お疲れさん。どっか静かなとこで休もうぜ」

 

『見事、トーナメントの駒を進めたのはヒキガヤ選手!』

 

 なんかすげー相手に睨まれてんだけど。

 めっちゃ怖い。

 あのギャラドスよりも怖い。

 さっさとずらかろう。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 今回のバトル大会? はポケモン一体でのバトルなため俺でも参加できちゃってたりする。

 別に、二体でも良かったのに。

 そうすれば俺は今頃、家でゴロゴロしてられたっていうのに。

 

「ハチマン!」

 

 そうすればこんな暑苦しい格好をした奴に会わなくて済んだのに。

 どれもこれもヒラツカ先生のせいだな。

 呪ってやろうかな。

 ゴーストタイプのポケモン持ってないから無理だな。

 

「聞いておるのか、我が魂の相棒よ」

「誰が、相棒だ。体育の時にあまりでペアを組んだだけだろうが。ザイモクザ」

「そんなことは今はどうでもいいのだ」

 

 なら、言うなよ。

 

「それよりもお主、ポケモンを持っていたのだな」

「ああ? ああ、まあな」

 

 というかこいつも今日ここにいるってことは………?

 

「我もついに手に入れたぞ。出てこいポリゴン!」

 

 黄土色のコートを翻しながら一体のポケモンを見せてきた。

 名前はポリゴン。

 タマムシシティのコインゲームの景品として用意されているポケモン。

 

「え? なに、お前買ったの?」

「いかにも」

「あのクソ高いのを?」

「うむ」

「どんだけゲームしてんだよ」

「なんか知らんが、バンバンあたりが来てぼろ儲けしたのだ」

 

 一生分の運使ったんじゃねーの?

 

「いくらポケモンをまだもらってないからって。自分で捕まえるなりなんなり他にも方法はあっただろうに。何でよりにもよってコインゲームの商品なんだよ」

「レアだから?」

「うん、まあ、確かにレアモノであることに変わりはないが」

 

 手にしてる奴なんてごく僅からしいからな。

 その分情報は少なく、育て甲斐があるといえばそうなんだが。

 

「んで、お前もアレに参加してるわけ?」

「うむ、我が剣豪将軍の初陣には不足なし」

「ああ、そう」

 

 この何かのキャラをなぞったかのような話し方、相手するのが超面倒くさい。

 なんというかもう少し成り切れよと思うというか、中途半端すぎる。

 

「おおっと、もう時が満ちたようだ。我はこれにて。さらばだ」

 

 次会う時はもう少し完成度高くなってると楽なのかなー。

 元々が暑苦しいからそんな淡い幻想は儚く散るだろうけど。

 

 

 というかせめてポリゴンをボールに戻してやれよ。

 結構必死になって追いかけてんじゃねーか。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

『さぁーて、準々決勝となる第二回戦の二試合目を飾るのはこの二人ー! レアなポケモン、ポリゴンを引き連れてきたこの男、ザイモクザヨシテル! そしてもう一人、第一回戦の戦いぶりから優勝候補として突如名の挙がったヒキガヤハチマン! さあ、このぽっと出の二人はどんなバトルを見せてくれるのか』

 

 あれから、一人でぶらぶらしていたら二回戦の試合の時間になってしまった。

 どうやら、勝ち上がった者を毎回シャッフルしていくようで予想を立てていた相手ではなくなっていた。

 というかザイモクザだった。

 

『ではー、バトル始め!!!』

 

 アナウンス席は盛り上がってるのかさっきよりもテンションが高く感じる。

 なんでこんなにもテンション高くいられるのだろうか。

 俺なら、速攻で疲れて寝るまであるな。

 

「けぷこんけぷこん。よもやこんなすぐに貴様と相見えるとは」

 

 わざとらしい咳払いをし、話しかけてくる中二病。

 こいつもこいつでうるさいな。

 

「お前、勝ったんだな」

「いかにも! 我は剣豪将軍なり。それくらいできなくては名が廃るというもの」

「廃る以前に広まってもないだろうに」

「ハチマンよ。我に手加減は無用だ。本気でかかってくるがよい」

「あー、そうかよ。だってよ、リザードン。暴れていいらしいぞ」

 

『開始からにらみ合っていた二人が、今ようやくポケモンを出してきました!』

 

 にらみ合ってないからね。

 ただの雑談だからね。

 

「ポリゴン、三色攻撃!」

 

 んな技あったか? と思うが出してきたのはトライアタック。

 やけど、まひ、こおりづけのいずれかの状態異常にかかることもある変わった技。

 あー、だから三色なのね。

 

「とりあえず、躱せ」

 

 ひょいっといった感じで軽々しく躱すリザードン。

 あれは当たると面倒な技だからな。

 

「ぬぅ、やるなハチマン。ならば、ロックオン!」

 

 はっ?

