フィリピン方面へと向かっていたと思われる武蔵はブルーマーメイドの監視網の網をくぐり抜けて横須賀へと向かっていた。
このまま武蔵が横須賀に辿り着けば横須賀、横浜、東京が武蔵の46cm砲により火の海になるかウィルスが拡散してしまう。
それは日本の政府機能をマヒさせてしまうことになる。
ブルーマーメイドの主力はフィリピン方面に展開中であったが、知らせを聞いて全速で引き返しているが武蔵の横須賀到着前に現場へと着くのはほぼ不可能。
残されたのは日本近海に残されていた福内率いる予備隊と天照のみ。
その天照は福内の部隊が到着する前に武蔵と会合し互いに一発ずつ砲火を交えた。
20インチ砲に流石の武蔵も分が悪い判断したのか速力を上げた。
そこへ、福内が率いるブルーマーメイドが到着した。
福内艦隊は天照の戦線離脱を支援するかの様に武蔵に五発の噴進魚雷を放つ。
放たれた噴進魚雷の内三発が武蔵の左舷に命中するが、三発程度の魚雷では武蔵の足を止める事は出来ず、武蔵は何事もなかったかのように航行を続けている。
「艦長、ブルーマーメイドより通信! 天照は至急この海域から退避せよとの事です!」
「事実上の撤退命令か‥‥」
鶫がブルーマーメイドからの通信内容をもえかに伝える。
ブルーマーメイドからの通信内容を葉月は撤退命令と判断したがやはり不安は拭えない。
本当に福内の艦隊だけで武蔵を止める事が出来るのか?
もえかもやはり武蔵の事が気になるのか海上の武蔵をジッと見ている。
「艦長、撤退命令は出ましたが予備兵力としてブルーマーメイド、武蔵の火器の射程外まで退避し引き続き武蔵監視の任を続行しましょう」
「う、うん。そうだね」
葉月はもえかにこのままこの海域に留まろうと言うともえかもそれに賛同し、夜間艦橋に居る鈴に指示を送る。
「本艦はこれより武蔵に対し強制停戦オペレーションを実行する」
福内が各艦に指示を送る。
「突入チームは武蔵乗員が学生であることを留意し極力格闘は避けるように」
今回のブルーマーメイドの作戦はスキッパー隊による強制停船オペレーション。
武蔵を停船もしくは減速させ抗体をもったスキッパー隊を武蔵に強襲させてウィルス感染した生徒に抗体を打ち込み、武蔵を完全停船させる作戦だ。
武蔵とやや距離を取り、同艦の左舷後方から単縦陣で接近した福内艦隊は作戦開始に合わせて右に90度回頭しつつ単横陣に続けて再び左に90度回頭し武蔵と同航し単縦陣を組む。
「凄い‥‥あんな綺麗に艦隊運動できるなんて‥‥」
夜間艦橋から福内艦隊の艦隊行動を見た鈴は感嘆する。
陸上とは異なり海では潮流の向きや速さ、海上の状況の影響を大きく受ける艦船は複数の艦船が統一された統一運動を行うことが難しい。
その難しい行動を一糸乱れずに行っている福内艦隊はたとえ予備兵力でも練度が高い事が窺える。
「二番艦(みやけ)、四番艦(はちじょう)。噴進魚雷攻撃始め」
福内艦隊の攻撃は武蔵の船体を捉え、再び武蔵の近くに幾つもの水柱が立つ。
「すご~!全部当たっているよ!」
CICから二番艦(みやけ)、四番艦(はちじょう)の攻撃が全弾当たった事を知った西崎が思わず声を上げる。
艦隊行動の他に攻撃による命中練度もやはり高かった。
それでも大和型特有の強固な水中防御構造に阻止されて効果的なダメージを与えられない。
やはり、艦数が圧倒的に足りない。
これが真冬率いる主力艦隊ならば、武蔵の足を止めるか速力を減速出来たかもしれない。
「武蔵の様子は?」
「砲撃は止まったけど損傷不明。速力変わらないわね」
福内が平賀に武蔵の状況を確認する。
だが、武蔵の速力が変わらない事から致命傷は与えていない事が窺える。
「一番艦(みくら)、三番艦(こうづ)右90度一斉回頭。突撃せよ」
福内艦隊はその機動力を生かして一度武蔵を追い抜き前方で大きく回り込むと続いて武蔵の右舷側へ攻撃を仕掛けた。
「主砲、攻撃始め」
一番艦みくらと三番艦こうづが武蔵に肉薄して武蔵を砲撃する。
スキッパー隊の脅威となりうる副砲を潰すのを目的としていたものでみくらとこうづの砲撃は武蔵の右舷副砲を潰した。
「目標右舷副砲破壊しました!」
「続いて二番艦(みやけ)、四番艦(はちじょう)噴進魚雷攻撃始め」
さらに武蔵の後方へ回り込むように運動した二番艦みやけ、四番艦はちじょうが再び噴進魚雷で武蔵を攻撃する。
しかし発射された噴進魚雷は見当違いの方向へと飛んでいく。
「何!?」
「作動不良!?」
「誘導システムにエラー発生!」
「魚雷発射管発射準備。無誘導に設定」
「了解」
無線による誘導が出来ないのであれば、学生艦と同じく無誘導のマニュアルで魚雷を打たなければならなくなった。
(んっ?何故、右舷側へ攻撃を変えたのだろう?)
