目の前に広がるのは爆炎‥そして、身体中に伝わる激痛‥‥そして次に目に入ったのは自分に向かって襲いかかって来る大量の海水‥‥
帝国海軍軍人となった時から死は覚悟していた筈なのに‥‥
人間は死ぬ間際に一番大切な思い出が頭の中を巡ると言われている。
所謂走馬燈と言うやつだ。
人によって様々な思いが脳裏に過ぎるだろう。
これまでの自分の過去の出来事
故郷に残して来た家族の事
そして、愛する者の存在‥‥
自分が見たのは、愛する者の存在だった。
桜の舞う上野公園で共に歩いたある春の日の事‥‥
隣を歩く許嫁は着物に日傘を差していた。
海軍の艦隊勤務と言う事で会いたいときに会えるわけでなく、久しぶりに自分と会う事が出来、許嫁は嬉しそうだ。
自分も嬉しいが、表立ってそれを表す事が出来ない不器用な自分がそこに居た。
折角なのだから手でも握ってあげれば良かったのだが、ここでも自分の不器用さが働き、それさえも出来なかった。
それでも許嫁の彼女は自分に向かって笑みを浮かべてくれた。
彼女が笑みを浮かべていると、自然に辺り一面が真っ白い光へと包まれていく。
(待ってくれ!!)
必死に手を伸ばしても自分の手は許嫁を掴む事なく、彼女の姿も白い光の彼方へと消えて行った‥‥。
「うっ‥‥ここは‥‥一体‥‥」
目が覚めると知らない天井が目に入った。
(天国‥‥いや、自分は戦争とはいえ、独逸軍の人間を沢山殺して来たのだ。天国なんぞに行ける筈がない‥‥となるとやはり地獄か?しかし、この揺れ‥‥これは紛れもなく船の揺れだ‥‥自分は助かったのか‥‥)
死んだかと思ったが、どういう訳か自分は生きている‥‥。
その事実に無意識に自分の目からは涙が流れてくる。
そして、自分が生きている事を実感した後、此処が何処なのか現状の確認をしなければ、ならないと思い、寝台から起き上がる。
すると、自分の身体に違和感を覚えた。
あれだけの大怪我を追ったにも関わらず、自分の身体には傷が一つも無かった。
その他にも胸部は重く、股ぐらもなんかスース―する。
視線を下げてみると、視界に入ったのは二つの大きな山‥‥
おっぱいだった‥‥
そして、ふと横を見ると、其処には大きな鏡があり、その鏡には唖然とした表情を浮かべる女学生くらいの女子の姿があった。
鏡に映る女学生‥‥それは紛れもなく自分の姿であった。
その姿を見て‥‥
「な‥な‥な‥なんじゃこりゃぁあ!!」
某刑事ドラマのジーパン刑事が殉職する際の叫び声並の声を広瀬葉月はあげた。
「なんじゃこりゃぁあ!!」
みくらの通路にて、みくらの医務官が艦長の福内と平賀相手に自分にかかったあらぬ疑いを晴らそうと必死になっていると、医務室から絶叫が聞こえて来た。
「今の声は?」
「恐らくあの不明艦の乗員が目を覚ましたのでしょう」
「行ってみましょう!!」
福内と平賀は医務室へと向かい、医務官も自分にかけられたあらぬ疑いの事も忘れて福内と平賀の後を追った。
そして、医務室に入ると、そこにはワイシャツのボタンを全開にして、男物の下着を穿いた女子高校生くらいの少女は医務室の寝台の上で上半身を起こし、姿見の鏡を見て唖然としていた。
葉月が自分の身体を見て唖然としていると、突如、ドアが開き、そこから三人の女性が入って来た。
向こうからしたら、自分の姿は同性に見えるかもしれないが、今の葉月は身体は女でも心は男のままなので、異性から自分の身体を逢瀬を課させる訳でもないのにみられるのは流石に恥ずかしく、急いでシーツで自分の身体を隠した。
葉月の行為に気づき、福内は、
「あっ、ごめんなさい」
と、葉月から目を逸らし、謝罪する。
「あわわわわわ‥‥//////」
平賀は顔を真っ赤にして両手で目を隠していたが、指と指の間からちゃっかりと見ていた。
「と、とりあえず、目が覚めて良かったわ‥その‥この後、色々事情を聞きたいのだけれど、その前に身体を検査したいから、検診衣に着替えてくれるかしら?//////」
みくらの医務官が葉月に検診衣を葉月に渡した。
「は、はい‥‥//////」
此処が何処なのか、どうして自分は高等学校の学生ぐらいの年頃にまで若返り、しかも何故男から女になったのか全く分からないので、此処は大人しく、向こうの指示に従う事にした。
葉月は渡された検診衣に着替えながら、自分の身体に起こった突然の変化と共に乗艦の天照の事、そして他の乗員の事が気になった。
他の皆も自分同様救助されたのだろうか?
