海原にMuss i dennが流れている中、シュペーの姿は次第に小さくなり、やがて水平線の彼方へと消えて行った。
「行っちゃったね‥‥」
「はい‥‥」
幸子は未だにミーナの事を思っているのかシュペーが消えて行った方向を寂しそうに見ている。
シュペーの姿が完全に消え、天照も明石と間宮との合流地点へ向かう事になる。
そこで二艦と合流後、天照は補修と補給を受ける予定だ。
葉月が艦内へと戻ろうとした時、幸子が不意に葉月の服の裾を掴む。
「ん?納沙さんどうしたの?」
「‥‥先任‥私‥‥今日、とても寂しいんです‥‥だから、今日は一緒に寝てください////」
顔を赤くし、俯きながら葉月に今夜一晩付き合ってくれと頼む幸子。
(あれ?なんかこんな展開、前にあった気がする‥‥)
デジャヴを感じつつも葉月は、
「の、納沙さん!?いきなり何でそんな事を!?‥‥だ、ダメに決まっているじゃん!!」
勿論拒否した。
しかし‥‥
「あれあれ~良いんですか?そんな事を言って」
幸子はニマッと何か悪巧みを考えていそうな笑みを浮かべる。
「ど、どういう事かな?」
「ふっふ~ん‥‥先任、この前艦長とこんな事をしていたじゃなですか~」
幸子はタブレットを操作して先日、葉月ともえかが関係を持っていた時の写真を見せた。
「っ!?」
「いや~驚いちゃいました~まさか、先任と艦長がこんな関係になっているなんて‥‥これが、他のクラスメイトにバレたら先任も艦長も立場無いんじゃないんですか~?」
幸子は幾分か顎を逸らし、胸を突き出すようにしている。
そして眼には蔑みの色がある。女性が良くやる挑発のポーズだ。
「くっ‥‥」
葉月としては自分よりも、もえかがクラス内で孤立するのは何としても避けたい。
それ以前にもし、この事実が学校にバレたら、もえかは退学処分になる恐れがある。
「こ、今夜‥一晩‥付き合ったら、その写真は‥‥」
「勿論、消しますよ」
「‥‥くっ、分かった‥‥」
葉月は幸子の要求を呑む事にした。
「~♪」
「‥‥」
幸子の部屋へと向かう中、幸子は葉月が逃げない様にがっちりと腕をホールドし、鼻歌を歌っている。
(艦長があそこまで、乱れるなんて先任って意外にテクニシャンなのかもしれませんねぇ~楽しみです~)
(な、なんでこんな事になったんだ‥‥あの時、ちゃんと鍵を確認しておくべきだった‥‥でも、見られたのが納沙さん一人でこの場は良かったのだろうか?)
その後、幸子の部屋に着いた葉月は拒否権がある訳もなく、幸子と関係を持ってしまった。
葉月と幸子が部屋で共に乱れている頃、
(むっ!?)
キュピーン!!
天照の艦橋で勤務中だったもえかは何かを感じた。
「艦長、どうかしましたか?」
もえかと共に艦橋に居た鈴が声をかける。
「‥‥お姉ちゃんが何処かでフラグを立てた気がする」
「はい?」
鈴はもえかの言っている事が分からず、首を傾げた。
また、宗谷家でも、
「むっ!?」
キュピーン!!
