ウィルス感染した武蔵が浦賀水道に到達するまであと残りわずか20分の猶予しかない。
だが、福内艦隊は既に全滅し残された戦力は天照一艦のみと言う不利な状況‥‥。
武蔵はバカスカ撃てるが、天照の方は撃つに関してもウィルス感染しているとは言え、同級生が乗る艦に主砲はそう簡単には撃てない。
だが、武蔵をこのまま浦賀水道、横須賀へと向かわせる訳にはいかない。
もえかを始め、天照の皆は武蔵への攻撃を決意。
速度をあげて武蔵へと迫る天照は艦橋に立て籠もっている真白達に発光信号にて救助に向かう旨を伝える。
「左舷、魚雷戦用意。西崎さん武蔵の側面に来たら全魚雷発射!」
もえかが水雷戦闘を命じる。
「憧れの全射線発射…まじ!?」
もえかの魚雷命令を聞いてテンションがあがる西崎。
「射撃のチャンスはおそらく一回だけ‥一回でなんとか足を止めないと‥‥」
「では、シュペーの時の様に推進器がある武蔵の艦尾を集中的に狙いましょう」
「うん、そうだね。西崎さんお願い」
「わかった。絶対命中させる」
北東方向にある浦賀水道へと向かう武蔵を右舷方向から追走する態勢で肉薄する天照。
シュペーの時の様に武蔵の艦尾‥‥推進器へと魚雷を叩きこんで武蔵を停止させようとするが46cm砲を搭載する武蔵へと肉薄するからにはかなりのリスクがある。
天照の装甲がいくら強力であっても至近距離から連射されれば致命傷となる。
故に魚雷での攻撃は一度きりだ。
「りっちゃん、かよちゃん。いくよ!」
「了解でーす!」
「はーい!」
「目標武蔵艦尾!攻撃始め!」
「照準点武蔵艦尾!全弾当てるよ!発射用意!てーっ!」
「よっしゃ!全弾命中!」
天照から放たれた魚雷は武蔵の艦尾へと向かっていき全弾命中するが、武蔵の分厚い装甲の前に致命打を与える事が出来ない。
それに武蔵の行き脚が止まっていない事から恐らく魚雷は推進器には命中しなかったのだろう。
「駄目だ…びくともしない」
「武蔵の主砲、副砲が旋回しています!!」
「来るぞ!!総員衝撃に備え!!」
「武蔵発砲!」
魚雷を一斉に放った天照に対して武蔵は主砲と副砲による一斉射で応える。
武蔵の砲弾を一方的に浴びる天照。
その様子を見て真白は何かを決意したように艦橋にある艦内の出入口を塞いでいるバリケードを動かす。
「副長、何をしているんですか!?」
「砲撃を止めなければ‥‥射撃管制室へ乗り込んで‥‥」
真白は玉砕覚悟で射撃管制室へ切り込みをかけようとしていた。
「落ち着いてください副長」
自棄になりかけていた真白を小林が引き留める。
今自棄になれば事態をより悪化させる。
「信じましょう‥‥天照を‥‥」
「‥‥」
真白は無力感に苛まれながらもただ頷くことしか出来なかった。
武蔵からの砲撃を浴びた天照は、直撃はなかったものの多数の至近弾を浴び各所で被害が発生する。
通信もマストが折れて使用不可となる。
やはり武蔵を止めるには天照の51cm砲弾を叩きこまなければならないのか?
