ハイスクール・フリート 旭日のマーメイド   作:破壊神クルル

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4話 仮処遇

カーテン越しに声をかけても応答がない事に戸惑う医務官。

すると、突如、パリーンとガラスが割れる音がカーテンの向こう側から聴こえて来た。

 

「えっ!?何?今の音?」

 

医務官が慌ててカーテンを捲り中に入ると、其処には割れた水差しで自分の喉を突き刺そうとしている救助者(葉月)の姿があった。

 

「ちょっと貴女!!何やっているの!?」

 

医務官は慌てて葉月の下へと駆け寄り、身柄を抑えようとする。

 

「は、離せ!!」

 

葉月の方も自決を止めようとする医務官を振り払おうとした。

 

 

二人のやり取りは医務室の外で待機していた福内と平賀の二人にも聞こえていた。

突如、パリーンとガラスが割れる音が聴こえて来たと思ったら、

 

「ちょっと貴女!!何やっているの!?」

 

医務官の大声が聞こえた。

しかも声を聞く限り、慌てている様子。

突如、ガラスが割れる音と医務官の慌てているような大声、これはただ事ではないと判断した福内と平賀の二人は医務室へと入る。

そこで、二人が見たのは、割れた水差しを手に持つ救助者とその救助者の両手を抑えている医務官の姿だった。

 

「は、離せ‥‥」

 

「艦長、平賀さん!!手伝って下さい!!この娘、自殺しようとしていたんです!!」

 

「「自殺!?」」

 

医務官の口から自殺と言う物騒な単語が出て来て、尚且つこの状況を見ると、医務官の言っている事が間違いだとは思えず、福内と平賀の二人も医務官と協力し、葉月を羽交い締めにし、手から割れた水差しを取り上げる。

そして、医務官は葉月の腕に鎮静剤を注射し、強制的に葉月を眠らせた。

 

「ふぅ~まさか自殺を図ろうとするなんて‥‥」

 

福内と平賀の二人に羽交い締めのままの姿勢で眠る葉月を見ながら医務官は心配そうな表情で呟く。

それは福内と平賀の二人も同様で、何故葉月がいきなり自殺を図ろうとしたのか判断に困っていた。

 

「医務長、今後彼女の警戒を厳しくしておいて。また自殺行動をとられてはたまらないわ」

 

「りょ、了解」

 

福内は医務官に葉月の警戒を厳重に知る様に注意した後、艦橋へと戻った。

 

「しかし、なんで自殺なんか‥‥」

 

艦橋へ戻る途中、平賀は何故、葉月が自殺を図ろうとしたのかその意図が掴めなかった。

 

「それは、わからない‥でも、彼女には色々聞きたい事がある‥簡単に死なれては困るわ」

 

「事情を聴く前に自殺を図ろうとしたと言う事は‥‥もしかして、彼女には何か重大な秘密ないし重要な何らかの情報を握っているとか?そして、その秘密か情報がバレる前に自殺を?まるでスパイみたいですね」

 

「映画の見すぎよ、貴女」

 

福内は平賀にそう言うが、詳しい聴取をとれていない現状、あながち平賀の言う事も間違ってはいないような気がしてきた。

 

福内と平賀の二人が艦橋へと戻ると、調査隊からの報告が纏まっており、報告では不明艦(天照)の乗員は葉月一人でその他の乗員は見つからなかった事。

不明艦(天照)は外部、内部共に損傷個所は確認されなかった事。

ただし、艦橋を始めとして、不明艦(天照)が何処の所属なのか、何処から来たのか、何処へ向かおうとしていたのかが不明だった事が纏められており、その他にも、唯一の乗艦者であり、救助者である葉月が先程医務室にて、自殺を図ろうとした事が追記された。

福内はこれらの報告を上司である海上安全整備局、安全監督室の室長である宗谷 真霜1等監察官の下に入れた。

ついでに福内はみくらの乗員による不明艦の乗員(葉月)への接触を固く禁じた。

自殺未遂を起こす程、精神状態が落ち着いていない中、乗員との不用意な接触は何が起こるのか、予想がつかず、救助した不明艦の乗員、またはみくらの乗員に負傷者を出す恐れがあったからだ。

平賀もこの命令には協力し、医務室前で監視役を行い、興味本位で不明艦の乗員を見ようとするみくらの乗員を追い払った。

 

 

「そう‥‥ご苦労様。乗員に関してはあまり刺激を与えないように監視をお願いね。横須賀に戻り次第、検査入院を出来る様に手配しておくわ」

 

「はい」

 

「それと、不明艦(天照)に関しては上と協議した後、そちらに連絡を入れるわ。みくら以下、各艦艇は現状維持のまま現海域で待機しておいて」

 