そして、自分と同じく男から女の身体になったのだろうか?
そこで、葉月はカーテン越しにこの艦の軍医(医務官)に天照や他の乗員の事を尋ねてみる事にした。
「あの‥‥」
「ん?何かしら?」
「じ、自分が乗っていた艦はどうなったんでしょうか?」
「貴女が乗っていた艦なら無事よ」
「そうですか‥‥」
一時的とは言え、艦長の職を務めた艦であり、日本の象徴とも言える艦だったので、天照の無事を聞き葉月はほっとするが、あれだけの猛攻の中、沈まなかったと言う事はギリギリで日本武尊が来てくれたのかと思った。
あの後、自分は救助されて病院船に収容でもされたのだろうと葉月はそう思った。
軍艦ならば、女性が乗っている訳がないからである。
彼女達は日本語を話した。ならば、彼女達は日本人と言う事になる。
帝国海軍の軍艦で女性を乗せている軍艦は無い。
だが、この時葉月は日本人の乗った船が未だに独逸海軍が暴れまわる大西洋に入りはずの無い事を忘れていた。
そして次に天照に乗っていた大勢の部下や仲間、上官がどうなったのか、彼らの安否を尋ねた。
「自分の他に救助された人はいますか?」
葉月はきっと自分以外の乗員も救助されたと思ったが、その思いは無残にも打ち砕かされた。
「いいえ、今のところ、救助された人は貴女一人だけよ」
「っ!?」
あれだけ大勢いた天照の乗員の内、救助された人は自分一人だけ?
‥‥と言う事は他の乗員は全て戦死したのだろうか?
上官である艦長も航海長も‥‥そして自分の大勢の部下や仲間達も‥‥
そんな中、自分一人、おめおめと生き残り、生き恥を晒してしまったのだろうか?
「くっ‥‥」
自分の不甲斐なさを痛感し、片手で両目を覆う葉月。
「大丈夫?」
「‥‥」
医務官は葉月に声をかけるが、カーテンの向こう側に居る葉月からの返答は無かった。
その頃、不明艦(天照)の内部を調査していた調査隊は引き続き、艦内の調査を続行中であった。
今のところ乗員が一人だけ救助されただけであるが、ちゃんと人が乗っていたと言う事でこの艦が幽霊船でない証明が出来た事により、調査隊のメンバーは完全に調子を取り戻した。
「まぁ、考えてみればこの科学の時代に幽霊船なんてある訳ないよね~」
先頭を歩く調査隊のメンバーの一人が先程まで葉月を救出する前とは打って変わってビクビクする様子も無く、艦内を調査している。
そんな彼女に同僚の一人が、
「そんな事言って、コマちゃんが一番怖がっていた癖に」
と、茶化す様に言うと、
「う、うるさい!!あと、コマちゃん言うな!!//////」
からかわれたのが癪に障ったのか先頭を歩いていた調査隊の隊員は顔を赤くして声を上げながら言う。
他の調査隊員はその様子を見て苦笑した。
やがて、調査隊の残る調査区画は艦尾方向のみとなって行く。
その過程でやはり、艦内には他の乗員の姿は確認できなかった。
艦橋の調査においても海図台の上には航海日誌等の書類は一切無く、この艦が何処の所属で、何処から来たのか?そして何処へ向かおうとしたのかは一切謎のままであった。
しかし、乗員が居たのだから、追々事情聴取が行われる筈なので、その時にこの艦についての詳細が明らかにされるだろうと調査隊はそう思い、引き続き自分達の任務を続行するのであった。
そして、調査隊はオートジャイロ格納庫へと足を踏み入れた。
「ん?何でしょう?コレ」
調査隊は格納庫に収納されていた多用途オートジャイロ 海兎を見て首を傾げた。
もし、この場に葉月が居たら、何故オートジャイロをそんなにも初めて見るような目で見るのかと疑問に思っただろう。
しかし、彼女らがオートジャイロをこんなにも不思議そうに見るのには訳があった。
この世界において有人で空を飛ぶ乗り物と言えば、飛行船と気球しかなく、航空機やオートジャイロと言う乗り物は存在せず、その概念も存在していなかったのだ。
故に彼女らが、オートジャイロがどんな乗り物なのかを知らないのも仕方がなかった。
「新型のスキッパー(水上オートバイ)かな?」
