今日の夕食はドイツ料理と言う事で、炊事委員の三人は早速夕食に向けての下拵えを始めた。
その他の部署では掃海作業が始められた。ただ、天照の巨大な船体で機雷の掃海は不可能と言う事で掃海作業にはスキッパーが使用される事になった。
日が昇り、朝靄が晴れていき、
「周辺の機雷状況も確認完了!」
展望指揮所からマチコが周辺海域の状況を報告し、掃海の準備が整った。
「掃海準備!」
「うんうん、掃海は安全に航行するために重要な事じゃからな」
「まずは視界内の機雷を機銃で除去して!」
「やった、やっと出番だ!行くよタマ」
「うぃ」
「なんか、楽しそうだな‥あの二人‥‥」
機雷の掃海に妙に楽しそうな西崎と立石を見て、彼女らの態度の様子を語る葉月。
「機銃を撃ちたがっているんでしょうね。あの二人、トリガーハッピーな所がありますからね」
幸子が何故、二人があそこまでウキウキしているのか何となく察しがついた様子。
「そう言えば、そうだね」
幸子の意見に納得する葉月。
「ヒャッハー!」
ウィングから様子を窺ってみると、西崎が声を上げながら機銃を撃っていた。
「快感!実感!ジンギスカン!」
「ヒィー、ハァー、ラムー」
(あの二人大丈夫かな?)
ちょっと二人の将来が心配になる葉月であった。
「完成っす~」
掃海器具の固定箇所では、青木がペンキでアザラシっぽい顔を書いていた。
「ねぇねぇ。名前付けようよ」
「アザラシだから…タマちゃん!」
みかんの発した「タマちゃん」と言う言葉に反応して、立石が振り向き、その銃口をみかん達に向ける。
「危ないっす~!」
同級生に撃たれてはかなわないので、急いで物陰へと避難するみかん達であった。
「でも、誰が機雷なんて敷設したんだろうね?危ないよね?」
艦橋では、鈴がなんでこの海域に機雷が設置されているのか疑問に思い、それを口にした。
すると、
「過去に敷設された機雷が時代を超えて蘇ったんだ!サルガッソに巻き込まれ消失した機雷がこんな所に。某国の陰謀に違いない!」
幸子が恒例の一人芝居を始める。
(まぁ、似たような経験をしているからな‥‥自分も天照を‥‥でも、言ったところでそう簡単に信じてはもらえないだろうけど‥‥)
確かに葉月も天照も過去(照和)から未来(平成)へと時間と時空を超えてタイムスリップしたがコレを言ったところでそう簡単信じてはもらえないだろう。
幸子や青木あたりは興味を持ちそうだが‥‥
「はいはい、一人劇場はそこまで、あと、航海長。このあたりの機雷はおそらく各国が自国の権益を守りかつ航路帯防御用に大国が敷設したものだよ」
「現実は浪漫ないですねぇ~」
「納沙さんはちょっとぶっ飛びすぎな思考を持っている様な気がする‥‥ブルーマーメイドよりも脚本家か小説家の方が似合っていたんじゃないかな?」
「えぇーちょっと酷くないですか?先任」
葉月の言葉にちょっとむくれる幸子。
「でも、戦争が起こっていたら大変だったよ~」
鈴がもし戦争が起きていたらとその惨状を想像する。
「ああ‥‥戦争は悲惨なモノさ‥‥さっきまで隣で話していた戦友が目の前であっさりと死ぬ事だってあるし、大勢の人間をボタン一つ押しただけで殺す事もある‥‥でも、蚊を殺したほどの実感も湧かない‥‥それがだんだん慣れて来て、気づいた時には大量殺人者になっている‥‥」
葉月は前世において自らが経験してきた事を思い出して遠い目をする。
「先任?」
「まるで、戦争を経験したみたいな言い方ですね?」
「いや、昔の資料を読んだだけだよ。それにそうならないよう国を超え、海を守るためにブルーマーメイドやホワイトドルフィンが設立されたんだろう?」
(それにしてはやけに言葉に重みがあった気がします‥‥)
葉月はあくまで資料を読んだだけと言うが、幸子は資料を読んだだけなのかと疑問に思った。
「ブルーマーメイドの主任務は人命救助や機雷掃海とかの航路を守る事だもんね」
「海に生き」
「海を守り」
「海を」
「往く」
『それがブルーマーメイド!』
