1話 進路
あの実習から二年‥‥
若き人魚達は逞しく、そして立派に成長した‥‥
時は流れ、あの時の実習生たちも今では最上級生である三年生となった。
その間に様々な事があった。
あの実習に使用した天照は修理後、艦長には真霜が就任した。
真雪は中島教育総監に言った通り、その年の三月で校長職を辞職した。
後任に当たっては中島教育総監の妻であり、自身の後輩である中島クイントに譲ることにした。
当初、クイントは真雪からの要請には消極的だった。
「自分はもう、ブルーマーメイドを引退してからかなりのブランクがあり、実績もありませんので、校長職には向いていません」
それがクイントの意見だった。
実際にクイントはブルーマーメイドを寿退社してからずっと専業主婦をやっていたので、今更校長職は無理だと言う。
一応、ブルーマーメイド時代にクイントは教官研修を受けていたので、教官免許はもっている。
よって、学校の教官になる事は可能だった。
クイントはブランクがあり教育者としての実績が無いと言うが真雪はクイント以上の人材はいないと思っていた。
渋るクイントとどうしてもと頼み込む真雪の姿をクイントの娘のギンガとスバルは心配そうに見ていた。
母とそのお友達の真雪が一体何の話をしているのか分からないギンガとスバル。
二人の目からは真雪が母に何かお願いしているのが分かったが、母はそれに対してどうも難しい顔をしている。
クイントがなかなか校長職の件について消極的な態度を取る為、真雪はクイントの娘を味方につける作戦に出た。
おあつらえ向きにギンガとスバルは直ぐ近くに居る。
更に運気が真雪に味方をした。
それは、ギンガが真雪とクイントに何の話をしているのかを尋ねてきたのだ。
真雪はこのチャンスを見逃さずにギンガとスバルに分かりやすく説明した。
「実はおばちゃん、今は学校の先生をやっているんだけど、今度の三月でおしまいなの。それで、ギンガちゃんとスバルちゃんのお母さんに学校の先生になって欲しいってお願いをしているのよ」
「えっ?お母さん学校の先生になるの!?」
「ほんと?お母さん」
「えっ?」
ギンガとスバルがクイントに詰め寄り尋ねる。
クイントは娘達に詰め寄られしどろもどろ。
そこへ真雪は一気にたたみかける。
「ええ、ブルーマーメイドになるための学校の先生よ。しかも一番偉い先生なの」
「「ブルーマーメイド!?」」
「ちょっ、雪ちゃん先輩!?」
ブルーマーメイドと言う単語を聞き、ギンガとスバルの目が輝く。
反対にクイントはまさかの真雪の発言に狼狽する事しか出来なかった。
「お母さん、やるの?ブルーマーメイドの学校の先生」
「偉い先生になるの?」
「えっと‥‥それは‥ね‥‥何というか‥‥」
段々と包囲網が狭められクイントの逃げ道が減っていく。
「私、大きくなったらお母さんの学校に入る!」
「私も!!私も!!」
「えっ?ちょっと‥‥」
「フフ‥‥」
ギンガとスバルに引っ付かれて困惑しているクイント。
そんなクイントを見て真雪は思わず微笑む。
真雪自身も昔、諏訪神社にて似たようなことがあった。
ブルーマーメイドを引退する直前、諏訪神社にて娘達にこれからはブルーマーメイドではなく、教育者として将来の人魚達を育成していく事を伝えた時、娘達が本格的にブルーマーメイドを志した時と今の状況が似ていた。
末娘の真白も当時、六歳。
今のギンガと同じ年頃だった。
その真白は今の所順調にブルーマーメイドへの道のりを歩んでいる。
いずれはギンガとスバルも自分の娘の様にブルーマーメイドとなるのだろうか?