「ん?どうしたの?真霜」
「葉月がまた誰かにとられた気がする!!」
「えっ?」
真霜がなんか怒っている様子で真雪には何故、真霜が此処まで不機嫌なのか分からなかった。
翌朝、幸子の部屋には生まれたままの姿で眠る幸子が居り、彼女の顔はとても幸せそうだった。
幸子が寝ている間に、葉月は例の写真のデータを消した。
天照は予定通り、明石と間宮の邂逅地点まで無事に到着し、そこで早速補修と補給作業に入った。
作業中は特にすることも無かったので、周辺の警戒にとどまっている。
そんな中、艦橋に、
「てーへんだてーへんだ!てーへんでーい!」
背中に「大漁」と書かれた浅葱色の半被を来た麻侖が飛び込んできた。
「マロンちゃん、どうしたの?」
「機関部でどこか問題でもあった?」
「違う!!」
麻侖が慌てて飛び込んできたので、機関部で問題があったのかと思ったが、違う様だ。
「じゃあ、機関科の誰が体調悪いの?」
「みんな元気でぇい!」
次に機関科の誰かが病気にでもなったのかと思ったが、どうやらそれも違うらしい。
「だったら何!?」
西崎が麻侖に何をそんなに騒いでいるのかを尋ねると、
「もう天照は赤道を越えているじゃねぇか!!」
明石との邂逅点が既に赤道を超えている事に麻侖は目を輝かせて言う。
「赤道?」
「確かに…そうですね」
幸子がタブレットで天照の現在位置を確認すると、確かに麻侖の言う通り、天照は赤道を越えていた。
「で?何かやりたいの?」
麻侖のテンションから恐らく何かのイベントをやりたがっているのだろうと予想する葉月。
「赤道祭だ!!」
麻侖は折角赤道を越えているのだから、赤道祭をやろうと言う。
確かに現在、補給・補修中の天照は、周辺の警戒のみでやる事もない。
それに乗員もオーシャンモール以降、比叡、シュペーとの戦いが続いて息抜きも必要だろう。
もえかは麻侖の提案を了承して赤道祭をする事にした。
赤道祭をするにあたって、もえかは天照の乗員、全員に赤道祭を行う事を伝える為、全員を講堂に集めた。
集められた乗員の中で赤道祭を行う事をまだ知らない乗員達の間にはなんだろうと声が上がっている。
そして、全員が集まり、もえかは今回、全員を集めた訳を話す。
「本艦は補修中でもありますし、赤道祭を行いたいと思います」
「赤道祭?」
「また適当に名前つけたっすね」
青木は赤道祭が安直なネーミングセンスな祭りだと言う。
その発言はちゃんと麻侖の耳にも入っていた。
「なにいってぇんだ!赤道祭は由緒正しい祭りでぇい!」
麻侖は決して安直なネーミングセンスの祭りではないと反論する。
「どこが由緒正しいのですか?」
そこへ、楓が赤道祭について麻侖に質問する。
「それはなぁ…クロちゃん説明してくれぇい!」
麻侖は隣に立って来た黒木に赤道祭の由来の説明をする様に促す。
(マロン、このために私を一緒に前に立たせたわね)
黒木は何故、自分が麻侖と共に教壇の前に一緒に居る様に言われたのかその訳がようやく分かった。
「風が吹かないと航海できなかった大航海時代に赤道近くの無風地帯を無事に航海できるように海の神に祈りを捧げたのが始まりだったそうよ。そして赤道通過した時に乗員が仮装をしたり寸劇をしたりとまさにお祭り騒ぎだった記録が残っているわ」
「ふーん」
「へー」
「そうなんだ」
日値、武田、小笠原の砲術科三人娘は赤道祭の由来を知っても「そんなのどうでもいい」と興味なさげな様子。
いや、砲術科三人娘の他、大半のクラスメイト達も興味無さそうな様子だった。
「実行委員長には機関長の柳原さんが立候補してくれました」
「やっぱり‥‥」
「まじか‥‥」
同じ機関科の若狭と留奈は恐らく機関制御室で麻侖が赤道祭をやりたいと聞いていたのだろう。
反応は、「マジでやるのかよ!?コイツ」と言った感じだった。
「皆の衆盛り上がっていくからな!それぞれ出し物を考えておいてくれよな!祭は明日の明日だからな!」
(ちょっと準備期間が短すぎないか?)
明日に赤道祭をやると言って準備期間が今日と明日の二日だけで大丈夫かとちょっと心配する葉月。
「めんどくさいっす…」
青木は赤道祭についてストレートで口にする。
彼女以外にもやはり赤道祭に対して大半のクラスメイトはやはり、やる気がない様子だった。
ただ、青木の隣に居る和住は口には出さないが、何かを決意した様子で、彼女は赤道祭には積極的な様子だった。
赤道祭の旨を伝えた後、解散となり、もえかは補修と補給作業を指揮している杉本と藤田の二人から作業の様子を聞きに行った。
「どうです?」
「必要な物は全て補充しといたわ」
「ただ、補修作業はもう少し時間がかかる」
「ゴメンね。また手間かけさせちゃって」
「ううん。天照の奮闘ぶりは私達も聞いているから。比叡を座礁させたり、シュペーへの乗り込み作戦を成功させたり‥‥」
「変わり者を寄せ集めたって印象だけど凄いね~」
「ハハ‥ありがとう‥‥」
(変わり者を寄せ集め‥‥って事は私もその内の一人に入るのかな‥‥?)
