水不足、そして嵐に巻き込まれた天照。
嵐の中を航行する天照でもえかのかつてのトラウマが発動。
彼女の過去を知った葉月とミーナ。
そんな中、商店街船、新橋が暗礁に乗り上げ、航行不能に‥‥
一番近くにいる船は天照しかいない。
天照は直ちに現場へと急行し救助作業を始める。
乗員の救助が進んで行く中、ある夫婦の子供、多聞丸が行方不明に‥‥
葉月とミーナは沈みゆく新橋にまだ子供が残されていると言う事で捜索へと向かった‥‥。
「乗員の避難は終了しました!」
「中に入った救助隊、船底を調べていたダイバー隊も船から出てきたそうです!」
全員の避難が終了した報告が入り、天照の艦橋にホッとした安堵感が出始める。
ただ、次の報告でその空気は一転した。
「でも先任とミーナさんが船尾方向の捜索に向かったとの報告が…」
「えっ?」
「小さいお子さんが行方不明だそうで‥‥」
(先任‥‥ミーナさん‥‥)
もえかに出来た事は二人が無事に戻ってくることを祈るしか出来なかった。
「自分はこっちを!!」
「それじゃあ、わしはこっちを!!」
新橋の飲食店街地区へと入った葉月とミーナは二手に分かれて捜索する事にした。
船が沈んでいく中、二人で探すよりも分かれて探した方が、時間短縮になる。
「ただし、時間がない‥最悪の場合は自分の安全を優先して‥危ないと思ったらすぐに上甲板に避難を!!」
「分かっておる。先任も気をつけてな」
二手に分かれて葉月とミーナは既に電源が落ち、暗闇となっている新橋の中を懐中電灯の灯りだけで捜索した。
「多聞丸君!!」
こんな暗闇の‥‥まして沈んでいく船の中、独りでいては心細い筈。
一刻も早く両親の下へと連れ戻さなければ。
葉月とミーナはそんな思いを抱いて新橋の中を走る。
そんな時、新橋のコンビニの中から、
「ニャー」
猫の鳴き声が聴こえた。
すると、コンビニの中の出入り口の前に子猫がちょこんと座っていた。
「‥‥小さい子って…子猫のことか…」
葉月は電源が落ち開かなくなった自動ドアをこじ開けて目の前の子猫を見る。
子猫がつけている首輪には確かに「TAMONMARU」と文字が彫られていた。
人間の子供ではなかったが、子猫だって生きている。
沈んでいく船に残して良い筈がない。
猫アレルギーの葉月であったが、内火艇に連れて行くまでの短い時間、辛抱すればいいだけの事。
「ミーナさん、多聞丸を見つけた」
「本当か!?」
「ああ、だから、ミーナさんは先に上甲板に戻って避難を!!」
「了解」
ミーナに多聞丸が見つかった事を知らせて、先に避難させ、子猫を抱き上げて戻ろうとする葉月。
幸い多聞丸は人懐っこい猫の様で葉月が近づいても逃げる事がなかったので、簡単に抱き上げることが出来た。
「クシュンっ!!」
やはり、猫アレルギーの葉月は案の定、多聞丸を抱き上げるとくしゃみが止まらなかった。
多聞丸を抱き上げ、上甲板に避難しようとしその時、
ギッギギギィ‥‥
新橋の船体は鈍い音を立て始めた。
どうやら、この船の最後が来たみたいだ。
破孔からの浸水は勢いを増し、新橋の船体は海へと沈んでいく。
「ヤバッ‥‥」
「大変どころじゃ‥なさすぎる‥‥」
内火艇で葉月とミーナの帰りを待っていた姫路と松永は沈み始めた新橋を見て呟く。
「艦長!新橋が沈み始めました!!」
「っ!?」
もえかが双眼鏡で新橋を確認すると、新橋は沈みながら真っ二つに折れた。
「真っ二つじゃん!!」
「艦長!!まだ船内に先任とミーナさんがいるそうです!!」
「そんな・・・・」
もえかは幸子の報告に絶句した。
その沈んでいく新橋では、
「えらいこっちゃえらいこっちゃ!」
先に上甲板に避難したミーナが船の縁を走って逃げていた。
「いた!!ミーナちゃん!!こっちよ!!」
「ミーナ、早く逃げて!!」
内火艇のみんなは探照灯でミーナを照らす。
「逃げとるんじゃい!!」
「飛び込んでください!!」
ミーナは海に飛び込み、内火艇まで泳ぎ、無事に救助された。
「先任、先任、聞こえる!?」
「聞こえています」
「船体が真ん中から裂けたの。このままじゃ沈没する。早く避難を!!」
「了解‥‥クシュン!!」
