※前回の終盤に登場した中島教育総監は名前の通り、リリカルなのはシリーズに登場したゲンヤ・ナカジマがモデルです。
容姿もゲンヤ・ナカジマをそのままご想像下さい。
深夜に行われた天照と伊201、伊202との戦闘報告を聞いて、伊201、伊202の所属校である東舞鶴男子海洋学校の校長、財前康之は横須賀女子海洋高校校長の宗谷真雪の下に事実確認と言う名目でクレームをつけに来た。
一方的に天照に過失があると主張する財前校長。
そして、乗員をテロリスト呼ばわりするその姿勢に流石の真雪も気分を害し、二人の校長の間には火花が散る。
そんな二人の校長のいさかいを止めたのは一人の男だった。
「な、中島教育総監‥‥」
「何やら揉め事の様ですな‥‥総監としての立場上、教育関連については把握しておく必要があるので、私も同席しても構わないかな?」
「も、勿論です総監‥‥」
「私も問題ありあせん」
財前、真雪、両校長が了承し、昨夜の天照、伊201、伊202の戦闘についての協議が行われた。
彼の役職である教育総監とは、ブルーマーメイド、ホワイトドルフィンにおける教育統轄機関であり、文部科学省内に設置されている。仕事内容は、海洋関連学校の試験、ブルーマーメイド、ホワイトドルフィンの研修・教育を掌った。
教育総監の発言は、その身分が文部科学省、海上安全整備局高官の一つであること、またその職権が教育カリキュラムに大きく影響することなどから重視されている。
「まず、経緯を説明して貰えるかな?」
「はっ、では‥‥」
中島総監が昨夜の戦闘報告を尋ね、財前が説明をする。
「‥‥以上であります」
「成程」
「総監、これは明らかに横須賀女子海洋高校側の過失であります」
と、財前はあくまで横須賀女子側に問題があり、東舞校はその被害者であると主張する。
「ふむ、確かに先日の海上安全整備局から出た命令に関しては此方も把握している」
「で、では‥‥」
「しかし、宗谷校長の言い分も分かる」
「なっ!?」
「一方の事情側だけを全て鵜呑みにする事も出来んのは当然だ。それは裁判と同じ事だろう?」
「で、ですが‥‥」
「勿論、君の言いたい事も分かるが、彼女達の事情を聞かず、一方的テロリスト扱いにするのは早計ではないだろうか?ましてや相手は学生であり、我々は教育者なのだ。生徒の言い分を聞かずに、真実を知ろうともせず調査も行わず決めつけるのは無能者の考える事ではないのか?」
「うっ‥‥ですが、現に我が校の潜水艦が被害を受けているのです。これは事実です」
「うーん‥では、もう一度確認するが、貴校所属の潜水艦は先日の海上安全整備局から命令に従って、横須賀女子海洋高校所属艦、天照を攻撃した‥‥しかし、何故伊201は天照の位置を海上安全整備局か貴校に通報しなかったのか?」
「さ、さあ‥‥」
財前はまさか伊201の乗員らが手柄欲しさに天照を攻撃したなんて知らなかった。
伊201、伊202の乗員らもまさか、自分達が負けるとは思ってもいなかったので、救助された後、教官らの聴取に対し虚偽の報告をしており、東舞校にはその虚偽の報告が事実だと伝えられていたのだ。
「それに海上安全整備局から命令では、攻撃は最後の手段で最初は降伏勧告を送るとされているが、伊201は降伏勧告を送ったのでしょうか?」
「っ!?」
中島の質問にビクつく財前。
「しょ、少々お待ちください」
そう言って携帯で確認する財前。
「‥‥そうか‥‥うむ‥‥お待たせしました。伊201の乗員の話では、降伏勧告はちゃんと送ったとの事です」
「ふむ、そうですか、しかし、此方にも伊201の件は今朝、私の下にも話が来ていてね・・その通信記録のコピーが今、私の下にもあるのですが‥‥」
「は?」
財前は中島の言葉が信じられないのか、ポカンとした顔をしたが、
「伊201の通信記録によると最初の通信が暗号通信を発しているのだが、妙だとは思いませんか?」
「な、何がでしょうか?」
「降伏勧告を送る相手に降伏勧告を暗号で送りますかね?」
「っ!?」
中島の指摘に財前はビクッと震わせると彼から脂汗が流れ出す。
「そ、総監は既に暗号の内容を解読されたのですか?」
「いや、まだだ」
「か、確認させてもらってもよろしいですかな?」
「どうぞ」
震える声で財前は中島から伊201の通信記録が書かれている用紙を受け取り内容に目を通す。
確かに用紙に書かれている暗号文は東舞校で使用されている暗号文であり、財前は伊201の通信内容の確認をすると、忽ち顔色が悪くなっていく。