ただ、その反面、葉月の様に志半ばで死んでほしくはないと思う真雪だった。
「それで?どうするの?クイントちゃん?」
真雪は微笑みながらクイントに校長職の話を受けるのかを尋ねる。
「き、汚いですよ、雪ちゃん先輩。娘達を使うなんて」
「あら?私はあくまでも可能性の一つを教えてあげたに過ぎないわよ」
「くっ‥‥」
真白の言葉にクイントは僅かに顔を歪ませる。
「それでどうするの?クイントちゃん?」
「‥‥分かりました!!やります!!やりますよ!!やればいいんでしょう!!」
等々クイントは真雪、ギンガ、スバルの連合軍に降伏した。
「ただし、必ず務まるとは言い切れないですからね」
「大丈夫よ、私はクイントちゃんを信じているから‥‥それじゃあ‥‥」
そう言って真雪はカバンの中から書類をクイントの前に出す。
「この書類を記載してくれるかしら?」
それは校長職に必要な研修参加の申込書であった。
「雪ちゃん先輩、随分と用意が良いですね?まさか、こうなる事を読んでいたんじゃ‥‥」
「あら?『備えあれば患いなし』よ」
どうやらクイントに最初から勝ち目はなく、彼女は真雪の掌の上で踊らされていた様だ。
「研修中、ギンガちゃんとスバルちゃんの面倒はまかせて」
「そうでもしてもらわないと割に合いませんよ、まったく‥‥」
こうしてクイントは真雪が引退する来年の三月までみっちりと校長研修を受ける事になり、その間ギンガとスバルは宗谷家に厄介になる事になった。
横須賀女子に通っている真白や現職のブルーマーメイドである真霜や真冬はギンガとスバルにとっては憧れの存在となり、また三人も自分達の小さい頃を思い出し、未来の後輩達にこうして尊敬されるのも悪くはない気分だった。
そして月日が流れ、真白やもえか、明乃は三年生となり、来年の三月には卒業となる。
卒業生のその後の進路も様々だ。
ブルーマーメイドの養成機関でもある横須賀女子はその殆どがブルーマーメイドへと就職する。
しかし、中には別の道へと進む者もいる。
まずは通常の高校の様に大学、短大、専門学校へと進学する者達だ。
進学と言ってもそこから更に道も分かれる。
知識をもっと増やしたと思う者は国立海洋大学へと進み、大学卒業後からブルーマーメイドになる者も居るし、勿論一般企業や海運・海洋系の会社に就職する者も居る。
または、海洋学とは全く関係ない一般の大学、短大、専門学校へと進学する者も当然いる。
その他にも就職と言ってもなにもブルーマーメイドだけが就職口ではない。一般企業や海運・海洋系の会社に就職する者も居るし、実家の家業を継ぐ者も居る。
そして、これは華族出身者を始めとするほんのごく一部の者であるが、高校卒業後に結婚をする者たちだ。
楓はそんな数少ない進路先の一人だった。
そんな様々な卒業先の進路についての調査が三年生では行われる。
そしてこの日、三年生の進路調査が行われた。
「全員、進路希望は書けた?書けたら前に持ってきなさい」
古庄が三年生達に尋ね、調査表が書けた者は前に出せと言う。
ただ、古庄は毎年この時期になるとあの時の事を思い出す。
それは、古庄が教官になったばかりの時の事だった‥‥
あの時も当時の三年生に卒業後の進路希望調査を行う為、三年の生徒達に用紙を配って進路調査を行った。
「出来た?出来たら前に集めて」
やがて、進路相談の用紙が古庄の手元に集まる。
「‥‥一応聞くけどさぁ…皆、真面目に書いたよね?」
「「「‥‥」」」
古庄の問いに無言の生徒達。
何故、彼女はこのような事を聞くのか?
それはこの代の生徒達は何かと問題児が多い世代だったのだ。
「‥‥念の為、この場でチェックするわ」
古庄がそう言って調査用紙を捲ると、
進路→進学
第一希望→中学生
と書かれていた。
「そらみろぉ~!これだよぉ~!頼むから真面目にやってくれよおぉ~!!」
「「「‥‥」」」
最初に見た進路希望が明らかに悪ふざけすぎる。
古庄の悲痛な叫びに対しても生徒達は無言のままである。
次の用紙を捲ってみると、
進路→その他
第一希望→地縛霊
「死ねよ!ホント死ねよ!すぐ死ねよ!」
教卓を叩きながら思わず教官らしからぬ言葉を発する古庄。
三枚目の用紙では、
進路→就職進学
第一希望→スポーツ・冒険家
「どっちだよお~~~~!!!」
用紙には第二希望まで書く欄があるのにその生徒は第一志望に二つの志望先を書いていた。
四枚目の用紙には、
進路→その他
第一希望→先生のお嫁さん
「うわぁぁあっ!もぉおう!キモいなぁああっ!もぉおう!」