 ロックオンだと?!

 次の技、当たるまで追っかけてくんじゃねーか。

 

「やばいな………。リザードン、まずは背後に回れ」

 

 ロックオンが奴の目を通して行われているのだとしたら、目のない背後に回れば可能性はあるかもしれない。

 

「ドラゴンクロー」

 

 ポリゴンはプログラムされたこと以外は出来ないと聞く。

 本当かどうかは知らないが、瞬時に動けるわけではないようで。

 ポリゴンがリザードンの存在に気付き、振り返ったところでドラゴンクローが突き刺さり、そのまま宙へと放り出された。

 

「甘いな、ハチマン。奴はプログラムされたポケモン。痛みなどは感じぬわ!」

 

 ザイモクザの言葉通り、痛みに苦しむことなく、リザードンにロックオンを済ませていた。

 

『あーっと! ここでついにリザードンがロックオンされてしまったぁぁ! 次の技次第では勝負も決まるかもしれません!』

 

 しまった………。

 自分でプログラムされてると言っといてそこを見落としてるとは………。

 俺もまだまだだな。

 

「リザードン、空に逃げろ!」

 

 とりあえず、次に出てくるのは高威力の技だろう。

 そしてそれが電気タイプの技だった場合、致命的だ。

 

「ポリゴン、レールガン!」

 

 レールガン?

 あったかそんな技?

 いや、さっきのトライアタックが三色攻撃だったんだ。

 ならば、これも変換し直さなければならないのだろう。

 レールガン。磁石と電気を使った音速兵器。ついたあだ名が超電磁砲………。

 ちょうでんじほう?

 

 ッッ!?

 

「リザードン、でんじほうだ。当たれば確実に麻痺するぞ。何が何でも躱せ!」

 

 あいつ、今日が初陣とか言ってた割には巧妙な策を使ってきやがる。

 高威力で低命中のでんじほうをロックオンを使うことで確実に当てて来ようとは。

 しかもリザードンには効果抜群。

 コインゲームで一生分の運を使ったんじゃねーのかよ。

 

「ふははははははっ! さあ、逃げるがよい。我らの攻撃はどこまでも追いかけていくぞ。だが、ハチマンよ。お主のポケモンは呼吸が段々と荒くなってきておるぞ」

 

 くそっ!

 こいつに負けると思うと腹立ってくるな。

 

「リザードン、トップギアでお前の好きに動き回れ」

 

 果たして、これであいつに俺の意図が通じるのだろうか。

 

『おおっと、ここで全てをポケモンに任せたヒキガヤ選手。彼は一体この状況をどのように打破しようというのか!』

 

 だが、そんなことは杞憂だったようでリザードンにはしっかりと伝わっていたようだ。

 

『逃げるリザードン、追いかけるでんじほう。根を上げるのはどちらが先だー!」

 

 距離を一定に保ちながらあちこちに逃げ回り、ようやく所定の位置にリザードンと電磁砲がやってきた。

 

「ふはははははっ。ハチマンよ、もう諦めたのか? 我らの前に自らやって来ようとは。挟み撃ちが望みとあらば、我らもいつでも歓迎するぞ。ポリゴン、三色攻撃!」

 

『これも作戦の内なのでしょうか?! でんじほうを背後にリザードンがポリゴンに突っ込んで行きます!!』

 

「リザードン、ドラゴンクローで道を切り開け!」

 

 この命令でリザードン自身がどうするかは分からない。

 だが、別にトライアタックをどうしようが、そのままポリゴンに突っ込むことができるのなら何だっていい。

 

「ポリゴン、連続で三色攻撃」

 

 ザイモクザはリザードンの足を止めようと連投してくるが、それをことごとく爪で受け流し、前へ前へとひたすら突き進んでいく。

 

「ぬう」

「リザードン、そこで減速」

 

 ポリゴンの目の前まできたところで一旦減速させる。

 

『こ、これはどういうことか?! ヒキガヤ選手、相手の目の前でリザードンを減速させた!』

 

 あと少し。

 

「ポリゴン、容赦はいらぬ」

 

 もう少し。

 

「レールガン!!」

 

 きた!

