もえかから密封指示書をクラスメイト全員に手渡す様に頼まれたその日、幸子はやはり以前から噂になっていた天照クラスの解体は現実のものなのだと確信をした。
みかんと杵﨑姉妹は間宮から、麻侖と黒木は明石からのヘッドハンティングの話がきていた。
航海科のメンバーは鈴も比叡あたりからヘッドハンティングが来るのではないかと言う。
そして自分もついさっき、ミーナからドイツのヴィルヘルムスハーフェン校への留学を勧められた。
「ドイツに行けばミーちゃんと一緒で‥‥でも、クラスの皆とも‥‥」
幸子も選択肢を突きつけられた結果になった。
翌日、幸子は登校途中に真白と出会い、校長の娘である真白ならばなにか知らないか尋ねてみた。
「あの指示書でそんな事が?」
「はい。このままだと私のクラスがバラバラになっちゃいます。武蔵の方は何かきいていませんか?」
「いや、私からは何も‥‥母は家では仕事のことはあまり言わない人だから‥‥」
だが、真白も他人ごとではない。
二学期からは学生の使用艦に制限が掛けられて最大でも36cm搭載艦しか運用できなくなる。
そうなれば、当然武蔵のクラスメイトも他艦に割り当てられる可能性もある。
「私も岬艦長に聞いてみるが、決して早まらないように落ち着いてクラス全員を上手く纏めておいてくれ」
「は、はい」
真白の言う通り、今は不安がっている場合ではなくこんな時だからこそクラスメイトの団結が必要な時だった。
その頃、真雪の姿は横須賀にある造船所に来ていた。
彼女の目の前には二隻の重巡洋艦クラスの艦が鎮座していた。
建造経過についてはドックの技術者から聞いていたが、やはり生徒が乗る艦なので、校長たる自分が直接目で見たかった。
ドックの技術者の案内で重巡洋艦の艦内を視察し、安全性や機能性、居住性などの説明を受けた。
放課後、資料室に集まった明乃、もえか、真白の三人。
真白は今朝の事を明乃ともえかに伝える。
「どうやら。知名艦長のクラスが解散になるって噂が立っている様なのですが‥‥」
「えっ?もかちゃんのクラスが?」
「そんな話は聞いてないけどなぁ‥‥」
明乃は親友のクラスが解散になると聞いて驚いていたが、当のもえか本人はそんな話を聞いてはおらず、冷静な様子。
「あっ、でも‥‥」
もえかには何か思い当たる節がある様だ。
「もかちゃんなにか知っているの?」
「うん、明石と間宮の艦長がうちの子を欲しがっているって言う噂は聴いたけど‥‥」
「家族がバラバラになるのは嫌じゃない?」
「そうだね‥‥私達の場合ただでさえ家なき子だし‥‥」
もえかの場合バラバラになるどころかもう、会う事さえ叶わない経験をしている。
「艦長、他人の心配よりも私達だって二学期からの心配をしなければなりませんよ」
「えっ?それってどういう事?」
「今回の事件で学生が使用する艦に制限が掛けられたんです」
「制限?」
「はい。学生が使用する艦は36cm砲以上の艦は特別な事情が無い限り使用できなくなったんです」
「えええっー!!」
真白の説明を受けて驚く明乃。
どうやら、彼女は学生艦の制限について今、真白から聞いて知った様だ。
「じゃあ、私達のクラスも解散しちゃうの?」
「それはまだ分かりません。クラス全員で他の艦に移るのか、それともクラスを再編成するのか‥‥」
真白は天照のクラスの解散騒動は決して対岸の火事ではない事を示唆する。
しかし、36cm砲搭載艦が学校で保有する最大限の艦ならば、武蔵のクラス全員が比叡に転属し、本来の比叡の乗員達が他艦への異動になる可能性もある。
「じゃあ、私の方でも情報を集めてみるね」
もえかはスマホを使って情報を集め始める。
「私もみんなの所に行かなきゃ‥‥」
「天照の方は納沙さんに、武蔵の方は角田さん達にクラスの取り纏めを頼んであります。なので、艦長はまず報告書の提出を急いでください」