「了解しました」

 

真霜との通信を終えた福内は各艦艇とその乗員に真霜からの命令を伝達した。

みくら以下、各艦艇は真霜の命令通り、しばらくこの海域で待機となった。

みくらの艦内に設けられている食堂では、艦内へ調査に行った調査隊のメンバーに他の乗員らが、どんな艦だったのか気になったらしく調査隊のメンバーは質問攻めにあったが、一応機密扱いと言う事で、喋る訳にもいかず、口を割る事は無かった。

職柄上、機密事項の重要性とそれを破った時の罰則を知っているからこそ、第三者に口を割る事が無かった。

もっとも調査隊のメンバーの一人であるコマちゃんにとっては、自分が調査中に怖がって居た事を調査隊のメンバー以外の者に知られる事が無い事にホッと胸を撫で下ろしたのは本人以外知らない。

 

福内からの報告を受けた真霜は早速、不明艦(天照)の処遇をどうするかを協議する為、海上安全整備局の各部署の局長や室長クラスの幹部を集めて会議を開いた。

明かりが消され、薄暗い会議室にはブルーマーメイドの制服を着た真霜以外にスーツ姿の男が何人か会議室の椅子に座っていた。

全員が揃うと真霜は今回小笠原諸島沖合いで発見された不明艦についての報告を行う。

会議室のスクリーンには、みくらの調査隊が撮影した映像や写真が表示され、真霜が男性幹部達にみくらから受けた不明艦の詳細を報告する。

 

「所属も目的も不明な超弩級戦艦か‥‥」

「ふむ、宗谷1等監察官の報告ではその不明艦は大和級をも凌ぐ大きさであり、予想される戦力も大和級以上‥‥だとか‥‥もし、我が国の戦力に加える事が出来れば、大和、武蔵、信濃、紀伊を含め、大和級戦艦を5隻保有できる事になるではないか‥‥豪気だな、これは‥‥」

「ええ、まさに天祐ですな‥‥」

「それで、乗員の方はどうなのだ?」

「我が国に敵対する意思を持っていないとも言い切れないのではないか?」

「そうだな‥どうなのかね?宗谷1等監察官」

「はっ、みくらが行った艦内部の調査では、不明艦の乗員は1名のみだったとの事です」

「そうか、ならばその不明艦の所有権は我々が得たも同然だな」

「そのとおりですな」

 

男性幹部達は既に不明艦を手に入れた様な素振りを見せる。

真霜は何故、男性幹部達がその様な素振りをしたのかを彼らに尋ねる。

乗員が一人だったとは言え、その乗員から事情を聞き、その後、不明艦についての交渉を行うのがセオリーの筈である。

 

「それはどういう事でしょうか?」

 

「なに、乗員がたった一人なのであれば、どうにでもできる」

 

「その通り、突然の体調不良で亡くなるかもしれないではないか」

 

「みくらの方にはその様な事が起きる可能性も知らせる必要があるのではないか?」

 

男性幹部達の発言を聞き、真霜は‥‥

 

(ふん、下衆共め‥‥)

 

真霜はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる男性幹部達を冷やかな目で見て心の中で毒づく。

彼らの言い分では、不明艦の乗員は一人しかいないのだから、口封じをして、不明艦を頂いてしまおうと言う魂胆であることが窺えた。

その為に福内に乗員の暗殺を命じろと言うのだ。

 

(乗員が自殺未遂を図った事を言わなくて正解だったわね‥‥)

 

真霜は報告の中で、乗員(葉月)が医務室にて自殺未遂を起こしたことは彼らに報告しなかった。

もし、報告をしていれば、乗員への暗殺命令が下され、死因は自殺と言う公式記録が残されるかもしれなかった。

いや、記録さえも残らなかったかもしれない。

 

(こんな下衆連中の思惑に乗せられるのは癪ね)

 

真霜はブルーマーメイドの現最高責任者であり、こんな下衆連中の思惑で、部下の手を血で汚させる訳にはいかず、手を打つ。

 

「お言葉ですが、今回の件案はブルーマーメイドの管轄であり、不明艦の乗員に関しては私に全権があります。今回皆さんにお集まりいただいたのは、小笠原諸島沖合いに不明艦が出現した報告と不明艦への仮の処遇を決めてもらう為です」

 

真霜が宣言するかのように言うと、男性幹部達は苦虫を噛み潰したような顔で真霜を睨む。

きっと心の中で彼女に対して毒づいている事だろう。

 

「宗谷1等監察官。仮の処遇とはどういう事かね?」

 