杉本がそう思うのも無理は無く、天照の乗員は、天照自体がトリッキーな戦艦と言う事で葉月が個性の強い乗員を集めたから、そう思われていたのだ。
その頃、艦橋では、
「出し物何やります!?」
幸子が葉月に赤道祭での出し物は何がいいかを尋ねていた。
どうやら、幸子は赤道祭の参加に積極的な様だ。
ただ、幸子と葉月との距離が物凄く近かった。
「やっぱ、やんなきゃいけないの~?」
「う~」
しかし、西崎と立石は大半のクラスメイト同様、あまり赤道祭には積極的な様子ではなく、むしろめんどくさいと言う印象が強かった。
「私考えてもいいですか!?」
「止めとけ」
「え~!」
幸子の普段の一人芝居や任侠物が好きな様子を見る限り、演劇なのかもしれないが、とんでもない内容のモノになりそうだったから、葉月は幸子に止めておくように言った。
幸子はそれに対して不満そうだった。
「ココちゃんの考える事私達きっとついていけない気が…」
鈴も葉月と同じ事を考えていた様だ。
まぁ、普段の幸子の様子を見れば分かるかもしれない。
「じゃあ、先任も一緒に考えてくださ~い」
そう言って幸子は葉月に抱き付く。
その様子を作業現場から戻って来たもえかが目撃した。
(むぅ~‥‥なんか、納沙さん‥ちょっとお姉ちゃんと距離近すぎじゃない?)
葉月と幸子の様子が気に入らないのかもえかは頬を膨らませた。
天照で補修と補給作業、赤道祭の準備が行われている頃、横須賀のブルーマーメイドの会議室では、各艦の艦長、副長クラスのメンバーが集まり、現段階までの調査報告が行われていた。
「検査の結果ウィルスに感染した生徒は正常に戻ったわ。天照がシュペーに行った作戦は成功よ」
「すごいですね!」
「表彰ものです」
スクリーンには天照が行ったシュペーへの強襲作戦の映像が流されていた。
これはゼーアドラー基地に戻ったシュペーからブルーマーメイドに提出されたモノだった。
「あの海兎と呼ばれるオートジャイロは、やはり今後のブルーマーメイドの活動において必要なのでは?」
「私もそう思うわ。でも、今は今回のこの事態の収束を優先する。海兎の実戦配備はこの事態が終わった後、本格的に議題に上げるつもりよ。さぁ、私達も学生達に負けていられないわよ。我々、ブルーマーメイドもこれからパーシアス作戦を展開するわ。抗体の増産は現在急ピッチで進んでいる。完了と共に一斉に行動開始よ」
真霜の言葉に皆が頷く。
「鳥海、摩耶、五十鈴は真冬部隊によって制圧済みで残るのは涼風、天津風、磯風、時津風それから‥武蔵」
武蔵の写真が映し出されると、皆は緊張した面持ちになる。
巡洋艦、駆逐艦クラスならば、ブルーマーメイドのインディペンデンス級沿海域戦闘艦でも十分に対処可能であるが、46cm砲搭載の超弩級戦艦相手では、インディペンデンス級沿海域戦闘艦は少々頼りない。
しかし、他の46cm砲搭載の戦艦がドックと近海に居らず、しかも他の戦艦もドック中と言うまさに最悪のタイミングの中、現状の戦闘力でやるしかない。
武蔵相手にインディペンデンス級沿海域戦闘艦が少々頼りなくても数ではブルーマーメイドの方が勝っている。
数の力で押し切るしかなかった。
「真冬部隊によると武蔵最終確認地点はウルシー南方。進路は西。おそらくフィリピン方面に向かったと思われるわ。ただし現在位置は不明よ」
(真白‥無事だと良いけど‥‥)
武蔵の現状を説明している中、真霜は武蔵に乗っている妹の身を案じた。
また、今回の作戦の決定と詳細は天照が所属する横須賀女子‥真雪の下にも伝えられた。
「今後はブルーマーメイド主導で作戦を展開するとのことですが学生艦にも協力の要請が来ています」
今回の事態の収束においてはあくまでもブルーマーメイドを主体とし、海軍への出動要請は行わないものとした。
軍を動かせば、隣国にいらぬ刺激を与えかねない為、国際的にも共通の組織であるブルーマーメイドが行えば、外交問題にもある程度は弁解が出来るからだ。
「生徒に負担はかけたくないけど感染の拡大は何としても防がなければ‥‥船の現況は?」
「風早・秋風・浜風・舞風は学校に戻ってきています。長良・浦風・萩風・谷風は依然偵察中。そして天照は間宮・明石による修理中です。天照の修理が終わり次第、明石と間宮も学校に呼び戻す予定となっております」
「天照の生徒達の様子は?」
「艦長からは赤道祭の準備中との報告がきています」
「フフッ、そう‥修理が完了したらブルーマーメイドの作戦に協力せよと伝えて」
「承知しました」
(葉月さんにはまた、面倒をかけるかもしれないけど、今、この事態を解決させるには天照の力がどうしても必要なの‥‥頼んだわよ‥葉月さん)
天照が補修と補給作業を受けてから二日が経った。
炎天下の中、黒木が甲板上に提灯をぶら下げる作業をしている。
周りを見ると赤道祭の準備をしているのは黒木だけで、砲術科三人娘達は水着に着替えて水鉄砲でサバゲーをしているし、同じ機関科のメンバーは砲術科三人娘と同じく水着に着替えてデッキチェアで優雅に日光浴をしている。
和住は木箱の上に座り何かを書いている。
マチコはパラグライダーをやっていた。
「あなた達も手伝ってよ!」
そんな現状に不満なのか黒木が不機嫌そうな顔と声で日光浴を楽しんでいる機関科のメンバーに声をかける。
しかし、返答は、
「暑いから動きたくな~い」
である。
(はぁ~これで赤道祭なんてできるのかしら?)