葉月も逃げていたが、突如通風孔から大量の海水が流れ込んできた。
「ミーナさんは無事に脱出されました」
楓がミーナの無事をもえかに報告する。
「先任は!?」
「まだ確認できていません。その‥‥連絡が‥‥切れましたわ‥‥」
「っ!?」
楓の報告を聞き、もえかの手から受話器がするりと床に落ちた。
(また‥‥なの‥‥私はまた海で大事な人を失うの‥‥)
もえかは震える自身の身体を抱きしめた。
その連絡が途絶えた葉月はまだ新橋の船内に居た。
葉月はコンビニの商品棚の上に多聞丸と共に避難していた。
だが、先程海水が押し寄せてきた時、無線機を落としてしまった。
しかも、此処も何時までも安全とは言えない。
既に商品棚の上部まで浸水しかかっていて、いずれここも水没する。
「ニャ~」
「クシュン‥‥怖いよな‥‥自分も正直に言うとちょっと怖い‥‥クシュン」
多聞丸が不安そうに鳴く。
溺死は苦しい。
海での死を覚悟している海軍軍人も心の中では海の中での窒息死は避けたいと思っている。
「でも、諦める訳にはいかない‥‥お前をあの夫婦の下に返すのが今の自分の使命だからな‥‥行くぞ、こんな結末認められるかよぉ!!」
葉月はコンビニの天井にあった通風孔の蓋を懐中電灯の底で叩いて外して中へと入った。
天照の艦橋では、もえかが震えながら固まっている。
「艦長」
幸子が心配そうに声をかける。
「艦長しっかりしてください!!」
鈴も声をかける。
「っ!?」
鈴の大声でもえかは、ハッと我に帰る。
「‥‥そう‥‥だね‥‥救助者に毛布と何か暖かい食べ物や飲み物を‥‥タンクの中が空になってもいいから出してあげて」
「はい」
真水の残量が少ない中、もえかは惜しみなくそれを使って構わないと指示を出した。
沈んでいく新橋から離れていく内火艇。
「みんな‥‥いるよね?」
「航海科の子達は?」
「一号艇で救助した人達と先に戻ったよ」
不安そうに新橋を見る内火艇に乗るクラスメイト達。
ミーナは防寒ポンチョをきて、非常食をかじっている。
「あとは先任だけ?」
「先任‥‥」
その時、突如空から内火艇を照らす無人飛行船がいた。
その無人飛行船は紛れもなく‥‥
『ブルーマーメイドだ!』
そう、新橋の救助に来たブルーマーメイド隊の無人飛行船だった。
それからすぐにブルーマーメイド隊員が乗ったスキッパーが次々と新橋へと向かって行く。
そんな中、一艇のスキッパーが内火艇へと接近する。
「ブルーマーメイド保安観測部隊の岸間です」
「天照!砲雷科、小笠原光以下救助隊です!」
「ありがとう。後は任せて!」
「まだ船内に乗員一名が!」
「了解」
岸間は小笠原に応えるようにハンドサインを返した。
「要救助者一名!」
ブルーマーメイドのスキッパーは全速で新橋へと向かった。
その頃、新橋船内の通風孔では葉月が匍匐前進の姿勢で先を進んでいた。
しかし、葉月の持っていた懐中電灯の光が電池切れか動作不良を起こして消えてしまった。
「くそっ‥‥クシュン!!」
葉月は光が消えた懐中電灯を苦虫を嚙み潰したような顔で見た。
天照では、もえかが乗員に指示を出し続けていた。
「救助者に毛布と食べ物、飲み物は行き渡った?」
「はい」
食堂では杵﨑姉妹、みかんが救助者におかゆ、お汁粉、生姜湯を配っていた。
そして、医務室では美波が救助者のメディカルチェックを行っていた。
「艦長、救援艦より通達。現在、ブルーマーメイド隊が先任の捜索をしているそうです」
(先任‥‥お姉ちゃん‥‥)
「ニャ~」
「‥‥しょうがない‥アレを使ってみるか‥‥クシュン!!」
葉月はショルダーバッグが手榴弾を取り出した。
取り出した手榴弾を葉月はジッと見る。
(もし、船体が完全に水没していたら、破孔から海水で流れ込んで自分も多聞丸も土左衛門になる‥‥でも、此処でこのまま何もしないとやっぱり土左衛門になる‥‥それなら‥‥)
葉月は少しでも生き残れる可能性の方を選んだ。
まず、手榴弾を上部にテープで固定し、安全ピンにワイヤーを結んで、少し離れる。
そして、安全距離をとると、ワイヤーを引っ張った。
すると、手榴弾から安全ピンが抜けて‥‥
ドカーン!!