しかし、万が一弾薬庫に命中でもすれば武蔵を吹き飛ばしてしまう恐れもある。
だが、目の前の脅威を拭い去るにはもう手段を選んでいる余裕はない。
もえかが武蔵の撃沈を含めた51cm砲での射撃命令を下そうとしたその時、武蔵の周りに幾つもの水柱が立った。
「後方!艦影視認!」
「もしかしてブルーマーメイド!?識別信号を確認!!」
「はい‥‥識別信号を確認!比叡です!!」
武蔵の艦尾方向‥‥南西方向から真雪がかき集めた救援艦隊が到着した。
比叡の他にも駆逐艦、舞風と浜風そしてドイツ戦艦、アドミラルシュペー、インディペンデンス級沿海域戦闘艦のてんじんが救援に駆けつけた。
てんじんの艦橋には古庄がおり、そしてアドミラルシュペーのウィングにはミーナとテアの姿があった。
「ココ、わしは戻って来たぞ」
「今こそ借りを返す時だ」
テアがドイツ語にて語る。
「みんなが来てくれたならまだやれる!作戦変更!これより武蔵に乗り込む!」
もえかは水上戦で武蔵を止める作戦からシュペーの時の様に武蔵へと直接乗り込んで、武蔵の制圧へと作戦を変更する。
「艦長、シュペーが作戦を尋ねています!」
展望デッキにいるマチコがシュペーからの発光信号を読みもえかに伝える。
「武蔵に乗り込こむので、その援護を要請して」
「了解」
マチコは発光信号で救援艦隊に作戦内容を伝える。
「‥‥との事です。艦長」
「了解した。任せろ」
ミーナが双眼鏡で天照からの発光信号を読み取りそれを艦長のテアに伝える。
「これより我々は天照の武蔵乗艦作戦に対してこれを援護します。各艦、突撃準備を成せ、目標武蔵‥全艦突撃せよ!」
てんじんの艦橋にて古庄が突撃命令を下す。
古庄の指揮の下、艦隊は左右二つの縦陣に分かれて武蔵を挟み込む。
これは武蔵に強制的に両舷戦闘をさせて砲力を分散させるためであり、また武蔵の逃走を阻止してこの海域で決着をつけようという強い意志の表れでもあった。
そしてこれより武蔵に切込みをかける天照の援護と共に武蔵の目を天照から逸らす役割があった。
武蔵へと切り込みをかける天照。
そんな中、葉月は徐にポケットから一本の鍵を取り出す。
「‥‥」
「お姉ちゃん?」
もえかはそんな葉月の様子に首を傾げる。
「艦長、ほんの僅かですが、天照の指揮権をいただけませんか?」
「えっ?」
葉月の発言に驚くもえか。
「武蔵への接近する際に使用する兵器は学生である艦長の権限を越えているので、接舷まで自分に天照の指揮権を貸してはもらえませんか?」
葉月ともえかの視線がそれぞれ交差する。
「‥‥わかりました。武蔵への接舷まで天照の指揮権を先任に譲渡します」
「ありがとうございます‥艦長‥‥たっする先任の広瀬だ。これより一時、天照の指揮は一時自分が執る事になった。これは艦長も了承している。しかし、作戦に変更はない。本艦はこのまま武蔵へと接舷し、乗員の救助を続行する。各自、作戦遂行の為、奮迅してもらいたい」
葉月は乗員に指揮権が一時自分に移った事を皆に伝える。
「納沙さん」
「はい」
「今から天照の最高攻撃命令、兵器自由を発動する。日誌に現在時刻と現在位置を記録して」
「は、はい」
幸子に記録を任せ、葉月は鍵を艦橋に設置されているボックスへと差し込む。
「‥‥立石さん、西崎さん」
「ん?なに?先任」
「うぃ?」
「二人は物覚えが良い方?」
「ん?何それ?先任、それは私達をバカにしているの?」
「うぃ」
「いや、そうじゃなくて臨機応変に対応できるって言う意味なんだけど‥‥」
「それってどういう事?」
「武蔵に接近する際、天照の最終兵器を使用する。その使い方をこの短時間で理解してほしい」
「最終兵器!」
「うぃ!?」
葉月の言う『天照の最終兵器』という言葉に西崎と立石は驚愕する。
「今からCICのコンソールにIDとパスワードを入力して」
「わ、わかった」
西崎は葉月に言われた通りのIDとパスワードを入力するとある兵器の仕様書がモニターに表示される。
「ん?なにこれ?噴進弾?」
「うぃ?」
「この後それを使う。照準の仕方と自爆のやり方だけでも覚えて」
「わ、わかった。一般教科は苦手だけど、こういうのは覚えるのは得意だから」
「うぃ」
西崎と立石は必死に表示されている噴進弾の使い方を読み始めた。
