武蔵との強襲接舷の際に艦橋に砲撃を食らった天照。
その時にもえかを庇った葉月は負傷を追うもその事をもえかには伝えずに彼女を武蔵乗員の救助へと向かわせた。
艦橋を出ていくもえかの後姿を葉月はジッと見守る。
壊れた羅針盤に背を預け艦橋の出入り口をジッと見つめる葉月。
その間にも身体からは血が流れて行く。
葉月の周りには忽ち血だまりが出来る。
血が抜けているせいか身体中が寒く、そしてとてつもなく眠いせいか目が霞んできた。
葉月はこの感覚を前に一度体験している。
前世において大西洋で独逸軍と交戦し、天照と共に海へと沈んだあの時と同じ感覚だ。
(自分の命は風前の灯火と言う事か‥‥せめて最後まで見届けたかったな‥‥)
あの時の感覚と同じと言う事は自分の命はもう長くはない事を悟った葉月。
それでも今回の事件の終息をこの目で見たかった。
それが葉月にとっての未練となった。
その時、葉月のすぐ傍に人の気配を感じた。
そこには白いワンピースを纏ったもえかそっくりの少女が立っていた。
(もえかちゃん?‥‥いや、違うな‥‥さしずめ自分を迎えに来た死神ってところかな?)
少女は葉月の前で膝を折ると、その両手で葉月を抱きしめる。
(‥‥この感覚‥‥なんだかすごく懐かしい気がする‥‥)
少女からの温もりは葉月にとって凄く懐かしさを感じさせるものであった。
「巴‥‥」
葉月は前世での婚約者の名をポツリと呟いた後、静かに目を閉じた‥‥。
その顔は決して死に対して恐怖している様な顔ではなく、薄っすら微笑んでいるようにも見えた‥‥。
ウィルス感染した武蔵の乗員を倒しながらもえかはようやく正常者である真白が立てこもっている艦橋まで登り詰め、真白達を救出できた。
しかし、そこには武蔵の艦長である明乃の姿はなかった。
「教えて!!ミケちゃんは何処!?何処にいるの!?」
「そ、それが‥‥岬艦長は‥‥」
「えっ?」
そこで事情を知っているであろう真白に明乃の行方を尋ねるもえか。
そして、真白の発した言葉にもえかは言葉を失った。
真白の話では以前、薬を取りに行く際、明乃は囮となりそのまま戻らなかったと言う。
「そんな!?‥じゃあ‥ミケちゃんは‥‥」
「‥‥恐らく‥他の乗員の様にウィルスに感染したと思います」
真白は気まずそうに明乃の現状をもえかに伝える。
明乃がウィルス感染したのは半ば自分の失態のせいなのだから、重く感じるのも無理はない。
あの時、病気になってしまった角田と小林も気まずそうな表情をしている。
真白から明乃の状況を聞いたもえかは急いで艦橋を出る。
「知名艦長、何処へ!?」
「ミケちゃんを探してくる!!」
「一人では危険です!!知名艦長!!」
「大丈夫!!ワクチンを持っているから!!」
もえかは真白の注意も聞かずに明乃を探し回る。
「ミケちゃん!!何処!?返事をして!!ミケちゃん!!」
やみくもの武蔵の艦内を探しても人一人を探すには時間がかかる。
しかも艦内にはまだウィルス感染した乗員が残っている。
「‥‥もしかしたら」
もえかは以前、明乃らしき人影を見た後部の予備測距儀のある艦尾へと向かった。
すると、そこには確かに明乃は居た。
「ミケちゃん!!」
「‥‥」
もえかは明乃に声をかけるが、明乃はもえかの姿を見ても声をかけないし、近付いて来ようともしない。
普段の明乃であればもえかの姿を見つければ、
「もかちゃーん!!」
と言いながらもえかに抱き付いてくるのに‥‥。
明乃は無表情のままもえかを見つめる。
「ミケちゃん?」
もえかもようやく明乃の様子がおかしい事に気づく。
その時、
「はぁぁぁぁぁぁ」
明乃が手に持っていたファイアーアックスを振りかざしながらもえかに襲い掛かってくる。
その時、明乃の被っていた艦長帽が脱げるが明乃は気にすることもなくもえかとの距離を詰めてくる。
艦長帽を貰った時、あんなに嬉しそうにしていた明乃の姿からは考えられない姿だった。
「ミケちゃん!?くっ‥‥」
ガキーン!!