黒木は進んでいない赤道祭の準備に不安を覚えた。
「なかなか大変大変~」
一方、近くで何かを描いていた和住は描いていたものが完成したらしく、スケッチブック片手に食堂へと向かった。
その食堂では麻侖と炊事委員の三人が赤道祭で出す模擬店について話し合いをしていた。
「やっぱり屋台はほしいよな。定番もいいけどスカっぽい感じもほしいよな!」
「スカ?」
「横須賀のことじゃない?」
「分かった、色々考えてみる」
麻侖のテンションに若干押され気味なのか炊事科の三人はちょっと困ったような笑みを浮かべて模擬店の内容を考えると言う。
そこへ和住がやって来た。
「ねぇねぇ。主計課でいらない木箱とかない?」
「お!出し物で使うのか!?」
「ううん。ちょっと個人的に作りたい物があるんだ」
「なんだよ個人的って!」
「な・い・しょ」
和住は口に人差し指を当てて自分が作りたい物を秘密にした。
「むぅー」
和住の行為に納得がいかない様子の麻侖は不機嫌そうな様子で甲板を歩いて赤道祭の準備確認をすると、甲板で楓と鶫、慧の三人がスイカ割りをしていた。
「何やってんでぃ」
「スイカ割り~」
「万里小路さんすごいの!絶対外さないの!」
「参る!!」
楓が木刀を振り下ろすとスイカは綺麗に割れた。
「‥‥」
麻侖が唖然として割れたスイカを見ていると、
「機関長もスイカ食べる?」
割られたばかりのスイカを食べるかと誘いを受けるが、
「い、いらねぇよ!!」
麻侖は断ってまたズカズカと甲板を歩きだす。
「まったく、どいつもこいつも‥‥」
遊んでいるばかりで祭りの準備をしていないクラスメイト達に愚痴る麻侖。
そこに、砲術科三人娘の水鉄砲の水が麻侖に直撃する。
「あっ、機関長」
「ゴメン」
「遊んでいる暇があったら祭りの準備をしろー!」
「えー」
「全方位盛り上がってないんですけど‥‥」
「も…盛り上がってない…?」
「水鉄砲大会の方が面白くない?」
武田の発した言葉が麻侖の胸にグサッと刺さる。
それは、麻侖にクラスメイト達の現状を代弁させるかの様だった。
更に日値による駄目押しの言葉は水鉄砲>赤道祭と言う公式を麻侖に突きつけているかのようだった。
そして、決定づけたのは黒木を除く同じ科の仲間の様子であった。
麻侖の目の前では、祭りの準備をせずに水着で日光浴を楽しんでいる仲間たちの姿。
若狭が女性雑誌を見ていると、雑誌を影が覆う。
太陽が雲に入ったのかと思い、顔を上げると其処には前髪の影で顔を覆った麻侖の姿があった。
「み…みんな何やってんのよ!」
若狭の大声で他の皆も目を開けると、其処には不機嫌そうな様子の麻侖の姿。
「「うぅん?げぇっ!」」
「き、休憩終わりー!」
「これどこにつけるんだっけー?」
「祭りだー祭りだー!」
麻侖の姿を見た皆は直ぐに立ち上がり、黒木を手伝う。
しかし、その姿は余りにも無理があり、もはやその場しのぎで麻侖の機嫌を取ろうとしているのは一目でわかる。
「わざとらしいしなくていいんだよ」
当然、麻侖もそんな事はお見通しだ。
『えっ!?』
「よーくわかったよ…みんな赤道祭なんてどうでもいいんだな!」
クラスメイト達があまりにも赤道祭への参加に積極的でない事に等々麻侖がキレた。
「マロン…そ…そんなことないってば…」
「めっちゃ楽しみー」
「わーいわーい」
皆は必死に取り繕うがそれは焼け石に水、火に油を注ぐ行為だった様で、
「無理すんな…おめぇらに慰められたくねぇや!」
「あっ、マロン」
麻侖は完全にブチ切れると何処かに走り去って行った。