天照の武蔵への接舷を成功させるためにてんじん以下の艦艇は武蔵へ猛撃を行いその注意を引きつける。
「面舵一杯、本艦の艦尾を武蔵へ」
武蔵の右舷側より前面に出た天照は武蔵の艦首正面で大きく転舵して自らの艦尾を武蔵へと向ける。
「艦首垂直発射管、扉開口」
天照の最終兵器、噴進弾の発射口が開く。
「諸元入力」
「うぃ」
立石が覚えたての噴進弾の発射準備を行い、西崎がその補佐を務める。
「諸元入力完了」
「まる‥‥いつでも撃てる」
「噴進弾発射用意!!発射と同時に面舵一杯!!左舷バウスラスター全開!!本艦の艦首を武蔵右舷中央部に接舷させる!!」
「りょ、了解」
「噴進弾撃ち方始め!!」
「いけぇぇぇー!!」
立石が噴進弾の発射ボタンを押す。
すると天照の艦首から18発の噴進弾が一斉に空へと放たれた。
「噴進魚雷か?」
てんじんを始めとしてその場にいた艦艇の乗員は天照から放たれたのは噴進魚雷かと思われた。
勿論武蔵の艦橋に居る真白達も同じくそう思った。
しかし、それは海へと潜る気配はなく、そのまま空を飛翔して武蔵へと迫って来る。
「な、なんだ!?あれは!?」
自分達へと猛スピードで迫って来る飛行物体に戦々恐々する真白達。
「面舵一杯!!左舷バウスラスター全開!!」
「面舵一杯。左舷バウスラスター全開」
噴進弾の発射と共に鈴は舵を急いで右へと回し、天照は大きく時計方向に旋回する。
目指すは武蔵の右舷中央。
右舷側の副砲は潰れているのでそこならば接近中に気づかれても副砲の砲撃が来る事はない。
天照が旋回している中、噴進弾は武蔵へと迫る。
「立石さん!!西崎さん!!噴進弾を全て自爆させろ!!」
「了解」
「うぃ」
葉月はタイミングを見計らって噴進弾全てを自爆させる。
元々武蔵に噴進弾をぶつけるつもりはなく、あくまでも噴進弾は注意を引き付けるのとその煙で目くらましをさせるのが目的であった。
18発の噴進弾が一斉に自爆する。
爆煙と噴進口からの煙で武蔵の周辺は煙だけとなる。
そこへ天照が武蔵へと迫る。
日本武尊級の艦首は砕氷機能も有しているのでかなり頑丈に作られている。
これまでのブルーマーメイドからの攻撃を受けて多少のダメージを受けている武蔵の装甲ならば艦首を突き刺す事ぐらいは出来るはずだ。
「武蔵へと接舷する!!総員衝撃に備え!!」
天照の乗員は伏せたり何かにつかまってその時を待つ。
そして武蔵の艦影が見える。
もえかと葉月はジッと迫る武蔵を睨みつける。
その時、爆煙の切れ間から葉月と武蔵の12.7cm高角砲の砲口と目が合う。
「っ!?伏せろ!!」
「えっ?きゃっ?」
咄嗟に嫌な予感がした葉月はもえかを抱えるようにして床に押し倒す。
勿論、もえかが頭を床にぶつけない様に手で彼女の頭を包み込んでいる。
葉月がもえかを床に押し倒した瞬間、武蔵の12.7cm高角砲は葉月ともえかの居た艦橋を撃ち抜く。
凄まじい衝撃波は葉月ともえかを襲う。
しかし、天照を止めるにはもう遅すぎた。
天照の艦橋が撃ち抜かれたのと同時に天照の艦首は武蔵の右舷中央部に突き刺さった。
尚も射撃して来る武蔵の右舷25㎜機銃に対して天照は第二、第三副砲で応戦し、武蔵の右舷側の高角砲群を潰していく。
「‥‥うっ‥‥うぅ~」
もえかが目を開けると体中がズキズキと痛むが骨は折れていない様だ。
そして彼女の上にはまるで自分を守るかのように覆いかぶさっている葉月の姿があった。
「お姉ちゃん!?」
もえかが驚いて葉月に声をかける。
「うぅ‥‥う‥‥だ、大丈夫?」
もえかは葉月に声をかけ体を小さく揺する。
すると、葉月は目を覚ましてもえかに怪我がないかを尋ねる。
「う、うん。私は大丈夫だよ」
「そ、そう‥よかった」
もえかが無事だとわかり、弱々しくも微笑む葉月。
「接舷は‥‥成功したみたい‥‥だね‥‥」
葉月が現状を確認しながら上半身を起こす。
「うん、そうみたい」
「明乃ちゃんを迎えに行きたいけど、ちょっと自分には無理みたいだ‥‥」
「えっ?もしかしてお姉ちゃんどこか怪我を!?」
「足首をひねってね‥‥もえかちゃん」
「は、はい」
「指揮権はまだもえかちゃんに返していない‥‥故に天照の艦長はまだ自分だ‥‥」
「それってどういう‥‥あっ」
もえかには葉月が何を言いたいか直ぐに分かった。