明乃のファイアーアックスともえかの刀がぶつかり合う。
その時の衝撃でもえかの艦長帽も脱げた。
艦橋に立て籠もっていた時、ファイアーアックスは布やガムテープで刃を覆って殺傷能力を無くしていたが、今明乃が手にしてあるファイアーアックスは布とガムテープが取り払われ刃が剥き出しの状態となっている。
(やっぱりミケちゃん、ウィルスに感染している)
明乃が冗談でこんな事をする筈がない。
それに自分を見る明乃の目がこれまで見たことがない程、敵意に満ちた目で自分を睨んでいる。
やはり、真白が言うように明乃はウィルスに感染して、攻撃的になっていた。
「ミケちゃん!!止めて!!私だよ!!」
無駄だと思ってももえかは明乃に声をかけずにはいられなかった。
「うぅぅぅ~」
しかし、もえかの声は今の明乃には届かず、まるで威嚇する猫の様に唸りながらファイアーアックスを握る手に力を入れる明乃。
すると、
ピシッ
もえかの刀の鞘に小さなヒビが入り始める。
「くっ‥‥このままじゃ‥‥」
このままではもえかの刀が砕けてしまう。
そうなれば明乃のファイアーアックスの刃がもえかに襲い掛かって来る。
その時、
「艦長!!」
真白が明乃の横から体当たりを食らわせる。
突然いきなり横っ腹に体当たりを食らった明乃はバランスを崩す。
真白はその隙を見逃さず、明乃の両手を自らの両手で抑えて、
「知名艦長!!私が抑えている間に艦長にワクチンを!!」
「う、うん‥ぺっ‥‥」
もえかはワクチンが入った注射をポケットから取り出し、針の部分を覆っている蓋の部分を口を使って外し、
「ミケちゃん」
明乃の腕に刺した。
明乃はしばらくの間、真白に両腕を押さえつけられながらも唸り、抵抗していたがやがてワクチンが効いてくると、大人しくなりそのまま気を失った。
「はぁ~」
明乃が気を失い大人しくなったので、真白は深いため息と共に明乃上からどいた。
その後、福内艦隊の強襲要員たちがスキッパーで武蔵に乗り込みまだ残っていたウィルスに感染した乗員の鎮圧とワクチンの接種、ラットの駆除へと取り掛かった。
「終わった‥‥のかな?」
「ああ、これで終わりだ」
誰かがポツリとつぶやく。
武蔵を止め、乗員達を救助出来たのだが、まだ実感が湧かずに最初は唖然としていたが、次第にその実感が分かって来ると彼方此方で歓声が上がった。
やがて、武蔵の左舷側にてんじんが横付けされ、武蔵の乗員は武蔵よりも医療設備が整っているてんじんへと移されることになり、武蔵の乗員は次々と担架に乗せられててんじんの医務室へと運ばれて行く。
もえかも明乃について行きたかったが、まだ自分には天照を横須賀へ運ぶ仕事が残っているので、天照へと戻った。
「お姉ちゃん、只今」
もえかが艦橋に戻り葉月に声をかける。
葉月は壊れた羅針盤に背中を預けたまま座っていた。
「お姉ちゃん?」
「‥‥」
もえかが声をかけたにも関わらず葉月は何も言わない。
不審に思ってもえかが葉月に近づく。
「お姉ちゃん?‥‥っ!?」
そこでもえかは初めて気づいた。
葉月の周りには血溜まりが出来ていた事を‥‥
「お姉ちゃん!!ねぇ、お姉ちゃん!!」
もえかが葉月の身体を揺すっても葉月は目を開けないし、声も出さない。
「ど、どうしよう‥‥えっと‥‥あっ、み、美波さんを呼ばないと!!」
もえは怯える様な声をだして急いで美波を呼び出す。
震える手で受話器をとり、医務室へと電話をかける。
武蔵の方はブルーマーメイドの隊員と横須賀女子の教師達が対応していたので、美波は天照の医務室へと戻って居り、天照の突入部隊で負傷した者の手当てをしていた。