葉月は福内艦隊の動きに疑問を感じた。
武蔵の足を止めるか減速させるならば、あのまま左舷を集中攻撃した方が良かったのではないかと思ったからだ。
両舷への散発的な攻撃はかえって武蔵に致命傷を与える事が出来ないのではないだろうか?
左舷に集中攻撃を加えて武蔵の左舷を浸水させれば注排水システムが作動して右舷の注水タンクへと海水が注水されるが、引き続き左舷側に攻撃を集中して右舷側のタンクを満水にしてしまえば武蔵の吃水は大きく下がり速力は嫌が追うにも低下する。
かつて天照が撃沈された時のように武蔵にも同じ戦法を使えば、撃沈させる訳では無いが武蔵を止める事が出来るはずだと葉月はそう思っていた。
「残弾各砲塔およそ90~100」
「針路変わらず。以前として浦賀水道に向かっています」
武蔵の艦橋では真白達正常組が武蔵に搭載されている砲弾の数と武蔵の行く先を検討していた。
「私達の船が…ブルーマーメイドを…」
乗艦している艦が味方の筈のブルーマーメイドを攻撃していることに関して意気消沈する角田。
「諦めずに私達は今、私達が出来る事を務めよう‥艦長がいたらきっとそう言うだろう。今は状況把握に努め、船を止めるチャンスを見つけることが私達の出来る精一杯の行動だ」
涙ぐむ角田に真白はハンカチを渡す。
今この艦橋での最高位は自分だ。
その自分が不安を見せればそれは他のクラスメイト達にも伝わり不安を増大させる要素となる。
真白だって不安で仕方ない中、気丈に振舞った。
それが上に立つ者の役割だと思って‥‥。
「副長‥‥」
とは言え、真白達にも余裕はなくなってきている。
約一ヶ月にもわたる艦橋ぐらし‥その途中で艦長の明乃の未帰還と言う最悪の事態がより状況を最悪にした。
と言うのも明乃が未帰還の後、警備が物凄く厳重となり真白達はあの日以降、艦橋の外へ物資を調達できずにおり艦橋にある残りの生活物資も残りが後僅かとなっていた。
二度にわたる攻撃でも武蔵に致命的なダメージを与えられず誘導兵器も使用不能となった福内艦隊は危険だが近距離での武蔵への攻撃を決意する。
「全艦魚雷攻撃始め」
武蔵の左舷側、単縦陣で同航戦から無誘導の魚雷で攻撃を仕掛けるが、やはり水中防御に守られた武蔵には大ダメージを与える事が出来ない。
逆に武蔵の砲撃を受けて四番艦のはちじょうが被弾し艦隊から落後した。
「四番艦被弾!ブルマー四番艦速力低下!」
展望デッキに居るマチコからの報告に葉月を除く天照の乗員は衝撃を受ける。
プロである筈のブルーマーメイドの艦が被弾して落後したのだから当然と言えば当然かもしれない。
「四番艦、はちじょうから報告!我航行不能!戦闘の続行不可能!」
「通常魚雷残弾ありません!」
はちじょうが落伍し、魚雷も残弾がなくなり戦況はいよいよ福内艦隊は追い詰められてきた。
「艦隊は目標右艦尾に回り込み突入要員の乗り移りを行う。各艦無人機準備次第発艦!」
魚雷を撃ち尽くした福内は最後の手段としてスキッパー隊による強襲接舷を選択する。
しかし、武蔵の火器及び機関はまだ健在の為、せめてものアシストとして無人飛行船を使用して艦橋及び測距儀と電探を目隠しして武蔵の砲撃を封じようとした。
無人飛行船が武蔵の火器を封じている間に機動力で勝るインディペンデンス級沿海域戦闘艦の機動力を生かして武蔵に肉薄し主砲と副砲を破壊、スキッパー隊で武蔵に強襲をかけようとした。
みくら、みやけ、こうづからは無人飛行船が発進し武蔵の艦橋近くを飛行する。
「無人機で目隠しを‥‥」
「流石ですね!」
今度こそ上手くいくかもしれないと思った福内の最後の作戦であったが、その作戦を武蔵はまるで読んでいるかのような対応をとった。
みくら、みやけ、こうづが武蔵に接近するのを狙っていたかのようにまず目障りな無人飛行船を武蔵は両舷の12.7cm高角砲で撃ち落した。
「速射砲!?」
突然の武蔵の反撃で判断が遅れた福内。
「面舵いっぱい!全速退避!」
福内は全艦に退避行動を命令するが武蔵の砲撃でみやけとこうづが被弾し落伍。