通信は暗号文になっているが、東舞校の校長である彼ならば暗号内容も解読表を見なくても解読する事が出来た。
「どうかしましたか?財前校長。顔色が悪いですよ?」
「い、いえ‥‥なんでもありません」
財前は脂汗を流しており、彼の様子から何かあったのは明白であった。
それは受け取った通信記録には伊201が天照に対して降伏勧告が送られていなかったのだ。
学生艦の通信内容と履歴は、消す事が出来ないように強力なプロテクトが掛けられており、この事から伊201は天照に降伏勧告を送らず、一方的に攻撃を仕掛けた事になる。
いくら天照に討伐命令が下されていても、もしそれが事実ならば東舞校側としてもいくらかマズイ。
ましてや真雪だけなら、兎も角、財前の目の前には教育総監の中島が居る。
虚偽の報告を鵜呑みにし、他校の生徒をテロリスト扱いし更には降伏勧告をせずに他校の艦を攻撃した事になる。
これは大問題だ。
そこで財前は、
「あ、あの‥‥大変申し訳ないのですが、確認したところ、さ、昨夜の遭遇戦は此方の学校の学生艦でない事が、は、判明し‥‥」
苦しい言い訳であるが、昨夜伊201、伊202が相手にしたのは天照ではないと言って来た。
「おや、そうですか」
「む、宗谷校長に大変不快な思いをさせて、も、申し訳ありませんでした」
財前は真雪に深々と頭を下げた。
「まぁ、間違いは誰にでもありますからね。間違いと言うのであれば、この件は無かった事にしましょう」
真雪の方も天照、伊201、伊202の学生は全員無事だったので、この件に関しては無かった事にすると言った。
正直に言って真雪としてはこの件よりも今は自分の学校の生徒の件でいっぱいだったので、他校とのいざこざに時間を割いている余裕などなかったのだ。
「あ、ありがとうございます。では、私はこれにて失礼させて頂きます」
財前は真雪と中島に一礼し、そそくさと出て行った。
しかし、通路を歩いている時、虚偽の報告をし、自分に恥をかかせた伊201と伊202の乗員らをどうしてくれようと憤慨していた。
狩人気取りの彼らがこの後、厳罰をくらったのは言うまでもなかった。
財前が去り、中島と真雪は当初の予定通り、横須賀女子所属の学生艦の案件を話し合った。
「では、此方の方でも海上安全整備局の命令を撤回する様に働きかけましょう」
「お願いします」
「ですが、万が一、猿島からの報告が正しかった場合‥‥貴女はどうするおつもりですかな?宗谷校長」
真雪は今のところ、猿島からの報告、海上安全整備局から報告を鵜呑みにしている訳では無く、学生達を信じているが、万が一猿島からの報告が正しかった可能性もある。
もし、その場合は‥‥
「‥その時は、私は責任を取り、校長の職を降ります。勿論、それだけでは済まないかもしれませんが、私の生涯全てをかけても償うつもりです」
「‥‥」
中島は真雪の目を見て、彼女は本気だと悟った。
その後も協議を再開して時間は既に昼時になっていた。
二人がそれに気づいたのは、秘書が昼食の話を持ちかけて来た時だった。
「あら?もうそんな時間?」
「はい‥それで‥中島総監の昼食はいかがいたしましょうか?」
「そうね‥まだ、話し合いは終わっていないので頼めるかしら?中島総監もよろしいですか?」
「ええ、構いませんよ」
「じゃあ、二人分お願い」
「わかりました」
こうして中島も真雪と共に昼食を摂る事となった。
昼食が進んでく中、真雪が中島に話しかけた。
「そう言えば、この前のブルーマーメイドフェスターでお嬢さん達にお会いしましたが、ずいぶん大きくなりましたね」
真雪は中島の子供についての話題を振った。
「そりゃあ、母親に似て毎日食べていますからね‥‥」
中島は遠い目をしながら、子供達の成長を振り返る。
もう、お気づきかもしれないが、今、真雪の目の前に居る中島教育総監は、真雪の後輩である中島クイントの旦那であり、ギンガ、スバルの父親だった。
「あのブルーマーメイドフェスター以降、二人ともブルーマーメイドを目指すと言いだしてね‥‥何かあの時のブルーマーメイドフェスターで心境の変化でもあったのでしょうか?大人達には遊びに見えても本人達は真剣でしたし‥‥」
「そうですか」
「でも、親としての立場から言えば、あまり危険な仕事には着いてほしくない‥‥コレが本音です」
「‥‥」
ブルーマーメイドは確かに現在、女性に人気の職業であるが、その仕事内容は決して楽なモノではないし、安全かと言われればそうではない。