「えええっ~じゃあ、シロちゃんも手伝ってよぉ~」
「はぁ~仕方ありませんね」
「わぁい、ありがとう!!」
三人はまだまだ資料室通いが続きそうだった。
諏訪公園のベンチで幸子、鶫、慧の三人が今後の活動についてどうやったらクラス解散を阻止できるのかを話し合っていた。
「クラス全員を取り纏めるといってもどうやったらいいんでしょうか?」
「まずは、連絡」
「それだけでは何か足りなさそうですね‥‥」
三人が悩んでいると幸子の視線の先に戦艦三笠の装甲板が目に入った。
「東郷ターンですよ!!東郷ターン!!」
「「?」」
幸子の言う東郷ターンの意味が分からず首をかしげる鶫と慧。
そこで鶫はスマホを使い東郷ターンとは何なのかを調べる。
東郷ターン‥‥この世界の日本が最後に経験した戦争、日露戦争の勝敗を分ける戦い、日本海海戦において当時の日本連合艦隊が行った丁字戦法の際、ロシアのバルチック艦隊を前に連合艦隊司令長官、東郷平八郎は全艦に取舵を指示し、敵に横腹を見せる様に舵をきった。
この時のターンの事を司令長官の名前をとって東郷ターンと呼ぶ。
鶫が調べ、東郷ターンとクラス解散阻止と一体何の関係があるのかと疑問に思っていると恒例の幸子の一人芝居が始まる。
それを鶫と慧は冷えた目で見る。
「みんなが一つになれば、どんな難関でも打ち破れます。その為に署名を集めましょう」
「なんで署名?」
「全員の一致団結には最適じゃないですか」
「横須賀市の人にも広く呼び掛けて、クラス解散阻止を呼びかける‥‥いいかもしれない」
慧は本当に大丈夫なのか?と疑問視していたが、鶫は幸子の意見にのってやる気満々だった。
そして三人は早速署名活動を開始した。
まず、三人が向かったのは先日、砲術科と水雷科のメンバーがいたゲーセンだ。
そのゲーセンでは、予想通り、砲術科と水雷科のメンバーがボーリングをしていた。
「勝った!!」
「イエーイ」
先日とはちょっと異なり砲術科と水雷科のメンバーは混合のチーム対抗戦をしており、武田&松永ペアが勝ち、小笠原&日置&姫路のチームは負けた。
「次は負けないよ」
「足引っ張ってゴメン」
「大丈夫、フォーム直せばいけるから」
「ホント?」
其処へ、クリップボードを抱えた幸子がやって来る。
「楽しそうですね~ちょっといいですか?」
幸子は彼女らに事情を説明して署名活動の協力を仰いだ。
当初は他艦の砲塔に興味があった砲術科であったが、当然他艦にも砲術科の生徒はおり、バラバラに配置されるか人数が多いと射撃指揮所にも入れない可能性がある。
水雷科は艦によっては魚雷を装備していない艦もある。
天照の場合は改装工事で魚雷を装備させたが、36cm搭載艦には魚雷はなく、水雷科は配置されていない。
それらの要素から砲術科と水雷科のメンバーは署名活動に協力した。
麻侖と黒木を除く機関科のメンバーはあの雑居ビルの麻雀店に居り、麻雀をしていた。
先日、大負けをした駿河は今回もボロボロであったが、今日の駿河は先日とは違い、上の空状態でぼろ負けをした。
その様子に気づかない程、卓のメンバーは付き合いが浅い訳ではない。
案の定、メンバー達は駿河の異変に直ぐに気づく。
訳を聞くと、やはりクラス解散の噂がどうしても気になる様子。
若狭は皆一緒に艦が変わるものだと思っていたが、機関科のメンバーが足りない艦はなく、配置されるとしたら皆バラバラの配置になる事を広田が指摘する。
伊勢も若狭同様、皆一緒だと思ってい様で驚いて椅子から立ち上がると衝撃で牌が倒れる。
其処へ幸子と慧がやってきて伊勢の牌を見る。
そして、
「これ、あがったら死ぬんですよねぇ~」
と縁起でもない事を平然と言った後、次に来る予定の牌を手に取る。
すると、次の牌は上がりの牌だった。
あのまま続けていたらどうなっていた事やら?