そこへ医務室にある艦内電話が鳴り響く。
「此方医務室」
「美波さん!!」
「どうした?艦長」
「美波さん!!お姉ちゃんが血まみれで倒れて‥‥目を開けてくれないの!!急いで来て!!早く!!お姉ちゃんが死んじゃう!!早く艦橋に来て!!」
「‥‥分かった。直ぐに行く」
美波はもえかの慌てようから最悪の事態も考えていた。
カバンに包帯や止血剤、造血剤、AEDなどの応急措置に必要なモノを詰めて艦橋へとつくと、
「美波さん!!早く!!お姉ちゃんを助けて!!」
もえかが葉月の傍で涙を流しながら美波に助けを求める。
美波が葉月の容体を見ると彼女が予想していた通り最悪の事態だった。
葉月の身体は冷たく、呼吸をしておらず脈もない。
「‥‥」
美波は首を横に振り葉月は既に手の施しようがないと意思表示をする。
「艦長‥残念だが、先任は‥‥」
「そ、そんな訳ない‥お姉ちゃんは死んでなんかいない‥‥死んでなんかいない!!」
「艦長」
美波が呼び止めるがもえかは止まらずカバンからAEDを取り出し用意する。
しかし、そんなもえかの手を握り美波は辛いかもしれないが現実を突きつける。
「無駄な事は止めろ‥‥艦長、辛いかもしれないが現実を見ろ‥‥先任は死んでいる‥‥死んでいるんだ!!」
美波にしては珍しく声を荒げてもえかに葉月は既に死んでいる現実を突きつける。
「う‥‥うわぁぁぁぁぁー!!」
もえかは葉月の身体にしがみつき大声をあげ目からは溢れんばかりの涙を流して泣いた。
涙を流しているもえかを見て美波も泣きたい衝動を必死に抑えた。
そして美波は暫くもえかと葉月を二人っきりにしてやろうと思うのと同時にこの事は他のクラスメイト達には秘匿した方が良いと判断した。
だが、学校側には伝えねばと思いてんじんへと連絡を入れた。
そのてんじんでは武蔵の乗員の移送と艦内に潜んでいたラットの駆除も終わり福内艦隊から武蔵を横須賀へと動かす為の人員も配置された。
武蔵の横須賀進行阻止と乗員の救助作業が終わった事を学校とブルーマーメイド本部へと伝えようとした時、
「古庄教官、天照の鏑木美波と言う生徒から電話です」
「鏑木さんから?何かしら?」
古庄が電話に出るとそれは衝撃的な内容だった。
「古庄教官‥うちの先任、広瀬葉月が死亡しました」
「広瀬さんが!?‥それは間違いないの?」
「はい‥‥私が直接確認した時には既に手の施しようがありませんでした」
「そう‥‥それで天照の乗員にはこの事を‥‥」
「知名艦長以外にはまだ知られていません」
「そう‥‥それなら、他の乗員には知らせない方が良いわね。武蔵を止めてもその事を知ったらショックが大きいでしょうから」
「はい。それでも学校側には知らせない訳にはいかないと思いましてこうして古庄教官に連絡しました」
「分かったわ。後のことは学校側で対処します。鏑木さんは知名艦長の傍にいてあげてちょうだい」
「わかりました」
美波との電話を切った後、古庄は悲痛な面持ちをした。
でも、美波の言う通りこの事は学校に‥‥校長の真雪には伝えなければならない。
古庄教官は任務の終了と美波からもたらされた訃報を真雪に伝えることにした。
「校長、てんじんの古庄教官からお電話です」
「繋いで頂戴」
「はい」
「校長、古庄です」
「武蔵はどうなりました?」
「天照が強襲接舷し武蔵を止めました。乗員もワクチンを打ち、救助も完了。あとは横須賀へ帰還するだけです」
「そうですか‥‥貴女も天照の皆もよくやってくれました‥‥お疲れ様です」
