二人の少女が息を切らし、林を抜け、海が見える岬に向かって走っていた。
「もうすぐ通るよ!!もかちゃん!!」
「うん」
二人が岬に来ると、ボォォォ~と船の汽笛が聞こえ、目を向けると一隻の軍艦が二人の横を通り港に入ろうとしていた。
「来たぁ!!」
二人の目の前を通過するのは超弩級大和型戦艦一番艦大和。
「すごいね、みけちゃん。おーい!! おーい!!」
「おーい!! おーい!!」
二人は目の前を通過する大和に向かって手を振る。
すると、大和の艦首に立っている女性が明乃ともえかの姿を見付けたのか、帽子を片手にゆっくりと手を振り返した。
「あっ、気づいてくれた!!」
「うん、手を振ってくれた」
その後も二人は大和が見えなくなるまで大和に向かって手を振り続けた。
「すごいね」
「もかちゃん」
「ん?」
「私達、絶対にブルーマーメイドになろうね!!」
「うん!!」
「海に生き」
「海を護り」
「「海に行く!! それがブルーマーメイド!!」」
二人の少女が同時に誓いの言葉を発する。
すると、辺りが真っ白い光に包まれて行った‥‥。
「‥‥んぅ?」
瞼を開けると、其処には見慣れた天井が目に入った。
幼い頃に海難事故で両親を失い、以後は児童養護施設で暮らして来たが、中学では、親友の知名もえかと共に全寮制の学校に入り、今はこの寮が岬明乃の家で、同じ寮に住む同級生達が明乃の家族であった。
(あれは私が7歳の頃の‥‥随分懐かしい夢を見たな‥‥)
もえかと共に岬から大和を見て、共にブルーマーメイドになろうと誓いを立てたあの日の夢‥‥
あれから短い様で長い時間がたったが、明乃ともえかの夢は今も尚、変わる事無く、日々、ブルーマーメイドになる為の勉強の日々が続いていた。
「っ‥‥っ~‥‥っ!?」
ふと、隣を見ると、其処には悪夢でも見ているのか、もえかが魘されていた。
やがて、彼女はバッと目を見開き夢から覚めた。
しかし、悪夢のせいか息は荒く、寝汗も掻いていた。
明乃は心配になり、彼女へ声をかける。
「ん?どうしたの?もかちゃん?」
「ううん、なんでもないよ。ミケちゃん」
もえかは笑顔で明乃にそう答えた。
しかし、先程の魘され方は、どうも尋常じゃない。
心配になった明乃は、
「怖い夢‥見たんでしょう?」
率直にもえかに尋ねた。
こういう率直さと素直さは明乃の長所でもある。
「‥‥」
もえかは親友を心配させまいと、明乃から一瞬目を逸らしたが、
「だ、大丈夫だよ。ミケちゃん」
と、彼女なりに明乃を気遣う。
しかし、
「嘘。だってもかちゃん、苦しそうに魘されていたもん」
付き合いが長い事も有り、明乃に嘘や隠し事は通じない様だ。
「‥‥うん‥‥怖い‥‥夢だった」
もえかは頷きながら明乃に怖い夢を見たのだと打ち明けた。
まだ起きるには早すぎる時間帯で、また一人で眠れば先程の様な悪夢を見るかもしれない。
そんな不安がもえかの脳裏に過ぎる。
「もかちゃん‥‥おいで‥‥」
明乃は自分のベッドの掛け布団をめくり、もえかを自らのベッドへと誘う。
「う、うん‥‥//////」
もえかは花に舞い戻る蝶の様に明乃のベッドの中へと入る。
そして、二人は再び眠りについた。
もえかは親友の暖かい温もりに身を委ね、明乃はそんな親友をギュッと抱きしめ、もえかの温もりを感じながら、瞼を閉じた。
今から100年ほど前、日露戦争の後日本はプレートの歪みやメタンハイドレートの採掘などが原因でその国土の多くを海中に失った結果、海上都市が増え、それらを結ぶ海上交通などの増大に依り海運大国になった。