残るは福内のみくら一艦だけとなってしまった。
「ブルマー艦、残り一艦だけです!!」
マチコからの報告で天照の艦内では重い空気が流れる。
「ブルマー…一隻だけになっちゃったんだけど…」
CICで西崎が重苦しい感じで呟く。
(やはりこうなったか‥‥やむを得ない‥‥)
葉月は福内艦隊が全滅する事も計算の内で武蔵の足を止める策を練っており今こそそれを実行に移す時だと確信した。
「艦長‥‥宗谷校長と連絡を取ってもらえますか?」
「えっ?」
「武蔵の足を止める作戦があります。それを行うにはまず、宗谷校長の許可がなければ実行できないので‥‥お願いします。」
「わ、分かりました」
もえかは急いで真雪と連絡をとった。
「宗谷校長、天照艦長の知名もえかです」
「知名さん‥天照は今どこに?」
「現在、武蔵の主砲射程外ギリギリの距離を航行中‥引き続き武蔵を追尾しています」
「足止めに向かった福内さんの部隊が壊滅した報告はこちらでも受けました‥‥天照は直ちに現海域から離脱しなさい」
真雪は天照に戦線離脱を指示した。
「艦長」
葉月はもえかに声をかけ、真雪と繋がっている受話器を貸してくれと言う。
もえかは葉月に受話器を手渡す。
「宗谷校長」
「葉月さん」
「校長、撤退にはまだ早いです」
「貴女‥何を言って‥‥」
「武蔵の足を止めることが出来るかもしれない策があります」
葉月は真雪に自らが立てた作戦を伝える。
「成程‥‥」
「そのためにはまず、武蔵の測距儀を破壊しなければなりませんが‥‥その後‥‥」
「‥‥わかりました‥作戦を許可します」
「‥ありがとうございます。宗谷校長」
葉月は受話器を戻してもえかをジッと見る。
「艦長‥お話の通りです‥校長からの作戦許可は得ました。後は艦長の御決断次第です」
「‥‥」
真雪と葉月のやり取りを直ぐ近くで見ていたもえかは作戦の内容は理解していた。
だが、それでもリスクはある。
でも武蔵は止めなきゃいけない。
ブルーマーメイドも助けたい。
武蔵に乗っているみんなも助けたい。
それでも天照のみんなに何かあったらって思うとすごく怖い。
「でも‥それだと皆を‥‥」
「艦長‥‥皆は覚悟の上でこの艦に残ったのです‥‥皆を‥‥天照を信じて下さい」
「お姉ちゃん‥‥うん‥‥わかった」
もえかは早速、葉月が立てた作戦の準備をする。
「和住さん!!」
「は、はい」
「これから海兎を飛ばします!!準備をして下さい!!」
「えっ?この状況で海兎を飛ばすんですか!?」
「ええ、主計科の皆も和住さんと青木さんを手伝って!!」
もえかが和住に海兎の準備をする様に伝えている時葉月は、
「立石さん」
「うぃ」
「武蔵の測距儀を副砲で撃ち抜ける?」
「うぃ?」
葉月の言葉を聞き流石の立石も思わず声が裏返る。
「武蔵の艦橋の上の測距儀と後部の予備測距儀の両方を撃ち抜ける?主砲じゃなくて副砲で‥‥」
主砲では武蔵の乗員に死傷者を出す恐れがある。
故に測距儀を破壊するには副砲によるピンポイント射撃で破壊するしかない。
「で‥できる‥ただ‥‥ここからじゃ‥無理‥‥」
立石が言うように此処から出は副砲の射程外で撃っても届かない。
「距離に関しては海兎の発艦後に詰めるから大丈夫だよ。だからお願いね、立石さん」
「うぃ」
「艦長‥‥」
葉月がもえかの顔を見ると彼女を微笑んで頷く。
それを見て葉月も頷いた。
「それと西崎さん」
葉月はCICに居る西崎にも声をかける。
「ん?どったの?」
「砲雷科と水雷科で射撃が上手い人は誰?」
「えっ?射撃が上手い人?‥‥そりゃあ、私とタマだけど‥‥ああ、あと小笠原さんもなかなかの腕前だよ」
「じゃあ、西崎さんは高所恐怖症?」
「えっ?そこまで苦手じゃないけど‥‥」
「小笠原さんは?」
「わ、私ですか?私もそこまででは‥‥」
「じゃあ、二人は救命胴衣(ライフジャケット)を着て立ち入り禁止区画の前まで来て!!急いで!!」
「えっ?あ、うん」
「は、はい」
葉月は軍帽と上着を脱ぎ、ワイシャツの上から救命胴衣を着て西崎と小笠原を立ち入り禁止区画の前に集合させた。