真雪は武蔵の乗員救助と横須賀にせまる脅威が排除された事に胸をなで下ろす。
「あの‥‥校長‥もう一つお伝えしなければならない事がありまして‥‥」
すると、古庄は重い口調で真雪に語り掛ける。
「なんでしょう?」
「‥‥天照先任将校の広瀬葉月さんが亡くなりました」
「えっ?」
真雪は古庄が何を言ったのか一瞬理解できなかった。
「‥‥古庄教官、もう一度言ってくれないかしら?」
「‥‥広瀬葉月さんが亡くなりました」
「‥‥」
もう一度確認しても古庄の口からは葉月が死んだと言う報告が入る。
「間違い‥ないの?」
「‥‥はい、残念ながら‥‥天照の鏑木さんが確認しましたから間違いないかと‥‥」
「‥‥」
「あの‥‥宗谷校長‥大丈夫ですか?」
「‥ええ、大丈夫よ‥‥それで、天照の生徒達は広瀬さんが亡くなった事をしっているのかしら?」
「いえ、知っているのは天照の知名艦長と鏑木さんだけです」
「そう‥‥では、天照の生徒達には広瀬さんの死は出来る限り秘匿してちょうだい」
「はい、承知しております」
「貴女達は予定通り武蔵と共に横須賀に帰還してください」
「了解です」
真雪は古庄にとりあえず葉月の死を隠し、予定通り横須賀に戻ってくるように伝え電話を切った。
「あの校長‥なにがあったんですか?」
「武蔵は‥生徒達はどうなったんですか?」
真雪と古庄の話を断片的にしか聞こえていない教頭と秘書は心配そうな顔で武蔵や生徒達の安否を真雪に尋ねる。
「武蔵の件は片付いたわ‥‥生徒達も全員無事よ」
「そうですか‥‥」
「よかった」
「‥‥」
武蔵の件が無事に片付いたにも関わらず真雪は悲痛な表情をしていた。
「‥‥校長、何かありましたか?」
教頭はそんな真雪の様子に気づき、声をかける。
「‥‥広瀬さんが亡くなったわ」
「えっ?」
「私はこの後、横須賀港へと向かいます。後の事は任せるわ」
そう言って真雪は席を立ち、出撃した艦船が帰港する横須賀港へと向かった。
ブルーマーメイド本部でも武蔵の救助作戦が成功した報告が入り、本部内も歓喜の声があがる。
真霜もホッとした様子で椅子にドサッと座る。
ここ数日は緊張のしっぱなしで精神的疲労が凄かった。
(武蔵が帰って来るってことは天照も帰って来る‥‥天照が帰って来るって事は葉月も帰って来るわね‥‥今晩は久しぶりに葉月を抱けるわ)
真霜は今夜の事を想像して思わず興奮する。
そんな真霜の携帯が鳴る。
それは彼女にとって凶報を知らせる着信だった。
「ん?お母さん?」
スマホのディスプレイに表示された「宗谷真雪」と書かれた文字に首を傾げつつ電話に出る真霜。
「はい、もしもし」
「真霜‥‥」
「ん?どうしたの?武蔵の事ならこっちにも報告が入ってきているけど?新しい伝説を作り損なったわねお母さん」
「‥‥真霜‥心して聞きなさい」
「えっ?なになに?改まっちゃって」
真霜のお茶らけた声がこの後すぐに悲痛なモノへと変わる。
「‥‥真霜‥‥葉月さんが亡くなったわ」
「えっ?」
真雪の言葉に真霜は固まる。
「ちょ、ちょっと、ちょっとお母さん、変な冗談はやめてよ」
「冗談じゃないの‥‥まだこの目で確認はしていないけど、天照の鏑木さんが確認したからほぼ間違いはないと思うわ」
「そ、そんな‥‥か、鏑木さんの誤診とかじゃ‥‥」
「‥私はこれからそれを確かめに行くわ‥貴女はどうする?」
「わ、私も行くわ。場所は横須賀港ね?」
「ええ、横須賀港の〇×埠頭よ」
真雪との電話を切った真霜は急いで横須賀港へと向かう。
ただ、この時、移動中のハイヤーの中で真霜は何度も「嘘よ‥‥そんな訳が無いわ」と一人ブツブツと呟いていた。