思わずその志望先を見て絶叫する古庄。
そもそも同性同士結婚できるわけがない。
明らかに悪ふざけな内容である。
もし、本気なら本気で古庄の言う通り、ちょっとキモいかもしれない。
五枚目の用紙には、
進路→就職
第一希望→サイエンスエンターテイナー
「はっぁあああ~?!」
訳の分からない職業が書かれていた。
もはやブルーマーメイド関係ねぇ~
そんな訳の訳が分からず、聞いた事もない職業に古庄は思わず呆れかえった声を出す。
そして六枚目、
進路→就職
第一希望→弁護士 になりたくない
「なら書くなよ!!」
最もな意見である。
古庄はその用紙に拳を叩き付ける。
七枚目、
進路→進学
第一希望→国立海洋大学
「‥‥」
ようやくまともな進路希望が出ていたのだが、古庄は教卓の端を持って‥‥
「ボ~ケ~ろ~よぉおおおお~~!!!」
思いっきり教卓をひっくり返す。
此処まで来たのだから最後までボケを貫き通せとでも言いたかったのだろう。
「‥‥」
古庄は過去の出来事を思い出し、複雑な思いを抱いた。
だが、今の三年生はあの時の三年生と違い真面目な者が多いからあの時の様な事は行らないだろうと自分に言い聞かせた。
三年の生徒達が次々と進路希望の紙を古庄の下に提出していく。
その殆どが就職、ブルーマーメイドと記載されていた。
そんな中、もえかは進路希望用紙を前に『うーん』と唸っていた。
「あら?知名さん。どうかしたの?」
もえかの様子に気づいた古庄が彼女に声をかける。
「あっ、古庄教官」
「どうかしたの?」
「その‥‥」
古庄はもえかのその態度を見て、彼女が迷っている事を悟った。
もえかは入学してから常に学年主席をキープして来た。
周囲はもえかがブルーマーメイドになれば優秀な人材になると信じてやまなかった。
そんな優秀な人材だからこそ、最終学歴を高卒ではなく、大卒としブルーマーメイドに入った後は幹部研修等を受けさせて優秀な幹部にしたいと考えていた。
周囲のそんな考えにもえかも当然気づいていた。
もえか自身、別に周囲の大人達が決めたレールの上を走るつもりはなかったし、ブルーマーメイドになりたいと言う思いは今でも変わらない。
でも、高校で学んでいく内に大学へと進学しもっと自分自身を高めたいと思う気持ちと恐らく明乃は高校卒業後にはブルーマーメイドへと入隊を希望しているだろう。
家族を亡くしてこれまで一緒に居た明乃と別れてしまう。
最終的には自分もブルーマーメイドに入れば会えるのだが、大学に言っている間に明乃が自分から離れてしまうのではないだろうか?と考えるもえか。
いや、それだけならまだマシな方で、自分が大学に在学中に明乃がもし、ブルーマーメイドの仕事中に殉職をしてしまったらどうしようと考えた。
自分は海で母を亡くし、実習で姉と慕う人物の死に目にも立ち会えなかった。
そして、その次は親友までも亡くしてしまったら、もう立ち直る事はできないかもしれない。
そんな不安がもえかにはあった。
もし、葉月が死んでいなければそのような思いを抱く事はなかったであろう。
古庄はもかの細かな心情は分からなかったが、もえかが進路に迷っている事は理解できた。
「知名さん、進路に困っている様なら、放課後進路相談にのるわよ」
「は、はい」
もえかは結局、この時は進路希望調査表を出せずにいた。
「えっ?もかちゃん、ブルーマーメイドに来ないの!?」
昼休み、食堂で明乃はもえかが進路に迷っている事を聞いて思わず声にする。
「ううん、ブルーマーメイドにはなるつもり‥‥ただ、高校を卒業してから入るのと、大学を卒業してからはいるの‥‥を迷っていて‥‥大学に行ってもっと勉強したいと言う気持ちがあるから‥‥」
「そっか、もかちゃん頭いいもんね」
「‥宗谷さんはやっぱり進学するの?」
宗谷家は代々ブルーマーメイドに入っている名門家とも言える家だが、高卒から入るのか、大卒ではいるのかをもえかは真白に尋ねる。
「わ、私か?私は高校卒業後にはブルーマーメイドに入るつもりだ」
真白の進路にもえかは意外性を感じた。
ブルーマーメイド出身の名門家ならば皆大卒かと思ったからだ。
「大学へは行かないの?」
「真霜姉さんは行ったが、真冬姉さんは行っていない。母も私の進路に対してはとやかく口にはしていないからな」
世間の会社において高卒と大卒の給料が違うようにブルーマーメイドも高卒の入隊者と大卒の入隊者とでは、給料も昇進速度も異なる。
最も二十代半ばで艦長職についている真冬の出世はかなり早い。