本来ならば西崎といつも一緒に居る立石がいいかもしれないが立石には武蔵の測距儀を砲撃する仕事が有るので今回は小笠原に来てもらうことにした。
「では、艦長。自分は海兎の方へと行きます。艦を頼みます」
「うん。気をつけてね」
葉月ともえかが互いに敬礼して別れた。
そしてもえかは天照の乗員に作戦を下令する。
天照は一時、武蔵へと接近、同艦の測距儀と後部の予備測距儀を副砲で破壊する。
その後、海兎による攻撃で武蔵を止めるか足止めをする。
狙い目は武蔵の煙突だ。
もえかは葉月と真雪の会話を思い出す。
「武蔵の煙突を攻撃する?」
「はい‥内部の煙路を破壊して塞げば排煙は機関部に逆流して武蔵の機関員は退避せざるを得ない筈です。例えウィルスに感染しても生存本能が働き煙の籠る機関室へはとどまらない筈です」
「‥‥わかりました‥作戦を許可します」
葉月と真雪との間でこのような事があった。
空から煙突を攻撃するなんて今まで誰も考えたことは無い。
大和型の設計思想では想定していない攻撃方法だ。
だが、日本武尊型の場合はそれを想定して煙突を船体の上ではなく横に設置している。
もえかもこの作戦ならば成功するかもしれないと思った。
だが、その作戦を行うには武蔵の対空砲を黙らせなければならない。
やみくもに武蔵の上空へ行けば先程の無人飛行船と同じ末路を辿る事になる。
その為には武蔵の測距儀を破壊する必要がある。
測距儀を破壊すれば武蔵の射撃制度はガタ落ちになる。
その隙に海兎を武蔵の上空に飛ばして煙突を攻撃、武蔵を停止または足を鈍らせる。
これが葉月の考えた策であった。
葉月の指名により救命胴衣を着て立ち入り禁止区画の前まで来た西崎と小笠原。
天照には葉月の許可がなければ艦長のもえかでも入れない立ち入り禁止区画があった。
「そう言えばこの立ち入り禁止区画の中って何があるのかな?」
西崎が小笠原に立ち入り禁止区画の中には何があるのかを尋ねる。
「何だろう?でも此処って確か艦長でも先任の許可が無いと入れない場所なんでしょう?」
「じゃあ、私達が初めて入るって事?」
「まぁ、そうなるね‥‥でもさっきの先任の言葉も気になるし‥‥一体何をするつもりなんだろう?」
其処へ葉月がやって来た。
葉月は立ち入り禁止区画の前の扉に設置されている電子ロックのキーを叩き、次にブルーマーメイドの身分証をカードリーダーに通して鍵を開ける。
そしてガチャと音がして立ち入り禁止区画の扉が開く。
「こっちだ、急いで!!」
「「は、はい」」
葉月の後に続いて西崎と小笠原は初めて立ち入り禁止区画の中へと足を踏み入れた。
そしてある部屋のドアを開ける。
部屋の外の看板には『武器庫』と書かれていた。
「「‥‥」」
部屋の中に入った西崎と小笠原は唖然とした。
なかには沢山のライフルや手榴弾、拳銃が保管されていた。
「な、なんでこんなものが学生艦に積まれているのさ?」
西崎がもっともな質問を葉月にする。
「ん?万が一のことを思って積んでいたの。まさか、此処で役立つとは思わなかったよ」
((先任が思っていた万が一って一体何‥‥!?))
葉月の返答にも唖然とする二人だった。
そんな二人を尻目に葉月は武器庫の中であるモノを探してソレを見つけた。
「あった‥‥数は‥‥五個か‥‥少々心もとないけど贅沢は言っていられないか‥‥二人とも手伝って!!コレ全部持って行くよ!!」
「えっ?」
「この大きな箱全部ですか?」
「相手は超弩級戦艦‥ケチケチしてられないよ。むしろこれだけでも足りないぐらいだ」
そう言って武器の中にあった台車を用意して、三人は台車に箱を乗せ始めた。
「それでこれをどうするの?」
「海兎の所まで持って行く!!」
「その後は!?」
「コレを積んで、二人には空からこれで武蔵を攻撃してもらう!!」
「「空から!?」」
台車を押しながら葉月の言葉に驚く二人。
やがて、台車は海兎の下へとやって来た。
そこには和住、青木の他に主計科のメンバーが待っていた。