 

「今だ! トップギアで駆け抜けろ!」

 

 俺が言い切る前にリザードンは次に何をするのか分かっていたようで、瞬時に反応していた。

 

「ぬっ、まさか……」

 

 狙いを定めたでんじほうは今もリザードンを追いかけている。

 例え、技を出した本人がいようとも。

 

「策士、策に溺れるとはよく言ったものだな」

 

 自分のでんじほうを諸に受けたポリゴンはそのまま戦闘不能になった。

 

『形勢逆転! ピンチだと思われたリザードンが相手の技を利用してそのまま勝利ー! 準決勝進出はヒキガヤハチマン!』

 

「ザイモクザ。そのポリゴン、育て方次第じゃ強くなるかもな」

 

 それだけ伝えて俺は会場を後にした。

 

 

 はっきり言ってバトルよりもあの人の多さに緊張するんだっつーの。

 めっちゃ恥ずかしいんだけど。

 

 

 

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『四人目の準決勝進出はカワサキサキ!』

 

 会場からは結構離れてるっていうのにここまで聞こえてくるのかよ。

 俺のベストプレイスは今日も長閑である。

 テニスコートではニョロゾとテニスをしている女子生徒が一人いるくらいだ。

 

『さぁさぁ、みなさんお待ちかねの準決勝はこの組み合わせ! 第一試合。ユキノシタユキノ対カワサキサキ! 第二試合はハヤマハヤト対ヒキガヤハチマン! 見事に男女別れましたねー。さーて、バトルの行方はどうなることやら! 間も無く第一試合目が始まります。観客のみなさん、もう少々お待ち下さい!』

 

 なんてこった。

 よりにもよってあの男子かよ。

 

「なんだかなー」

 

 最強の片割れとやるとか今日はついてないかもしれない。

 まあ、準決勝ともなれば確率的には高くなるけどよ。

 それにしたってあいつはないだろう。

 

「タイプの相性とかもう関係ねぇじゃん」

 

 俺のポケモンはリザードン。

 そして、奴のポケモンも恐らくリザードン。

 弱点をつけるかみなりパンチがあると言ってもそれは奴も同じかもしれない。

 それに奴はかみなりパンチがあるのを知っている。

 対して俺は全くと言っていいほど奴の情報を持っていない。

 まあ、それはいつも通りではあるのだが。

 こうなってくると最後はトレーナーの技量がモノを言う。

 一体、どうしたものやら。

 

 

 

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『さぁ、準決勝戦一回戦はユキノシタ選手の圧倒的な実力を見せつけられましたが、いよいよ二回戦。我らのハヤマハヤト、一切情報のないヒキガヤ選手をどう攻略するのか!』

 

 バトル以前にこの空気をまず考慮するべきだったな。

 俺の相手はリア充の中のリア充だ。

 観客の人気は群を抜いているし、それを裏切らない実力も兼ね備えている。

 そんなのが注目の的になれば、流石にこうなるよな…………。

 

「なんつーアウェー感………」

 

 もうすでにハヤマコールは湧き上がっている。

 別に見られたいわけではないが、この有り様を見るとやはり俺とあいつとは住む世界が違うのだと肌で感じさせられてしまう。

 

「これで俺が勝ったら、あいつざまぁねーな」

 

 だから、ついニヒルな笑みがこぼれてしまう。

 

『それでは! バトル始め!』

 

 アナウンスの声に会場がさらに黄色に染まる。

 

「頼むぞ、リザ」

 

 やはり奴はリザードンできたか。

 まあ、最初にポケモンも登録してるんだから今更変えることもできないんだけど。

 俺、自分の試合以外全く見てないからな。

 試合以外、渡り廊下にある俺のベストプレイスで、マッカン片手にテニス少女を見てるだけだ。

 というか今日きたのはこの天使の舞を拝むためと言っても過言ではない。

 こんな大会なんて二の次なんだよ。

 

「仕事た、リザードン」

 

 さて、どう仕掛けてくるか様子見と行こうか。

 

『両者、ともに出してきたのはリザードン! これは面白い展開になりそうです!』

 

「リザ、相手はお前と同じリザードンだ。それにあいつにはかみなりパンチがある。あまり近づきすぎてはダメだ。遠距離からいくぞ。まずはりゅうのはどう!」

 

 あいつ、バカなの。

 公開戦略とかもう戦略でもなんでもないだろ。

 策は隠してこその策だろうに。

 それともそれも含めた策なのか?