爆発が起きた。
「なに!?」
新橋の船底で救助作業をしていたブルーマーメイド隊は突然の爆発に驚いた。
新橋の船底の一部に大きな穴が開いた。
「い、一体何が‥‥」
岸間は突然空いた穴を緊張した面持ちで見ていた。
爆発が起きた後、破孔から海水で流れ込んでくる気配はなく、葉月は爆破した破孔へと進んで行く。
そして、破孔からは朝日の光が差し込むのが見えた。
葉月が破孔から顔を出すと、
「ん?」
「えっ?」
キョトンとした岸間の顔が見えた。
「あっ、どうも‥‥クシュン!!」
「要救助者一名確認!」
二人が顔を見合わせると、葉月は岸間に挨拶をし、岸間は仲間のブルーマーメイドの隊員を呼び寄せる。
「先任!!」
「よう、生きとったの?我」
「ニャ~」
多聞丸も嬉しそうに鳴く。
「助かったぞ、よかったにゃ~‥‥クシュン!!」
「なんで、ネコ言葉になっとる‥‥?」
つい出してしまった言葉にミーナ達は困惑していた。
そして、天照へと戻った葉月は多聞丸の飼い主夫婦に多聞丸を無事に救助出来た事を報告する。
「多聞丸無事救助しました!‥‥クシュン!!」
「ありがとうございます。多聞丸」
奥さんが葉月から多聞丸受け取ろうしたら多聞丸は逃げ出し、葉月の足元にすり寄り、そこから離れない。
「こらこら、多聞丸。行かないと‥‥」
「ニャ~」
「多聞丸」
「あ、あの‥‥」
葉月と多聞丸の様子を見ていた若夫婦は、お互いに目を合わせて。
「よかったら面倒見てやってください」
「えっ?」
「ご迷惑でなければ」
「きっとそいつも喜びます」
「で、でも‥自分、猫アレルギーで‥‥」
「何を言うとる!!沈みゆく船で生死を共にした仲じゃろうが」
ミーナは夫婦の折角の行為なのだから、受け取ってやれと言う。
「わ、わかりました。引き取らせて頂きます‥‥クシュン!!」
こうして猫アレルギーにも関わらず、葉月は多聞丸を引き取る事になった。
「お手数ですがそれを横須賀女子海洋学校まで届けてください」
美波は岸間に例のハムスターに似たあの小動物をケースごと手渡した。
「了解しました」
「それと、これも‥‥」
美波は更に大きめの茶封筒も岸間に手渡した。
「これは?」
「抗体と私の報告書です」
「わかりました」
岸間は美波の報告書とハムスターに似た生物を持って自艦へと戻って行った。
「ただいま戻りました。艦長‥‥クシュン」
顔も服も煤で汚れたままであったが、葉月はもえかに帰還報告をした。
葉月の声を聞いたもえかはすぐに振り返り葉月に抱きつく。
「よかった無事で!私待っている間ずっと苦しかった!また大切な人が海に消えちゃうと思って‥‥よかった‥‥ホント無事で‥‥」
もえかは葉月の胸元で泣き始めた。
すると、
「ニャ~」
葉月の胸元から多聞丸が出て来た。
猫アレルギーの葉月が猫を持っていることに艦橋にいたクルーは驚いていた。
しかし、葉月は猫アレルギーだが、別に猫が嫌いと言う訳では無い。
「もう一匹‥乗せてもいいだろうか?艦長?」
「うん!勿論だよ!!」
「うわー可愛い!!」
「ホント、可愛い!!」
艦橋にいたクラスメイト達は多聞丸に触り始めた。
子猫の多聞丸はあっという間にみんなに人気のマスコットとなった。
天照はブルーマーメイドの救援艦から真水を補給してもらい、再び武蔵捜索の任へと戻った。
「本職のブルマーは流石だったな」
「私もお母さんがブルーマーメイドで、遭難した時助けてもらったからブルーマーメイドになろうと思ったんだ‥‥それに船に乗れば家族ができると思って‥‥」
「へぇ~艦長のお母さんブルーマーメイドだったんだ‥‥」
西崎がもえかの母親がブルーマーメイドだった事を知り、意外そうに言う。
「今も海で働いているんですか?」
幸子が尋ねると、
「ううん‥私が遭難した事故で‥‥」
「あっ‥‥ごめんなさい」
幸子はまさか、もえかのお母さんが死んでいたとは知らず、思わずシュンとする。
「ううん。お母さん言ってた。海の仲間は家族みたいなんだって!」
もえかは幼いとき、施設で出会った明乃と約束した事を艦橋メンバーに話した。
「その明乃という子が武蔵の艦長か…わしもうちの艦長‥‥ティアとはずっと一緒じゃった。ウイルスの抗体もできたことじゃしな。早く助けに行きたい」
ミーナはシュペーに残して来た親友の身を案じた。
その日の夜‥‥
昨夜からの救助作業でほぼ徹夜状態の葉月は寝間着に着替え、ベッドへと倒れ込む。
これだけ疲労していたらすぐに眠れるだろう。
ちなみに多聞丸は念の為、今日は検査の為、美波の所に居る。
そう思っていると、
コンコン
と、部屋のドアをノックする音が聴こえた。
(ん?誰だろう?こんな時間に?またミーナさんと納沙さんが来たのかな?)