その過程でこれまで海軍が建造してきた軍艦は民間用に転用され、戦争に使わないという象徴として艦長は女性が務めた。
やがて、艦長だけでなく、乗組員も女性だけと言う艦が多くなり、女性の軍艦乗りは「ブルーマーメイド」と呼ばれ、日本における海の治安を守る女性の職業として女子学生の憧れの職業となっていった。
同様に海の治安を守る男性の職業も存在し、そちらは「ホワイトドルフィン」と呼ばれている。
そして、女子学生にとっては花形の職業と言う事で、ブルーマーメイドになりたいと言う女学生が此処近年急激に増え、文部科学省は将来のブルーマーメイド育成の為、専門の学校を作った。
そして、かつての軍艦のなかにはブルーマーメイドを育てる教育専用の船、教育艦として使用される軍艦が登場し、将来のブルーマーメイド達の育成に尽力した。
そんな世界にある邂逅が齎された‥‥。
小笠原諸島沖合い
この日、小笠原諸島近海を航行していた船舶から一本の通報が海上安全整備局へと齎された。
それによると、小笠原諸島の近くを大和型の軍艦が漂流していると言う知らせだった。
海上安全整備局は直ちに大和、武蔵の現在位置を調べると、両艦とも航海計画に則った位置におり、小笠原諸島には居る筈もなかった。
信濃、紀伊はドック入りしている状況だった。
念の為、信濃、紀伊が入渠しているドックの方にも連絡を入れると確かに二隻ともドック入りしているのが確認されており、海上に居る筈がなかった。
本当に漂流しているのが、大和型の軍艦なのか、目撃した船舶の乗員に海上安全整備局がもう一度尋ねると、乗員は、
「大和型に似ているようだが、大和型では無い様にも見える」
と、随分と曖昧な答えをして来た。
そこで、海上安全整備局は直ちに調査の為、ブルーマーメイドに出動を要請した。
調査に向かったのは、インディペンデンス級沿海域戦闘艦みくらを旗艦とするインディペンデンス級沿海域戦闘艦四隻のブルーマーメイドチームであった。
調査隊旗艦のみくらの艦橋では、タヌキ耳のカチューシャを付けているのが特徴の女性艦長、福内が神妙な面持ちで水平線を見ている。
その隣には、福内の補佐役の平賀が立っていた。
そして、平賀は福内に今回の調査対象である「大和型の様に見えて大和型でない艦」について尋ねた。
「艦長、今回の通報にあった『大和型の様に見えて大和型でない艦』についてどう思われますか?」
「そうね、まだ現物を見ていないから何とも言えないけど、少なくとも私達がこれから調査するのは大和でも武蔵でもないって事だけは確かね。ましてドック入りしている信濃でも紀伊でもない‥‥」
「何処かの国が大和型の戦艦を模して建造した‥‥なんてことは考えられませんか?」
平賀の言う通り、現在世界各国で保有されている数多くの戦艦の内、日本が所有する大和型戦艦、大和、武蔵、信濃、紀伊を凌ぐ戦艦は今のところ、確認されている戦艦の中では存在せず、大和型は世界最大の大きさを誇っている。
そして、それは船体の大きさだけでなく、主砲である46cm砲も世界最大の大きさを誇っている。
大きな戦争は起きていないが、国の中には大和級の存在を危惧する国もあり、国連の場でも大和級の扱い関しては議論された事も有った。
そうした経緯から平賀は何処かの国が大和級の戦艦を模倣し建造した艦なのではないかと思った。
大和級程の戦艦ならば、建造も国ぐるみで隠蔽しながら建造してもおかしくはない。
現に日本の大和級の戦艦も建造されるまでは、その建造は極秘裏にされたぐらいなのだから‥‥。
そしてその模倣の大和級の戦艦が試験航海中機関トラブルでも起こし、現在漂流しているのではないか?