(志が高いのは良い事だ‥‥だからこそ、彼女達には危険な目にはあって欲しくないのだけれど‥‥)
葉月はブルーマーメイドの標語を高々に言う彼女を見守る様に彼女らの将来を案じた。
スキッパーの助走距離を十分に保てたので、いよいよ針路上の機雷の掃海となり、スキッパーを降ろして掃海具をつけた。
スキッパーには水雷員の松永と姫路が乗った。
「安全には十分に注意してね」
もえかが掃海作業に出る二人に注意を呼びかける。
「「りょ~かい」」
スキッパーが進むと後ろの海中から掃海具が展開されて行く。
「掃海具展開されました」
みかんが艦首の方で展開を確認した事の無線を入れる。
「掃海開始!!」
「了解。全速前進~!!」
「あんまりとばさないでよ~!!」
掃海具が展開されて行くと、幸子が食堂で説明したのと同じように系維機雷の系維策が掃海具のワイヤーカッターによって切られて海上へと浮いてくる。
「浮いて来た‥‥見張り員は浮いて来た機雷の動きに注意、機雷が此方に流れてくるかもしれないからね」
「「「了解!」」」
まだ機雷源にはスキッパーが掃海中なので、機銃掃射が出来ない。
よって今は機雷が此方に流れてきたら、朝の時の様に長い竹棒で引き離すしかない。
「‥‥でも、ある程度の速度が必要でもちょっと飛ばし過ぎじゃないか?」
双眼鏡で掃海状況を見ているが、ちょっとスキッパーの速度が出過ぎだと感じる葉月。
一応あの海域は機雷源なので、ちょっとでも接触すれば爆発する恐れがある。
「無線で少し速度を落す様に伝えますか?」
「そうだね」
無線でスキッパーを運転している松永に少し速度を落とす様に伝えようとした時‥‥
「りっちゃん浮いてきたよ~」
「よ~し。どんどん行く‥‥っ!?」
ドカーン!!
前方の海上で爆発が起きた。
「何!?今の爆発!!」
「現状報告!!」
「前方で水中爆発!スキッパーが巻き込まれました!」
前方の海上からは機雷の爆発により煙が出ている。
「掃海具が機雷に接触したのか!?」
スキッパー自体が海中の機雷に接触したとは考えられないので、考えられる原因は海中での機雷と掃海具の接触だった。
「救難信号が出ています!」
「感二つで安全装置からです!」
通信員の八木と電信員の宇田から報告が続く。
「急いで救助を!!」
「スキッパー二号機の降下準備!!鏑木さん、応急手当ての用意をして急いで甲板へ!!万里小路さん、ソナーで周辺に他の沈底機雷と短系止機雷がないか確認して!!」
「「了解(しましたわ)!」」
葉月は船内電話と伝声管を使って次々と指示を出す。
本来は艦長が下す筈であったが、人命がかかっていたので、此処は一秒も無駄には出来なかった。
そんな葉月の行動を見て、もえかは、
(やっぱり、私よりもお姉ちゃんの方が‥‥)
そう思っていた。
「艦長、自分も救助作業に従事しますがよろしいですか?」
「えっ?あ、うん‥‥」
「では、艦の事をよろしくお願いします」
葉月はもえかに敬礼し、艦橋を後にした。
「大丈夫かな?」
鈴は心配そうな顔で葉月を見送った。
「勝田さん、すまない‥自分が中型スキッパーの免許があれば、こんな危ない事をしなくても済んだのに‥‥」
葉月がすまなそうにスキッパーを運転する勝田に声をかける。
「気にしなくてもいいぞな」
勝田はニッと笑みを浮かべた。
その頃、作動した安全装置の筏の中で姫路が目を覚ます。
「あれ‥‥?私どうしたんだっけ‥‥?あっ、掃海に行ってて‥‥そうか‥‥安全装置の中‥‥」
姫路が何で自分が安全装置の中に居るのかを思い出した。
「りっちゃん?りっちゃんどこ!?」
姫路は同じスキッパーに乗っていた松永の事を呼ぶが、彼女の姿は見当たらない。
そして、波によって安全装置が大きく揺れ、不安が恐怖へと変わる。
「誰か助けに来てくれるかな‥‥?くれるよね?絶対‥‥」
そんな時、出入り口のチャックが開けられる音がして、誰かが中を覗き込んで来る。
「きゃぁぁぁー!!」
姫路はとうとう耐え切れなくなり、悲鳴をあげる。
「姫路さん、大丈夫!?」