海での現場は常在戦場(オールウェイズ・オン・デッキ)。
そして、海は常に平穏では無い。
荒天下の救助では、救助者と共にブルーマーメイドの隊員が殉職する事なんて珍しくない。
それに訓練においても実戦さながらの訓練内容から事故により殉職したり、半身不随になったり、四肢のどれかを失ったり、失明したりと身体的喪失もある。
また、組織である以上、人間関係が付き纏う為、上司や先輩からのパワハラや男性局員からのセクハラで辞めて行く者も居る。
そうした中、まだギンガは小学校入りたてでスバルに関してはまだ幼稚園‥‥。
将来の夢を語り合う時間はまだまだたくさんある筈‥‥。
しかし、真白はちょうどギンガと同じぐらいの年でブルーマーメイドになると決めて、今横須賀女子へと入学を果たした。
ギンガもスバルもクイントに似ていて、真正直で夢に突き進む傾向が有るので、真白同様、もしかしたら横須賀女子への入学を目指し、ブルーマーメイドを目指すかもしれない。
しかし、ギンガにはギンガの‥‥スバルにはスバルの人生を歩む権利があるので、親である中島はそこまで強くは言えない。
まさに親の心子知らずであった。
「‥‥そう‥ですね‥‥私も娘が三人おりますが、皆、私や私の母‥あの子達から見たら、祖母ですが、私達を見て、みんな同じ道を辿りました‥‥実は末っ子が今回の海洋実習に参加しておりまして‥‥」
「‥そうですか‥‥今回のこの異常事態、早期に解決しなければなりませんね」
「はい」
食事時間なのだが、二人の会話はやはり、仕事を含んだような内容となった。
昼食後、再び真雪を中島は、協議を重ね、午後3時ごろに纏まった。
「では、私はこれで」
「はい、今後の事、よろしくお願いします。中島源也教育総監」
真雪は中島に深々と頭を下げて彼を見送った。
真雪が中島と今後の事で協議をしているその頃、海上では、天照が急ぎ学校への航路を走っていた。
そんな中、生活物資が保管されている倉庫にて、和住と青木が備蓄物資のチェックを行っていた。
「お米が120kg、缶詰肉が10箱‥‥」
和住がタブレットに備蓄物資の量を記入していく。
「まだまだ余裕っすね~」
青木がこの分なら学校に着くまで物資は持つだろうと思い呟く。
そして、倉庫のチェックが進んでいく中、
「あれ!?」
青木が空になった段ボール箱を見つける。
「どうしたの?」
和住も気になって青木が見つけた空の段ボール箱に目をやる。
そして、二人の顔色が忽ち悪くなった。
空の段ボール箱にはこう印刷されていた‥‥
『トイレットペーパー』
と‥‥
所変わって天照の艦橋では、普段と変わらない当直体制が行われていた。
「横須賀までどれくらいかかる?」
「えっと‥‥あと、24時間ってところかな」
もえかが鈴に横須賀までの予想到着時間を尋ねる。
「艦長。可能な限り急ぎましょう。学校側から戦闘停止命令が出ているとはいえ、あまり他船とは遭遇したくはないので‥‥」
葉月はもえかに進言する。
確かに学校側からは戦闘停止命令が出ているが、大元の海上安全整備局からはあの命令は撤回されていない。
猿島や伊201の様に先に攻撃を仕掛けて来て、返り討ちに合った後で、「天照から攻撃をうけたので、自己防衛の為反撃した」と偽証をする輩が今後出て来てもおかしくは無い。
「あぁ~もう撃てないんだ~」
大好きなドンパチが出来ないと知り、残念がる西崎。
「う、うん‥そうだね‥‥」
もえかは葉月の進言に対して返事はするが、どこか上の空のようにも思える。
「‥艦長、気分がすぐれないのであれば、無理せず休んでください」
「い、いや、そんなんじゃないの‥‥」
もえかは慌てて取り繕う。
そんなもえかを見て、幸子が
「『私、本当は武蔵のSOSに応えたいの!』『何を言っている!全艦学校に戻れと言われただろう!』『わかっている!でも!』」
と、もえかの気持ちを代弁するかのように幸子が一人芝居を始める。
「‥‥」
もえかは顔を少し引き攣らせて幸子の一人芝居を見る。
「ううん。きっと武蔵は大丈夫。私達は急いで学校へ戻ろう」
やはり、もえかは艦長として乗員の安全を最優先した。
そんな時、
「艦長!大変大変!」
「一大事っす!」
和住と青木が血相を変えて艦橋に飛び込んできた。
「どうしたの?二人とも?」
「と、トイレが……!」
「トイレ?」
「ん?何処かのトイレが故障でもしたの?」
「と、兎に角、緊急会議の招集を要求するッス!」