 全くそんな感じには見えないが。

 

「聞いたな、リザードン。奴は遠距離から仕掛けてくる。えんまくで視界を封じろ」

 

 えんまくが相手のリザードンを包み込む。

 そして風が吹き煙が渦を巻き始める。

 オーダイルの暴走からこの一週間、俺はリザードンの技をもう一つ、新たにドラゴンクローを覚えさせた。技の見本はオーダイル。見本さえあれば覚えさせることも可能だからな。

 そして、えんまくは残した。

 初めは攻撃技で染めようかと思ったが、安定的な技しかないため切り札と呼べる技を覚えるまではどうしても補助系の技が一つは欲しいと思ったからだ。

 

「くそっ、狙いが定められない!」

 

 そんな声が煙の中から聞こえてくるがそんなのはどうでもいい。

 

「リザードン、………天気、かみなりパンチ」

 

 多分、普通に上からかみなりパンチと言ってもあの男子なら対応してくるだろう。

 だから、一瞬でも考える時間ができれば、それだけで反応が遅れ隙が生まれる。

 この言い回しはさっきのザイモクザを見て思いついたものだ。

 よかったなザイモクザ。

 お前でも役に立つときはあるようだぞ。

 

「てんき? てんき転機転記天気………!? しまった、上だ! リザ!」

 

 だが、時すでに遅し。

 かみなりパンチは直撃した。

 

「……まだ、だ。リザ! げんしのちから!」

 

 かみなりパンチを受けながら、その痛みを堪え、自ら創り出した岩を飛ばしてくる。

 俺もリザードンも攻撃に身が入っていたため、避けるタイミングが一拍遅くなった。

 

「この距離なら外さないし躱せないだろう?」

 

 皮肉にも聞こえる男子の言葉を耳にしながら、俺は何の対処も打てず、ただリザードンが岩々の襲撃に打ち飛ばされていくのを見ているだけだった。

 

「リザードン?!」

 

『ああーっと! ここまで優勢であったヒキガヤ選手! ハヤマ選手のカウンターを食らって大ダメージを受けたぁぁああああああっ! どこまでが策の内なのか!? 我らがハヤマハヤト。最強の名は伊達ではなぁぁぁあああいっ!』

 

 四倍率のダメージを負ったリザードンは、それでも片膝をついてゆっくりと立ち上がる。

 やはり俺は未熟者だ。

 トレーナーの外見だけでポケモンの強さ、トレーナーの力量を勝手に決め付けていたのだろう。

 たった一度。

 この前のバトルしか目にしていないというのに。

 いや、だからこそと言えるのかもしれない。

 いつもであればどんな相手だろうと慎重に、あるいは先手で決めに行っている。

 あのザイモクザ相手でもそれは怠っていなかった。

 なのに、ことこいつに関しては一度見てしまったがために心のどこかに隙を作ってしまっていたのかもしれない。

 

「リザ、まだいけるな」

「まだまだだな。なあ、リザードン」

「シャアッッ!!」

 

 だから、俺は未熟者だ。

 いや、俺たちは、か。

 まあ、そんなのはどっちでもいい。

 

「もう一度、げんしのちから!」

「負けるってのは悔しいよなぁ。しかもつい負けたくないって思っちまう。なぁ、リザードン。…………こっからは省エネとか楽だとか。んなことは一切捨てて、なりふり構わず全力でいくぞ!」

「シャァァァアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 効率なんて今はどうでもいい。

 相手が最強とかいうのもどうでもいい。

 今はとりあえず目の前の相手に負けたくない。

 

「ッッ!?」

 

 また、か?

 この感覚はこの前と同じ………。

 視界もリザードンの目を通して見ているような、そんな感覚。

 実際、目の前には相手のリザードンが創り出した岩々が飛び交ってきている。

 

 まずはこれをドラゴンクローで切ってやろう。

 

 一裂きで粉々になる岩々に目もくれず、そのまま相手のリザードンに駆け出した。

 駆けるといってもほんの数歩、地面を蹴るだけ。

 それだけで、空いていた距離はゼロになった。

 

 今度こそこれで終わりだッ!