「ええーっ!!これまだ大丈夫でしょう!?私まだツモってないし!!」
幸子の縁起悪い話を真に受けて慌てる伊勢。
「じゃあ‥‥生きている内に署名して」
慧がデビルズスマイルを浮かべて伊勢に署名を迫る。
その後、事情を説明して機関科のメンバーから署名を貰う幸子と慧であった。
先日は銭湯の休憩室で将棋をしていた西崎と立石だったが、今日は屋外でやっていた。
だが、戦況は相変わらず立石の不利だった。
航海科のメンバーはよこすかポートマーケットの屋外フードコートでクラス解散について話していた。
やっぱり彼女らもクラス解散には反対の様子だった。
「ソンナ、アナタガタニ、ビッグニュース~ワタシノハナシヲキケバ、ソンナナヤミイッキニカイケーツ!!」
そこへ幸子がチャライナンパ口調か怪しい宗教勧誘口調で航海科のメンバーに声をかける。
「胡散臭い」
やはり鶫も今の幸子は怪しい宗教勧誘している人にしか見えない。
そしてそんな鶫の手にはあのダウジングに使う金属棒が握られている。
前回と違い、今回はダウジングでクラスメイトの居場所を探っているみたいだ。
「落ち込んでいる時は其処にドンドン漬け込むのが定石」
慧の方は怪しいデビルズスマイルを浮かべてボソッと呟く。
彼女が闇墜ちしたら詐欺師にならないか心配である。
「あれは完全にダメなパターンでしょう」
しかし、鶫は明らかに幸子の口調、態度は怪しすぎると言う。
幸子は航海科のメンバーに署名に協力すればクラス解散はしなくて済むし、その上、成績も上ると言うと、
「「サインする(ぞな)」」
鈴と聡子がまっさきにサインすると言う。
「サインするんだ‥‥」
そんな鈴と聡子の様子を冷めた目で見る慧と鶫。
将来鈴と聡子の二人が詐欺や怪しい宗教勧誘に騙されないか心配である。
でも、内田と山下は怪しいと疑う。
そもそも、署名しただけで成績が上がるのであれば苦労はない。
其処を慧が美白効果と胸が大きくなると言って幸子の援護射撃をする。
すると、内田と山下もあっさりと署名した。
やはり、航海科のメンバーが詐欺や怪しい宗教勧誘に騙されないか心配で慧が将来詐欺師にならないか心配である。
「えっ?それでいいの?」
鶫も航海科のメンバーの行動を見て、彼女らの将来を心配した。
「で?これ、何の書類ぞな?」
署名した後に書類について尋ねる聡子。
「勝田さん、絶対に振り込め詐欺に引っかかるタイプ」
航海科のメンバーの協力を得て次なる獲物を求める幸子達であった。
中央公園では、マチコ、等松、青木、和住がマチコの写真撮影を行っていた。
そこへダウジングでクラスメイトを探している幸子達がやって来た。
「「「居た!!」」」
幸子と慧はまさかダウジングでクラスメイトの居場所が分かるとは思ってはおらず、見つかった事に思わず声をあげる。
だが、慧の場合は以前、天照でも鶫のダウジングは見たのにその事をすっかり忘れているのか、あの時は偶々だと思っていたのだろう。
幸子はマチコたちにクラス解散阻止の為、署名活動を行っている事を説明する。
すると、
「ふっふっふ、そう言う事なら、私のコレクションが火を吹くッスよ」
青木が『我に策あり』と言った様子で協力すると言う。
その策と言うのが、マチコにコスプレ衣装を着せて駅前に立たせると言うモノだった。
しかし、喜んでいるのは等松だけで、署名活動には何の影響もなかった。
「ダメですね」
幸子は一言でこの策は失敗だと言い切る。
「いい案だと思ったッスけど‥‥」
「釣れるの美海だけでしょう!!
和住も幸子同様この策は失敗だと言い放つ始末だ。
「私、次行きますね~」
幸子も此処で無駄に時間を潰すわけにはいかないのであっさりと見限って他のクラスメイト達を探しに行った。
その頃、横須賀女子の校長室では真雪と中島教育総監が面会をしていた。
中島教育総監はもえかがしたためた秘匿用の報告書を読んでいた。
「‥‥」
「‥‥成程‥学生艦の使用制限の裏にはこのような事が‥‥」
中島教育総監は事件終息時に真雪と真霜が何故、今後の学生艦の使用について制限を設ける様な案を提示したのか分かった気がした。
「今回の実習で横須賀女子初の死亡者を出してしまった事に関して私は責任をとるつもりです」
「責任?」
「はい‥‥今年一杯をもって校長職を辞職する考えです」
真雪は今年度一杯で校長職を降りると言いだす。
「今回の事件では他校にも迷惑をかけましたし‥‥」
天照と伊号潜とのやり取りについては東舞校と手打ちは住んでいるが、武蔵と東舞校の教官艦とのやり取りは未だに問題視されている。
調査により、あの時武蔵乗員の9割がウィルスに感染していたとはいえ、東舞校の教官艦を十六隻も大破ないし撃沈したのだ。
乗員が例のウィルスに感染していました。
天照が乗員の救助をしたので、いいのではないでしょうか?