恐らく現場での実績を積み重ねたのだろう。
そして真白は真冬と同じく高卒でブルーマーメイドに入ると言う。
それに対して真雪は真白に大学へ行けとは言っていない。
真白の人生は真白のモノだ。
真白は僅か六歳で自分の将来を決めてそれに向かって突き進んでいる。
ここまで来ればもう、母親の口出しは無用と言う事なのだろう。
ブルーマーメイドに入った後の事は全て真白自身の責任である。
真霜も真冬もそれを覚悟の内でブルーマーメイドに入ったのだから、真白だけ特別扱いはしない考えだ。
「そっか‥‥」
真白から参考までに進路の事を聞けたもえかはもう一度自分に自問自答をしたがやはり答えは出なかった。
そして放課後、もえかは進路指導室で古庄に相談に乗ってもらっていた。
「なるほど」
もえかの悩みを聞いて古庄は、
「知名さんはもしかしてまだ葉月さんの事を‥‥」
「‥‥はい‥お姉ちゃんの最期を思い出すのは辛い。だけど、忘れることはもっと耐え難いことですから‥それに私はお姉ちゃんに誓ったんです‥ブルーマーメイドになるって‥‥」
「だったら、それでいいんじゃないかしら?」
「えっ?」
「悩む必要はないわ‥貴女は貴女の信じる道を進みなさい」
「でも‥‥」
「岬さんの事を心配しているの?」
「‥‥」
古庄の問いにもえかは頷く。
「知名さんが心配するのも無理はないわ‥あれだけの体験をしたんですもの‥でも、それを引きづって知名さん自身の将来を棒に振る事をあの人はどう思っているのかしら?」
「‥‥」
「貴女が岬さんの心配をするのは分かるわ。でも、岬さんの視点から見れば、自分のせいで貴女のやりたかったことを潰す様な結果となった時、岬さんはどう思うかしら?」
「‥‥」
「岬さんをずっと見守るなんて出来ないことは貴女だって分かっている筈よ」
古庄の言いたい事は分かる。
「まだ進路希望の提出もう少し待ってあげるから、もう一度自分を見つめ直して、貴女にとって最善の選択をしなさい」
進路指導室を後にしたもえかに、
「もかちゃん」
明乃が待っており、声をかけた。
「ミケちゃん‥‥」
二人の視線が交会う‥‥
二人の姿は横須賀市内のとある喫茶店にあった。
コーヒーサイフォンで淹れたコーヒーはあの人を思い出す匂いだから、もえかも明乃もこうした喫茶店が好きだった。
「進路‥‥悩んでいるみたいだね」
「う、うん」
「もかちゃんは大学に行きたいんでしょう?」
「‥‥」
明乃の問いにもえかは顔を俯かせる。
「‥私じゃ、流石に大学には行けないから‥‥あっでも、ブルーマーメイドで先に待っているからさ、もかちゃんはもかちゃんのやりたいことをやって」
「でも‥‥」
「私の方は大丈夫だよ。シロちゃんや皆がいるから」
明乃は明るい笑みを浮かべてもえかを心配させまいとする。
「‥‥」
明乃の言葉に対して、もえかは明乃が成長した事と自分から離れて行ってしまう様な寂しさ、そして彼女の口から出て来た『シロちゃん』こと、宗谷真白に対して嫉妬の様な感覚を覚え、複雑な心境だった。
でも、明乃は立派に成長している。
ならば、自分も成績だけでなく人として成長しなくてはならない。
確かに、この先ずっとみんなで一緒に居る事なんて無理なのだから‥‥
「ありがとう、ミケちゃん」
「ううん、どういたしまして」
そして、月日が流れ、もえかは国立海洋大学を受験し見事合格した。
三月の某日‥‥
この日、横須賀女子海洋高校で卒業式が行われた。
「答辞、卒業生代表、知名もえか」
「はい」
クイントから呼ばれたもえかは壇上に立ち卒業生、在校生、教職員、そして保護者の前で答辞を読んだ。
卒業証書授与が終わり、卒業生達が『仰げば尊し』を歌うと、泣きながら歌う者が続出した。
涙もろい麻侖や鈴は号泣しながら歌っていた。
普段は泣かない様な黒木やマチコでさえ、その目には光るモノがあった。
やがて式が終わり、卒業証書が入った黒い筒を持ち、もえかは三年間通った学び舎を振り返る。
もえかが三年間の思い出にふけっていると、
「おーい!!艦長!!皆で一緒に記念写真撮ろう!!」
遠くの方から自分を呼ぶ声が聞こえる。
「うん、今行くよ!!」
もえかは須佐之男の艦上でクラス皆と記念写真を撮った。
式では泣いていたクラスメイト達もこの時は皆、とびっきりの笑顔を浮かべていた。
若き青い人魚たちは海原に行く者、さらなる学術向上の為、進学する者など皆はそれぞれの道を歩み始めた。
あ、活動報告にてアンケートを取ってますので、ご協力お願いします。