眠い中、葉月はベッドから起き上がり、ドアを開ける。
すると其処には‥‥
「艦長」
「‥‥こんばんは‥先任」
葉月の部屋に訪れたのはもえかだった。
「どうしたんですか?艦長」
「その‥‥先任‥‥ううん‥お姉ちゃんと話をしたくて‥‥」
もえかは敢えて葉月を役職名でなく、普段の私生活で呼んでいるお姉ちゃんと呼ぶ。
「‥‥どうぞ」
葉月はもえかを部屋へと招き入れた。
ただその時、葉月は疲労で集中力が低下していた為、もえかが後ろ手に部屋の鍵をかけた事に気付かなかった。
ベッドに座ったもえかと葉月。
「それで、話と言うのは?」
「‥‥その‥‥お姉ちゃん、ゴメン」
「ん?」
「私、武蔵のあの一件から自信を無くして‥‥それでお姉ちゃんに嫉妬してた‥‥でも‥‥今日、お姉ちゃんが新橋に残されたって聞いて本当に怖かった‥‥お姉ちゃんもお母さんみたいに私を置いてどこかに行っちゃうかと思って‥‥」
「‥‥」
葉月はもえかの頭に手を乗せ、彼女の頭を撫でる。
「お姉ちゃん?」
「自分の方こそ、ごめん‥‥もえかちゃんの傍に居ながら君の焦りの感情を受け止める事が出来なくて‥‥これじゃあ、お姉ちゃん失格だね」
「ううん、そんな事ないよ‥‥でも、今日は本当に心配したし、怖かったんだよ‥‥だから‥‥その‥お姉ちゃん‥‥」
「ん?」
「今日は一緒に寝よう」
「‥‥」
この時、葉月はもえかは自分と添い寝をしようと言っているのかと思い、
「わかった」
もえかと一緒に寝る事を了承した。
すると、もえかはベッドから立ち上がると、寝間着を脱ぎ始めた。
「えっ?も、もえかちゃん?い、一体何を?」
「えっ?だってこれから一緒に寝るんでしょう?」
「い、いや、そうだけど、もえかちゃん、寝るときは服を着ない人なの?」
「?服を着ていたら寝るのに邪魔でしょう?ほら、お姉ちゃんも」
そう言ってもえかは葉月の服も脱がし始める。
「ちょっ、もえかちゃん!?寝るってそっちの意味!?」
「えっ?何だと思ったの?」
「ちょっと待って!!高校生になったばかりの女の子がそんな事‥‥」
「でも、私、ミケちゃんとよく一緒に寝ていたよ」
(明乃ちゃんと経験済み!?君達早すぎない!?)
「大丈夫、いつもはミケちゃんにしてもらっているけど、今日は私がお姉ちゃんを気持ち良くさせてあげるから」
「い、いや、そう言う問題じゃ‥‥」
そんな事を言っている間にももえかは葉月の寝間着のズボンをずり下ろす。
「あれ?お姉ちゃん。どうして男物の下着何て穿いているの?」
「そ、それは‥‥」
「もしかして‥‥」
もえかは確認するかの様に葉月の下着を一気にずり下ろす。
しかし、そこには男のシンボルはなく、葉月は正真正銘女の身体だった。
葉月が女だと分かるとなぜかもえかはホッとした表情を見せた。
そして疲労困憊で体力が低下していた葉月はもえかの餌食となった‥‥
翌朝‥‥
「‥‥クシュン」
葉月の部屋のベッドには生まれたままの姿の葉月ともえかが寝ていたが、新橋で海水を浴びたまま長時間、身体を拭かなかった事と、生まれたままの姿でもえかと一晩過ごした事から、葉月は風邪をひいてしまった。