「えっ!?そんな深刻な事態が起こったの!?」
「えっと、じゃあ、皆を集会室に集めよう!!」
もえかは機関室に機関停止の指示を出し、次いで天照全乗組員を集会室に集めた。
集会室に集まったクラスメイト達は突然の招集に何事かと思っていた。
教壇では、和住が今回の招集の理由を話し始めた。
「日本トイレ協会によると一日に女性が使うトイレットペーパーの長さの平均は12.5メートル。うちのクラスは30人、航海実習は2週間続く予定だったので250ロールは用意していたんです。それが‥‥もうトイレットペーパーがありません!」
『えええっー!!』
和住の話を聞き、集会室にどよめきが起きる。
トイレットペーパーの在庫は今出ている分だけで、ソレを使い切ればもう無いと言う。
しかもその在庫も残りが少ない。
このままでは、今日中にはトイレットペーパーは尽きてしまう。
そうなれば、明日からトイレはお預け‥‥それはかなり無理がある。
「誰がそんなに使ったの!?」
「このクラストイレ使う人ばっかりなの?」
「1回10cmに制限すれば?」
「えぇ~困る~」
トイレットペーパーの制限案も出たが、直ぐに却下された。
「誰よ?無駄に使ってんのは!」
「あぁ~でも私トイレットペーパーで鼻もかんじゃいますね~」
「すいません!私、持ち込んだティッシュがなくなったので一個通信室に持ち込みました!」
鶫が自分の持ち場にトイレットペーパーを持ち込んだことを白状する。
「じ、自分も‥‥その‥‥五十六が艦橋に居る時には必要なので‥‥艦橋に一個‥‥」
猫アレルギーの為、葉月も艦橋にトイレットペーパーを持ち込んだことを白状する。
「食堂でも見たよ、ロール」
「ちょこっと拭くのに便利なんだよね」
「うん。便利、便利」
「たくどいつもこいつもすっとこどっこいだな」
「どうしよう‥なくなったらおトイレ行けなくなるのかな‥‥?」
鈴が今後のトイレの不安を言う。
一方立石は今後のトイレ問題が深刻化するかもしれないと言うのに、手製の猫じゃらしで五十六と遊んでいる。
「それもこれも日本のトイレットペーパーが柔らかすぎるのがいけないんだ!だからつい沢山使ってしまう!」
ミーナが席から立ち上がり日本のトイレットペーパーの素晴らしさを力説する。
まぁ、ミーナの乗艦予定は本来無かった事なので、何かしらの影響はあると思っていたが、その影響がまさかトイレットペーパーとは、思いもよらなかった。
ただ、ミーナの言葉からだと独逸のトイレットペーパーは硬い事になるが、どうなんだろうか?
「蛙鳴蝉噪」
トイレットペーパーの問題でどよめくクラスメイト達を見て美波がポツリと呟く。
「戦争だと!?」
ミーナが美波の聞こえた言葉の部分に反応する。
「意味は「うるさいだけで無駄な論議」ってことですよ~」
幸子がミーナに蛙鳴蝉噪の意味を教える。
兎に角集会室はトイレットペーパーの議論が飛び交い纏まりが無くなりつつある。
みんなの言葉が切れたタイミングでもえかが声を上げた。
「みんな、ちょっと待って!!」
もえかの一声に皆は議論を止め、もえかに注目が集中する。
「他にも足りない物、必要な物ない?」
もえかがトイレットペーパーの他に何か不足している物は無いか尋ねる。
「魚雷」
「ソーセージ!」
「模型雑誌!」
「真空管」
「いやいや、魚雷なんて売っているわけないだろう!?ソーセージはなくてもウィンナーがあるから、それで我慢して、模型雑誌は娯楽品だから却下、万里小路さん、真空管はなんに使うんだ?」
西崎、ミーナ、和住、万里小路から出てきた意見を切って捨てた葉月。
「艦長、今は横須賀に戻る事を最優先として、此処は最低限必要な日用品だけの補給を目的としましょう」
「うん、そうだね‥‥燃料・弾薬は学校経由じゃないと補給できないから、トイレットペーパーの他に薬品や衛生面に関わる品の補給を念頭に置こう」
しかし、問題はその物資をどうやって補給するかである。
横須賀女子の学生艦は海上安全整備局から学校以外の港の入港が禁止されている。ましてや天照のようなバカでかい艦が入港なんてすれば、嫌でも目立つ。
「位置がバレるんで通販もできないですし‥‥」
「買い出し行こう!買い出し!」
「買い出し?」
西崎の買い出しと言う案に幸子がこの近くで買い出しが出来そうな施設を探す。
「ここにオーシャンモール四国沖店があるみたいですけど」
すると、この近くの海域で買い出しが出来そうな施設がヒットした。