その頃、海上では各艦が横須賀への帰路の為の準備をしていた。
「‥‥知床さん」
「艦長?」
「‥ごめん‥横須賀に着くまで、航海長操艦‥頼めるかな?」
「えっ?あっ、はい‥‥」
「勝田さん、内田さん、山下さんも知床さんの補佐‥お願い」
「分かったぞな」
「う、うん」
「了解です」
もえかから急に横須賀まで操艦を頼まれた航海科のメンバーは、
「艦長どうしたんだろう?」
「疲れたんじゃないかな?」
「武蔵の艦長とやりあったって聞いたし」
武蔵での死闘で疲れたのだろうと思い、横須賀に着くまで休ませてやろうと配慮した。
武蔵は天照が接舷した区画の前後を隔壁で遮断し、その後天照はゆっくりとエンジンを後進させて武蔵にめり込んだ艦首を引き抜く。
一区画に浸水するがその程度で沈むほど武蔵は軟ではなく、航行も出来た。
武蔵をはじめとして、天照、比叡、てんじん、アドミラルシュペー、浜風、舞風は悠々と横須賀へと戻る。
福内艦隊の艦艇は後に救助艦が到着し、無事に横須賀へと帰還を果たした。
横須賀のある埠頭では沢山の救急車が待機していた。
まず初めにてんじんが接岸し、武蔵の乗員達を下ろす。
ワクチンを打ったとはいえ、検査が必要だったからだ。
そして横須賀女子所属の艦船も次々と接岸し、生徒達は次々と埠頭へと降りていく。
そんな中、もえかは天照からなかなか降りようとはしなかった。
いや、降りたくはなかったのかもしれない。
でも、いつまでも乗っている訳にはいかないので、一番最後に降りた。
泣き顔を皆に見せまいと顔を洗い気丈に振る舞うもえかを美波はジッと見つめていた。
そして校長である真雪の労いの言葉と共に海洋実習の終わりを告げられ、解散となる。
生徒達が寮や自宅へと帰宅していく中、
「知名艦長」
「校長先生‥‥真霜さん」
真雪と真霜がもえかに声をかける。
「その‥葉月が死んだって本当なの?」
真霜の問いにもえかは首を縦に振る。
「‥‥」
葉月の死‥やはりこれは紛れもない事実だった。
「‥それで葉月さんは今どこに?」
「私が案内します。艦長、いいですね?」
もえかに代わって美波が真雪と真霜を案内すると言う。
美波の案内の下、天照の破壊された艦橋の床に葉月は静かに横たえられていた。
「葉月‥‥葉月!!」
真霜は葉月の遺体を見て感極まったのか葉月に駈け寄り声をかけるが、当然葉月は起きないし、真霜の声にこたえる事はない。
話を聞いた時はまだ葉月が死んだと信じられなかった真雪と真霜であったが、こうして葉月の遺体を見て、葉月の死が事実だと突き付けられた。
必死に葉月に声をかける真霜の姿を見てもえかも真雪も‥そして美波の目からは涙が流れる。
それからどれくらいの時間が経ったか分からないがいつまでも葉月をこのままにしておくわけにはいかない。
「真霜‥辛いかもしれないけど、葉月さんをこのままにしておけないでしょう?」
「うぅ~‥‥葉月‥‥葉月」
葉月の遺体は天照の艦橋から運ばれて、真霜達の手によって風呂場で湯灌をして、煤や血を洗い落とし、傷口を美波が丁寧且つ綺麗に縫い、葉月が一度も袖を通す事の無かったブルーマーメイドの制服へと着替えさせ担架に乗せる。
白いシーツが被せられ、胸の辺りには葉月が被っていた軍帽が置かれ、天照から降ろされる葉月の遺体。
タラップの両脇には知らせを聞いて駆け付けた横須賀女子の教師陣とブルーマーメイドの隊員らが敬礼し葉月を見送る。
こうして横須賀女子海洋学校の新入生海洋実習はウィルス騒動と初の死亡者と言う波乱の展開で幕を下ろした。