 

 今回は確信があった。

 体の中から溢れ出てくる力が直に感じられる。

 これはリザードンの力なのだろう。

 ドラゴンクローを支えたのだから間違いない。

 少なくとも俺の体、というわけではないのだ。

 

 久々に俺の内から漲ってくる闘志を溢れんばかりに拳に乗せ………ーーー。

 

 

 ーーーかみなりパンチ!

 

 

 さっきの俺たちを見ているかのような光景だった。

 何もできず、ただ見ているだけ。

 リザードンが今の一撃で戦闘不能になったのを確認すると、そこで俺の意識は元の体へと戻った。

 

「……まるで幽体離脱してる気分だな」

『な、なにっ、何がっ! 起きたのでしょうッ!? ヒキガヤ選手のリザードンが雄叫びをあげたかと思うと、その数秒後にはハヤマ選手のリザードンが戦闘不能になっているではありませんかッッッ!!! 一体、彼のリザードンに何が起きたのでしょうかッ! 私たちには分かりませんが、この試合! ハヤマ選手のリザードンの戦闘不能により見事決勝への切符を手にしたのはヒキガヤ選手!』

 

 俺の独り言はうるさいアナウンサーによりかき消された。

 しかし、始まりの時の歓声が嘘かのように会場は静まり返っている。

 ちらほらと「あのハヤマ君が………」とか、「なんか反則したんじゃないの?」など主にハヤマファンクラブ(仮)の女子どもが現実を受け入れられていないようだった。

 そして、当の本人はというと俯きながら会場から消えていくとこだった。

 よし、俺もさっさと退散しよう。

 こんなアウェー感しかない空気の中にいつまでもいられるかってんだ。

 

 

 次の決勝戦がすごく怖いのは俺だけなんだろうか(主に女子が)。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 あー、天使の舞を見に行きたい。

 そう思わずにはいられないほどの居た堪れなさが今の俺にはある。

 

「モノ飛んでこねーといいんだけど」

 

 決勝戦に出るだろ。

    ↓

 ハヤマファンにブーイングされるだろ。

    ↓

 モノ飛んでくるだろ。

    ↓

 バトル中止になるだろ。

    ↓

 責任転嫁で俺が公開処刑される、なんて未来しか見えてこない。

 これもう棄権してもいいかな。

 俺、頑張ったよな。

 

「よう、ヒキガヤ。えらく、順調に勝ち進んでいるようじゃないか」

 

 だが、神は俺を頑張ったとは思っていないらしい。

 というか逃す気がないらしい。

 

「たまたまっすよ、たまたま」

「ハヤマとの勝負もたまたま勝ったというのか?」

「俺からしたら、あれこそたまたまだと思ってるんですけどね」

 

 一回戦目は普通に勝てた。

 そう言っていい。

 だが、二回戦目のザイモクザはあいつが初心者だったから勝てたようなモノだ。

 経験を積み重ねてきたトレーナーだったら、どこかで気付かれていただろう。

 そして、準決勝。

 同じポケモンということで非常に戦いづらかった。

 覚えている技こそ違うものの炎技をお互いに使えないがために、攻撃の手が大分すり減らされ、最後はトレーナーの腕の見せ所となった(と俺は思う)。

 それも俺からしてみればバトルには勝ったものの、トレーナーとしてはどこか負けたような気持ちで今に至る。

 

「正直、あのハヤマっていう奴が最強って歌われる謂れがようやく分かった気がいます。バトルにこそ勝ちはしたもののなんかトレーナーとして負けた気分なんすよ」

「私からしてみれば今日のお前の戦いぶりは賞賛に値するものだと思うがね」

 

 ヒラツカ先生はタバコに火をつけてそう言った。

 

「それでも俺は納得いってないんすよ。あいつは一戦ごとにしっかりと切り替えができていた。なのに、俺は一週間前から切り替えることができないでいる。でもそんな俺がバトルには勝った。さらに言えば一週間前の暴走も止めることができた。あいつと俺は何が違うのか…………。それがさっぱりわからないんすよ」

 

 上手く言葉で表せられないモヤモヤがバトルを終えてからずっとある。

 多分、それが分かればユキノシタにも堂々としていられるような気がするのだ。

 

「分からないなら考え続けてみろ。それでも分からないなら知ってそうな奴に触れてみるのもいい。君はずっと一人でいるからな。君に見えていないものが、時には他人に見えていたりするってもんだ」