「あっ‥‥」
「さあ、掴まって」
葉月が姫路に手を伸ばす。
「せ、先任‥‥」
姫路が葉月の手を掴み、安全装置から外へ出ると、
「かよちゃん!!」
「りんちゃん‥‥よかった‥‥」
松永の方も既に救助されており、見た所大した怪我はない様子。
友達の無事と助かった事に思わず涙を流す姫路であった。
「救出に成功!」
艦橋から双眼鏡でその様子を見ていた内田が報告をすると、艦橋に歓喜の声が沸き上がる。
そんな中、もえかはクラスメイトが無事に帰ってきた事に喜びを感じつつもどうも浮かない顔をしていた。
そして、夕食の時間となり、みかんはミーナの為に用意したドイツ料理を提供する。
「えーと‥‥まず、ドイツ料理といえばコレ。アイスバイン!」
「うーん‥北方の料理でうちの方ではシュバイネハクセ‥‥つまりローストすることが多かったな」
「えっ?」
同じドイツでも地方によって作り方が違う様で、ミーナの故郷とは違う作り方をしてしまい、ミーナからいきなりダメ出しを受けるみかん。
「じ、じゃあ次は定番!ザワークラウト!」
「サワークラウト。それとこれは酢漬けのキャベツじゃな。ホントは乳酸発酵させるのが本物じゃが‥‥」
「うっ、つ、次はカツレツ!」
「とんかつだね」
「カツってドイツ料理なの?」
松永と姫路がカツレツを見て、意外そうに呟いた。
「おお、シュニッツェルじゃな!‥‥我が国ではこんなに厚く切らないぞ」
ミーナはみかんの作ったカツレツの厚さを見て、ちょっと不思議がる。
「じゃあこれぞ真打!ドイツ料理といえばやっぱりハンバーグ!」
「これはフリカデレか?ドイツではあまり見かけない料理だぞ‥‥」
「工エエェェ(д`)ェェエエ工」
ハンバーグはドイツ料理だと思っていたみかんであったが、ミーナのダメ出しで彼女の作った料理はすべて全滅した。
「それよりこのふかしたジャガイモとアイントプフはおいしそうじゃな」
ミーナはみかんの作った手の込んだ料理よりもジャガイモを使った手軽なドイツ料理を褒めた。
「わしは他にブルストがあれば文句は言わんぞ!」
「これ誰が作ったの~」
「「私達です‥‥」」
気まずそうに杵﨑姉妹が手をあげる。
その事実を知り、みかんはΣ(゚д゚lll)ガーンとショックを受け、
「ま、まけた‥‥」
みかんはショックのあまりにその場に倒れた。
ミーナは美味しそうに杵﨑姉妹が作ったジャガイモを使ったドイツ料理を食べ始める。
「まぁ、外れはしたけど、十分美味しいよ。伊良子さん」
葉月がみかんをフォローしながら、彼女の作ったドイツ料理モドキを口にする。
「ミーナさんも伊良子さんが折角作ったんだから、食べてみなよ。美味しいよ」
「ん?そうじゃな」
みんながワイワイとドイツ料理を食べている様子をもえかはジッと見ていた。
その表情はやはりどこか晴れないものであった。
食事の中、美波が近くに居た青木と和住に声をかけた。
「二人とも、食事が終わったら、ちょっと手伝って欲しい事があるのだが、後で医務室にきてくれないか?」
「えっ?良いけど‥‥」
「了解っす」
そして、食事が終わり、二人が美波と共に医務室に行くと‥‥
「一応抗体らしきものはできた。本当にこれが効けばいいが‥‥」
美波が何かの液体が入った試験管を置き、一本の注射を手に持ち、背後に居る青木と和住の方へと顔を向ける。
其処には和住を羽交い絞めにしている青木が居た。
「これを知るはこれを行うに如かず。学はこれを行うに至りて止む‥‥」
そして、ゆっくりした足取りで和住へと近づく。
「止めて美波さん!!」
和住は美波が手に持っている注射を自分がやると思い声をあげる。
「止めて!!」
「何かあったら止めるんだぞ」
和住は思わず顔を背けて目を閉じる。
しかし、いくら待っても注射針を刺されるような痛みが来ない。
恐る恐る目を開けてみると、美波は自分の腕に注射をしていた。
「美波さん‥‥注射を打つんなら消毒ぐらいしなよ、バイ菌が入ったら大変だよ」
と、青木に羽交い絞めにされながら和住は美波に一言そう呟いた。