「現在、不明艦は小笠原諸島沖合いの海域に漂流中です。このまま漂流させていては厄介ですし、存在が気に食わないと言うのであれば、みくら以下のブルーマーメイドの艦艇に攻撃命令を下し、不明艦を沈めます。若しくは、みくらと以下の艦艇と共に横須賀へ寄航させるかのどちらかです。ただし寄港させるにしてもこれはあくまで仮の処遇‥寄航後は私が直々に乗組員と交渉にあたり、正式な処遇を下すつもりです」

 

真霜は一時的にではあるが、不明艦の所有権をブルーマーメイドに、ひいては自分のものとし、不明艦の乗員の生命を守ろうとした。

男性幹部達はあれだけの巨艦をむざむざ撃沈させるのはおしいと判断したのか、渋々といった様子で横須賀への寄港に賛成した。

真霜としては、不明艦の乗員の生命を守ったが、これはあくまで仮処遇で一時的なものに過ぎなかった。

彼女としては、不明艦よりもその乗員の生命を第一優先しなければならないと思い、今後の交渉に関しての草案を頭の中で巡らせた。

 

 

「ふぅ~」

 

会議室を出た真霜は一息つく。

下衆連中が屯していた会議室の空気を長く吸っているだけで吐き気する。

真霜は会議室のドアを一瞥すると、足早に自分の執務室へと戻って行った。

そして、みくらの福内に不明艦の仮処遇を通達した。

 

真霜からの通達を受けた福内は早速、各艦艇へ真霜からの連絡を通達し、不明艦の曳航準備を始める。

不明艦を曳航するのは2番艦と3番艦で、左右から曳航ワイヤーで不明艦を横須賀まで曳航し、みくらは一番先頭を航行し、4番艦は不明艦の後ろを航行する陣形で横須賀へと向かう事になった。

ただし、横須賀の大型船ドックへの入渠時間は、深夜とすることになった。

なにしろ、不明艦の大きさが大きさなので、日中や人目がつく時間帯では、突然横須賀に来た不明艦の姿を見て騒ぎが起きる可能性は十分に考えられる。

その為、少しでも騒ぎを起こさせない様にするために不明艦のドックへの入渠は深夜の時間帯となり、その時間帯も浦賀水道や周辺海域は海上安全整備局が航行規制をかけ、大型船ドック周辺も警察と協力し、交通規制をかけた。

ついでに真霜は自分が最も信頼できる医師が居る病院にも連絡をとり、事情を説明し、不明艦の乗員の入院手続きを行った。

 

 

深夜の横須賀、大型船ドック周辺地域

 

陸では警察車両と大勢の警官達が大型船ドックの周辺地域を交通規制していた。

大型船ドック近くの周辺住民は、

 

「なんか事件でもあったのか?」

 

「事故じゃねぇか?」

 

と、突然の深夜の交通規制に首をかしげる者が多かった。

海上の方も海上安全整備局‥と言うか、宗谷真霜の命令で海上も航行規制が行われた為、みくら以下のブルーマーメイドのインディペンデンス級沿海域戦闘艦と今回小笠原諸島沖合いに突然出現した不明艦は他船とすれ違う事無く、目的地の大型船ドックへと辿り着いた。

 

「な、何だ?あれは!?」

 

「おい何なんだよ!?」

 

大型船ドックで待機していた作業員達は海上安全整備局から小笠原諸島沖合いに出現した不明艦を深夜の時間帯に曳航すると言う報告は受けていたが、まさかその不明艦が大和級かそれを凌ぐ超大型戦艦だとは思ってもおらず、ドックへ入って来た不明艦の姿を見て度肝を抜かされた。

作業員達は大型艦と言っても精々、重巡クラスのモノだと思っていたからだ。

 

「よし、作業開始」

 

「りょ、了解」

 

不明艦がドックへと入渠し、所定の位置へと着くと、作業員達は戸惑いながらも船体を固定する作業を始めた。

作業を終えた作業員達に対し、海上安全整備局は今回入渠した艦についての口外を固く禁じ、これを破った者は身柄を拘束し、知った者も同罪となると言う緘口令まで布かれ、作業員達はこの不明艦が一体何なのか気にはなったが、恐れ多くて聞くことは出来なかった。

 

一方、みくらに収容された葉月も港に待機していた救急車に乗せられて、真霜が手配した病院へと搬送された。

みくらの医務室にて、自殺未遂を起こしたと言う事で、葉月が入院した部屋には刃物は当然の事、花瓶や水差し、紐の類などは全て撤去され、部屋の前には常にガードマンを立たせ、医師や看護師の巡回回数も普通の入院患者よりも多く、定期的に行われた。

真霜は直ぐにでも事情聴取を開始したかったが、葉月の精神状態が落ち着くまで聴取を待つことにした。

 

 


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