「それ、暗に俺には答えを見つけられないって言ってるもんでしょ。そもそもそういう奴がいないから俺はぼっちなんですよ」

「別にお前を見ているのは近しい者だけとは限らんだろう」

「俺は漫画で言ったらモブキャラに位置するぼっちですよ。そんな奴、誰が認識しますか」

「少なくともハヤマとユキノシタは意識しているようだが?」

「それは………」

 

 いや、まあそうかもしんないけどさ。 

 あいつらとはあまり関わり合いたくない。

 そもそも関わり合いになるような奴らでもないのだ。

 それがどこで時空が歪んだのか俺はあのオーダイルの暴走に巻き込まれて、つい暴走を止めてしまった。

 だから、あれは本来起こるはずのないことだった。

 俺がいなければあの男子が止めたかもしれないのだ。

 

「ま、私の予想では次のバトルでその答えは見つかるように思えるけどな」

「何を根拠にそんなこと言えるんですか」

 

 別に未来予知ができるわけじゃないのに。

 

「根拠なんてないさ。ただ、どこか君達は似ているところがある。それが答えを導いてくれると信じてるってだけさ」

「また、曖昧な表現でごまかして…………」

「ほれ、そろそろ時間じゃないのか? 好きに暴れてくるといい。生徒の尻拭いも教師の仕事だからな」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

『さぁさぁ、いよいよ待ちに待った決勝戦! 準決勝ではまさかのハヤマハヤト選手の敗北という思わぬ展開もありましたが! その彼を倒したヒキガヤ選手の前に次に立ちはだかるのはこの人っ! スクールに通う者なら誰もが知る最強の一角、ユキノシタユキノ選手! ハヤマ選手対ユキノシタ選手の戦いになると誰もが予想していただけに、この展開にはとても新鮮さを感じられます』

 

 ここまで。

 ハヤマファンの女子にブーイングされることも、モノが飛んでくるということもなく、無事にバトルは始められるようである。

 

『それでは参りましょう! ラストバトル、始めっ!』

 

 もう、こうなったら仕方ない。

 さっさと終わらせてゆっくりしよう。

 考えるのはその時だ。

 

「行きなさい、オーダイル」

「仕事だ、リザードン」

 

 今日はまだ暴走はしていない。

 逆に言えば、そこまで追い込まれる前にバトルが終わっているということだろう。

 たとえ準決勝であってもだ。

 相手がそこまで強くなかった、というのもあるかもしれないが圧倒的な力の差を見せてくるその強さは本物だろう。

 俺が知ってるのはあくまで暴走状態だったオーダイルだけ。

 それもバトルで消耗しきっていた、の付属付き。

 

「オーダイル、アクアテール」

 

 尻尾を大きく振りかぶってこちらに刃向かってくる。

 

「リザードン、引き付けてから躱せ。感覚はお前に任せる」

 

 オーダイルに動きをじっと見るリザードン。

 尻尾を叩きつけてきたところで前に飛んで隙間を切り抜けた。

 

「裏拳でかみなりパンチ」

 

 抜け出した今、振り返っている余裕はない。

 技を当てるならアクアテールを地面に打ち付けて、体勢を立て直している今が絶好のチャンスなのだから。

 

「ウォダッ」

「オーダイル、アクアジェット」

 

 一瞬ひるむもすぐにユキノシタが命令したことで、切り替えてこちらに水を纏って突っ込んできた。

 避ける暇もなくリザードンに命中する。

 

『早速、激しい攻防! タイプの相性で言えば、ユキノシタ選手の方に分がありますが、それをものとも感じさせないこの熱いバトル! さすがのユキノシタ選手でも圧倒することはできないようです!』

 

 プツンと。

 何かが切れるような、そんな感じがした。

 

「………?」

 

 辺りを見渡してもそれらしきものは何もない。

 ならば、この感覚はなんなんだろうか。

 

「オーダイル、もう一度アクアジェット!」

 

 さらにスピードを上げてきやがった。

 

「こっちもギアを上げて空に逃げろ」

 

 水を纏っている今、下手に近づくのは危険だろう。

 あの水に触れただけでもダメージを負うかもしれない。

 もう一発くらいはかみなりパンチを入れておきたいところだが。

 

「オーダイル、リザードンの上を取りなさい」

 

 空に逃げたところで追ってくるのには変わりなかった。

 加えて、上を取られたことで空での行動範囲が狭くなってしまった。

 なんとかして上を取り返さねーと。

 