「でも、スクリューみたいなプロペラもあるよ。それにタイヤも付いているし…もしかして潜水艇じゃない?」
「いやいや、小型の高速艇かもよ」
「水陸両用艇かも」
あーだ、こーだと色々な意見が出たが、それが空を飛ぶ乗り物だと彼女らが知るのはもう少し先の事で、結局この場では正解の意見が出る事は無かった。
オートジャイロの格納庫から出た調査隊は後部甲板に設置されたヘリポートへと出た。
薄暗い艦内から漸く日の当たる外へ出る事が出来た為、調査隊の中には背伸びをする者居た。
「この甲板、私達の艦と同じ感じの飛行船甲板ね‥‥」
「でも、飛行船も気球も有りませんでしたよ」
確かにこれまでの調査においてこの艦には自分達が装備している無人飛行船も気球の類も発見されていない。
「搭載し忘れたのかな?」
調査員らは天照のヘリ甲板に関しても本来の使用目的を知る事が出来なかった。
しかし、天照のヘリ甲板ならば、彼女達ブルーマーメイドのインディペンデンス級沿海域戦闘艦に搭載されている無人飛行船くらいならば、十分に運用可能なレベルなので、あながち間違いでは無かったかもしれない。
「兎も角、これで調査は終了ね」
「ふぇ~やっと戻れる」
一通り不明艦(天照)の調査を終え、調査隊はみくらに調査終了の報告をいれると、みくらからは撤収指示が出た。
調査隊は甲板を歩きながら、みくらとの接舷地点まで戻った。
母艦へと戻る際、調査隊は高角砲群の前を通った時、彼女達は数多くの高射砲以外にもガトリング砲(CIWS)も多数装備されていたのも見つけた。
「げぇ、この艦、ガトリング砲(CIWS)も沢山揃えているじゃん」
「こんなの相手じゃ、飛行船や気球もあっという間に撃ち落されてしまいますね」
調査隊の面々はつくづくこの艦相手にドンパチはしたくないと思った。
「それで、この艦はどうなるんでしょうね?」
不明艦(天照)から降りる際、調査隊の隊員がリーダー格の隊員に今後、この艦がどうなるのだろうか?と質問をした。
「さあね‥それは上のお偉いさんが決める事さ、でも、これだけの艦だから、此処で標的にして撃沈‥なんてことはないと思うけど‥‥」
リーダー格の隊員の言う事は最もであり、あの大和級の戦艦を凌ぐ大きさの主砲と船体を持つこの艦をこのまま海の藻屑にするには余りにもおしい。
恐らく海上安全整備局もみくらからの調査報告を聞けば、撃沈などではなく、本土への曳航を命令して来るだろう。
調査隊の隊員達は皆、振り返り、自分達が調査した不明艦(天照)を一見した後、母艦であるみくらへと戻って行った。
調査隊が調査を終えて引き揚げている最中、みくらの医務室では‥‥
「ねぇ、貴女大丈夫?」
「‥‥」
カーテンの向こうからは医務官が葉月に声をかけるが、葉月の耳には医務官の声は入らない。
助かったと思ったら、訳も分からず女の身体になっており、しかも他の仲間は救助されていないこの状況‥‥。
艦が無事で、自分もこうして無事に生き残った事は嬉しい事だが、自分一人が助かってしまったと言う深い罪悪感が葉月の心をむしばむ。
艦隊の総司令官である大石元帥や軍令部の高野総長は常々海軍の将兵達に言い聞かせて居た事があった。
それは、「艦と運命を共にするのはおろかな行為である」 「生き残ったにも関わらず、捕虜になる事を拒み自決する者は愚か者である」
大石も高野も例え戦に負けても、どんなことがあっても生き残る事が最重要であると何度も将兵達に訓示していた。
だが、今の葉月にはその訓示は余りにも残酷であった。
(艦長代理として艦の指揮を預かったにも関わらず、自分は大勢の乗組員を死なせてしまった‥‥。そして自分一人、おめおめと生き残ってしまった‥‥自分は責任をとらなければならない‥‥)
そして、葉月の濁った目にはガラス製の水差しが目に映った。
葉月はおもむろにその水差しを手に取ると、その水差しを壁に叩き付けて割り、割れる事によって生じたガラスの先端部分を自らの喉に突き刺さそうとした。
すると、カーテンの向こうから医務官が慌てた様子でカーテンを捲って入って来た。