なんて簡単に片づけられる問題ではない。
情状酌量の余地があったとしても責任者として責任ある行動をとらなければ示しがつかない。
「宗谷校長は本当にそれでいいのですか?」
中島教育総監は真雪に確認するかのように尋ねる。
「はい。もう決めたことですので」
「そうですか‥‥」
真雪の意志は固く、もう校長職に対する未練はない様で今年一杯の中で出来る事をしようと決意していた。
「広瀬葉月さん‥‥ですか‥‥妻や娘達から話を聞いていましたが、一度お目にかかりたい人物でした‥‥」
中島教育総監は葉月の顔写真を見ながら呟いた。
その頃、署名活動中の幸子は大型船ドックの近くで楓と出会った。
楓は相変わらず大型船ドックで修理中の天照を対岸の位置から見ていた様だ。
「万里小路さん」
「納沙さん。それに皆様もお揃いで、どうされたのですか?」
「昨日、つい聞いてしまったのですが‥万里小路さん、実家に連れ戻されてしまうんですか?」
「いったん戻りますが、直ぐ帰ってきますわ」
楓は18歳になれば社交界にデビューするが、その予行練習として一度舞踏会に出席しなければならなかった様だ。
この世界では第二次世界大戦もGHQの占領政策も行われていない為、まだ華族制度が生きていた。
もっとも明治時代からの華族特権は見直され形だけの階級となっていた。
それでも彼らには華族としての誇りはあった。
幸子は楓の会話について行けたが、慧はついていけず、
「二人が宇宙語を話している」
と言うしまつで、鶫は出て来た単語をスマホで検索し、その言葉の意味を調べていた。
「で、今署名活動をしているんですけど、協力してもらえますか?」
「まぁ、面白そうですわね」
「万里小路重工の協力があれば、あっという間に数万人あつまるんじゃない?」
楓の実家の力を期待したが、楓は親の力を借りては本当の協力にならないと言って、協力は万里小路重工の娘、万里小路楓ではなく、個人としての万里小路楓として協力すると言う。
慧としては残念がっていたが、幸子は楓のその心意気に感激していた。
横須賀中央駅前でも天照のクラスのクラスメイト達が署名活動を行っていた。
そこへ美波がセグウェイミニに乗ってやって来た。
「そこのお嬢さん、ちょっと寄っていくぞな」
「ん?」
「美波さん、大学の研究でもう戻ってこれないんじゃ‥‥?」
「なんだ?それは?そんなつもりはないぞ」
「えっ?」
幸子としては、美波はもう実習にも学校にも戻ってこないと思っていたのだが、それは本人から否定された。
そもそも美波がセグウェイミニに乗っているのも揺れに対する訓練だった。
美波はまだ海洋実習の単位を満たしていないので、それを満たすまでは船に乗らなければならない。
そこで、美波にも署名活動の協力を求めた。
「なんの署名活動だ?」
「うちのクラスが解散になるかもしれないので‥‥」
「なっ!?そ、それは困る」
美波も自分の所属するクラスが解散させられそうになっているのを今知り、署名活動に協力することにした。
ただ、その協力がハッキングにより、個人情報や他人のプライバシーを無視する様なやり方だったので、それは流石にマズいので慌てて止めると同時に美波は手段を択ばない人物であり、危ない人だと認識させられた。
折角協力できると思った美波はがっかりしていたが、やり方が不味いだけで美波が協力したいと言う心意気と情熱は皆に伝わったので、やり方を変えて署名を集めればいいと聡子と鈴は美波を励ました。
その頃、漁港では麻侖が冷凍保存用の大型冷蔵庫の修理をしていた。
漁港の漁船全部なおしても機械を弄っていないと落ち着かないみたいだ。
そこへ砲術科と水雷科のメンバーがやってきて署名に協力してくれと頼んだ。
寮の門限前に幸子が寮に戻るとロビーではミーナとテアが居り、彼女達も署名活動に協力してくれると言う。
密封指示書の開封まであと三日前の出来度だった。