「リザードン、トップギアで急上昇」

 

 言った直後に真上に上昇していく。

 だが、それに反応するかのようにオーダイルも付いてきて、追い抜かれた。

 そして、そのまま上に行こうとしても段々と地面に近づいていく一方で、ただ動き回ることしかできず、体力を消耗していくだけだった。

 

『ああっとー! リザードン、上を目指して飛ぶも上に行けない! オーダイルはただリザードンについていってるようにしか見えませんが、これは一体どういうことでしょうか!』

「さて、どうしたものか」

 

 別に空にこだわる必要はないのだが。

 空にいようが地表にいようがアクアジェットの勢いを殺さなければ、何発も撃ってくるだろう。

 だが、だからと言ってあの水に突っ込むのは自ら死にに行くようなものだし。

 

「一か八か。やるしかないか」

 

 危険な案だが、これ以外に対処法を思いつかない。

 これだって、成功する確率なんてないに等しい。

 リザードンがどこまで火力を上げられるかが生死を分けるだろう。

 

「リザードン、一旦地面に降りろ」

 

 リザードンも何をしようとしているのか分からないといった感じで、それでも頷くと地面に降り立った。

 

「いいか、これは賭けだ。お前の火力が展開を大きく左右する。だが、これが成功すればあの勢いは止めることができるはずだ。その時に一瞬でも大きな隙ができればお前の判断で構わん。かみなりパンチをお見舞いしてやれ。んじゃ、いくぞ。オーダイルにかえんほうしゃ」

 

 頭上から突っ込んでくるアクアジェットに目掛けてかえんほうしゃを放つ。

 水のベールを纏ってるからか避けようともせず、そのまま突っ込んでくる。

 

『ヒキガヤ選手、ここで手法を変えてきたー! しかし、アクアジェットにかえんほうしゃじゃ部が悪いとしか思えません! 彼には何か考えがあるのでしょうかっ!!』

「もっとだ。もっと火力をあげろ!」

 

 そういうと吠えるように炎を噴き上げる。

 さっきから見ていて気付いたのが、あのアクアジェットは継続して発動させている。

 ということはオーダイルとて体力を消耗しているに違いない。

 ならば、水のベールも弱ってきているのではないか、という結論に至った。

 弱っていれば一か八か、蒸発も狙えるかもしれない。

 

「ッ?! オーダイル、かえんほうしゃを今すぐ躱しなさい!」

 

 ユキノシタもようやく気付いたようで、オーダイルに炎をの中から出るように命令してくる。

 だが、何も意図を理解したのは彼女だけではない。

 リザードンもようやく気づき、抜け出そうとするオーダイルを炎で追いかけた。

 

「あ…………」

『オーダイル、ついに電池切れかっ!? 真っ逆さまで落ちていくー!!』

 

 到頭、オーダイルは力尽きたのか水のベールが弾け飛んだ。

 それを確認するや否やリザードンはオーダイルに向かって飛び出す。

 

「オーダイル、アクアテールで迎え撃ちなさい」

 

 空中でもまだ動けるようで尻尾に水をはべらせる。

 だが、俺はもう何も指示はしない。

 こっから先は戦ってるリザードンのほうが俺よりもずっと分かっているだろうから。

 

「ウォォオオガァァアアアッッッ!!!」

 

 自らを奮い立たせるように雄叫びをあげるオーダイル。

 振りかざす尻尾は、しかしリザードンのドラゴンクローで受け流される。

 そして、リザードンの拳がオーダイルの腹にめり込んだ。

 

「オーダイル!?」

 

 地面に叩き落されたオーダイルは砂埃がたって見えない。

 

「オーダイル、まだ、いけるわよね………?」

 

 ザッ、と。

 

 ユキノシタの声に反応するかのように立ち上がる音がした。

 

「ウォォォォォォダァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!」

 

 そして。

 雄叫びだけで砂埃を一風した。

 

「オーダイル………?」

 

 ユキノシタが違和感を感じたのか、オーダイルの名を呼ぶ。

 だが、その声には反応しなかった。

 

 

 やはり。

 オーダイルは暴走しだした。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 薄々ではあるが、なんとなくこうなるような気はしていた。

 オーダイルがアクアジェットを使い出したあたりから感じる違和感。

 その正体も今のユキノシタの表情でようやく謎が解けた。

 

『た、立ち上がりましたー、オーダイル! しかし、どこか様子がおかしいようにも見えますが、何かあったのでしょうか!?』

 

「ウォォダァァァ」

 

 オーダイルはあろうことかユキノシタの方へと歩き出した。

 ドシッ、ドシッ、と。

 一歩一歩が鉛が詰まってるかのようにさえ思えてくる。

 

「オー………ダイル…………?」

 

 ありゃ、完全に力に呑み込まれてるな。

 というかこれ、結構やばくね?