平賀を始めとして、調査に赴くブルーマーメイドのメンバーはそう思っている。
「私もその可能性はあると思ったわ。でも‥‥」
「でも?」
「でも、駆逐艦級ならともかく、戦艦‥まして大和型クラスの超弩級戦艦では、流石に完成したら話題になる筈よ」
「た、確かに‥‥」
建造中ならまだしも完成後ならば、情報が何処からか漏れて来てもおかしくはない。
噂と言うのは原子よりも小さく光よりも速く伝わるものである。
まして、ネット環境が発達した現代ならば尚更である。
しかし、日本以外の国が大和型の戦艦を建造したと言う事実は海上安全整備局にも日本政府にもはいってきていない。
未知なる大和型の戦艦‥‥。
その不安を秘め、ブルーマーメイド達は調査対象がいる海域へと進んで行く。
そして‥‥
「艦長、対水上レーダーに反応があります!!」
レーダー員が福内に報告する。
「っ!?各員、配置につけ!!」
艦内に警報が鳴り響く。
相手は大和型の戦艦・・・・万が一のことだってありうるのだ。
福内らブルーマーメイド達は戦闘配置のまま調査海域へと突入した。
「な、なんだ!?あの艦は‥‥」
ようやく双眼鏡で視認できる距離まで近づいた時、双眼鏡越しに調査対象である大和型の戦艦を見た福内は声を震えさせながら呟く。
いや、福内だけでなく、平賀を含め、みくらの艦橋要員全員が唖然とした顔をしている。
おそらくみくら以外の他艦でも同じ様な状況だろう。
福内達、ブルーマーメイドの前に姿を現したのは、確かに通報してきた船舶の乗員の言う通り、「大和型の様に見えて大和型でない艦」であった。
「不明艦、航行している様子無し、通報通り漂流している模様」
観測員が調査対象の動向を福内に報告する。
「通信長、不明艦に通信を」
「りょ、了解」
通信長が調査対象に向け、通信を試みる。
「こちら海上安全整備局、ブルーマーメイド所属艦みくら、貴艦の所属、目的を明らかにせよ、繰り返す‥‥」
同じ通信を二度送ったが、調査対象からは何の応答も無かった。
福内は続いて発光信号を送るが、此方も調査対象から応答は無かった。
「通信、発光信号‥共に応答ありません‥‥」
「‥‥もう少し、近づく」
通信、信号に答えなかった為、福内はもう少しみくらを調査対象へと近づけてみる事にした。
「そんなっ!?艦長、危険です!!」
平賀が危険だと意見するが、
「このまま呆然と眺めている訳にはいかないだろう。目的はあくまであの不明艦の調査だ。虎穴に入らざれば虎子を得ず‥だ」
「は、はい‥‥」
「本艦はこのまま不明艦に接近!! 二番艦は右舷方向へ、三番艦は左舷方向へ、四番艦は本艦の後方へ位置し、不明艦に照準をロックしつつ接近!!」
みくら以下、インディペンデンス級沿海域戦闘艦は万一の場合に備え、全火器を調査対象である不明艦に照準をロックしたまま調査対象へと接近する。
しかし、いくら接近しても調査対象は砲を動かす気配も機関を始動させる気配もなく、みくらと調査対象の距離はドンドン縮まる。
やがて、接舷可能な距離になっても調査対象からは何のリアクションは無く、福内らは拍子抜けした。
そこで、今度は調査対象の内部を調査する事にして、調査員は防護服を着て、武装(テ―ザー銃)を装備し、みくらの甲板へと集合した。
甲板員がみくらのタラップを調査対象へと接舷させ、調査隊は不明艦の甲板へと足を踏み入れた。
「うわぁ~‥‥」
「こいつは凄いな‥‥」
調査隊が最初に注目したのは前甲板に装備されている二基の三連装主砲であった。
「大和型の46cm砲よりもでかいんじゃないか?」
調査の為、不明艦に乗り込んだブルーマーメイドの隊員の言う通り、一目見ただけで、この不明艦の主砲はあの世界最大の大きさを誇る大和級の戦艦の主砲、46cm砲よりも大きかった。
「ああ、そうかもしれない」
「でも、副砲は東舞校(東舞鶴男子海洋学校の略)の教官艦の主砲クラスで通常の大和型の15cm副砲より小さかったり、単装ですね・・・・」
「でも、数は大和型のより多いだろう。見て見ろ」
ブルーマーメイドの隊員の一人が顎で左舷の高射砲群をさす。
確かにそのブルーマーメイドの隊員の言う通り、船体中央部には高射砲がまるでハリネズミの様に所狭しと装備されていた。
例え、大和型と違い、三連装ではなく、単装であったとしてもこれらすべての高射砲が速射砲だとすると、連射能力は計り知れない。
もし、これらすべての砲が速射砲ならば、駆逐艦クラスならばたちまち蜂の巣にされてしまうのではないだろうか?
いや、大和級の戦艦でさえ、一対一のガチンコ勝負に持ち込まれた場合、この不明艦相手に勝てるだろうか?
そんな考えがブルーマーメイドの隊員達の脳裏をよぎった。
一体この艦は何処から来たのだろうか?
何処の国の艦なのか?
また、どんな人間が乗っているのか?
緊張下面持ちで調査隊はいよいよ不明艦の内部へと調査に入った‥‥。