指揮権をもえかに返せばもえかは艦長となり、天照からは動きにくい立場となる。
しかし、未だに指揮権を葉月が有していればもえかは艦長でないので葉月の命令があれば、自由に動き回れる。
「自分は此処からは動けない‥だから、もえかちゃん。君が明乃ちゃんを迎えに行ってくれないか?」
「それは艦長命令ですか?」
「‥‥両方‥かな?艦長の命令でもあり、明乃ちゃんの友人としてのお願いでもある」
「‥‥わかりました。知名もえか、岬明乃艦長以下武蔵の乗員の救助に向かいます」
葉月に敬礼しもえかは艦橋を降りて行った。
「‥‥」
もえかを見送り葉月は這いずる様に壊れた羅針盤に近づいてそのまま壊れた羅針盤に背を預ける。
その時葉月の手は腹部を抑えた状態で、羅針盤に背を預け床に腰を下ろした後、腹部に当てていた手を見ると葉月の手は自分の血で真っ赤に染まっていた。
艦橋への被弾の際、葉月はもえかを庇い負傷していた。
それも出血の量から見て危険な状態な‥‥
しかし、葉月はその事をもえかには伝えなかった。
これまで明乃の事を心配し不安していたもえか。
そしてようやくその明乃を助ける事が出来る中、自分の事で更にもえかに不安を抱かせたくはなかったのだ。
「救出部隊突入準備!」
「できておりますわ」
艦橋から降りたもえかが甲板に出るとシュペーの時の突入メンバーや手空きの者がワクチンと海水が入った水鉄砲を片手に待っていた。
マチコも艦橋被弾時には展望デッキの最長部にある方位盤の中の床に伏せていたのでケガもない様子なので今回の武蔵突入に参加している。
「艦長大丈夫なの?さっき艦橋から被弾したみたいだけど?」
和住がもえかに怪我がないかを尋ねる。
もえかの白い艦長服は煤で彼方此方汚れて足のストッキングは所々破れている。
打ち身でまだ体の彼方此方が痛むけど動けない訳ではない。
それに明乃が自分を待っていると思うと居ても立っても居られない。
「大丈夫。怪我はないから」
もえかは腰にある守り刀をベルトから外し鞘に収まったまま手に取ると、
「突入!!」
先陣をきって武蔵へと乗り込んでいく。
「ぐはっ!!」
「ぐほっ!!」
シュペーの時の様にウィルス感染した武蔵の乗員達がもえか達突入隊の前に立ちふさがるが楓やマチコのハイスペック女子の手によって次々と無力化されて行く。
突入隊はまず正常者である真白達が居る艦橋を目指した。
ラッタルを昇っていく中、もえかは一抹の不安があった。
武蔵の艦橋から天照へ発光信号を送っていたのは副長の真白だった。
ならば、艦長の明乃は何処にいるのだろう。
もし、明乃が艦橋に居るのであれば、明乃が自分達に発光信号を送ってきたはずだ。
明乃は艦橋には居ないかもしれない。
艦橋に居ないと言う事は明乃もウィルスに感染しているのかもしれない。
兎も角、艦橋に居る真白ならば明乃について何か知っているかもしれない。
必然的にもえかの足が速くなる。
そこへ、ウィルス感染した武蔵の乗員が立ちはだかるが、
「どいて!!」
「ぐあっ!!」
もえかは鞘越しに守り刀を振るいウィルス感染した乗員を倒して先へと進む。
「艦長って意外と強い?」
これまでもえかがこうした戦闘に参加した事がないので、初めてもえかの戦闘シーンを見た和住や青木は驚愕すると同時にちょっと引いていた。
ウィルス感染した乗員を倒してやっとたどり着いた艦橋外部の扉。
「天照の知名もえかです!!救助に来ました!!」
もえかは扉を叩きながら中に立て籠もっている真白達に救助しに来た事を告げる。
真白がバリケードを構築している木箱や消火器、鉄パイプをどかして扉を恐る恐る開ける。
そこには天照の艦長、知名もえかの姿があった。
息を切らし、額に汗を掻き此処まで来るのにかなり体力を使った事が窺える。
もえかの姿を見てようやく自分達は助かったのだと実感が湧き、角田、小林、吉田は思わず腰が抜ける。
「ハァ‥‥ハァ‥‥貴女が宗谷真白さん?」
「は、はい」
「ミケちゃんは!?岬艦長は何処に!?艦橋には居ないの!?」
もえかは事情を知っていそうな真白に明乃の行方を尋ねる。
「そ、それが‥‥」
真白は気まずそうにもえかから視線を逸らす。
「教えて!!ミケちゃんは何処!?何処にいるの!?」
「そ、それが‥‥岬艦長は‥‥」
「えっ?」
真白の発した言葉にもえかは言葉を失った。