 

「リザードン」

 

 俺の横に降り立ったリザードンはどうするべきか、目で俺に訴えてきた。

 んなもん、やるしかないだろう。

 放っておけば、多分あいつはユキノシタを襲うだろう。

 だが、今の彼女にはそれを理解していない。

 ただただ、恐怖に打ちひしがれているだけだった。

 まあ、無理もない。

 まだ子供だ。

 俺が言えた義理ではないが。

 この前の時だって、ハヤマがいなければ逃げることもできなかっただろう。

 あーあ、働きたくねーな。

 

「行くぞ」

 

 オーダイルは足を止めようとしない。

 ユキノシタも体が強張ってその場から動けないでいる。

 だが、この距離で間に合うかどうか。

 

「リザードン、ユキノシタの保護を最優先だ」

「シャア」

 

 走る俺の横を飛んでいたリザードンは加速して飛んで行った。

 しかし、到頭オーダイルは主の元に辿り着き、爪を伸ばして振りかぶっていた。

 

「ドラゴンクローだ」

 

 リザードンも気づいたのかさらに加速して、振り下ろす爪の隙間に自分の爪を挟んでドラゴンクローを受け止めた。

 まあ、妥当な判断だな。

 あそこで攻撃してしまえばさらに興奮して襲ってくるだろう。

 それでは、生まれたてのシキジカみたいになってるユキノシタに危険が増すだけだ。

 

「リザードン、しばらく頼む」

 

 もう片方の腕で放ってくるオーダイルのドラゴンクローをさらに受け止めて首を縦に振った。

 

「なあ、ユキノシタ。お前、負けるのが怖いのか?」

 

 ああ、そうだ。

 

「え……?」

 

 俺は怖かったんだ。

 

「呼吸を開けずに技を命令したり、一つの技を長時間使わせたり。どうにも勝ちにこだわってる節がある」

 

 最後のアレがなければ確実に負けていたという事実が。

 

「もしかしなくても、姉貴の影響なんじゃねーか? お前の姉貴は一度もバトルに負けることなくスクールを卒業したとかって噂になってるからな」

 

 その事実を受け止めるということが。

 

「もし事実なら…………」

「………確かに姉さんは一度もバトルに負けたことはなかったわ。だけど、そんなのは関係ないわ。私は私よ。それ以外のなんでもないわ」

「無自覚かよ……」

 

 俺も無自覚だった。

 

「いい加減目を背けるのはやめろ」

 

 だけど、先生は気づいていた。

 

「お前がお前だって言えるんなら、姉貴と違ってお前は負けることもあるって事実を受け止めろ」

 

 気づいているから俺にヒントを残していった。

 

「お前は姉貴じゃねーんだろ」

「勝手なこと言わないで。何も知らないあなたに何がわかるっていうの!?」

「はっ、何もわかんねーよ。俺はお前じゃないんだ。お前の境遇も感情も見たものもお前以外にはわかるわけねーだろ」

 

 だが、こいつの場合は事実が事実を覆い、感情を無意識へと追いやった。

 

「だったら………」

 

 だから俺はその事実を突きつけてやる。

 

「だがな、オーダイルの暴走の原因はお前だ。お前の心の弱さだ。いい加減そのことに気づきやがッッ!?」

 

 ッッッ!?

 な、んだよ、いきな、り。

 

「ちょっ………」

 

 雄叫びをあげるオーダイルを見据える。

 こいつか、今やったのは。

 あの日とは逆方向の目尻と肩から血が出ていた。

 目尻の血を拭って再びオーダイルを見据える。

 なんか無性に腹が立ってきた。

 弱さを受け入れられなかった俺自身と、気づいてるのにそれを押し隠してきたユキノシタと、今もなお受け入れられていない目の前のこのバカに。

 

「……お前もいい加減目醒せ。このバカ!」

 

 俺は人生で初めてポケモンを殴った。

 


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